フェルンは激怒した。必ず、かの邪知暴虐の伯爵を除かなければならぬと決意した。
「フェルン、フェルン! 落ち着けって!」
仲間のシュタルクが制止するが、フェルンは止まらなかった。
「フリーレン様が勾留されてもう20日ですよ!? その間何の音沙汰も無し! 流石におかしすぎます!」
もう我慢ならない。フェルンは直談判するつもりだった。
「それは良いけどよ! 落ち着こうよぉ~。ほら、深呼吸」
すー、はー。フェルンは言われた通りにやってみた。
すると不思議な事に、落ち着きを取り戻したのである。
「落ち着きました。じゃあ行きましょうか、シュタルク様」
「え」
そしてなんやかんやで城に着き、
「伯爵様は忙しい、帰れ」
門前払いを喰らったのだった。
フェルンは激怒した。声量はより大きく、語気は荒くなっていった。
人々の注目が集まり、ひそひそと囁かれる。『まあ、一体どうしたのかしら?』『あれでしょう? きっとドラート君の追っかけよ』『最近の若い子はマナーがなってないわね~』
フェルンの顔が真紅に染まり終えた時。
そこに現れたのは、首切り役人のリュグナーだった。
「一体どうしたというのだ」
『あら、あれはドラート君のマネージャーさんね』『あの人もカッコいいわよね~、私推しにしちゃおうかしら!』『裏切りは許さないわよ!?』
リュグナーは眉間のシワを押さえた。
「とりあえず、中に入れ」続いて門番に向けて言った。「構わんな?」
門番は「リュグナー様が仰るのなら」と、フェルン達を城の中に通した。
「――――さて」
応接室に案内されたフェルンとシュタルクは、当然ながら警戒していた。
好都合であったため付いて行ったが、相手は魔族だ。フェルンは師であるフリーレンの言いつけを思い出した。
『奴らにとっての“言葉”は人類を欺く術だ』
しかしこの状況では、言葉でもって相対するしかなかった。
警戒する2人を見て、リュグナーは久々に自身が魔族であることを思い出していた。彼らの視線は、かつて人類が彼に向けていたものである。この街の奴らは誤解しているが。
(尤も、その方が都合が良い)
「さて、それで君たちはどうして門前で揉めていたのかな?」
「それが――――」
フェルンは話した。
師が勾留されていること。何の進展もないことを。
「フリーレン?」
リュグナーが呟いた。それは聞き覚えのある名前だった。
「まさか、勇者一行のフリーレンか?」
「はい、そうです」
フェルンはやや自慢げに答えた。
(これは、思ったよりも大物が出てきたな)
どうやらグラナト伯爵は彼女達の存在に気がついていないらしい。流石にリープを排除できるほどの存在には思えなかったが、手札の1つとしては厄介だった。
(……殺すか? いや、証拠を残さないのは不可能か)
それほど大層な魔法使いには見えなかったが、それでも誰にも気がつかせずには殺せない。
「良いだろう。グラナト伯爵に取り継ごう」
「え? よろしいのですか?」
フェルンもまさかこんなにもとんとん拍子で進むとは思っていなかった。
何か企みがあるのか。フェルンは目を細めた。
「誤解があるようだ」
リュグナーは笑みを浮かべてみせた。
「君達の師は魔族との戦争の最前線にいた。さぞ魔族の悪い面を多く見たのだろう。
だが、それはあくまで一面だ。魔族とて全てが邪悪ではない」
「人間もそうだろう?」と言ってみせると、2人とも思い当たる節があるのだろう。視線を僅かに下げていた。
「特に魔王が死した後は、我らも身の振り方を考えなくてはいけなくなった。選ばなくてはならなくなったのだ。――人と魔、どちらに付くかをな」
「…………だけどよ」
シュタルクが言った。
「あんたらの主人、断頭台のアウラは人類と敵対してるだろ。それはどう説明するつもりなんだ?」
リュグナーは、やや影のある笑みを浮かばせた。
これは既に多くの人間に説明してきたことだ。その際どういった表情をすれば、より好印象を与えられるか熟知していた。
「確かに、アウラ様は人類と敵対している。今でも魔王軍に誇りを持っているのだ。
アウラ様は魔王軍の復権を諦めていない。故に未だ七崩賢を名乗っているが――――」
ここで肩を落とす。
「もはや魔族に勝ちの目はない。そんなことは、本当はアウラ様も理解しているだろうにな」
少し待つ。そして最初は声を小さく、呟くように。
「和睦の使者を装い、防護結界を解除するのが、我々に下された命令だった」
フェルン、シュタルクが息を呑んだ。
それを確認し、僅かに声量を上げる。
「それを聞いた時、チャンスだと思ったのだ。
アウラ様の元を離れ、人間に付くチャンスだとな」
彼らの目を真っすぐ見つめる。
どちらかは
果たしてシュタルクが言った。
「それは、主に対する
やはりだ。人間は必ずそれを気に掛ける。
再び声を落とす。しかし途中からは声量を上げて。
「そうだ。しかし私は2名の部下の命を預かっている。アウラ様と共に殉ずる事は出来ない」
こういった時、自らの命ではなく、自分よりも下の立場の者を使えば、人間は不思議と納得するのだ。この答えに辿りつくまで苦労したが、その分の成果はあった。
「……そっか」
シュタルクがこちらに向ける視線が、明らかに変わったのだ。
闘争に向かう者ほど、この答えで信頼を強く勝ち取れる。
リュグナーは勝利を確信し立ち上がった。
「それではグラナト伯爵を呼んでこよう。私に杖を向けたことが原因なのだろう? 私の口添えがあれば、早く出られるはずだ」
リュグナーから釈放の申し出があれば、グラナト伯爵もコンタクトを取り辛かろう。後は速やかに街を出るよう誘導すれば、フリーレンの問題は解決だ。
果たしてフリーレンは釈放されることになった。
ただリュグナーの口添えがあろうと無罪放免というわけにはいかず、勾留中の期間を含め、30日間の牢屋生活が課せられた罰となった。
そして拘束から30日後。がちゃり、とフリーレンの手枷が外された。
しかしフリーレンはフェルンが思った以上にやつれていた。
「お勤め様ご苦労様です。フリーレン様」
「フェルン…………」
フリーレンはフェルンを確認すると、深いため息をついた。
「酷いんだよフェルン。毎日ね、砂糖のあま~い香りが漂ってくるんだ。女の子たちの楽しそうな声と一緒にね」
「あんな拷問初めてだよ」とフリーレンは言った。
フェルンには心当たりがあった。
最近、総勢24名の女子が花嫁修業と称し、城の厨房を毎日占拠してお菓子を作っているのだ。
きっとそれのことだろう。彼女達に悪意はない。
そして今日も甘い香りがやってきた。
香りのもと、厨房に続く通路から、リーニエが顔を出した。
「お、フェルンだ」
「あ、チーフ」
リーニエはそのままの体勢で言った。
「珍しいね、フェルンが来ないなんて」
「はい、今日はちょっと予定があったので」
フリーレンは酸欠になった魚みたいに口をパクパクさせていた。
「明日はドーナツだって、来るよね?」
「え、本当ですか!? 行きます行きます!」
フェルンはガッツポーズをした。
そしてリーニエが顔を引っ込めると、フリーレンに向き直り言った。
「じゃあ行きましょうか、フリーレン様」
「え? 説明してくれないの?」
フリーレンの言葉で、フェルンは「ああ」と思い出したかのように説明を始めた。
「今から宿に向かいます。街を出るのは明後日にしましょう。大丈夫、ちゃんとフリーレン様のドーナツも確保しておきます」
「…………うん、ありがとう」
これ以上フリーレンは追及しなかった。嫌な事は後回しに限る
気を取り直して、フリーレンはやることをやっておこうとフェルンに聞いた。
「宿の場所教えてよ、後で行くから」
「え? 何か用事があるのですか?」
フリーレンは視線を上、城の一室に向けた。
あれほどの膨大な魔力。見間違える筈がない。
「ちょっとね。フェルンは先に帰っててよ」
首を傾けながらも従うフェルンを見送り、フリーレンは歩き出した。