魔族に魔法を教えてもらおう!   作:PSコン

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2.忘れていたもの

 山を越え谷を越え、たまに人に出会っては追いかけられる。

 街道を避け獣道を進めば魔物と交戦し、時にはドラゴンの背に乗り込み大空を駆けた。

 そうして5年の歳月を掛けて、その廃墟に辿りついた。

 

「これが家なの?」

 

 屋根は半分剥がれ、床からは元気に花が咲いている。あった筈の家具はどこへやら。

 庭と呼んでいた空間には、背の高さほどの草が生い茂っている。竹や木がないだけマシと考えるべきかもしれない。

 総評して、リープがそう言うのも無理からぬ惨状だった。

 

「これから家に戻す」

 

 魔法を教えてもらうのはそれからだなと、付け加えた。

 

 リープは辛うじて腐っていない床に座ると、魔力を練り始めた。どうやら手伝ってくれる気はないようだ。

 

 まあ、それは問題ない。

 リープ自身、あまり魔法への理解度は高くないようだし。

 

 魔族は生まれつき魔法に高い適性があるが、言ってしまえばそれまでだ。

 生きていく中で感覚を掴み、自力で魔法を習得していく必要がある。

 

 リープは人間の見た目で言えば、10歳にも満たない。実際の年齢も大差ないようだ。まだ人に魔法を教えられるような習熟度ではない。

 

 ……騙された気がしないでもないが、別に急ぎという訳でもなし。気長に待てば良いだろう。

 

「さて」

 

 彼女のことはともかく、こちらも手を動かさなくてはならない。

 今は時期的には秋だ。この辺りは冷え込むはず。

 

 自分は大丈夫だから忘れがちだが、魔族も寒さにはさほど強くないらしい。真っ当な家を用意しなければ、凍え死んでしまうだろう。

 

「木を切る必要があるな。剣の1つくらいは用意しておくべきだったか」

 

 こういう時、魔法があれば便利だろうなと思うのだ。

 

「手刀でなんとか……いや、釘とか、布とか。色々物入りか」

 

 結局、里まで物資を補給しに行く必要がありそうだった。

 

 

 

 *

 

 

 

 歩けば3日の距離だが、我が素晴らしき健脚のお陰で、数時間ほどで帰宅することができた。それでも帰宅する頃には夜になっていたが。

 

「ただいま」

 

 返事はない。期待はしていなかったが……。

 

「……何してんだ?」

 

 床を剥ぎ、問いかける。

 

 リープは床下の土を掘って、カエルのように埋まっていた。

 

「……何してたの」

 

 そっくりそのまま同じ質問を返された。

 押し問答をする気はないので素直に答えると、彼女も答える。

 

「魔物が来たから、隠れてた」

「ああ……」

 

 この辺りにはそれなりに魔物が居る。

 ドラゴンの縄張りだから多少はマシなのだが、お構いなく闊歩する奴もいるのだ。

 

 俺の前には現れないから失念していた。

 彼女の警戒心がもう少し低かったら、喰われていただろう。

 

「悪い悪い。もう離れないよ」

「当たり前だ、バカ」

 

 彼女を掘り出し抱き上げる。恨み事は甘んじて受け入れよう。

 これ以上の言及はしないようで、彼女はすぐさま建設的な話題に移った。

 

「お腹空いた」

「どこ食べる?」

「腕」

「好きだな。脱ぐからちょっと待ってろ」

 

 流石に毎度血まみれにされては敵わない。だから服は脱いでいるのだが、これもそのうち魔法で解決したいところだ。

 

 服を脱ぎ終え、リープを膝に座らせる。彼女が俺に背を預ける形だ。そしてそのまま二の腕に齧り付くのである。

 

「……ッ」

 

 さほど鋭くもない歯が食い込んでいくのは、正直結構な痛みである。

 

(痛みには、とっくに慣れたと思っていたんだけどな)

 

 最後に怪我をしたのは何時だったか。多分、傷つけば死んでいた頃だろう。こうして生命の危険信号いたみを感じていると、自分もちゃんと生きているのだなと実感する。

 

(……痛みで生を実感するなんて、変態みたいだな)

 

 何だかおかしくて、つい笑みが漏れてしまう。

 

「なに笑ってるの?」

「気にするな。それより美味いか?」

「ふつう」

 

 鼻まで血まみれにして齧り付いているのだから、ただ素直じゃないだけだと信じたい。そうじゃなきゃ、食べられた俺の腕も報われないだろう。

 

「ん」

 

 食べ終わった彼女の口を拭う。水があった方が良さそうだ。井戸は、作っていただろうか?

 

「意外とやることが多いな」

「なに? 眠い」

 

 じゃあベッドにと思い……それも無かったと気がついた。

 

「用意するから待ってて」

「藁のベッドは嫌だよ。チクチクするから」

 

 藁すらないよ。そう言葉にするのは憚られた。

 

 その辺りの草を刈り取って敷き詰めようと思っていたが、怒るかな。怒るだろうな。

 

 どうにもリープは我儘である。最初は文句ひとつ言わず、無言で着いてきていたのだが。

 こちらも加減が良く分からなかったので、最大限便宜を図っていた。でもやり過ぎだったのかもしれない。

 

「まあ、良いか。それなりのベッドはすぐに用意できないと思うけど、どうする?」

 

 既にリープは舟を漕いでいるので、我慢は無理そうだ。ていうかこの様子なら床でも良くない?

 

「じゃあ、この、まま……」

「それじゃあ作業が出来ないんだけどな」

 

 リープは人を布団代わりにすると決めたようである。既に半場夢の中に入り込んでいるようだった。

 床に置いて作業に戻ろうかと思ったが、起こしても面倒なので辞めておいた。

 

 いつも夜は見張りをしているのだが、ここならその心配はないだろう。

 

 だが手持ち無沙汰だ。

 

「……寝てみるか」

 

 この体に睡眠は必要ないが、眠れないという事もないだろう。

 

 壊れた屋根から夜空を見上げる。

 吐いた息は白く、一瞬だけ夜空を覆う。

 

 煌めく星々の中に、月はない。今日は新月だったか。

 

「ん」

 

 リープが僅かに身じろぐ。

 寝苦しいのだろうか、いや、寒いのだろう。

 

 脱いでいた服を手繰り寄せ、彼女に掛ける。

 

 リープは当初着ていたボロから、少しだけグレードアップした服を着ている。

 魔族は魔力で服を作るらしいが、量や精巧さは魔法の練度に依存するとのこと。

 

 厚着が難しいなら、防寒具も必要だ。

 

 他には――

 

「寝るんだったな」

 

 考え事をしていては、眠気もやってこないだろう。せめて目はつぶるべきだ。

 

 

 ――目を閉じると、まずは聴覚が敏感になった。

 鈴の音に似た羽音を出す虫。甲高かったり、低音だったり、レパートリーに富んだ動物、魔物達の鳴き声。風に揺れる木々のざわめき。

 

 次いで触覚。嗅覚。

 柔らかく、暖かい少女。だが人間の少女からは想起し得ない、濃い血の匂いがした。

 

 少女を抱く力を少しだけ強める。お返しとばかりに、少女が掴む力も強まる。

 

 自然と頬が緩むのを感じる。胸の内が、じわりと暖かい何かで満ちていくようだ。

 

(何だろうな、この感覚)

 

 ずっと昔に忘れてしまった、この感覚の名前は――

 

 

 

 その名前を思い出す前に、意識は闇に落ちていった。

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