「随分とまあ、豪勢な部屋に住んでるね」
フリーレンは皮肉混じりに言った。
それに対し、リープは「はあ」と溜息をつき本を閉じた。
「以前からずっとアピールしてきてたけど、随分と暇なんだね」
フリーレンは牢屋に入れられてからずっと、敵意を魔力に乗せて放ち続けていたのだ。
牢屋に誘い込むための行為だったが、リープは結局乗ってこなかった。
フリーレンは鼻を鳴らした。他の魔族とは異なるのは理解できたが、気に食わないのは変わらない。
どうしようもなくイラつくのだ。
「……1つ確認したい」
リープは閉じていた本を開き直した。フリーレンは構わず続ける。
「お前が探してるのは、千年前にいた、赤毛の男?」
リープはページをめくった。
「だったら?」
フリーレンは嘲笑を込めて言った。
「人間は千年も生きられない。無駄な事は止めろ」
リープは本を閉じ、初めてフリーレンを見た。怒りの籠った視線が突き刺さる。
「お前の貧相なものさしで彼を測るな……!」
怒気の籠った大した殺意だが、フリーレンのイラつきは収まらなかった。
むしろイラつきは積もっていく。
「事実だよ」
だから単刀直入に言った。
リープは牙すら見せ、今にも襲い掛かりそうだった。
だが1つ舌打ちし、「お前には分からないか」と言い捨て、怒りを抑えたようである。
そして一転して、挑戦的な笑みを浮かべた。
「お前、勇者一行とやらの魔法使いだったんだって?」
フリーレンは彼女の発言の意図が読めず、ただ無言でいた。
リープも確認したかったわけではないのだろう。そのまま続けた。
「分かるわけないか。男が三人もいたのに、誰にも選んでもらえなかったブスにはね」
「――――――――は? は?」
こいつは一体何を言っているのだろう……!
「アイゼンは妻帯者だし、ハイターは聖職者だ……!」
「じゃあ勇者は? 勇者は何だったの? インポだったのかな?」
「ちが……!」
違うはずだ!
「どうせ見たことないでしょ? お前の貧相な身体じゃあ、どのみち興奮しないだろうけどね」
リープは勝ち誇ったかのように自らの身体を撫でた。
豊かな胸を重点的に。
フリーレンは思わず自分の体を見てしまった。
ハッとして前を向く。気に食わない笑顔がそこにあった。
フリーレンは耳まで真っ赤になっていくのを実感し、誤魔化すようにまくし立てた。
「ヒンメルなら……ヒンメルなら私の身体を好きって言ってくれる!!!」
フリーレンは完全に気が動転していた。更にうっすらと思っていたのだ。
私はいったい何を言っているのだろうかと。
しかしリープは追撃の手を緩めなかった。
「確認できるの? ヒンメルはもういないじゃない」
「くっ…………!」
(落ち着け……大丈夫、私は千年以上生きた魔法使いだ。こんなのどうってことない)
何とか心を落ち着けるが、予想以上の消耗により肩で息をしていた。
だがその甲斐あって、気がついたことがある。
リープという魔族が、先とは打って変わって、酷く冷徹な目で見つめていることに。
「私は、彼が迎えに来てくれること、疑ってないよ」
そしてこれ以上話すことはないと言わんばかりに、本に目を落とし始めたのだ。
(――――――ああ、そうか)
フリーレンはリープの言葉を聞き、何故自分がこの魔族を、どうしようもなく気に食わないのか理解できた。
――こいつは愛しているのだ。
種族の壁、人の寿命。
――――あらゆる道理を踏みにじり、ただただ一途に愛している。
(だから私はこいつが嫌いなんだ)
フリーレンは部屋を後にした。そしてこの日以降、城に行くこともなかった。
もう二度と、こいつの顔を見たくなかったからだ。
*
フリーレン達がこの街を去ってから4日後。その日も探し人の新たな情報は無く、リープは変わりなく日々を過ごす。
魔法の鍛錬をし、リーニエらと料理の勉強をし、適当に蔵書から抜き取った本を読み進め、そして湯浴みをして眠りに着く――筈だった。
日が頂上に登ったあたりで、リープは感じ取った。
強大な
………
……
…
会議室の空気は鉛のように重かった。
その中で偵察に向かった兵士が、やはり重々しく口を開いた。
「当初の予想通り、断頭台のアウラが帰ってきたようです」
そして報告を続ける。
「アウラが率いる首無し騎士が主要な街道を封鎖しております。現状危害を加えてくる様子はなく、何らかの要求もありません」
グラナト伯爵は唸った。
アウラが封鎖した街道は、隣の街に繋がる重要な交易路だ。
防護結界の張り直しが間に合ったのは不幸中の幸いだが、長時間封鎖を続けられると、街が干上がってしまう。
これは以前のアウラからは見られなかった攻撃だ。
何かが起こっているのは明らかだった。
がたりと椅子が引かれた。
恐らくは変化の要因であろう、リープが立ち上がったのだ。
「じゃあ処理してくるよ。いい加減鬱陶しいからね」
チリ紙を拾う程度の気楽さに、グラナト伯爵だけではなく、その場に集まった有識者全員が目を見開いた。
流石にグラナト伯爵は一言添えざるを得なかった。
「以前のアウラからは考えられない行動です。ここはもう少し様子見をすべきかと」
「要らないよ。
おそらく、嘘ではないのだろう。
グラナト伯爵ではあまりにも強大過ぎて、彼女とアウラの正確な実力差は測れない。
しかし――――と考え、何故そこまで気を配る必要があるのかと思い直した。
どちらが倒れようとも問題ない。何故これほど気に掛ける?
(情を移しすぎたな)
自明だった。数日彼女を観察していれば流石に分かる。
このリープという魔族は、恋する少女そのものだったからだ。恋人との再会を応援したいし、同情の気持ちもある。
だがグラナト伯爵は為政者である。時には自分の気持ちを殺さなくてはならない。
「分かりました。――リュグナー殿もよろしいな?」
このリュグナーという魔族に対しても同様である。
アウラは息子の仇だ。しかし心を殺し、配下のリュグナーを最初は和睦の使者として、今では亡命者として受け入れた。心の赴くままに動いていれば、こうして同じ卓を囲むこともなかった。
複雑な思いで見つめるグラナト伯爵に対して、当の言葉を投げかけられたリュグナーは、苦渋の決断を迫られていた。
アウラ様は決戦を決意したようだ。
首切り役人としては直ぐに馳せ参じ――いや、グラナト伯爵の首を持って帰還すべきである。
だがリュグナーは迷っていた。単純に、勝機が見られなかったからである。
リュグナーは魔族だ。グラナト伯爵よりも実力差は良く見えている。
――アウラ様は勝てない。大魔族を
だからこその迷いだ。ここでアウラ側であることを表明する事は、即ち死を意味している。
(しかしここで戻らねば――――)
リュグナーは自らの力を過信しない。世界を変えるほどの存在に成れるとは思わなかった。アウラの死後、自身が取れる選択はあまりにも少ない。
リープに付いて行くというのは、難しいだろう。
彼女はあまりにも魔族に興味が無い。世界に対して無関心ですらある。
他の者を庇護下に置くはずがない。
他の魔族も、めぼしい者は孤高を気取り、気紛れに人類に牙を向け、所詮は理の範囲内でしかない強さのため数の暴力により破られる。既に自らが弱者側だということを理解することもなく。
アウラだけが、理の中にありながら、数的不利を覆す例外だったのだ。だからこそリュグナーは彼女に忠誠を誓っていた。人類への勝機を見たのだ。
しかしそれももう終わりだろう。戦うべき相手を間違えた。
ならば自分たちはどうすれば良いのか。
――結局のところ、人に庇護を求め、この街で暮らすしかないのだ。
故にここで黙していれば命は救われる。しかし同時に、人の顔色を窺い続ける生を黙認することにもなるだろう。
――――人か魔か。ここが分水嶺だった。
「――――――そうですね。リープ様なら問題ないかと」
リュグナーは迷った末に、人類への従順を選んだ。魔族としてのプライドは、ここで捨てる。
「ご武運を」
リープは背を向けながら、ひらひらと手を振った。