赤毛の男だ。精悍な顔立ちだが、戦士だろうか。首から上では判断はつかない。
アウラは手元の似顔絵から視線を上げた。
「貴女好みかしら?」
目の前にいたソリテールがいやらしい笑みを浮かべていた。
「そんな訳ないじゃない。馬鹿馬鹿しい」
「私は興味あるわ。魔王すら凌駕する魔族が選んだ男ですもの」
「……それ、”好み”じゃなくて”興味”じゃないの。全く意味が違うわ」
「あら、アウラちゃんは人間の言葉に詳しいのね、羨ましいわ」
アウラは返答しなかった。まともに取り合うだけ無駄だ。
「それにしても、無駄になっちゃったわね」
ソリテールは無視されたことなど気にも留めず言葉を続けた。
彼女の視線の先には、人間が虚ろな眼差しで力なく立っていた。
彼らは服従させる魔法の影響下にあり、そして今なお
「結界が再展開可能とは、とんだ誤算じゃったな。優れた魔法よの」
エルテスターの言葉通り、かつてリープが破壊した結界は、破壊される前の状態に戻っていた。
本来ならば服従させる魔法を掛けた生きた人間を街に潜り込ませ、暴れさせる計画だったのだ。
リヴァーレが人間の頭を掴んだ。彼らは一瞬生気を取り戻し、怯えを露わにした。
「ではこれは取ってしまうか? そちらの方が操りやすいのだろう」
「必要ないでしょう。ただの町民じゃ戦力にはならないでしょうし」
ソリテールの言葉にアウラは「そうね」と不機嫌を露わに答えた。何故こいつが答えるのだ。
「もしかしたら、生きていれば人質に使えるかもしれないしね」
ソリテール以外の3体の魔族が笑った。ソリテールも当然本気で言ったわけではなく、彼女も同じように笑った。
(でも、だったら素敵よね)
ソリテールは内心その可能性を捨てなかった。万に一つでも今は欲しい。
だから本当は細部を詰めたかったが、この調子では誰も聞く耳を持つまい。
それ以外にも今ソリテールがしているように、魔力を消しての戦力の誤認、並びに不意打ちをして欲しかったが、それも駄目だった。
(魔族とはそういうものだけど、歯痒いわね)
リヴァーレは突如として笑いを止め、真剣な面持ちで城を睨みつけた。
「来るぞ。備えろ」
リヴァーレは正面に、アウラとエルテスターは後ろへ大きく下がった。
そしてソリテールはその中間。
魔力を消したまま鎧を纏い、アウラの騎士たちに混じった。
騎士に変装したのである。
首を斬らなかった理由の1つである。ソリテールは不意打ちのため、鎧の1つに混じって奇襲を仕掛けるのだ。
卑怯者の戦い方だが、ソリテールは気にしなかった。勝利こそが尊ばれる。
膨大な魔力が城を離れ――凄まじい速度で接近してきた。
(速い! 同じ飛行魔法でも、出力の違いでここまで変わるのね)
速度に反して驚くほど静かにリープは着地した。
そして言葉を交わす間もなく、その膨大な魔力を圧縮した。
「行くぞ!」
リヴァーレが吼えた。
土煙を巻き上げ、大地さえ砕き突進する。
ほぼ同時に魔力の刃がリープより射出される。目に留まらぬ速さと物量。想定を上回る攻撃性能だ。
リヴァーレから鮮血が飛び散る。回避不可能な速さ。だが――――
「ぬるいな!」
裂けるのは皮と僅かな肉のみ。骨を断てねばリヴァーレは止まらない。
リヴァーレの剛拳が走る。人間ならば出血死が見えてくるほどの血をまき散らしながら、事も無げにリープを捕らえたのだ。
しかし拳はリープに届かない。彼女の周囲に展開された、重厚な魔力の壁に阻まれたのだ。
「チッ……」
リープは魔力を衝撃波のように散開させリヴァーレを突き放した。
「今度は私の番ね!」
次いでアウラが首無し騎士を殺到させた。
しかしリープは視線すら向けない。今更人間の騎士程度何の脅威にもならぬと判断したのだろう。
「ほっほ……」
――――ただの人間ならば。
首無し騎士の肉体は突如として膨れ上がった。肥大化した筋繊維は鎧を破壊し、人間とは思えぬ肉の塊がリープを襲う。
不意を打たれたリープの魔力防御が大きく揺らいだ。
その一撃は、大魔族たるリヴァーレを上回る衝撃だった。
――常軌を逸した強化魔法。これこそがエルテスターの魔法だった。
強化魔法の到達点。
種の限界さえ越える変性。羽ばたけぬ者に翼を与える異形の力。
――――故に進化のエルテスター。
強力無比な魔法ではあるが、相応のデメリットもあった。
一撃を加えた騎士の四肢が腐ったように崩れ落ちたのだ。
過剰な強化を加えれば、その後に待つのは自壊である。
「ほっほ、これは良い。強化し放題じゃの!」
しかしこの場においてそれはデメリット足り得なかった。
五百を超える騎士がまだ残っている。
街1つ潰して得た駒だ。そうそう無くなりはしない。
(そしてその全てに注意を向けなければならない。大変よね)
リープは今この瞬間初めて騎士を見渡した。
そして魔力の刃を薄く延ばし、纏めて薙ぎ払ったのである。十数体の騎士が胴から寸断された。
(ああ、ああして広範囲攻撃をするのね)
やはり多人数への対策は持っていた。
やや想定外の形ではあるが。
(私には出来ない高度な魔力制御。あれが基礎を極めるという事なのね。憧れちゃう)
でもその対策ならば問題ない。
――試すならここだ。
ソリテールはアウラにサインを出した。
まるで市民そのものの装いの人間――生かしていた人質が、リープの前に躍り出たのである。
(どうするのかしら?)
ソリテールならば――というより魔族ならば、当然気にせず切り捨てる。
ならば人類との共存を目指す魔族は?
果たしてリープは――――その人間に明らかに弱い攻撃を与えた。
人間は吹き飛び、しかし五体満足で生きている。
(本当に効いちゃったわ。どうしましょう?)
期待はしていたが想定外だ。まさか本当に気を使うとは思わなかった。
効いてしまったのなら使って行こう。ソリテールは鎧の中で計画を練り直した。
同じ人間でも、人質との関係、そして人間性で対応は大きく変わる。
今回の場合は完全な他人だ。
そうなると、命を懸けるほどの要求はできないだろう。
大抵の人間は余裕があれば人質には気を遣うが、自らの命が懸かれば人質を見捨ててしまう。
やり過ぎれば人質は効果なし。足手まといを抱えている分、むしろこちらが不利になる。
なので許容範囲を探っていくのがセオリーではあるのだが。
(戦闘速度が速過ぎる。そんな余裕はないかな)
一手一手が尋常な速さではない。その代わり速度に比べ威力は劣るようだ。
そのためリヴァーレは、大きなダメージもなく継戦できている。
高速戦闘にリヴァーレとエルテスターは年の功ゆえか問題なく対応しているが、アウラは一手遅れていた。人質を現状以上には有効活用はできないだろう。
(残念だわ。大きな働きが期待できたのに。
……でも魔力圧縮での戦い方にも、弱点が見えてきたわね)
リープは魔力の刃を作る前段階として、周囲に高密度の魔力を纏っている。
これは盾として機能するため、攻防一体の戦闘術となっていた。
ぜひ参考にしたいが、これには大きな弱点があった。
処理しきれなかった首無し騎士がリープに迫る。
その攻撃が魔力の壁に当たり、構成していた魔力が僅かに欠けたのだ。
それが弱点である。守れば攻撃に使う魔力が消える。
攻撃力が下がるのだ。
どんな攻撃でも、当たれば全てに意味が生まれるということ。
アウラの数を頼みとした戦法は、前評判通り有効だった。
(だから先に動くのはあちらね)
ソリテールはひっそりと立ち位置を変えた。
そしてソリテールの読み通り、リープに動きがあった。
彼女の膨大な魔力が、縮んでいく。
考察をするよりも早くリープがその行動の意味を体現した。
リヴァーレに向け拳を突き出したのだ。
(魔力の体内循環への切り替え!? 疑似的な戦士の再現までするのね……!)
膨大な魔力ゆえに、単純な身体能力ならばリヴァーレを上回っているだろう。
しかし戦士としては当然リヴァーレが上。全身血濡れながら、怒涛のラッシュを捌ききっていた。
「む……!」
だがリヴァーレの目に血が掛かり、一瞬動きが止まる。
その隙をリープは見逃さず、脇腹にある傷口に向け蹴りを放った。
肉を大きく抉り、皮は胴を一周するほど裂けた。おそらくは内蔵まで潰したであろう蹴りの衝撃は、想像することすら悍ましい。
この戦闘始まって以来の大ダメージに、リヴァーレは大きく怯んだ。
しかしこの絶好の好機にリープは追撃を加えず、リヴァーレの横を通り過ぎた。
――狙いはアウラだ。
弱く、倒せば邪魔な騎士と人質を一網打尽にできる。
リープはアウラの盾として後方に控えていた騎士を勢いのまま蹴り飛ばした。
その威力は強化魔法で硬度を限界まで上げても防げなかった。
しかし突進の勢いは殺され――再度リープから魔力が溢れ出す。
「読んでたわ!」
ソリテールの歓喜の籠った叫びと共に、リープのもとに魔法の剣群が殺到する。
不完全な魔力の守りに突き刺さり、リープが射出した刃の威力を、万全であった時以上に殺した。
そして刃が最初に当たるのは、突き刺さった数多の剣により作られた鉄の壁である。
攻撃と防御。同時に行うために、ソリテールは自らの得意技ではなく、敢えて剣の魔法を選択したのだ。
続いて打ち出された刃も、移動が間に合った6体の強化騎士と、アウラ自身の防御魔法により防がれた。
――不意を突いた完璧な守り。大魔族3体による連携が、リープの攻撃を
「――――終わりだな」
それだけあれば、リヴァーレが復帰するには十分だった。
彼はリープに渾身の力を込めて振り下ろしの一撃を加えた。
リープの体が魔力の守りごと地面を割り、そのまま埋まってしまった。逃げ道が消えたのだ。
「ほれ、駄目押し」
エルテスターがリヴァーレに強化魔法をかける。
リヴァーレの肉体はみるみる膨らみ、そしてリープの守りが軋みを上げた。
次いで首無し騎士たちが殺到する。
最早逃れるすべはなく、守りが破壊されるのも時間の問題。
リヴァーレの拳が触れればリープは跡形もなく消滅するだろう。
リープは膝をつき、そしてとうとう魔力の守りが綻び始めた。
絶体絶命の中――――リープは小さく舌打ちした。
――――――――海が何の前触れもなく現れた。
そう錯覚するほどの圧倒的物量で現れたのは、酸性の液体である。
液体に触れたものは、有機物である木々は強烈な脱水作用により燃えるよりも速く炭化し、石は瞬く間に溶けて消えた。
正面から浴びたリヴァーレはもう駄目だろうなと、ソリテールは冷静に分析した。
「人質を助けたのは、単にそれだけの余裕があったから」
酸は生きた人間を避けるように空間を満たしていた。
相変わらず惚れ惚れするほど緻密な魔力制御だ。
空間を完全に支配するほどの魔法。数的不利を無視する暴挙。
まさかこんな切り札を隠していたなんて。
「――――酷いわ。最初から、勝ち目なんて無かったのね」
高さ100mはあろうかという、酸の津波が全てを吞み込んだ。
*
炭化した右足を引きずりながら、アウラは幽鬼のような足取りで逃げていた。
「ぁ……が…………」
喉がやられているのだろう。呪詛は言葉になっていなかった。
「ぃ…………リぃー……プ…………!!!!!」
それでもその名を呼んだのは、執念のなせる業か。
アウラ自身と、彼女を越える3体の大魔族。それらが力を合わせてもかすり傷1つ負わせられなかった。現代において魔族には、その戦力に比肩するものは無いだろう。
絶望的な現実だが、アウラにはまだ策があった。
思い出すのは、似顔絵の男。
あの男を使えば、まだ可能性はある。アウラは怪我で引きつりながらも、暗い笑みを浮かべた。
進行方向に、人影が現れた。
アウラは天秤を掲げる。
肉体は傷ついたが、魔力自体は万全に近い。
何をするにしても、まずは戦力の補充が急務だった。
「………………ぁ?」
人影が消えた。幻影だったのだろうか。
仕方無く歩き――
――次の瞬間、視界がぐるりと翻った。
「………………ぇ?」
アウラの瞳に映っていたのは、上下が逆になった
「ぁ……」
そして自身の体の背後には、先ほど見た人影がゆるりと歩いている。
その
「ぁかげ……の…………」
どさりと首が落ち、アウラは絶命した。
*
アウラの気配が消えたことなど、些細な事だった。
リープは駆けた。3000年と少し、生きてきた中で、一番力強く。
――――男がいた。
リープは叫んだ。溢れそうになる想いを、たっぷりと込めて。
「――――ゼイゲン!!!」
彼の名前を呼んで、その大きな体に抱きついた。
「ゼイゲン……」
もう一度名前を呼んだ。そして彼の胸に顔を埋め、静かに彼の存在を脳裏に刻みなおした。
彼は「ああ」と小さく返事をした。
僅かな言葉が鼓膜を震わせ、リープの心を大きく揺さぶった。自然と漏れた涙は彼が受け止めてくれる。彼女はただただ、この幸せを噛みしめていた。
そしてリープは顔を上げ―――彼の背中に爪を喰い込ませた。
「お~そ~いぃ~…………!!!!!」
「悪い悪い。ちょっと世界救っててさ」
彼は軽快に笑った。リープも釣られて笑い、背中に回していた腕を首まで持ち上げ、より強く抱きついた。
2人は少しの間お互いに見つめ合い――どちらともなく口づけを交わした。
もう二度と、離れることなど無いと誓うように。
長い長い口づけを――――。
――――こうして、魔族の少女と不死の男は再会を果たしました。
胸いっぱいの愛と祝福を携えて、2人はいつまでも、いつまでも…………幸せに暮らしましたとさ
ご愛読ありがとうございました
PSコン先生の次回作にご期待ください