魔族に魔法を教えてもらおう!   作:PSコン

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リープが復活するちょっと前の話です


後日譚のミルフィーユ
22.離島の神殿と不死の英雄


 南国の離島にある寂れた漁村。

 

 潮風が絶えず吹き付け、潮の臭いが漂うこの村には、時間が止まったかのような静寂が広がっていた。

 

 海岸線に沿って古びた木造の家々がぽつりぽつりと並び、どれもが朽ち果てたような外観をしている。

 家々の屋根は藁で覆われており、何世代にもわたって修繕を繰り返した痕跡が見て取れた。

 

 潮が引いた浜辺には小さな漁船がいくつか打ち捨てられたように佇んでいて、船体は青く塗られているがその色はすっかり褪せており、木材がむき出しになっている部分もあった。

 

 ヤシの木はどこか萎れている様に見え、今にも大海から吹き寄せる風に打ち倒されてしまうかに見えた。

 

 海鳥の鳴き声が遠くから聞こえ、波の音が絶え間なく響く中、この漁村は昔日の栄華を夢見ることなく、ただ静かに、そして確実に時間の流れに身を任せていたのだ。

 

 時の流れはいずれ漁村を完全に吞み込んでしまうだろう。

 誰からも忘れ去られるはずだったその村は、しかし異様な熱気が立ち込めていた。

 

 かつてその離島に船渡する者はほとんどいなかったが、今では日に一度は離島へ訪れる者達がいた。しかしその者たちが離島から帰ってくる事は無く、近場の漁師たちは大層気味悪がっていた。

 

 そんな奇妙な一団が、今日も粗末な船に乗って島へ向かっていた。

 

 

 長い耳を不快気に震わせ、べたつく風から逃げるようにミリアルデは布を頭から被った。

 

「まいったな、酔ってきちゃったよ、おえー」

「それは貴女が酒を飲んでいるからでは?」

 

 ミリアルデの愚痴に答えたのは、粗末な漁船には不釣り合いな身なりの良い少女である。

 

「これだけが私の宝物なんだ。何時だっておさけだけは傍にいてくれるもの」

 

「他はゴミ」と付け加え酒瓶に頬づりする彼女に、メディカヘクセ・フォン・トロイエは溜息をついた。

 

 このエルフは初めて会った時から冗談ばかりである。

 

 ……トロイエ家は千年を越える魔法使いの大家だ。

 筆頭宮廷魔術師として幾度も勲章を賜ったし、名声も欲しいままだった。

 

 しかし時代は移り変わるもので、ある魔法の発明により栄光に陰りが見え始めたのだ。

 

 人を殺す魔法ゾルトラーク

 

 史上初の貫通魔法。

 その魔法の開発により、複雑怪奇な術式を操る優れた魔法使いよりも、数を頼みとした魔法使い隊が戦場の主役になった。

 いかに優れた魔法使いでも、人を殺す魔法ゾルトラークの飽和攻撃に為すすべなく破られるからだ。

 

 せめて人を殺す魔法ゾルトラークの開発にトロイエ家が一枚噛めていれば良かったのだが残念ながらそうはならず、最も貢献したのは、勇者一行のぽっと出のエルフの魔法使いだった。

 

 そのエルフを引き入れる事すらできず、トロイエ家は宮廷にて肩身の狭い境遇だった。

 

 そんな時に現れたのがこのミリアルデである。

 今では希少となったエルフとのコネクションは、トロイエ家には喉から手が出るほど欲しかった物だ。

 

「メディカも飲む?」

「遠慮しておきます。それよりも」

 

 彼女達が目指す離島についての話である。

 メディカはようやく外観が見えてきた、霧の掛かった島に視線を向けて言った。

 

「謎の邪教――」

 

 メディカは口をつぐんだ。

 彼女達と同船している者たちの視線が刺さったからだ。

 

「素晴らしき主について、そろそろ詳細を教えてください」

 

 ミリアルデは何故かメディカに同行を依頼し、何の詳細も話さずに遂には目的地目前である。

 何度聞いても誤魔化すばかり。そろそろメディカの我慢の限界だった。

 

 ミリアルデはメディカに非があるみたいな表情で、かつ子供に言い聞かせるように言った。

 

「もう少しだけ我慢しようね。本当にもう少しだから、ね?

「我慢!?」

 

 メディカは叫んだ。船が大きく揺れる。

 

「いい加減にしてくださいまし! これから大事な任務だというのに、詳細が知れないでは話になりませんわ!」

 

「お声が大きいね」などとミリアルデは呑気なままだが、どうにもメディカの怒りは治まらないと見ると、仕方がないと言わんばかりに立ち上がった。

 船は更に揺れ、勢いに押された者の1人が海に落っこちた。

 

 彼女は意に介さず、人々を押しのけて船首に向かった。その過程でも何人かが落ち悲鳴が上がったが、当然彼女は無視した。

 

「それでは皆さんオサライのお時間です! 素晴らしき、くっく・あん・とぅるーす教団について!」

 

 

 ――――とある領主の息子が蘇った。

 

 始まりはそんな眉唾ものの噂だった。

 

 しかしその噂が立ち始めてから、領主の屋敷に奇妙なマスクを被った黒いローブの者たちが出入りし始めたのだ。

 

 その者達は自らを大いなるものの使者と名乗った。

 

「そして彼らは私達にもその恩恵――死者との再会を約束してくれたのです! ウェーイ!!!

 

 うぇーい。

 意外とノリの良い人々が追従した。

 

 かなりハショッている。面倒になったのが見て取れた。最後強引にアゲたのがその証拠だ。

 しかしそれでもまあ、概要は分かる。そしてその話が表向きで、実態は遥かに悍ましいであろうことはメディカにも理解できた。

 

(もしそんな綺麗ごとなら、世界の危機だなんて言わないですものね)

 

 

 

 *

 

 

 

「それで?」

「何が?」

 

 島に着いて早々にメディカは聞いたが、それにしても、島は当初聞いていた様子とは全く異なっていた。

 

 聞いたのはメディカだが、それ以上に島の様相が気に掛かってしまったのである。

 

 漁村の建物はかつての荒廃した様子とは対照的に、美しい木材と白い石で建てられた優雅な佇まいとなっていた。

 古代の建築様式を模したと思われるアーチや彫刻が施され、それぞれの建物は芸術的なデザインで装飾されていた。漁船の残骸を再利用したとは思えないほど、精巧で優雅な建築物だった。

 

「実際別の場所から持ってきたのじゃないかな?」

 

 ミリアルデが言った。

 だとすると数百トンでは利かないほどの資材が運び込まれた事になるが、ここは離島である。とても現実的ではない。

 特に――――

 

「あの神殿は無理でしょう」

 

 島のやや沖合に鎮座する小さな島ほどの巨大な神殿。

 あれは最早国家レベルの事業だろう。

 

「そうね。異界の力ってのは本当みたい」

「異界とは? 初耳ですわ」

 

 メディカは疑問に連動してハッと気がついた。

 

「そうですわ! 結局なんなんですの!? ここの連中は!」

 

 ミリアルデは「仕方がないわね」と、本当にこちらが申し訳ないと錯覚してしまうほどふてぶてしく答えた。

 

「蘇生の真偽は分からないけど、それを餌にこの世界に手を伸ばしている侵略者がいるのよ」

「この、世界……?」

 

 どうにもメディカの理解を超えている事態が起きているようだった。

 なるほど説明を拒否した理由は理解できた。納得はできないが。

 

 メディカは上手く咀嚼して質問した。

 

「つまりは侵略者を排除すればよろしいのですか?」

「無理でしょうね。あくまで手をはたくだけ」

 

 いまいち理解が及ばないが、追い返すのが関の山ということだろうか。

 

「ではどのように動けばいいのでしょう?」

「まずは人に会うわ。上手くいけば、それでほとんど解決」

 

 そう言ってミリアルデは歩き出した。

 

「その人は先行している仲間ですか?」

「仲間になるといいね」

 

 仲間ではないらしい。

 

「ではどういった人物で?」

「会えば分かるよ」

「そうでしょうけど……!」

 

 メディカはミリアルデの前に立ちはだかった。

 ミリアルデも立ち止まり、眠そうな表情のまま、器用に面倒だなあという雰囲気を醸し出した。

 

「事前に! どういった方かくらい! 知りたいでしょう!?」

「そうかなあ」

「そうです!」

 

 ミリアルデは溜息をついた。

 

「軽薄な男よ。腕力だけが自慢で考えなし。脳みそまで筋肉で出来てんのかって奴でね。忠告は無視するし、そのくせ何とかするものだから怒るに怒れないし。せっかく女神様が不死にしてやったのに恩も碌に返さず放浪してるし。しかも為すに事欠いて魔族なんぞに――」

「ミ、ミリアルデさん!? そのぐらいでよろしいですわ! 完璧に理解しました!」

 

 ぶつぶつと呪詛のように唱え始めたのでビックリした。

 

 とても複雑な過去を抱えているらしいが、私怨を抱えているらしい相手とちゃんと会話できるのだろうか。

 

(あら? だから私が呼ばれたのかしら)

 

 思えば自分の力が必要とは思えなかった。

 いやしかし、だとしても何故自分を……?

 

 聞かなければならないが、おそらく件の男に触れるとまた呪詛が溢れ出す。

 

「気が重いですわ~」

「お酒ならあるけど?」

「要らないですわ……」

 

 ミリアルデは「そう」と呟くと酒を喉に流し込んだ。

 

 全く関係ないが、随分飲んでいるが何時中身を補充しているのだろう。

 

 メディカがどうでも良い事を考えていたら、ミリアルデの表情が変わった。

 瞳孔が収縮し、口角が下がり強張っている。明らかな異常事態を示していた。

 

 状況を把握する前に、野太い声が背後から響いた。

 

「あれ……」

 

 メディカは振り返り、その人物を見た。

 

 赤髪の、体格に優れた戦士風の男。

 

 その男も強張った表情で言った。

 

「ひ、久しぶり。元気そうだな……」

 

 

 

 *

 

 

 

 部屋は外観同様、随分と綺麗に整えられていた。

 

 天井からは煌びやかなシャンデリアが吊るされ、部屋の片隅には樫の木材で作られたキャビネットや飾り棚が配置されている。これらの棚には精巧に作られた陶器の花瓶や重圧な書物、銀の燭台などが飾られていた。

 窓には薄手のカーテンが掛けられ、強烈な南国の日差しを柔らかく部屋に届けていた。

 

 これまた柔らかそうな牛革のソファに沈み込み、男が言った。

 

「で、何の用だ?」

 

 男は平静を取り戻したようだ。

 ミリアルデも……一応微笑みを浮かべている。

 

(いえ初めて見る表情ですわ)

 

 メディカは自分が頑張る必要がありそうだなと、綿の詰まった椅子に覚悟をもって腰を下ろした。

 

「お初にお目にかかります。わたくしメディカヘクセ・フォン・トロイエと申します。以後お見知りおきを」

「ん? ああ。俺はゼイゲンだ。よろしく」

 

 ゼイゲンは不思議そうにメディカを見ていた。

 彼はメディカが何故ここにいるのか測りかねているのだろう。

 

 メディカも全面的に同意するが、話を回す必要があるのだ。雑念を払って話し出した。

 

「我々は侵略者からこの世界を守るためにここに来ました。ゼイゲンさん、貴方にも協力していただきたい」

 

 そう言うとゼイゲンは「協力……?」と胡乱な目で呟いた。

 

「何故だ?」

「世界を救うためですわ」

 

 ゼイゲンは「あー」と間延びした声を発し、言葉を選んでいるようだった。

 そして一度口を閉じ、自嘲するかのように続けて言った。

 

「どうでも良い。世界が変容したところで、俺は変わらないからな」

 

 メディカは口をつぐんだ。

 

 別に意外ではない。

 世界という大きな物のために戦えない者は多く存在する。むしろ目先の利益を最優先に動くのが大半だろう。

 

 そういった人間に餌を用意してやるのが高貴たる者の務めではあるが、何分急な話である。

 この人間が何を望むのか、そもそも餌を与えるに足る人間かすら測りかねていた。

 

「その様子だと、ここがどういう組織か理解はできているみたいね」

 

 ミリアルデは覚悟を決めたのか、ぐいっと酒を呑み込み言った。

 

「……お前、いつから酒浸りキャラになったんだ?」

「飲まなきゃやってられないのよ。つーか答えろよぅ」

 

 ミリアルデは陽気な口調だが、やはりというか目は笑っていなかった。

 隣で聞いていたメディカ以上にプレッシャーがゼイゲンに響いていただろう。彼は苦々しく、しかし素直に答えた。

 

「結果として、環境が大きく変わるだろうな。少なくとも、現人類が住める環境じゃなくなる筈」

「え?」

 

 これは思ったよりも本格的な危機なのでは?

 メディカの危惧をよそに話は進む。

 

「詳しいわね。それなりの地位に就いたのかな?」

「まあな。いざという時の暴力装置として」

「当然それなりの報酬があったわけね?」

「そりゃあそうだ。じゃなきゃあんな辛気臭い連中とつるまない」

「ふ~ん……」

 

 そしてミリアルデは実に――少なくとも外観上は楽しそうにこう続けた。

 

「たかが異界の力の一端を借りた程度で、完全な()()()()()が為せるのかしら?」

 

 その瞬間空気が凍った。

 南国だというのに、この世のものとも思えない冷気が溢れだし、メディカの芯まで凍てつかせたのだ。

 

「……御託は良い。何しに来た?」

 

 男の声が確かな重みとなってメディカに降りかかった。

 

 この選択肢を間違えれば自分たちは死ぬ。

 錯覚などと言うものがいれば、それはこの圧を知らないからだ。

 

 メディカの喉は急速に水分を失い、張り付いた粘膜が発声を妨げる。

 こひゅう、と。ただただ空気だけを漏らしていた。

 

「思い上がった人間どもに裁きを下すためよ」

 

 ミリアルデはこの空気の中で、常と変わらず、いや常以上に平坦な口調で答えた。

 それはゼイゲンに対抗するための措置だったのかもしれないが、メディカにはどうしてか怒っているように思われた。

 

 ゼイゲンは鼻で笑った。張り詰めた空気はそのままだ。

 

「女神様も随分狭量になったんだな。更年期か?」

「あの方は()()()()()()わ。変わったのは人間。もう声も聞こえないのでしょう?」

 

 メディカには何の事やらさっぱりだったが、2人の間では問題なく通じているようだ。

 

「そうだな。もう親離れしても良い頃だ」

 

 殺気が更に強まる。メディカは意識を保つのがやっとだった。

 ゼイゲンが獰猛な笑みを浮かべた。

 

「だからお前たちをここで殺す。神に挑む度胸が俺に無いと思ったか?」

 

 選択肢を間違えたのだと、メディカは悟った。

 

 この男は一体何なのだろうか。

 メディカとて一流の魔法使いだ。戦場に出たこともあるし、殺し合いの経験もある。剣聖と呼ばれた戦士も知っていた。

 その中で、ゼイゲンという男の圧力は別格だった。

 

 人間とは思えない。獣でも勿論無い。魔族も、巨大なドラゴンすら比較にならない。

 

 ――――この男は、まさしく怪物だった。

 

 しかし――

 

「神話の時代においてすら英雄と呼ばれた男、ね」

 

 しかしミリアルデは一切の動揺を見せずに呟いた。

 

「私はね、人の努力を見るのが好きなの」

 

 この期に及んで、ミリアルデは命乞いにもならない言葉を吐いた。

 独り言にも近いそれは続いていく。

 

「だって、人生をかけて探したものが、何の価値もないゴミだった時のことを想像できる?」

 

「ふふ」と喜の感情を感じさせながらも、妖艶にすら思える笑みをミリアルデは浮かべた。そして「でも」と更に続けて言った。

 

 ゼイゲンという男を真っすぐ射貫くように。

 

「ゼイゲン、()()()()()。君は頑張ってないよね? 達観したフリをして、ありもしない希望に縋るフリをして、自分を慰めている」

 

 一瞬、殺意が晴れる。取り直した殺意も先ほどではなく、動揺が未だに深いことが察せられた。

 

「どうする? 私はもう十分()()()はあげたよね? 本物の可能性を、本気で追い求めてみたくないかしら? ()()()()()()()()()()()()()

 

 ゼイゲンは歯を食いしばり、苦虫を嚙み潰したような表情へ変わっていた。

 

「確約をするつもりはないのかよ」

「ただのいちエルフに、そんな権限はないでしょう?」

 

 ゼイゲンは目を閉じた。

 いつの間にか殺気も無くなり、日差しが運ぶ熱が全身に行き渡っていた。人知れず流れていた汗をハンカチで拭う。

 

「……お前の口車に乗るみたいでムカつくな」

「良いじゃない。そんなプライド何の役にも立たないわ」

 

 ミリアルデは少女のようにケタケタと笑っていた。

 

 どうやら、話は纏まったらしい。

 

 気がつけば随分と喉が渇いてる。

 真っ白なカップに注がれた紅茶で喉を潤すことにした。

 

 ミリアルデは「それに」と前置きして言った。

 

元カノの忠告はちゃんと聞いておくべきだと思うわ」

「――――ブハ!!!」

 

 むせた。

 

「え、大丈夫かよ。というかこの子は何なんだ?」

「君の縁者だって聞いたんだけど、結局役に立たなかったね」

「ゲホ、ゴホ! あ、あなたたち! そういう関係だったんですの!?」

 

 メディカは何か大事な情報を聞き漏らしたようだが、自身のスケールを越えた会話の後に浮いて出た、理解の及ぶ内容に完全に頭を支配されていたようだった。

 

「別に良いじゃん、そういうのは」

「そうそう。今カノ助けるためにさ、元カノ使おうとしてるなんてどうでも良いよね~」

「……悪いとは思ってたけどさ、吹き飛んじまったわ」

「な、な、な――――――!!!!」

 

 

 

 その後、なんやかんやで大変な事になるのですが、敢えて語る事でもないでしょう。

 

 結末はもう既に、語り終えているのですから――――。

 

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