魔族に魔法を教えてもらおう!   作:PSコン

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23.主賓兼総料理長リープ

「歓迎の宴?」

 

 珍しくリープが1人で寛いでいる時に、見計らったかのようにメイドが話しかけてきた。

 

「ウィウィ。リープちゃん様の彼ピぃ様のお出迎えパーティーやってなかったじゃないすか?」

 

 人間の女は何かと記念日を大事にするが、日々の彩りが欲しいというのも分からなくはない。

 リープは「そうだね」と肯定した。

 

「ですよね!」メイドは激しく同意した。

 

「じゃあやりましょう! 今すぐやりましょう! カッ〜!!! 不肖このツォーフェ、全力で遂行させていただきますよ!!!」

 

 そう言うと仕事を放棄してメイドは走り去ってしまった。

 

 リープは特に気にしなかった。

 他人に興味がないのもあるが、彼女は初めて会った時からあんな感じだからだ。

 

 ツォーフェと名乗ったメイドは、つい最近入ってきた新しいメイドである。

 城に人(魔族)が増えたために人員を増やしたのだが、そこにあれが紛れ込んでいたのである。

 

 彼女はリープのファンを自称していた。

 お近づきになりたいという不純な動機で潜り込み、まんまと目的を達成してしまったのである。

 

 ツォーフェほどのガチ勢はそうそう居ないが、それに近しい者はそれなりに居るといえばいる。

 

 魔族との共存というセンセーショナルな出来事は人々の関心を大いに惹いたらしく、街は観光客で溢れ、魔族特需と言われるほどの賑わいをグラナト領は見せていた。

 

 当然悪しき人間も潜り込んでくるだろうが、幸いというか、第一号があのメイドだったので、大した被害もなく、警戒だけは引き上げられたのである。

 

 ちなみに歓迎会は開催されることになったが、今日ではなく後日となった。当たり前だ。

 

 

 

 *

 

 

 

 さて、歓迎会をするのは良いが、かつて2人で行っていたような慎ましく細やかな物にはならない。

 グラナト伯爵の客人という立場であり、今後の動向にも大きく関わってくる2人である。盛大な物になるのは確定として、誰を呼ぶかは非常に難しい問題だった。

 

 それだけでもグラナト伯爵の頭を悩ませていたのに、2人はこんな事を言ったのである。

 

「料理は私が作るから」

「ゼーリエはちょっと……」

 

 我儘が胃を痛めたが、そんなことは関係ないと言わんばかりに要求は通されてしまったのだ。

 

 きっとこれからもグラナト伯爵の苦難は続くのだろう。何かいいことあるといいね。

 

 

 それはさておき。

 リープはメニューを決めるために市場に出ていた。

 

 市場が騒めいたが、当然リープが気にする筈もなく、荷物持ちに連れ出されていた料理長だけが冷や汗を流していた。

 

 リープはいくつかの食材を手に取り、知らない物については店主や料理長に尋ね、吟味するとともに構想を膨らませていた。

 

 そしてリープはまた1つの食材を手に取った。丸く皴の入った果物で、皮越しにも甘い香りが漂っていた。

 

 リープは満足げに頷いたが、料理長が顔を曇らせて言った。

 

「リープ様、その食材は季節外れでして、取り寄せようにも量を確保できないかと」

「?」

 

 リープは疑問符を浮かべた。

 

「だから?」

「招待客に行き渡らないかと」

「? なんで私が雑魚の分も作らなきゃいけないの?

「それは貴女が望んだからでは?」

 

 2人して疑問符を浮かべた。

 

「リープ様、全員が同じ料理を食べるのです。ですから味だけでなく、食材の調達性や、部下の料理人でも調理可能である必要があります」

「面倒だな」

「全くです」

 

 料理長は無意識に肯定した。彼としても色々と歯痒い経験を積んできたのだろう。

 

「はぁ……」

 

 リープは溜息をついたが、一応は従う事にしたようだ。

 

 料理長は冷や汗を拭った。

 

 彼もリープがただ暴れるだけの魔族ではないし、存外に理性的だと理解はしていたが、それでも肝が冷えるのは避けられなかった。

 

 かつてこの街を襲い続けていた大魔族、断頭台のアウラ。

 アウラ筆頭に他3体の大魔族を相手にして勝利を収めたというのは、今なお吟遊詩人たちが歌い続けていることだ。

 

 彼も遠くからその様子を見ていた。その時に発生した巨大な水泡。魔族のみが扱えるという液体生成の魔法により齎された被害を見て、ただの少女として接しろなどというのは無理な話だった。

 

『いや超かっこヨじゃないすか』

 

 最近リープのお付きとなったメイドの顔が思い出された。

 

 そんな彼の内心に興味を示す素振りすら見せず、リープは鼻歌を歌いながら食材を吟味していた。

 

『可愛~』

 

 恐ろしく、人間に一切興味を示さない魔族だが、最近例外が存在することを知った。

 今の彼女がするような表情は、たった1人の人間に向けられているのだという。

 

 名をゼイゲンと言ったか。

 経歴不明の男だが、噂によると南部に巣食った邪教を一掃したのだとか。

 

 その特異な過去が原因かとも思ったが、どうにもそれ以前からの仲なようだし、謎は深まるばかりである。

 

「……うん、こんなものかな」

 

 一通り選び終え、リープは献立を組み終わったのだろう。満足げに頷いた。

 

 ひとまずミッションコンプリートだ。

 しかしこれからが大変だと、料理長は我が身に降りかかるであろう苦労を思い戦慄していた。

 

 

 

 *

 

 

 

「う、腕が動かない……」

 

 冷水に腕を浸して嘆いているのは、魔族リーニエだ。

 

 彼女はリープにデザートを担当するようお願いきょうようされていたのだ。

 

 料理は力仕事であり、膨大な量を作るのは大変な重労働である。

 リーニエは魔族特有の力強さがあったが、圧倒的な物量に敗北していたのである。

 

 おおよそ60名分のデザートは、それだけの怪物だったのだ。

 

「大丈夫? 確かに1人じゃ無理そうだね」

 

 その様子を見てリープは頷いた。

 単純な体力もそうだが、これだけの量だと1つ1つの工程に時間が掛かり過ぎる。料理はスピードも大事なのだ。

 何人必要かはこれから計算する必要があるが、とにもかくにもである。

 

「本番までに覚えさせないといけないのか。面倒だな」

 

 愚痴ったが、それ以外にも色々と勝手が違ってやり辛いとリープは思った。

 

 トリュフを使ってみたかったが、多くは用意できないので代用としてマッシュルームを使うとする。これはまあ良い。

 ロブスターの殻を煮込み出汁を取りたかったが、殻を大量に剥くのも大変だし、それ以前にコンロの専有面積が大きすぎて、他のことが出来なくなってしまう。短時間もしくは火を使わない出汁が必要だ。

 

(でも出汁は妥協したくない……)

 

 メインディッシュに掛ける赤ワインのソースも妥協した方が良いのだろうか。

 

(う~ん……)

 

 妥協、妥協、妥協……!

 何とかできないものかとリープは考えた。

 

(出汁、ソース、出汁、ソース……)

 

 悶々と悩むリープ。

 それなりに休まったのだろう。リーニエが腕を漬けていた桶から出した。

 勢いにより波が作られ、水が桶から零れた。

 

(水、出汁、ソース、水………………液体?)

 

 液体? 液体を、増やす。いや生成する?

 

「液体を………………あ」

 

 リープは自分にしかできない、画期的な解決策を思いついた。

 あるではないか。手間のかからない、素晴らしい方法が。

 

 リープは呟いた。己の秘儀、3000年を掛けて鍛えぬいた魔法の名前を――――

 

溶解液を出す魔法レージミション

 

 リーニエが『こいつマジか』みたいな顔をしているが、リープは気にしなかった。

 

 切り札の秘匿とかその他諸々そんなことよりも――――大切な事があるのだから。

 

 

 

 *

 

 

 

 城の大広間は、勝利の象徴として煌びやかに飾り立てられていた。

 

 大広間に足を踏み入れるとまず目に飛び込んでくるのは、天井から吊り下げられた豪華なシャンデリアだ。無数の燭台に灯された炎がきらめく光を放ち、広間全体を暖かな金色に包み込んでいた。

 

 床には真っ赤な絨毯が敷かれ、中央のテーブルへと導いていた。

 立食会のため椅子は置かれていないが、テーブルの上には贅を尽くした料理が並び、テーブルの中央には戦勝の象徴として特別に用意された装飾品が据えられていた。

 黄金の剣と盾が交差し、その周りには色とりどりの花々と緑の葉が美しく飾られている。

 

 音楽もまたこの壮麗な晩餐会にふさわしいものだ。楽団が高台に設置され、優雅な旋律が広間に漂っていた。

 

 壁には華やかなタペストリーが掛けられていた。今回のために特別に仕立てられたのだろう。水を操る魔法使いと勇敢な戦士たちが恐ろしい魔物に挑む姿が描かれている。

 

 その図は今回の晩餐会の名目、七崩賢、断頭台のアウラの討伐を表していた。

 

 しかしこの晩餐会は実際には、異なる目的があることは、招待された者たちの全員が知る事である。

 

 招待客には各界の重要人物が顔を揃えていた。まずは継承権第一位であり、次代の王となることがほぼ確約されている第一王子。そして彼に近しい人々たちが顔を連ねていた。

 

 これは万が一の為の安全を期して、国王その人は招待しなかった為だが、より未来を見据えたような、そういった暗示が込められているようにも思われた。

 

 他にも公爵や侯爵、伯爵夫人たち。宗教界からは司教や大司教が招かれ、軍関係者からは将軍や騎士団長、次世代の騎士たちが列席していた。

 

 それだけではない。学問を志す学者や魔法使い。大商人や銀行家すら出席していたのだ。

 

 地方の領主や小規模な領地を持つ下位貴族たちも多数招かれており、グラナト伯爵が如何にこの晩餐会を重要視しているか理解できよう。

 

 

 そして彼ら全員が、一様にある集団を注視していた。

 

 角が生えた者たち、魔族の集団をである。

 

 彼らは人類との共存を掲げ、そして現状それは成り立っていた。

 

 魔族の恩恵は未だ為されていないが、彼らの強大さは、誰もが知る事だった。

 何せ数十年この街と戦争を続けていたのが、たった一体の魔族の魔法に依るものだったのだから。

 

 戦い以外でも、彼らの魔法は宝の宝庫である。

 先行者利益はグラナト伯爵に譲るより他ないだろうが、二匹目のどじょうは何としても手に入れたいと誰もが目を光らせていた。

 

 そのカギを握るのは、魔族の集団に混じった1人の男であることを、目ざとい者ほど理解していた。

 

 そして一部の者は、男が既に偉業を為していたことを知っていたが、その情報の切りどころを注意深く観察していたのである。

 

 

 とまあ陰謀渦巻く晩餐会だが、実のところゼイゲンはまるで関心を持っていなかった。

 

「お、このターキー美味いな」

 

 彼にとっては久々のリープの料理の方が、遥かに優先順位が高かったのだ。

 リープは誇らしげに笑みを浮かべていた。

 

 そんな姿に毒気を抜かれた訳ではないだろうが、リンゴのタルトを1ホールごとガメたリーニエに話しかけた者がいた。

 その男は金より愛エロジジイだっただけだが、他の者を動かすのに十分な起爆剤となった。

 

 堰を切ったように人々は動き出したのだ。

 

 魔族4人の中で、最も人を集めたのがリュグナーだろう。

 人間とは見た目で判断する生き物だから、成人男性が最も話しやすいと踏んでの事だ。今回については間違っておらず、リュグナー自身も今後の進展に関わるため、全力で対話に励んでいた。

 

 次に人を集めたのはドラートだった。

 彼は職業柄アイドルなので人を楽しませるのが一番上手で、それほど熱心ではないが、興味もあるという人たちを惹きつけた。

 

 続いたのはリーニエで、彼女は最初の叡智な冒険家エロジジイに近い人達を惹きつけた。怪しげで生産性のない雰囲気だったが、本人たちが満足しているので問題ないだろう。

 

 最後に残ったのは、ゼイゲンとリープだった。

 彼らは単純に自分たちの世界を作っているだけでなく、案外魔族は橋渡しなしに喋ることができることに人々が気がついたので、お役御免になっていた。

 

 それでも彼らに特別価値を見出す者もいる。

 ゼイゲンが一通り舌鼓を打ったあたりで、彼に話しかける者がいた。

 

「失礼、よろしいかな?」

 

 豊かな髭を蓄えた、初老ながら筋肉隆々の男がゼイゲンに話しかけた。

 

「儂はブレンマギア・フォン・トロイエ・デア・ドリッテと云う。君には娘が世話になったと聞く。まずは礼を」

「ああ……」

 

 ゼイゲンは離島で出逢った少女のことを思い出し、ブレンマギアと力強く握手した。

 

「何の話?」

 

 リープがずいと首を突っ込んできた。

 やや険しい顔から機嫌が悪いと推測される。

 

 この場合誤魔化すか正直に言うのが正解かは難しいところだ。

 今回は別の女が絡んでいるためゼイゲンは誤魔化すことにした。

 

「ちょっとな」

「ふ~~~~~ん」

 

 一応は納得してくれたようである。

 しかしピタっと横に張り付いたあたり、これ以上この会話を続けるのは危険だとゼイゲンは判断した。

 

「じゃあ俺達はこれで」

「ううむ」

 

 ブレンマギアはまだ話したりなさそうだが、ゼイゲンはそそくさと立ち去った。

 そのままバルコニーへと向かう。

 

 バルコニーには社交なんぞ知ったことかと男女の仲を深めている者たちが数人だけ居た。

 ゼイゲンも彼らの邪魔をしないよう、適度に距離を取り仲間入りを果たした。

 

 実際のところ、ゼイゲンも他者に興味がないわけでないのだ。

 

 グラナト伯爵や他の魔族たち。その他リープのまわりに居る人々とじっくり話したいとは思っている。

 

 しかしまあ――――

 

 ゼイゲンは彼の腕にしがみつくリープの髪を撫でるように梳いた。

 リープは目を細め、ゼイゲンの指に委ねるように更に身を寄せた。

 

 ――――今は、彼女を優先したかった。

 

 

 

 この日この夜は今日しかないから、後悔が無いよう日々を重ねるのだ。

 

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