魔族に魔法を教えてもらおう!   作:PSコン

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24.黄金の墓標

 煌びやかな都市と、形容するのは間違いだろう。

 

 その都市は全てが黄金で出来ていた。

 家が、街灯が、石畳が。噴水から吹き出る水までもが黄金だったのだ。

 

 故にその黄金都市ヴァイゼは、煌びやかであると誤りであるが語られるのだ。

 

 何故誤りなのか。初めからそうであった訳ではないからだ。

 

万物を黄金に変える魔法ディーアゴルゼ

 

 この街は七崩賢、黄金郷のマハトにより変性させられたのだ。

 

 

 当のマハトは、黄金となった都市で一人静かに佇んでいた。

 

 彼はこの都市から出ることが出来ない。

 人類が施した結界により、この都市に閉じ込められているのだ。

 

 その結界の境界で、彼に話しかける者が居た。

 

「改めて――久しぶりね、マハト」

 

 彼は結界の内で、その話しかけた者は結界の外だ。

 本来結界は音を通さないが、何らかの手立てで声を通したようだった。

 

 マハトを閉じ込める結界は非常に高度な魔法だ。

 ただ声を通すだけでも、大変な労力だっただろう。

 

「――――何のつもりだ、ソリテール」

 

 無名の大魔族ソリテール。

 かつてリープという正体不明の魔族に倒された筈の魔族だった。

 

 彼女は変わらず町娘のような装いだったが、左目には包帯が巻かれ、隙間から覗く皮膚は酷く焼けただれているようだった。

 

「少し、話をしたくなったの。良いでしょう?」

 

「よいしょ」と、彼女は一息つくように倒木に腰掛けた。

 実際に足にも怪我を負っているのだろう。というよりも、全身余すことなく怪我を負っているのだ。最早戦闘行為すら危ぶまれるほどに。

 

「深手を負ったようだな」

「ええ、読みそこなっちゃった。命があっただけ幸運だわ」

 

 聞けば、彼女が戦ったのは魔族であったらしい。マハトも聞いたことのない名前だったが、それほど興味は惹かれなかった。

 

「その魔族()、人類との共存を目指しているらしいわよ?」

 

 マハトは僅かに揺らいだが、表情には現れなかった。

 

 マハト自身、人類との共存を目指す魔族だからである。

 しかしそれが何だというのだ。所詮は魔王と同じ、彼と同士になることはない。

 

「そうね。いつ破綻するかは分からないけど、私は少し心境に変化があったわ」

「ほう」

 

 マハトはその時確かに驚いていた。

 ソリテールは彼と出会ってからずっと、共存には否定的だったからだ。

 

「断頭台のアウラの配下を知ってる?」

「……確か、一度会ったことがある。それがどうした」

 

 見るものなど無い。ただの凡庸な魔族だったと思う。

 

「今共存を主導しているのは、彼らなのよ。知ってた?」

「…………何だと?」

 

 典型的な魔族だった筈だ。

 それが何故共存という考えに至ったのか、マハトには信じ難かった。

 

「必要だったから」

 

 ソリテールは端的に答えた。

 

「私や君の悩みなんて、その程度のものなのよ。これも大自然の神秘という奴なのかしら」

「………………納得できないな。俺の苦悩はそんなものだと?」

「そうね。じゃあもう1つ話をしましょう」

 

「猫は知っているでしょう?」とソリテールは問うた。

 

「彼らは本来、群れを作らず単独で生きる生き物よ。これは知っていたかしら?」

「知っている。ヴァイゼにもノラ猫の一匹や二匹いた」

 

 彼らは単独で生きる。

 自由気ままに、誰の干渉を受けることもなく。

 

「でもね、ある港町では猫は集団生活を営んでいるのよ」

 

 その港町では猫が多く、猫同士でのコミュニティが形成されざるを得なかったのだとか。

 

「ただ集まっているだけじゃないのよ。オスの親猫は本来子育てには参加しないのだけど、その港町では子供を守るのですって。面白いよね」

 

 生憎、魔族に親子の概念は無い。

 だからその変化に感じ入ることは無かった。

 それはソリテールも同様だろう。重要なのは――――

 

「その生物が元来持っている生態は、変化するのよ」

 

 魔族は人が持つ感情の一部が欠落している。

 産まれの違いを克服できるという情報は、マハトには得難いものだっただろう。

 

「昔、収斂進化という言葉を教えたけど、逆に姿形は変わらずとも、進化する事もあるのでしょうね」

 

 ソリテールは言葉を切った。

 二体の魔族の間に沈黙が降りる。

 

 黄金郷の外で小鳥がさえずり、一陣の風が木の葉を舞わせた。

 ソリテールが静かに口を開く。

 

「――やっぱり、君は興味が無いみたいね」

「……」

 

 マハトは答えなかった。

 

 彼の願いは人類との共存の筈だ。

 だから希望になりえるその情報には真っ先に喰いつくべきである筈なのだ。

 

 だがマハトはソリテールの言葉通り、彼女が齎した希望に興味を持てなかった。

 

「どうして君はここにいるの?」

 

 藪から棒に、ソリテールはマハトに尋ねた。

 

「……結界があるからだ。見れば分かるだろう」

「結界が張られたのは黄金化の後でしょう? 逃げる時間は十分にあった筈よ?」

「……」

「そもそも本当にこの結界は突破できないの? 50年間一度も試さなかった?」

「……」

 

 マハトは答えなかった。

 何故なら、答えは既に――

 

「最初から、君はこの都市から出るつもりなんて無かった。違う?」

「……」

 

 

 ――――きっと、そういう事なのだろう。

 だけれどそれが何故なのか、マハトには自分事でありながら理解できなかった。

 

「私は人類との共存を目指すわ」

 

 ソリテールが言った。

 

「この体じゃもう戦えないし、そういう流れがあるなら乗った方がお得でしょう?」

 

 軽薄な言葉だった。きっと人類は酷い目に遭うだろう。

 

「……勝手にしろ」

 

 だがマハトには関係のない話だった。

 この黄金郷が、彼の墓標となるのだから。

 

 マハトの頑なな態度に、ソリテールはほんの少しだけ眉を下げた。

 

「君は黄金のように変わらず、ここで朽ち果てるのね」

 

 ソリテールは彼の内心を見透かしたかのように言った。

 そして立ち上がり、去り際にこう残した。

 

「さようなら、墓守さん。もう出逢わないことを――ふふ、女神様にでも祈っておきましょうか」

 

 それからは、変わらない日々が流れた。

 黄金は変わらず煌めいていて、ヴァイゼは変わらず在り続けるのだ。

 

 

 ――――魔法が解ける、その日まで。

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