中央に座す湖に、整備はされているものの、魔物が棲みつく深い森。
一次試験はそんなグローブ盆地にて行われる。
試験内容はその森に生息する隕鉄鳥の捕獲だった。
シュティレを追う道すがら、フリーレンの試験チームメンバーであるラヴィーネが雑談を持ちかけた。
「しっかし本当に魔族が参加してんだな」
彼女も噂として聞いていたが、本気にはしていなかった。
しかし実際に見てしまえば疑う事もできない。
ラヴィーネの言葉に、同じくチームメンバーのカンネが答えた。
「グラナト領で魔族が活躍してるって自分で言ってたじゃん。ボケた?」
「……」
ラヴィーネにマウントを取られ、ツインテールを掴まれたカンネは「ぎゃぁあ」と苦悶の声を漏らした。
フリーレンはまたかと思いつつも、「まあまあ」と制止した。
ラヴィーネはその体勢のままフリーレンに言った。
「そういや、フリーレンはそっちの方から来たんだよな。何か知ってるか?」
「……さあ? 私も知らないな」
カンネの悲鳴をバックグラウンドに、フリーレンは今までの足取りに思いを馳せた。
旅の中でも、大きな街に着くたび例の魔族が話題に上っていた。
あいつが探し求めていた男の名前はゼイゲンと言うらしい。
そして無事再会を果たしたようである。男はどんなカラクリかは知らないが、千年間生きていたようだ。
その後は首切り役人達の話題が増え、魔族との共存が始まったと人々が騒めいていた。
その結果が悲惨な結末になるだろうとフリーレンは予測していたが、面倒を見てやるつもりは無かった。身から出た錆である。
魔族を知る者なら同じ決断を下すだろうとフリーレンは思う。
だからこそ意外だった。
大陸魔法協会――フリーレンの大師匠であるゼーリエが共存などと言う世迷言に乗り気だとは。
(何を考えているやら)
「何て言ったかな――」
ラヴィーネが何気なく呟いた。
「
「え? 何? 知らない。誰、それ。皆目見当もつかないなあ!!!」
「お、おう」ラヴィーネは突然豹変したフリーレンに引き、手を緩めた。その隙にカンネが逃げ出す。
「痛たた……。あの魔族はリーニエって名前らしいよ」
「ああ、その魔族なら知ってるよ。アウラの元部下だね。そのリー、プ? とかいう女は知らないけど」
ラヴィーネはフリーレンのすっとぼけから目を逸らした。きっと何か、多分下らない因縁でもあったのだろう。
ラヴィーネは何でもいいから話題を変えようと言葉をひり出した。
「アウラって、七崩賢だろ? 結構大物なのか?」
「別に大物の部下が強いとは限らないじゃん。バカなの?」
「……」
再び悲鳴が森に響いたが、フリーレンは構わずある方向に目を向けた。
試験に潜り込んだ、魔族のいる方向に。
*
リーニエ達はシュティレの捕獲には動かず、座って作戦会議をしていた。
「後半はシュティレの争奪戦が予想されます」
メディカの発言に、リーニエがすっと手を伸ばした。
「なんで?」
「シュティレの捕まえ方の指示は無かったですから。勿論他のチームへ危害を加えてはいけないとも言われていませんわ」
「ふ~ん」
リーニエがぼそりと呟いた。
「人間せっこ」
「……それはそうなのですが、魔族に言われるのは釈然としませんね」
そういう言葉尻を捕らえるのは魔族の役割だった筈だが。
それはともかくとして、メディカは話を続ける。
「ですが我々は戦闘力が低いので、後半の戦闘を避けるため、前半ではなく、終盤にシュティレを捕まえることになりますわ」
ゼンゼが手を上げた。
「でも先生。実質半分以下の時間でシュティレを捕まえられるのかね?」
「誰が先生――こほん」
メディカは怒りを咳払いと共に鎮めた。
「ハッキリ言って難しいでしょうね。最悪消耗した他チームを襲うことになるでしょうが」
人としてアレな行為なので、出来れば避けたいところだ。
「幸い時間はあります。作戦を密に立てましょう」
「賛成」
「同じく」
メディカは良い返事に頷いた。
「ではシュティレについてお2人はご存じですか?」
「知らない」
「同じく」
メディカはさっきと同じくらい――しかし駄目な返事に肩を落とした。
「……うん、では観察から始めましょうか」
他のチームと同じく、彼女達も足を動かすことになった。
森の中を3人は歩く。
最低限の整備はされているようで、地面は平らで足を取られるようなこともなかった。
先頭を歩くメディカを、ゼンゼは背後から観察した。
(意外と隙がない。トロイエ家は武闘派で鳴らした家系だが、これは相当だな)
フリーレンと同班のラヴィーネも武闘派の家系だが、あれが箱入りならこちらは放し飼いだ。
聞くところによると、南方に蔓延っていた邪教集団壊滅に関わっていたのだとか。
(その事件は、今グラナト領にいるゼイゲンとかいう男が活躍したともっぱらの噂だったな)
もう1人のメンバー。魔族に視線を移す。
(こいつはその関係者。繋がっているが、同じ試験にメディカとこいつが居るのは偶然か?)
偶然である。3年に1度だけの試験なのだから被ることもあるだろう。偶然に意味を見出してしまうのは人間の悪い癖だ。
くるりと魔族が振り向いた。
「何?」
「……別に」
悟られないよう気を付けていた筈だったが、随分と視線に敏感だ。
(魔力は大魔族と呼ばれる連中には及ばないが、ここに派遣されるだけの特技は持ち合わせているということか)
残念。そちらもただのスケジュールの都合だ。でもこれは一級試験を甘く見たリュグナー達が悪い。
「あれがシュティレですね」
メディカが指差した先に居たのは、小さな小鳥だった。
魔族が呟いた。
「僅かに魔力を感じるね」
「あの魔力を探知できるのですね。どの程度までいけますか?」
「方角を絞らないで30mかな。期待はできないね」
「いえ十分でしょう」
「……」
ゼンゼは手を貸すつもりはなかった。
あわよくば落ちてくれれば、それが一番だったからだ。
しかし意外にも上手いこと行きそうな雰囲気が漂っている。魔族が想定以上にコミュニケーションを取れているからだ。
(もっと表層的なコミュニケーションしか取れないと思っていたが……いや前例はあったか)
七崩賢、黄金郷のマハトは数十年人間の味方のフリをしていたと聞く。出来る奴はいるのだ。
(……面倒だ。いつも通り暴れてくれれば大義名分もできるのだがな)
「ゼンゼさん」
内心にて愚痴っていたゼンゼだが、メディカに話しかけられ僅かに目を見開く。
少し油断していた。戦場だったら死んでいるなとゼンゼは自省し耳を傾ける。
「貴女は髪を操る魔法を使うのですよね? この距離からシュティレの捕獲はできそうですか?」
シュティレとの距離はおおよそ10m。ゼンゼの魔法ならば捕獲も可能だが――
「無理だな。シュティレは魔力に敏感なうえ、音速を超える飛行速度だ。現実的ではない」
一般的な魔法使いならば、不可能である。
ゼンゼは正体を秘匿するという
メディカが白い目でゼンゼを見つめていた。ゼンゼは内心でしまったと呟く。
「……お詳しいのですね。知らなかったのでは?」
「…………生態に詳しいわけじゃない。この程度で知っていると言ったら学者に笑われるからね」
苦しい言い訳だとゼンゼも自覚していたが、メディカは事を荒立てないのを優先したか、深くは追及しなかった。
「まあ良いでしょう。ではその音速を超えるという、飛行速度を見てみましょうか」
皮肉交じりに彼女は言い、腰の小物入れからポーションを取り出した。
怪我をしている訳でもないのに。その不思議な挙動にゼンゼは思わず呟いた。
「新型ポーション? 回復用だろう、それは」
「これが一番操作しやすいのです。私にとっては」
トロイエ家は代々液体操作の魔法を扱うと聞いたことがある。
先代は液体燃料の操作・生成を駆使し敵兵を燃やし尽くしたと聞いたが、操作しやすい液体には個人差があるのだろう。
メディカの適性液体は『薬』といったところか。
「任意の液体を操る魔法」
瓶口から液体が勢いよく飛び出した。
そして矢のように射出されたポーションがシュティレにぶつかり吹っ飛ばしたのである。
「む、硬いですね」
シュティレは隕鉄鳥の名の通り、生物とは思えない硬度を持つ。
シュティレだからこそ押された程度で済んだが、通常の小鳥なら貫通していただろう。
(殺すつもりだった――いや、そのまま治せるのか。通常の水操作と同じと思ったら怪我をしそうだ)
吹っ飛ばされたシュティレが重力に従い地面に落ちようとする。
しかし不自然に空中で止まった。粘性の少ない筈のポーションが、スライムのように張り付いているのが原因だろう。
「他愛な――えぇ!?」
捕獲を確信したメディカが悲鳴を上げる。
シュティレが翼を広げた瞬間、爆音とともに飛び去って行ったのである。流石のポーションも、シュティレに振り落とされたようで霧散した。
「かなりのパワー――ですが」
メディカが言った。
「いけそうですか? リーニエさん」
リーニエは魔法使いではあるが、使う魔法の性質上、どちらかと言うと戦士よりである。
そのため人間の魔法使いとは比較にならない身体能力を持つ。
「掴めば。掴むまでは2秒あれば十分だね」
「その程度なら何とかしましょう」
ゼンゼは眉をひそめた。
本当に、憎らしいくらい優秀な1人と1匹だった。
続く。