最初に襲撃に気がついたのはやはりフリーレンだっただろう。
ゼンゼ複製体による攻撃がフリーレン達を襲った。
フリーレンは魔力量からは信じられない程強固な防御魔法で全員を守り切ったが、奇襲に来ていたのはゼンゼ複製体だけではなかった。
ゼンゼの危惧していたリーニエ複製体が、フリーレンに忍び寄っていたのだ。
リーニエ複製体は斧を手にフリーレンに襲い掛かった。
フリーレンは余裕で対処したかに見えたが、何故かリーニエ複製体の姿を見た瞬間硬直したのだ。
これは傍から見ていたメトーデには、まるで精神魔法を掛けられたようにしか見えなかったが、実情は違う。
『模倣する魔法』
リーニエの魔法であり、その名の通り、動きをコピーする魔法だ。
フリーレンが見たのは、かつての仲間である、戦士アイゼンの斧技である。
彼そのものである動作を見て、一瞬だがフリーレンの思考は止まってしまったのである。
そのため防御が遅れ、体勢を崩してしまった。
その隙をゼンゼ複製体に突かれ、懐の瓶を割られたのである。
瓶に込められていたゴーレムは、如何なる理由であれ瓶が割れれば持ち主を守るため迷宮を離脱する。
フリーレンも例外ではなく、ゴーレムに抱えられ外に連れ出されてしまったのである。
「――――以上が顛末です」
「フリーレン様はお説教ですね……」
最初は顔を青くしていたフェルンだったが、最後の辺りには逆に耳を赤くしていた。我が師のことであるから、自分の事のように恥ずかしかったのだろう。
デンケンはフェルンから目を逸らして言った。
「その後の事は?」
「ゼンゼ複製体、リーニエ複製体共に撃破しましたが、3人は怪我が酷かったためゴーレムを使用していただきました」
さらりと言うが、ゼンゼは傍観していたし、正直他の3人はあまり役には立っていなかったので、事実上1人で倒したことになる。
完全なノーマークだったが、野にはこのような強者がいるのだなとゼンゼは戦慄していた。
顔を伏せて考え事をしていたリヒターだったが、完全に行き詰まったのか「やれやれ」と言い息を吐いた。
「決め手も複製体には効かないゴーレムか。これは今年も合格者0になりそうだな」
「諦めるには早いだろう」
投げやりなリヒターにデンケンは声を掛けた。
そして改めて面々を見る。
ラオフェンはリヒターと同じく諦めの表情が強い。
彼らほどではないが、メトーデも疲労故か消沈しているように思える。
リーニエはフラットで、残るフェルンとメディカはまだまだやる気十分に思えた。
(じき複製体も集まってくる。決めるなら早い方が良い)
「――――策がある。聞いてくれ」
*
「ではお気をつけて」
「はい、メディカ様も」
メディカとフェルンは挨拶を交わし、互いに背を向けた。
フェルンは扉の先へ、そしてメディカは彼女の背中を守るために戦うのだ。
やるべき事はフェルン、リーニエ、デンケンがフリーレン複製体と戦い、そして勝つ。それだけだ。
フェルンは速射においてフリーレン以上であり、リーニエの近接攻撃が有効なのは複製体との戦闘で証明されている。
彼女達は得意分野においてフリーレンを上回る。
デンケンだけが明確に下位互換だ。だからこそ彼は人一倍気張る必要があった。
「一般攻撃魔法」
「裁きの光を放つ魔法」
部屋に入った瞬間、フェルンとデンケンが魔法を放つ。
速度を重視した攻撃。矢継ぎ早に繰り出される攻撃に取れる対処は1つ。防御魔法による、全身を覆うフルガード。
(しかしフリーレンは魔力を偽装していると言う。通常であれば防御側が不利な消耗戦も、圧倒的魔力量の前には覆ってしまうだろう)
故に全身防御をさせた理由は別にある。
1つは足を止めるため。そしてもう1つは、防御魔法は広げれば広げるほど一点への攻撃に弱くなるという弱点を突くためだ。
リーニエはフリーレンの背後に回っていた。
矢継ぎ早の連撃が空間に魔力を満たすことで魔力隠密を高め、裁きの光による閃光が目を眩ませるのだ。それにより通常であれば不可能な、警戒するフリーレンへの不意打ちが成功する。
リーニエのアイゼンを模した強力な一撃が振るわれる。
直線的な暴力がフリーレンの防御魔法にぶつかり――しかし逆に斧が弾かれてしまった。
「う、硬った……!」
想定を上回る防御魔法。魔族の一撃ですら傷1つ付かないのは、矢張り圧倒的魔力量が原因だ。
――魔法戦のセオリーとして、防御魔法による全身防御の突破には2パターンある。
1つは今したように、全身防御を一点の突破で超える方法。
そしてもう1つは、魔力を手数で削り切る方法である。
無論、この2つは既に不可能であることが証明されている。
故にデンケン達は、新たな攻略法を考案する必要があったが――
「フェルン、一度攻撃を止めるぞ!」
――そんな方法は、この土壇場で思いつく筈もなかった。
だから取った手段はフリーレンに全身防御を止めさせるために、攻撃を止めるという消極的対応。
だがその行動が意味するのは、遥か格上の魔法使いたるフリーレンへの、攻撃権の譲渡でもあった。
「地獄の業火を出す魔法」
炎の魔法がデンケン達を襲う。
(古い攻撃魔法だ。ゾルトラークほどの速度はないが、威力は桁違いだな)
裾を僅かに焦がしながら、ギリギリで回避し、こちらも魔法を放つ。
「裁きの光を放つ魔法」
先と同じ魔法であるが、フリーレンは最低限の防御で防ぎ、ゾルトラークで反撃してくる。
フェルンも同様に攻撃を加えるが、これも同じく防がれ、反撃された。
(同時攻撃でなければ、反撃を許してしまうか)
しかし同時攻撃は難攻不落の要塞を顕現させるという事でもあった。
ならば――――
(反撃をさせつつ、相手の防御の隙間を抜く。これしかあるまい)
攻撃時は隙が出来る。その隙を突くしか、現状打てる手立てがない。
フェルンが、デンケンが、リーニエが攻撃を加え続ける。三者三様の攻撃をことごとくフリーレン複製体は防ぎ、都度反撃を加え続けた。
デンケンの額に汗が伝う。
(不味い。経験値が段違いだ。隙が無い!)
「デンケン様!」
フェルンが叫んだ。彼女もまたデンケンと同じ結論に達したのだろう。
しかし焦りの色はない。彼女には策があるのだとデンケンは直感した。
強力な攻撃を出させないため分散していた2人だったが、今再び集結した。
「地獄の業火を出す魔法」
そして恐らくはフェルンの想定通り、フリーレン複製体は炎の魔法を放つ。
あの一撃は2人の力量では回避するしかなく、避けることに意識を割けば満足な攻撃を加えることはできない。そして何度も避け続けられる攻撃ではないのだ。
フェルンはデンケンの前に立った。
「デンケン様、攻撃をお願いします」
だがフェルンは言った。あの攻撃を、自分1人で防ぐと。
確かに、大技の後ならあの鉄壁の守りも緩むかもしれない。
デンケンも考えなかった訳ではないのだ。だがそれは不可能だと棄却したことで――
「お願いします」
――フェルンが再度紡いだ言葉で、デンケンも覚悟を決めることにした。
そしてフェルンは、一度目をつむり過去に思いを馳せた。
…
……
………
旅の道中にて、フリーレンはフェルンに聞き返した。
「格上の倒し方?」
フェルンは「はい」と肯定した。
「遠距離から、相手の索敵範囲外からのゾルトラークかな。それが一番勝率が良いよ」
つまりは相手に何もさせないのが一番ということだ。
しかしその回答ではフェルンは満足できなかったようで、ムスっとして言った。
「では相手の索敵範囲が、私の射程を上回った場合はどうすればいいのでしょうか?」
「……」
フリーレンはじっとフェルンの顔を見つめ、そして言った。
「それ、もしかしてあのリープとかいう魔族想定してる?」
フェルンは目を泳がせた。その通りだったからだ。
フリーレンは溜息をついた。
「それは無理だよフェルン。限度があるって言ったでしょ?」
「それは前にも聞きましたが、具体的に何が無理なのでしょうか?」
何となくイメージはできるが、曖昧に勝てない、というだけだ。
それ以上はなく、取っ掛かりもなかった。だから具体的に何が駄目で、どうすれば勝ち目を作れるのかをフェルンは知りたかった。
フリーレンは「う~ん」と唸り、言うべきか悩んだ。
ハッキリ言って想定するだけ無駄なのだが、それではフェルンは納得しないだろう。
弟子を育てるのは難しい。フリーレンは今更になってフランメの苦労をしのんだ。
「まず相手の守りを抜けないんじゃないかな。攻撃と防御のぶつかり合いは、結局のところ魔力量のぶつかり合いだからね」
だから不意打ちで決めるのが格上の倒し方だ。
「でもフリーレン様も常に防御を張っている訳じゃないですよね。隙を突けないのですか?」
「格上の隙を突けたら苦労はしないよ」
それを出来るのは修練を積んだ天才だけだ。
フリーレンも過去そういう手合いと戦い、負けたことがある。
フェルンは才能はあったが、まだまだ修練が足りていない。
……まあ、超天才はこういう論理を超えてぶち抜いてくるのだが。フランメがそうだったように。
それはさておき、フェルンにはそのステージは早すぎる。
フェルンは唸っていた。何とか自分なりに解を得ようとしているようだ。
フリーレンは悩むフェルンの姿を見て、昔を懐かしんでいた。私にもこういう時期があった。
「……攻撃の瞬間、その時は防御が手薄になると思います」
「うん、良い回答だ。でも今回は不適切だね」
フェルンは「え」と呟いた。
これは荒れそうだとフリーレンは直感したので、その前に回答を口にすることにした。
「
「絶対に、ですか?」
強調した言葉にフェルンは上手く引っかかった。
これは考えて分かるものでもないので、フリーレンは答えを言う。
「防御魔法にオーバースペックはあってはならない。現代の防御魔法は、怪物の攻撃を想定していないんだ」
だから過剰な攻撃性能を持つリープという魔族の攻撃を、現代の魔法使いは防ぐことが出来ない。
これは仕方のない事だ。あれほどの怪物は既に存在しない筈だし、居たとして考えるだけ無駄なのである。
「……では」
フェルンはまだ諦める様子はない。
こうなったらとことん付き合おうとフリーレンは覚悟を決めた。
「その強力な攻撃を想定した防御魔法を覚えれば良いのでしょうか?」
「その答えは赤点だよフェルン」
フェルンはムッとして「何でですか?」と言った。
これは言葉で伝えるより実際に試した方が良いだろう。
フリーレンは唐突に「ジャンケンしよう」と言い、素早くパーを出した。
フェルンは「あ、え?」としどろもどろになり、一手遅れてパーを出した。
「いやそこはチョキでしょ」
「フリーレン様が突然変な事言うから……」
それでも律儀にジャンケンに応えたフェルンはとても律儀だ。
フリーレンは内心でイイ子だねと褒めた。
「フェルン、ジャンケンをする時、まずは何を考えた?」
「それは、どの手を出すか――」
フェルンはフリーレンの言わんとしている事に気がついたのか「あ」と呟いた。
「……複数の防御魔法を覚えると、その分対応が遅れる、ですか?」
「そう。特に防御魔法では致命的だ。確かに対応範囲は広がるかもしれないけど、確実に弱くなるよ」
フェルンは黙り込んでしまった。
自分を納得させているのだと信じたいが――――
「――――それでも、私は覚えたいです。何もできないのは嫌ですから」
フリーレンは溜息をついた。何となくこうなる気がしていたからだ。
魔法の師としては絶対に教えるべきではないのだろうが――
「分かったよ。でもこれまで以上に魔法の修練に励むんだよ。それこそ、今よりも素早く防御魔法を展開できるくらいにね」
――親代わりとして、フェルンが珍しく見せた自主性を尊重したくなったのだ。
………
……
…
「虹鋼の盾を展開する魔法」
フェルンが展開したのは神話の時代の防御魔法。
現代防御魔法とは比較にならない防御性能を誇る魔法は、炎の魔法を完全に防ぎ切った。
防御魔法の展開とほぼ同時にデンケンは攻撃魔法を発動。
そしてリーニエもまた、攻撃を加えようとしていた。
しかし此度の技は斧ではない。
今この瞬間必要なのは、力ではなく速さ。
リーニエは蓄積していた模倣の中から、最速の人物を選び出す。手に取る得物は
選ばれたのは勇者ヒンメル。
だがそれは必然だったのだろう。勇者ヒンメル、戦士アイゼン。共に現代においても並ぶ者のない最強の2人だったのだから。
ヒンメルの剣技は、フリーレン複製体の腹部に深々と突き刺さった。
しかしリーニエがトドメのため剣を薙ごうとした瞬間、魔力さえ感じられない波動のような攻撃がリーニエを吹き飛ばす。
そしてフリーレン複製体はフェルンを睨みつけ魔法を放った。
『人を殺す魔法』
時代を変えた魔法は、神代の盾を紙のように引き裂いた。
フェルンは動けない。ゾルトラークという人類を全滅間際まで追いやった
致死の一撃が迫る中、背後から衝撃と共に声が響いた。
「フェルン! 撃て!」
フェルンは前方に押され、ゾルトラークを紙一重で躱すことができた。
だがその事実を認識せず、フェルンはただただ無我夢中で、言葉の通りに攻撃を放った。
――――その一般攻撃魔法はかつてない程速く、そして鋭かった。
防御魔法の破片を、炎の余熱を切り裂き、一直線に伸びた魔法は――――フリーレン複製体の頭部を破壊した。
パキンと、扉に掛けられた魔法が解かれた。
「や、やった……!」
フェルンは喜びを全身で表現するように一度跳ね、文字通り彼女の背を押してくれたデンケンに礼を言うため振り返った。
「やりました! デンケンさ――――」
フェルンは見た。
――――血溜まりに沈む、デンケンの姿を。
続く。