魔族に魔法を教えてもらおう!   作:PSコン

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30.一級魔法使い試験(6)

 ――――防御魔法が間に合わないことを悟ったデンケンは、未来ある若者のため、己の体を盾にしたのだ。

 

 

 

 *

 

 

 

「デンケン様! デンケン様!」

 

 フェルンは溢れる涙を拭う事もせず、一心不乱にデンケンに呼びかけた。

 

 だが返事は無く、揺するたびにポッカリと空いた脇腹から臓物が溢れ出す。

 

 

 ――――紛れもない致命傷。死神は既に彼の首に鎌を添えている。

 

「デンケン様……」

 

 フェルンには、呼びかけることしかできなかった。

 

 走馬灯とは記憶から現状の解決策を模索するため行われるというが、今フェルンにも同じ現象が起こっていた

 彼女の脳裏に、今までの記憶がグルグルと巡っていく。

 

 旅の中出逢った人々、仲良くなった魔族の少女。共に旅をしているシュタルク、フリーレン。そして――敬愛するハイター。

 更に記憶は彼女の実の両親へと遡った。蘇る血の記憶――。

 

 

 ――――あの時から、もう10年になる。

 成長したはずだった。変わったはずだった。そう、思っていたのに――

 

「デンケン……様…………」

 

 あの時と、今の自分はまったく同じことをしていた。

 

 フェルンは自らの資質を恨んだ。

 この場にいるのがハイターやザインだったら、きっと回復魔法でデンケンの傷を癒しただろう。そうでなくとも、女神の魔法を使えるなら、苦しみを取り除ける行いが出来た筈だ。

 

 

 ――でも、ここに居るのは、女神に愛されなかった1人の魔法使いだけ。

 

 深い深い闇に沈んでいく心。

 今まで培ってきたものが無に帰していく感覚。

 

 フェルンを構成する全てが、足元から崩れていく。

 最後に残った思いは――

 

(魔法なんて――――)

 

「退きなさい!」

 

 突き飛ばされ、尻もちの衝撃で意識が現実へと回帰していく。

 死したデンケンの亡骸に、メディカが手を添えていた。

 

任意の液体を操る魔法タイルアルカヘスト

 

 メディカはデンケンの体内で回復薬を生成する。

 

(欠損部位が多い。血も全く足りていませんね)

 

 まずは人体に影響のない接着剤で破損した臓器を繋ぎ合わせる。ゾルトラークにより消滅した箇所が多いため、足りない部分は粘性の高い治癒薬で形成する。いずれ再生した臓器を埋め込む必要があるだろうが、今はその場しのぎで良い。

 

 隙間を埋め終えたら、体外に零れた血を操作し、体の中に戻していく。不純物や雑菌が混ざるが、こちらも今は気にしている余裕はない。

 

(心臓が止まっていますね)

 

 強心薬を生成し、心臓マッサージを行う。

 血の操作が得意な姉なら心臓の代わりが務まるのだが、メディカにはそこまでの技量は無い。無心で心臓マッサージを続けるしかなかった。

 

 

 ……

 

 

 …………

 

 

 ……………………………

 

 

「ゲホッ!」

 

 デンケンが息を吹き返し、メディカは大きく息を吐いた。戦闘時とは比べ物にならないほど流れていた汗をハンカチで拭う。

 

「…………驚いたな」

 

 一連の蘇生措置を眺めていたゼンゼが呟いた。

 

「君の回復魔法は、高位神官のそれを超えているぞ」

 

 ゼンゼの言葉に、メディカはフッと笑った。

 

「ゴーレム以下の回復魔法だと思われるのも心外ですからね。頑張りましたわ」

 

 メディカは立ち上がり、呆然としているフェルンに手を差し伸べた。

 

「さあ、行きましょう。迷宮の財宝が貴女を待っていますよ?」

 

 

 

 *

 

 

 

 翌日オイサーストにて。

 

(これちょっと洒落にならないやつだな)

 

 フリーレンとシュタルクは、朝早くに出掛けたフェルンに対して危機感を抱いていた。

 

 機嫌が悪い時のフェルンは、無言かつ傍で『私は機嫌が悪いです』とムスッとした態度で主張しているのだ。

 

 だが今回はどうだろう。

 フリーレンが悪いのは明らかだったのだが、再会した時のフェルンはどこか態度がおかしかった。心ここにあらずという感じだ。まあ、その時のフリーレンは怒られなかった事実に胸を撫でおろしていたのだが。

 

「なあ、何かあったのか?」

 

 フリーレンはシュタルクに言われて初めて異常性に気がついたのである。

 

 そして今朝、フェルンは日課であるフリーレン起こしをせず出掛けてしまった。フェルンは日課を欠かさずこなす。それが何の理由もなしに放棄されたのは、とんでもないことである。

 

 シュタルクに叩き起こされたフリーレンは、ぼさぼさ髪のままフェルンの後を尾けている。そんな彼女と共にこそこそしているシュタルクが再度聞いた。

 

「なあ、ほんとに何があったのか心当たりねえのか?」

「う~ん」

 

 フリーレンは考えた。

 心当たりは自分が途中で退場したことだが、それだったら普通に機嫌が悪くなるだけだと思う。他に何かあっただろうか?

 

「私の複製体をフェルンがぶっ殺したことかな」

「それはヘビーなんだけどよ、それでああなるのはおかしくね?」

「そうかな、そうだよね。よく分かんないや」

 

 後はデンケンが死にかけたらしいが、別に戦っているのだからそういう事もあるだろう。ふつう普通。

 

 ……まさにそれが理由なのだが、フリーレンも野蛮な世界で生まれ育ったので、そのあたりの感覚が麻痺していた。

 

 何にせよ2人はこそこそと、しかし一流ではあったため見つかることもなく尾行を続けた。

 

 そしてフェルンが入っていったのは図書館。

 2人は顔を見合わせた。まるで意味が分からない。

 

 

 

 *

 

 

 

 オイサーストの一角に、その魔法店はあった。

 代々続くその店は、今現在は二級魔法使いであるリヒターが店主を務めている。

 

 彼は昨日の試験を引き摺りながらも、今も健気に店番をしていた。

 そこに1人の老人と少女が訪れる。

 

「どっこいしょっっっっっっ!!!!!」

「おいこらジジイ」

 

 わざわざ椅子を持参してきたデンケンとラオフェンにリヒターは苦言を呈した。

 

「仕方ないだろ。爺さん怪我人なんだから」

「じゃあ宿で休め宿で。何故わざわざ俺の店に来る」

 

 メディカの魔法により一命をとりとめたデンケンだが未だ本調子とは言い難く、杖を突いて歩いていた。

 

「なに、一級魔法使い試験()()()()()、慰労会でも開こうと思ってな」

「何……?」

 

 リヒターとラオフェンは、デンケン達がフリーレン複製体を倒している間、他の複製体の足止めを行っていた。しかしそれを完遂することなく脱落してしまったのだ。

 

 だがデンケンはそうではない。確かに迷宮最奥部の宝物庫まで辿りついた筈だが。

 

「話せ、どうなっている?」

「確かに二次試験は合格したが、辞退することにした。もう協会にも連絡してある。

 この怪我ではとてもではないが、三次試験には耐えられん」

「…………らしくないな。諦めの悪さはどうした?」

 

 一次試験でも、二次試験でも諦めかけたリヒターを激励したのはデンケンだった。

 その諦めの悪い老人が、怪我を理由に辞退するなど考えられなかった。

 

 デンケンは一度目を伏せ、静かに語り出した。

 

「……まだまだ若いと思っていたのだがな、死にかけて漸く引き際を悟ったよ。元々試験を受けた理由も、個人的な感傷に過ぎんからな」

「………………ふん、漸く老いを悟ったか老いぼれめ」

 

 リヒターにとってデンケンは何者でもない。だから当たり障りなく、大人の対応でデンケンを肯定した。

 ラオフェンは何か言いたげだったが、言葉が口をついて出ることは無く、店を沈黙が支配した。

 

「デンケン!」

 

 扉が乱雑に開かれた。その際バキリという嫌な音が響いたので、ドアノブか蝶番のあたりが壊れたのだろう。今日はリヒターの厄日。

 

 その闖入者はレルネンという老人だ。現一級魔法使いのトップであり、デンケンの友人でもある。

 彼は友人らしくデンケンに話しかけた。

 

「聞いたよデンケン。辞退したんだって?」

「まあな。しかし耳の早い事だなレルネン」

 

 レルネンは頷いた。

 

「当然だよ、元々私が最終試験の担当()()()んだ」

 

 守秘義務に違反していると思われる発言だったが、既にこの場にいる3人には関係のない話だった。しかしリヒターはレルネンがどういう試験を行う傾向にあるか知っていたので、僅かにだが落ちたのは正解だったかもしれないと思い始めていた。

 

「お前に並べなかったのは、少し不服だがな」

「ははは、魔法だけは負けられないさ」

 

 2人は和やかに会話を続けた。他愛もない、旧知の友人らしい会話だった。リヒターは帰ってくれないかなと心の底から願っていた。

 

「しかし」レルネンが言った。

 

「昇級祝いを用意していたのだけど、()()()()()3()()()()()()()()()()()()()

 

 さも当然のように放たれた言葉に、3人は息を呑んだ。

 1人レルネンだけが戸惑っていたが、あまりにも異常な発言である。

 

 デンケンは78歳である。3年後は81歳だ。

 その年で非常に体力の必要な一級魔法使い試験に合格するのは、今年以上に難しいのは誰の目にも明らかだからである。

 

 だがレルネンは3年後も受ける事、デンケンが合格する事を一切疑っていないのだ。

 そんな友人の純粋さに、デンケンは笑みを浮かべた。

 

「――――そうだな。お祝いを楽しみにしておこう」

「ああ、君もきっとビックリすると思うよ」

 

 レルネンは時計を見た。

 

「そろそろ私は行かなくては。それじゃあ、邪魔したね」

 

 嵐のように来て嵐のようにレルネンは去っていった。リヒターは溜息をついた。

 

「また3年後に来るわけか。全く迷惑な老いぼれ共だ」

「文句があるなら、同等級になってから言うんだな」

 

 リヒターは鼻で笑った。

 

「言われなくてもそうするつもりだ」

 

 

 

 *

 

 

 

「確かにお孫さんが残った時は『これ大丈夫かな』とは思いましたが」

 

 一級魔法使いのファルシュが呟いた。

 

 事の発端は、レルネンの孫であるエーレ二級魔法使いが最終試験に残った事である。

 

 レルネンの試験は苛烈であると評判なので、「もしかして孫を殺してしまうのでは?」「いや流石に手心を加えるだろう」「でもあのレルネンだぞ?」と一級魔法使いをざわつかせたのだ。

 

 なので心配する者の1人が大陸魔法協会の長であるゼーリエにそれとなく進言したのだが――

 

「言い忘れていたが、最終試験は私が担当する」

 

 ゼーリエの発言に、多くの者が内心で安堵の息を漏らした。

 

「お言葉ですが」

 

 1人レルネンだけが食い下がった。再び緊張が走る。

 

「件の魔族が残っています。ゼーリエ様の一存で決められては、貴女の立場が――」

 

 そうだその問題があった。

 

 半年前魔族が五級魔法使いとなった。

 大々的に宣伝されたその情報は、しかしゼーリエや一級魔法使いにとっては寝耳に水の情報だったのだ。

 

 何らかの裏取引があったのは確かだろう。しかし正式な手続きを経て授与されており、情報の流布もされていることから、今更取り消しという訳にもいかなかった。

 

 当然資格を有している以上、一級魔法使い試験への参加を拒むことも出来なかったのだ。

 

 協会としては積極的な排除に動かず、試験の過程で落ちてくれれば御の字だったのだが。結局その甘い対応のせいでゼーリエの手を煩わせることになってしまった。

 

「誰にものを言っている?」

 

 神話の時代より生きる、最古の魔法使いたるゼーリエが覇気を込めて言った。

 

「小僧に心配されるほど落ちぶれてはいない。堂々と構えていろ」

「……差し出がましい真似をしました」

 

 そう言ってレルネンは引き下がった。

 だがそれはそれとしてやはり確認は必要だろう、ファルシュは言った。

 

「して、どのような試験をなさるのですか?」

「焦るな」

 

 ゼーリエは何とも楽し気に笑った。

 

「楽しみは取っておかないとな」

 

 

 

 ――翌日、大陸魔法協会前の広場に最終試験参加者が集められた。

 

 フェルン、リーニエ、メディカ、メトーデ、ユーベル、ラント、ヴィアベル、エーレ、シャルフの9名だ。

 

 一同の前でゼーリエが両手を広げて宣言した。

 

「これより一級魔法使い最終試験を開始する! ――と言いたいところだが」

 

 ゼーリエは空を見た。

 一同も釣られて空を見るが、青空が広がっているばかりである。

 

 沈黙が続く。

 その態度に真っ先に嫌な予感を感じたのはメディカだった。

 

「あの」メディカが空からゼーリエに視線を移し言った。

 

「どのような試験内容なのですか?」

 

 メディカはあまり期待せずに聞いたのだが、意外にもゼーリエは答えた。メディカは『あ、ちゃんと答えるエルフもいるんだ』と感心した。

 

「これから来る()()()と戦い、勝てば合格だ。無論全員でな」

「は?」

 

 この場に居るのは全員が一級魔法使いを目指し、過酷な二次試験を通過した猛者たちである。

 当然相応の戦闘力を備えており、ただ1人を相手するだけなら、大魔族は勿論フリーレンにも勝てる。

 

 つまりは余りにもイージーなのである。

 何か裏があるのか。そう参加者が訝しんだ時、ゼーリエが言った。

 

「――来たな。だがまだ攻撃するなよ。面倒事は避けたいからな」

 

 ゼーリエが見上げる青空を、再び一同は見た。

 

 だが今度はどうだろう。青空の中に、何か小さい黒い点が見えたのだ。

 

 あれは何だろう。

 鳥だ。魔物だ。

 

「――――いや人間だ!」

 

 誰かが叫んだ。

 急接近、というより墜落してくるそれは、確かに人間のように思われた。

 

 徐々に輪郭が明確になってくるにつれ、別の心配が頭をよぎった。

 このまま減速をしなければ、地面に激突し無残な姿になってしまうだろう。

 

「あ!」

 

 誰かが声を上げた。

 加速し始めたからだ。

 

 重力の力と、おそらく飛行魔法により加速されたその人間は、姿の特徴を捉えられそうになった瞬間、すでに轟音と共に地面に激突していた。

 

 砂埃が舞う中、ゼーリエがその者に声を掛ける。

 

「地形や天候の影響を受けない成層圏での飛行なら、流石に走るよりも速いようだな?」

 

 返事をするように強風が吹き、砂煙が吹き飛ばされる。

 そこに居たのは、五体満足どころか、怪我一つ無い赤毛の大男だった。

 

 2人の目が合った。

 交わされたのは視線だけであったが、それだけで2人には十分だったのであろう。まさに以心伝心であるとメディカは2人の親密さに感じ入った。

 

「では改めて試験内容を説明しよう」

 

 ゼーリエは演説するように声を張り上げた。

 

「この男――ゼイゲンを倒せ。その事実を以って、一級魔法使い試験合格とする」

「は?」

 

 ただ1人、ゼイゲンだけが素っ頓狂な声を上げた。

 以心伝心なんてなかった。

 

 続く。

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