魔族に魔法を教えてもらおう!   作:PSコン

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32.一級魔法使い試験(8)

「なんだもう帰るのか」

「ああ、日が変わるまでには帰るって約束したからな」

 

「約束?」ゼーリエは怪訝な顔をして呟いた。そして何故か恐る恐るといった調子でゼイゲンに尋ねる。

 

「まさかお前、尻に敷かれているのか?」

「は?」

 

 ゼイゲンの反応など意に介さず、ゼーリエはブツブツと呟き続ける。

 

「言われてみれば、そういう兆候はあったな。でもまさかこいつがそういう趣味だったとは」

 

 結論が出たのか、ゼイゲンに向けて言った。引き攣った笑みを浮かべながら。

 

「全く度し難い変態だな……!」

「勝手に納得しないでね?」

 

 でもリープを育てたのはゼイゲンだし全くの的外れとも言えないだろう。

 その事実に気がついたゼイゲンはこの会話から逃げるべく飛行魔法を発動しようとしたが――

 

「帰るなら請求書はグラナト城に送っておくぞ」

「は? 請求書? なんの?」

 

 聞き捨てならない発言に、ゼイゲンは魔法を中断した。

 

「お前が最終試験で起こした地震の損害賠償だが?」

 

 未だ被害総額は出ていないが、街全体が揺れたのである。

 とても個人で払える金額ではないので、ゼイゲンは当然抵抗した。

 

「あ? ふざけるな。試験で起きた事故の補償をなんで俺がするんだ。お前達が出すべきだろ」

 

 しかしゼイゲンの表した怒りに、ゼーリエも怒気を込めて返事をする。

 

「お前こそふざけるなよ? こちらは安全に十分配慮した。度を超えた行いをしたお前が悪い」

 

 確かにゼーリエは試験会場に結界を張っていた。現代において、あの結界を超えて周囲に被害を出すのは難しいだろう。

 分の悪さを悟ったゼイゲンは如何に被害を最小限に収めるかを考えることにした。

 

「………………2:8で」

 

 損害賠償の割合である。

 ゼイゲンが2で、協会で8割を負担して欲しいようだった。

 

「4:6だ」

 

 ゼーリエはフッと笑いながら言った。

『譲歩してやってるんだぞ?』とでも言いたげな態度にゼイゲンの額に青筋が浮かぶが、これ以上は無理だろうと、ゼイゲンの冷静な部分が告げていた。

 

「…………クソが!」

 

 でも悪態はつく。対するゼーリエは――

 

ハッ! 負け犬の遠吠えは何時聞いても心地よいモノだな!」

 

 高らかに笑うゼーリエにゼイゲンは思わず拳を握ったが、まあ今に始まった態度ではないので我慢できた。

 

(いや昔なら殴ってたな)

「チッ。面倒な世の中だ」

 

 ゼイゲンの呟きに、ゼーリエは耳をピクリと震わせ笑いを止めた。

 そして姿勢を崩し、懐かしむように答えた。

 

「――――お互い、余計な荷物を背負い込んだからだ。世の中は関係ないだろう」

「……昔同じことを俺に言ったな。『お前は余計な荷物を背負いこんだ』と」

 

 あれは不死になった後、国を継いで暫く経った頃だ。こいつは突然訪れてそんな事を言ったのである。

 

「俺と遊べなくて拗ねたお前が言ったんだったな」

「記憶を捏造するな。忠告してやったんだぞ」

 

 その忠告とやらが正しかったのかどうか、今更考えるつもりも無いが。

 

「結局お前も、自分の忠告に従わなかったみたいだけどな」

「状況が違う――などと言い訳はしない。確かに身動きが取り辛い。窮屈だ」

 

 全ては望んでそうなった事だ。

 それでも嫌なものは嫌だし、全てを投げ出したくなることもある。

 

 ゼーリエも同じ心境だったのだろう。苦虫を噛み潰したような表情になっていた。

 

「ゼイゲン、お前の荷物は、抱えて走れる程度だろう?」

「……まあ、そうだな」

 

 究極リープさえ確保できればそれで良()()()

 かつての生活のように、どこか未開の地に籠り、2人だけで生活するという選択肢もあったのだ。

 

「なあゼイゲン」

 

 ゼーリエが言った。

 

「お前はお姫様を連れて、以前のような生活に戻ったらどうだ」

 

 そして躊躇しながらも、ゆっくりと続ける。

 

「私も、全てを捨てて世界に関わるのを辞める。それが世界にとって一番良い選択だと思う」

 

 ゼーリエの提案は酷く弱気なものに見えた。

 しかし神話の時代より蓄え続けた経験が導き出した直感は、きっと正しいのだろう。

 

(俺もそれを考えなかったわけじゃない。それでも――)

「つまらない事を言うな。俺もお前も、捨てられる筈がない」

 

 最初は、ただリープとまた一緒に過ごせれば良かった。

 だが共に暮らしていくうちに、とある欲が広がっていったのだ。

 

 

 ――俺はリープにもっと広い世界を知って欲しい。

 かつての己が躊躇し、そして後悔した記憶が、()()()()()蘇った。

 

 確かに奇跡は起き、彼女にもう一度生を与えられた。それでも――彼女には多くの人達に囲まれて逝って欲しかったのだ。

 

 かつての願いは欲望へと変わり、徐々にその規模を肥大化させていく。

 

 欲望という人類の証。

 摩耗しきった人間性が、幾星霜の時を経て復活したのだ。

 

 そしてゼーリエだって、荷物とやらを――獲得してしまった欲望を捨てられる筈がないのだ。

 だから彼女の提案は全く以ってつまらなく、意味のないものだった。

 

「ふん」

 

 ゼーリエはいつもの調子を取り戻し、不敵に笑った。

 

「ならまた神罰が下らないよう、祈りは欠かさないことだな」

「それ、意味ないだろ。どうせ」

 

 

 

 *

 

 

 

 ゼイゲンは自らの居場所に戻り、ゼーリエは花の香る温室で人を待っていた。

 一級試験合格者への報酬――その者が望む好きな魔法を渡すためだ。

 

 

 ――そして合格者がまた1人、彼女の許に訪れた。

 

 

Case.リーニエ

 

「この制度を作った時、一度だけ考えた」

 

 角を持つ者達――魔族ならばどのような魔法を望むのだろうかと。

 

 だがそんなシチュエーションは在り得ない。意味のない想定だと破棄したはずの考えだった。

 

 ――魔法の世界では天地がひっくり返ることもあるというが、世の中どうして分からないものだ。

 

「言ってみろ。お前たち魔族はどのような魔法を望む?」

 

 人類を抹消する魔法か。それともより魔法の高みへと至る魔法か。興味は尽きなかった。

 どのような魔法であれゼーリエは渡すつもりである。己に課した誓約には従う。その結果人類が滅亡しようともだ。

 

 果たしてゼーリエの強い関心と決意を集めたリーニエは、その小さな口を開いた。

 

「じゃあ計量が正確にできる魔法ちょうだい」

「…………」

 

 ……悪くはないチョイスだと思う。

 魔法薬の精製において、正確な計量は絶対に欠かせないものだ。

 

 でも何というか、こう、ありふれているし、何故だか絶対にゼーリエの想定していない使い方をしそうだった。

 

「……一応聞いておこう。何故だ?」

「お菓子作る時さ、面倒なんだよね。間違えたら失敗しちゃうしさ」

 

 ゼーリエは天を仰いだ。温室の天井はガラス張りで、太陽がゼーリエの目を焼いた。

 眩しさを口実に目をつむる。夢であったらどんなに良い事か。

 

 ゼーリエの決意に興味すら無いリーニエは「あ」と気づきを得た後、クスクスと笑い出した。

 

「もしかして、持ってないんだ。わかるわかる。別のにしてあげる」

「持ってるわクソガキ。もういい、やるから帰れ」

 

「何怒ってんの」と怪訝な目で見つめるリーニエに無理やり魔法を譲渡し追い出した。そしてゼーリエは深いため息をつく。

 魔法の世界では天地がひっくり返ることもある。というより予想だにしない事が良く起きるのだ。尤も、これは魔法の世界に限った話でもないだろうが。

 

 

Case.メディカ

 

「メディカヘクセ。相も変わらず、トロイエの人間は大層な名を名乗るな?」

「自らの名に恥じぬよう精進するため、でもありますわ」

 

 杉の大杖を携えた古き魔法使い。代々液体操作の魔法を継承する彼らは例外なくゼーリエの眼鏡に適う魔法使いである。

 しかしこうしてゼーリエの許に来た者は彼女が初だった。

 

 求める魔法を聞こうと考えたが、先ほどの魔族が頭をかすめたので、余談を挟む事にした。まだ受け入れ態勢ができていないのである。

 

「お前の好きな魔法を聞いておこうか」

「好きな魔法ですか」

 

 メディカは何故そんなことを聞くのかと首を傾げたが、素直に答えることにしたようである。

 

「我が家の任意の液体を操る魔法タイルアルカヘスト以外にないでしょうね。好きとは少しズレるのですが」

「ズレるか。詳しく話してみろ」

 

「そうですね」メディカは語り出した。

 

「私にとって魔法とは、好きや嫌いの前から存在するものなのです」

 

 トロイエ家ではゼーリエが魔法を譲渡する際に使うような継承魔法を使い、赤子の段階で魔法を刻む。

 

「自我の芽生えより前からの魔法使い。その偏執的な在り方は、魔族さえ超えているな」

 

 トロイエ家の秘密を知られていると悟ったメディカは苦い顔をする。

 

「それ一応我が家の秘術なのですけどね。

 ……まあ、だから魔法とは私という存在よりも前から存在するのです。いちいち呼吸が好きかどうかなんて議論はしないでしょう?」

 

 歪んだ存在だ。

 一体何が彼らをそこまで突き動かすのか、ゼーリエですら想像できなかった。

 

 その理由を、メディカは厳かに語る。

 

「全てを溶かしうる万能溶媒。それを以って生み出される、世界全ての因子を内包する液体を、生成するためです」

 

 

 ――あらゆる因子がある為に、制限のない破壊と創造。生も死も曖昧な小さな世界アルカヘスト

 

 彼らが目指すのは、そんな神の御業そのもの。魔法の高みですら届かない奇跡。

 

「…………不敬にも程がある。まったく、似てはいけない部分を真似よってからに」

 

 ゼーリエが思い出すのは、千年前のとある魔法使い。

 

 不死の王を父に、魔族を母に持つ女。

 

 一つの時代において、人魔問わず最も殺しの経験を積んだ魔法使い。

 戦場において返り血一つ浴びず、汗を拭う必要すら無かった為に『ハンカチ要らず』の異名を持つ魔法使い。

 

 

 ――――トロイエ家の始祖、魔法使いトロエ。

 

 フランメ共々ゼーリエを超える才を持ちながら、後進に託す道を選んだために超えられなかった女だ。

 

(……あいつらが何故、自ら進むのではなく子供たちに託したのか、今なら理解できる)

 

 きっと彼女達は、ゼーリエですら見果てぬ頂を、既に見つめていたに違いない。

 ――100万年先の未来。再び訪れる、神話の時代を。

 

「――――良く分かった。もう十分だ」

「? そうですか。それは良かったですね?」

 

 不思議な充足感がゼーリエを満たしていた。

 今眠りに就けば良い夢が見られそうだが、しかし彼女をこの場に呼んだ理由を果たさねばなるまいと口を開く。

 

「お前は私にどのような魔法を望む?」

「ええ、では」

 

 予め決めてあったのだろう。メディカは淀みなく答えた。

 

エルフを懲らしめる魔法をください」

「…………………………今までの話を踏まえてか? あと私もエルフなんだが」

 

 ゼーリエは一気に目が覚めてしまった。

 メディカは「あ~」と今気がついたかのように声を漏らした。

 

「いえ、貴女の事ではなく、ちょっと懲らしめたいエルフが居まして」

「聞きたかったのはそっちの理由じゃないのだがな……」

 

 ゼーリエの脳裏に、アレなエルフ達が浮かんでは消え浮かんでは消えた。

 エルフは無駄に長生きをするからか、性根が捻じ曲がっている者が多い。だから滅びた。

 

「それに」ゼーリエの精神が急ピッチで削られていく中メディカが補足した。

 

「我々の悲願は我々が叶えます。貴女の魔法には頼りませんわ」

「………………そうか、そういうことなら良い」

 

 そして、流石にそんなピンポイントな魔法は無かったので、対象の髪を含んだ藁人形を打ち抜くことで苦痛を与える魔法を譲渡することになった。

 

 

Case.フェルン

 

「フリーレンの弟子か。あいつに師匠が務まるとは思えなかったが」

「フリーレン様は頑張っていますよ」

 

 それは弟子に言われたら割と終わりな発言だった。

 しかし長寿なエルフにとってガンバルというのは、人間以上に価値のある事ではある。

 

「まあ良い」

 

 ゼーリエは一度区切った。今はフリーレンの話ではない。

 ゼーリエはメディカの時と同じく、一度余談を挟むべく口を開いた。

 

「お前、好きな魔法は何だ?」

分かりません

「分からないならもう少し考えてから発言しろ……!」

 

 間髪入れずに飛んできた発言に、ゼーリエは思わずツッコミをした。

 前言撤回。フリーレンは弟子の教育を頑張っていない。

 

 フェルンは指を頬に当て考え始めた。そして数秒で答えを出す。

 

特にないです

「……お前、実は魔法嫌いなのか?」

 

 一級魔法使いにまでなって、このレベルの質問をする事になるとは思わなかったが。有り余る才能があれば、もしかしたら何となくで高みに至れるのかもしれない。

 

 フェルンは首を横に振った。

 ゼーリエは密かにホッと息をつく。

 

「ほどほどです」

「ほどほどか。お前はそれなりに研鑽を積んでいるように思えたが、その原動力は何だ?」

「原動力ですか」

 

 フェルンは語った。

 ハイターとの出会いと別れ、そのために自分が為さなければならなかった事を。

 

 ゼーリエは突然話の重さが切り替わった事に驚いたが、内容そのものは淀みなく頭に入れていった。

 そしてフェルンの根幹に触れる。

 

「言われたから成っただけで。実のところ魔法使いである必要はなかったという事か」

 

 意識が低い筈である。この娘にはフリーレンですら持っていた、魔法への憧れが無いのだ。

 まさしく才能があっただけの魔法使いである。

 

 悪夢のような事実をフェルンは肯定する。

 

「はい。当時は必死で気がつきませんでしたが、本当は私は、僧侶になりたかったのだと思います」

 

 そうだろう。

 フェルンが真に尊敬しているのは僧侶のハイターだ。であれば同じ道を志すのが子供というものである。

 

「僧侶は才能が全てと言っていい世界だ。魔法使い以上にな」

「はい。女神様は私に微笑んではくれませんでした」

 

 フェルンは困ったように微笑んでいた。苦しんでいる様子はない。既に彼女の中で消化済みなのだろう。

 

(……消化済み? いいや、違うな。そんな単純なものじゃない。代替できる何かを見つけたから気にせずにいられるのだ)

「……魔法か」

 

 ゼーリエの呟きに、フェルンは肯定するように頷いた。

 

「僧侶の魔法は僧侶のもの。魔法使いでは再現できない――――そう思っていました」

 

 そしてフェルンは言った。

 メディカという魔法使い。僧侶の領域を犯す魔法の力を。

 

「ですが、メディカ様の魔法はとても高度な物でした。私には覚えられません」

「そうだろうな」

 

 トロイエの魔法は継承魔法により親からコピーしたもの。いわばズルだ。

 正当に学ぼうとしたら、覚えるだけでも100年は掛かる。

 

「ですからそれ以外にも回復魔法があるのか書物で調べたのです。

 ――するとどうやら、私と同じような願いを抱えている人が居た事に、気がついたのです」

 

 フランメの活躍により魔法は普及した。

 結果として多くの人が魔法に触れるようになり、大小くだらない魔法が増えた。

 

 その中には、僧侶に任せれば済むような魔法も含まれているだろう。

 

「その時に思ったのです。魔法は『願い』なのだと」

「…………願い、か」

 

 誰かが思った。『これができたら便利だなぁ』

 誰かが言った。『こんな魔法があったらいいのになぁ』

 

 

 ――――確かに、そうやって誰かが願ったからこそ、魔法は生まれたのだろう。

 

「ですから、私は目指そうと思うのです」

 

 フェルンの目には、今まで見えなかった熱意が籠っていた。

 

「魔法使いとして、僧侶になる道を」

 

 自らの節穴を戒める必要があるなとゼーリエは思った。

 一級魔法使いに、フェルンほどに自己と向き合い、魔法使いとして在る者などいなかったからだ。

 

「――きっと魔法は私の『願い』になってくれるのだと、信じています」

「フ」

 

 ゼーリエは無意識に笑った。これだから魔法使いは辞められない。

 

「フェルンと言ったな。大噓つきめ」

 

 全くとんでもない奴である。

 まさかこのゼーリエを欺くとは。

 

 フェルンはムッとした顔をしていた。

 この噓つきは、自分さえ騙していたらしい。

 

「お前は魔法が大好きだ。自覚しておけよ」

いえ? ほどほどでございますが?」

「……頑固だな。まあ、それくらいが丁度良いのかもしれん」

 

 素晴らしき魔法使いについての理解は深めた。

 では続いて仕事をしようと、ゼーリエは深呼吸してから問うた。

 

「ではお前の欲しい魔法を言ってみろ。まさかお前まで要らんとは言わないだろうな?」

「欲しいですけど……え? 他の方は辞退されたのですか?」

 

 ゼーリエは止まっていた呼吸を再開した。そうそうこういうので良いんだよ。

 

「我が強くてな……。お前は門出を祝わせてくれるのだろう?」

「門出……? まあ、はい。欲しいのは呪い対策ですね。これは難しそうですので」

「そうかそうか! ではとびっきりの魔法をくれてやろう!」

 

 こうして、新たに一級魔法使いになった者達とゼーリエは対話を終えた。

 色々あったが今年は豊作だったと、晴れやかな気持ちで。

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Case.フリーレン

 

「何で私呼ばれたの?」

「お前が二次で落ちたのでな、話す機会が無くなったからだ」

 

 フリーレンも多少は気にしていたのか、「フェルンが受かったから良いし」とぶつくさと呟いていた。

 

「フェルンか。あれは素晴らしい魔法使いだ。弟子から良く学べよ」

「それは、まあ、そうするけどさ」

 

 教える過程で、師が弟子から学ぶこともある。フリーレンも理解していたので、そこは素直に頷いた。

 

「いや、だが」ゼーリエは言った。

 

「もうお前が弟子かもしれんな。二次試験で落ちた訳だし」

「帰る」

 

 フリーレンはへそを曲げて背を向けた。そのまま歩き出す。

 

「まあ待てフリーレン。その扉は私が死ぬまで開かんぞ?」

「は? そこまでやる?」

 

 扉に魔法まで掛ける暴挙にフリーレンは大きく動揺し振り返った。

 何故かゼーリエがため息をつく。

 

「もう少し雑談をしようと思ったのだがな。短期的にはせっかちな奴だ」

「いや……」

 

 それはゼーリエが妙な事を言うからだとフリーレンは思ったが、喉元で押さえ込む。早く帰りたいのは事実である。

 

「単刀直入に言うぞ」

 

 ゼーリエの圧が強まる。

 フリーレンは人知れず唾を飲み込んだ。

 

 いったい何を言うつもりなのか。フリーレンには皆目見当がつかなかったが、それはとても重大なものであるように思われた。

 

「フリーレン」

 

 ゼーリエがフリーレンの名前を呼ぶ。

 フリーレンは今度は背筋を伸ばした。

 

 それを見届け、ゼーリエはフリーレンに告げる。

 

「フリーレン――――定職に就け

「え、やだ」

 

 フリーレンは反射的に否定の言葉を吐いた。

 

「職を斡旋する。魔法研究に携わる仕事だ。興味はあるだろう」

「ある……けど、私朝起きれないし」

フレックスタイム制を導入している。昼からの出勤で良いぞ」

「でも私、人見知りだし」

「基本的に1人で従事して良い。最低限のやり取りも、書面を通してで構わないぞ。何なら私が間を取り持とう」

「でも……コネ採用はちょっと……」

「私とお前のコネはお前自身の活動で得たものだ。血縁でもなし、気に病む必要はない。むしろ誇れ」

「でも、でもぉ~……」

 

 フリーレンは言い淀んだ。

 どうしてこういう時に限って高圧的に返してこないのだろう。

 

 ゼーリエはフリーレンの煮え切らない態度に息を吐いた。

 

「新型ポーションは知っているか?」

「知ってる。あまり値段変わらないのに凄い効果だよね。味も良い」

 

 フリーレンはゼーリエの余談に乗った。とにかく仕事の話はゴメンである。

 

「今はまだ少し高いが、これは流通量の少ない素材を使っているためだ。それも栽培は容易だから、来年には従来のものより安価になるだろうな」

「へぇ、魔法薬学の発展目覚ましいね」

「ああ」

 

 ゼーリエはフリーレンがこの話に食いついてきたので内心にてほくそ笑んだ。この話には裏がある。

 

「新型ポーションは魔族リープが開発したものだ」

 

「え……?」暫しフリーレンは息を呑む。目も物凄い勢いで泳いでいた。そして――

 

「でも新型ポーションは売れないよ。ゲボを瓶に詰め込んだような物だからね」

 

 ――と最終的には宣ったのである。

 

「フリーレン、お前……」

 

 魔族の名が出た途端態度が一変したフリーレンにゼーリエは引いていた。

 だがガツンと言わなければと、弟子の弟子を注意した。

 

「色眼鏡はよせ。せめて魔法には真摯であれよフリーレン」

「う……」

 

 フリーレンとしても自分の態度に思う所があったのか、渋々――本当に嫌そうに新型ポーションの効果を認めた。

 

「既に魔族は世界に価値を提供した。魔族との共存が一歩進んだということだな」

「ぐ……でも、それは……あ、あのアマがと、ととと特別だっただけでしょ」

「フリーレン、お前本当にどうした。一度休むか?」

 

 ゼーリエらしからぬ優しさに、フリーレンは却って己の未熟を強く突き付けられた形になった。

 だがここで負ければあのクソに負けを認めたようなものである。それだけは断固として拒否しなければならない。

 

「大丈夫、大丈夫だから……でもあいつの名前は口にしないでね」

「わ、分かった。大丈夫だ、奴の話はこれで終わりだからな」

 

 さてどこまで話したか。ゼーリエは一度咳払いし続けた。

 

「魔族は脳の構造が人間と異なるが、これは我々エルフやドワーフも含め、人間には無い感覚を有しているからだと云う」

 

 いわば第六感だ。そしてこの感覚の受容体が角ではないかとも云われている。

 

「種として持っている才能が違うのだ。魔族が社会に進出すればするほど、奴らは価値を示していくことになる」

 

 魔族が社会に侵食していく。魔族が魔族のままで。

 

「こちらが唯一持つアドバンテージ。それは永遠にも等しい寿命――時間だ。

 幸い多くの大魔族は魔王時代に死した。このアドバンテージを活かせるのは、我らエルフを措いて他ならない」

 

 そして勧誘する理由はもう一つ。フリーレンを()()()()に引き入れる為だ。

 

 今後世界は複雑化していく。従来の人と魔の戦いから、人と人と魔の混成体との戦いになる。

 その時人は、自らがどちらの陣営に属しているかが重要になってくる。

 

 北方諸国の大富豪ヴォルハベンダー卿は新型ポーション発表前に、件の流通量が少ない素材を買い占めた。さぞや儲けたことだろう。

 彼に意図的に情報を流し、陣営に引き入れただろう事は想像に難くない。

 

 選別はもう始まっている。こちらも早急に動く必要があった。

 

 とはいえそこまではフリーレンに伝えない。この子にはまだ早過ぎる。

 

「うぅん……」

「不満か? そもそもお前も原因の一端なんだぞ」

「え、何それ。もしかして魔王を倒したからとか言わないよね」

 

 フリーレンは責めるような目を向けた。

 彼女としても、ヒンメル達と為した偉業にケチをつけられるのは不快だったのだろう。

 

 それも一因ではあるのだが、敢えて指摘して反感を買う必要もない。ゼーリエは言おうと考えていた言葉を口にした。

 

人を殺す魔法ゾルトラーク一般攻撃魔法ゾルトラークに。

 魔族の魔法に価値を付けてしまったのは、他ならぬお前だ」

「…………あ」

 

 本来、クヴァールを倒せばゾルトラークは闇に葬られ、時代を変えるような事は無かった筈だ。

 ただの強い魔族を、偉大な魔法の開発者に変えたのはフリーレンなのである。

 

「魔族は宝箱ではなく厄介な敵であるべきだった。違うか? フリーレン」

「う、ぐぐぐぐぐぐ……」

 

 フリーレンは歯ぎしりした。反論が出来なかったのだろう。

 

「責任を果たせと言っている。お前自身、魔法の最前線に居られるのは悪くない話だろう?」

「……」

 

 フリーレンは苦悩しているようだった。

 

 もう一押し必要かとゼーリエが策を練り始めた時、フリーレンが口を開いた。

 

「……分かったよ。でもエンデに着いてからで良いよね?」

「……お前が明確に目的地を定めて旅をしているのは知っていたが、そうかエンデに向かっているのか」

 

 敢えてその理由までは問わない。

 フリーレンの様子を見れば、それが如何に重要であるか伺い知れたからだ。

 

「分かった。だが急げよ? 魔族はノロマだが、主導しているのは人間だ。奴らは生き急ぐぞ」

 

 フリーレンはこくりと頷いた。

 

 ゼーリエは悟られぬよう安堵の息をつく。フリーレンという戦力は、現代では得難い物だったからだ。

 

 ……大陸魔法協会は少し前まで、約束を守るための舞台に過ぎなかった。しかしゼイゲンが出てきた以上話は変わる。

 奴を相手取るなら、こちらも全力で備える必要があるが――。

 

(やはり鍵を握るのは魔族。そしてどんな偶然か。一発逆転の手札はこちらにある)

 

 魔王が認めた七つの魔法。既に六つは失われたが、最後に残された魔法の極致は我が手中にあり。

 

 

 ――――七崩賢、黄金郷のマハト。万物を不壊の黄金に変える秘法の使い手。

 

(さて、奴をどう使うか)

 

 ゼーリエは1人玉座に掛けながら、深い思考の海に潜り始めた。

 

 

 

 魔族に魔法を教えてもらおう! 一級魔法使い試験編 完

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