魔族に魔法を教えてもらおう!   作:PSコン

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33.新型ポーション開発録

 グラナト城において、既に定例となっていた共存会議が行われていた。

 

 グラナト領領主であるグラナト伯爵。

 魔族リュグナー。

 そしてゼイゲンである。

 

 それとは別に街の有識者も参加している。

 その内の1人、医者のプンメルがクッキー片手に言った。

 

、これ売れるんではないですかな? ゼイゲン氏」

「そこに異論はないけど、そういうんじゃないんだよな」

 

 彼が今頬張っているのは、リープ達が作ったクッキーの余りである。

 大半は制作者である少女達の胃の中に消えるが、こうしておこぼれが回ってくることもある。

 

「うちの娘は全然家に持って帰ってくれなくて。いやはや、こんなに出来が良かったとは」

「ああ、あの美人さん。当たり強そうだもんな」

 

 プンメルはプルンと腹を揺らして憤った。

 

「そうなのです! 全くかつて勇者として名を馳せた私に、何たる仕打ちでしょう!」

「違う違う。それ勇者ヒンメル。アンタはプ、ね。肥満者ンメル」

 

 やたらと一文字違いの勇者を擦り倒すものだから、ゼイゲンのツッコミも慣れたものだった。

 

「しかし――」

 

 グラナト伯爵が流れを断ち切るように言った。

 

「魔族の価値を世界に示すと言っても、どうすれば良いか分かりませんな」

 

 ある程度周知を終えたので、次のステップに進む必要がある。

 

 現在は意外にも受け入れられているが、それも何時まで続くか分からない。

 何せ魔族は危険動物だ。リュグナー達を抑えられたとしても、他の大魔族が大きな事件を起こせば、たちまち風向きは変わるだろう。

 

 だから現状維持ですら多大な労力を掛ける必要があり、世界に価値を提供することが、その一手だった。

 

「……正直な話、未だ気乗りはしないのですが」

 

 グラナト伯爵がぼそりと呟いた。聞き漏らさなかったリュグナーが僅かに震える。

 ゼイゲンは溜息をつき、何度も繰り返してきた言葉を紡ぐ。

 

「散々話し合ったじゃないか。()()()()()()()()()()()()()

 

 グラナト領は北から東の果てまでをシュヴェア山脈が貫き、西には海が広がっている。

 そして南は中央諸国との国境線だ。

 

「魔族との戦いが終われば、次は人間同士での戦争だ。中央諸国との戦争になれば、この地は孤立する可能性が高い」

 

 山脈を跨ぐ補給線を維持するよりも、敵が山を越えてくるのを迎え撃った方が良い。

 だからグラナト領は見捨てられる可能性が高いのだ。

 

「だから見捨てられない程度の価値を祖国に示す必要がある。それが――」

「魔族、ということですな」

 

 プンメルがゼイゲンの言葉を引き継いだ。

 

「私も憤ったものです。『何故七崩賢という巨大な敵が街を襲っているのに、国は援軍一つ寄こさないのだ』と」

 

 グッと拳を握ったプンメルは大した役者ぶりだった。勿論彼自身が抱えていた感情ではあろうが。

 

 次いでプンメルは祈るような所作をした。これは演技過剰。調子に乗り過ぎ。

 

「リープ様が現れた時、私には彼女が、女神様が遣わした使徒に思えましたとも、ええ」

「女神の事はともかくだ」

 

 再びゼイゲンが口を開く。

 

「偶然にしろ必然にしろ。掴んだチャンスは逃すべきじゃないだろ?」

「………………そうですね。確かにその通りでした」

 

 グラナト伯爵は、眉間のしわを揉むように掴んだ。

 彼は息子を魔族に殺されている以上、その心根はどうしても反魔族派だ。飲み切れない物があるのだろう。

 

 だが彼は立場上、その反魔族派一番の敵である。

 もしこの状況が女神の思し召しならば、大したサディストだと思う。

 

「話は纏まりましたか?」

 

 ずっと静観していた錬金術師が言った。

 

「価値についてですが、リープ女史が提供出来るのではないかと」

「リープが?」

 

 リープは現代基準では類まれなる力を持つが、実際のところそれだけだ。

 その力も戦闘経験が圧倒的に不足しているので、張子の虎である。

 

 もし彼がリープを戦場に向かわせようとしているのなら、止めなければならないとゼイゲンは目を細めたが。

 

「彼女には薬学のセンスがある。基礎さえ学べば、直ぐに人間では届かぬ高みに到達するでしょう」

「お?」

 

 そんな才能があったんだとゼイゲンは他人事のように呟いた。

 

 薬学という言葉に、プンメルは自らの二重顎を掴んだ。

 

「そういえば、リープ様は無色透明である筈の液体を見分けていましたな。あれは助かりました」

「助かった? 医者が? ……深堀したらヤバそうな話題だな。

 しかしリープの奴、意外と顔が広い?」

 

 どんどん知らない情報が開示されていく。

 ゼイゲンは少し寂しいと思ったが。多分、何気なく、自らの意思に関係なく人との輪を繋げられる能力。これがフランメの言っていた『平和な世界で生きられる才能』という奴なのだろうとも思った。

 

 グラナト伯爵は「ふむ」と無精ひげを擦った。

 

「平和的な貢献なら儂も賛成です。ゼイゲン殿、貴方に監督を頼んでも?」

「まあ、あいつ関係なら俺が関わるべきか。錬金術師殿もサポートしてくれよな」

「無論です。私の研究にも繋がるので」

 

 

 

 *

 

 

 

 リープは辞書のように分厚い本を閉じた。

 

「読み終わったよ?」

「もう? 速いな。じゃあご褒美あげないとな」

 

 と、唐突におっぱじめようとする2人に、錬金術師はたまらず声を掛けた。

 

「あの、一応理解度テストを受けてもらいたいのですが」

 

 そしてヤるなら部屋に帰ってからにして欲しい。

 

「チ、面倒だな」

 

 露骨に不機嫌になりながら、リープは錬金術師の手からテストをむしり取った。

 

「おいおい、怒るなよ」

「だってメンドくさーい」

 

 きゃっきゃと笑うリープを見て、錬金術師は思った。

 こいつ、なんでこんな軽快に態度を使い分けられるのだろうか、と。

 

 もう声のトーンからして違う。オクターヴが違う。

 ゼイゲンには滑らかな鈴の音のような声だが、その他に対してはドスの利いた声を発する。

 

 仕草も違う。

 ゼイゲンには上目遣いで頬を染めて見つめるが、その他には不機嫌を隠すことなく視線すら向けないのだ。

 

 こんな媚びっ媚びの女見たことない。

 そしてそれを目の当たりにして、何も言わないゼイゲンもどうかしている。

 

「ねえ、テスト出来たけど?」

「あ、はい」

 

 錬金術師はテスト用紙を「ねえ、せめてちゅーしよ?」受け取り、「仕方ないな。でもちゅーだけだぞ? おじさんに怒られちゃうからな」採点をして「ちゅー」いった。可能な限り速く。「ん、ぁ」視界の隅の奴らがエスカレートしきる前に!

 

「採点終わりましたがぁ!?」

「うわビックリした。何で突然大声出したんだ」

 

 ゼイゲンはにやけながら――その表情は分かってる顔だろと、錬金術師はガラにもなく叫びそうになった喉を押さえた。

 ……とにかくゼイゲンは紙を受け取り、採点を読み取っていったのだ。

 

「固有名詞が弱いけど、理論はだいたい良い感じか? これはどう評価すればいいんだ?」

「愚図共の付けた名前に興味とかないし」

「そう、ですね。やや手間は、かかるでしょうが、調合に、入っても、よろしいかと」

 

 息も絶え絶えに錬金術師は言い切った。

 

「じゃあ真面目な話、想定より早く終わりそうだな?」

「今までは真面目では無かった……?」

 

 言いたいことをグッと堪えて錬金術師は話を進めた。

 

「研究開発は予定通りには進みませんよ。気長にお待ちください」

「それは困るんだけどな……。他の計画も考えとくか」

「大丈夫だよ」

 

 懸念を示すゼイゲンに、リープはサムズアップを見せた。

 

「秒で終わらせるから。続きはその後にしようね」

「おいおい、我慢できなくなったら困るぞ? 俺が」

「ん~。じゃあ口でシてあげる」

「初手で制限緩和しないでください。研究室汚すのも止めてくださいね? 本当に」

 

 

 ――その後、リープは新しい体力回復用ポーションの開発に着手した。途中妙に味に拘りだしたリープを宥めつつ、多くの人々の手を借りながらも、どうにかこうにかレシピを完成。それは世界に公開される前に――魔族との共存の助けになる人々へ、先行して伝えられた。

 

(魔族は人類の敵。この一般論を全ての人が正しく認識している訳じゃない。戦いから離れるほど、魔族のイメージはぼやけていく)

 

 たとえ戦士でも、立場が上がれば一線から遠のく。そして世界を動かすのは、現代ではそういう人間だ。

 

 勿論、一線から遠のいてもなお魔族を危険視し続ける者も居る。ゼーリエがそうだ。

 

(それも都合が良い。共通の敵は結束を固めるからな)

 

 歪みは承知の上。いずれ破綻するとしても、世界よりも大切な者のために、世界を捧げるくらいの事は訳ない。

 

「ゼイゲン?」

 

 どうしたの。とリープはゼイゲンに問う。彼女の吐息が首筋にあたり、妙にくすぐったい。

 額には薄っすらと汗をかき、瞳は潤んでいる。目尻には僅かに涙が溜まっていた。荒い呼吸音が、静かな部屋に溶け込んでいく。

 ゼイゲンは乱れたリープの髪を手で梳きながら、柔らかい感触と、重ねた肌から伝わる静かな鼓動に沈み込むように、今だけは野暮な考えを捨てた。

 

 彼女のより良き日常のための行いである。

 しかしその未来を、彼女自身が望んでいないのを理解していたからだ。

 

「なんでもないさ」

 

 ゼイゲンはそう言って、リープを胸に抱き寄せた。

 

 これこそが彼女の望みだと、理解していたから――――。

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