魔族に魔法を教えてもらおう!   作:PSコン

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34.ミリアルデ嫌がらせ録第4200くらい

 北部高原ビーア地方。

 そこにある一つの街が、今小さなお祭り騒ぎとなっていた。

 

 ファスという名のドワーフが、元勇者一行フリーレンの手を借りて、念願であった皇帝酒ボースハフトを発掘したのだ。

 

 しかしその酒はあまりにも不味く、ファスはこんな物を人生を賭けて追い求めたのかと笑い飛ばし、そして1人でも多くの人を道連れにしようと、街の人々に皇帝酒を振る舞ったのである。

 

 そんな笑い話の一幕に、参加していた1人のエルフが呟いた。

 

()()()()()不味い酒ね」

 

 雑踏に溶けゆくその呟きに、もう1人のエルフ――フリーレンが耳をピクリと震わせた。

 

「――――まさか」

「? フリーレン様?」

 

 フリーレンは弟子フェルンの言葉に返答することなく、聞き覚えのある声の方向へ向かって、足を進めていった。

 向かっていった先に居た、呟きの主であるエルフに声を掛ける。

 

「――――――ミリアルデ。生きてたんだね」

「久しぶりね、フリーレン」

 

 そこに居たのは、皇帝酒が至上の酒などと虚言を弄し、ご丁寧にも倉庫に結界を掛けた、千年前を最後に見る事の無かった古い知り合いである。

 てっきり魔王軍のエルフ狩りにあったか、誰かの神経を逆なでして殺されたと思っていたが。

 

「犯人は現場に戻るというけど、千年越しでも適用されるんだね」

「犯人って…………」

 

 ミリアルデは困ったように笑みを浮かべた。

 

「まるで私が悪いみたいじゃない」

「悪いんだよ」

 

 少なくとも1人のドワーフが200年以上も捧げたのである。これが邪悪でなければ何なのか。

 

「でも楽しそうにしてるじゃない。成功でしょ?」

「結果的に、でしょ。たまたま笑い話にできただけだ」

「人生なんてそんなモノよ」

「だとしても、悪意を持ってやってたでしょ」

「まさか。そんな訳ないでしょう。でも善意の証明はできないから、フリーレンの頭の中の悪意は取り除けないのね、悲しい」

「…………。なんだか魔族と話してるみたいだ……」

 

 ああ言えばこう言う。

 素人エルフのフリーレンには、大ベテランの相手は厳しかった。

 

「フリーレン様、その方は?」

 

 追いついてきたフェルンが言った。

 

「フェルン、こいつは……紹介しなくて良いか。道端の糞だよ」

「ミリアルデよ、よろしくね」

「え、あ、はい」

 

 フェルンは師の暴言を叱るべきか紹介不要という判断に従うか迷ったが、とりあえず目の前に差し出された手を握った。

 

「えっと、それで」

 

 まだ紹介されていない人間が居る。

 フェルンはミリアルデの隣に佇む男に視線を向けた。

 

「そちらの方は?」

「ああ、こいつは私の彼ピッピよ」

「彼……え、ピ?」

 

 彼氏という奴だろうか。それにしては随分とぞんざいな紹介である。

 男は苦笑いを浮かべ、「どうも」とフェルンに挨拶をした。

 

「フェルン、フリーレン、どうしたんだ?」

 

 遅れて旅の仲間である戦士シュタルクが彼女達に声を掛けた。

 ミリアルデはシュタルクを見て呟く。

 

「あの子がフェルンの彼氏? 小動物系なのね」

は!? そんな訳ないじゃないですか!!!!!」

「え、何、何なの?」

 

 混乱するシュタルクを余所に、ミリアルデは勝手に憶測を修正していく。

 

「じゃあフリーレンの? お姉さん青少年の性癖を歪ませるのは感心しないな」

「こいつ早く死んでくれないかな」

 

 フリーレンはボソリと呟いたが、憎まれっ子世に憚るというし、望み薄だろう。

 

 シュタルクが誰の彼女かについては、フェルンが真っ赤な顔でフリー宣言[要出典]をしたので誤解は解けた。

 そして話の流れで3人で旅をしている事も告げたのである。

 

「魔法使い、魔法使い、戦士ってバランス悪くない?」

「今度は妙に常識的な事を……」

 

 ザインが離脱したので僧侶枠が欠けている。フリーレンも『何とかしなきゃなぁ』と思っていたのだが、気がつけば北部高原である。実際もう猶予はない。

 

 フェルンが身を乗り出した。どことなく誇らしげに。

 

「僧侶の枠は私が埋めます。僧侶目指してますので」

「おー、じゃあ私は君だ。いえーい」

「いえーい?」

 

 フェルンは訳も分からずミリアルデとハイタッチをした。何だったのだろう。

 

「そうそう」

 

 ミリアルデが言った。

 

「フリーレンに話があったのよね。ちょっと借りてくね」

「は? ちょ!」

 

 フリーレンの後襟を掴み、ミリアルデは半ば強引に引きずっていく。

 路地裏に入り、フリーレンが体勢を整えた時には、既にフェルン達の姿は見えなくなっていた。

 

「ごめんねぇ、少し大事な話だったから」

「……まあ、別に私は良いけどさ」

 

 服装を整え、フリーレンは尋ねる。

 

「でもミリアルデは良いの? 人間の寿命は短いのに」

 

 恋人というのなら、可能な限り長く一緒に居るべきなのではないか。

 フリーレンに経験はないが、最近そんな事を思うようになったのだ。

 

 ミリアルデは「あはは」と笑いながら言った。

 

「良いのよ、あれは繋ぎだしね」

「つな……え? なんて?

 

 呆然とするフリーレンに、ミリアルデは構わず続けていく。

 

「まだヤらせてあげてないのよ? もうちょっと男を見せてくれたらいいんだけど、それも望み薄ね」

「え、うん? なに?

 

 ヤらせて?

 それってつまりは肉体関係のことで……

 

 フリーレンは一瞬で耳まで真っ赤になった。

 

「どうしたのフリーレン? 生娘みたいな反応しちゃって」

「生娘だよ!!!」

 

 ミリアルデは本当に意外だったのか、「えぇ、嘘ぉ」と二度も呟いた。

 

「でもフリーレン。貴女10年も勇者と一緒に旅してたのでしょう? 何もなかったの?」

「無かったよ! クソ!」

「そっかぁ……」

 

 ミリアルデは考えた。確か勇者一行に女はフリーレンしか居なかった筈。その状況で一切アプローチが無かったというのは、その――

 

 ――これはいけない。勇者たちが悪かったことにしようそうしよう。

 

「あれね。きっと勇者ヒンメルはインポだったのよ」

「違う! ヒンメルはそんなんじゃない!!!」

 

 珍しくフォローを入れたミリアルデだったが、却って火に油を注ぐ結果となったようである。

 

 ちなみにヒンメルはちゃんとアプローチを掛けてたよ。ひどいねフリーレン。

 

「フゥー! フゥー!」

「大丈夫? 落ち着いた? 水飲もうね?」

 

 フリーレンは受け取った酒瓶から一気に喉に流しこみ――――ぶはっと吐き出した。

 

「あ、皇帝酒だった。めんご」

「ゲホッゴホッ! まじゅいぃ~……!」

 

 んべぇ、とフリーレンは舌を出し、唾を吐き出し続けた。

 

 おおよそ皇帝酒の味が口内から消えた時、フリーレンはそれなりに冷静さを取り戻していた。

 皇帝酒は不味いだけあり気付け薬として使えたのか、フリーレンを強制的に落ち着かせたようである。

 

「――――それにしても、仲は良さそうに見えたのに、浮いた話はなかったのね」

「……………………まあね」

 

 たっぷりと間を置き、フリーレンは肯定した。

 

 フリーレンは恋愛というものに当時はこれっぽっちも興味はなかった。

 だからそれは当然の帰結で、誰が悪いという話でもない(少なくともフリーレンの主観では)。

 

 しかし今はこうして複雑な想いを抱える事になってしまった。

 

 その理由は明白だ。

 フリーレンは見てしまったのだ。

 

 恋に生きる者――その在り方を。その表情を。

 

 

 その者、リープという魔族を見て――――

 

 フリーレンは苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべた。

 全く以って不愉快だ。不愉快なのだが、最早認めざるを得なかった。

 

 その感情を。忌々しくも、あいつに対して!

 

(――――ああ、くそ。そうだよ。()()()()って思ったんだ)

 

 心の奥底に、憎しみでラッピングして仕舞い込んでいた羨望という感情。

 羨望は日に日に増していき、気がつけば憎しみでは抑えきれずに溢れだしていたのだ。

 

 もしも、もしもだ。

 自分にそんな夢中になれる人がいたら、どんな風になっていただろうかと。

 

 恋という他者の中にしか無かった感情が、自分にも芽生えていたら。

 

 そしてその相手は――――

 

「――――――――本当に、なんで何も()()()()()んだろう」

 

 僅かに漏れた想いに、ミリアルデは静かに耳を傾けていた。

 

 

 思春期の葛藤。臆病だった自分への後悔。過ぎ去った戻らぬ過去への絶望。

 

 

 フリーレンが感じているのは、そんなありふれた、しかし今の彼女にとっては命よりも重い命題だ。

 

 そんな悩める少女に掛ける言葉は――――

 

「好きだったのね? 勇者ヒンメルが」

 

 工夫はしなくて良い。だってありふれた悩みだ。掛ける言葉も人並みで良い。

 

 フリーレンは、涙を流し俯いていた。

 ミリアルデは優しく涙を拭い、静かに抱き寄せる。

 

 嗚咽を漏らすフリーレンの頭を、ミリアルデは優しく撫でる。

 

 一撫でごとに雑踏の騒めきが数を減らしていく。

 

 静寂な夜が戻った時、ヒヤリとした空気が彼女たちの間に流れ込んだ。

 

 嗚咽も薄まり、ようやく涙が収まったフリーレンは、ぎゅっと目をつむり、最後に残った涙を絞り出した。

 

 ミリアルデは何も言わない。フリーレンは何も言えない。

 

 ただ、フリーレンは。

 彼女は何も言わなかったが、ただ一度だけ――――コクリと頷いた。

 

 小さな頷きだった。注視していなければ、気がつかなかったほどの小さな動作。

 だがその小さな動作によって――他者に示すことによって、ヒンメルへのフリーレンの好意は、こうして確かな形になったのだ。

 

 フリーレンは、ヒンメルに恋して()()

 

 決して物語に記される事のなかった感情。

 始まる前に終わ()()恋の物語。

 

 

 

 ミリアルデはフリーレンから離れると、一転してぱあっと明るい笑顔を作った。

 コミカルに。何処までも能天気な笑顔を。

 

「ま、いきなり忘れろとは言わないけど、新しい恋を探した方が楽しいわよ?」

「でも――」

 

 フリーレンは暗い顔のまま言った。

 

「私は忘れたくない」

 

 思い出すのは、多くの街にある、ヒンメル達の銅像。そして彼らの願い。

 

 ――――私が寂しくないようにと、遺してくれたプレゼント。

 

 彼らの想いを無駄にすることだけは、フリーレンには出来なかった。

 だから彼らの英雄譚を、フリーレンだけは忘れられない。

 

 

 

 そんなフリーレンの慟哭を、ミリアルデは冷ややかに見つめていた。

 

 

 

「――――――――何それ?」

 

 その小さな呟きは、フリーレンには何故か怒っているように思われた。

 

「自分たちの『忘れて欲しくない』なんて身勝手な執着を、随分と都合の良いように言い換えたわね」

 

 既にヒンメル達は過去の存在である。

 しかしフリーレンにとってはそうではないのだ。

 

 その小さな歪みに、フリーレンは気づかない。

 だからこそ、ミリアルデが何を考えているのかも、フリーレンには分からなかった。

 

 そしてヒンメル達の真意がどこにあったのか――それは誰にも分からない。

 

 真意が何処にあったかは別として、彼らの銅像は、フリーレンが過去を乗り越えた後であるならば、思い出として優しく彼女を包み込んでいただろう。

 

 だが一つの事実として。

 フリーレンにとって彼らとの過去はあまりにも鮮烈で、乗り越えるには高すぎる壁だったのだ。

 

 彼らの想いはフリーレンを縛り付け、百年近い時が経とうとも、彼らの記憶を風化させてくれない。

 まるで決して解けることのない鎖のように、彼らはフリーレンの心に絡みついているのだ。新しい出会いが在ろうとも、その度に過去が鮮明に蘇り、彼女を後ろへと引き戻す。

 

 新しい仲間であるフェルンやシュタルクとの時間も、道中で出逢った人々も、全てが過去へと繋がり、前へ進むことを許してはくれなかった。あの時、自分は何をしていた? 彼らの想いに応えることは出来なかったのか?

 

 ……彼らとの過去は決して思い出になど成りはしない。逃れられない呪縛。

 

 故に彼らの願いは()()だった。

 

「――――気が変わった。貴女の呪いを解いてあげる」

「ミリアルデ?」

 

 何を――――という言葉は続かなかった。口だけではなく、体全体が動かない。当然魔法を発動することも出来なかった。

 

(一切の魔力を感じない拘束魔法――いや、これは最早呪いか)

 

 極まった魔法は時に呪いへと転じる。

 歴史の表舞台には立たずとも、フリーレンを超える魔法使いは居る。

 

 そのうちの1人であるミリアルデの指先が、フリーレンの額に触れる。

 優しい光がフリーレンを包み込んだ。

 

 まるで暖かな日射しの中、揺れる草葉に包まれているような安心感。

 微睡みの中、ミリアルデの声がどこか遠くから響く。

 

「忘れなさい、フリーレン。そして貴女に輝かしい未来があらんことを」

 

 

 

 *

 

 

 

 フリーレン一行は船賃の代わりとして、勇者ヒンメルの自伝を探していた。

 

「あった。これだね」

 

 とある廃墟、その一室にあるヒンメル像の足元に、その自伝は置かれていた。

 フリーレンはその本を手に取り、ペラペラと捲る。

 

「うん。間違いない。ヒンメルの字だ」

 

 思い起こされるのは――――

 

 

 【ノイズ】

 

 

「他愛のない旅の日常。()()()()()()

 

 そう言ってフリーレンは本を閉じ、依頼者に手渡した。

 

「ああ、ありがとよ。町の皆も喜ぶ」

 

 依頼者がペラペラと楽しそうにヒンメルの自伝を捲っている間に、フェルンがフリーレンに耳打ちした。

 

「良かったのですか? フリーレン様。手元に置いておかなくて」

 

 その自伝は、きっとフリーレンにとっても大事な物である筈だ。

 船賃なら別の手段で用意すれば良い。だから自伝はフリーレンが持っていた方が良いのではないかと、フェルンは思ったのだ。

 

「何でさ」

 

 フリーレンが心底不思議そうに返した。

 

「ただの日記みたいなものだよ。そんなの要らないでしょ」

 

 らしいと言えばらしい。

 しかしどうにも違和感の残る言葉だった。

 

 それでも、まあ、そんな物かもしれない。

 フェルンは違和感の正体を推察できるほど、フリーレンの事を知らなかったのだ。

 

 怪訝な表情を浮かべていたフェルンだったが、それも僅かな間だけだった。




最後のシーンは原作78話のワンシーンです。
ノイズ部分はどのコマにあたるのでしょうね?
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