魔族に魔法を教えてもらおう!   作:PSコン

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37.黄金郷のマハト(2)

 その2人の魔法使いは、堂々とフリーレン達の前に降り立った。

 

「名乗りは要らんか」

 

 短髪の大柄な男が軽薄な笑みを浮かべ、

 

「無論。尤も、どの道身元は知られるだろうがな」

 

 対照的な、長髪の男が品定めするようにフリーレン達を睨みつけた。

 フリーレン達を代表して、レルネンが彼らに話しかける。

 

「旅の魔法使いですか。何か我々に入り用で?」

 

 白々しい演技だ。

 男たちは嘲笑に近い笑みを浮かべ、長髪の男が言った。

 

「メタル、お前は戦士と老人をやれ」

「……うぅむ。兄者の命令には逆らえんな」

 

 そして短髪の男――メタルと呼ばれた魔法使いは魔法を唱えた。

 

任意の液体を操る魔法タイルアルカヘスト

 

 シュタルクとレルネンに、銀色に輝く液体が襲い掛かった。

 液体とは思えない質量が2人を襲い、吹き飛ばして分断する。

 

 フリーレンは襲いかかる銀色の液体を観察し、心の中で呟いた。

 

(水銀か。予想通り、トロイエ家の人間みたいだね)

 

 フリーレンは敵の正体に当たりを付け、自身は長髪の男に杖を向ける。

 

「フェルン。さっさと倒して向こうの援護に向かおう。シュタルクは相性が悪そうだ」

「分かりました」

 

 と返事をした瞬間には、フェルンは既に攻撃を放っていた。

 

(速いな。発動速度、魔法そのものの速度も磨きが掛かっている。想定以上の成長だ)

 

 絶対に勝てない敵を仮想敵にし修練を積み重ね、更には夢を見つけて熱意を得たフェルンは、フリーレンの想定以上に強くなっていた。

 50年もすれば大魔族と戦えると以前にフェルンには言ったが、もっと早くにその時期が訪れるかもしれない。

 

 しかし敵も然る者。水の障壁でフェルンのゾルトラークを防いでいた。

 

(わざわざ防御魔法ではなく、水にゾルトラークへの耐性を付けたのか。筋金入りだね)

 

 メディカヘクセは普通に防御魔法を使うらしいので、家の方針ではないのだろう。

 非効率極まりないが、しかし得てしてこういった偏執的な奴こそ強いものだ。

 

「水の魔法使い?」

「いいや。トロイエ家ならば水の操作は基本中の基本だ。俺の魔法は、残念ながらあまり燃費が良くないのでな」

 

 もはや家名を隠そうともしない男は、意外にもフリーレンの問いに答えた。

 

「フリーレン様」

 

 フェルンが催促をかける。

 

「うん、そうだったね。手早くやろう」

 

 2人掛かりのゾルトラークが男を襲う。通常ならば塵一つ残らないが――――

 

「フェルン!」

 

 攻撃の隙間を縫うように、敵が攻撃を挟み込んできた。

 

 それは糸のように細い水流。

 恐ろしい事にそれはフェルンの防御魔法を貫いた。割り込んだフリーレンの肩を貫通する。

 

 鋭い痛みが全身を走った。

 

(――ああ、もう。だからこいつら嫌い)

 

 こいつらは魔法にかける熱意が異常だ。一族単位で一つの魔法を極めるなんてどうかしている。魔法使いの常識から少しだけ外れたところに居るのだ。

 

 それでも人間の魔法使いとして認識してしまうから、ほんの少しだけ、反応が遅れてしまう。気を付けていたフリーレンですらそうだったのだ。フェルンは勿論、根っからの魔法使いであるレルネンも不意を打たれているかもしれない。

 

「なんだ、呆気なかったな、フリーレン」

「……な、に。この、程度で、勝った、つも、り?」

「フリーレン様?」

 

 フリーレンは滝のような汗を流し、言葉は途切れ途切れで苦しそうだった。

 膝をつき荒い呼吸を繰り返している。怪我では説明がつかない異常事態。フェルンは旅の中の経験から、その原因を探り出した。

 

「毒……! すぐに治療を!」

 

 フリーレンはフェルンを手で制する。その行動に、男は満足げに微笑んだ。

 

「分かっているなフリーレン。そうだ、無駄だ、その毒は()()()()()()()治せない」

 

 そして男は実に楽し気に続けた。

 

「俺の名前はギフトマギア・フォン・トロイエ・デア・ツヴァイテ。トロイエ家『毒』の魔法使い――その二代目。他の者よりも、より深くノウハウを蓄積している!」

 

 フェルンは立ち上がり、男に杖を向けた。

 

「よく喋りますね。声が不快なので控えていただいてよろしいですか?」

「……分を弁えていない女だ。状況が分かっていないらしい」

 

 フェルンは杖を構えながら、一度深呼吸した。そしてフリーレンが毒に苛まれながらも伝えた言葉を思い出す。

 

『フェルンなら勝てる。治療はその後で』

 

 

 

 *

 

 

 

 大木を巻き上げながら、銀色が縦横無尽に走り回る。

 水銀が宙を舞い、次の瞬間には矢のように鋭く突き刺さる。かと思えばハンマーとなり大地を揺るがすのだ。

 

 水銀という液体故の流動的な動きに、シュタルクとレルネンは攻めあぐねていた。

 

「どうしたどうした! 避けるだけか!?」

「つっても、な……!」

 

 シュタルクは大きく回避し、一息ついた。

 

 彼の胸には大きな裂傷が走っていたが、戦士基準では軽傷だ。動きに支障はなかった。

 しかしこの傷は、攻撃を受けようとして構えた斧をすり抜けて負わされたものである。液体の刃に鍔迫り合いという概念はない。戦士にとってこれ以上やり辛い相手もいなかった。

 

「シュタルク君、ちょっと離れてくれないかな?」

 

 シュタルクがその言葉の意味を知ったのは、その攻撃を目の当たりにしてからだった。

 

 炎の魔法がシュタルクの真横を通り過ぎ、目の前で水銀とぶつかったのだ。蒸気を真正面から浴びたシュタルクはのたうち回る事になる。

 

「アッッッ、ツ…………!!!」

「ふむ……」

 

 レルネンは炎と水銀の一般的な蒸発反応を熱心に見つめ、そして確かめるように呟いた。

 

「体積が減っていない。蒸発は見せかけで、拡散を防ぐ術式でも編み込んでいるのか、それとも――」

「おい爺さん――あ痛ぁ!」

 

 レルネンはシュタルクの頬についた水銀をスッと指で拭った。その摩擦で再度シュタルクは悶絶する。

 

「確かに蒸発はしているし、一度気化した水銀からは魔力が抜けている。となると補充していると考えるべきか」

 

 レルネンはコツンと杖の先で地面を叩いた。

 

「さてシュタルク君。一般的に物質を生成する場合、その消費魔力は質量に比例するとされている」

「何!? 何なのこの人!?」

 

 突如として始まった講義にシュタルクは悲鳴を上げるが、レルネンは当然のように無視した。

 その間にも男による水銀での攻撃は続いていたが、それらは全て炎により阻まれ続けた。

 

「だからこそ現代魔法で質量攻撃をする場合、既存の物質を操るのが一般的だね」

 

 もしこの前提を覆す物質があるのなら、その魔法ばかりになっていただろう。質量攻撃が主流の現代魔法戦なら尚更だ。

 

「だから水銀を操るというのは、あまり褒められた攻撃手段じゃない。身近にあるものではないし、取り扱いにも注意が必要だ」

 

 水銀は毒である。蒸気を浴びるのも健康上よろしくない。シュタルクが戦士でなければ危なかった。

 

「しかし――」

 

 レルネンは目を細めた。水銀による攻撃は続く。

 熟練の魔法使いでも、これほどの時間水銀を生成し続けながら戦うのは不可能だろう。

 

「チッ、面倒だな」

 

 男は攻撃を止めた。レルネンも魔法を止め呟く。

 

「おや、謎解きの前に向こうの短気が勝ってしまった」

 

 レルネンは穏やかな笑みを浮かべて続けた。

 

「それとも、これ以上は都合が悪かったのかな?」

「抜かせ。これ以上お前たちに構っていたら、向こうの戦いが終わってしまうだろうが」

 

 男は明らかに苛立っていた。短気なのは本当だろうが……。男の様子を見て、レルネンは今更ながら、ある当然の事実に気づかされた。

 トロイエ家は優れた魔法使いの家系だが、全ての者がそうではないという事実にだ。

 

「そんなに炎が好きなら、くれてやる!」

 

 そう言って男は、真紅に燃え輝く液体を生成してみせた。

 

 ――固体、液体、気体。それらの状態は温度と圧力によって変わる。一般的に液体と呼ばれる物でなくても、特定条件下ならば液体となるのだ。

 

 ()()()()()()()()()。摂氏2000℃の世界においては。

 

 男は液体鉄を、その条件下である2000℃で生成したのだ。常軌を逸した魔法。現代人類魔法では届かぬ魔法の極致。

 

「――――それでも、優れた魔法使いとは言えないな」

 

 熱球はシュタルクに当たり、膨大な熱を放出し炸裂した。その様子をレルネンは防御魔法越しにぼんやりと眺めていた。

 

 

 ――――何故なら、もう勝負はついているからだ。

 

 

「ガッ――――――!!!」

 

 男は背後からの強襲を無防備にくらった。

 

 意識が薄れていく。その前に新手の姿をせめて目に収めようと背後に視線を向け、その人物に目を剥いた。

 それはたった今、弾け飛んだ筈の、斧使いの戦士だったからだ。

 

「君の敗因は二つ」

 

 レルネンの声がどこか遠くから響く。

 

「戦士から目を離したこと。そして私が、ゴーレム作りが趣味の老人だったことだ」

 

 レルネンは炎の壁で死角を作り、シュタルクによく似たゴーレムを作ったのだ。そしてシュタルクは男の背後に回り、攻撃を加えた。

 

 仕組みは実にシンプル。もしフリーレンのような優れた魔法使いが相手であれば、通じはしなかっただろう。

 

「優れた魔法使いとは、優れた魔法を扱う者ではない。魔法に深い理解を持つ者の事だ」

 

 最後に「おっと、説教みたいだったかな」と自嘲をして、フリーレン達の援護に向かうことにした。

 

 

 

 *

 

 

 

「――――――な、ん、だとぉ……!?」

 

 ギフトマギアと名乗った男は目を見開き、こわばった顔で自らの腹部に空いた穴を押さえていた。しかし手の隙間からは血がとめどなく噴き出し、命が流れ落ちようとしている。

 

「――――――ツッ……!」

 

 傷を負ったのは、対峙しているフェルンも同様だった。しかし彼女の傷は浅く、命に別状はないと思われる。無論、男の魔法に仕込まれた、毒さえなければの話だが。

 

 フェルンは傷を負ってはいけなかったのだ。

 かすり傷であろうとも、毒が命を蝕むからだ。

 

 

 ――裏を返せば、傷を負う覚悟があれば、それだけで不意打ち足り得るのである。

 フェルンの勝機はそこにあった。

 

「……相打ち狙いとは、見上げた奴だ……が!」

 

 男は魔法を発動する。

 血を――正確には血の主成分である水を操る。

 

 トロイエ家の人間にとって、水の操作は基礎中の基礎である。幼年期にはまず水の操作で魔法に慣れ、そして己の適正に合わせ、操作対象を変えていくのだ。

 

 故に血の操作も可能である。傷を治療したわけではないが、これで落命だけは免れる。フェルンの攻撃はただの人間にとっては致命傷でも、彼には重傷止まりだったのだ。

 

 当然重傷なので戦闘行為は困難だが、既に勝敗は決したのだ。彼の勝ちだった。

 

「ベースキャンプに――いや、とどめは刺さなくてはな」

 

 男はフェルンに杖を向け、彼女の奇妙な姿に息を呑んだ。

 

 その全身を、炎が包んでいたのだ。

 

 すぐさま男は攻撃を加えたが、防御魔法により阻まれる。

 次の瞬間フェルンの全身を包んでいた炎が消えた。そして彼女は、火傷どころか、与えていた筈の傷が――――毒による症状すら消えていたのだ!

 

「……ん、な…………!?」

 

 歯をがちがちと震わせ、驚愕の感情を全身で表現する男に、フェルンは涼し気な顔で種明かしをした。

 

「『浄化の炎を灯す魔法フェニルト』。女神様の魔法ではなく、()()()()回復魔法です」

 

 それはフェルンが僧侶への道を目指してから、一番最初に覚えた魔法だった。

 その効果は――

 

「肉体の損傷の回復。そして、()()()()()毒の解毒です」

「登……録…………?」

 

 ぼんやりと、他人事のように男は呟いた。

 

「はい。毒の強弱に関係なく、この魔法がその毒を知っていれば、解毒可能です」

「な、ん……だ…………」

 

 男は何事か悪態をつこうとしたようだが、言い終えることなく気絶してしまった。

 フェルンは杖を下ろし、フリーレンにも魔法をかけ解毒した。

 

「ありがとう、フェルン。一応あいつも治してあげてよ」

 

 そう言ってフリーレンは死にかけの男に指をさす。男は気絶したために自身の血の操作が出来ず、血を垂れ流していた。このまま放っておけば死んでしまうだろう。フェルンなら死にかけを重傷に変えるくらいは出来る筈だ。

 

「ところでフリーレン様」

 

 フェルンが言った。

 

「どうしてあの毒に浄化の炎を灯す魔法フェニルトが有効だと分かったのですか? 毒の分析はしていなかったですよね」

「ああ、あれは女神様の魔法が効かないって情報と、症状から推測したんだけど――――」

 

 昔人間同士の戦争で使われた毒だ。

 致死性が低く、治療が困難。負傷者を増やし、軍の士気と戦力を削ぐために開発された毒である。

 

 ただ猛威を振るえば対策が生まれるというもの。解毒剤が量産されたし、専用の解毒魔法も開発された。昔は有名な毒だったから、フェルンの回復魔法にも登録されていたのだ。

 

 それに対し、女神様の魔法は解析ができておらず、当然手を加える事もできないため、僧侶には解毒できない特殊な毒となった。

 

「……この状況に合ってない毒だった。普通に致死性の高い毒を使われていたら、負けていたかもね」

 

 そしてフリーレンは相変わらず倒れている男に再度指を指した。

 

「ねえ、フェルン」

「何ですか? もっと講義を続けてください」

「そろそろ本当に死んじゃうからさ……ねえ、無視しないでよ。フェルンってば――――」

 

……

………

 

 

 どうにかこうにか渋るフェルンを説き伏せて、男が一命を取り留めた頃、シュタルク達も伸びた男を担いで合流した。

 

 フリーレンは一息つく。

 

「はぁ、疲れた。これは勿論報酬上乗せしてくれるんだよね?」

「はい、勿論です。追加の魔導書をご用意します」

 

 当然のように魔導書本位制による取引が成立していたが、今に始まった事ではないので誰もツッコまなかった。

 

「こいつらは結局何だったんだ?」

 

 シュタルクの問いに、レルネンが答える。

 

「南側諸国の貴族ですね。金を理由にこのような行いをする筈がありませんし、政治的な背景があるのでしょう」

 

 国の密命か、懇意にしているグラナト伯爵関係か、あるいは――――

 

「ちょうど一級魔法使いにもトロイエ家の者がいます。彼女に話を「それには及びませんわ!」」

 

 レルネンの話を遮るように、良く通る声が上空から響いた。

 

 フリーレン達は声に釣られて上空へ顔を向ける。

 そこには杉の大杖を手に持つ女の魔法使いがいた。

 

 フリーレンは横目でフェルンに視線を向ける。彼女もこの女の接近に気がつかなかったようだ。

 

(飛行魔法を発動しているのに、魔力を隠しきる隠密術。追加報酬は魔導書一冊じゃ足りないかな)

 

 次いでフリーレンはレルネンに視線を向けた。

 

「レルネン?」

 

 フリーレンは呟く。レルネンの額から、汗が一滴流れ落ちた。

 

「レルネン、知ってる魔法使い?」

「…………ええ、知っています」

 

 レルネンは目を細め、強張った顔で答えた。

 

「彼女は長男を抑え、次期当主に目されている魔法使い」

 

 トロイエ家の魔法使いはまず水を操ることから始め、各自の適性に応じて別の液体へと進む。

 通常なら二つの液体を操作するが、もし自らの適性が『水』であれば、そのすべての時間を水に集中させられるのだ。

 

 そうなれば、他の者よりも遥かに優れた力を持つことになるだろう。

 更にもしその魔法使いが、天才と呼べるほどの才を持ち合わせていたら――――

 

 それは()()()を名乗ることを許された、トロイエ家の集大成。

 

「流水の魔女――トロエ・フォン・トロイエ・ディ・フィアーテ」

 

 

 ポツリと。フリーレンの肩に水が落ちた。衣服に染みこみ、冷えた感触がじわりと広がる。彼女は空を仰いだ。鈍色に染まった空には、厚い雲が広がっている。音もなく次の雫が落ち、彼女の髪を濡らしていく。

 

「…………嘘、雨雲なんて今まで…………」

 

 フリーレンの小さな呟きに、流水の魔女と呼ばれた魔法使いは明快な口調で答えた。

 

(わたくし)が雨を呼びましたの。気に入っていただけましたか?」

 

 雨に打たれるフリーレン達を余所に、自らは水で作った傘で雨を避けていた。その傘は見る見るうちに巨大化していく。

 

「それで」

 

 彼女は妖しげに微笑み言った。

 

「我々に何かお尋ねになりたいことがあるようですが?」

 

 続く。

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