魔族に魔法を教えてもらおう!   作:PSコン

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38.黄金郷のマハト(3)

 フリーレンが全身を震わせたのは、降りやまぬ雨に凍えたからではない。

 

『水を操る魔法使いに、雨の中で勝てるイメージが出来ない』

 

 膨大な質量と魔力を通しやすい雨粒の広がりによって、圧倒的な力を即座に操る事が可能になるからだ。

 

 だからこのイメージはフリーレンに限らず、多くの魔法使いが共通認識としている事柄だ。

 魔法はイメージの世界であり、想像できないことは起こせない。

 

 つまり必殺の環境を用意できるこの魔法使いには、魔法使いは絶対に勝つことはできないという事である。

 

「シュタ――――!」

 

 フリーレンは唯一の勝機に縋るように彼の名前を呼ぼうとし、突如全身に重りを付けられたように地に倒れ伏すことになる。

 大雨によりぬかるみ、泥になった地面にフリーレンは半ばめり込んでしまう。そしてこの不可思議な現象は、水の魔法使い以外の全ての者に起きていた。

 

「下賤な者は頭を下げるもの。良い心がけですことよ」

(…………ああ、そうか。濡れていたら駄目だったんだ)

 

 満足げに微笑む女に、フリーレンは自省を始める。

 濡れるという事は、喉元に突き付けられた刃から目を離すようなものだ。突き付けられた時点で手遅れだが、注視していれば、勝ち目を見つけられたかもしれないのに。

 

「それでお話があるそうですけれど――――フッ」

 

 女は力の差を示すのが心底愉快なようで、遂に大声で笑いだした。

 

オーホッホッホッホッ! その体たらくでは、(わたくし)と会話する権利は得られませんことよ!」

(――――――――――ああ、ムカつく)

 

 身動きが取れない中、何とか睨みつけるが、これは相手を喜ばせるだけだろう。純粋に性格が悪い。あの笑い方するやつ久しぶりに見た。

 

 フリーレンは無為なイラつきに支配されそうだったが、何とか堪えて命乞いの文句を考える。

 

「では殺しましょうか」

 

 女はひとしきり笑い満足したのだろう。あっさりと死を宣告した。

 

 待ったは掛けられない。何せ口は未だに泥の中だ。鼻も浸かっているので、このままなら窒息死もあり得るだろう。

 

 それでも諦めはしなかった。

 そんな感情は【ノイズ】――80年前に失くしてしまった。

 

 だからそれが起こった時に、フリーレンは直ぐに行動に移すことが出来た。

 

 

 

 ――――マハトを封じる大結界が、音もなく崩れ去ったのだ。

 

 

 

「――働き者の妹は、もう仕事を終えてしまったようですわね」

 

 フリーレンはその時一瞬だけできた隙を見逃さず――――即座に逃げ出した。

 フリーレンの背を女の声が叩く。

 

「だからといって、あなた方を見逃がすつもりはありませんが――――」

 

 言葉に反し、攻撃は仕掛けてこない。

 だが魔力は膨れ上がり、今まで見せてこなかった戦闘態勢を取っている事が察せられた。

 

 不可思議なようだが、理由は分かる。

 あれほどの魔法使いが警戒する相手など、この場には()()しか存在しないのだから。

 

「先にそこの魔族――黄金郷のマハトに躾をするべきですわね」

 

 おそらくは様子見をしていたのだろう。

 今は崩れ去ってしまった結界の中から、七崩賢最後にして最強の大魔族が、緩やかに歩み出てきた。

 

 フリーレン達は背後を振り返らず、一目散に逃げ出す。

 

 

 ――――どのような結末を迎えようとも、残るのは強大な敵だけなのだから。僅かな勝機を残すため、今は敗走するしかないのだ。

 

 

 

 *

 

 

 

 結論から言えば、残ったのはマハトだった。

 

「――――最悪、では無いのでしょうね」

 

 かつては結界の管理小屋だった、小さな家屋で4人は膝を突き合わせていた。

 

 レルネンの言葉にフリーレンは深く頷く。

 明確にこちらに殺意を向ける人間よりも、魔族の方がいくらか御しやすい。

 

「それに、あの魔法使いもタダで負けた訳じゃないみたいだ」フリーレンはフェルンに顔を向ける。「フェルン、気づいてる?」

 

 フェルンは頷いた。

 

「はい、マハトの魔力が乱れているのを感じます。これはどういう事なのでしょうか?」

 

 フェルンの疑問に、フリーレンは明確な答えを返せない。どうやったらあのマハト相手に、そんな真似ができるのか想像すら出来なかったからだ。

 だが過程を想像できずとも、結果から今のマハトの状況を予想することはできた。

 

「――弱っている。未だ黄金郷から出ていないのがその証拠だ」

 

 逃げるよりも傷を癒しながら。武器である黄金が周囲にある勝手知ったる地で、迎撃をした方が良いと判断したのだろう。

 そしてかつて出逢ったマハトから想定できる現在の魔力量から、魔力も6割近くになっていると予想された。

 

「……弱ってるなら、今攻めに行った方が良いのか?」

 

 シュタルクは気の進まない様子だったが、彼の判断は正しい。

 

「そうだね、それが良い」

「でもフリーレン様。私達も全員万全とは言えません」

 

 フリーレンは毒により体力を大幅に削られていたし、フェルンも燃費の悪い回復魔法のせいで魔力は半分くらいだ。シュタルクも怪我をしているし、レルネンの魔力は現在8割程度。体力も落ちているようだ。

 

「そうだね。でも人類はそういう窮地を何度も経験してきた」

 

 そう言ってフリーレンは、鞄から緑色の液体が入った瓶を取り出した。俗に言う回復薬である。

 各々が薬を口に運ぶ中、レルネンは未開封の薬を机に置いた。

 

「マハトと戦いたいのは山々なのですが、どうやら他にやらなければならない事があるようです」

「…………小屋の外の連中の事? それなら全員で戦った方が良いと思うけど」

 

 どこから湧いてきたのか、手練れと思われる人間の部隊が小屋を囲むように展開していたのだ。所属は不明だが、マハトを確保しに来た連中であろう。

 

 レルネンは首を横に振った。

 

「ただ倒せば良いという訳でもありません。事後処理に多くの時間を割かれるでしょうし、そういうことなら、私一人で戦えば良い」

 

 場合によっては、部外者に聞かせるべきではない話をすることになるかもしれない。それに若い者には見せるべきではない戦い方も、在りうるのだ。

 

「背中はお任せください。誰一人として邪魔立てはさせませんとも」

 

 最古の一級魔法使い、現人類最高峰の魔法使いは、散歩をするような足取りで小屋の外へ出た。

 

 

 

 *

 

 

 

 黄金都市ヴァイゼは、結界が破られようとも変わらず輝き続けていた。

 都市の全てが煌びやかな黄金であり、フリーレン達を襲う刃でもある。

 

 これらはマハトが操作可能な黄金であり、そしてマハトが黄金に変えたモノだ。有利な環境を自らの魔法で作る事が出来るという点で、あの水の魔法使いと同様、フリーレン達とは次元の違う魔法使いである。

 

「まず第一に、この環境づくりに巻きまれないのが必要条件だ」

 

 マハトの魔法は感知不能で、そもそもフリーレンでは防御手段が無い。そして人類というスケールまで広げても、解除は不可能。

 ただの整地すらそれなのだ。戦いという土俵に上がる事すら、人類では許されない。だからこそマハトは最強の七崩賢なのである。

 

「そこで私の出番、というわけですね」

 

 緊張した様子でフェルンが呟いた。

 作戦通りでも、それ以外でも、フェルンの負担は大きいだろう。そして負担については、もう1人の仲間であるシュタルクも同様である。

 

「シュタルク、傷の調子は?」

「問題ねえよ。もう治った。回復薬のお陰だな」

「え、回復するのは体力だけの筈だけど。それは引く」

「引かないで!?」

 

 シュタルクは唯一の戦士だ。マハトは身体能力にも優れている。接近戦になれば彼の守りは必要不可欠だし、最も威力のある攻撃を出来るのもシュタルクだ。

 

「多分、私は今回そこまで役に立たないから、2人が頼りだよ」

 

 勿論いつものように2人に任せる訳ではない。全力で戦うが、それでも鍵を握るのは2人だろう。

 謙遜するフリーレンに、2人は笑いかけた。

 

「何言ってんだよ。フリーレンが居なきゃ、戦おうとも思わねえよ」

「私の魔法だけでは力不足ですので、頼りにしていますよ、フリーレン様」

「――――――そっか、じゃあ皆で頑張らなきゃね」

 

 煌びやかな都市を歩き続ける。魔法の産物でありながら、魔力を感じない不気味な黄金。不壊という黄金ではありえない、黄金を超えた黄金の間を抜けて――――。

 

 

 3人は足を止めた。

 黄金郷の中心で、待ち構えていた一体の魔族の前で。

 

 フリーレンが口を開く。

 

「色々考えたけど、そっちの流儀でやらせてもらう事にするよ」

 

 そして杖を掲げた。

 

「元勇者一行のフリーレン。お前たちが『葬送のフリーレン』と呼ぶ――多くの魔族を葬り去った魔法使いだ」

「その弟子フェルン。二つ名はありませんが」

「元勇者一行アイゼンの弟子シュタルク。俺も二つ名はねえな」

 

 名乗りを聞き終えたマハトは――――僅かに口角を上げた。

 

「魔王軍、七崩賢黄金郷のマハト」

 

 そしてこう続けた。

 

「少しは楽しませてくれよ?」

 

 マハトは魔法を発動する。魔法の極致たる『万物を黄金に変える魔法ディーアゴルゼ』を。

 フリーレン達にはそれを感知することは叶わないが――――

 

「フェルン!」

「はい! 呪い返しの魔法ミステイルジーラ

 

 その魔法は、ゼーリエより賜った神代の魔法。

 呪いと認識される全てを跳ね返す、原初の魔法である。

 

 呪いは現人類では対処不能――未知こそが呪いの定義である。呪いへの対処は、だからこそ人智を超えた女神の魔法の使い手である、僧侶でなければ行えない。

 それを覆す魔法。未知を未知のまま解決する、理解を放棄した――されど人類の叡智の結晶である。

 

 その効果により呪いは反射され、マハトは思わず黄金化を停止する。遅れて黄金となった防御魔法が落下し、鈍く重い金属音が響き渡った。

 

「お前の魔法は私達には感知できないけど、それが魔法である限り、魔力を通さずには発動できない」

 

 故にマハトの魔法は障害物を無視できない。まず先にその障害物を黄金に変える必要があるのだ。呪いと呼べるほどの魔法であろうとも、魔法の大原則には従わざるを得ない。

 発動に前兆がないのならば、付け加えてしまえば良い。防御魔法を簡易センサーに変える。それがフリーレンの対策の()()だった。

 

「それがどうした」

 

 マハトは笑みを浮かべた。

 

「ならば魔法を発動し続ける。その娘の魔力が持つと思うか?」

 

 魔力が半減しようとも、マハトならば丸一日は優に黄金化を放ち続けることが出来る。

 清々しい程のごり押しだが、人間相手ならば極めて有効だ。

 

「当然それも読んでいる。魔力を譲渡する魔法フォースヴェリア

 

 魔力を渡すだけのシンプルな魔法だ。これでフリーレン、フェルン2人分の魔力を使い、ミステイルジーラを発動し続けることが可能になった。

 

 マハトは怪訝な表情を浮かべた。

 

「合わせた所で俺の魔力は――――」

 

 言葉の途中で言い淀み、「まさか」と呟いた。

 

「魔力を制限しているのか?」

「どうかな。試してみる?」

 

 飄々とした態度を崩さないフリーレンに、マハトの雰囲気が変わる。張り詰めた、戦闘を思わせる空気に変移したのだ。

 

「フェルン、シュタルク。ここからが本番だよ」

 

 2人が頷くのと同時に、フリーレンは目を見開く。ここから先は一挙一動見逃せない。

 

(第一関門はクリア。()()()()()()。気合を入れなきゃね)

 

 まるでガラスが割れるように、黄金となった石畳がひび割れ、破片が宙に浮いた。呪いへの挑戦は終わり、魔法使いの戦いが始まるのだ。

 

 礫がフリーレン達に殺到する。

 現代的な攻撃方法である、質量による防御の破壊だ。しかも操るは、この世の物質の中でも一際重い、金属の王たる黄金。現代魔法使い達の頂点に、マハトは図らずも到達していた。

 

虹鋼の盾を展開する魔法シュッツシルトアイギス

 

 火薬でも炸裂したような衝撃音が響く。しかし虹鋼の盾は砕けず、黄金はフリーレン達に到達しない。

 

 黄金ほどの質量攻撃は通常の防御魔法では防げない。しかしより高度な太古の魔法ならば対抗できる。通常なら悪手だが、魔族相手ならば――

 

 

 ――虹鋼の盾が、紙を切り裂くように破壊された。

 

人を殺す魔法ゾルトラーク!? 魔族が他者の魔法を……!」

 

 魔族は己の魔法しか使わない。

 神話の時代の盾は、それを考慮して発動したものだ。

 

 だが予想を裏切り、マハトはゾルトラークを発動した。想定外で――そして脅威度が跳ね上がった。

 

「フリーレン様」

 

 フェルンが想定外の事態に指示を求める。フリーレンは一瞬の間を置き回答した。

 

「作戦に変更はない。フェルンはミステイルジーラに集中して。攻撃は私が防ぐし、シュタルクは――もうやってるか」

 

 爆音が響き渡った。シュタルクの一撃を、マハトが防いだのだ。

 とても金属同士がぶつかった音とも思えないが、戦士ならばそれくらいの威力は出せるだろう。

 

 だがマハトは容易く防ぎ、こちらに攻撃をする余裕さえ見せていた。

 

 黄金には虹鋼の盾を、ゾルトラークには一般防御魔法を合わせる。二択の使い分けを思わせるが――

 

(当然、同時に放ってくるよね)

 

 黄金の礫に交じるゾルトラークの光弾。どちらの防御魔法でも、防ぎきることはできない。

 

「何とかするけどね」

 

 ピンポイントに展開した一般防御魔法でゾルトラークだけを防ぎ、広範囲に展開した虹鋼の盾で残りの黄金を防ぎ切った。

 

「付け焼刃のゾルトラークだ。直線的で、防ぐのは難しくない」

 

 あくまでも使えるだけの魔法。ディーアゴルゼのように、極まってはいない。

 

「……」

 

 マハトは黙して次の攻撃を放った。しかしシュタルクの攻撃を防ぎきれず、肩に斧が掠る。

 

(――意識がこちらに集中し始めた。もう少しかな)

 

 布石が実を結び始める。

 初めに名乗りを上げたのも、言葉を交わし続けたのもこのためだ。

 

 

 全てはフリーレンをこそ脅威だと思わせるため。他の2人をマハトの意識から外すための策である。

 

 

 しかし意識の集中に成功するという事は、攻撃もより苛烈になるという事である。

 攻撃の密度が上がり、黄金とゾルトラークが倍増したのだ。

 

「舐めすぎ。こっちは千年以上魔法使いやってるんだ」

 

 だがそれがどうしたというのだ。

 

 フリーレンは魔族のような特別な魔法は使えないし、天才のように魔法を次の段階へ昇華させることもできない。

 だが、だからこそ、普通の魔法使いが出来ることは、誰よりも練習し続けたのだ。

 

 

 ――――普通の魔法使い、その頂点。人智の限界に、フリーレンは座している。

 

 

 ゾルトラークの全てを手の平大の防御魔法で受けきり、残る黄金を虹鋼の盾で受ける。攻撃への最適行動。絶え間ない努力によって培われたルーチンは、城壁よりも堅牢である。

 

 しかし――――

 

「――――――は?」

 

 虹鋼の盾が破壊された。ゾルトラークによって。

 フリーレンは思考を加速させ、その種を解き明かす。

 

(ゾルトラークを黄金化させた。そして盾への着弾と同時に、黄金化を解除したのか。)

 

 フリーレンは明確に己の失敗を悟った。

 油断など出来る訳がない。しかし対処出来ているという僅かな希望が、フリーレンに現状維持を選ばせた。

 

 忘れた訳ではない。肝に銘じた筈だった。

 フリーレンの守りが如何に堅牢であろうとも、相手は七崩賢最強、黄金郷のマハト。

 

 

 ――――人智を超えた魔法使い。フリーレンの先を行く者なのである。

 

 

「フェルン、マハトから目を逸らさないでね」

「フリーレン様!?」

 

 フェルンの悲痛な叫びを背に受ける。

 己の失態を、弟子に拭わせるわけにもいかない。

 

(――――でも、これはチャンスでもあるんだ)

 

 フリーレンは十分にマハトの気を引いた。もしフリーレンが倒れれば、マハトの荷はどれだけ降りるだろうか。ほんの一瞬、一呼吸にも満たないくらいの時間は、気を抜いてくれるのではないか。

 

 攻撃が目前に迫る。

 先ほどのような防御は間に合わないので、一般防御魔法を展開した。ゾルトラークが混ざっている以上、選択の余地はない。当然黄金の礫は防げないが、まあ、軽減くらいはしてくれるだろう。

 

 

 ――感じた衝撃は一度だけだった。実際には岩雪崩のような攻撃だったけど、それが同時に襲ってきたのなら、やはり一度なのだろう。

 思ったよりは防御魔法は頑張ってくれたが、オーバースペックを求めすぎた。ガラス窓を割るように破壊され、黄金がフリーレンを飲み込む。

 

 だがフリーレンとしても意地があったのだろう。黄金はフェルンまで届かず、そして――その間も彼女は師の言い付けを守り続けた。

 

一般攻撃魔法ゾルトラーク

 

 光と見紛うばかりの攻撃が放たれた。極限まで圧縮されたゾルトラークは、黄金の隙間を縫いマハトへ迫る。狙うは正中線。魔族と人類、双方の急所である心臓。

 

「ッ……」

 

 だがマハトは避けた。フェルンの攻撃前に、すでに回避行動に移っていたのだ。

 

 マハトは油断していなかった。師が倒れた瞬間から、フェルンが無意識に放ち続けていた強烈な殺気によって、油断することが出来なかったのだ。

 

 フェルンは強かったが、未熟だった。それでも――――

 

「閃天撃!!!」

 

 彼女は独りではない。互いを補い合う仲間がいる。

 フェルンの一撃は致命打には至らなかったが、戦士に隙を与えるには十分だった。

 

 シュタルクの斧は肩から食い込み肉を、骨を断ち――――そして内臓に達する前に止められた。

 

「まさか、日に二度もこの方法で防御することになるとはな」

 

 

 

 ――――マハトの体が、半ば黄金化し、斧を食い止めていた。

 

 

 

「…………浄化の炎を灯す魔法フェニルト

 

 フェルンは辛うじて息のあったフリーレンに回復魔法を発動した。早急に回復しなければ、命を落としていただろう。

 

 

 ――――だからこの魔法を覚えて、本当に良かったと思う。

 

「この努力を無駄にしないためにも、マハトを倒さないといけませんね」

 

 シュタルクはフェルンに向かって静かに微笑み頷いた。

 もはや策はない。しかしそれは諦めて良い理由にはならない。

 

「……」

 

 マハトは口を開かない。このような人間たちを、何度も倒してきた。今更聞きたいこともない。

 

 これから行われるのは飽きるほど繰り返してきた殺戮だ。しかし常のそれとは違い、マハトに油断も慢心もなかった。この2人は、それが可能なほど弱くはない。

 

 

 故に反応が遅れた。上空より現れた、膨大という言葉すら生ぬるい魔力の奔流に。

 

 

 ――それは天を割ったかのように現れた。空というガラスの天蓋を砕き、溢れ出た物が滝となってヴァイゼに降り注いだのだ。

 

 およそ人間の活動域で見られることは叶わない程の巨大な滝。泡立ち蒸気を発する滝を構成するのは、水ではなく強力な酸である。

 

 その酸の滝の上に、湯煙など目隠しにもならない存在感を放つ者が居た。

 その者は湯煙の中から、羽が地に落ちるような緩やかさで、マハト達の前に姿を現した。

 

 乳白色に近い黄色の髪、その側頭部に埋もれた二対のねじくれた角。

 その者こそ、魔王亡き今、並ぶ者無き最強の魔族。

 

 

 ――――灼海の支配者リープが、黄金郷にマハトを殺しに来た。

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