2人の男女が相対する。言葉は交わされなかった。
リープと云う魔族の少女は、魔の力たる魔力を、魔法へと整形する。
対する人間の男は剣を抜いた。両刃の、人が拵えた青銅の剣。
互いの間に満ちるのは殺意のみ。
故に、言葉は必要ない。
「――ッ!」
一瞬の出来事だった。
男はその剣と心臓を、一撃で貫かれ絶命した。
リープは力なく崩れ落ちた死体を注意深く観察し、確かに死亡を確認した後呟いた。
「なんだ、余裕じゃん」
想定よりも遥かにこの旅人は鈍く、柔かった。
知識としては知っていた。人間は心臓を貫けば死ぬ。
「よしよし」
さてそれではお楽しみタイムだ。
腕を引きちぎり、布と皮膚を裂く。血が溢れ、その後には繊維状の筋肉が顔を覗かせた。
口に運び、齧りつく。中々嚙み切れない肉を、首と腕を反対側に捻り、強引に引き裂いた。
くちゃくちゃと噛み潰し――次の瞬間には吐き出した。
「まずい」
美味しくない。気分が悪い。こんな物を飲み込む気にはなれなかった。
「死肉だから?」
肉は新鮮であればあるほど美味しい。だからこの肉はまずかったのだろう。
次は生きたまま食べよう。
死体には目もくれず、次の獲物を求め彷徨いだした。
*
弓矢使いの男を、背後から押し倒す。
「ア、が!」
右腕は砕き、首を地面に押し付けるように抑え込む。
左腕の服と皮膚を同時に引き裂いた。
「あ、ああぁああぁ!!!!」
叫び声以外は、剣の男と変わらない。同じような肉。
咀嚼する。
「チッ」
ベキリ、と。思わず腕に力が籠り、首の骨を折ってしまう。
「まずい」
吐き出した肉を踏みつける。
イライラする。何がいけなかったのだろう。
「魔法が悪い? そんな訳……」
分からない。分からないが。
「……お腹空いた」
久しく聞かなかった、腹の虫の声。
*
「もう雪の季節か」
今年の初雪を、窓越しにぼんやりと眺める。
そろそろストーブを点けるべきかと、薪を取りに向かう。
途中で足を止めた。
「必要ないか」
自分1人なら、特に必要はない。
リープが寒がるから必要なのだ。
窓の外をもう一度眺める。既に地面にはうっすらと雪が積もっていた。
空にはどこまでも分厚い雲が続いている。
……リープは、おそらく帰ってこない。
彼女が見事な手際で、冒険者を倒しているのは見た。
あれほどの成功体験をしては、ここに籠る理由も見出せなくなるだろう。
一応この家で待ってはいたが、既に3日経過してる。
(まあ、魔法のコツは掴んだから、もう俺1人でも構わないが)
目的は果たしている。
この家がダメになるまでは、魔法の修練をしていよう。
魔力を手の平に集中させる。
これを予め用意した魔法術式へと流し込む。
今から行うのは、単純な光源を生み出すだけの魔法だ。
チカ、と。一瞬だけ輝き消えた。
「う~む」
ごろりと床に倒れこむ。
魔法において重要なのは、正しい魔法へのイメージと、術式だ。
前者はともかく、後者が問題だった。
何せリープも俺も独学である。どんな魔法も自ら作らなくてはならない。そして魔法を使うよりも、難度が遥かに高いのが術式の作成である。
気を取り直すように立ち上がる。
「まあ、時間はいくらでもある。気長にやるか」
椅子に座り、ペンを片手に考える。
まずは術式構成の見直しだ。
光源なんだから、長く持続するように。光量は楽に調整できるようにしたいが――
冷たい風が、背中を叩いた。
「……リープ?」
開かれた扉の先には、魔族の少女が居た。
雪の中歩いてきたのだろう。肩や頭には、うっすらと雪が積もっていた。
表情からは感情を読み取れない。
しかし頬や鼻先は見事に赤く染まっており、寒さを感じていることだけは理解できた。
「風呂焚いとくから、それまでストーブで暖まってろよ。今点けるから」
というか部屋に入れよと、リープの手を引く。彼女は勢いのまま人形のように引き寄せられ――そしてひしと抱きついてきた。
「……」
彼女はしっかりと抱きついたまま、微動だにしない。とりあえず扉は閉めておく。
扉を閉めた衝撃で、部屋全体を照らすランプが、きいきいと音を立てて揺れ始めた。
「……」
きい、きい。
「……」
きい。
「……」
き……。
「……」
ランプの揺れが収まり、部屋全体を沈黙が支配した。
「……薪を取りに行きたいんだけど」
とりあえず意思表示をしてみる。
そのお陰か、彼女は「いらない」と、漸く口を開いた。
そして続けてこう言った。
「脱いで」
「え、食事? ……良いけどさ」
まあ、そっちのが優先というならそれでも良い。
椅子に服を掛け、振り返りつつ聞く。
「それでお嬢さん、今日はどこの部位を――」
ランプに照らされたリープは、絹のように白く滑らかな裸体を、惜しげもなく晒していた。
溶けた雪が胸の間を、へそのくぼみを通り滑り落ちる。
ポタリと床に落ち、木目に吸い込まれていった。
言葉を失った俺の元へ彼女は近づき、そしてそのまま体を預けた。
抱きしめた彼女の体はやはりというか、酷く冷え切っていた。
「あたたかい」
彼女が呟き、更に体を密着させてくる。頬を俺の胸に擦り付けるように、往復させてさえいるのだ。
これほどの事をされて、彼女はただ暖を取っているだけだ――などという、ふざけた考えはしない。
流石に魔族という、人間とは思考回路が異なる存在だとしても。そのためだけにこうはしない、筈。
「んあ」
混乱する俺をよそに、リープは僅かに体を起こし――あろうことか俺の胸に噛みついた。
不意打ちそのものである痛みに、思わず抱きしめる力が強まる。
リープは視線だけをこちらに向け一瞥すると、そのまま食事を再開させた。
一瞬だけ向けた瞳には、非難の意思は感じなかったと思う。
ただ熱を帯びていて、潤い、酷く煽情的だった。
(……どっちだ?)
最早判断がつかなかった。
なので好きにさせてもらうことにする。
食事を終えた彼女の顎を、指先で掬うように持ち上げる。
視線が交わる。相変わらずその瞳から真意は読み取れず、どこまでも透き通っていた。
血に濡れた唇に、構わず唇を重ねる。
鉄の味がした。不快な味を薄めるように唾液が分泌され、彼女のものと混ざりあう。
「あ……」
彼女の口から、言葉にもならない囁きが漏れる。
頬は朱く染まっており、抱いた体には熱が籠っているようだった。
彼女を抱きかかえる。
そのまま覆いかぶさるようにベッドへと倒れこんだ。
もう一度、口づけを交わす。
血の味はもうしなかった。
そして――――――