魔族に魔法を教えてもらおう!   作:PSコン

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42.独身貴族の終焉

「最近ドラートが本当に酷い」

 

 グラナト領定例人魔共存会議にて、そのような問題が持ち込まれた。

 ゼイゲンは面倒だという感情を隠す気もないのか、気の抜けた返事をして適当に答えた。

 

(さか)ってる、ってことか?」

「端的に言えば」

 

 領主たるグラナト伯爵が答えた。彼もこの問題を認識していたようである。というより、問題としているのは彼なのかもしれない。

 

「侍女達が迷惑しているようで、『風紀が乱れるにも程がある』『何故こんな恥知らずな真似がまかり通るのか』と、侍女長からの苦情が本当に酷くて」

「まあ、あの侍女長は誘われないだろうしな」

 

 兎にも角にも、仕事に遅れが生じているのは確かなのだろう。人間関係に不可逆の傷がつく前に対処するべきではあった。

 

「その件については私から注意したのですが」

 

 リュグナーが答えた。彼とドラートは魔族の仲間であり、そしてリュグナーが実質的な上司だった。

 彼は苦虫を嚙み潰したような顔をしていた。

 

「どうにも、私の言葉に従う気が無い様で。その場では一応言う事を聞くのですが」

 

 ゼイゲンは一つ頷いた。

 

「絞めとけば?」

「そうします」

 

 さらっとドラートに不幸が見舞われるのが確定した瞬間だった。自業自得なので、誰も異議を挟むどころか難色すら示さなかったが。

 

「まあ、でもこの件は下手人のツォーフェに責任取らせるべきだろうよ。あいつに管理させとけ」

「そうですね。それが良いでしょう」

 

 そしてドラートの受難とは関係なく処罰が決まってしまった。きっと彼には貞操帯が取り付けられるのだろう。罰が二重に掛けられることになるが、やはり彼を庇う声はなかった。

 

「それにしても」

 

 一件落着したところで、気が抜けたのかリュグナーがぼそりと呟いた。

 

「ドラートの驕りようには驚きました。性行為とは斯くも革新的なものなのですか?」

「勿論ですぞ!!!」

 

 沈黙を保っていた医者プンメルが突如として叫んだ。あまりにも唐突だったので、リュグナーは目を見開く。

 

「今までの価値観がひっくり返るような、新しい世界が開けるような……とにかくとんでもなく凄い体験なのです!」

「はあ」

 

 プンメルは熱く語るが、リュグナーはそこまでの熱意は持ち合わせていなかったようで、彼から逃げるようにゼイゲン達に話を振った。

 

「そうなのですか?」

「うーん、まあ、そうかもなあ?」

「そう、かもしれませんね」

 

 ゼイゲンとグラナト伯爵は曖昧に濁した。別に熱弁するような話題でもないのは明らかだったからだ。さりとて否定する気もなかった。その微妙な返答をプンメルは肯定と捉えたのか、我が意を得たりとばかりに唾を飛ばした。

 

「そうでしょう! 私は使用人に騙されたのが初めてですが、今はあれで良かったと思っています!」

「トラウマでそんなんなっちゃったんだな……」

 

 ゼイゲンの呟きは耳に入らなかったのか、それとも意図的に右から左に流したか、彼は「お2人は!」と檄を飛ばし身を乗り出した。

 

「どのような初体験だったのですか? 私、気になります

「それは私も気になりますね。一般的な初体験とはどういうものなのでしょう」

「ええ、マジかよぉ」

 

 まさかの援護にゼイゲンは顔をしかめた。隣のグラナト伯爵も同じ顔をしている。

 ゼイゲンは溜息をついた。まあ、別に固持するような秘密でもない。

 

「初カノと普通に」

「ほう! どこで!?」

「宿で。これ以上は答えないからな」

 

 プンメルも引き際を弁えているのか、ゼイゲンへの追及を止めグラナト伯爵へ向き直った。グラナト伯爵は唸った。

 

「儂は……秘密です」

 

 グラナト伯爵は目を逸らし、突き放すように言った。場を沈黙が支配する。だがそれも長くは続かない。

 

「おいおいおい、そりゃあないだろ伯爵」

「そうですぞ! 1人だけ清純派気取ろうなんて許しませんぞ!」

 

(清純派……?)ゼイゲンは内心で疑問符を浮かべたが、それは口に出されることは無かった。

 

「サンプルケースは多い方が良いので、ご協力お願いします伯爵」

「むぅ……」

 

 リュグナーの純粋な願いに変心した訳ではないだろう。3対1では分が悪いと悟ったのだ。グラナト伯爵は観念して言った。

 

「………………友人の、妹と」

「……」

「……」

「……」

 

 場を沈黙が支配する。だがそれも長くは続かない。

 

「おいおいおいおいおい! マジかよ伯爵!」

「やりますねぇ!」

「特殊なパターンとお見受けいたします。意外ですね」

 

 リュグナーは兎も角、ゲラゲラと笑いながら根掘り葉掘り聞こうとする2人を見れば、グラナト伯爵が答えたくなかった理由も分かるだろう。しかしどうして彼は嘘をつかなかったのだろうか。実直すぎたのかもしれない。

 

 ひとしきり質問攻めが終わったのを察したリュグナーが考え込むように言った。

 

「私もそういった経験を積むべきなのでしょうか?」

「おー、良いんじゃねえ? プンメル良い娘いる?」

「ふむ、難しいですな。夜の帝王に相談すべきかもしれません」

「病気貰ったあの?」

「はい、軟膏の必要な彼です」

 

 自称夜の帝王に相談することに決まったようだ。リュグナーは考える。自身の事は任せれば問題なさそうだ。であれば――――

 

「それではついでにリーニエも「殺すぞ」「ありえませんぞ」

 

 リュグナーは突如として変貌した2人に「え?」と思わず間の抜けた返事をした。

 一瞬思考が真っ白になったが、改めて考えても、どうしてリーニエの時はこれほど強い拒絶が返ってきたのか理解できなかった。自分に対しては肯定的だったのに。

 

 グラナト伯爵は咳払いして注目を集めた。

 

「……まあ、恐妻家の醜い嫉妬はさておき。要望が無い限り世話を焼くべきではないでしょう」

「あっても駄目だぞ」

「そうです。我々には男子の夢を守る責務がありますからな」

「はあ」

 

 もはや殺気立っている2人を思えば、これ以上この話題を続けるべきではないと、リュグナーは賢明にも判断した。

 しかしゼイゲンが「ああ、でも」と呟き続けて言った。

 

「伯爵よ、あんたは別だぞ。マジで世継ぎ作らなきゃ駄目だからな」

「そういえば、結局お見合いも断ってしまいましたね」

「むぅ……」

 

 都合の良い話題ではなかったのだろう。グラナト伯爵は難色を示した。しかし彼の望みは叶わない。

 

「で、どうすんのさ伯爵。養子でも取るのか?」

「……領地の返還を考えています」

 

 空気が張り詰める。軽い雑談の空気はどこへやら。伯爵の発言はそれほど重いものだった。

 

 よほど貧窮しているならともかく。領地経営が順調な中で返還を選ぶというのは、伯爵が責任を放棄したと見なされるだろう。その行為は伯爵本人だけでなく、彼の配下にも多大な影響を及ぼすことは間違いない。

 ゼイゲンは努めて冷静にふるまい言った。

 

「また思いつめたな」

「最善でないのは理解していますが」

 

 グラナト伯爵はやはり言葉に詰まる。

 率直に言って、グラナト伯爵にはこのゼイゲンという男が信用できなかったからだ。

 

 第一に素性が分からない。リープという魔族と共に降って湧いてきた謎の超人である。しかし目的は本人の口から述べられたし、行動もおかしな点はない。人格も少々乱暴な部分はあるが善良と言えるだろう。だから素性については目を瞑ることはできる。彼の不安要素は別にあった。

 

(これだけは……)

 

 最大の懸念点は二つ目。伯爵亡き後の領地の扱いである。彼は自ら主導するのではなく、裏から操ろうとしているのは明らかだった。自らはすぐに逃げ出せるようなポジションに自分を置いているのである。この行いだけはどうにも信用できなかった。

 ならば問題はあろうとも、国に任せてしまった方が良い結果を生むのではないかと思うのだ。

 

「何だよじっと見て」

 

 そんなグラナト伯爵の内心など知る筈もないゼイゲンは、渋い顔でグラナト伯爵を睨み返した。

 

 グラナト伯爵は視線を逸らした。やや不自然な挙動で、動揺が見て取れるようだった。

 

「ふむ」

 

 プンメルが腕を組んだ。グラナト伯爵の微妙な挙動を観察して、何か妙な確信を得たらしいのだ。したり顔で、ニタリと粘ついた笑みを浮かべていた。その気味の悪い笑みは一瞬だけだったが、目ざとく見てしまったリュグナーは密かに身を引いた。

 それはともかく。彼はあろうことか次のように言ったのである。

 

「どうやらグラナト伯爵は男色家に転向されたようですな。流石ゼイゲン殿色男」

「……」

「……」

「……」

 

 場を沈黙が支配する。だがそれも以下略。

 

「……おいおい。マジかよ」

「そういった事情であれば仕方がありませんね」

「いや待て待て。断じて違う。儂はただゼイゲン殿に息子になってもらいたくて――!」

「……」

「……」

「……」

 

 場を沈黙が

 

「まあ、良いのではないですかな。行き場のない父性を満たしても」

「それ俺じゃないと駄目?」

「特に問題はないのでは?」

「だから誤解――――うぅむ」

「そこは誤解じゃないの?」

 

 グラナト伯爵は混乱しつつも灰色の脳細胞をフル回転させた。

 考えようによっては。自身の引退後に半ば強制的にだが領地を任せることができるだろう。領民や部下の覚えも良い。後は中央の人間だが、十分に説得可能な範囲のように思えた。『ていうか後継者だろ?』と思っている者も少なくないのだ。

 つい口から出た言葉だが、良い展開のように思われた。

 

 妙な展開を察したゼイゲンは慌てた様子で言った。

 

「いやいや。俺は領地経営とか向いてないって。だから態々養子立てろって言ったわけで」

「まあまあ。そういう小難しい話は良いですから。とりあえずパパと呼んでみては?」

「てめえ……」

 

 完全に面白がっている男と成り行きを見守っている2人。少なくともゼイゲンの味方はいないようだった。

 とはいえ話が進まないと感じたのか。リュグナーが助け舟を出すように言った。

 

「それではこうしたらどうでしょう。ゼイゲン様はグラナト伯爵の息子に。そしてグラナト伯爵は結婚し子供を作ってそちらに家督を譲る。これなら両者の願いが叶う」

「特盛じゃん」

「……まあ、それなら」

「良くないよぉ?」

 

 流れが良くない。しかしまあ、元から投げ出す気はなかったので、役目を上手い事息子にスライドさせれば良いだろう。その時にはグラナト伯爵も耄碌してるだろうし。

 ゼイゲンは渋々といった様子で要求を呑んだ。

 

「分かった分かった。じゃあよろしくパパ」

「いや、いつも通り呼んで頂きたい」

「つれないですなぁ、パパぁ」

「では縁談はどうしましょうか。一応見合い用の写真が――――」

 

 

 その後、グラナト伯爵はめでたく再婚し男児を一人儲けるのだが、それはまた別の機会に。

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