魔族に魔法を教えてもらおう!   作:PSコン

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43.雪中の真実

 北側諸国シュヴェア山脈。

 厚い雪に覆われた山脈の中腹に、その里はあった。

 

 かつて世界を救った勇者が振るったとされる剣。その剣を代々護り継いできた者たちが興した辺境の里である。

 彼らは剣を破壊せんとする魔物たちから護り抜くために生涯を費やし、そして子孫へと託していったのだ。

 いずれ世界に危機が迫った時、必ずやこの剣が世界を覆う暗雲を斬り払うと信じて――――。

 

 

 ――――彼らの願いは脈々と受け継がれ、時は80年前。勇者ヒンメルが魔王を打ち倒した事により成就する。

 

 

 

 

「寒いですね……」

 

 メディカヘクセは大杖を雪に突き刺し、膝まで沈んだ足を引っこ抜いた。防水性の高いブーツも、既に中まで水浸しである。魔法でどうにかなりはするが、抜いても抜いても入ってくるのでもう諦めてしまった。

 

 メディカは振り返り、同行者に声を掛けた。

 

「大丈夫ですか? ユーベル」

「駄目かも」

 

 余裕のありそうな声が返ってきたので、メディカは引っこ抜いた足を前に進めた。

 

「何でこんな辺鄙なとこに飛ばされたんだろうね。天罰ってやつ?」

「貴女はそうかもしれませんが……」

 

 特に悪いことをした覚えがない。

 マハトを封じた結界を解除したが、あれはゼーリエの指示だしノーカンだろう。その際姉と兄を見捨てて逃げたのも悪行にはカウントされない筈だ。

 

「辺鄙な場所なのには理由がありますからね。仕方のない事です」

 

 安全性を考慮している。言い方は悪いが、実験場のようなものだ。尤も、第一実験場ともいえる街は交通の要の大都市なので、そちら方面での文句は出ていないようだが。

 

「魔族と共存する里、でしょ? 実際どうなんだろうね?」

「それを今から確かめに行くのです」

 

 ようやく雪景色の中に、銀白以外の色が覗かせた。

 

 

 

 *

 

 

 

 キーンコーンカーンコーン。鐘が鳴る。

 鐘が鳴り響く狭い一室には教壇があり、その前に二つの机が並んでいた。

 

 鐘の音と共に、二つの男女が席に着く。

 

 そして教壇に立つ――より正確に言えば背が足りないので踏台に乗ってだが――この里の長が声を張り上げて言った。

 

「じゃあ午後の講義始めますよ!」

 

「はい!」元気たっぷりに目隠しをした魔族の少女が。

「……はい」やや間を置いて片角が折れた魔族の青年が静かに答えた。

 

「午後からは先日お伝えした通り特別講師にお越し頂く予定でしたが、少し遅れているようですので、見学の人達を紹介しておこうと思います」

 

 そして合図と共に、廊下に待機していたメディカとユーベルが教室に足を踏み入れる。

 

「えー、彼女達は大陸魔法協会から遠路はるばるお越しに来て頂いたそうです。それではお2人方、簡単に自己紹介お願いします!」

 

「え」メディカは戸惑ったように呟いた。聞いてない。聞いてないが、生来の真面目さが彼女の口を動かした。

 

「あ、と。一級魔法使いのメディカヘクセ・フォン・トロイエですわ」

「どーもー。同じく一級のユーベルでーす」

 

 続いてユーベルも名乗り、それを聞いた男の魔族が面白いほど顔を歪めて「一級魔法使い」と呟いた。

 

「なになに? 私たちの事知ってる?」

「知っているも何も……」

「我々の元主を倒したのが一級魔法使いだった、らしい。我々は交戦前に逃げ出していたのだが」

 

 リープという強大な力を持つ魔族が街を支配していると聞いたためだ。首領である神技のレヴォルテの目を盗み抜け出し、配下に加わろうと旅をしていた。

 リープの実態は支配とは少し様相が異なっていたようで期待外れだったが、しかし戻ろうにもレヴォルテは討伐済み。2人で居るよりはマシだろうと接触してみれば、何か良く分からないまま『研修』とやらをこの雪里で行うことになったのである。

 

 という経緯を簡単に語ったのだが、それを聞いてユーベルは「なるほどね」と呟いた。

 

「つまり2人は愛の逃避行をしてきた訳だ」

違うが、そういう事にした方が良いのか?」

「そっちの方が私好み」

「了解。理解したかダーリン?」

「無論だハニー

「あ、頭が痛くなってきましたわ……」

 

 勿論メディカを気遣う者などいない。里長は手をパンパンと叩き、皆の注目を集めた。

 

「じゃあ見学の2人は教室の後ろに移動願います」

「何? こいつらに背中を向けるのか?」

「彼氏君さぁ、そんな度量じゃ愛想つかされちゃうよ?」

「そうだ。これも修行だと思え。背中に瞳を宿すのだ」

「目隠ししてる奴が言ってもジョークにしか聞こえん」

 

 とはいえ小言で済ます事にしたのか、それ以上文句をつけるつもりは無いようである。

 

 

 ――――というより、もはやそんな余裕も無くなったのだ。遠方から来る、膨大な魔力を感じて。メディカは知らず流れていた冷や汗を急いで拭った。

 

「…………これは、想定以上ですね」

「探知範囲とか関係ないね。ていうか速ぁ」

 

 膨大な魔力を持つ者は里に降り立ち、この部屋に近づいているようである。

 そしてドアがガラリと開けられ、迎えに行っていた里長と共にその少女は彼らの目前に現れた。

 

「はい、では本日限定の特別講師です。今更紹介も必要ないと思いますが、自己紹介お願いします」

 

 その言葉の後、二対のねじくれた角を持つ魔族が口を開いた。

 

「リープ」

 

 静けさが広がった。おそらく会話をする気が無いのだと思われる。だというのに、何故かリープはメディカに顔を向けこう言った。

 

「お前、ブレンマギアの娘だな?」

「……え、あ、はい」

 

 何故父を、とメディカは考えたが、そういえば面識があったと聞いたのを思い出した。だとしても自分は初対面の筈だが。

 しかし発言の意図を聞く前に、里長がリープの裾を摘まんで言った。

 

「リープさん、ちょっと良いですか?」

「何?」

 

 耳元で何かを囁いていたようだが、生憎内容は聞き取れなかった。リープは言った。

 

「……じゃあ、まず、何故共存が必要なんだと思う?」

(あ、入れ知恵してたんですね、あれ)

 

 だからどうという事も無いが。魔族たちが答える。

 

「魔族の存続に必要だからだ」

「補足すると、個として劣る筈の人類が魔族に対し優勢な理由を探るためだな」

(それは言わない方が良いのでは?)

 

 秘密を探り次第敵対すると言っているような物だが。得意の嘘で誤魔化せば良いのに。妙なところで律儀である。

 

 流石に呆れたのか、リープは「はあ」と溜息をついた。

 

「違うでしょ。人間に利用価値があるからだよ」

(おや?)

 

 何やら雲行きが怪しくなってきたような。

 

「日常生活を送る上で、面倒だけどやらなければならない事を人間にやらせる。そのために共存してやっているんだ」

(傲慢すぎる……!)

 

 だが魔族達からは好意的に受け取られたのか、喜色の籠ったどよめきが生まれていた。

 

「なるほど、その時間を鍛錬に充てるのか」

「共存によって生まれる不利益も、十分見合うということか……」

(良いのかなぁ)

 

 メディカの懸念を里長も共有したのだろう。再びちょいちょいと裾を摘まんで再び耳打ちした。

 

「じゃあ何か質問とかある?」

 

 どうやら話題を変えることにしたようだ。耳打ちでの誘導を特に気にかけていないのか、目隠しをした魔族が問いを投げる。

 

「以前から気になっていたのだが、何故人間を殺してはいけないんだ?」

(初歩……!)

 

 いや、でも。そういう基本的な事柄の確認は大事かもしれない。

 

「価値を生み出すかもしれないから」

 

 リープは言葉を続ける。

 

「未知には無限の可能性があり、それを見極めない内に殺すのは大きな喪失を被る事になる」

(ほぅ……)

 

 幼い見た目で、印象もそれに引っ張られていたが。存外まともな考えをしているらしい。隣のユーベルも同じ考えだったらしく「へぇ」と感嘆していた。

 魔族も同じ価値観を共有できたようで(魔族の意見なのだから当然と言えば当然だが)、「なるほど」と呟いた。

 

「つまり殺すのは価値を見極めてからにしろと」

「そうだね」

「違う」

「リスク考慮してないしね。ちゃんとシチュを整えてから殺らないと」

「違う」

 

 隣から聞こえてきた戯言を瞬時に記憶から消去し、メディカは里長に視線を向けた。ああ、彼女は外の景色を楽しんでいる。

 

(…………そういえば、この里は勇者の剣があった里でしたね)

 

 つられて視線を外へ向ける。

 

 勇者ヒンメルが魔王を打ち倒したと言われる勇者の剣。その選ばれし者にのみ抜くことを許された剣は、今は勇者と共に棺で眠っていると云う。――――役割を終えて、担い手と寄り添うように。

 

 と、このように勇者の物語はハッピーエンドを迎えたが。それはそれとして世界は続いていくわけである。魔族との共存が彼らの新しき生存戦略なのだろう。

 

 ――――それにしても。

 

「――――だから殺すなら野盗が一番なわけだ。100%正当防衛になるからね」

「つまり、我々はこの集落の警邏を担当しているが、それは『配慮』されていたという事か?」

「人を殺さないと鈍ってしまうしな、ありがたい」

「目を離すとすぅぐこれ」

 

 いつの間にか教壇に立っていたユーベルの隣に行き、パンと手を叩く。

 

「血生臭い話はお終い! 魔法使いと魔族らしく! 魔法の話をしましょう!」

「すごく充実した時間だったけど?」

 

 冗談じゃない。これ以上悪辣なライフハックを学習させてたまるものか。

 

「魔法なんてどうでも良いのです!」

 

 里長が言った。というか叫んだ。これまた何時の間にかリープと話し込んでいたようである。妙に親し気に、彼女に注目を集めるようなポーズをしていた。

 

「何とリープさんは中央諸国で有名なあのシフォンケーキを作れるそうじゃないですか!」

「どの?」

「なので! これからは調理実習の時間です!!!」

 

 手を引かれるがまま、特に抵抗をしないリープはあれ良いのだろうか。気分を害していたら大変だ。メディカはついその疑問を口にしたが、リープは無表情のまま答えた。

 

「別に良いよ。お前も居るしね」

「え? はあ、そうですか……」

 

 良くは分からないが。ご同伴に与るとしよう。リープとは折を見て魔法についての話もしてみたかったのだ。

 

 

 

 そんなメディカの些細な願いは叶う。そして彼女が受け継ぎ繋いできた物は、リープの胸をほんの少しだけ満たす事にも繋がるのだ。まだまだ本懐は遂げぬとも、既に願いは価値を示した。

 

 そして、未だ里の近くの洞窟で眠り続ける()()()勇者の剣も、未だ本懐は遂げていない。勇者の剣は未だ担い手を待ち続けている。80年前も、沈黙を保ち続けていたのである。

 

 

 ヒンメルは勇者の剣を抜くことはできなかったのだ。彼に寄りそうのは、気紛れに作り出された偽物の勇者の剣。

 ――――だがそれが何だというのだろう。

 

 ヒンメルは人々の希望だ。人類を魔王の魔の手から救い出したのだ。

 故にたとえ神が認めずとも、人々は――真実を知る里の民ですら――彼をこう呼び続ける。

 

 

 ――――勇者ヒンメルと。

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