断崖絶壁の教会、峡谷の底、湖の孤島、果ては洞窟の中にある集落。北部高原特有の集落を尋ね回ったが、女神の石碑に関する情報は無かった。当然呪いについても同様だ。
そして今は『手掛かりがあるかもしれない』という情報を基に、統一帝国時代の町の遺跡を探索していた。
「うん! ここにも無いな!」
「皇獄竜を倒してまで無駄足か……」
強力な竜を倒したのだから、どうしても期待してしまうのが人情だろう。疲れの濃いハイターとアイゼンに、ヒンメルは能天気とさえ言えるほど明るく言った。
「皇獄竜が討たれてこの地方がまた一つ平和になった。それが報酬さ」
「そうですね」
と、2人がつられるように調子を取り戻したところで、アイゼンは異変に気づく。
「フリーレンはどうした?」
「さっきミミックに齧られているのを見ましたよ」
「相変わらずだなフリーレンは」
自力で脱出できる以上必要はないのだが、ヒンメルは助けに行こうとハイターが指差す方へ足を向けた。
しかしそれらしき場所にはミミックであっただろう塵が僅かに残るばかりだったのである。
「フリーレン?」
ヒンメルは呼びかけるが、シンと静まり返るばかりで返事はない。彼は廃教会から出て、町の中を探索しながらより強く呼びかけた。
「フリーレン!」
「なに?」
ヒンメルが崩れた家に入る瞬間のことだった。壊れた玄関口から、フリーレンがひょいと顔を出して呼びかけに答えたのである。
吐いた息の分、吸い込むことすら忘れてヒンメルは息を呑んだ。ミミックからの脱出の余波だろう。フリーレンの二つに結んだ長い髪が、いつもと違い緩いウェーブを描いていたからだ。
「――――やあ、フリーレン。素敵な髪型だね」
「は? どこが?」
「そんなことより見てよ」とフリーレンはいつも通りの調子で床に空いた大穴を指差した。
随分と深く掘られている、頑丈な地下室だ。とても民家にあるとは思えない、城砦の地下室を思わせる造りだった。
「この家は確か、フリーレンがうっかり攻撃魔法を当てた家だったね」
「形ある物はいつか壊れる定めだよ」
「それは壊していい理由にはならないけど」
戦闘のさなかなので深くは責めるつもりはないが、というより地下室に入りたくて堪らなかったので、ヒンメルは小言も早々に飛び降りた。
「私が見つけたんだけど」
「おっと、ごめんよフリーレン。じゃあ探索は君から始めてくれ」
「そんなに広くないけどね」
フリーレンの言う通り地下室は民家の半分ほどの広さしかなく、迷宮が広がっている等という事は無かった。
「ヒンメル! フリーレン!」
地上からハイターの声が響いた。ヒンメルは遅れて来た2人に声を掛け、地下に降りるよう促す。
「何ですかここは?」
「それを今から調べるのさ」
「つまり何時ものですね」
情報を伝えた後、そろそろ頃合いだろうと、ヒンメルはフリーレンに声を掛けた。
「フリーレン、何か見つかったか?」
「うーん。めぼしいのは
そう言って指差すのは、ヒンメルも気になっていた、壁一面に掛けられた石板である。
石板にはびっしりと文字が敷き詰められており、読み込むにはそれなりに時間が掛かりそうだった。
「文字そのものは統一帝国時代のものですね」
「うん、写しの可能性があるから、内容が何時の物かは分からないけどね」
「写すなら紙に写すでしょうよ」
「紙はすぐ腐るし……」
「エルフの常識は人間の非常識だと考えてください」
ハイターとフリーレンが時代考証のような、そうでもないような雑談を繰り広げている間にも、ヒンメルは石板を読み進めていたのか内容について僅かに触れた。
「どうやら、神話の時代の英雄譚みたいだ」
「ふーん、どの英雄の話?」
ヒンメルは首を横に振った。
「分からない。僕が知らない英雄だ」
「おや、珍しい。そういうのは大好きでしょうに」
ハイターは興味を示したが、逆にフリーレンは興味を失ったのか、ぞんざいに呟いた。
「ただの創作でしょ。期待して損した」
「損という事はないでしょう。歴史的価値がありますよ。当時の歴史や文化を記す貴重な資料――」
そこまで説明し、ハイターはフリーレンが途方もない長寿のエルフであるという事実に思い至った。
「……まあ、生き証人である貴女には価値がないかもしれませんが。少なくとも我々には宝です」
「あっそ」
素っ気ないフリーレンから視線を移し、ハイターも石板の内容を読み込むことにした。歴史的資料という側面を抜きに、ハイターも英雄譚は嫌いじゃない。
(女神様の祝福を受けた英雄。なるほど確かにこれは神話を舞台にした物語ですね)
デアエアスの王は、ある夜夢の中で預言を授かった。
『今より十たび陽が西の地へ沈む刻、汝の血より新たなる命が生まれん。
その者、世を覆う魔の者を討つ英雄なり。心して育み、その時を待つがよい』
その預言の通り、王子は10日後の夜に産声を上げた。
(しばらくは幼年期の話ですか? 少し読み飛ばしましょうか)
――英雄は見事魔の者を討ち倒した。
されど魔の者は不滅なり。英雄不死となりて、魔の者の復活を待つ。
(…………流石に飛ばし過ぎた)
物語の締めのような部分を先に読んでしまった。石板的にはまだ中盤といったところなのだが。
ハイターは空を見上げると、日が落ち始めているのに気がついた。そろそろ宿に戻るべきだろう。
皆に呼びかけるため、周囲に視線を配った。ヒンメルとアイゼンはじっと石板を見つめている。フリーレンは、探索の続きをしているのか、本来の入口であろう階段に歩みを進めていた。
――――カチリと、フリーレンの足元から、聞きなれたくないが、迷宮で良く耳にする音が、静かに響いた。
「あ、やば」
静かな起動とは対照的に、罠はものすごく派手だった。
地下室が爆発した。
…
……
………
一行は間一髪のところで爆発から逃れることが出来た。しかし地下室と石板は跡形もなく崩壊してしまったのである。
歴史的発見は闇に葬られ、結局は皇獄竜の討伐だけが成果になったという訳だ。
「マジごめん」
「……いや、良いよ。仕方がないさ」
ヒンメルの笑顔も心なしか乾いているように見えた。彼は続きが気になる物語の続きを読むことができなくなってしまったのだから、消沈するのも無理からぬ事である。読者の皆さんはヒンメルの気持ちわかるよね?
それはさておき。
過ぎ去ってしまった事をいちいち悔やんでいても仕方がないので、一行は宿へと戻る事となった。まあ、町までは距離があるのでその日は野宿だったのだが。
星明りの中焚火を囲みながら、ハイターはふと気になったので、呟くようにヒンメルに尋ねた。
「そういえば、あの英雄は何という名前なのでしょうか?」
ハイターは最初と最後しか読めなかったので、石板に記された英雄の名前を知らなかった。ヒンメル曰く未知の英雄譚らしいが、王都の大図書館あたりなら、その英雄について記されている本があるかもしれないと淡い期待を寄せたのだ。
ヒンメルもその英雄について考えていたのか――もしくはよほど印象的だったのか――淀みなく答えた。
「ゼイゲン――――祝福の英雄ゼイゲンだ」
*
探索の旅は続く。
その旅のさなかでヒンメルが持つ剣のルーツを知るイベントがあったりもしたが、それは今回割愛しておこう。
次の探索地である廃都市には多くの魔物が生息しており、一行は苦戦を強いられながらも目的地である村長の家に辿りついた。
そして――――
「……あ、あった。女神の石碑に関する記述」
見事、目的の一つである、女神の石碑に関する手掛かりを得たのである。
そしてそれは、聖典に帰還の魔法が記されているというものだった。
だが聖典に記された女神の魔法は、物語として暗号化されたものである。聖典がこの世にもたらされてから1500年。長い時間を掛け、人々は聖典を紐解き魔法を習得していったのである。
当然その中に帰還の魔法は無く、これから長い時間を掛けて見つけていくことになる。
下手をすれば、解読をしている間に元の時代に追いついてしまうと思われる程にだ。
「待つ。それもまた一つの選択だと思うがな」
アイゼンは「長寿種の特権だ」と続けて言った。それに対しフリーレンは――――
「……私は、私の過ごした時間に戻りたいんだよ」
穏やかな笑みを浮かべるフリーレンに、ヒンメルは「君らしくないな」と笑い、続けて「とてもいい」と呟いた。
そしてヒンメルは……ヒンメル達は、フリーレンを未来へ帰すため、その生涯を使うと決めたのだ。
冒険を終えた後魔法を解読し、帰還の魔法を石碑に刻む。そしてそれを過去へ戻る前の未来のフリーレンが読むことで、過去に戻ったフリーレンが帰還の魔法を知っていた事になるという仕組みだ。
「さて、これで残す問題はあと一つだね」
「何かあったっけ…………あ、呪いか」
「自分の事なのに忘れるのか……」
一瞬緩い空気が漂い始めたが、こちらは一切の手掛かりが無かったのである。
「これも未来の我々に託すか? 呪いなら聖典の解読を進めるのが確実だろう」
アイゼンはハイターに問いかけたが、肝心のハイターは眉間に皺を寄せていた。
「この方法では難しいのか?」
「いえ、そういう訳ではないのですが……」
煮え切らないハイターにアイゼンは僅かに苛立ったが、ふと、一番この件に関心を寄せているヒンメルが口を挟まないのが気になった。
アイゼンはヒンメルを見る。彼は静かにハイターを見つめていた。
ハイターはきっと、難しい問題に1人取り組んでいたのだと、アイゼンもこの段になってようやく思い至った。
だから今は、彼の言葉を――決断を待つべきなのだろう。
「………………最早、隠し立てはできませんか」
長い沈黙の後ハイターは小さく呟き、続けて陽気に振る舞いながら言った。
「――――――――実はもう呪い解けちゃうって言ったら、怒ります?」
*
ヒンメル達の居る廃墟近くの山中に、4体の大魔族が集っていた。
血塗られし軍神リヴァーレ。
七崩賢奇跡のグラオザーム。
無名の大魔族ソリテール。
終極の聖女トート。
彼らは時空逆行してきたフリーレンから未来の情報を奪うため、グラオザームが集めた精鋭たちである。
集められた理由を聞いたリヴァーレは戦えるなら良しと。
ソリテールは興味本位からそれぞれ了承した。
そしてトートはと言うと――――
「
そして続けてこう言った。
「私って呪いの専門家じゃん?」
誰かが相槌を打つ前に、更に続けて言った。
「その私をもってしても解析不能な、時空逆行に匹敵する程の高度な呪いを感知した。そっちは興味があるな」
「……つまり、協力していただけるという事でよろしいですか?」
グラオザームの言葉に、トートは頷く。
「微力ながらね。頑張らせていただくよ」
星を呪う大魔族、終極の聖女トートは呑気に答えた。