魔族に魔法を教えてもらおう!   作:PSコン

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46.Frieren, über den Himmel (3)

「…………怒りはしないけど、説明は欲しいかな」

 

 廃屋の中、ヒンメルの眉間の皺は小さなランタンにより照らされ、より深く刻まれているように思われた。

 

【ノイズ】

 

 フリーレンは彼がハイターに対して、自分の事で怒っているのだろうとは思っていたが、何かあまり興味を持てず、空に浮かぶ星々を眺めていた。

 

 ……どこかの民族の伝承では、人は死ぬと星になるのだと云う。かつて女神様が齎した世界では死後の世界は無で、けれども現代の人々は、死後人間は天国へ行くのだと信じているねがっている

 

「まず私がフリーレンの呪いに対して、どのような応急処置を施したか説明する必要があるでしょう」

 

 長丁場になるのだろう。ハイターは座り直し、姿勢を整えた。

 

「フリーレンの呪いの影響が表れ出したのは、現代――過去に戻ってからです。これは良いですか、フリーレン?」

「うん、そうだね。正直今も呪いがあるという実感はないけどね」

 

 どんなに自分の体を精査しても、返ってくる結果は『異常なし』だ。タチの悪い冗談ではないかと、今も時々思う。

 

「この表面化は、呪いの処理能力が想定を超えたからです。これは断言できます」

「処理能力を超えた?」

 

 アイゼンが復唱する。戦士にとっては馴染みのない表現なのだろう。

 

「はい。例えば、酒を舐める程度なら酔っぱらいはしないでしょう?」

「そうだな」

「しかし浴びるほど呑めば、当然悪酔いし次の日は二日酔いです」

「そうだな気を付けろ」

 

 ハイターはだいたい二日酔いと戦っている。あんなに苦しむなら呑まなければ良いのに。まったく理解できない。

 

「多少なら平気なのは、人体が酒という毒を処理できるからです。この処理能力の許容量を超えた時、二日酔いが待っている訳ですね」

「なるほど、つまりあの時のフリーレンは二日酔いだったという訳だ」

 

 嫌な例えだ。

 

「そして私は処理能力を超えた時、溢れたモノを受け止める器を作ったのです」

「つまりゲロ用のバケツを用意したという事だな?」

「ねえその例え止めてくれない?」

 

 流石にあんまりだという自覚はあったのか、アイゼンとハイターはフリーレンに謝罪した。

 

「…………それで、その溢れたモノってのは何なんだ?」

 

 静観していたヒンメルがハイターへと尋ねた。彼は相変わらず、彼らしからぬ怖い顔を【ノイズ】

 

「それは分かりません」

 

 ハイターは臆面もなく言い切った。ヒンメルが何かを言う前に、ハイターが手を突き出し待ったを掛ける。そして言った。

 

「ですが、どんな状況で呪いが溢れるかは分かります。旅の中で、そのシチュエーションは度々訪れました」

 

 呪いの中身が分からずとも、自分の作った器に何かが注がれたタイミングだけは分かるという事だろう。魔法使いであるフリーレンには分からないし、きっと、ほとんどの僧侶も分からないだろうが。やっぱりハイターは出鱈目な僧侶だ。

 

「……………………そのシチュエーションは?」

 

 ヒンメルは随分と溜めて【ノイズ】

 

 ハイターは言った。何かを恐れるように、しかし意を決して――――。

 

 

「――――――ヒンメル、貴方です。

 ヒンメルが話した時、ヒンメルの顔を見た時――――フリーレンの呪いが溢れます」

 

 

 誰も口を開かず、身じろぎせず、隙間風さえ押し黙っていた。フリーレンも、どうしてヒンメルが呪いに関係するのか測りかねていた。だって自分の時代ではとっくにヒンメルは死んでいる。彼に関する呪いなんて何の意味もないだろうに。

 

(…………考えるだけ無駄か)

 

 術者すら不明なのだから、その意図を考えたって意味がない。しかしこれで分かった事がある。

 静寂の中、フリーレンは口を開く。

 

「つまり、未来に帰れば呪いも大した影響はないって事?」

 

 返事はない。答えるべきハイターすら口をぎゅっと結び、目を顔ごと逸らし合わせないようにしていた。

 

 そしてそんなハイターに変わるように、ヒンメルが重々しく口を開いた。伏せた顔からは、表情は伺い知れない。

 

「少なくとも、呪いが溢れることは無い。そうだなハイター?」

「……………………はい、恐らくは」

 

 フリーレンは安堵した。影響がないのならこの呪いを持ち帰って、じっくり研究してみるのも良いかもしれない。呪いとは高度な魔法だ。時間を掛ければいつかは解析できるかもしれない。それはフリーレンの得意分野だった。

 

「しかし、解けるのだろう。正体不明な以上は、解いた方が良いんじゃないか?」

 

 何故かアイゼンが焦るように早口で言った。

 

 一理ある。というかそうするべきだ。

 

(危ない危ない。凄い魔法に目が眩むところだった)

 

 よく考えたら、無害なようである日突然爆発するかもしれないのだ。ハイターが言った呪いの効果だってただの推測。ただのバグのような物だと考えるのが自然である。

 

 ――うん、やっぱり解いた方が良い。フリーレンは思った事を言った。

 

「アイゼンの言う通りだ。ちゃちゃっと解いちゃってよハイター」

 

 再びの沈黙。どういう事だ。

 

「……………………………………この期に及んで、ですね」

 

 ハイターは小さく呟き、そしてフリーレンの目を真っすぐ見つめながら言った。

 

「貴女はきっと後悔します。それでも呪いを解きますか?」

「? まあ、するかもしれないけどさ。ハイター以上の僧侶が生まれるか分かんないし、帰ってから後悔しても遅いじゃん」

「そうではなく――」

 

 何事かを言いかけたハイターを、ヒンメルが制止する。彼は決意を固めたような、力強い目を【ノイズ】

 

 ヒンメルは言った。

 

「ハイター、僕からも頼む。フリーレンの呪いを解いてくれ」

「ヒンメル、貴方は……」

 

 ハイターは言葉に詰まったかのように言い淀んだ。

 ヒンメルの瞳に宿る決意の色に息をのむ。彼はただまっすぐに、揺るぎない意思をもってこちらを見つめていた。

 

「……本気、なのですね」

 

 静かに問いかけながらも、ハイターはすでに答えを知っていた。それでも聞き返さずにはいられなかったのだ。

 

「勿論。僕は勇者だからね」

 

 迷いの欠片すら感じられない言葉に、ハイターは目を閉じた。知っていた。分かっていた。ヒンメルがどのような人間かなんて、子供の時から知っていたのだ。

 

 ヒンメルという男は、常にこうだった。真っすぐで、出鱈目で。それがどれほど無謀であっても、挑み踏破してみせた男だった。

 

「……まったく、貴方という人は」

 

 呆れとも、諦めともつかぬ息を漏らし、ハイターは小さく微笑む。

 

 ヒンメルならきっと、どうにか出来る。

 旅の中、いやそれ以前から。幾度となく思わされた彼が、今もここにいた。

 

「分かりました。私もできる限りのことをしましょう」

 

 そう言ってハイターは静かに、祈りを捧げるように――――フリーレンの呪いを解いた。

 

 

 

 変化はない。石化の呪いのような、永遠の眠りにつかせるような、外見的な変化を伴う呪いではないからだ。

 変わるのは心のありよう。感情の奔流をせき止める呪いの堰。

 

 それが今、崩れ去った。

 

「――――――――――――あ」

 

 フリーレンは、僅かに身を震わせた。

 

「う、あ――――」

 

 震えが止まらない。言葉が出ない。思考が定まらない。どうして、どうしてどうしてどうして!

 

「あ、あぁ…………!」

 

 1000年生きた。

 途方もない時間の中で、これほど喉を震わせた事があっただろうか。心が乱されたことがあっただろうか。

 

 彼女は知らない。だがその時はあったのだ。

 未知なる世界に触れ、魂から叫んだその時が。

 

「あぁあああぁああああ!!!!!」

 

 

 ――――この時、フリーレンは生涯二度目の産声を上げたに違いない。

 

 …

 ……

 ………

 

「ずっと、後悔してた」

 

 涙はもう枯れた筈なのに、どうしてこんなに目が熱いのだろう。

 枯れた喉も休めなくてはいけないのだけど、言葉は止まらなかった。

 

「どうして私は、もっと皆のことを知ろうと思わなかったんだろうって」

 

 切っ掛けは、ヒンメルが死んでしまったと、否が応でも気づかされた葬儀の日。

 心の中にぽっかりと穴が開いて、大切なモノが失われたと、失って初めて気がつかされた。

 

「だから私は、旅に出たんだ。もっと人間の事を知るために」

 

 こんな後悔はもう二度としたくなかったから、過ちを犯さぬよう、人間についてもっと知らなければならなくなったのだ。

 

()()()()()()()()()()()()と旅をして、皆との思い出の地を巡って」

 

 ――ああ、本当に平静を失っている。彼らの名前を出してはいけなかった。皆が知ることで、戻るべき未来が変わってしまうかもしれないのに。

 

「それで、旅を続けて、それで……」

 

 取り乱している事を自覚しようと、どうしても口を閉じることが出来ない。

 言ってはいけない。言葉にしてはいけない。もし言ってしまえば、取り返しのつかない事になるのだと分かっているのに。

 顔を伏せる。そんな事では負い目は消えないと分かっている。口にせず、未来に持ち帰ればそれで済むだけの話なのに。

 

 それなのに――――――

 

 

「私は、ヒンメルの事を、愛してるって、やっと理解できたんだ」

 

 

 誰かが息を呑んだ。

 それが誰かは分からない。もしかしたら息を呑んだのは自分かも知れない。

 

 何もかもが曖昧だ。まるで子供の落書きのように、世界がぐちゃぐちゃになっていくよう。

 

 そんな中で正気を保てるはずもなかった。剥き出しになった己では、取り繕うべき物すら見えない。だからフリーレンは続けて言ってしまった。

 

「いくら人間の事を知ったって、皆は、ヒンメルは――もう帰ってこないんだって」

 

 フリーレンは未来の自分すら否定した。

 旅をするべきではなかった。したところで何の意味もないのだと言ったのだ。

 

「フリーレン」

 

 ヒンメルがたまらずといった様子で声を掛けた。

 

「確かに、未来では僕たちはもういないのだろうけど、旅をしてるんだろう? 新しい仲間たちと、君らしく、気楽な旅を」

 

 新しい仲間たち――フェルン、シュタルク、ザインの顔がフリーレンの脳裏に浮かび――しかし輝く思い出に塗りつぶされる。

 彼らは大切な仲間だ。かけがえのない存在だ。それは間違いない。でも彼らが胸を焦がす事はないのだ。

 

「私ね、魂の眠る地オレオール――――天国を目指して旅をしているんだ」

 

 ポツリと、自然と言葉が漏れた。

 

「もう一度、ヒンメルと話したかった」

 

 初めはただ、アイゼンに言われたから。まあ、当てのない旅よりは、目的くらいはあった方が良いだろうと、ヒンメルの言うように気楽に始めた旅だった。しかしその願いは何時しか心の底からの願いになっていたのだろう。どういう訳か旅の途中で願いが叶ってしまったからこそ、気づくことが出来た。

 

 願いは叶ったのだと。

 

「なのにどうしてだろう。どんどん想いが強くなって……」

 

 きっと、願いは連鎖するもので、新しい願いを手繰り寄せてしまうのだろう。今は――。

 

「――――――今は、ヒンメルと一緒に居たい。それが、今の私の願い」

 

 ヒンメルの透き通る瞳を真っすぐ見つめる。今私がどんな顔をしているのかは分からない。でも彼の顔は、今にも泣き出してしまいそうだと勝手に思った。

 

 ヒンメルは静かに、抑揚のない、努めて感情を抑えたような声色で言った。

 

「……でも、君は。オレオールという場所で、もう一度……過去の僕ではなく、本来の時間の僕に会えるんだろう?」

 

 フリーレンは小さく笑った。それは嘲笑とさえ言える程の、自虐的な笑みだった。

 

「ヒンメルはさ、本当に天国なんてあると思う?」

「……天国が本当にあるかは分からない。でも、僕はあって欲しいと願っている」

 

 フリーレンは「そうだね」と、再び嘲笑を交えて答えた。

 

「死の恐怖からの逃避は、人類の普遍的な願いだ。だから多くの人が願って、天国という妄執は何時しか真実のように語られるに至った」

 

 いくら師匠(せんせい)がオレオールの実在を担保しようと、普通に考えればただの幻だ。

 天国という死者の楽園は無く、死ねばただただ無に還る。そんな神話に語られる、残酷な死後の世界の方がよっぽど真実味がある。

 

 

 ――――それでもオレオールがあるとしたら、それは正しく奇跡――女神様の祝福に他ならない。

 

 

「でも奇跡は、女神様の祝福は、私の目の前にあるんだ」

 

 そして同じ奇跡なら、既に為された物が此処にある。時間逆行という神の御業そのものが。

 

「もう一度、奇跡を願うくらいなら、今起きた奇跡に縋りたい」

 

 そして――――ああ、本当に、もうどうしようもない。想いがどこまでも溢れていく。

 だから言ってはならない最後の言葉を、フリーレンは口にした。

 

 

「――――未来なんて要らない。

 だから、ずっと一緒にいてよ、ヒンメル」

 

 

 ヒンメルは――――――

 

 

 続く。

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