物心ついた頃にはもう、孤児院が家だった。
孤児院では服とオモチャは先輩からのお下がりだった。袖や裾が微妙に合わず、誰かの名札がかすかに残るシャツを着るのが当たり前だった。オモチャも同じで、角が削れ、色褪せたものばかり。
食べ物はいつも決まっていた。朝は薄いパンとスープ、昼は簡単なおかずとご飯、夜も同じようなもの。デザートが出る日は特別だったけれど、それすらも全員が同じものを食べた。
並んだベッドはどれも同じようにきしみ、マットレスは柔らかいのか硬いのか分からない微妙な状態だった。
みんなが同じ場所で過ごし、同じ物を食べ、同じ衣服をまとった。
――――だからだろう。僕は特別になりたかった。
小さな子供が胸に秘めた願い。しかし願った所で、日々は変わらない。遊びのレパートリーに勇者ごっこが追加されたりもしたけど、それだけだ。想いは燻り秘されたまま、日常は続いていく。
ある日、僕は薬草取りに森に入り、そのまま迷子になってしまった。
長い間夜の森を彷徨って、もう二度と皆に会えないと絶望していた。
そんな悲観に暮れていた時、出会った君は『花畑を出す魔法』を見せてくれた。
その綺麗な魔法を見て――僕だけに見せてくれた魔法を見て――僕は特別な存在なのだと、心の底から思えたんだ。
僕を特別にしてくれた君。僕にとって特別な君。
そんな君が今、僕だけに縋ってくれている。涙を流し、いつもの君からは考えられない程、剥き出しの心を向けてくれる。
…………これが嬉しくない筈がない。
「フリーレン、一緒にはいられない」
――――それでも、彼女の手を取ることはできなかった。
僕は特別なんかじゃ無かったのだ。
勇者の剣は僕を認めなかった。お前は凡俗な存在なのだと突き付けた。剣は台座に収まったまま、特別な存在を待ち続けていた。
僕は偽物の勇者の剣を携えたまま、偽物の勇者として旅を続けた。
最初はただ、意固地になっていただけかもしれない。
たとえ女神様が認めずとも、魔王を倒し、本物の勇者になり、特別な存在であると知らしめてやろうと。
でもそんな考えは、激動の旅の中で吹き飛んでしまった。
ただの反骨心で戦い続けられる程、僕は強くなかった。
代わりに僕を支えてくれたのは、旅の中で出逢った人達。
町の中、遺跡の中、街道の途中で。時に共に魔物を討伐し、酒場で大喧嘩し、依頼を通して助け、病や怪我で苦しんだ時は助けられ、そして――僕を勇者と呼んでくれた人達。
彼らの想いが、気づかぬうちに僕の背を押していた。心を満たしていた。
僕やこの剣に女神様の祝福は無かったけれど、数えきれない程の希望が載っていると、気がつけた。
平凡な希望は束ねられ、僕という存在を形作る。
「僕は君の未来を守る」
それこそが、勇者ヒンメルだから。
強く、どこまでも透き通った彼の瞳を覗くと、不思議と激情が溶けていくようだった。
「…………そっか」
未練はある。消える筈がない。でも、気づいてしまったから。
「――――――――――私の愛したヒンメルは、勇者ヒンメルだったんだね」
ああ、だから。これはどうしようもないのだと、諦めがついてしまった。
ヒンメルが勇者ヒンメルであることを否定するのは、奇跡にだって出来ないのだから。
過ぎ去ってしまった時を、もう戻すことはできない。
道理を踏みにじり、共に歩むことは出来ないのだ。
でも――――
「今だけは……」
静かに彼に身を寄せる。
ヒンメルは抱き返さない。それでも、拒むことはしなかった。
「今だけは、一緒にいて」
ああ、きっと。黄金都市を作り上げたマハトも、同じ気持ちだったのだろう。
「この時が永遠に続けば良いのに……」
ヒンメルは答えなかった。
*
「おや、もう良いのですか?」
「うん、ハイター。アイゼンも、迷惑かけてごめんね」
「構わんさ」
想いを交わし、2人は旅の仲間の元に戻った。
「2人も、大切な旅の仲間だからね」
「嬉しい事を言ってくれますね、フリーレン」
信じられない程素直なフリーレンに、本当に彼女は未来から来たのだと、ようやく実感できた2人だった。
小さなランタンを中心に、4人は顔を合わせて座る。屋内だから焚火はないが、今はこの小さな火だけで十分だった。
「さて、石碑までは半日あれば到着します。今日は特別に、夜更けまで語らいましょうか」
「酒が無いのが残念ですが」とハイターは冗談めかし、「無くて良かった」とアイゼンが笑った。
「――――でも、本当に驚いたな」
くだらない話に花を咲かせて、一段落着いたところでヒンメルが言った。
「フリーレンがこんなに変わっているなんて。未来の話を聞けないのが本当に残念だ」
「そうですねぇ」
ハイターも同感だった。
80年。その未来には、流石に人間では付いていけない。
「では、オレオールで聞くというのはどうでしょう?」
ハイターの提案に、ヒンメルも「良いね」と答えた。
「土産話を楽しみにしておこう。頼んだぞ、フリーレン、アイゼン」
「……うん、任せてよ」
儚げな笑みを浮かべ、フリーレンは言った。
悲しみはまだ癒えない。それでも彼女は前を向いているように思われた。
アイゼンはならば大丈夫だろうと安堵したところで、ふとヒンメルの発言が気に掛かった。
「…………ん? 俺もか?」
アイゼンがオレオールを目指していたという話は無い。
無いが、「当たり前だろ」とヒンメルは答えた。
「感動の再会に、仲間が揃わないなんて寂しいじゃないか。アイゼンはそんな酷い事しないよな?」
「それは……うぅむ……」
アイゼンはドワーフであり、エルフ程ではないが長命だ。しかしアイゼンは既にそこそこの年齢であり、80年先というとちょっと不安があったのである。
「アイゼンは大丈夫だよ。老いたフリしてたけど普通に元気だったし」
「フリーレンお前、余計な事を……」
皆の視線が集まり、アイゼンは根負けしたとばかりに言った。
「分かった分かった。俺もオレオールに行く。それで良いだろう?」
「良し、それでこそアイゼンだ」
皆が笑い合う中、ハイターはひっそりと目を細めた。
(オレオールが、たとえホラ話であっても)
この様子ならば、それを笑い話にできるような、楽しい旅をしてくれそうだ。
(――あ、ちょっと泣きそう。いけませんね、まだそんな年ではないのですが)
涙を搔き消すくらいくだらない話が必要だ。今は湿っぽいのは良くない。
「驚いたといえば、フリーレンの告白には度肝を抜かれましたね!」
「ハイター?」
「うむ、見てるこっちが恥ずかしくなりそうだった」
「アイゼン!? 乗るのか!?」
告白された側のヒンメルが声を上げた。
確かに驚いた。そして嬉しかった。でもこれではまるで公開処刑ではないか。フリーレンも顔を伏せて耳を真っ赤にしている。可愛い!
「シリアスなシーンを茶化すのは無しだ! まったく、人としてどうかと思うよ、僕は!」
「ははは、すみませんヒンメル。どうしても言っておきたかったもので」
「すまんすまん、さっきの意趣返しだ」
まったく困った男どもだ。ヒンメルは自分の事は棚に上げてやれやれと肩をすくめた。
「ところでヒンメルはさ」
「ん?」
持ち直したフリーレンが言った。
「私の体で興奮できる?」
「こ……! フリ! え!? フリーレン!!!!????」
分からなかった。フリーレンが分からなかった。ハイターたちも絶句している。
ヒンメル達の動揺を気にも留めず、フリーレンは続けて言った。
「どうなの? すごく重要な事なんだけど」
「そ、それは! その……」
「ヒンメルならバッチリ興奮できますよ。親友の私が保証します」
「ハイター!?」
口ごもったヒンメルに代わり、ハイターが答えた。助かったけど凄く余計なお世話だった。
フリーレンは安堵したかのように、実際したのだろう。満足げに息を吐いた。
「そう、良かった。これであのカスにマウント取られないで済むよ」
「それは良かったですね。ちなみに私は豊満な女性が好みです」
「そうなんだ。良かったね、ハイター」
「!? 信じますよ、フリーレン!!!」
フェルンは豊満。
「フフ……」
「あ、みんな見てください。アイゼン君も笑ってますよ!」
「僕はちっとも楽しくないけどね」
――――ああ、なんてくだらないのだろう。
些細なことで笑い、無意味な言葉を並べ、そして気づけばまた別の話題へと移っていく。まるで泡のように、浮かんでは消えまた新しい泡が浮かぶ。
その儚くも美しい光景が、どれほど素晴らしい事か。知らぬアイゼンではない。
だから彼らと旅をして良かったと、心の底から思うのだ。
*
勇者一行は女神の石碑に向かい旅をする。
フリーレンにとっては、ヒンメル達とする最後の旅だ。
その道中。
「遠くに強大な魔力の反応……いや違、早い……!」
高速で襲撃してきた大魔族、血塗られし軍神リヴァーレの襲撃を受けた。
(…………1体じゃない。これは)
奇襲を防いだアイゼンを助けようとしたヒンメルの目前に魔法の剣が突き刺さる。潜伏している魔族が1体。そして――
「リヴァちゃんは乗り心地良くないねぇ」
「終極の聖女トート……!」
フリーレンも知るところの、大魔族がもう1体。
「ずぅ~~っと勘違いかなぁ? って思ってたんだけどさ」
過去類を見ない程の敵戦力を前にヒンメル達が警戒を強めていると、トートが世間話をするかのような調子でフリーレンに話しかけた。
「呪い、解けてるよね? フリーレンの」
どういう訳か、トートはフリーレンに呪いが掛かっていたことを認識していたらしい。
(ここに来た時に倒した魔族か? だとしたら私が未来から来たことも知っているか? なら目的は――)
フリーレンは答えなかったが、肯定と受け取ったか。トートは肩を落として溜息をついた。
「マジかぁ。あの呪い人間は解けちゃうんだ。う~わ」
酷く落ち込んでいる様子だが、これを攻める好機とはフリーレンには思えなかった。
「ちなみに解いたのは私です。ま、私は世界最高の僧侶ですからね」
「ハイター?」
突然の自慢だが、意図は読めた。
そしてそれはトートにも伝わったのだろう。
「あ~~……。しょうがないな。じゃあお兄さんは私と遊ぼうか」
「では俺はこの戦士と戦おう。異論はあるまいな?」
「ああ、それで良い」
この戦いは、フリーレンを未来に帰す戦いだ。
無事帰還を果たせばヒンメル達の勝利で、阻めば魔族達の勝ち。
故に全員で戦うのではなく、足止めこそが最善だと判断したのだ。
ヒンメルとフリーレンは走る。振り返りはしない。あの2人なら問題ないと信じているからだ。
去っていく2人の背を見送りながら、ハイターは目前の大魔族トートに話しかけた。
「さて、どうしましょうか。私はアイゼンのように派手には戦えないのですが。というか戦闘は苦手です」
「奇遇だね。私もだよ」
「でもまあ」とトートは続ける。
「女神の魔法がだいぶ脅威なのは分かったから、君は殺しておこうかな」
「呪いの事を言っているなら買い被りですよ」
呪いとは、愛の裏返しだ。
それは深く強い、激しい想いの成れの果て。
届かぬ祈りが募り、行き場をなくした執着が淀み、やがて腐り果てて変質する。愛が歪んだ果てに生まれるのが呪いである。
それは絡み合い、ほどけぬ鎖となって強烈にフリーレンを縛りつけていた。
女神様すら解くことのできない特上の呪いである。
雁字搦めになった彼女を、僧侶であるハイターでは救えなかった。ヒンメルだけでもきっと、無理だっただろう。
――――だからヒンメルとフリーレンの2人が力を合わせて、呪いに打ち勝ったのだ。
行き場のない想いに決着をつけ、未来へと一歩踏み出したのだ。
「人は呪いになんて負けませんよ。私にできるのは、ちょっと背中を押すだけですね」
「……じゃあその両手を切り落とそうかな」
僧侶と魔の聖女の戦いが、静かに始まろうとしていた。
(魔族は全部で3体?)
フリーレンは走りながら、思考を加速させる。
アイゼンとハイター。2人に対して1体ずつ。こちらにとっては良いマッチングだったが、向こうにとっても問題はないように感じられた。
となると今も潜伏を続ける
フリーレンの悪い予感は、見事的中していた。
「楽園へと導く魔法」
七崩賢、奇跡のグラオザームの魔法が発動した。
…
……
………
今日は結婚式だ。
紆余曲折あり私とヒンメルは結ばれ、今日この日を迎えた。
白いウェディングドレスを纏い、タキシードを着たヒンメルの元に向かう。参列者には今まで出会った多くの人達がいて、私たちを祝福してくれる。
まさに人生絶頂の日と言えよう。
(――――――ああ、本当に)
本当に、こうだったら良かったのに。
ヒンメルが剣を振るうような動作をした。きっと彼には敵が見えているのだろう。
(なら、私も戦わないとね)
存在しない杖を握りしめる。
この世界は虚構。ありえない理想の楽園。
その中で、ヒンメルだけが本物だった。でもそれで十分だ。
彼の目線、彼の息遣い、彼の僅かな所作に至るまで、全てが魂に刻み込まれている。
彼の向かう先に敵がいるのだから、私はそれに合わせるだけで良い。
(待ってるだけのヒロインなんて、気取るつもりはないからね)
私は勇者ヒンメルの魔法使い、フリーレンなのだから。
………
……
…
ありえない。
手ごたえはあった。確実に2人は我が魔法の術中に落ちた筈である。
ソリテールの剣が弾かれた。ヒンメルの剣が頬を掠り、間髪入れずフリーレンの魔法が迫る。
ありえない。
もう一度、胸の中で反芻した。
(どうして2人は術に嵌っていないかのように振る舞える……!?)
疑問に解が得られることは無く、終幕は速やかに訪れた。
魔剣による援護はもうない。引き際を弁えた彼女の事だから、既に敗北を悟り戦線を離脱したのだろう。
(そう、こちらの敗北だ)
完膚なきまでに打ちのめされた。
相手の強い抵抗能力により魔法が不発になることはあれど、確かな手ごたえを感じながら、意に介さない相手は初めてだった。
「これが勇者の力ですか。アウラやベーゼが破れる筈だ」
首筋に勇者の剣を当てられながらも愚痴る。
既に敵は目前。楽園は解かれ、丸腰で勇者と対峙する。
勇者。条理を超えた存在。こちらのくみ上げた理屈なぞ鼻で笑うように蹂躙する、超人のごとき存在。
「確かに僕は勇者だけど、君の魔法が効かなかった理由は、少し違う」
「…………では、何故?」
存外の望みだった。まさか答えが得られるなど。
「僕
――――本物である筈がない」
「それ……は…………!」
グラオザームの魔法は、決して叶わないと諦めた、幸せな夢でさえ実現できる。それは何人も抗えぬ安らかな微睡み。知性無き魔物でさえ、幸福の中で息絶えるのだ。
だというのに、彼らはそれを否定した。
人は、人とはそれほど強くなれるものなのだろうか。
(そんな筈はない)
ならば彼らは正しく、人を超えた超人なのだろう。
(とはいえ――)
ヒンメルの目前にいた筈のグラオザームが、まるで蜃気楼のようにぼやけ始めた。ヒンメルは咄嗟に剣を振るうが、空を斬るばかりだった。
虚空から、直接脳に届いたかのような声が響く。
「普通の幻覚なら効果はあるようだ。今日のところは引かせていただきます」
戦いの気配が遠ざかる。本当に逃げたのだろう。ヒンメルは溜息をついた。
「油断した。お喋りなんてするんじゃなかった」
「いや、幻覚を見抜けなかったのは魔法使いの落ち度だよ」
フリーレンも続けて溜息をつく。普通の幻覚だとグラオザームは言っていたが、警戒していた筈なのに見抜けなかったのだから。
「…………アイゼンたちの方の魔族も引いたみたいだ」
「…………そうみたいだね」
2人はゆるやかに、石碑へと向かっていく。
別れを惜しむように。終わりを少しでも引き伸ばすように。
だが、歩を進めていれば目的地には必ず着くものだ。
「それじゃあ、フリーレン」
ヒンメルはいつもの調子で、微笑みを携えながら言った。
フリーレンも同じように、微笑みながら答える。
「うん……あ、そうだ」
フリーレンはたった今思い出したかのように振る舞い、指輪を取り出した。
それはかつてヒンメルがフリーレンに送った、鏡蓮華の指輪。久遠の愛情を意味するその指輪を、フリーレンは震える手を必死に抑えながら、ヒンメルへと差し出す。
「これは返しておくよ」
「………………そっか」
これは決別の証だ。
未練を拭い去り、未来へと進むための儀式。
ヒンメルは微笑み、僅かに眉を下げ、振り絞るように答えて、指輪を受け取った。
フリーレンは背を向ける。きっと酷い顔をしているから、もう彼の瞳を覗き込むことはできなかったのだ。目前には女神の石碑。この石碑に触れ、魔法を唱えれば帰還は果たされる。
「フリーレン、楽園を越えて進め」
ヒンメルはフリーレンへと声を掛ける。フリーレンは振り返らない。
「凍えるような道筋は、途轍もなく過酷だろう。
でも君なら……楽園を越えて、僕たちが想像もつかないような世界に辿り着けると信じている」
フリーレンは小さく頷き、最後に言った。
「――――さようなら、ヒンメル」
「違うだろ、フリーレン」
フリーレンは思わず振り返る。
……ああ、そこには勇者ヒンメルがいた。
「またね、だ。そうだろ?」
「――――そうだった。またね、ヒンメル」
小さな希望を残し、再度石碑に向き直る。
そうだ。今はこんな別れで良い。フリーレンは石碑に触れ、魔法を唱えた。
――そうして、フリーレンは80年の時を越え、現代へと戻ってきた。
瞬きの間の――白昼夢とすら言えない大冒険を――フリーレンは終えたのだ。
感慨に浸る間もなく、何やら騒いでいるシュタルクの声が響く。
「ちょ! 何でいるんだよ師匠!」
「俺が何処に居ようと俺の勝手だろう」
フリーレンは振り返る。
「アイゼン、一緒に来る?」
「ああ、どうせ目的地は同じだ」
「マ、マジかよぉ。師匠と旅って……」
「シュタルク様も私と同じ領域に来ましたね。一緒に頑張りましょう」
「フェルンそれどういう意味?」
「言葉通りの意味だろうよ」
「……あ、アイゼンはそっち側に付くんだ。ふ~ん」
旅の仲間を1人増やし、フリーレンの旅は続く。
――――どうしようもなく、くだらない。楽しい旅を。
――――選択に迷いはない筈だった。だけれど考えてしまう。
もしも今、この瞬間、この場所で、異なる選択をしていたら、どんな未来が待っているだろうか。
無意味だと知りながら、未来の僕は虚構に浸る。時間は二度と戻らない。そんな事は理解しているのに。どうして望むようにしなかったのだと、過去の僕を責め続けるだろう。この日の事について、百万通りものシミュレーションを脳裏に展開する筈だ。
だから去り行く君を抱き留めなかったことを、僕は生涯後悔するのだろう。それでも――――。
――――――――それでも、勇者ヒンメルに一点の曇り無し。
君が愛してくれた僕は、永久に不滅なのだと、ここに誓おう。
遠い未来、凍える夜を越えて。君が見上げた空に、僕たちは居ると。
Frieren, über den Himmel 完