魔族に魔法を教えてもらおう!   作:PSコン

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48.未来の選択

 勇者ヒンメルの旅立ちより数年前。

 とある酒場にて、一つのどよめきがあった。

 

「おい、見ろ」

「どうした? ……おお」

「まさかこの目で拝めるとはな」

「夢じゃないよな?」

「うわ、やば、震えてきた……!」

「ああ、あれが――――」

 

 酒場に入ってきた、とある男を見て誰かが呟いた。

 

 

「――――南の勇者」

 

 

 

 *

 

 

 

 南の勇者と呼ばれ、そして自らそう名乗る男は自らが起こした騒めきの中、静かにウイスキーを喉に流し込んだ。

 

 

 彼が『南の』と名乗るのには理由がある。

 それは自らが場を持たせる()()であるからと自覚しているからだ。

 

 男は未来が見えた。

 それも自らが死した後、人々の選択の末に生まれた可能性世界たる平行世界の全てを。

 

 男は全知に近い存在だった。その域に達している者は、女神様を除けば愛しき仇敵である魔族、全知のシュラハトだけだろう。

 

 全ては予定調和。男は勇者として人々の希望となり、魔族はそれを挫かんと襲撃を仕掛ける。そしてシュラハトと相打ちになり、倒れる運命さえも。

 

 そこに不満はない。彼の行いは人類のためになり、結果として人類が救われるのだから、これ以上の望みもないだろう。未来を見通す彼にとって、死ですら過程でしかないのだから。

 

 だが、同時にやはり、自分の手でと――――

 

 彼はもう一度ウイスキーを喉に流し込み、焼けるような感覚を以って精神を研ぎ澄ませる。

 

 己に不備はなかった筈だ。しかし膨大な可能性を見渡すのは、人である彼にとっては困難である。故に見落としがないか、常に確認する必要があった。

 

 日常と化した瞑想による未来の選択中、奇妙な齟齬を発見した。

 

「……ううむ」

 

 思わず唸る。未来視を始めてから、度々感じていた違和感を思い出す。

 

 未来が変わっているのだ。

 最初は己の未熟さを疑ったが、説明のつかないズレがあった。

 

 例えば、一つの村が危機に瀕していた。

 突如として現れた大型の魔物が、村を壊滅させるのだ。そういった未来がある。

 

 彼は偶然その近くを通りかかり、その村を救おうと足を延ばした。

 

 だがどうだろう。確かに魔物はいた。だが、既に何者かに討伐されていたのだ。

 あらゆる未来に於いて、そのような存在は確認されなかったにも関わらずだ。

 

 己の未来視には映らない何ものかがいる。

 その存在の正体を確かめなければ、死んでもいられない。

 

 だから彼は、この村にいるのだ。

 つい先ほど、未来がズレたこの村に。

 

 カラン、と。来店を告げる鐘が鳴る。

 彼は()()()()()()()()()、されど期待していた音に感謝し、出入り口へと視線を向ける。

 

 赤毛の男だった。恰幅の良い、戦士を思わせる風貌の男だ。

 無手の男は南の勇者たる彼の隣にドサリと腰を降ろした。椅子は軋みを上げるが、何とか堪えたようだった。

 

「おっさんミードくれよ。蜂蜜もたっぷり追加してな」

「あいよ、好きだねアンタも」

 

 どうやら甘いもの好きらしい男に、悟られぬよう注意深く目を向ける。

 

 この男で間違いない。今も見えている未来が変わり続けている。

 店主がジョッキにミードを注いでいるが、それを何時落としてしまうかも分からなかった。当然だ、彼の未来では店主はミードを注がなかったのだし、今も注いだ後の事を見通せない。もしかすると、店主は突如として彼にミードをぶっかけるかもしれないと戦々恐々しているほどだ。

 

 未来が見えない。久しく感じていなかった感覚に、彼は身震いした。

 

 だが未来は存外常識的なようで、彼が想像したような恐るべき未来ではなかった。ミードは一滴も零れなかったし、赤毛の男に間違いなく手渡されたのだから。

 

「それで、俺に何か用か?」

 

 ミードを一口飲んだ後、赤毛の男は呟いた。

 

「バレていたか」

「あんまり隠す気もなかっただろ。しかし南の勇者様が俺に用があるとも思えないが……」

 

 そう言って、彼は青い瞳を彼に向ける。そして何事かを察したのか「ふぅん」と頷いた。

 

「その眼球の動き。未来視か」

「…………分かるのだね」

 

 仮に、自ら秘密を晒したところで、多くの人は未来視など信じないだろう。

 にも関わらず、眼球の動きを見ただけで当ててしまうとは、逆にこちらが疑ってしまうほどだった。

 

「前にも同じ力を持った奴に会ったことがある。そいつらとまったく同じ動きをしていたぞ」

「それはそれは。以降気を付けさせてもらおう」

 

 もっとも、気を付けたところで意味はないだろう。

 変わった未来に於いても、やはり結果に変動はなかった。

 

「合点がいった。なるほど、だから俺に会いに来たのか」

「順を追って説明をして欲しい。残念ながら、過去は見れないのだ」

 

 男は「説明するほどの事じゃないんだが」と呟いてから、要点だけを述べることにしたのか、指を一本立てた。

 

「簡単な話だ。俺は運命的にはもうとっくに死んでいる。だからお前たちの予知する未来では俺はいない筈になっているから、見えることは無いのさ」

「…………しかし、確かに生きているから、過去には刻まれるし、地続きである未来も変わってしまう、か」

「察しが良いな。お前らはどいつもこいつもそうなのか?」

 

「実は俺はよく分かっていない」と男は笑った。

 

 疑問は解けた。しかし問題が発生したのは中々に悩ましかった。

 

「……困るな。君ほどの実力者であれば、容易く世界の未来を変えられてしまう」

 

 因果とは複雑なものだ。

 仮に今人類のためであろうとも、未来では逆に人類を追い詰めてしまう行いというのが多々あるのだ。

 

 この男はかなりのやり手だ。些細な行動の末に、未来を大きく変えてしまう恐れがあった。

 

「そう心配する必要はないさ」

 

 男は彼の内心を見透かしたかのように言った。

 

「さっき俺は運命的に死んでいると言ったが、実際死んでいるようなものさ。何かをする気はない」

 

 物憂げに、吐き捨てるように男は言った。

 それは都合が良いようで――しかし勇者として、見逃すことはできない発言だった。

 

「だが君は生きている。それには理由がある筈だ」

「理由、ね」

 

 男は呟いた。

 

「確かに、俺が死ねなくなったのには、理由がある。

 いずれ蘇る災厄に、対処するよう命令されたからだ」

 

「いや、祝福だったか」と、やはり吐き捨てるように呟いた。

 

「だがもう、どうでも良くなったのさ。そんな事はな」

「……事情を全て察しているとも思えないが、君も使命に生きた者なのだな」

 

 きっと、彼も自分と同じような存在なのかも知れない。

 そう思うと、親近感のようなものが不思議と湧いた。

 

「私にその未来は見えないが、きっと君の意志を継ぐ者が――」

 

 そこで言葉を切る。これは、そう。自分の話だ。

 

 南の勇者たる彼は、勇者ヒンメルが魔王を倒すまでの繋ぎの勇者だ。

 それは既に定められた運命で、抗う気などない。

 

 これは未来を見通したが故に辿りついた境地だと思っていた。

 でも、それは違うのだ。

 

「――たとえ未来を見通せずとも、意志を継ぐ者が必ず現れる。

 だから、我々は、思うがままに生きて良いのだ」

「勇者らしからぬ事を言うじゃないか」

「まさか――」

 

 男の茶化すような物言いに、南の勇者は自信を持って答える。

 

「私のやりたいこと――信じた道こそ勇者道だよ。何も問題はない」

「――――――ハッ!」

 

 男は笑った。

 

「なんだそりゃあ。じゃあ俺の歩む道が英雄道、王道かよ」

「無論だとも。君は君の望みを叶えれば良い」

 

 男たちは、互いの門出を祝うため、グラスをぶつけ合う。

 一瞬だけ交わっただけの道。以降はきっと交わることはないだろうけど、それでも――祝福するためだけに。

 

「「我らの未来に、乾杯!」」

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『そうか、未来にズレがあったのは、それが原因か』

『その物言いからするに、君も把握していなかったようだ』

『当然だ。相手は人間だぞ? 会話を出来る筈がない』

『魔族には魔族の悩みがあるか』

 

 そこで南の勇者は未来視を閉ざす。

 これは可能性の未来。様子を見に来た全知のシュラハトとの会合だ。

 

 だがその可能性も今閉ざされた。シュラハトは来ないし、彼も会う気はなかった。

 彼とシュラハトの道は交わらない。仇敵であり、最愛の友とも言える彼とは、出逢う機会があれば一度だけだ。

 

 互いが死ぬ、その時だけの出会いなのだ。

 そして今、その時が迫ろうとしていた。

 

「さて、それでは出立の時間だ」

 

 ――――それでも、彼の歩みに迷いは無かった。




お久しぶりです、PSコンです。

今後の続きですが、『帝国編』は原作の続きを待ってから投稿したいと思います。
それまでは、特に影響がないであろう短編を思いつき次第投稿していこうと思います。
何かリクエストがあればどうぞ。応えられるかは分かりませんが。
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