魔族に魔法を教えてもらおう!   作:PSコン

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49.魔族リープの一日【全年齢版】

 グラナト城。いつもの朝。

 

 朝日が射す寝室で、1人の少女が目を覚ました。

 乳白色に近い黄色の髪。その側頭部に埋もれた二対のねじくれた角。彼女の名前は魔族リープ。かつてゼイゲンという男の肉体を食料として提供する見返りに、魔法の使い方を教えていた少女だ。

 彼女の隣には、そのゼイゲンという男が穏やかな寝息を立てながら眠っている。彼は不老不死の人間。魔法を学ぶために魔族の少女リープを保護した人間だ。

 

「リープちゃん様、お目覚めっすか」

 

 パチリと。暖炉にくべられた薪が爆ぜる。グラナト城は大陸北部に位置する寒冷地だ。メイドツォーフェの仕事は、まず暖炉に火を入れることから始まる。

 

「起きてるなら今日のご予定をお話ししてもよろしいっすか」

「ん、いいよ」

 

 ぱちくりと瞬きをし、一糸まとわぬ姿で、お湯で顔を洗いながらリープは返事をした。

 

「午前中いっぱいはお料理クラブっす。今日はマカロンすね。材料の手配は問題なく済ませてます」

「午後は」

「製薬における結晶精製についての講習ですね。資料はもうありますけど見ますか?」

「後で読む。……じゃあ今日は一日忙しいのか。ゼイゲンは?」

「俺はまだ寝てる」

「いやゼイゲン様も忙しいっすよ。起きてるんなら起きてください」

 

 観念したのか、ゼイゲンも体を起こす。彼もリープ同様一糸まとわぬ姿だった。

 

「俺の予定は?」

「さあ……?」

「知らないのかよ」

 

 しょうもないやりとりに、リープは何かしら思いついたのか、パアと笑顔を広げた。

 

「知らないなら無いのと一緒! 今日は一緒にいよ!」

「知らないならしょうがねえかあ!」

「やべ、隙与えちまった。嘘でーす。午前も午後も会議でーす」

 

 ベッドに戻りかけた2人をツォーフェは制止する。

 場合によってはツォーフェがメイド長から詰められるのだ。あのしつこい糞ババアの小言は彼女も聞きたくなかった。

 

「マジ勘弁すよ。最悪リープ様の予定は順守してほしいっす」

「じゃあゼイゲン。私のとこに来てよ」

「お料理クラブは男子禁制じゃんか。嫌だよ」

「ぶぅ~」

 

 お料理クラブの実態を誰よりも把握しているリープは、強引に進めるのは悪手と判断したのである。不満は垂れたが、それ以上の追及はしなかった。あまりしつこいのはゼイゲンの好みから外れる。

 

「じゃあご飯は一緒に食べようね」

「ああ、昼と夜は時間作るさ」

 

 そうと決まればマカロンにはたくさん愛情をこめて作ろう。お昼に持って行って、たくさん褒めて貰わないと。

 リープは愛しの彼に軽く口づけして、部屋を後にした。

 

 

 

 *

 

 

 

「リープ様おはようございます!」

「おはよう。じゃあ早速――」

 

 と、リープは言いかけたところで言葉を止めた。

 

 場所は城からほど近くに建てられた調理場だ。

 シンクの備え付けられた作業台が並び、奥には複数のオーブンとコンロが並んでいる。実習用としては贅沢で、実際何かの催しがあれば、この調理場は貸し出される事もある。

 それらが見渡せる場所にリープは立っていたが、見知らぬ人物が2名存在していることに気がついたのだ。

 

 その2人はやや緊張した面持ちで、料理クラブの面々に混ざっていた。

 

 1人は灰色の長髪と、一房の三つ編みをハーフアップにした、貴族然とした少女だ。どこか勝気な印象を漂わせている。

 もう1人は、オレンジ色のボブをツーサイドアップにしている、同じ年ごろの少女。こちらは緊張した面持ちながら、笑顔でこちらを見つめていた。

 

「リーニエ、誰?」

「その2人はオイサーストから来たらしいよ。今日から暫く滞在するんだってさ」リーニエは2人に向き直って言った。「じゃ、2人とも改めて自己紹介してよ」

 

「はい」と2人は返事をして言った。

 

「ラヴィーネでございます。父の付き添いとして参りました。本日はお招きいただき、誠にありがとうございます」

 

 と完璧な礼をしながら言った。

 それを「ほぇ~」と呑気に眺めていた相方に対し、ラヴィーネは脇腹を肘で突き催促する。

 

「え、あ……。カ、カンネです。その付き添いで来ましたよろしくお願いしましゅ」

 

 噛んだ。

 

「嚙んでやんの」

「リーニエさん!? そこは生暖かい目で見守るとこじゃないの!?」

「それはそれでどうなんだよ」

 

 騒ぐカンネについ口調を戻してしまっているラヴィーネ。咄嗟に通常営業に戻ってしまったが、ラヴィーネは気を引き締め直した。粗相があってはならないのだ。

 主にこのリープという相手に対して。そのリープはというと、特段気負った様子もなく言った。

 

「どうせうるさくなるし、楽にしていいよ」

「リープ様それ誰の事言ってるんですか?」

「お前とフェッティ」

 

「好きでやってる訳じゃないですぅ」とその少女は言い残し去っていった。

 そして他の少女――ラヴィーネ達と同じ班の少女が彼女達に話しかける。

 

「みんな適当だから適当にやっていいよ。あ、私はグルッペね」

「そうなの、ですか?」

 

 ラヴィーネは寸前で思いとどまり敬語を使ったが、余計変な感じになってしまったかもしれない。緊張しているという自覚はある。それは初めて出会う相手というのも勿論あるが、それ以上に魔法使いとしての感覚が、緊張を強いているからに他ならない。

 

(知ってたけどよ。驚くなって方が無理がある。出鱈目すぎんだろ、あれは)

 

 リープという魔族の強大過ぎる魔力にやられてしまっているのだ。

 

「気持ちはわかる。ぶるっちゃうよね」

 

 そんなラヴィーネの気持ちを代弁したのは、まさかの魔族リーニエである。いや、魔族だからこそ、なのかもしれない。口調はこんなんだが、彼女なりに思う所があるのかもしれない。聞くところによると、魔族は魔力の多い相手に対して服従するのだと言うし。……この呑気にメレンゲを泡立てている姿が服従してる態度か?

 

(じゃあやっぱ違げーか)

「そんな事よりさあ」

 

 カンネが言った。

 

「メレンゲ作るの手伝ってよ。ラヴィーネお嬢様は力仕事はお苦手でございますでしょうか? まあお嬢様だもんね、無理かー」

「……」

 

 こいつ引っぱたいてやろうかと思ったのは一度や二度ではないが、今日のところはぐっと抑えることにした。今だけはお行儀よくしようと決めていたのだ。

 

「てめぇっ……!!!」

 

 抑えた筈の怒声が調理場に響く。しかしこれは先ほどリープに話しかけていた少女の声だとすぐに気がついた。

 

「生地がでっけえよ! 相変わらず雑な女だな!」

「あ゛あ゛!? こんくらい許容範囲だろうが!」

 

 極めて粗野な言い争いだが、誰も止めようとはしない。隣でグルッペが「またあ?」と呟いただけだ。

 

「それが雑って言ってんの! 焼き加減変わるわ!」

「変わるか!」

「変わる!」

 

 不毛な言い争いだった。

 流石に止めるべきだと少女達は思ったか――いや、違う。騒音が迷惑だと感じているだけだ、あの顔は――とにかく、少女達の視線がリープに注がれていく。

 

 リープはため息をついた。

 

殺し合え。私の邪魔をするな」

「え?」

「よっし! お許しが出たぞ。表出ろやブス」

「え……」

「おーおー。豚っ鼻さらに広げてやるよ」

「えぇ……?」

 

 どういう事だとラヴィーネが指をさしながらグルッペに視線を向けると、彼女は「流石に不味そうだねえ」と危機感を感じさせない口調で言った。

 

「誰か男の人呼んできてよ」

「無理だよグルッペ。誰も来たがらないって。日頃の行いだね」

「じゃあチーフに「いいぞ! 血を見せろ!」駄目そう」

「チーフ野生目覚めちゃってんじゃん」

「じゃあツォーフェで良いか。あのメイドどこ行った?」

「ドラート捕まえに行ったんじゃね?」

「あーあー! 聞きたくない聞きたくない!」

 

 カオスな状況だった。

 ラヴィーネが呆然と立ち尽くしていると、カンネが話しかけてきた。

 

「あのさあ、少しは手を動かしなよラヴィーネ。やる気ないなら帰れ

「……」

 

 ラヴィーネはにっこりと笑った。分からないことだらけだが、一つだけ分かった事がある。

 

 どうやら、我慢する必要はなさそうだ。

 

 

 

 *

 

 

 

 リープは問題ごと全部無視して作った魔のマカロンを手に、上機嫌でゼイゲンの胸に飛び込んだ。

 

「た、だ、い、まぁ~」

「おかえり、良い匂いのお嬢さん」

 

 ゼイゲンは腕を広げて彼女を受け止めた。リープの髪と、彼女の手にした箱から、ほのかなアーモンドの香りと、甘く濃密な匂いが立ちのぼる。

 

「早速食べても?」

「ご飯の後にね」

「了解、ママ」

 

 肩をすくめて食卓に着く。

 

 テーブルの上には温かなポタージュが湯気を立てている。傍に添えられた白パンは、ほのかに焼き色が付けられ、小麦の香りが広がっていた。香草とともに蒸されたタラの包み焼きが、白ワインの香りをほのかに残して皿に載っていた。

 冷やされた葡萄が銀の皿に盛られ、陽の光を受けてきらきらと光っている。

 

 そしてデザートはリープのマカロンだ。

 ピンク、ミントグリーン、ラベンダー、そして鮮やかなオレンジ。色とりどりのマカロンが並んでいる。まるで丸い宝石のようだ。

 

 ひと口食べると、甘い香りが広がった。クッキーのサクサクした食感とクリームが口の中でとろけ、さらにそれぞれの色が味に深みを加えている。ピンクはストロベリー、グリーンはピスタチオ、ラベンダーはほのかに甘いラベンダーの香り。

 

「流石、美味しいな」

「ふふん」

 

 リープが胸を張って答える。今まで食べたマカロンの中で一番美味しかったのだから、その自信は正当なものだ。

 

「当然だよな。俺のリープが最高だなんて」

「オレ……ふ、ふふん」

 

 リープは再度胸を張った。頬は赤らみ、目尻はヒクヒクと震えている。声も上ずっているようだ。

 なるほどこういうのも好きなのか。新たな発見だった。

 

「ご褒美――は時間ないか。また夜にな」

「うぅん、……待ってるね」

 

 不満はあるようだが、素直に従う事にしたようだ。

 聞き分けの良いリープの額に口づけをして、部屋を後にした。

 

 

 

 そうして、リープはその後講義を流しつつ、夜にしっぱり楽しむのだが、ここでは記載できないので幕を閉じる。

 

 兎にも角にも。

 これが今の2人の日常なのである。2人きりではいられないけれど、それなりに楽しく日々を過ごしている。そうして少しずつ親しみを深め、やがて訪れる別れの日に、ふと何かを得ていたことに気づくのだ。

 

 日々は繰り返され、けれど確かに、前へと進んでいく。

 

『今日もいつも通りの一日だった』

 

 そう言って、一日を終えるのである。

 

 では、また別の日に会いましょう。

 

 おわり。

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