魔族に魔法を教えてもらおう!   作:PSコン

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5.初めての贈り物は贈れずに

「ねえ、わかる? 好きな人と食べると、食べ物がちょっとだけ魔法にかかったみたいになるの。あの味、この香り、全部が。もっともっと素晴らしく感じるの!」

 

 以前、こんなセリフを本で読んだ。

 

 ゼイゲンという男と、それ以外の人間との違いは、きっとそれだ。

 

 ゼイゲンは美味しくて、他は不味い。

 だからゼイゲンは、私の『好きな人』というやつだ。

 

 

 

 *

 

 

 

 朝日が窓から差し込んだ。網膜を貫く刺激が起床を促す。

 

「ん……」

 

 光から逃げるように寝返りを打つと、彼の裸体が目に入った。

 

 私達は好きな人同士――恋人が行うという儀式を終え、そのまま眠りに着いていたのである。

 

 規則正しい寝息に合わせ、胸が上下している。手を当ててみたら、鼓動の震えを感じ取れた。

 一度手を離し、彼がそうしたように胸に舌を這わせてみる。

 

「んふ……」

 

 まだ眠気が残っている。

 目を閉じると、微睡みの中へ落ちていった。

 

 

 

 *

 

 

 

 ()()からというもの。

 リープは他の人間について口にすることは無くなった。

 

 その代わりという訳でも無いだろうが、半年に一度の、人里への買い出しに着いてくるようになった。

 

 

「薬草と、竜鱗は売れるかな」

 

 価値のありそうな物を手あたり次第にバッグへ詰めていく。ああ、それと。

 

「貨幣も復活したんだったな、そういえば」

 

 色々あって貨幣経済は崩壊していたが、最近は辺鄙な里にも流通し始めたのである。

 油断すると使えなくなってそうだが、やはり便利である。積極的に集めていこう。

 

「……昔のやつはどこに置いてあったかな」

 

 ……思い出せないので忘れよう。どうせ役に立たないし。

 

「よし」

 

 大量に詰めたバッグは異様に膨らんでいるが、破れる様子はない。"いくら物を詰めても破れない魔法"を、試行錯誤の末に完成させたのである。やはり魔法は便利だ。

 

「リープ」

 

 返事はない。そして姿も見せない。

 

「リープ、まだか?」

 

 寝室の扉を開ける。

 彼女は姿見の前に居た。

 

 簡素な布を纏った、人間の服装を纏っている。

 人の里へ行くのだから当然だ。

 

 彼女は何が気に食わないのか、頭に巻いた布を解き、再度巻き直していた。

 

(これは時間が掛かりそうだな……)

 

 2人で行く時は、のんびり歩きながら向かうので数日掛かる。

 角隠しの変装用なので頭のそれは今巻く必要は薄いし、巻いても夜には外す。

 だのにこうして毎度毎度拘るのである。

 

(お気に召した帽子が見つかると良いんだけどな。気難しいしな)

 

 人間のセンスが彼女に追いつくには、数千年は掛かるに違いない。

 

 椅子を引いて彼女の後ろに座った。

 相変わらず巻いた布をまた外していたが、機嫌が悪いわけではないようだ。最近ようやく理解できるようになった、気がする。

 

「ねえ」

 

 彼女が振り返り、意見を求めるように呼んだ。惚れ惚れするような、朗らかな笑顔である。

 ――答えを間違えるなよ、俺。

 

「ああ、良く似合ってるよ」

 

 

 

 

延 長 戦 開 始

 

 

 

 *

 

 

 

 不揃いの石を積み上げ、隙間を粘土で埋めた家。そういった建物が雑多に立ち並ぶ。昼時は過ぎているため、突き出た煙突から出ている煙は少ない。

 

 家の感覚が広い場所は寄り合い所のようになっており、今は多くの人で賑わっていた。どうやら行商が来ているようである。中々タイミングを合わせづらいので、運が良かった。

 

「何か欲しい物あるか?」

 

 必要な物の売買を済ませ、リープに問いかける。竜鱗は旅人が高値で買い取ってくれたので、懐にはかなりの余裕ができた。

 

「ん~~~……」

 

 リープは行商人が広げた物品の前でしゃがみ、唸り始めた。また時間が掛かりそうなので、俺も後ろで商品を見る。

 

 この行商人は日用品の類は扱っていないようだ。エルフ細工の飾りや、ドワーフ製のカトラリー等。中々お目に掛かれない高級品を扱っているようである。

 

(こんなもん抱えて旅してるなんて、よほど腕っぷしに自信があると見える)

 

 行商の男は背こそ高いがドワーフに見える。年は160ほどだろうか。商売人にあるまじき無口ぶりである。ドワーフ特有の伸びた髭は微動だにしていなかった。

 

 リープも唸るのを止め、じっと微動だにせず眺め続けている。

 

「……」

(……なげえな

 

 リープはもう少し、多分もう少しだけ時間が掛かりそうである。

 行商人を盗み見る。特に気にしていないようだ。良かった。

 

(……)

 

 だが少し経ってから、視線を感じ始めた。行商人の視線だ。やっぱり迷惑だっただろうか。

 謝意を示そうと顔を向けると、当然向こうもこちらを見ているのだから目と目が合う。

 

 目を見れば何を考えているかは大体読み取れる。例外は魔族の女くらい。いやエルフの女も怪しいかも。

 

 それはともかく。

 この男から感じたのは……憐憫か?

 

(何でだ……あ)

 

 ふと視線を落とすと。

 リープの頭に巻いていた布が、緩んでいて、隙間から、ちらりと角が。

 

「やべ」

ぁ! や! 触んな! ~~~~~~!!!!?

 

 咄嗟に隠す。暴れるので覆いかぶさるように隠す。リープも口ほど本気で暴れる気はないようで、ほどなく沈静化した。

 

 既に日は傾き、人影もまばら。行商人の前には誰もいなかったのは幸いだ。

 

 しかしまあ。

 

「――――――見た?」

 

 目の前のドワーフは、見ちゃっただろうなあ。

 

 ドワーフはこちらの狼狽など意に介さないと言わんばかりに、のろのろと髭を動かし言った。

 

「買うのか。買わないのか」

 

 ……多分、解けた変装を見なかったことにしてくれたのだと思う。

 

「あれ欲しい」

 

 疑惑の本人は本当に興味がないのだろう。頭は固定しているので指だけを指して、当初の目的を口にした。

 

 指の先にあるのは手のひらサイズほどの、円形の容器か。

 

 ドワーフは無骨な指でその容器を開く。

 中身は絵具だろうか。ペースト状の赤色の物体。

 

「口紅だ。使い方は分かるな?」

 

 ドワーフは明らかにリープへと問いかけ、そしてリープは強引に頭を縦に動かした。

 それを受け、ドワーフはリープに口紅を手渡した。

 

「今日はもう店仕舞いだ。帰りなさい」

 

 商売を終えた行商人は、そう言ってひょいひょいと商品を仕舞い込んでいく。

 

 

 

 腕の下から突き上げるような衝撃。

 

「帰るでしょ?」

 

 リープが言った。

 

「あ、ああ。そうだな」

 

 店主はまだ商品を仕舞い込んでいる最中だ。これから彼はこの村に宿を借りるのだろうが、俺たちはこのまま帰宅し、道中は野宿になる。本当なら俺たちも宿を借りたいが、流石にリスキーである。さっきの件もあるし、あまりリープを1人で人に近づけるべきじゃない。

 

(このドワーフ、何であんな視線を。それにリープは何で口紅なんて)

 

 色々と気になることはある。だがリープの前で視線の意味を聞くのは躊躇われたし(これはただの勘だが、良くないと思ったのだ)、口紅についても、これまた何となくリープには聞きづらかった。店主は何か知っていそうだったが……。

 

(リープには先に帰って貰って……。いや1人にするべきじゃないって)

 

 これはもう本当にしょうがない。

 この場は諦めて、次の機会、その時に改めて確認することにしよう。

 

 そう結論し帰路に着いた。

 

 最も、このドワーフとはもう会うことは無かったのだが。

 

 

 

 *

 

 

 

 寝室の扉を閉じる。ゼイゲンの気配は外。おそらく薪を集めている。ここに来る可能性は低い。

 

 それを確認した後、椅子に浅く腰掛け、容器の蓋を開いた。練り込まれたバラの香りが部屋全体に広がっていく。

 軟膏のような口紅を指で掬い、唇に沿わせて塗っていく。軽く一周した後、口を軽く閉じ余剰分を落とした。

 そして姿見に自分を映す。

 

 

 ――不自然な発色だ。人間はこういうのが良いのだろうか。()()に近いと思うが。

 

(とりあえず聞いてみよ)

 

 ゼイゲンのために付けたのである。直接聞いてみるのが一番であろう。ドアノブに手を掛けた。

 

「……」

 

 しかしふと嫌な考えが頭をよぎった。

 もし、もしもだ。こっちの方が良いと言われたらどうしよう。

 頭に趣味の悪いボロ布を巻いていた時のことを思い出す。

 

『ああ、良く似合ってるよ』

 

 ()()の方が良いって言った!!!

 

「チ……」

 

 ()の為に出来ることはしたいと思う。

 でもそれは私を覆い隠してまでやることではない。

 

 何故なら、私が、彼と、恋人関係を構築するためにやるからである。

 

 乱雑に口紅を拭い、容器を引き出しの奥に投げ込んだ。

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