魔族に魔法を教えてもらおう!   作:PSコン

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6.嫌いも好きになろう

 魔法の開発は難航していたが、最近ようやく"布に付いた血を取り除く魔法"の開発に成功した。

 お陰で洗濯が楽になったし、血の匂いが充満するベッドで眠らずに済むようになった(癖なのか噛みつかれることが多いのだ)。

 

 血以外は取れないので、洗濯はやっぱり必要なのだけど。

 どうせならもっと範囲の広い魔法を作るべきだったと、干したシーツを眺めながら考えていた。

 

 とはいえ魔法は生活を大いに便利にした。

 俺たちの生活は一変したと言っていい。

 

「ねえ」

 

 裾を引かれる。一変したといえば。

 

「ちゅ~~~♡」

 

 目を閉じて、唇を尖らせ突き出しているリープが居た。端的に言えばキス待ちである。

 

 彼女の変化は信じ難かった。

 こうなったのは10年前の事である。――そう、10年こんな調子なのである。困らないがちょっと疲れる。確かに楽しい。でも……。

 

(……何で俺はこんな事で悩んでるんだろうな)

 

 それは兎も角10年前。あれは珍しく暑い夏の日だった――

 

 

 ………

 ……

 …

 

 

「あっつい」

「そうだな」

 

 家の中は暑いので、軒先に椅子を持ち出して座っていた。

 

 地下室でも作って冬の間に雪でも保存しておくか?

 いやレアケースのためにそこまでしなくていいか……。

 

「ねえ」

 

 魔族も汗をかくらしい。不快だと服を脱ぎ捨て、恥部すら惜しげもなく晒している。井戸水を浴びたばかりなので肌は照らつき、日の光を反射して輝いて見えた。

 

「腕出してよ」

 

 言われるがままに差し出す。

 リープは齧り付いたが、けだるげな顔が直ぐにしかめっ面に変わった。

 

「ぬるい。冷やしてきて」

「無茶言うなよなあ」

 

 いや切り離しておけば可能か。でも彼女は生餌以外は口にしない困ったちゃんなので、無理だなと考えを改める。

 

「川にでも行くか」

 

 そこなら流石に涼しいだろうと提案してみる。

 彼女は「あ~~~」と唸り、上体を反らしながら考えている様子。

 

 ようやく腹が決まったのか、背を起こして言った。

 

「じゃあ連れてって」

「暑いんじゃなかったのかよ」

 

 案の定、暑いと苦情を述べる彼女を運ぶ羽目になった。

 

 

 

 *

 

 

 

 川を掘り起こして小さなプールを作った。

 作った直後は土で濁っていたが、すぐに透明な水に変わった。

 

 頭まで潜ったリープが水の中で揺蕩っている。空気の泡がぷくぷくと浮いては水面で消えた。

 

 人とは思えない均整の取れた肉体を持つ少女。流れのない水の中で、膝を抱えるように丸まっている姿は、まるで水晶に閉じ込められた妖精のように錯覚させられた。

 

 彼女と目が合う。魔性をたたえた瞳がこちらを射貫く。

 リープは浮かび上がり、こちらの腕を掴んで言った。

 

「ねえ、一緒に入ろう?」

 

 言われるがまま、引かれるままに水中に引きずり込まれる。

 

 セイレーンは歌声で人を水中に誘うが、言葉で誘いこむ魔族は彼女らの親戚かもしれない。

 どちらにせよ、不死の身では溺死も無縁ではあるが。

 

「――――」

 

 彼女が水中で何事かを言った。しかし言葉にはならず、泡となって消える。

 

 彼女の背を撫でる。水中故か、いつも以上に滑らかに感じた。

 なんだか楽しくて、背から臀部にかけてを何度も擦るように撫であげる。

 

 顔を寄せてきた彼女に口づけし、余っていた空気を送る。

 しかし大半の空気は溢れ、水の中へと散ってしまった。

 

 やはり足りず空気を求めてリープは水面へと顔を上げた。

 そうすると胸が真正面に来る。目の前で胸が、呼吸と共に上下する。ツンと立った乳首が揺れていた。軽く噛むと、少女の全身がピクリと揺れた。

 

 胸が降下し今度はリープの顔が目前に来た。

 頬を膨らませて怒りを表現している様子。そしてゆったりと頭突きをしてきた。

 

 随分と記号的な感情表現だから、本気で怒っている訳ではないだろう。その証拠に頭突きを終えた彼女は悪戯気な微笑みを浮かべていた。

 彼女は更に潜っていく。

 

 思えば随分と感情表現が上手くなったものである。

 俺も聞かれれば答えるが、真っ当に教えたことはないので、大部分は本や芝居から仕入れた知識だろう。

 その影響か意図の読みやすい表現が増えたと思う。

 

 しかしそれは彼女が伝えたい感情であって、本音ではない。

 隠した本音がお互いの関係に溝を深めることがよくある。それが心配だ。

 既に数百年も付き合ってる相手との心配事としては、笑われてしまうような話かもしれないが。

 

(くだらない)

 

 リープが浮上してきて、唇を突き出した。

 もう一度空気を送ろうとしたが逆に――

 

「――――ブハ!!! ぺっぺっ!」

 

 急いで水上に顔を出し、送られてきた物を吐き出した。

 

「うえぇ、少し飲んじゃった」

 

 リープも顔を出す。

 

「私それ嫌いだから、あげる」

「いらんわ! あー、気持ちわる」

 

 たまにある非常識な行為はどうにかならないものだろうか。

 水に浮かぶ白いあれ(~〇)を掬いあげ、森の中へと投げる。

 

「あれは捨てていいやつだから」

「そうなの? 人間には美味しいらしいけど」

「いや……」

 

 何故か言葉に詰まった。そんな訳ないと思うのだが、本当に美味しいと思う人もいるのだろうか。

 

「一般的には、好かれる味じゃないと思う」

「一般的には?」

「……ううん」

 

 リープはずいと顔を近づけてきた。

 さてなんて答えよう。

 

(味については掘り下げがち)

 

「普通は不味いんだけど、不味いのを美味しいと感じる人もいるというか」

「どうやったら美味しくなる?」

「いや、だからそれは個人差で――」

「知ってるよ。でも味覚って変わることあるんだよね?」

「何でそんな事は詳しいんだよ……」

 

 そして何で拘るんだよ……。

 

「ねえ。何があったら変わる?」

 

 更に顔を近づけてくる。鼻の先がくっつきそうだ。

 

「……愛、とか?」

 

 圧に押されてつい適当な事を言ってしまった。

 

「愛、愛かあ……」

 

 しかし納得して頂けたのか、彼女は得心がいったかのように呟いた。そしてのけぞり倒れる。水飛沫が派手に舞い、彼女はぼんやりと水面に浮かんでいた。

 

 しばらく呆けていたと思ったら、勢いよく起き上がり再度近づいてきた。

 

「どうしたら愛って手に入るの?」

「難問だな……」

 

 古今東西問われ続けてきた問題である。

 生涯手に入らない者もいれば、あっさりと手にしてしまう者もいる。

 そして俺はどちらかというと前者である。

 

 リープを抱き寄せる。

 

「俺も分からない」

「なら――」

「探していこう。こうしていれば、いつか見つかるさ」

「……」

 

 リープの顔から表情が消えた。しかしすぐに――まさしく仮面をかぶったように、笑顔へと豹変した。

 

「うん!」

 

 満面の笑みは、虚偽の証でしかない。

 

 それでもこの場はこれで良しとした。

 たとえ過ちでも、愛への向き合い方としては、間違っていない筈だからである。

 

 

 …

 ……

 ………

 

 

 ――そう10年前は思っていたのだが。

 

『愛を手に入れるためには、もっと親密になるべきでは?』なんて適当なことを言うべきじゃなかったし、その参考資料もちょっと間違えたなって。

 

「ちゅ~~~♡」

 

 本日6回目のキスをしながら、今後の方針について考え始めた。

 

 

 

 *

 

 

 

 キスは好きだ。

 ただ唇を重ねるだけでも嬉しいし、唾液は蜜のように甘く感じる。

 

 あくまでも甘く感じるだけで、実際にはそうでないことは知っている。

 これこそが恋人という関係性が生み出した甘味であり、より深く私が追い求めている物である。

 

「うぇえええ……」

「無理するなよ……」

 

 口に含んだ精液を吐き出す。彼は笑いながら助言するが、そうもいかない。

 私は彼の全てを味わいたいのだ。そのための努力は惜しまないし、挑戦は続けるつもりである。

 

「そろそろいけると思ったんだけど」

 

 口を水でゆすぎながら考える。こんなに愛してるのに、まだ足りないのだろうか。

 

「なあ」

 

 彼は私の腰に手を回し、膝の上に抱きかかえた。

 眉間には僅かにシワが寄り、口角も少し上がっていた。

 

(笑ってる? 困ってるのかな?)

「この際挑戦は止めないけどさ、やり方を変えてみても良いんじゃないか?」

「むう~……」

 

 確かに結果が振るわないのであれば、変えるべきだ。

 だけどそれを判断するには時期尚早だと思う。

 

「ん~……」

「まあ、無理にとは言わないけど」

 

 私の頭を撫でる彼を、気取られないよう観察する。

 

 眉間のしわはより一層深くなったように思える。

 困っているのだろうか。だとしたらそれは私の本意ではない。

 

 前提として、彼と友好関係を結び続ける必要がある。そもそも彼が止めるのなら、それは間違った方法なのだろう。いい加減なきらいはあるが、間違いない。

 

「分かった、辞める」

 

 彼の脇腹に手を添える。筋肉質な体は、私の体とは大きくかけ離れている。

 へそへ手を這わせていく。くぼみから少し上へと向かえば、何時のものか分からない古傷があった。私の知らない傷。

 

()へ行ってみるか」

 

 彼がそう提案した。

 人間はよく発展しているようで。まばらな拠点は規模を拡大してきたし、雑な衣服に意匠を取り入れ始めた者も居る。

 しかし同時に他者への目が厳しくなったようで、私達は奇異の目で見られることも増え始めた。エルフやドワーフもそれを嫌い、どこかへ行ってしまったようである。魔族の活動が原因と言われているが、因果関係が分からない。

 

「ゼイゲンが行くなら、行く」

「良し」

 

 彼は私を降ろし、「じゃあさっそく行くか。服着たらな」と言った。

 

 

 

 そして私達は町へと行った。

 

 人間の視線は不快だ。雑踏から溢れる声も好きじゃない。

 

 甲高い鳴き声が雑音の中に響き渡った。

 流石の人間たちも、それを無視することは出来なかったのか、一時視線がそちらに割かれる。私もそれを見る。

 

 それは人間の赤子だった。

 母親に抱かれあやされている。徐々に落ち着き始め、声も小さくなった。次第に人々の視線も外れていく。私も同様に逸らした。

 

(子供か……)

 

 私達は雑踏を歩き続けた。

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