魔族に魔法を教えてもらおう!   作:PSコン

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7.心を重ねて

 鍋の中ではタマネギやニンジン、鹿肉がコトコトと煮立っている。浮き出た灰汁を取り除くと、透き通った琥珀色のスープが顔を覗かせた。

 リープはスプーンで少しだけ掬い口に含む。

 

「ん~~~」

 

 ちょっと味が薄い。もう少し塩を入れようと、調味料の入った瓶を手に取った。塩を振りかけ、香草代わりの薬草をひとつまみ入れる。

 後はもう少し煮込んで、その間にパンの様子を見ておこう。

 

 石窯のフタを開けると、焼いた小麦の香りが部屋全体に広がった。全体が褐色で、良い感じに焼けたのではないだろうか。パン作りは想像以上に奥が深く、材料、生地のこね方、寝かせる時間、石窯の温度と焼時間。どれか1つでも変われば味も食感も変わってしまう。

 パンを手に取り二つに割る。より一層強い香りが湯気と共にあふれ出てきた。しかし水分がそれで全て出ていってしまったのだろうか。パン自体はパサついているように思えた。バターをケチり過ぎたか?

 

「買ってきてもらわないと……。牛、もう牛本体が欲しい」

 

 そうすれば在庫を気にしなくて良いし、新鮮な牛乳も使えるのでは?

 

「でもすぐ死んじゃうか……」

 

 せめて百年は生きてもらわないと、手間に見合わないかと考え直す。

 やはり人間に作らせる方が効率的。

 

 買い物に行くのはゼイゲン1人だ。最近は人間の魔族に対する警戒心が上がっている為らしい。

 何でも『魔王』とかいうバカを筆頭に、群れを作って人間を襲っているのだとか。村が1つ壊滅したという話をゼイゲンがしていた。避難してきた人達が何か問題になっているらしいが良く分からない。

 そういえば以前に遣いを自称する魔族が来た。一体目を殺した後、続いて来た二体目をメッセンジャーにして帰して以降はもう来なくなったが。

 

 そんな事より。

 材料は直接見た方が判断しやすいが、それが出来なくなって少々不便になってしまったのが一番の問題である。

 

 と、そろそろ良いだろう。十分香草もスープに馴染んだはずだ。

 スープを皿によそい、パンを切り分ける。デザートにクランベリーを用意しようか。

 

(今朝クランベリーのジャム食べたな……)

 

 じゃあ苺を使おう。地下室にあったが凍っている筈。削ってアイスみたいにしてみよう。

 

「よし!」

 

 机に料理を並べていく。

 出来上がった料理は、当然2人分である。

 

 

 

 *

 

 

 

 何を今更と思うかもしれないが、俺には食事は必要ない。

 不死である。生存に必要な食事は当然不要だ。

 そしてリープは俺を生食するので、我が家には台所というものが無かった。

 

 だが今はある。

 一部屋丸ごと作って、更に地下を掘り雪室にした。畑も拡張したし、人間らしい暮らしが可能になったと言える。

 

 これはリープたっての依頼だ。

 彼女が望むことは出来うる限り叶えたいが、本当に良かったのだろうか。こう、魔族として。

 

 魔族は人以外も食料に出来るらしい。最初は俺の味に飽きたのかと思ったが、どうも違うようだ。それが理由なら1人分で良いからだ。当然のように俺の分もあったのには驚かされた。

 彼女が初めて用意した食事は味が良いとは言えなかったが、感動したのを覚えている。

 

「ねえ」

 

 彼女が言った。買ってきて欲しい物があるそうだ。完全な自給自足も出来なくはないが、年月の経過と共に彼女の技術も磨かれ、多様な食材を求め始めたのである。かつては半年に一回だった買い出しも2か月周期に変わっている。

 

「もう牛買った方が良くない?」

「それ私も思った! でもさあ――」

 

 朗らかに笑う彼女はまるで人間の少女かのように見えた。意識してそう振る舞っているようにも思える。魔族は人間への擬態を学ぶというが、今更本能に目覚めた訳でもあるまい。料理の事といい、人間への憧れでもあるのだろうか。

 

(まさかな。人間嫌いだし)

「――美味しかったよ」

「でしょう?」

 

 食事への感謝を捧げ、彼女へも満足した旨を伝える。彼女は得意げな顔で受け取った。

 

 食器を片付け終えると、彼女は腕を絡ませ抱きついてきた。

 

「ね、ね、ご褒美欲しいな」

「しょうがねーなー!」

 

 彼女を抱きかかえてベッドへ運ぶ。軽く放り投げると、リープは「きゃー」と黄色い声をあげた。

 

「んぁ……」

 

 互いの舌を絡ませ、争うようにぶつけこすり合せる。勝負を制したのは俺の舌だ。リープの口内へと侵入する。――鋭い刺激と、僅かに血の味が口内に広がった。

 

「噛んじゃった」

 

 彼女が笑う。

 以前なら噛み千切られていたが、それすら無意識の所業だと言っていたので、甘噛み程度で済んだのは意識して抑えているからだろう。

 

 彼女が俺を食べなくなって随分と経つ。

 人類の食文化を嗜み、そして魔族の本能を捨てようとしているのだ。

 

「ん~」

 

 体勢を変えて、リープが俺の上に倒れ込んだ。そしてはだけた胸に頬ずりする。

 

「楽しいか?」

「ん~……好き」

 

 こそばゆい。そして手持ち無沙汰だ。

 目の前で揺れる角を撫でる。凹凸があるが不思議と滑らかに感じた。

 

「あ、んん……」

 

 艶やかな声が上がる。どうも角には神経が集中しているようである。

 

「触んないで~」

「悪い悪い」

「脱がせてくれたら許す」

「はいはい」

 

 リープを跨がらせたまま、ぴっちりと張り付いた服を剝がすように脱がせていく。

 彼女は変わらず少女の体つきだった。これが成長限界なのだろう。リープ自身は不満な様子だったが。瑞々しく張りのある肌は素晴らしい触り心地だし、あどけなさの残る顔立ちに混じる不釣り合いな妖艶さは大いに劣情を催す。なんだか得した気分だ。

 

「ねえ、中に出してね」

「この体勢じゃ決めるのはリープだな」

 

 これも変わった事の1つだろう。

『異物感がある』と嫌がっていたのだが、最近は中を要求してくる。

 言い始めたのは、"やり方"を変えた時だ。具体的に何を変えるのかは相談しなかったけど、意図は分かる。()()()()()なのだろう。

 

 ……だが妊娠はしていない。確かなことは言えないが、これだけやっても駄目なのだから出来ないと考えるべきだろう。種族が違うのだから当然と言えば当然だ。

 

(やっぱちゃんと話すべきだよなあ)

 

 話し辛過ぎて先延ばしにしてきたことだ。

 こうやってズルズルと現状維持を続けることが増えてきた気がする。時間を掛ければ掛けるほど、話しづらくなるなんて理解できているのに。

 

(俺は何をそんなに恐れているんだ? どうしてこんな臆病者に成り下がったのだろう)

 

 やたらと彼女は変わった等と言っていたが、俺も変わってしまったのか?

 

「はぁ~……」

 

 荒い息を吐いてリープが倒れ込む。

 

「ちょっと疲れやすくなった?」

「ん~」

 

 行為を終え、後はもう寝るだけだ。

 

(だけど)

 

 話してしまおう。先延ばしにしても、誰も幸せにはなれない。

 

「俺は――」

「?」

 

 この後に及んでという感じだが、まずは自分の事から話そうと思う。

 

「俺は昔は普通の人間だったんだけど、ちょっと世界救ってな。ご褒美に不老不死にしてもらったんだ」

「うん」

 

 遥か昔の話だ。あの頃はガムシャラに生きていたように思う。

 

「今でも、あの時の思い出は輝いて見える。大切な記憶だよ」

「……」

 

 リープの爪が肌に食い込む。手櫛で髪を梳いてなだめた。少しだけ、指の力が弱まる。

 

「でも、それはもう全て過去の話だ。失くしてしまった」

「……うん」

 

 爪が肌から離れた。代わりに指が傷跡に沿って撫でられる。

 

「悲しかったと思う。でもその感情も失われてしまった――」

 

 いや、違うか。

 

「いや、忘れてた。麻痺してたんだな。最近、ようやくそれが蘇ってきた」

 

 ごろりと体の向きを変え、覆いかぶさる。彼女の目を真っすぐに見据えた。不安げにうるんでいる少女の瞳。その先に居る自分自身に糾弾する。

 

「怖いんだ。失うのが、変わるのが」

 

 結局、そんな人間らしい弱さが俺の心を占めていたのだ。

 だから曖昧なまま、ちゃんと向き合っていなかった。

 

 リープが目を閉じ、罪人も消える。

 

 ……熱くなり過ぎた。彼女の目尻に浮かんだ涙を拭う。

 

 横になり彼女を抱き寄せた。

 

「ごめんな。ずっと俺、逃げてきた。リープの悩みから。言葉を間違えたら、どこかに行ってしまうんじゃないかと。

 俺は、君とずっと一緒に居たいだけなのにな」

 

 その想いが確かな形になったのは、彼女と初めて体を重ねた日だろう。あの日彼女が俺の元から去って、俺の中の恐怖が蘇ったのだ。俺が自覚する前に彼女が帰ってきてくれて表に出ることはなかったが。しかし確かに俺の中で燻り続けてきたのだ。

 

「……私は、どこにも行かないよ」

「ありがとう。そう言ってくれて、安心した」

 

 一息つく。言葉に出すと思ったよりも自分の心を整理できた。我ながら全くもってありがちな悩みだったと思う。

 

 

 そして、俺は随分と、思った以上に、この魔族の少女に入れ込んでいたのだと、強く自覚させられた。

 

「俺の気持ちはそんなところ。

 リープ、改めて話してくれないか、君の悩み、願いを。一緒に叶えていきたいんだ」

 

 リープは口を開き、そして閉じ、息を吐き出した。ゆっくりと、時間をかけて。

 そして――

 

「私は――」

 

 

 

 *

 

 

 

「――私は」

 

 私は、変わりたかった。

 

「最初は、ただ私は好きな事をしていたよ」

 

 好きな時に魔法を使って、学んで、遊んで、食べて、寝て。そんな生活に満足していた。

 でも慣れと共に、それだけじゃ満足できなくなってきたのだ。

 

 私は食べるのが好きだった。

 だから次は、より良い食べ物を求めたのだ。

 

 それにはどうも、心という物が深く関わっているのを知った。

 

「だから私はゼイゲン、貴方を愛することに決めた」

 

「でも私、おかしくなっちゃったみたい。ただ貴方を愛せればそれで良かった筈なのに」

 

 一方的な感情で良かった筈だ。

 なのにどうしてか、貴方の心がどこにあるのか気になってしまった。だから私と出逢う前の話なんてして欲しくない。知らない古傷を見ると、引き剝がしたくなる。貴方の視線の向く先がどうしても気になって。私以外を見ていると、どうしてもムカムカした。

 

「私は貴方にも、私だけを見ていて欲しかった」

 

「だから、私と一緒に居たいって言ってくれて、嬉しかった」

 

 ……もっと言うと、それだけじゃなくて。私から片時も目を離して欲しくないし、知らない過去は全部無かった事にして欲しい。

 

「そっか」

 

 彼が言った。そっけないと思う。もうちょっと頑張って欲しい。

 

 それから暫く彼が私の髪を梳く時間が続いた。

 永遠に続いても構わないと思える時間は、やはり彼によって破られる。

 

「……なあ、子供の事なんだけど」

 

 多分、本題であろう事に彼に触れた。

 

 正直な話あまり触れたくない話題だった。

 だからちょっとした抗議の意思を込めて、彼の胸に爪を立てる。

 

 でも彼は止まってくれなかった。

 

「多分、俺たちには出来ないよ」

「……うん」

 

 ……何となく、そんな気はしていた。でも認めたくなくて、私はただただ無為な性行為を繰り返していた。

 

(それも悪くはなかった)

 

 彼は私と一緒に居られたら良いと言ってくれた。

 

(なら、きっと今のままでも良いのだろう)

 

 

 ――でも私は、やっぱり変わりたいと思う。

 

 これから分からない事がいっぱいできる。()()()()()()()、上手く行かないかもしれない。

 分からない事があった時、迷った時その時は、ちゃんと彼に伝えよう。それが彼の願いだと分かったから。

 

 でも今は――

 

「ねえ」

 

 いつものように、彼に声を掛ける。

 

「もう一度、私を抱きしめて」

 

 彼から伝わる熱を、感じていたかった。

 

 

 

 *

 

 

 

 リープと話してからも、特に生活は変わらなかった。

 彼女は変わらず人の生活を続けていたし、夜の生活も無くなったりはしなかった。

 

 

 一か月後。

 

 

 俺は定期の買い出しへ出かけ、特に問題もなく帰路についた。

 

 今後の事については、実はまだ話せていない。思っていた以上に傷ついていたようだし、時間を掛けて癒していくのが良いだろう。

 

(こんなことなら、やっぱりもっと早くに話しておくべきだったな)

 

 どうしても子供を欲しがるというのなら、最悪養子という手も――

 

 

 

「…………ぎゃあ……」

 

 

 

 見慣れた我が家が視界に入った頃、リープの声ではない、誰かの声が聞こえた。

 

 ……何の話だったか。そう、養子だ。

 最近は、物騒で、魔族が――

 

 

 

 

 

「……………………おぎゃあ…………………」

 

 

 

 

 

 ――猫の鳴き声は、人間の赤ん坊の泣き声に似ていると言う。

 

 どこかから迷い込んだのか、リープが拾ってきたのだ。

 大したことではない。ドアノブに手を掛けた。

 

「………………………………………」

 

 声は止んでいた。気のせいだったのかもしれない。風の音が、そう聞こえさせたのだ。

 

「ゼイゲン?」

 

 扉の向こうから、彼女の声が俺を呼んだ。

 ドアノブがひとりでに回る。いや違う。向こうで彼女が扉を開けようとしているのだ。

 

「……あ」

 

 汗で滑って、ドアノブが俺の手から離れていく。扉が開く。

 

「ちょうど良かった」

 

 彼女は言った。

 

「ねえ」

 

 穏やかな笑みを携えて、いつもと変わらぬ調子で言ったのだ。

 

「母乳ってどうやったら出るの?」

 

 酷く衰弱した人間の赤ん坊を、胸に圧しつけながら。

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