FD戦は本当は1話で終わらそうと思ったんですが長くなってしまったので分けました。
交流戦まで後1日となった金曜、昨日と同じくライムはフミの元へと訪れていた、なんとかして彼女を説得しようと戸を開けようとしたその時、その扉が勝手に動き開いた、中から出てきたのはライムもよく知っている人物、トレノだった。
「行ってくるよ…ってあれ?ライム先輩」
「ト、トレノ⁉︎お前どうしてここに…」
「どうしてって…ここ、私ん家ですし」
「なっ⁉︎本当か⁉︎」
「は、はい…ちょっと私急いでるんで、これで失礼します」
「お、おう」
挨拶もそこそこにトレノは駆け出して行った、ライムは気を取り戻し店に入る、昨日と同じやる気のなさそうな声が帰ってきた。
「なんだトレノ忘れ物か…ってアンタか、厚揚げでいいか?」
「は、はい…あの、貴女、トレノのお袋さんだったんですね」
「言ってなかったっけか?まぁそうだ」
カウンターから厚揚げの入ったトレーを取り出しながらフミはぶっきらぼうにそう応えた、ライムは意を決して言葉を出す。
「藤原さん、今日も交流戦のことについてお話…」
「そのことなんだけどな」
ライムの話を遮りフミが喋る、慣れた手つきで厚揚げをパックに入れ彼女の前に差し出した。
「明日の交流戦、行ってやれるかもしれないぜ」
「ほ、本当ですか⁉︎⁉︎」
「イッ⁉︎あんまでかい声出すな…」
「す、すんません…」
興奮したライムの大声に思わずフミは耳を塞ぐ、ハナは"ただし"と言い条件を付け加えた。
「確実に行ってやれるかは分からん、もし時間までに来なかったらそん時は諦めな、自分たちでなんとかしろ、これが条件だ」
「分かりました、バトル開始は夜9時からです、必ず来てくれると信じてます…チーム全員で!ありがとうございます‼︎」
深々と頭を下げるライムにフミは頭を上げろと手をひらひらと振る。
「よせ、若いもんがそう軽々頭下げるもんじゃないぜ、それに絶対に行けるわけじゃないっつったろ、あんまり期待されても困るもんだ」
「いえ、貴女は来てくれるつもりで居るんだ、信じてます藤原さん!」
厚揚げを買い店を後にしたライム、再びガラ空きになった店内で1人、フミはポケットから取り出した一本の煙草に火をつけた。
「トレノがごねたら本当に私が走っちまうか…ハハ、楽勝すぎてつまんねーな」
独り言と共に吐き出した煙は店内の空気を白く濁らせた。
遂に訪れた土曜日、夜の8時半、いつもはがらんとした秋名峠は異様な盛り上がりを見せていた、あの中央所属のアンフィニイエローが走るということで数多くのギャラリーが押し寄せていたのだ。更には解説とドローンによる追跡カメラでの実況がライブ配信されるということで一時期はSNSのトレンドに秋名峠やイエローの名前が乗った、その様子にスピードスターズのリーダー、髪色と同じ緑の勝負服を着たライムは今までに無い程緊張していた。
「おいあれ見ろよ!トウカイテイオーにシンボリルドルフまで来てるぞ!」
「キャー!本物よ‼︎」
レッドサンズ陣営の観覧席に座っているルドルフとテイオー、超がつくほどの有名ウマ娘が秋名へ足を運んでいることに周りのギャラリーは一気に盛り上がる。
「凄い盛り上がりだねカイチョー」
「あぁ、峠レースは今最も熱い種目だ、私も久しぶりにワクワクしているよ…」
アンフィニイエローを打ち負かしたウマ娘が此処にいる、その駆ける姿をこの目に収めようと、ルドルフの内心はいつになく熱く燃えていた。
「ライム先輩、その助っ人の人、本当に来るんですかね…」
「…大丈夫だ、あの人はきっと来てくれる」
一方こちらはスピードスターズ陣営、ライムが話した助っ人が中々姿を現さないことにレビンは心配そうな声を上げた。バトル前日、ライムはフミがトレノの母親だとは伏せてチームメンバーに代走のことを話した、理由はトレノを驚かせてやろうというちょっとしたライムの出来心であったが、肝心のトレノは今日姿を見せていない、そのことにレビンは文句をこぼしている。
「にしてもトレノの奴、こんな時に来ないなんて何考えてんだよ!」
「トレノからしちゃ、峠レースにはそこまで興味無いのかも知れないな、ホワイトサバンナもアンフィニイエローも、果てにはあそこに居るトウカイテイオーも知らなかったんだろ?」
「そうっすよ!ウマ娘のくせして信じられますか⁉︎」
「ったくどこほっつき歩いてるんだろうな、LANEもさっきから既読つかないし…」
それから時が過ぎていき9時前、一向に姿を現さないフミにライムはますます焦り始めていた、相手側は着々と準備が進んでいき、遂にはバトル開始5分前まで迫っていた。
「こちらコース管理班、障害物無し、いつでも行けます」
「ドローン班準備完了、配信準備入ります」
「…ったく、来ねぇじゃねえかあの野郎、アイツとバトルできると思ってたのによ!」
「(…来なかったか、残念だがしょうがないか)」
スピードスターズ陣営に目的の芦毛がいないことにイエローは腹を立てていた、無言のサバンナも彼女の参戦を諦めかけていた、そして遂に9時になりバトル開始の時間となってしまった。
「ぼちぼち始めよう、こちらの下りはイエローが走る、君達も準備ができたら代表を出してくれ」
レッドサンズのメンバーからバトル開始の旨が伝えられる、時間になっても来なかったらその時は諦めろ…フミの言葉を思い出したライムは大きく肩を落とした、タイムリミットだ。
「…分かりました、上りはアタシが走る、連続で下りは出走できない…エイティ、悪いが下りを走ってくれるか?」
「うぇっ⁉︎マジかよ…アンフィニイエローとバトルだなんて正気じゃないぜ…」
「すまないエイティ…、藤原さん…」
下りを任されたエイティは耳と尻尾が垂れ下がったままトボトボとスタートラインへと歩いて行く、自分のバトル相手を見たイエローは舌打ちをついた。
「チッ、ふざけんなよ、こんな奴がオレのバトル相手かよ」
「…」
「こちら管理班!バトルはまだ待ってくれ!たった今峠をウマ娘が上っていったぞ!」
レッドサンズのメンバーが持っているラジオにそんな無線が入った、オープンにしていた無線を聞いたライムは目を見開く、もしやと思いメンバーのウマ娘に問い詰める。
「ちょっといいか!そのウマ娘、どんな毛色か聞いてみてくれないか⁉︎」
「あ、あぁ、こちらスタート地点、そのウマ娘の毛色は分かるか?」
「えぇと…確か…芦毛だ!真っ白なウマ娘だったぞ!」
「「「 ───ッ‼︎」」」
帰ったきた答えにライム、イエロー、そしてサバンナの3人は確信した、イエローはメンバーからラジオをひったくりさらに質問をあびせる。
「ソイツが来ていた服は⁉︎勝負服はどんなんだ⁉︎」
「さっきからなんでそんなこと聞くんだ、白黒だったよ、リトラのライトつけて、パンダみたいな服だ」
無線から聞こえた特徴、それはそこに居る者たちが待ち侘びた人物と一致していた、彼女が来てくれたんだ、ライムは安堵の表情を見せ、因縁の相手の登場にイエローは笑い声をあげた。
「(来た…っ!間違いない、藤原さんだ!)」
「ククク…来やがった、オレの獲物が…!」
「どうする、バトルを始めてもいいのか?」
「いや…駄目だ、オレの本当の相手は隣に居るソイツなんかじゃあ無い筈だぜ…そうだろ?」
「…あぁ」
「全員聞け!上ってきたその芦毛野郎が来るまでバトルはお預けだ!マーシャルの連中にもそう伝えろ!」
「上手いな、アイツ」
コースの途中、茂みから見物していた青鹿毛のウマ娘は上っていく芦毛のウマ娘を見てそう呟いた、羽織った黒いジャケットの下には青紫の制服、中央の生徒だ。
「そうっすか?ただの芦毛のウマ娘じゃないすか」
「アール先輩、急に変なこと言いますね」
「(…分かる奴にしか分からないか、極限の域にまで達したウマ娘は強いオーラを放つ、ルドルフにサバンナ…奴からは2人のようなオーラを感じた、ただもんじゃ無いぜアイツ…秋名にあんな奴が居たとはな)」
「うぉ!見てください先輩、今日のバトルの配信、同接1万人超えてますよ!」
「でもまだバトル始まんないみたいっすね…なんかあったのかな?」
「(…なるほど、今走って行った奴がバトル相手か…あれなら、或いはアンフィニイエローをちぎるかもしれねえ…)」
フッと小さく笑いをこぼした彼女が羽織っているジャケットの背中にはGT-Rの文字が、ウマ娘のプロレーシングチーム、GTレーシングのエンブレムが大きく描かれていた。
『レース始まんなくね?』
『トラブル?』
『もう9時過ぎてるぞ』
中央トレセン公式チャンネルのライブ配信、既に万単位を超える同接数が集まっていたが、開始時間を過ぎても始まらないバトルにチャット欄は困惑の声が上がっていた、すると実況解説から説明が入る。
〈えー現場によるとスピードスターズ側の本来走る予定だったメンバーが今到着しそうだということです、このまま暫くおまちください〉
『早くみたい〜!』
『がんばれイエロー様‼︎』
『中央の速さ見せてやれ!』
完全にレッドサンズ側のアウェイとなっている空気にライムは冷や汗を流しながらも自分達の救世主である彼女を待ち続ける、そして暗い夜道のコーナーが照らされた、遂に来た、そのライトはどんどんこちらへと近づいてくる。
「藤原さん…来てくれたんですね…!」
白を基調とし黒のラインが入った勝負服、真っ白な芦毛、特徴的なリトラクタブルタイプのライト、戦闘態勢のそのウマ娘はライム達の前へと姿を見せた、その影は…
ライム達が待ち侘びていた人物ではなかった。
「…は?トレ…ノ?」
「あ、ライム先輩、中央の奴らってどこ居るか知ってます?」
目の前のウマ娘はフミでは無く自分の後輩のトレノであった、そのことにライムは開いた口が塞がらずにいた、スピードスターズのメンバーやレビン達はトレノが来たことに驚愕し彼女の周りを囲む。
「トレノ⁉︎お前何やってんだ⁉︎」
「ライム!秘密兵器ってトレノのことなのか⁉︎冗談じゃねえぞ!」
「ち、違っ…トレノ、お前どうしてここに⁉︎」
「どうしてって、母さんに走ってこいって言われたんで…」
「な、なんだって⁉︎」
「まともに峠を攻めたこともないトレノなんかが出たらすぐ事故っちまうぞ⁉︎」
「どうすんだよライム…」
「(…やっぱ来るんじゃなかった)」
着いて早々メンバー達から責められるトレノの耳が垂れ下がる、ライムは暫く考え込んだ後にトレノの言葉を思い返した、ハッとした表情で彼女に問いかける。
「な、なぁトレノ、藤…お袋さんからお前が行くように言われたんだよな?」
「そ、そうっすよ」
「もうひとつ聞かせてくれ、今豆腐配達してんのは誰だ?」
「それは…
───私ですけど」
「「「「「 ────⁉︎」」」」」
平然と答えたトレノ、周りが息をのんだ後何かを確信したのかライムはニヤリと笑った、フミの考えがようやく理解できたようだ。
「そうか、そういうことか…ありがとうなトレノ、よく来てくれた」
「ちょっ、ライム先輩!トレノなんかがアンフィニイエローと戦える訳ないじゃないすか‼︎」
「大丈夫かよトレノ、お前本当に走れんのか?速いのか?…」
周りから次々に心配の声が上がる、あの走りに一切興味を持ってなかったトレノがいきなり来てイエローとバトルするというのだ、誰もが止めるだろう、しかしその本人が次に発した言葉は周りの連中を一瞬で黙らせた。
「速いかどうかは分かんないですけど…」
「そこの黄色い子には一回勝ってますよ、私」
「なっ⁉︎…」
「ハハ、そうかお前か、私を打ち負かしたのは…ヨッシャア!そこの芦毛!早くスタートラインに並べ!バトルを始めるぞ!」
予定時刻から10分が過ぎた頃、スタート地点にはイエローの咆哮が響いた。
〈お待たせしました皆さん!ただ今より中央、群馬トレセン交流会、秋名峠エキシビションマッチを行います!〉
ようやく始まったバトル、配信のチャット欄は大いに盛り上がりを見せる、画面にはイエローとトレノ、2人の姿が映っていた。
〈まずは峠バトル恒例、お互いの自己紹介となります〉
「アンフィニイエローだ、そっちの名前は」
「…スプリンタートレノ」
「覚えたぜその名前、同じ相手に2度は負けねぇ、覚悟しろ」
〈さあ両者スタートラインに着いた!いよいよレース開始です!〉
周りのギャラリーから拍手と喝采が起こる、イエローとトレノ、両者スタート体制に入りカウントダウンを待ち侘びていた、峠レースの醍醐味であるスタート前のカウントダウン、今回はレッドサンズのメンバーが務めることになり両者の前に立ち腕を大きく振り上げた。
「よし!それじゃカウント行くぞぉ‼︎」
「ッ!…」「…」
「5秒前!」
「4!3!2!1!…」
「GOーーッ‼︎」
振りかざされた合図と共に2人は同時に走り出す、カウントしたウマ娘を挟むようにして駆け抜けていき、イエローが前を取りトレノはその後ろに付いた、直線の加速はイエローに軍配が上がる、後ろを走るトレノとの差がどんどん開いていく。
〈始まりました秋名峠バトル!お互い好調のスタートを切りました!アンフィニイエロー速い!2バ身3バ身と開いていきます!スプリンタートレノ、彼女についていけるのでしょうか⁉︎〉
「(前も思ったけど速ぇー…、東京の子ってすげえな)」
前を走るイエローとの差が遂には5バ身以上にまで開いてしまった、トレノは彼女のテールランプをぼけっと見ながら心中でそんなことを呟く、下りスタート地点から長いストレートを抜けた2人はいよいよ最初のコーナーへ迫ろうとしていた。