人類が機械に負けた世界に転生したけど、記憶喪失の美少女アンドロイドを世話したらめちゃくちゃ懐いてきた   作:アスピラント

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アルファ・マインド

「ぐっ、く……動け、足!」

 

 予期せぬ戦力外通告を受けてから2日。

 俺は朝からスジュラに割り当てられたイリオポリの住居敷地内にある庭にてリハビリに励んでいた。松葉杖を使って動きの鈍い足を動かし、何とかして前へは進める。だが以前みたいに激しい動きは無理だった。ただでさえ身長もあって筋肉もついた両足が、いきなり荷物と化するのだ。

 

「はぁ……ちょっと休憩」

 

 庭の端に着く前に、俺は木に寄りかかって息を整える。

 家がある場所はイリオポリの中でも高台に位置しているおかげで、都市の全容がよく見える。

 

 商業都市――イリオポリ。

 太陽の街という意味を持つこの巨大な街は、その名前が示す通り明るくて色鮮やかな建物が並んでいる。東洋と西洋が入り混じるエキゾチックな街並みは、アガトとは全く異なる雰囲気があって見ているだけで楽しい。

 

 中心部は旧市街と呼ばれている比較的歴史のある建物があり、モスクのような神殿が存在感をありありと示している。何でもスジュラたちを率いる機人のリーダーや人間の市長が政を行っている神聖な場所であり、部外者は一切立ち入ることが許されていないらしい。

 

 しかし俺的にはもっと興味深いものが街の中心にある。

 

「まさか街の中心地に……機械の胎があるなんてな」

 

 モスクのすぐ近く――銀色のピラミッドがあるのだが、どうやら其処からイリオポリに暮らす機人や機械生命体が生まれるらしい。スジュラがさらりと言っていたが、機械の胎で間違いないらしい。

 一般的にはミトラと呼ばれているらしく、地球だけじゃなく太陽系全域に渡って、星の内部に機械の施設が張り巡らされているという。だからマキナスやキメラは太陽系内であればどっからでも生まれるし、ミトラ毎に統括しているAIが違うからシステムそのものをダウンさせるのは不可能らしい。

 

 改めて俺は未来に生きるAIの凄まじさに驚愕していた。

 

「……知らないことばかりだな、俺」

 

 おまけに身体も不自由になってしまった。

 無知プラス無力、自己肯定感は地を張っている。

 

「あー、くそ。リハビリ頑張るしかねえ」

 

 漸く俺はアガトの外に出て、世界を沢山知れる機会を手に入れた。その過程はとても苦しいものだったが、死んでいった人達の分まで強く生きなきゃいけないと気合いを入れ直した。なのに俺は振り出し――よりも最悪なとこからスタートしている。

 

「麻痺していた人って本当に大変なんだな……! 改めて辛さがよく分かるぜ」

 

 加えて腕も痺れていて力が上手く入らない。

 覚束ない足取りのまま、俺は後少し進もうとしたが俺は気づかなかった。

 

「う、ぉっ!?」

 

 足元にあった小さな石ころの上に杖を乗っけてしまい、俺は大きくバランスを崩した。硬い地面が顔面に迫り来る中で、俺はやってくるであろう痛みに備えると。

 

「あぶない!」

「……ぐ」

 

 誰かが俺の襟を引っ張って、見事に抱き止める。

 勢いよく跳ね上がったおかげで、視界に恩人が映った。

 

「アイラ……」

「はぁ〜……やっぱり無茶してたわね」

 

 呆れたような表情をしていたアイラと、遅れてノラがやってきた。

 

「アルタさんらしいっちゃ、らしいけどね」

「ノラ」

「リハビリに励むのはいいですけど、危なっかしいのは頂けないですね」

 

 ノラは苦笑しながら言うが、こいつが言っても説得力は皆無だ。俺は知っているんだぞ、お前がアイラとペア組んで狩人なりたいからって言って、無茶しまくっているのを。

 仕方なさそうな顔するにはまだまだ早いぞ……と俺はジト目を向けつつ、アイラの肩を借りて立ち上がる。

 

「調子は……悪いよね」

 

 アイラはすっと顔を俯かせる。

 お前がそんな顔する必要はないし、こうなった直接の原因はアルカディストの連中だ。あとはあの場を切り抜けようとして自爆した間抜けな俺のせいでもある。まさかブッ刺されるとは……今思い出してもムカつく光景だ。

 

「まぁ簡単に言って最悪だな。前までできていた事がほとんどできなくなった」

 

 俺は2人に支えられて近くのベンチに座らせられる。

 もはや年寄りみたいな扱いに涙さえ出そうだ。

 

「お前たちはどうだ? アイラなんか腕を吹き飛ばされてただろ」

「ん? ああ、それはね……これを付けてもらったから大丈夫」

 

 そう言ってアイラは失くしたはずの右腕をプラプラと見せつける。肘から先をアルカディストに千切られた彼女は、イリオポリにて代わりの腕を付けてもらったようだ。

 

「私と同じコレクティブ――プレベイリング・ワンダラーに所属している機人がいてね、その人が私に合う義手を作ってくれたの。どうやら機人ってなるべく同じコレクティブの機体じゃないと、動作不良起こすみたいで……」

 

 アイラとケリーが所属しているコレクティブは、全員がカテゴリー1の新興のコレクティブだとスジュラからは聞いている。ただ運良くイリオポリには同じコレクティブにいる機人の技術者がいて、アイラの失くした腕を作ってもらったようだ。

 

「一応問題なく動かせるのか?」

「うん、むしろ前より右腕だけパワーがある」

 

 いいじゃないか必殺の右腕と俺は冗談混じりに話すと、アイラは1発殴ってあげようかとニヤニヤしながら言ってきた。機人のパンチはしゃれにならないから、本当にやめて頂きたい。

 

「ベガは?」

 

 俺はずっと気になっていた事を聞いた。

 

「スジュラ達とギルドへ向かったよ。まぁ生活拠点とか変わるし、手続きはまだしてなかったみたいだから」

「そうか」

 

 戦力外報告を受けてから俺とベガの間では妙な距離感が生まれていた。気まずさもあるが……それとは違う何かだった。

 

「アルタはこの先どうするつもり?」

 

 アイラは心配そうに声をかける。コイツとノラは俺とベガの絆の深さや想いの深さを知っている。それだけに当人以上に心配しているんじゃないかなとすら、俺は思っていた。

 

「分からない、とりあえず俺は諦めずにリハビリするしかない」

「……アルタさん」

「大丈夫だノラ。俺はすぐ復帰するから、そんな難しい顔すんな」

 

 諦めるつもりはないが、ちょっと現実逃避も実は含まれていたりする。実はカリウスからも俺の身体がこのまま良くなる兆しはないと言われてしまっている。

 

『脊柱を通る神経が焼き切れている。はっきり言って……狩人としての君は終わっている』

 

 イリオポリ内にあった身体スキャン可能な医療機器を用いて、カリウスは深刻な顔をしながら告げていた場面がフラッシュバックする。

 

『どうしても無理か』

『こればかりは……私の手には負えない』

 

 悔しそうに俯くカリウスを見て、俺はより無力感を味わってしまった。人間というのはつくづく脆い、アイラは腕を斬られたがすぐに戦線に戻れている。なのに人間は一度重傷を負えば再起するのに時間がかかる上に、2度と復帰出来なかったりする。

 

(こんな事を考えるのは良くないが、俺は機械が羨ましくなる)

 

 身体が破壊されても何とかなるから――決して口には出さないが、俺の頭にはそんな考えが過ってしまうのだ。

 

「らしくないな」

 

 俺はまた腕に力を入れて、杖を使って足を動かした。回復する見込みが無くてもやるしかない。止まったら……本当に終わりになるからだ。

 

 

         *   *   *

 

 

「人の賑わいがすごい……!」

「ベガは今まで他の街に寄った事はないのか?」

「他の村に寄った事はあるよ。だけど……この規模感はないかな……」

 

 ボクは目に映る全ての光景を、必死に電子頭脳内部にある記憶回路に焼き付けていた。人も機械も関係なく生活している巨大な都市は、まさしく理想郷と言っても過言じゃない様相を呈していた。

 

「キメラに乗っている人がいる……!?」

 

 中でも1番驚いたのは、スジュラと同じ共同体(アイオニス・トラベラー)に属する機人が、ラプトルのような造形をしたキメラの上に乗って街を闊歩していることだった。ボクがキメラに対して抱くイメージとしては決して分かり合えない猛獣のような存在だった。それだけにこうも身近にいるのを見ると、本当に大丈夫か心配になる。

 

「ああ、あのキメラはな……私達と同じアイオニス・トラベラーに属するキメラなんだよ。だから乗れる」

「……同じコレクティブ所属なら大丈夫なの?」

「ああ、あとはキメラ自身がそいつを味方だと認識さえしてれば乗れる。ベガにもいつか調教とか教えてやるよ」

 

 スジュラは勝気な笑みを浮かべた。

 まだ知り合って間もないけど、もう頼もしいお姉さんみたいな雰囲気を彼女から感じていた。

 

「さて……そろそろだな」

 

 そんな知られざる世界を堪能していたボクは、スジュラが足を止めたのと同時に足を止めた。目の前にあるのはまるで酒場のような雰囲気を漂わせる大きなお店だった。

 

「ギルドの受付は中だ、行くぞ」

「う、うん……」

 

 ボクは恐る恐る中へ入っていく。スジュラが一緒じゃないとなかなか入りにくい雰囲気があった。

 

「――でよ! 危うく死ぬとこだったわ」

「プーパの連中が群れになって――」

 

 人間と機人、皆木製のジョッキを片手に飲み交わして熱く語り合う。見るからに野蛮人みたいな見た目をした人もいれば、明らかに機人だと分かる近未来的な装備をした人までと、様々だった。

 

「うっーす、イーリス!」

「スジュラさん、お帰りなさい」

 

 スジュラは受付カウンターにてエプロン姿をした可愛らしい女の子に、気さくな感じで話しかけていた。昔馴染みなのかタナクも無表情ながらに、穏やかな眼差しを2人に向けていた。

 

「――あの方が例の?」

「ああ、そうだ。一旦ベガをユアンに挨拶させたくてさ。今ユアンいるか?」

 

 そうスジュラが聞くと受付嬢イーリスは気まずそうな顔をし出した。

 

「すみません……今ユアン様は不在でして……」

「はぁぁー!? 何なんだよ! あいつ自由過ぎんだよ! どこ行ったかは聞いてるか!?」

 

 スジュラが取り乱してズダンと身を乗り出して詰め寄る。本来ならボクとその()()()という人と会わせる手筈だったみたいだ。

 

「そ、それが何も言わずに出て行ってしまったので……どこ行ったかはわからず……」

「あんにゃろ、マジで本当に自分勝手で――クソがよ」

 

 スジュラの怒気を前にボクとタナクは距離を取る。

 仲間があからさまに引いているのを見たスジュラは焦ったように取り繕うと、予定を切り替える事にしたのかイーリスに話しかけた。

 

「――先にベガの身分を登録出来ないか?」

「ああ、はい! ちょっと準備しますのでお待ちを」

「おーけー、じゃあベガ! 適当に席につこう……今日は私が色々奢ってやる。一文無しだろうしな」

「あ、ありがとう」

 

 そう言ってボクらは喧騒から離れた座席にて、寛ぎながら待つ事になった。

 

「スジュラ! 戻ってたんだな! 今日夜空いてるか?」

「おぉ! ダイン! 今日は都合悪くてな……まだ事務作業が残ってる」

「んなもんサボってユアンに投げちまえ」

「ユアンがサボって私までやらなくなったら終わりだっつーの」

 

 席へ向かう最中にスジュラが荒くれ者みたいな(なり)をした集団に話しかけられている。結構交友関係は広いみたいだ。ボクは沢山人がいる環境に慣れなくて、やや挙動不審になっているとスジュラが寄り添う。

 

「そんな身構えなくていい。ここは私らが統治しているから……ならず者はいねぇよ。まぁ見た目だけならヤバそうな奴がいるけどな」

「は、はぁ」

「さ、何でも頼みな」

「じゃあ――これ」

 

 言われるがまま、ボクはとりあえず人間の食べ物が食べたくなってきたため、料理長おすすめのオムライスを頼んだ。フォトンの貯蔵はまだまだ全然余裕あるし、たまにはちゃんと食事を楽しみたい。

 

「お、ベガは結構ガッツリ食うんだな」

「改めて言われたら恥ずかしいよ……」

「沢山食べるのは調子が良い証だ」

「私らも同じ奴にするわ。おーい! 決まったから来てくれ!」

 

 タナクはフォローするが、スジュラはケラケラと笑う。何というかすごく久々に穏やかな時間を過ごしている気がする。ボクらは近くにきた給仕にメニューを伝える。

 

「――ねぇスジュラ、ユアンって一体何者?」

「私らアイオニス・トラベラーのアルファ・マインドだ」

「アルファ……マインド?」

「おっと、まずはそっちから説明すべきだったな」

 

 水は飲みながらスジュラは丁寧に話し出した。

 

「アルファ・マインドは簡単に言えば、コレクティブのリーダーだ。これは最初に作り出された瞬間に決まっていて、全てのコレクティブに対して1体は必ずいる。普段はアルファと呼んでいるがな」

「アルファ・マインドは……他の機械生命体とどう違うの?」

「権限だ」

 

 今度はタナクが口を開いた。

 

「アルファは他の機人ではアクセス出来ないようなネットワークや、他コレクティブに関する情報にアクセスが出来る。あとは同じコレクティブの光子武装……いわゆるフォトンエネルギーと内蔵されたナノ粒子を使った特殊な武装を、コピーして使えたり、俺たちが保存した情報も簡単にアクセスできる」

「光子……武装」

 

 ボクの脳裏に山々を吹き飛ばした()()()()が過ぎる。

 

「つまるところ、アルファは特別な機人だ。同じコレクティブ内で手に入れた情報は自由にアクセス出来るし、武器や技術さえ使えるんだ」

「へぇ〜……じゃあ結構強いの?」

「私らのコレクティブの中では1番強い。カテゴリー7だから……上級には匹敵する」

 

 いつもはルーズだから腹立つ奴だけどなとスジュラは付け足した。

 

「スジュラとタナクよりも強いんだ……」

「まあな、私は6でタナクは5。戦闘用としては普通ぐらいだ……いつかカテゴリーに関しては、おいおい細かい基準は話すけど……お前より高いやつはいないからな」

 

 いまいち実感ないが、ボクは最上クラスだとは知らされている。太陽系全域を見ても、カテゴリー10に匹敵する機械生命体は数少ないと。

 

「ユアンはイリオポリの創設に関わった奴でよ、今じゃこの街を取り仕切っているボスだ。だから紹介しようと思ったんだよ」

「たださっきまでのやり取りで察したと思うが、ユアンはかなり自由気ままな性格だ。俺たちもよく振り回されている」

 

 タナクが疲れたような顔をしている辺り、本当に気ままな人なんだろう。間違いなくアルタとは相性が悪そうな人だなとボクは思った。

 

「お待たせいたしました」

「お、来たな」

 

 頼んでいた料理がやってきた。

 ボクはテーブルに出された魅力的な料理を前に、目をすっかり奪われていた。

 

「さぁベガ、遠慮なく食え」

「ありがとう!」

 

 久々にありつく豪華な食事、ふんわりとした卵の食感とデミグラスの旨味に、味覚センサーが震えていた。気持ち的にはフォトン溶液より沢山エネルギーが溜まっているのではないかと思っていた。

 

「これから先……私たちエクスマキナの領域だけじゃなく、他勢力が支配する地域でも、この通貨が求められるぞ」

 

 そう言ってスジュラは小さなスマート端末を取り出し、画面に表示された数字の羅列を見せつけた。

 

「……デジタル通貨?」

「センティアって言うんだ。基本的にはデジタル通貨だが……カードやチップといった物理トークンもある。機人なら電子頭脳内部に記録出来るが、外部端末にも保存出来る。後で口座を作ってもらうから」

 

 そう言ってスジュラは頭を指でトントンと叩く。

 機人なら確かに端末は要らないかもしれない。

 

「センティアの管理は君らが?」

「いや私たちは管理してない。私たちの組織を支援しているバックがいてね……彼らが中央管理機関というシステムを使って、センティアを管理していて、インフレやデフレを防止しているんだ。新しく通貨の発行する際も、経済状況に基づいて厳格に制御してる」

 

 バック……恐らくその支援している存在は機械だ。

 

「君ら以外の……機人が更にエクスマキナの上にいるんだね」

「ああ、私らは直接目にする機会はほとんどない。ユアンは偶に会ったりしてるがな」

「そうなんだね……」

「これからハンターとしてやっていく過程で会えるかもな」

 

 ハンターとしてやっていく――そう考えていると、ボクはアルタのことが頭を過ぎる。本当なら彼をここに連れて行きたかった。

 

「アルタのことが心配だよな」

「……わかっちゃう?」

「ベガ、ちょっと目を離したらすぐ上の空になってるからな」

 

 そんなにわかりやすかったか……とボクは苦笑する。

 食べすすめていた手は止まり、気分が暗くなる。

 

「ねぇ、やっぱりアルタは無理かな」

「あの傷でやっていくのは無理だろ、無理矢理行っても無駄死にする。それはお前もわかってるだろ」

 

 ああ、それはわかっているとも。

 だけどやっぱりボクはアルタと旅をして、やっと意味があるとすら考えている。自分の為でもあるけど……本当はアルタを助けたくて旅をすることを選んだのだ。

 

「悔しいなぁ」

「……ベガ」

「ボクが……もっと力が。それこそヨルマイが言っていたみたいに、神の力があったら何とかなったのかな」

 

 そんなことを考えているとスジュラは軽く頭を小突く。

 

「んな事を考えるな」

「……スジュラ」

「確かに一緒には戦えない。あいつは待つ事しか出来ない体になった。でもだからと言ってアルタは何も出来なくなった訳じゃない」

 

 タナクはそんなスジュラの言葉の後に続いた。

 

「アルタの知識や経験は力になる。決して役立たずなんかじゃない」

「そうさ、どんな風になっても……戦う事自体は出来る。ただ戦場が変わるだけで、アルタは常にベガと共にある」

 

 それに――とスジュラは笑う。

 

「共に戦えるからって、今後も無事でいられる保証はない。人間には厳しい戦場がどうしてもある」

「……!」

「そこで死んだら……何もかも終わりだ。心配なら安全地帯にいてもらった方がずっと良くないか?」

 

 スジュラの言葉にボクは否定する事が出来なかった。

 アルタがアルカディストの戦士に刺された瞬間、魂すら凍りつくような恐怖を感じた。もうあんな体験したくないし、アルタを殺させたくない。

 

「うん……」

「多分アルタはさ、お前の為なら普通に死んだって良いって思ってるぞ」

 

 ボクはヒュッと声が奥に引っ込んだ。

 一瞬だけだが……彼が血の海に沈む姿を幻視してしまった。

 

「幸いまだ時間はある、今日の夜辺りにでも……良く話し合え」

「わ、かった……」

「今日はとりあえず準備に追われるからな……中々長い1日になるから覚悟しろよ」

 

 そう言ってスジュラは横を向くと、受付嬢イーリスが手を振っているのが見えた。どうやら準備は済んだらしい。

 

「早く食べなきゃ……!」

「詰まらせるなよー」

「んぶ」

「……言わんこっちゃない」

 

 スジュラの忠告虚しくボクは軽く詰まらせた後、そのまま何とも気の抜けた雰囲気のまま、イーリスと共にハンターの登録を行った。きっとこれでいいはずだと、何度も自らに言い聞かせながら。

 

 

 

         *   *   *

 

 

 

「――ぁあ! クソ!!」

 

 辺りがすっかり夜の闇に包まれ、俺は苛立ちから杖を放り投げてベンチに座り込む。前まで出来たことがまるで出来ない苛立ちはもちろん、悲しみやら悔しさといった感情まで混じって一杯一杯になってしまった。

 

「はぁ……」

 

 普通のリハビリも数ヶ月……下手すりゃ年単位かかってもおかしくない。治る希望があったとしても俺はしばらく立ち往生してしまうのは確定だった。まさかこんな状態がずっと続くのかと考えるだけで、俺の心に深い影が覆ってくるような感じがした。

 

「……戦えない俺に価値はない」

 

 自分が必死こいて手に入れてきた全てが無に帰して、本当に空っぽになった俺に何の価値があるんだろうか。ずっとこのままゆびを加えて待つだけなのは、あまりにもしんどすぎる。

 

「何でも良い」

 

 もし再び戦える力が手に入るなら、俺は多分何だってやるだろう。それこそ人の身なんて捨てて、機人になっても良いとすら考えてしまうぐらいだ。

 

「こんな事考えてるのがベガにバレたらキレられるな」

 

 ははは……と力無く笑い、俺はもう寝ようとした時――何者かの気配を暗闇の中から感じ取った。

 

(武器はない……)

 

 襲われたら死ぬ――だが相手は自分が丸腰だと理解していない可能性がある。俺は牽制の意味も含めて気配のする方へ向かって声をあげた。

 

「おい誰だ。いるのはわかってるぞ」

 

 ドスを効かせて放った声が静かな空間に響くと、ゆらりとまるで幽霊のように背丈のある人影が現れた。

 

「あちゃー……バレちゃったか。出来る事ならだーれだってしたかったんだけどなー」

 

 作戦失敗だーと変に間延びした感じで答えたのは、紫陽花のような色をした髪をした男……か女。中性的な見た目はともかくとして、身長は俺に匹敵するぐらいはある。加えて声のトーン的に低い女性みたいな感じもするが、男みたいな雰囲気も感じる。

 

 灰色のチュニックと羊毛のクローク、丈夫な革で作られたサンダルを履き、手元には杖が握られている。見た目だけならまるで古代の羊飼いみたいな格好をしている。

 

「あんた……誰だ」

「機人だよ、ほら」

 

 そう言って男女は前髪をかきあげると、スジュラとタナクの額にあったマークと同じマークが刻まれていた。アイオニス・トラベラーは味方だ。つまりこいつは敵じゃないと分かり、俺は警戒を解く。

 

「スジュラとタナクの知り合いか……」

「知り合い以上だね」

「……意味深だな」

「んふふ〜、さぁどんな関係だと思う〜?」

 

 気色悪い笑みを浮かべたそいつは――一瞬で俺の背後に移動してきた。いつ移動したのか全く目で捉えきれなかった、俺は驚愕を顔に張り付けてたじろいだ。

 

「……お前」

「そんなビビらなくていいじゃないか〜。とって食ったりはしないよ。プーパじゃあるまいし」

「プーパ……?」

「君らが機械兵器と呼ぶ奴らの正式名称さ。高性能AI非搭載型機械兵器群……プーパ。ここら辺に暮らす人たちはそう呼ぶから、君らも今後はそう呼ぶといいよ」

 

 いきなりの解説を打ち込みながら、謎の変態はニヤリと笑う。何だろう……こいつ味方であったとしても、絶対相容れない自信が湧いてきた。

 

「わざわざそれを教えに来たのか? 違うだろ?」

「ん、そりゃそうさ。ワタシがここに来たのはアルタ君に会うためさ」

「……俺に?」

 

 そいつは手をすっと伸ばしてきて言った。

 

「ワタシはユアン。ユアン・ルゥーさ……イリオポリの市長兼ハンターズギルドの組合長も兼任している。つまり……とっても偉ーい人さ」

「ユアン……ね、とりあえずよろしく」

 

 俺はなんか薄寒いものを感じながらユアンの手を取ると、いきなり指を絡めて強く握ってきた。めっちゃキモい。

 

「やめろ! お前キモいぞ!」

「親愛の証さ。ふふふふ……」

「とりあえず俺の半径10メートル以内には入るな! ベガ呼ぶぞ……!」

 

 とりあえず俺は松葉杖を使って全力で離れた。こいつが男だろうが女だろうが、気味悪い奴なのは確定だ。しかもユアンは機人――人間より力が強い。無理矢理襲われたら俺なんかあっという間にオモチャにされる。

 

「はぁ……ちょっとした冗談なのに、君は冷たい奴だな……」

「何で俺が悪い感じになってんだよ。つーか要件を言え、要件を」

「つれないなぁ……ったく仕方がない」

 

 ユアンはやれやれと肩を竦めると、濁った紫色の瞳を俺に向けて言った。

 

「アルタ君、君は今絶望の淵にいるだろう」

「……!」

「運動機能に重大な障害が残る傷、医者も匙を投げるレベルの傷だ。しかしそれでも君は足掻こうとしている」

「なんだ、諦めろと言いに来たのか」

 

 俺ら不快感を隠さずに言った。

 仰々しく身振り手振り交えて俺の惨状を話す様が、どことなく俺を滑稽なものとして見ているような気がしたからだ。

 

「違う、逆だ」

「逆?」

「もし……君の身体が治せると言ったらどうする?」

 

 その言葉にイラついていた感情が少し晴れた。

 

「何、本当か……?」

「ワタシは冗談で言わないよ、アルタ君」

 

 こっちをじっと見るユアンに侮蔑の色はない。

 

「もちろん、治してほしいと俺は言う」

「そうか、では重ねて問う。治した結果……君の身体にどんな異変が起きても許容出来るか?」

 

 空気が張り詰めて重くなる。

 覚悟を問われているような気がした俺は、迷いなく答える。

 

「出来る」

「ふふふ、そう言うと思ったよ……アルタ君」

 

 するとユアンはひらりとクロークを翻して此方を一瞥する。

 

「付いてきたまえ、ワタシの夜のデートと洒落込もうじゃないか」

「……デートは外せ」

 

 何でこんな奴が市長なんだよという言葉を飲み込むと、俺はユアンの後を覚束ない足取りでついていく。こいつが変態で道化師みたいな奴でも、もし俺が再び戦える手段があるのなら縋るつもりだ。

 それが例え太陽系を支配する悪魔みたいな機械が取引相手だとしても、俺には絶対に力が必要になる。

 

(ベガに置いていかれたくない)

 

 あいつが神にような力を持つなら、俺は悪魔の力を手に入れてやる。そう仄暗い決意を固めた俺はユアンと共に夜の闇へと入り込んでいった。

 

 ただこの時……俺は気づいていなかった。

 

「アルタ……?」

 

 スジュラとの用事を終えたベガが、ユアンと歩く所を見ていた事を。

 

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