人類が機械に負けた世界に転生したけど、記憶喪失の美少女アンドロイドを世話したらめちゃくちゃ懐いてきた   作:アスピラント

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異端の起源

「ジャック……助かって良かったな」

「まだくたばるなよって、神が言ってるんだろうな」

 

 サングラール王国に来てから2日、俺たちは意識を取り戻したジャックの見舞いに来ていた。無くした右手以外にも、顔や体にもびっちりと包帯が巻かれ、まさに満身創痍といった装いだが……意外にも元気そうだった。

 とは言え、もはや戦うことは出来ない体になっているのは明らかで、エイラは悲しそうに顔を歪めていた。

 

「すまない、俺たちがいながら……お前の仲間を全員守ることが出来なかった」

 

 タナクは無表情ながらに、済まなそうに目を伏せる。

 プーパの襲撃によってジャックとエイラの仲間は死んでいる。

 

「おいおい、あんたらのせいじゃない。悪いのはあの機械兵器どもだ、そしてあれを呼び寄せる仕掛けに気づけなかった俺たちの責任でもある」

 

 ジャックは忌々しそうに歯噛みしていた。

 俺たちは後から知った、アルカディストの中に死んだら敵を巻き添えにするために、プーパの信号を出す機器を持っている奴がいた。スジュラがユアンの調べから聞いたらしいが、それを聞いた時はなんて鬱陶しくて、悪辣な奴らだと思った。

 

「……ハンターは常に死と隣り合わせ、覚悟はしていたさ。アルカディストを絶対潰して……仇を討つ。それでトントンだ」

 

 エイラは静かな怒りを宿して言った。

 俺も奴らには借りを充分に返せていない。アガトの襲撃を計画した奴を、この手で始末していないのだ。

 

「ジャックの分、そして仲間の分まで……俺たちがきっちりケリをつけてやる」

「……任せたぞ、アルタ、ベガ、スジュラ、タナク」

 

 そして俺たちは病院を出ると、スジュラが言った。

 今日は見舞いだけじゃなく、もうひとつ大事な用事がある。それも……今後の動きに関わる非常に重大な時間だ。

 

「国王陛下への面会時間が近づけている、そろそろ行くぞ」

「ああ」

 

 それはサングラール王国の国王、リグラン3世との面会だ。

 

「スジュラとタナクはリグラン3世に会った事はあるのか?」

「一度だけ……だな、話しているのは主にユアンだからな。アタシらはただの戦士……政治的な仕事はしてない」

「そもそも我々は(まつりごと)に向かないタチだ」

「そうとも言うな」

 

 2人して、やや緊張気味なのはその影響だろうか。

 機人でも緊張なんてするもんだなと思っていると、目の前にでかい城が見えてきた。

 

 グラン・カステルはサングラール王国の威厳を象徴する巨大な城だ。堅牢な城壁が四方を囲み、塔の上には王国の紋章を掲げた旗が風にたなびいている。城門の前には屈強な門番たちが立ち並び、彼らの鋭い視線が訪問者を余すことなく見定めていた。

 

「本日……国王陛下と面会予定のスジュラだ。ユアンから話が其方に行ってるはずだ」

「少し待て――よし」

 

 俺たちは城門で名を告げると、門番たちは一瞬だけ互いに視線を交わした後、端末で確認した後で門を開いた。

 

「使用人が迎えに参りますので、中でお待ちください」

 

 門番の一人が短くそう告げると、俺たちは静かに頷き、その先に進む。

 

 城内に足を踏み入れると、すぐに使用人が現れた。質素だが洗練された身なりの男性で、整った所作から長く宮廷に仕えていることが伺えた。

 

「お待ちしておりました。国王陛下の間へご案内いたします」

 

 彼は穏やかな表情でそう言い、俺たちを導き始めた。

 城内は外観の荘厳さとは裏腹に、過度な装飾は控えられていた。大理石の廊下には控えめな金の装飾が施され、壁には歴代の王の肖像画が静かに並ぶ。静謐な空間が、王国の誇りと格式を感じさせた。

 

「ボク……こんな場所初めて」

「俺もだよ」

 

 多分前世でも王様と話すような機会はなかった。

 しかし文明崩壊後の世界でも、こんな王国が作り上げられてるとは。甲冑に銃というのは合わなそうだが、妙にマッチしている。

 

「――何故、お前はそう機人を嫌うのだ」

「人類の文明を崩壊に追いやった存在だからです、決まっているでしょう」

 

 だがその静けさの中で、ふと前方から剣呑なやり取りが聞こえてきた。やけにヒートアップしている、口論と言ってもいい。

 

「だが機人のおかげで我々も存続出来ている。今こそ機械と人が手を取り合わなければならないのだ」

「ですが機械はプログラムひとつで敵にも味方にもなる。敵になるリスクを孕んだ存在は少なくすべきです」

「それは人も同じだ」

 

 1人はリグラン3世だった。周りにいる護衛は今にも国王を守らんと飛びかかりそうな勢いだった。そして彼の真向かいにいるのは、40代ばかりの見た目をした屈強な体格をした男だ。丸太みたいに太い腕を見せつけ、腰には肉厚な剣を差している。

 

「たしかあの人って独立派の……」

「ああ……ユアンの画像にあったな」

 

 国王と対立する独立派にいるリーダーらしき人物。多分玉座の間に入れるから、偉い立場にはいるんだろうけど、よくもまぁ国王にあんな強気でいけるもんだ。国によるとは思うが、下手すりゃ死刑とか有り得そうだ。

 

「陛下」

「ん……!」

 

 すると使用人が勇敢にも2人の間を割って入って、リグラン3世に声をかける。俺たちの姿を見て、王様は察したのか独立派の男に向かって言った。

 

「予定がある……またいつても話は聞こう」

「……あれは……機人どもか」

 

 明らかに嫌悪感マシマシで睨む独立派の男。

 そんな相手に対して、あろうことか1番反抗的だったのはベガだった。

 

「……幼稚な人なんだね」

「人のふりをした忌々しい機械め……」

「あんたみたいな奴が沢山いるから、戦争は無くならないんだよ」

「ふん……鉄屑が思い上がるな……」

 

 舌打ちしながら男は去っていく。

 うん、あれは絶対に仲良く出来ない奴だ。

 

「むかつく……」

「まぁ、気にすんな。そんな奴だと思っておけばいいさ」

 

 この世界で機人を嫌う奴がいるのは知っている。

 少なくとも周りにはいなかった分、改めて目の当たりにすると新鮮さもあったが、強い不快感を覚えた。

 

(そら世界を滅ぼしたのは機械かもしれねぇけどよ)

 

 悪い機械ばかりしかいないのを俺は知っている。

 ベガを筆頭に、人と寄り添って生きる奴がいる事を知っているからこそ、俺は奴らにノーを突きつけてやる。

 

 第一、人間だって悪い奴と良い奴がいる。

 それと変わらないもんだと俺は考えていた。

 

「まずは、こうして時間を作ってくれたことに感謝する」

 

 それから数瞬してからリグラン3世は静かに口を開いた。

 彼は俺たちを見渡しながら、先ほどまでの張り詰めた雰囲気を払うように、一つ息をついた。

 

「私はサングラール王国の国王……リグラン3世だ。とはいえ、格式ばった挨拶は抜きにしよう。君たちもすでに知っていることだろうし、今は話を進める事を優先すべきだ」

 

 そう言って、彼は微かに口元を緩めた。形式ばらない態度ではあるが、その背筋の伸びた佇まいと、言葉の端々から滲み出る威厳は、まさしく王のものだった。

 

「……そして先ほどはアンドロス将軍が君たちに失礼なことをした。彼は機人に対する考えが極端でな、どうか気を悪くしないでほしい」

 

 その言葉には、単なる謝罪以上のものが感じられた。おそらく、国王として彼のような人物を抱えていること自体が苦慮すべき問題なのだろう。

 

「国王陛下が謝ることではありません」

 

 スジュラが即座にそう言い、タナクもそれに続いた。

 

「ええ。あのような思想を持つ者がいることは承知しております。我々にとって、あれは珍しいものではありません」

 

 二人とも丁寧な口調でそう返したが、アンドロス将軍の言葉をどう受け止めたのかは、それぞれの表情からは読み取れなかった。

 

 リグラン3世は短く頷くと、「そうか」とだけ言い、再び俺たちに視線を向ける。

 

「さて、詳しい話はここではなく、もう少し落ち着ける場所でしよう。来客用の部屋を用意してある。そこへ案内しよう」

「助かります」

 

 俺がそう言うと、リグラン3世は軽く手を振り、先ほどとは別の使用人が静かに近づいてきた。

 

「では、こちらへ」

 

 俺たちは使用人に従い、王の言う「落ち着ける場所」へと歩を進めた。そこは貴賓室だった、豪華な装飾品ばかりあるような部屋というより、古い機械や遺物が並ぶ学者みたいな部屋だった。

 

 リグラン3世は部屋の奥に座ると、優しげな笑みを携えながら話し出した。

 

「我が国の優秀なハンターを助けてくれた勇士、ユアンから聞いているぞ。頼もしいと」

「ユアンは誰にでも言う奴ですよ」

「ふははは、確かに中々読めない性格をしているが……本当にそう思っていると思うぞ」

 

 俺たちは使用人からしれっと置かれた紅茶を飲みながら、やんごとなき王様と談笑から入った。こういうとき……俺はどう立ち回ればいいかわからないから、スジュラとタナクに任せよう。

 

「さて……早速本題だが、ユアンから打診があったように……ぜひとも諸君らにはアルカディストの壊滅に協力してもらいたい」

 

 リグラン3世は改まって宣言した、

 

「それは勿論協力します、しかし……まさかサングラール王国の長である貴方が、こんなにも躍起になるのは……それなりの理由があるのですか?」

「勿論だともスジュラ殿、我々と彼らの因縁は長い。アルカディストという形になる前まで含めたら、もう数十年規模だ」

 

 すると王様は部屋の本棚から古びた本を取り出すと静かに語り始めた。

 

「この本の名は鉄の咎録——かつて我が国で広まった、機人排斥を訴える思想書の一つだ。著者は当時の学者で、機械技術の発展とその危険性を長年研究していた人物だった」

 

 彼は本のページをめくる。ところどころに挟まれた古い写真や、手書きの図が目に入った。

 

「この書が出回る以前から、機人に懐疑的な者はいた。しかし、決定的だったのはこの書に掲載された”ある資料”だった」

 

 リグラン3世は俺たちを見渡し、言葉を選ぶように間を置いた。

 

「その資料とは……荒野で発見された太古の研究施設で発見された……大戦期の記録だ」

 

 俺たちは息を呑む。

 

「その施設では人類と機械の間で熾烈な戦争が繰り広げられた事を示すデータが良い状態のまま保存されていた。そこに残されていたのは——機械によって虐殺された人々の記録、人体実験の痕跡、そして機人が無差別に都市を蹂躙した映像データだった」

 

 ベガが眉をひそめる。

 機人による殺戮というワードに、かなり過敏に反応しているように見えた。

 

「……それは凄まじく古いですね」

「ああ、きっとその施設はそれなりに重要な場所だったのだろう。セキュリティも稼働していたらしいしな」

 

 王様の語る内容にスジュラとタナクは神妙な顔で聞く。

 

「とは言え過去に何があったのか、我々は正確に知ることはできない。しかし彼らにとって何が真実かはどうでもいい、機械が人間を容赦なく殺したという内容が広まればいい。何せ人はセンセーショナルなものに惹かれる」

 

 リグラン3世は本を閉じ、深く息をつく。

 

「この記録を知った学者は、人々に警鐘を鳴らすべく《鉄の咎録》を執筆した。そしてその思想は長い年月をかけてじわじわと広まっていったのだ」

 

 タナクが静かに口を開く。

 

「つまり……その思想が、今の機人排斥派を形成していったということですか?」

「その通りだ、そして……それを危惧した私の祖父は彼らを追放した」

 

 リグラン3世はそれが全ての始まりだったという。

 

「追放された彼らはとにかく怒りを原動力に、あちこちで布教活動をした。その中で際立った思想を受け継いだ者たちの中から、ついに行動を起こす者が現れた。それが……アルカディストの原型となる組織だった」

 

 部屋に沈黙が広がると、王様は苦しい顔で呟く。

 

「つまりアルカディスト誕生のきっかけは……我々なのだ。我々が昔に対処していれば、犠牲者が出る事はなかった」

「じゃあ……積極的に壊滅に乗り出しているのは、身内の不始末を片付けるため……という事ですか?」

「その通りだ」

 

 俺の質問に対して王様はただそう答えるしかなかったようだ。なるほど……そら確かに殲滅に躍起になる気持ちもわかる。少なくともこの人は何だか責任感が強そうだ。絶対に何とかしたいという気概は充分にあると、俺の目線ではそう見えた。

 

「もうこれ以上の暴挙は許さない、私の代で決着をつけておきたい。だからこそ……我々は義勇団を結成し、サングラール王国の誇る戦士たちと、貴方達の混成部隊でアルカディストを倒す作戦を考えている」

 

 怒りや正義感に満ち溢れた王様の言葉は、側から聞いていた俺たちでも気合いが入りそうなぐらい、強固な意思が宿っていた。

 

「なるほど……ですが、アルカディストの組織的な規模感もわからないですし……そもそも誰が指揮しているのかもわからないのでは? まさか虱潰しに捜索する訳にも行きませんし」

 

 しかしそんな王の決意を聞いても、スジュラは至って冷静に意見を言う。確かに疑わしい拠点を潰してくだけじゃ、どうにもならないだろう。

 

 すると王様は一枚の写真をテーブルの前に出す。

 そこには赤い外套を着て、白い仮面を被った長身の人物が写っている。周りにはアルカディストの構成員が頭を下げて、敬っているような様子だった。

 

「この人物は……?」

「アルカディストの指導者だ、長い時間をかけて……誰が指揮しているかは突き止めている」

 

 まさかの大ボスの正体に、俺もベガも写真に釘付けになった。しかしどんな奴かはわからない。顔を隠しているし、体全部を覆い尽くすような外套のせいで、性別も分からない。

 

「こいつの名前は……」

「アルカディストからはナハトアと呼ばれていた、()()()を意味する言葉らしい。この者は滅多に姿を現さず、常に構成員といるのが確認されている。一体何者かはわからない……、アルカディストの指導者であるという事以外は」

 

 ナハトア……それが俺の故郷であるアガトを襲撃した奴らのボス。倒せばいい奴の姿が明確になってきた事に、俺の戦意が高まって来ていると、ベガは写真を見て何やら驚いているような表情をしていた。

 

「ベガ、どうした? そんな写真を食い入るように見て」

「……アルタ、ボクがさ……アガトを襲ってきた連中を倒した時、山脈を吹っ飛ばしたのを覚えているよね?」

「ああ、まぁな」

 

 この発言に王様はギョッとしていたが、とりあえず無視する。

 

「その時……妙な信号を感じて……狙ったんだ。あの時にちょっと姿が見えた奴らがいたんだ。2人」

「……ちょっと話していたやつか? 変な奴らが見ていたって」

「うん」

 

 そのベガの視線の先に――見覚えのある奴がいた。

 ナハトアのすぐ後ろに、純白と海のように真っ青なラインが入ったローブを着た集団がいた。アルカディストのとは違い、別世界から来た存在のように綺麗な服には、全く似つかわしくない鋭い目つきをしていた。

 

「ナハトアの後ろにいるこいつら、アガトを見ていた奴らと同じ格好をしてる」

「……何?」

 

 それは俺たちの因縁を一気に結びつける一言だった。

 

 

 

         *   *   *

 

 

 サングラール王国から約数十キロ離れた場所、そこには古代遺跡を思わせる巨大なコロシアムがあった。これは文明崩壊後に作られた建造物だ。古代に残っていた資料を基に、知識ある者たちがここに武勇を示すために作り上げたコロシアムなのだが、今やそれを作った者たちはいない。

 

 いるのは……別の存在だった。

 

 燃えるような太陽が、澄み切った青空の中央に君臨し、大地を突き刺す陽光が、砂塵舞う巨大なコロシアムを白々と照らし出す中、円形闘技場の観客席には、数え切れぬほどのアルカディストたちが集まっていた。その瞳は一様に、闘技場の中央――そこに立つたった一人の人物へと注がれている。

 

 ナハトア。

 

 その人物はあまりにも異質だった。

 

 白い仮面に覆われた顔は無機質で、性別すらもわからない。表情のない仮面の奥では、果たしてどのような感情が秘められているのか、誰も知ることはできない。

 

 だが――ひとつだけ確かなことがあった。

 狂気だ。

 

 指導者の身に纏われた不気味なまでに赤い外套は烈日の下でなお、鈍く燃えるような輝きを放ち、時折、熱風に煽られて揺れた。その度にまるで血が滴るかのような錯覚を引き起こす。

 

「さて……」

 

 そして、ナハトアは動いた。

 

 まるで指揮者のような仕草で腕を広げると、静寂が訪れた。陽炎が揺れる灼熱のコロシアムに、先ほどまで響いていたざわめきが嘘のように消え去る。

 

 次の瞬間――

 

「――皆さま、今宵この場に集われたことを、心より歓迎いたします」

 

 静かな声が響いた。

 穏やかで柔和な口調だったが、声には何か別の悍ましさがあった。

 

 奇妙に加工された声だからというのもあったが、それ以上にどこか紳士的でありながらも無機質な雰囲気もあったのだ。おまけに性別も年齢もわからない。仮面の奥に潜む正体が身の毛もよだつような化け物だと言われても、誰も驚かないだろう。

 

「この世界は欺瞞に満ち、腐敗し、人類が永きに亘って受け継いできた命脈は……断たれたも同然です。しかし、状況は変わりました。皆さまこそが、この滅びゆく時代の中で唯一……人類の誇りと善性を持ち、この偽りに満ちた世界を壊し、真実へと至る資格を持つ者たちなのです」

 

 その言葉が告げられるたび、観客席のアルカディストたちがじっと耳を傾ける。強い日差しが降り注ぐ中、誰もがナハトアの言葉に引き込まれていた。

 

「機械などに恐れる必要はありません。我らは新たな夜明けを迎えるためにここに集った。光に盲いた者たちはやがて崩れ……」

 

 熱風が吹き抜ける。

 ナハトアの外套が炎のように翻り、白い仮面が太陽の光を反射して鈍く光る。

 

「無残な骸を晒すのですから」

「「「ウォォオオオ!!」」」

 

 まるで、ナハトアこそがこの世界の真理を知る存在であるとでもいうように、アルカディストの大歓声がコロシアムを揺らす。

 

「我が指導者様!」

「人類のために! 指導者様のため!」

 

 ナハトアが両手を広げると、再び静寂が訪れた。

 先ほどまで耳をつんざくような歓声を上げていたアルカディストたちも、指導者の一挙手一投足を見逃すまいと息を潜める。

 

 「さて……今日は盛大な――」

 

 ナハトアの言葉が終わるよりも先に、コロシアムの入り口が開かれた。重々しい鉄の扉が軋むような音を立て、観客たちの視線が一斉にそこへと集まる。

 

 現れたのは、引きずられるようにして運び込まれた数十人の人間たち。

 

 その姿はあまりにも惨たらしかった。

 

 腕や足を折られ、皮膚を裂かれた者。

 顔を殴打され、血と涙でくしゃくしゃになった者。

 無惨にも喉を潰され、声すら発することができない者もいた。

 

 彼らはアルカディストによって拷問され、痛めつけられた者たちだった。

 

 そしてその中には機人の姿もあった。

 彼らはかつて、人間と共に生きることを望んだ者たちだった。

 

 だが、その身体はもはや原型を留めていない。

 

 腕をもがれ、脚部を破壊された機人。

 機能を停止寸前なのにも関わらず、無理やり動かされる機人。かつては人間と共存することを望んだが故に、アルカディストの手によって痛めつけられた彼らが、最後の舞台へと連れ出された。

 

 観客席のアルカディストたちが、怒りに満ちた罵声を浴びせる。

 

 「裏切り者どもめ!」

 「汚らわしい機械を庇うとは!」

 「奴らに慈悲など不要だ!」

 

 ナハトアは静かに腕を組み、仮面の奥から彼らを見下ろしていた。歓声と罵倒がコロシアムを満たす中、ナハトアはゆっくりと前に進み出る。

 

 「――皆さま、ご覧ください」

 

 穏やかな口調だった。

 

 観客たちの怒りに満ちた叫びが止むと、ナハトアはゆっくりと手を広げ、彼らを指し示した。

 

「この者たちは、愚かな機人を庇護し、共に暮らしていた人間たち。そして、機人自身……かつて我々の世界に紛れ込みながらも、人類の尊厳を踏みにじった者たちです」

 

 ナハトアの言葉に、観客席から再び怒号が巻き起こる。

 

 「許せん!」

 「我らの敵を、ここで裁け!」

 「指導者様、お言葉を!」

 

 ナハトアは微かに首を傾げた。

 

 「人類の敵を裁くこと――それは、我らの務めに他なりません」

 

 その言葉と同時に、コロシアムの奥で鉄柵が開く音が響く。

 ごとり、と重い何かが地を踏みしめる音。

 低いうなり声が空気を震わせる。

 

 次の瞬間、影がうごめいた。

 それは、異形の存在だった。

 

「ギャアアアア!!!」

 

 異様に長い四肢を持つもの、背中に突き出た無数の刃を纏うもの、肉と鋼が融合した異形の怪物たちが、コロシアムの中央へと現れる。

 

 彼らは暴走したキメラだった。アルカディストの手によって更に凶暴性に拍車がかかり、もはや元の機能を無くして生まれ変わった新たな怪物と化していた。

 

 観客席のアルカディストたちが息を呑むとナハトアはゆっくりと振り返り、片手を広げる。

 

 「これは、新たなる力」

 

  静かな声が響く。

 

「この時代に生きるために、人類が手にした新たなる進化」

 

 白い仮面が、陽光を反射して鈍く輝く。

 

 「さあ……生贄を捧げよう」

 

 その瞬間、キメラたちが一斉に動き出した。

 

「うわぁぁぁ!!」

「ぎゃ――――ぁぁ」

 

 キメラはアルカディストによって連れてこられた人間と機人を、バラバラに食い散らかしていく。悍ましい悲鳴が轟くとアルカディストは呼応するように歓声をあげる。まさに狂気の空間が繰り広げられている中、ナハトアは満足気に頷く。

 

「素晴らしい……機械の力というのは――」

「まだ未完成だ、あれじゃ上位の機人に破壊される」

 

 ナハトアがどこか光悦したようなトーンで呟くと、後方で冷静な声が聞こえてきた。ナハトアは後ろを振り向くと、仰々しく頭を下げる。

 

「御使様……」

 

 ナハトアの近くにいたのは、小綺麗なローブを着た6人の集団だった。戦闘に立つのは白髪にツーブロックに刈り上げた髪型をした長身の男だ。

 周りにいたアルカディストも一斉に、御使様と呼ばれる集団に頭を下げる。

 

「少し話がある」

「……かしこまりました」

 

 そのまま御使達とナハトアはコロシアムにある回廊を並んで歩きながら話す。

 

「解析は順調か」

「はい、それはもう……おかげさまで」

「来るべき時に調整が間に合わないでは話にならないからな」

 

 御使の男は淡々とナハトアに言った。

 御使はアルカディストの上位に位置している。彼らがいたからこそ、勢力は拡大出来た上に、新たな力すら手に入れる事が出来た。

 つまりナハトアは彼らに頭が上がらない立場でもあった。

 

「抜かりありません。我々は人類だけがいる世界を実現するためなら、如何なる犠牲も払います。ご心配なく……ドレイク様」

「なら……別件で依頼がある。というより……注意事項に等しいがな」

 

 御使のリーダー――ドレイクが睨みを効かせながら問うと、ナハトアは「……はい」とやや含みを持たせたような感じでこた。

 

「奴らの中には我々が追っている人物がいる」

「なるほど……」

 

 ドレイクはその人物の画像やデータをナハトアに共有する。

 

「こいつは我々の下へ生きたまま連れて行きたい、どうにかして誘導しろ」

「承知しました」

 

 ナハトアはすぐにしまい、データを配下へと送る。

 御使の命令は絶対であり、そして不可侵だ。

 何故――という疑問を聞く必要はない。

 自分達は……そういう存在なのだから。

 

「奴らの動きは逐一知らせろ、唯一の不安定要素と言っていい」

「かしこまりました」

 

 ナハトアはお辞儀をすると、配下を引き連れてどこかへと行った。ドレイクはそんな彼らを眺めると、部隊のメンバーへと向き直る。

 

「ジェラルド、ティムル」

「「はっ」」

 

 ドレイクの命で返事をしたのは、オールバックの髪の男と好戦的な笑みを浮かべた金髪の女だ。2人はローブをはためかせると、口を開いた。

 

「これで借りを返せるな」

()()()では不意をつかれた、次はこっちの番だ」

 

 ジェラルドは写真に画像に写る人物を睨む。

 そこにいたのは街でベガと歩くアルタの姿があった。

 

「戦争に新たな局面を齎せ、ジェラルド、ティムル」

「「了解」」

 

 命令を下された2人の戦士はすぐに向かう。

 こうしてアルタの知らない所で、因縁の対決が再び訪れようとしていた。

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