人類が機械に負けた世界に転生したけど、記憶喪失の美少女アンドロイドを世話したらめちゃくちゃ懐いてきた   作:アスピラント

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ちょっとコメディよりな話です


BSS大作戦

 セントールの歓楽街は煌びやかな光と人々の笑い声に包まれていた。街の中央にはそびえる高級クラブみたいな店があって、まるで獲物を誘うように艶やかな空気を漂わせている。そして俺はその中心に向かって、重い足取りで歩いていた。

 

「……くそ、なんで俺がこんな役回りなんだよ」

 

 重々しい式服の襟元を引っ張りながら、思わずぼやく。黒のジャケットに深紅のネクタイ、無駄に高級感のあるこの格好は、俺にとって軍用装備よりもよほど重たい。

 

――通信機からは、やれやれと言わんばかりの声が響いた。

 

《仕方ねぇだろ? 相手の好みがお前みたいな見た目なんだからよ》

 

 スジュラの声だ。完全に面白がっている。

 

「ふざけんな、俺がなんでそんな好みなんだよ」

《ああ? 鏡見ろよ、アルタ。お前みたいな陰のある顔立ちと、その無駄に冷静な目。相手から見りゃ格好のご馳走なんだよ》

「誰がご馳走だ」

 

 するとタナクの声も割って入る。

 

《まあまあ、気にするな。潜入任務だ、どうせすぐ終わる。お前はただ、その“いい男オーラ”を出してくれればいいだけだ》

「バカにしやがって……!」

 

 まぁこいつらはいい。

 からかって神経が逆撫でしてくるだけだ。

 しかし問題はこいつらじゃない――相棒のベガだ。

 

《……アルタ》

 

 突然、通信機越しに冷たい圧を感じた。

 低く、静かなベガの声。

 

《あんまり他の女に近づきすぎないでね? スクラップにしちゃうから》

 

 背筋が凍った。

 あれは冗談じゃない。本気だ。

 

「……お、おいベガ、これは仕事――」

《ふふ、冗談だよ? でも……万が一……魔が差したら……ボクはどうにかなっちゃうかもね? ふふふ》

 

 その声は甘く、優しい――けれど、その奥に潜む狂気が隠しきれていない。

 

《ゴホン!》

 

 スジュラが咳払いをして、なんとか空気を和らげようとした。それじゃ無理だよ。

 

《おいおい、ベガ、冗談キツすぎだっての。なあ、アルタ、気にすんな。あいつ、ただの嫉妬だよ》

「……わかってる」

 

 わかってるけど、怖ぇもんは怖ぇんだよ。

 タナクも若干引いていただろ。

 

(はぁ……早い所終わらせないと……)

 

 ベガにぶっ殺されるのが先か、それとも敵にやられるのが先か。何で俺がこんな事になっているか……それは今から数時間前まで遡る。

 

 

         *   *   *

 

 

 

「――義勇団かぁ」

 

 王様との謁見を終え、俺たちは義勇団の団長と副団長と会うことになった。義勇団はサングラール王国に住む兵士と、機人からなる部隊らしく、王国の中でも精鋭――らしいが機人は戦闘用ではなく、カテゴリーが3か4あたりがほとんどらしい。

 元より国内外で大規模な戦闘というのがあまりなく、アルカディストの原型となったカルト団体との衝突を最後に、平和な日常が続いている。

 

「にしても……アンドロス将軍が、国王陛下の元教育係だったなんてね」

 

 義勇団の団長と副団長との待ち合わせに指定された武器屋に向かう道中、ベガは何気なくつぶやいた。

 

「育ての親みたいな関係だったからこそ、あんなにヅケヅケと文句言えたんだな」

「スジュラがユアンに愚痴を言うような感じか」

「タナクも言えねぇだろ……、ったく政治的な問題なんざごめんだね。アタシらは諸悪の根源をぶっ潰したいだけなのによ」

 

 スジュラは文句を垂れ流しながら、このアルカディストを巡る関係性に、うんざりしているようだ。まぁそもそも人類だけの世界を築くという目標を掲げる事自体が、ポリティカルな一面を孕んでいるから仕方ない。

 

「だからこその調査だ、うまくいけば奴らの中枢に辿り着くかもしれない。文句ばかり言わない事だ」

「わーってるよ……にしても、キメラのマップの分布図……かなり細かいよな……」

「あれは驚いた、アイラとノラを入れた索敵チームがいい仕事をしてる」

 

 そこでスジュラは俺たちも絶賛気になってる事に言及した。

 それはユアンから渡された暴走したキメラの目撃情報と、その動きだ。

 

〈王様と接点持ったね皆、忙しい中ありがとう。そこでスジュラから依頼されたキメラの分布図を送った。参考にするといい〉

 

 ちょうど謁見を終えたタイミングでメール来たからびっくりした。少なくともここ数日間はアイラとノラの2人は頑張っていたようで、同郷としては非常に鼻が高かった。

 

「見りゃわかるが、キメラと一緒にアルカディスト達も多数目撃されている上に……ある地点に向かって移動していた。突き止めようとしたらしいが……敵が多すぎて断念したらしい」

「見つかって厄介な事になるよりはマシだよ……」

 

 とベガは心配そうに呟いた。

 確かにアイラとノラは俺たちより弱い。

 リスクがデカいからこそ心配していた。

 

「足取りが掴めたらいいな」

「それを確定するために、義勇団と協力するぞ」

 

 そして俺たちは武器屋に着いた。

 よく手入れされた銃と近接武器、索敵用のデバイスが並ぶ古めかしい内観をした店内だが、中は意外と広い。そしてそこにいたのはキリッとした顔つきをした男と、おそらく機人であろう緑色の髪をした女だった。

 

「すまない、あちこち移動させて。グラン・カステルにはアンドロス将軍の部下もいるから、なるべく別の場所がいいと判断した。私はレジール、サングラール義勇団の団長をしている」

「そして副団長のニンバスよ、よろしくね」

 

 男はレジール、女はニンバスと名乗る。

 2人とも義勇団の中でも優秀らしく、彼らならいい仕事をしてくれると王様からのお墨付きをもらっていた。

 

「私より強い機人が協力してくれるというだけでも、かなり心強いわ」

「ああ……何せこの仕事は我々だけでこなすのは難しい。アルカディストの一筋縄ではいかない相手だ」

 

 義勇団のリーダーの2人曰く、近年のアルカディストの武装はサングラール王国の持つ兵器より、性能が高い武装を持つようになったせいで、徐々に向こうが優勢な状態になっているという。死傷者の数も任務の度に増え、しらみ潰しにアルカディストを対処していく事も出来なくなったらしい。

 

「以前なら力押しも出来たけど、今はそうもいかない。だから攻撃するなら相手にとって、確実にクリティカルなダメージを与えるものでなければならない」

「本拠地を壊滅――とか?」

「それと指導者ナハトアを同時に仕留めるだな」

 

 スジュラの回答に、レジールは上乗せするように答える。

 

「そんな都合よく行くならいいんだが……」

「ところがだ、手掛かりはある。君らのおかげで」

「?」

「入ってください」

 

 何故だ――とニンバスに聞こうとすると、彼女は部屋に誰かを招いた。ガチャリとドアが開いて入ってきたのは――攫われた機人のアルファ・マインドであるアリスタだった。

 

「数日ぶりですね……みなさん」

 

 淡い青色の義眼を持つ女機人は、ニコリと微笑む。

 まさか彼女が関係してくるとは思わなかった俺は、ちょっと驚いた。

 

「アリスタさん……ね、彼女が何か手掛かりを?」

「私が――というより、亡くなったジェミナがと言った方が正しいですね」

 

 アリスタは手に持っていた何かを机の上に置く。

 それは何かのバッジのようなものだった。太陽のような形で、割と特徴的な見た目をしている。

 

「これは……」

「ジェミナが着ていた衣服のポケットに入ってました、これはセントールという街の町長が付けるものなのです」

 

 アリスタは苦々しく言うと、ニンバスが補足する。

 

「セントールはサングラール王国にある街の1つでな……、比較的機人に対して友好的な人達が多く暮らしてるところだ」

「じゃ、それって――」

 

 つまり――裏切り者がいる。

 それも街の代表クラスが。

 

「この報告を聞いた時、俺は驚いたよ。百歩譲ってアンドロス将軍ならわかるが、まさか身内に近い位置にいる者が、アルカディストとの繋がりを持っているかもしれないとは」

 

 レジールは今にも頭を抱える勢いだ。

 なるほど……つまり攫った一味が街の首長かもしれない、だから慎重に動かざるを得ない訳だ。

 

「とは言っても独立派が無実というわけじゃない、セントールの町長の周辺は、国王派だけじゃなく独立派とも近い奴がいる」

「証拠さえ掴めれば後は芋蔓式だ、そのために秘策がある……君らも協力してくれ」

 

 義勇団は深々と頭を下げ、再度頼み込む。

 元より断るつもりなんてない。俺たちは2つ返事で快諾した。

 

「ありがとう、それでだが……な。ちょっとこのバッジを持つ人が癖のある人でな」

「そう、私達だと義勇団だってバレてるし……第一この仕事は人間の男が1人だけ必要なのよ」

「?」

 

 いまいち要領を得ない口ぶりに俺は疑問に思っていると、アリスタさんが言いづらそうに話し出した。

 

「バッジの持ち主は……リリアさんという、遊び人気質な方なんです」

「遊び人??」

 

 どんな奴だよ――と突っ込む前に、レジールが語り出す。

 

「セントールは歓楽街があってな、沢山のハンターや商人、政治家などがこぞって金を落としていくから、サングラール内でも屈指の夜の街だ」

「んで町長のリリアは女性なんだが……これがかなり良くないというか、遊び人でな……男好きだ」

「うわぁ」

 

 1番引いていたのはベガだった。

 俺としてはまぁらしいなという感想しかなかったが、ベガからしたら、受け入れ難い内容だったのだろう。

 

「じゃあこれからする事は――」

「リリアと接触し……あわよくば家に行き、アルカディストとの繋がりとなる証拠を確認する。それがわかれば義勇団が突撃できる」

 

 早い話……お持ち帰りされろみたいな内容だった。

 なら役割は自然と男になる訳だが、誰がやるのだろうか。

 

「ちなみにリリアの好みは黒髪で、ちょっと影ある男だそうよ」

「……って事はよ……」

 

 スジュラの目が俺に向く。

 え、いや、俺はそんな無理だぞ。

 

「アルタしかいなくないか?」

「たしかに、リリアの癖に刺さる見た目だ」

「何だ、癖って。いやいや俺はそんな口説くとか無理だぞ」

「口説く必要はねえよ、いるだけでいいんだから」

 

 段々とお前がやるべきだなみたいな嫌な雰囲気が流れる。

 

「べ、ベガ! お前からも何か――」

「ダメ」

「ほら、ベガも――」

「他の女にアルタを触らせる訳にはいかない」

「ん?」

 

 しかしこの中で1番ブチ切れそうになっていたのは俺じゃなかった。相棒であるベガはニコリと笑ったまま、突っ立っていた。

 

「いや、ベガ。何も本気で――」

「わかってるよスジュラ、作戦なのは」

「な、ならよ……」

「だけど本能が拒否してるの、アルタに……他の女が靡く姿を見るのが、が、が、が、が」

 

 ガタガタとベガは震えると、ハイライトが消えた目になる。

 ちょっと怖いよ、落ち着いてよ。

 

「だ、ダメだ……! 必要な事だとわかっても嫌すぎるぅぅぅ!」

「お、落ちつけ!! ベガ! 何も本気じゃないって!」

「電子頭脳が焼かれる!! うわぁぁぁ」

 

 ベガはもう泣きそうなぐらい顔を歪めていたが、レジールは無情にも作戦にゴーサインを出した。

 

 

          *   *   *

 

 

 と言ったように、俺はハニートラップ紛いな作戦にピッタリな見た目だったため、1人で妖しい店へ行く羽目になった。まさか俺がこんな役回りするとは思わなかったが、これもアルカディスト壊滅の為と自らに言い聞かせて、今に至る。

 

(落ちつかねぇ場所だな、くそ)

 

 煌びやかな照明が天井から降り注ぎ、ルビー色のカーテンが店内を柔らかく包み込む。高級感漂う内装に、金持ちたちの笑い声とグラスの触れ合う音が響き渡る。まるで別世界だ。

 

 その中に放り込まれた俺は、少し縮こまったようになってしまった。

 

(……なんだこの空気……)

 

 慣れない酒と香水の混ざり合った匂いが鼻を突く。テーブルに座り、グラスに口をつける――中身はただの水だが、見た目だけはそれっぽく装っている。

 

《落ち着け、アルタ。普通にしてればいい》

 

 通信機越しにレジールの冷静な声が響く。

 

「……普通って、どうすりゃいいんだよ……」

《緊張を隠すんだ、視線を堂々と周りに向けろ。お前はここにいるべき人間なんだって顔をするんだ》

 

 無理言うなよ、と心の中で毒づきながらも、目だけは適当に流すように動かす。だが、それでも自然に振る舞うことなんてできやしない。

 

《アルタ?》

 

 別の声――ベガのものだ。声色は優しいけど、その裏に潜む冷たい刃が隠しきれていない。

 

《……早く終わらせてね? ボク、あんまり長くは待てないから……》

(やめろ、マジで怖い……)

 

 前門の虎、後門の狼とはまさにこの事。

 逃げ道なんてねぇじゃねぇかと……大量の冷や汗が額を伝う――その瞬間だった。

 

「あら……」

 

 俺の隣の席に、誰かが音もなく腰を下ろした。淡い香水の匂いがふわりと漂う。

 

「こんばんは、見ない顔ね」

 

 柔らかく、艶めいた声が耳に届く。

 

(来た……!)

 

 ゆっくりと視線を向けると、そこに座っていたのは――リリアだった。

 

 深紅のローブに包まれたその体は、堂々たる自信に満ちている。豊かな金髪が波のように肩に流れ、瞳は琥珀のように妖しく輝いていた。笑顔の裏に潜む狡猾さが、まるで爪を研いだ捕食者のように見えた。

 

「ああ、初めて来たんだ」

 

 なるべく感情を抑え、低く落ち着いた声を作る。

 冷静でいるフリだ。

 

「そうなの? ふふ、こんな場所に一人で来るなんて、随分と大胆じゃない?」

 

 リリアはゆったりと脚を組み替え、グラスを手に取る。その仕草は、意図的に魅力をアピールして興味を惹かせるためだろう。もし女慣れしてなかったら鼻を伸ばすかもしれないが、俺のバックには病んだベガがいる。興奮なんかより恐怖が勝ってる俺には効かない。

 

「たまには、こんなところも悪くないと思ってね」

 

 俺の返事に、リリアは口元を緩める。

 

「へぇ……言うじゃない。名前、聞いてもいいかしら?」

(本名はダメだ、偽名を使うしかないな……)

 

 とりあえずいいのが思いつかなかったから、適当に今作った名前を教えた。

 

「……アル。ちょっとした息抜きだ」

「アル、ね。ふふ、いい名前じゃない」

 

 リリアは身を乗り出してくる。距離が近い――その瞳の奥で、何かを見透かすような光がきらりと光った。

 

「あなた、少し……影があるわね。その目、何を見てきたのかしら?」

(随分と近い……)

 

 興味を惹くのは成功した。

 作戦は上手く行ってるが、通信機の向こうじゃ大変な事になっていた。

 

《落ちつけベガ! ブツブツいうの怖いから!》

《ずっとボクが最初に――》

《ベガ、目が光ってる!》

(何で上手くいってんのに、死に近づいてんだよ!!)

 

 順調に行くとベガに刺される。

 かと言って下手を打てばリリアに怪しまれ、作戦がおじゃんになる――どうしろと。

 

(無理だって……この状況で冷静になれってほうが無理だろ……)

 

 しかし俺も場数はある程度踏んで来ている。

 何事もなく俺は答えた。

 

「過去の話はあまりしたくない」

 

 できる限りそっけなく言う。

 リリアはその返答に、さらに興味を引かれた様子で笑う。

 

「ふふ……そういう男、嫌いじゃないわ。ねぇ、もう少しお話ししない? 私の隣で……もっと楽しい時間を過ごしましょう?」

(……来た。ここからが本番だ)

《いいぞ、そのまま誘いに乗れ。証拠を探すチャンスが来る》

 

 俺はリリアの誘いに無言で頷き、グラスを持ち上げる。

 

「……いいだろう、少し付き合おうか」

 

 リリアは嬉しそうに微笑み、俺の腕に手を絡めてくる。

 その瞬間、通信機からベガの声が微かに震えた。

 

《アルタ……終わったら……ちょっと顔貸してよ……大事な話があるから》

(とりあえず俺の死は確定したかな)

 

 曲がりなりにもリリアはそれなりに美人だ。

 ベガの嫉妬具合は最高潮になり、俺はもう今日が最期だと思って会話をしていく。

 

(いい感じに空気がほぐれてきたな)

 

 ――それが数十分続き、俺は確かな手ごたえを感じていた。

 

「――あはは、アル! あなたは面白い人ね」

「貴女こそ。やはり……人間との会話はいい、機人はどうも……作り物っぽいしな」

 

 話が合うという共通認識を抱かせ、俺は核心に近い事を言う。

 

「……あなた機人が嫌いなの?」

「この国じゃ言いづらいけど、実はそうなんだ。幻滅したか?」

 

 と俺が聞くとリリアはむしろ笑みを深くした。

 

「いーえ、むしろ……もっと魅力的かも」

 

 彼女の手がまるで蛇のように、俺の手にまとわりつく。

 いくら嘘をついているとはいえ、機人を嫌っていると自分で言うのも反吐が出そうになるが仕方ない。

 

「ねぇ、良かったらウチに来ない? 貴方にはどうしても来て欲しいの」

(来たな)

 

 やっとの事で誘いが来た。

 この数十分が永遠にすら感じたが、耐えた甲斐はあった。

 俺は平静を務めて、勿論と快諾するとリリアは手を絡めて俺を引っ張るように店を出る。

 

《――よし、アルタそのまま行くんだ。アタシらはずっと後方に着いて後を追う》

《ベガは白目剥いたから、今なら大丈夫だ》

 

 それと本当に大丈夫かよ――と俺はスジュラとタナクに言いたくなる気持ちを堪えて、夜の街をリリアと歩く。

 

「くふふ、今日は本当に運が良かったわ。貴方みたいな男に会えたもの」

「そりゃありがたいね」

 

 談笑を重ねつつ、俺は無意識に警戒を強めていた。夜の静けさが、かえって不安を煽る。石畳の上で靴音が乾いたリズムを刻むたび、俺の心臓も同じテンポで跳ねた。

 

「……この街も、もうすぐ変わるわ」

 

 突然、リリアの声が静寂を裂いた。

 何気ない一言のようで、その響きには妙な重みがあった。

 

「変わる? どういう意味だ?」

 

 問いかけながらも、俺は平静を装う。

 対するリリアはまるで見透かしているかのように微笑み、夜空を見上げた。月明かりが彼女の金髪に降り注ぎ、まるで舞台の上に立つ女王みたいに見える。

 

「サングラール王国は、もうすぐ終わるわ。あの古くさくて鈍重な王政は、近いうちに崩れる。建国記念日、その日が訪れたら――王国は御使の手によって生まれ変わるの」

(……御使?)

 

 その言葉が、頭の中で何度も反響する。妙な胸騒ぎが広がる。これはただの酔いどれ女の戯言じゃない。リリアの声には確信があった。まるで、すでに決まった未来を語っているかのように。

 

「……随分と大胆な話だな」

 

 言葉を選びながら返す。リリアは楽しそうに小さく笑った。

 

「ふふ、そう思う? でもね……変化は突然やってくるものよ。世界を揺るがすような出来事は、いつだって静かな夜に始まるの」

 

(嫌な予感しかしねぇ……)

 

 それでも、表情は崩さない。ただ、背後から遠巻きにこちらを見張っている気配が微かに伝わる。レジールたちが慎重に距離を保っている――それが唯一の安心材料だ。

 

「……ここよ」

 

 リリアの声に、はっとする。目の前に立つ屋敷は、街の煌びやかな喧騒から隔絶されたように、静かに佇んでいた。白い石造りの壁に、重厚な鉄の門。装飾の一つ一つが高貴な威厳を放っている。

 

(デカすぎる家だな、これ……)

「どうぞ、アル。今夜はもっと面白い話を聞かせてあげるわ」

 

 リリアは扉を開けると、ゆっくりと俺を手招きした。

 疑う様子は微塵もない。

 

(……行くしかねぇ)

 

 深呼吸一つしてから俺はリリアの屋敷へと足を踏み入れる。屋敷の重厚な扉が閉じられる音が、静寂の中でやけに大きく響いた。

 

(……成金の家っぽいな……)

 

 天井は高く、広々としたホールには時代を超えたような威厳が漂っている。壁には整然と数々の装飾品が飾られていた。

 

 黄金の額縁に収められた古い絵画、歪んだ造形の彫刻、そしてなぜか所々に散りばめられた、機械のようなパーツ――まるでただの美術品のように扱われているそれらは、見れば見るほど奇妙で、不気味な存在感を放っていた。

 

(博物館みたいだな)

 

 視界の隅にちらりと映ったのは、古びた金属の歯車に、精密な装飾が施された円形装置。それはまるで時代に取り残された遺物のように、静かにガラスケースの中で眠っている。

 

「ふふ、気になる? ここにあるものは、どれも珍しいものばかりよ」

 

 後ろからリリアの声がふわりと聞こえる。その響きは柔らかく甘いのに、妙に冷たい感触を含んでいた。

 

「……これは、何なんだ?」

「ただのコレクションよ。大切な友人から譲ってもらったの。とっても珍しい品々ばかり――あなたのような人なら、その価値がわかるんじゃないかしら?」

 

 その笑顔の裏に隠された意図を探るように、俺はリリアの瞳を見つめた。しかし、そこにあるのはただの好奇心なんかじゃない。狩る側の余裕――獲物を逃がすつもりのない、支配者の視線だった。

 

「これは……機械生命体の部品か?」

「正確に言うとキメラと……機人の部品よ」

 

 俺はその一言を聞いて、眉を顰めた。

 

「キメラと……機人? どうやって」

「ふふ、他言無用よ。私の友人が良くくれるのよ……機人の部品はお金になる、そして加工すれば武器にもなる」

 

 心底虫唾がはしる。

 一体どれだけの機人が犠牲になっているのか。

 

「……コレクションにしては、随分と物騒だな」

「物騒? ふふ……これからもっと面白いものを見せてあげるわ」

 

 リリアはゆっくりと歩き出す。高いヒールが床にコツコツと響き、その音は異様に大きく聞こえた。

 

 (もう何があっても不思議じゃない)

 

 案内された扉の向こうに広がっていたのは、さらに異様な空間だった。

 

 天井から吊るされたランプが鈍く光り、その下に並ぶのは無数の機械部品。精巧に組み上げられたそれらは、まるで時間が止まったかのように沈黙している。しかし、もっと目を引いたのは――部屋の奥に佇む、あまりにも生々しい“それ”だった。

 

(……機人の……標本?)

 

 見間違えるはずがなかった。金属の骨格に覆われ、精緻な細工が施されたその身体。まるで生きているかのような存在感を放つその標本は、ただの装飾品とは明らかに違う。

 

「それは珍しいコレクティヴの機人を、原型を保ったまま捕らえて解体したの」

 

 リリアは楽しげに語る。

 酔いも回り、その口は偉く饒舌になっていた。

 

 

「綺麗でしょう?」

 

 リリアが、嬉しそうにその機人の標本に近づく。指先でその表面をなぞりながら、恍惚とした笑みを浮かべた。

 

「これも特別な友人から譲ってもらったの。彼は機人狩りの名人でね。どんなに精巧に作られた機人だって、彼の手にかかれば金の山になる」

 

 その声には、誇らしさと歪んだ満足感が滲んでいる。

 

「私はそれを集めているの。ただの趣味じゃないわ――世にも珍しい部品や武器を売り捌けば、莫大な利益が手に入る。欲しいものを手に入れるのに、これ以上の手段はないでしょう?」

 

その言葉を聞いた瞬間、背中に冷たいものが走った。

 

「金のために……か」

「ふふ、あなたはまだわかってないのね。世の中は金と力で動いているのよ。理想? 正義? そんなものは、弱者のための幻想に過ぎないわ」

 

 その声は、完全に狂気に染まっていた。だが、まだ終わりではなかった。

 

「まだ、見せたいものがあるの」

 

 再び別の扉へと導かれる。その先に広がっていたのは、さらに異質な空間だった。

 

 壁一面に並べられた武器の数々。刃物、銃、槍、あらゆる殺傷用の道具が整然と並び、それぞれが致命的な美しさを持っていた。

 

 そして、視線の先に――あった。

 

(……あれは……)

 

 赤い外套。

 そして、白い仮面。

 まごうことなき、アルカディストの証だった。

 

(間違いねぇ……あれは……!)

「どうしたの?」

 

 リリアがゆっくりと振り返る。

 

「……もしかして、これに見覚えがあるのかしら?」

「噂には聞いていた、彼らは機人を積極的に狙っている集団の証だと」

 

 白い仮面が、静かに部屋の空気を支配している。あの仮面は、ただの装飾ではない。サングラール王国を脅かす存在――アルカディストの象徴。

 

「そうよ、私たちは聖戦士。この世界を正すためにしているの」

「……俺にこれを見せていいのか?」

「貴方なら……きっと喜んで入ってくれると思ったの、私……貴方みたいな人が側に仕えてくれたら……安心だわ……」

 

 艶やかに笑う彼女はそっと手を俺の頬に添える。

 俺はその手を掴むと薄く笑った。

 

「ありがとう、こんな誘いをしてくれて」

「礼には及ばないわ……」

「おかげで――色々な事がわかりそうだ」

「……は?」

 

 リリアは素っ頓狂な顔をした瞬間、窓を割ってスジュラが入り込み、リリアの腕を後ろに組ませて押し倒す。

 

「きゃっ……! 何!? なんなの!?」

「いやーナイスだぜアルタ、罪な男だなテメェは!」

「……もう二度とやりたくない」

 

 スジュラはケラケラ笑うと、後からレジールとニンバスが入り込む。最初は混乱していたリリアだったが、義勇団の団長と副団長の姿を見て、やっと気づいた。

 

「アル!! 貴方……義勇団の回し者なのね!」

「……まぁそういう事だ、欲深いからまんまとハマるんだよ」

「貴様!!」

 

 ジタバタともがくリリアだったが、機人に押さえつけられた脱出なんて不可能だ。

 

「お疲れ様、アルタ」

 

 するとベガが遅れて入ってきた。

 俺は自然と背筋をシャキッと伸ばして、彼女の側に駆け寄る。

 

「ベガ……悪かったな、その」

「うん、わかってる。必要な事だったから」

「じゃあ――」

「でもなかった事にはしない、いつかちゃんと時間に還元してもらうから」

 

 にっこりとベガは笑いながら言ってきたあたり、やはり気にはしていたなと俺は顔を引き攣らせる。ベガはそれを満足そうに見ると、今度はリリアに歩み寄る。

 

「……あなたは昔からこんな事を?」

「……クズ鉄の分際で、あの男と恋仲かい? くは……人間のフリなんかするなよ……気持ち悪い」

 

 こいつ、ベガになんて口を聞きやがる。

 

「アル、この機人と付き合ってるのか? くはは……そこら辺の()()と付き合ってるって言ってるようなものだぞ」

「テメェ……」

「待ってアルタ」

 

 あまりにもムカつく発言に俺はキレかかるが、ベガは手で制す。

 

「お前らは必ずスクラップにしてやる、この太陽系から残らず……!」

「言いたいのはそれだけ?」

「……は?」

 

 するとベガは俺の近くに来て、大切そうに手を握ってきた。

 

「ボク、貴女みたいな人にならなくて良かったと思ってる。だから大切な人が出来て……今こうして隣にいるって実感した」

「何が言いたい……」

「わからない? 貴女みたいに可哀想な人は……一生ひとりなの、誰も貴女を大切にしないし……人を傷つけた分だけしっぺ返しがやってくる」

 

 そしてベガは胸を張って言った。

 

「散々好き放題してきたんだ、その報いはしっかり受けさせる。せいぜい……ボク達機械の役に立ってよね、お馬鹿さん」

「クズ鉄が見下すなぁ!!」

 

 最後にリリアは威勢良く吠えた瞬間――ベガは彼女の側にしゃがみ込んで、軽く頬をペチンと叩いた――ちなみに特殊合金製である。

 

「ぐげっ!?」

 

 ゴキンという凄まじく痛々しい音を奏でて、リリアは意識を無くす。軽くとはいえ、ベガのビンタは人の意識を容易く奪う威力は最低限持っている。

 

「……とりあえず連れていくぞー、アルタ。ベガの機嫌は任せる」

「あ、ああ……」

 

 スジュラによって呆気なく連れていかれた。これから義勇団がリリアの自宅に入って色々調べてくれるだろう。そうなればきっとアルカディスト壊滅により近づく。

 

「ふん、いい気味。この程度で済んで感謝してほしいくらい」

「た、確かに」

 

 これでもめちゃくちゃ我慢したんだからと、ベガは鼻を鳴らす。

 

「最初作戦聞いた時は……すっごく嫉妬しちゃったけど」

「ん?」

 

 するとベガは妙に改まった様子で言った。

 

「ボクのために怒るのを見て、ちゃんと大切に思ってくれてるんだなぁって安心した。ありがとう」

「!」

「ボク……アルタを想えて幸せだ」

 

 ニコリと笑うベガは、そのまま俺の手を握ったまま「帰ろう」と言ってきた。小っ恥ずかしいが……それでも俺は幸せな気分のまま、その場を後にした。

 

「あ、でもヤキモキさせた分は絶対なかった事にはしないから!」

「わかってるわかってる」

 

 とりあえず明らかになったのは、くれぐれもベガを嫉妬させすぎない事だ。じゃなきゃいつか怖い目に遭うと、本能で俺は感じ取った。

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