人類が機械に負けた世界に転生したけど、記憶喪失の美少女アンドロイドを世話したらめちゃくちゃ懐いてきた   作:アスピラント

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御使の思惑

「――エリュシオンの戦士ってどんぐらい強いの? スジュラ」

「おー何だベガか、んー……正直奴らが大々的に攻めてくる機会は少なかったから、アタシはあんまり経験ないんだがな」

 

 数日前――それはアルタとベガの2人がサングラール王国にやってきてちょっとしたタイミングだった。ベガは何気なくスジュラに、エリュシオンの強さについて聞いていた。

 

「実力は正直ピンキリだが……弱くはない。アタシらはカテゴリー5が中心だが、向こうも同じぐらいだな」

「そうなんだ……人間なのに? EXOスーツ着てるとか?」

「いや、その上位互換だな」

 

 ベガのイメージでは、強い人間といえばEXOスーツを着た戦闘員だった。アルカディストの中にいる奴らが着ているから、そのイメージが強かった。

 

「奴らはナノテクノロジーでバトルスーツを格納している。機人に匹敵するほどの武装を内蔵したスーツは、エリュシオンの戦士の標準装備――アセンション・システムという名前で知られている」

「アセンション……」

 

 アセンション……昇格、昇天などを意味する言葉だ。

 何という大層な名前だろうかとベガは思った。

 

「人の身でありながら、人を超えた力をもたらされたあいつらは手強い。油断は絶対できない」

「やっぱり……強いんだ」

「そらな……地球生まれのアタシらにはない最新武装を持ってるし」

 

 スジュラはそこで言葉を区切った。

 それまでの軽い口調とは違い、次の言葉を選ぶように慎重な間を置く。

 

「……とにかく、もしそいつらが現れたら、絶対に容赦すんなよ、ベガ」

 

 その言葉の重みが、やけに響いた。

 普段は豪快で楽天的なスジュラが、これほどまでに厳しく言い放つのは珍しい。

 

「……うん」

 

 ベガは知らず知らずのうちに背筋を伸ばしていた。

 戦闘には慣れているつもりだった。だが、スジュラの言葉の端々から滲む警戒心と、それに裏打ちされた実感のこもった口調が、妙に胸の奥に引っかかる。

 

「じゃなきゃ、こっちが殺される。奴らに慈悲はないからな」

「……うん、わかってる」

 

 静かに鋭く断言するスジュラの言葉が、ベガの心に深く突き刺さった。

 

 

          *   *   *

 

 

「――ッあ!!」

 

 研究施設内で閃光が明滅する。

 解き放たれた莫大なエネルギーと熱が、老朽化した鋼鉄の施設を溶かすと、炎に包まれたベガが飛び出して、床をゴロゴロと転がっていった。

 

「ぐ……!」

 

 痛みの信号が機体に行き渡り、ベガは苦痛に顔を歪めた。

 凄まじいフォトンの奔流を食らったせいだ。何とか彼女は身体を起こして、目の前に浮かぶティムルを睨む。

 

〈流石に頑丈だなぁ、お前〉

 

 青と金の装甲を身にまとい、鋭利な刃を想起させる羽を生やした翼を広げたその姿は、御使という神秘的な存在に、兵器の概念を組み合わせた異形だった。

 

 これがアセンション・システム――なるほど、これを考えた奴の思想が何とかなく読めてきたと、ベガは思っていた。

 

「貴女達は何の目的でアルカディストと接触したの」

〈知りたければ脳みそ取り出して、好きに読み取ってみろ〉

 

 ティムルは挑発的に、親指でヘルムをコツンコツンと軽く叩く。するとベガの思考が段々と冷徹なものになっていく。

 

「…………んじゃそうする」

 

 ベガはブラスターハンドガンを2丁、光子武装(フォトン・アルマス)を用いて生成すると素早く構えて乱射する。1発1発がコレオプレテラなど、重量級プーパを粉砕する絶大な威力を誇る代物だ。

 

「どの道……お前たちは殺すべき敵だし」

 

 そしてベガは躊躇なく引き金を引く。

 光と爆炎が薄暗い地下施設を明るく染め上げる中で、ティムルは極めて機敏な機動力を活かして避けつつ、連射力に優れたキャノン砲を両手に形成――そのままベガの弾丸を相殺していく。

 

〈標準武装は質がいいな、だけど……私らを前に焼き払おうとした()()は使えないらしいな〉

「……ふん」

 

 ニヤリと笑うティムルの指摘は間違っていなかった。

 ベガはいまだに光子武装が下手である。高度で複雑な武装が出来ない今のベガに、出来る戦闘手段は少ない。

 

 機体……フォトン……秘められた機能、その全てを考慮すると不具合が起きていると判断されてもおかしくはない。事実ティムルはそう思っていた。

 

 しかし今は違った。

 

〈妙な機械だな、機能が制限された機人なんて。普通なら制限なんてかけずに、状況状況に応じて対応出来るようにシステムが判断するもんだ〉

「何が言いたいの……」

〈お前は単なる機人じゃないという事だな〉

 

 ティムルの中では、ベガを単なる不具合によって制限がかかってる――というより、何かを隠すために使えていないように見えた。彼女のバイザーにはベガのスペック査定をする機能が積まれているのだが、推定で10となっていたり、判別不能と出たりして安定していなかった。

 

〈私らからしたら、お前こそ何者だって話だ。()なら何か分かるかもだが……不要な情報は隠匿するお堅い人ばかりだ。壊す前にお前の素性を暴いてやる〉

「やってみなよ」

 

 その瞬間――ティムルは背部から光のミサイルを数十発と、ガトリングに変形した両腕で光の絨毯爆撃を行う。危機を感じたベガは焦りながらも、炎の嵐の中を駆け回る。

 

(攻撃が多彩すぎる……!)

 

 ベガは心の中で舌打ちする。

 爆音が響き渡り、閃光が乱舞するとティムルの背中から展開された無数のビットが、蜂の巣のようにベガを囲み、一斉にビームを照射した。

 

「チッ……!」

 

 床が焼け焦げ、爆炎が視界を埋め尽くす。

 ベガは迷いなく地面を蹴り、一気に加速した。

 

〈すばしっこいな〉

 

 光の奔流が、紙一重で背後を掠める。

 ビットは瞬時に角度を変え、四方八方からビームを撃ち込んできた。

 

 それでも――ベガの動きは止まらない。

 

 右へ、左へ、前へ。地を蹴り、壁を蹴り、天井すら利用して走る。

 

 身体を捻り、足を振り上げることで、わずかな隙間をすり抜け、最小限の動きで弾幕を回避していく。

 

(こんなのにまともに撃たれたらただじゃすまない、これ以上仕掛けられる前に……!)

 

 無尽蔵に等しいスタミナを持つ彼女は、一切の速度を落とす事なく走り続けていた。ティムルによる追撃の手が激しいのもあったが、1番の理由は彼女を撹乱させることにあった。

 

〈いい加減仕掛けたらどうだ!?〉

 

 ティムルの挑発と同時に、さらにビットの編隊が展開される。

 

 四方を囲み、一気にビームの嵐を放った。

 

「ッ……!」

 

 瞬間、ベガは床を蹴り、横転するように回避。

 そのまま低い姿勢のまま、駆け出した。

 ビームの熱が皮膚を焼くほどの至近距離――それでも彼女は止まらない。

 

 むしろ、前へと彼女は突っ込む。

 飛び交う光線の隙間から、一直線へと続く道をすでに見据えていたからだ。

 

(この隙間を使って距離を詰める!)

 

 ベガの瞳が鋭く光る。

 ビームをかいくぐりながら、ついにティムルの目前まで肉薄――しかしティムルは冷笑しながら直線軌道で迫る彼女に対し、キャノン砲を向ける。

 

〈甘いな……〉

 

 額に狙いを定めて、フォトンを圧縮、機人の頭蓋をぶち抜くレーザーを放つために、ティムルが発射しま瞬間――ベガはそれをギリギリで見極めて、寸前で体を捻り、肩越しに拳を滑らせるように回避した。

 

〈何……〉

「甘いのは……お前だッ!!」

 

 そのままベガは全身のバネを使って跳ね上がるようにして拳を叩き込んだ。普通なら確実に仕留められる一撃だ、現にベガも一瞬だけ勝利を確信した。

 

 しかし――

 

〈危なかった所だ〉

「な……!」

 

 ベガの拳はティムルのヘルムの直前で、透明の何かに阻まれていた。恐らくシールドの類だとベガは気づいたが、透明かつここまで頑強なものを見るのは初めてだった。

 

〈新しいシールドを搭載して正解だったよ〉

 

 ティムルが冷笑を浮かべながら、シールド越しにベガを見下ろす。

 

「新しい……シールド……?」

〈何せこのPCSの実戦投入は初だ、ちゃんと機能するかは博打だ〉

 

 P.C.S――フェイズ・コントレイル・シールド。

 それは極薄のエネルギーフィールドを相互干渉させることで、高速の物理攻撃を弾きつつ、エネルギー攻撃を分散・無効化する防御機構だった。

 既存のバリア技術とは異なり、展開されていることを視認しづらく、発生する波長も従来のセンサーでは感知が難しい仕様となっていた。

 

〈だけど結果は見ての通り……だな?〉

「く……!」

 

 ベガは歯を食いしばる。

 届いたはずの攻撃を完全に弾かれるとは思わなかった。

 しかも今の彼女は致命的な隙を晒していた。

 

〈切り刻んでやる〉

 

 ベガの拳を引く間もなく、ティムルの両腕が変形し、鋭利な刃が瞬時に形成される。その形状は流線型のブレード、しかしエネルギーの奔流が刃の周囲を走り、瞬間的に高温を発していた。

 

(何あれ……高周波ブレード!?)

 

 ベガの見立ては半分正しくて、半分間違っていた。

 流体金属と高周波振動システムを融合した近接格闘用武装で、形状を瞬時に変化させ、斬撃だけでなく貫通、粉砕といった多様な攻撃モードへと適応できる改良型の高周波ブレードだった。

 通常のブレードでは弾かれる相手にも、最適な形態に切り替えることで、確実にダメージを与えることが可能な代物。

 

〈死ね〉

 

 ティムルの双刃が一瞬で形を変え、流れるような動きでベガへと襲いかかる。

 ベガは即座に後方へ跳ぶが、その刹那、刃の軌道が変化し、僅かなタイミング差で追尾するように彼女の機体を捉えた。

 

「クッ……!!」

 

 刃がベガの肩をかすめ、火花が散る。

 次の瞬間、ティムルはシールドを解除し、さらに踏み込んで――

 

〈ゼァ!!!〉

「あ――ぅ!!」

 

 一瞬の内に斬撃を繰り出し、ベガを吹き飛ばした。

 吹き荒ぶ熱波によって周囲には更に破壊の痕跡が刻まれ、ベガは壁をぶち抜きながら倒れ伏す。

 

「ぐ……ぅ!」

 

 青い血が腕や顔から流れる。

 頑強な機体に明確なダメージが入った証拠だった。

 

〈普通の機人ならバラバラになっているんだが……くはは、カテゴリー10の性能は伊達じゃないか〉

「はぁ……はぁ……」

 

 ティムルは余裕ある態度を崩していないが、内心は驚いていた。ベガの機体が想定より遥かに頑丈だ。破壊までは至らなくても致命傷にはなっているという見立てだったが、どうやらそこまでは至っていない。

 

 機体だけ見れば十分高性能だが……カテゴリー10には見えない体たらくだった。

 

(……にしても10にしちゃ弱すぎる。ますます違和感しかない)

 

 ある種の不気味さをティムルは覚えていた。

 何故……ここまで性能を落としたのか。

 そして何故それを本人(ベガ)は自覚していないのか。

 

(……まぁいい、私は仕事をするだけ)

 

 とりあえずティムルはやるべき事を果たすだけと、自らに言い聞かせて、再び戦場に意識を向けた。

 

 

         *   *   *

 

 

「――俺たちと同じ……聖戦士の候補生だった事ぐらいは」

 

 ジェラルドと名乗った男は、静かに俺を見据えながら言った。聖戦士……大層な名前だが、確かな狂気がそこにあった。

 

「俺が……お前らと同じ?」

「そうだ、正確に言えば貴様は我々よりも前に生み出された存在だ」

 

 俺がエリュシオンの関係者――というのは親父(ローグ)から聞いてはいた。親父曰く……()()()()を受けていたと。具体的に何をされたかは決して語ろうとして来なかったからこそ、俺は敢えて聞くような事はしなかった。

 

 いや……知りたくない気持ちも少しあった。

 酷い扱いを受けていた記憶がないなら、別にそのままで良かったから、俺は知りたいと言わなかった。

 

 だけどここに来て、俺って知らない過去が追いかけてきた。

 

「なら……なんだ、わざわざ皆と俺を引き離したのは、確実に処分するためか?」

「それはお前の返答次第だが……違う」

 

 違うというのはどういう意味だと、俺が聞く前にジェラルドは口を開いた。

 

「俺たちはお前を迎え入れる準備がある」

「は……?」

 

 言っている意味がわからなかった。

 敵である俺を何故引き入れるつもりなのか。

 

「冗談はよせ、俺を殺す気だったろ」

「最初発見した時はな、だが今は違う……そうだろ? お前の肉体は()()だ」

「……」

 

 ああ、なるほど――身体の機械化か。

 

「あの研究ログを見ただろ、アルタ」

「趣味わりぃ奴だったよ」

「失敗したログだったからな。まぁ当然だ……エリュシオンが目指す理想は、倫理観という不要な鎖に囚われていては、達成出来ないものだ」

 

 進化した人間を作り出すという狂気に満ちた思想によって、一体どれだけの人が命を落としたのだろうか。少なくとも千年以上は続いているのなら、あんなものは氷山の一角に過ぎないはずだ。

 

「これまで積み重ねた犠牲の上に……我々という成功例がいる。人の身を保ちながら、機人に抗える力だ。だけど……これはまだ完成形じゃない」

 

 ジェラルドは淡々と語り続ける中で、俺は隙を探す。

 

「何もかもが……まだ機械に届いていない。対処出来るのはまだカテゴリーの中間から少し上位にいる奴らだけ。本当の上にはまだまだ届かない。その上で……機械は1秒単位で変化する。俺たち人類は何とか喰らいつくのに精一杯だ」

「……そこで俺が……どう役に立てるんだよ」

「お前の意識は、何が仕込まれていると思う? アルタ」

 

 意識……仕込まれる?

 何を言っている。

 俺は俺だ――そう思っていても、ログやこれまでの幻聴、そして奴らの研究成果から、既に導き出された結論は残酷な現実を示している。

 

「俺たちの頭の中には、鹵獲した機人の意識データが仕込まれている」

「……!」

 

 そう言われた瞬間に、頭の中で砂嵐混じりの映像が流れ込む。どこかわからない研究施設の中、白亜の未来都市にて白い衣服を着せられた幼い俺の姿と、何かの機械に繋がれた俺の姿が。

 

「機人の思考回路を人体に適応し、強化された肉体とアーマーを装着する事で……俺たちは機人と渡り合える力を得た」

 

 ジェラルドは淡々と語り続けながら、俺を見据える。

 

「改めて言うぞアルタ、お前は勘づいているはずだ。ログにあった失敗例は何も無作為に選んだものじゃない事を」

「……黙れ」

「お前の内側に宿る()()()()()が、何によって引き起こされているものか気づいたはずだ」

「うるせぇ!!」

 

 俺はパラディオンをかまえる。

 惑わされるな、アルタであるという事をはっきり意識しろ。

 

「お前が何を言おうと」

 

 囁きが強くなる――蓋をこじ開けろと。

 だけど俺は屈するわけにはいかない。

 

「俺はアルタだ!!」

 

 絡み合った数多もの意識が、俺という意識を食い潰さないように、改めて自らの名前を叫んで言い聞かせる。

 

「故郷にいた仲間を殺す奴なんかと、手を組む訳ねぇだろうが!!!」

 

 そして俺は引き金を引き、ありったけの弾丸をジェラルドに浴びせる。威力の高いバトルライフルの設定に切り替えて、確実に殺すために撃ち込んだ――

 

「そうか残念だ。起動――ルーメン・キャヴァリエール」

 

 するとジェラルドは右手だけを翳すと、青と白のカラーリングをしたアーマーが、右腕だけを包む。

 

(何だありゃ……!?)

 

 まさかEXOアーマーか、いやあれよりもずっと高性能に見える。

 

「スクトゥム」

 

 奴が何かを呟くと、円形の盾が出現して弾丸を全て弾く。薄いエネルギーの膜が張ってあるのか、ほんのりと青に光っていた。

 

「無理やり叩き潰して連れていく事としよう」

「!!」

 

 あっという間だった――ジェラルドは俺の前に一瞬で迫り来ると、アーマーに覆われた方の手で力強く殴りつけてきた。咄嗟に腕で庇ったが、骨が砕けて肉が潰れたような音がして、一瞬で使い物にならなくされた。

 

「あぐ――――!!」

「……ふん」

 

 そのまま容赦なく膝蹴りで腹を蹴られ、流れるような動作で俺は更に痛めつけられる。だが俺だってやられっぱなしは我慢ならない。骨を折られようが内臓を潰されようが、俺の中に宿るナノマシンが命を繋ぎ止める。

 

「いてぇなぁ!! ごらぁぁ!!」

 

 バチバチと目の前に火花が走ったような気がしたが、無視して俺は思いっきりジェラルドを殴りつける。

 

 だが――手応えがない。

 俺の拳は確かにジェラルドの顔面を捉えたはずにも関わらず。

 

「なっ……」

 

 奴の首がわずかに傾いだだけで、ダメージを負った様子がまるでない。アーマーが覆っていないはずの顔面にすら、俺の一撃は通じていない。

 

「その程度か」

 

 ジェラルドの冷静な声が響いた次の瞬間――凄まじい衝撃が腹部に奔った。

 

「が……っ!!?」

 

 息ができなかった。

 鳩尾に深々と拳をめり込まされると、俺の全身から一気に力が抜け、胃の内容物が逆流しそうになる。膝が折れかけるも、倒れる前にジェラルドの手が俺の首を掴んで持ち上げた。

 

「ぐ……がっ……!」

 

 苦しい、呼吸ができねぇ。

 

 ジェラルドの指は鋼鉄のように固く、首の骨ごとへし折る勢いで締め上げてくる。視界が滲み、耳鳴りがする――。だが、そんな状態でも俺は足を振り上げ、思い切りジェラルドの脇腹に蹴りを叩き込んだ。

 

「……ほう」

 

 だが蹴った側の足に痛みが走った。

 鉄を蹴り込んだみたいな感覚だ。

 

(少し力が緩んだ……!)

 

 奴の指が僅かに緩んだのがわかった。

 その隙に俺は奴の腕を掴み、逆の足を巻きつける形で関節技を狙った。

 

「おおおおおおッ!!」

 

全力で捻り上げる――が、

 

「無駄だ」

 

 ジェラルドの身体が一瞬沈み込んだと思った直後、俺は思い切り地面に叩きつけられた。

 

「――ッッ!!」

 

 背骨が砕けたかと思うほどの衝撃。口の中に血の味が広がる。ジェラルドは掴んでいた俺をそのまま宙に持ち上げ、さらに――

 

「流石に頑丈だな」

 

 二度目の投げで、俺の体は地面を抉りながら叩きつけられる。

 

「ゴホッ……!! くそ……がっ……!!」

 

 ナノマシンが傷を塞ごうとしているのがわかるが、回復が追いついていない。肋骨がいくつか折れ、内臓にダメージがいってる。

 

「意識を失うまでやらせてもらうぞ」

 

 そうジェラルドが低く呟くと、今度は俺の襟を掴んで強引に引き起こす。

 

「ぐ……」

 

 立ち上がるどころか、足に力が入らなくなってきた。

 回復を上回るダメージを立て続けに負ったせいだ。

 

「ふざけんな……」

 

 それでも、俺は奴の手を振り払おうとするが、力の入ってない俺の抵抗なんて、奴からしたら何でもないものだった。

 

「フン――」

「が……ッ!!」

 

 拳が頬骨を砕き、俺の顔が弾け飛ぶように横を向いた。視界がぐるりと回る。そのまま続けざまに腹へ拳が突き刺さる。まるで杭を打ち込まれたかのような衝撃だった。

 

「ッ……がぁ……!!」

 

 呻く間もなく、ジェラルドの蹴りが脇腹に突き刺さり、俺の体は宙を舞った。

 

「――が……」

 

 岩壁に叩きつけられ、土煙が舞い上がる。全身が悲鳴を上げるが、それでも俺は立ち上がろうとした。だが、ジェラルドは一歩も引かず、静かに俺を見下ろしていた。

 

「さて……連れていかせてもらおうか」

 

 段々と視界が暗くなり、意識が遠のいていく。

 このままじゃ……俺は奴に連れていかれて、何をされるかわからない連中の中枢に送り込まれる事になる。

 

(やられて……たまるかよ……)

 

 ぼんやりとした意識の中で、俺はただ血の味を噛み締めていた。

 

 全身の痛みはもはや鈍く、鼓動の音すら遠い。

 ジェラルドの手が俺の襟を掴み、身体を引きずる感覚があるが、それすらも曖昧だった。

 

 ――殺せ。

 

 不意に、そんな声が響いた。

 いや、声というよりも、内側から滲み出るような圧倒的な衝動だった。

 

 頭が軋むような感覚とともに、視界の端が黒く染まる。意識が霞んでいくのと反比例するように、胸の奥底から滲み出る感情――破壊衝動が俺の脳を侵食していく。

 

 ジェラルドの冷たい手の感触が、獣に首根っこを掴まれたような嫌悪感に変わる。理不尽に蹂躙される怒りが、脊髄を這い上がるように燃え上がる。

 

 ――壊せ。何もかもを。

 

 それは俺自身の考えじゃない。だけど、確かに俺の中にある何かだ。

 

 俺の頭蓋を何本もの手がこじ開け、何か別のものが入り込んでくる感覚。焼けるような頭痛に、吐き気が込み上げる。

 

「……ッ、ぐ……あ……」

 

 声にならない呻きが漏れる。

 抗おうとする理性が悲鳴を上げる。

 俺はアルタだ。俺の意識は俺のものだ。

 

 ――それでもお前は、お前だけじゃない。

 

 頭の中に、無数の声が混ざり合う。言葉にならない叫び。怨嗟。憎悪。俺の中で押し殺されていたものが、殻を破り、牙を剥いて暴れ出す。

 

 「――ッ!!」

 

 目の前が真っ赤に染まった。

 熱い。

 焼けるように、血が沸騰する。

 意識を手放す瞬間、俺は確かに感じた。

 俺の身体が、俺のものじゃなくなっていく。

 

 ――ここからは俺の番だ。

 

 その言葉を最後に、俺の意識は闇に沈んだ。

 

 

         *   *   *

 

 

「――む?」

 

 ジェラルドは引きずっていた男の異変に気付いた。

 静かだったはずのアルタが、突然痙攣し始めた。

 

 「……ん?」

 

 不快な音がした。骨が軋むような、歪な音。

 次の瞬間、手の中の身体が異常な力で捻じれた。

 

 「ッ――!?」

 

 ジェラルドの腕を掴んだアルタの手が、まるで獲物を握り潰すかのように強張る。

 

 「チッ……!」

 

 咄嗟に手を放そうとするも、遅かった。

 アルタの身体が異常な速度で弾けるように動き、ジェラルドの腕に絡みつく。

 

 「ガッ……!」

 

 鋭い力が、装甲ごと骨を砕こうとする圧を生み出す。

 ジェラルドは即座に判断し、アーマーのパワーを最大出力にする。

 

 しかし、それでも振り解けないと困惑しているとアルタが、虚な目を向けた。

 

「破壊……スル」

 

 その声は、先ほどまでのものとは違った。

 冷たくて、意思などないような機械的な声だ。

 まるで別の何かがそこに宿ったかのようだなと感想を抱いたジェラルドは即座に膝を繰り出す。

 

 しかし――

 

「ガァアアア!!!」

「……ッ!」

 

 アルタのもう片方の腕が、膝を止める。

 生身のはずの腕が、装甲に覆われたジェラルドの足を完全に受け止めた。

 

 「――ッ……何……」

 

 その時だった。

 ジェラルドの体が浮いた。

 

「ウォォ!!!」

 

 獣じみた叫び声と共に、異様な力で振り回されたジェラルドは地面に叩きつけられた。

 

「く……まさか……」

 

 アルタの手が、ゆっくりと開くと同時にジェラルドは1つの推測を立てた。

 

(()()した思考の中で……1番理性のないものが表面に出てきたか)

 

 アルタやジェラルドを含めた聖戦士の()()()。それが悪い形で出てきたとジェラルドは確信した。すぐに立ち上がろうとするが、アルタはすでに次の動きを始めていた。

 

「――――ガァ!!」

 

 まるで一切の迷いがない、徹底的な破壊のための動き。

 それが今のアルタの行動原理だった。

 

「壊せ、壊せ、壊せ……」

 

 呟きながら、アルタは一歩踏み出す。

 ジェラルドが盾を構えた。

 

 しかし――

 

「コワスッ!!!」

 

 アルタは手をかざし、力を込めるとジェラルドの盾が歪んだ。

 

「何……」

 

 まるで空間そのものがねじ曲がったかのように、エネルギーの膜が揺らぎ、盾が軋む音を立てるとジェラルドが驚愕する間もなく、アルタはそのまま拳を突き出した。

 

「ガァ!!」

「く……!!」

 

 空間が震える。

 ジェラルドの盾が、砕けた。

 

 「――ッ!?」

 

 アルタの拳が、ジェラルドの腹部にめり込むと装甲がひしゃげ、凄まじい速度で吹き飛んだ。

 

「テキハ……破壊…………スル」

 

 虚になった表情のまま、ぼんやりと呟くアルタ。

 もはや元の人格が無くなったような様子だったが、ジェラルドは一時期的なものだと見ていた。

 

「全く……暴走するとはな。ただ……だいぶ無理はしているな」

 

 パンパンと服を叩いて汚れを落とし、口から流れ出た血を拭ったジェラルドは腕をクロスする。

 

「フルアーマーだ、ルーメン・キャヴァリエール」

 

 ジェラルドの全身を、青と白のカラーリングの騎士甲冑のような見た目をしたアーマーが覆う。壊された腕は修復され、より頑強なガントレットが作り上げられた。

 

 さっきまでの戦果が帳消しにされたようなものだが、アルタは冷たい目を向けた。

 

「……ググ……コワス」

「どっちが先に壊れるかな?」

 

 アルタは軋む身体を無理矢理動かし、ジェラルドへと突撃する。戦いはより混沌を極めつつあった。

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