人類が機械に負けた世界に転生したけど、記憶喪失の美少女アンドロイドを世話したらめちゃくちゃ懐いてきた   作:アスピラント

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奪う者、奪われる者

 数時間前――荒野にて、砂混じりの風に混じって低い唸り声が響いていた。その声の主は荒涼とした大地の上を、駆け抜ける5つの影だった。彼らはサンドリザードに跨ってどこかへと向かって走っていた、半生物半機械の生物の表皮を覆う灰褐色の鱗が沈みゆく陽光を反射して鈍く光る。乾燥した大地を蹴り、風と共に疾走する彼らの姿は、まるで砂漠の亡霊のようだった。

 

《――頼んだよ、アルタ達を助けてやってくれ》

「了解」

 

 そんな中でユアンからの通信を受けた男の機人――フラウはフルフェイスマスクを被っているとは思えないほど、クリアな声で答えた。

 

 ユアンの声は普段と変わらないように聞こえたが、スジュラやタナクと同じように、ユアンと付き合いが長いフラウは彼はわずかに焦燥している事に気づいていた。

 

「……エリュシオンか……」

 

 人類至上主義の国家、その戦士。

 狂信者を駒にして暗躍する彼らの中枢に、今まさに迫ろうとする中で、ユアンほどの機人が感じる焦りとはなんなのか。

 

 フラウはこれまで以上に緊張感を抱いていた。

 

「……お前たち、武器と装備の確認を怠るな」

 

 フラウは後ろに続くチームメンバーに対して短く指示を出しながら、端末を閉じる。五つの影は変わらず砂塵を巻き上げ、荒野を突き進んでいると、メンバーの1人がフラウに近づく。

 

「相手は暴走したキメラですか?」

「いやもっと悪い、恐らくエリュシオンの刺客と鉢合わせする可能性が高い。こちらの動きはすでに読まれている事も充分考えられる」

 

 フラウの言葉に、隊列の中央を走る女が意外そうに言った。

 

「そんなにエリュシオンの情報網は凄まじいのですか?」

「凄まじい……というより、どこまで奴らが手を伸ばしているかわからない――が正しいな」

 

 アルタ達が調べてくれた情報は、ユアンの率いる共同体(コレクティヴ)であるアイオニス・トラベラーに所属している機人全員に共有されている。そこで彼らの共通認識としては、エリュシオンは小規模な活動に留めつつも、サングラール王国などを中心にスパイを置き、()()()()計画を推し進めている事実だった。

 

「だが奴らはここに来て、かつて人類が作り上げた太古の研究施設で活動している事を、わざわざ明らかにしたように見えた」

「……バレた訳じゃなく、わざと……ですか」

「こっちに来させたい……そんな意思すら感じた。ユアンも同じ事を考えたのだろう」

 

 とは言えエクスマキナ全戦力を招集する事は出来ない。ユアンはあくまでイリオポリの長というだけで、彼が全権を持っている訳じゃない。それにイリオポリのハンターでエリュシオンと真っ向から戦える機人と人間は限られている。

 

 少ない手札をうまく回すしかない以上、やはり後手には回りやすい。

 

「……全員が無事で済む保証は無さそうだ」

 

 フラウの言葉に、隊の空気が重くなる。

 エリュシオンの策略。

 かつて人類が築いた研究施設で、彼らは一体何を求め、何を企んでいるのか――。

 

 荒野を駆けるサンドリザードの足音だけが響く中、誰もが考え込むように黙り込んだ。

 

 しかし、その静寂を破るように、隊列の中央を走るフードの女が軽く笑った。

 

「……深刻になりすぎると良くないですよ、ある程度は気持ちに余裕を持った方がいいです」

 

 彼女はサンドリザードの手綱を片手で操りながら、もう片方の手で背負ったライフルのストラップを軽く引いた。

 

「たしかに、エリュシオンは脅威だし恐れるべき相手。相手に有利な場所で奴らと戦うのは骨が折れるかもしれない。でもさ――」

 

 彼女は言葉を切り、少し間を置く。

 

「アルタとベガに、強くなった私たちを見せる絶好のチャンスじゃない?」

 

 女はそう言って背後を振り返ると、視線の先にいた青年が小さく笑う。

 

「……相変わらずだなぁ」

「当然でしょ? 二人とも、ずっと先を行っちゃうんだから。たまには驚かせてやらないとね」

 

 女はそう言いながら、スコープの埃を指で払った。

 

「それに、エリュシオンの刺客には因縁がある。なら、ちょうどいい」

「ちょうどいい?」

 

 フラウが青年に対して聞き返すと、青年は軽く肩をすくめる。

 

「リベンジの絶好の機会ですよ」

「せっかく鍛えたんだから、実戦で試さないと」

 

 女はその言葉に同意するように微笑むと、前を向くとフラウは無言で彼らを見やった後、わずかに目を細めた。

 

「無茶はダメだ」

「わかっていますよ、フラウさん」

 

 女が肩をすくめると青年も軽く頷く。

 そんなのは承知している。

 集落を出る前の日から……ずっと胸に刻んでいる。

 

「生き残って勝ってやります」

 

 そう言って女と青年――アイラとノラは目を鋭くさせた。

 

 

          *   *   *

 

 

「――ならノラもこっちに来ているんだね!」

 

 ボクは走りながらアイラから事の顛末を聞いた。

 アイラとノラが来たのは嬉しいし、とても頼もしい。

 何だかボクは感慨深くなっていた。

 

「そうよ、ユアンさんの計らいでね!」

 

 アイラは足取りを軽やかにしながら、得意げに答えた。

 

 「計らい……ねぇ」

 

 だけどボクは少しだけユアンに文句を言いたくなった。この2人とスジュラの仲間達が来ているなら、もっと早く知らせてくれたっていいのに。戦力としても頼もしいし、何より、彼女がいることでボクたちの作戦の幅も広がるはずだった。

 

「結構ギリギリの判断だったのよ。イリオポリから出せるハンターも限られてるし、エリュシオンの戦士が相手となれば、それなりの実力がないと足手まといになっちゃうからね」

 

 アイラはあっけらかんと言うけど、その裏では相当な準備と調整があったんだろう。仕方ないか……とボクは納得した。

 

「そう……だね」

 

 ボクは頷きながら、ちらりと背後を振り返った。

 

 ティムルは完全に意識を失っていた。先ほどの戦闘で消耗した上に、アイラが拘束具を使って動きを封じた。念のために複数の拘束帯を巻き、サンドリザードの鞍にしっかり固定している。よほどのことがない限り、あれでは身動きすら取れないはずだ。

 

(捕虜にするのはリスクもあるけど……ローグの情報が得られる可能性があるなら、無駄にはできない)

 

 そんな考えが頭をよぎる。殺したほうが確実だとしても、情報は貴重だ。アイラもそれを理解しているのか、しっかりとした手際でティムルを運ぶ準備を整えていた。

 

 彼女が口笛を鳴らすと、瓦礫の向こうからサンドリザードが現れ、すぐさまティムルを乗せる。手慣れた動作だった。

 

「よし、こいつは先に現場から離脱させる。私たちは別行動になるけど、すぐ追いつくから」

 

 アイラの仲間らしき者たちが合図を受け取り、サンドリザードの手綱を引いて走り去っていく。ボクはそれを見送ると、深く息をついた。

 

「さて……これで一段落、とはいかないわね。問題はアルタよ」

 

 その言葉に、ボクは思わず足を止めた。

 

「え……アルタに何が――」

「もう1人、エリュシオンの戦士が来ていたらしいの。そいつがアルタを別の場所に連れて行ったってスジュラから聞いた」

「……!」

「……私はとりあえずベガの助けへ。フラウはアルタを探しに行った」

 

 胸がざわつく。全身の血が一気に逆流するような感覚。

 アルタが連れ去られた? エリュシオンの戦士に?

 嫌な予感がする。

 

「どこに連れて行かれたの?」

「正確な位置まではわからない。けど、こっちと引き離した事は必ず理由があるはず」

「……どうしてアルタだけ……」

 

 焦燥感が募る。なぜ、わざわざアルタを引き離す必要がある?

 

 ボクたちは戦力としてもまとまって動いていたはずだ。敵がそれを崩そうとするなら、ボクやアイラを狙う手もあったはず。なのに、狙われたのはアルタ……

 

(何か理由がある……)

 

 アルタ自身が特別だから?

 それとも、何か別の意図が……

 考えれば考えるほど、最悪の可能性が浮かんでくる。ボクは無意識のうちに拳を握りしめていた。

 

「……なら、急いで助けに行かないと……!」

「うん。だから世間話は後回しね」

 

 アイラも真剣な顔で頷いた。

 焦る気持ちを抑えながら、ボクたちはアルタを追うためにより一層の力を込めて駆け出した。

 

 

          *   *   *

 

 

 ――壊せ、アルタ……敵だけじゃなく……目につく全てを――

 

 カチカチと時計の音みたいに、リズミカルな起動音が俺の頭の中で鳴っている。荒れ狂う暴力性に抵抗するのが難しい、ただひたすらに殺意やら憎しみが無限に湧き出る。

 

〈お前の症状ははっきり言って、俺達の中では珍しい部類ではない〉

 

 さっきとはまるっきり姿形が変わったジェラルドは、電子音混じりになった不気味な声で語りかけてきた。

 

〈元の肉体に全く違う人格データを移植する……。適応が出来れば良いが……移植された人格そのものの情報量が多いと、肉体に宿る意識と混ざり合って、拒絶反応を起こす。免疫反応のようなものだ〉

「が……ァアアア!!!」

 

 ジェラルドの言っている事が頭に入らない。

 俺はとにかくこの衝動を抑えたいあまりに、ジェラルドをぶち殺す事にした。

 

(敵は――コロス)

 

 腕がどんどん変質していく。

 黒鉄の……鋭利な棘が皮膚下から突き破り、バチバチと光子(フォトン)の赤い光を放ちながら、怪物みたいになった腕を使って、ジェラルドに殴りかかる。

 

〈まるで獣だな〉

「――――――!!」

 

 その口を黙らせるべく、俺は全力で変異した腕を使って殴りつけた。衝撃波と爆風が吹き荒び、地下研究施設を揺らした。

 まるで機人のような力を使っている自分が信じられないが、とにかく俺はこの力があれば何でも出来る気がした。

 

〈だから攻撃が単調だ〉

「――――!?」

 

 ジェラルドの冷静な声が、頭の奥に直接響く。

 俺の拳は確かにジェラルドを捉えたはずだった。だが、次の瞬間、鋭い金属音と共に跳ね返される。

 

「――ッ……!?」

 

 バチバチと赤い光子が迸る。変質した俺の腕が、まるで砕けそうな勢いで弾かれた。衝撃が肩から全身に伝わり、意識が揺らぐ。

 

(俺の力が……通じない……!)

 

 しかし考えるよりも先に、身体が動いてしまう。反射的に再び拳を振るうが、ジェラルドは滑るような動きで回避する。いや、違う――最小限の動きで、俺の攻撃の軌道を見極め、最も無駄なく躱している。

 

 実力差は歴然だった。

 

「オオオオオオッ!!」

 

 歯を食いしばりながら、俺は変異した腕を振り上げる。

 

 だが逆に、ジェラルドのカウンターが俺の腹部にめり込んだ。瞬間、全身が痺れ、肺の空気が一気に吐き出される。

 

「ッ……が……ぁ……!!」

 

 耐えきれずに膝をつく。息が詰まり、視界が歪む。

 

〈今のは威力を抑えたが……そろそろ限界だろう〉

 

 ジェラルドは俺を見下ろしながら、冷徹に言い放つ。

 もう戦っているのかそれとも、ただ狩られているだけなのかわからなくなって来そうだ。

 

(破壊しろ!!)

(だ……まれ……!)

(立ち上がれ)

(逃げろ)

 

 色々な声が聞こえてきて頭が混乱する。思考がまとまらない。

 

〈お前の変異は興味深いが……やはり予想通りだな。人格の暴走だけでは、俺には勝てん〉

 

 ジェラルドの足音が近づいてくる。

 

「くそ……が……ッ……!」

 

 俺は変異した腕を支えに立ち上がろうとするが、体が言うことを聞かない。

 

〈お前は人類の希望になれる存在だ、アルタ〉

 

 ジェラルドの声が、妙に静かに響いた。

 

〈もし素直に降伏すれば、お前が知りたいすべてを教えてやる〉

 

 俺が知りたいこと……?

 頭の中で、何かが引っかかった。

 

〈お前を完成させてやれるんだ、アルタ〉

「……が……ぐ」

 

 力なく倒れ伏す俺をジェラルドが見下ろす。

 

「……何が……完成だ……クソ野郎」

〈人類の英雄としてだよ〉

 

 ジェラルドは続ける。

 

〈俺はあくまでも兵士の1人……だから一体どんな機人の意識データが組み込まれたのかまでは知らないが、お前の肉体に移植された機人は特別な存在だった〉

「……特別……」

 

 俺の脳裏に浮かんだのはベガの姿だ。

 最も身近で、最も謎に包まれた存在と言えば彼女だった。

 

〈移植された機人のカテゴリーは……10、つまり太陽系最高峰の機人の機能が、人の肉体に移植された〉

「……な……に」

〈これは事実だ、アルタ〉

 

 だけどジェラルドから告げられた内容は、それを上回る衝撃を俺にもたらした。

 

〈お前はその成功例〉

「……!」

〈もう一度言うぞ、お前の居場所はここじゃない。我々エリュシオンだ。共に太陽系に蔓延る機械どもを駆逐しよう〉

 

 ジェラルドは手を差し伸べる。

 早く手を取れと言わんばかりに。

 

〈お前に味方する機人が本当に味方だと言い切れるか?〉

「……っ」

〈人のフリをしている機械の側にいるより、我々人類と共にいる方が安全だ〉

 

 ジェラルドの言う通りかもしれない。

 俺は何も機人の全てを知っている訳ではないし、ユアン達の得体の知れなさを怪しんだことがある。だけど俺がこいつらにつかない絶対的な理由がある。

 

「約束……したんだ」

〈?〉

「俺はベガの側を離れたりはしない」

 

 俺の命より大切な存在――ベガ。

 彼女の側にいると決めた俺が、こいつらと手を組むなんてあり得ない。

 

「お前らなんかと手を組むなんざ……あり得ねぇんだよ!!」

 

 痛みを堪えて俺は足に力を込める。

 もう自分がどうなろうと知ったこっちゃないと、覚悟を決めた。

 

〈やれやれ……〉

 

 そしてジェラルドは――

 

 

          *   *   *

 

 

「また爆発が……!」

「近いよ」

 

 施設内に響き渡る轟音が、ボクたちの進むべき道を示していた。アイラと並んで駆けながら、ボクは胸の奥がざわつくのを感じる。

 

 ただの爆発じゃない。これは――フォトンの暴走だ。

 

 鼓膜を揺さぶる衝撃音と共に、濃密なフォトンの波動が空気を震わせる。ボクは迷わずフォトンセンサーを最大出力にして、その発生源を探る。

 

 間違いなくアルタはこの先にいる。

 

「……アルタ」

 

 胸が締め付けられるような感覚に襲われる。アルタがどんな状況に置かれているのかはわからない。でも、こんな異常なフォトンの乱れが起きているということは、まともな状態じゃないはずだ。

 

 ボクはルキオスをしっかりと握りしめ、速度を上げる。アイラも黙ってついてくる。

 

 長い廊下を駆け抜け、いくつもの崩れかけた扉を飛び越える。爆音と衝撃が響くたびに、ボクの動力炉は強く脈打った。

 

 そして、ついに視界が開ける。

 

 そこで見た光景は――ボクの中の理性を吹き飛ばすには十分すぎるものだった。

 

 ぐったりとしたアルタが、エリュシオンの戦士と見られる男に首根っこを掴まれていた。身体のあちこちに血がついていて、右腕が機械化している。

 

 もうこれだけで何が起きたのかボクは察した。

 

〈来たか……、ティムルは倒されたみたいだな〉

「あ……っ」

 

 声が出ない。視界が赤く染まる。頭の中が真っ白になって、代わりに沸き上がるのは怒りと――恐怖。

 

 これは、ボクが知っている光景だ。

 アガトのときと、まったく同じだ。

 助けに行くのが遅れたせいで、仲間が倒れ、無力に転がる――最悪の光景。

 

 同じことを繰り返すのか?

 そんなの、許せるはずがない。

 二度とあんな目に遭わないように強くなったのに、これじゃ――

 

「……ッ!!」

 

 気づいたときには、ボクは叫びながらルキオスを振りかぶっていた。

 

「オオオオオッ!!!」

 

 頭が熱くなっていく……理性なんて吹き飛んだ。ただ、この男を殺す。アルタをこんな目に遭わせた罪をこの場で償わせる。ただそれだけを考えていた。

 

「ルキオス!!」

 

 白く輝く刃から、純白の光子がほとばしる。必殺の斬撃――それは確実に、男の身体を両断するはずだった。

 

 ――だが。

 

〈怒りは弱さを齎す〉

「……!!」

 

 奴はアルタを盾にした。

 何てクソみたいな真似をしやがると、激昂したくなった。

 

「クソ……!!」

 

 瞬時に判断し、ボクは斬撃の軌道を変える。光子の刃が空間を裂き、男のすぐ横を掠めるように走る。

 

 その瞬間、奴の背部からミサイルが放たれた。

 

「くっ……!」

 

 間髪入れず、ボクはバックステップで回避。アイラもすぐに飛び退くが、ミサイルの爆風が廊下全体を飲み込む。吹き飛ぶ瓦礫、視界を埋め尽くす炎と煙――。

 

「ベガ! 大丈夫!?」

 

 アイラの叫び声が聞こえるが、ボクはそれどころじゃなかった。ボクの視界はアルタしか映していなかったからだ。

 

(アルタ……動いて……!)

 

 祈るような気持ちで彼を見つめる。だけど、アルタは目を閉じたままだ。

 

 すると男は何かを言った。

 恐らく無線を使っているのだろう。

 

〈目標確保。予定通り……回収を頼む〉

 

 まずい――奴はアルタを攫うつもりだ。

 

 「ッ……アルタを、返せ……」

 

 奴はボクの言葉に反応せず、淡々と指示を続ける。

 

(ダメだ、連れて行かれる……!)

 

 ボクは歯を食いしばり、再びルキオスを構える――その瞬間に黄色の電光が隔壁から飛び出して、いつもより装備が重厚になったスジュラとタナクが現れた。

 

 このタイミングで2人が来たのは非常にありがたい。

 

「――まだ間に合うぞ、タナク!! アルタを!!」

「ああ……!」

 

 スジュラは槍を構えると、電光によるレーザーを放ち、タナクはトマホークを投げ付ける。エリュシオンの男に直撃したように見えた。

 

〈次から次へと……面倒な奴らだ〉

 

 しかし男は不可視のシールドのようなもので防いだ。

 やはりあのティムルと同じく、こいつらは標準であの厄介な防御機構を展開しているようだ。

 

「アルタを返せって言ってるんだよッ!!!」

 

 身体中のフォトンを最大出力にして、ルキオスにエネルギーを集中させる。今度こそ、奴を討ち取るために威力を高めた一撃を喰らわせようとした。

 

 だけど――

 

〈……遅かったな〉

 

 男はそう呟くと、足元のフォトンブースターを作動させ、一気に後退する。そして――天井が突如として砕け、巨大な影が降下してきた。

 

〈お前たちを一気に相手するのは骨が折れる、ここは退かせてもらおう〉

「……!!」

 

 粉塵の中から姿を現したのは、白亜の飛行艇だった。流線形のボディと光沢を帯びたそれは、ボクらに影を落としていた。

 背部ハッチが開き、男はそのままアルタを抱えたまま跳び乗る。

 

 ボクはすぐに追いかけようとした。だが――

 

「ダメッ! ベガ!」

「アイラ!! 離して!!」

 

 アイラが腕を掴み、強引に引き止める。

 次の瞬間、飛行艇から発射された高出力ビームがボクたちの足元を撃ち抜いた。

 

 「――ッ!」

 

 熱波が吹き荒れ、ボクは吹き飛ばされる。

 視界がぐるぐると回り、背中が壁に叩きつけられた。衝撃で息が詰まり、思考が一瞬止まる。

 

「アルタ……!」

 

 飛行艇が高度を上げた。

 手を伸ばしても、もう届かない位置まで飛んでいく。

 

「アルタァアアア!!」

 

 そしてアルタを連れて、船は消えていった。

 

 

 

           *   *   *

 

 

 揺れもなく、滑らかな上昇を続ける飛行艇の中で、ジェラルドは無言で視線を落とした。彼の腕の中には、意識を失ったアルタの姿がある。黒く変質した右腕は微細な振動を帯び、かすかに光の残滓を散らしていた。異常なフォトン反応はまだ完全には収まっていない。

 

〈解除〉

 

 ジェラルドは静かに呪文を唱えるように呟くと、全身を覆っていたアーマーは解除されて、粒子状になる。そのままアーマーはブレスレットに変化し、格納されていった。

 

「はぁ……」

 

 ジェラルドは小さく息を吐き、アルタの身体を拘束シートへと移すと、軽く指を鳴らした。飛行艇の管制システムが反応し、艦内のモニターが起動する。

 

「ドレイク隊長、目標を回収しました」

 

 通信機越しに淡々と報告すると、すぐに応答があった。

 

《予定より手間取ったようだな》

 

 画面に映し出されたのは、ジェラルドが所属する部隊――スカイダンサーを率いる隊長ドレイクだった。

 

 あまりにも淡々とした声。その調子に、ジェラルドは内心でわずかに眉をひそめた。ドレイクの関心はアルタの確保にあるのみで、それまでの経過には興味がないのかもしれない。とはいえ、報告すべきことはある。

 

「ですが、ティムルがやられました。戦死を確認した訳ではありませんが……どちらにせよ、助けるにしても難しい状況かと」

 

 そう告げると、通信機の向こうで一瞬の沈黙が訪れた。

 

《そうか》

 

 それだけだった。

 

 まるで「それがどうした?」と言わんばかりの冷徹な反応。

 ティムルがやられたことに対して、ドレイクは何の感慨も抱いていないようだった。

 

 (……まぁ無理もないか)

 

 ただジェラルドは彼の反応に驚くこともなかった。エリュシオンの戦士とは、そういうものだ。敗れた者に対する感傷はない。戦いにおいて勝者と敗者が生まれるのは当然のことであり、敗者は切り捨てられる。それが、彼らの価値観だった。

 

 何せ彼らの普段の任務……太陽系内に蔓延る機人やプーパ、キメラを相手にする際、もっと犠牲者が出る厳しい現場が当たり前だった。1人や2人じゃない、一気に数百人が死ぬような戦場だって珍しくない。

 

 今回の件は相手が格下であり、なおかつ任務の背景と性質上……少ない人数で動くという特例措置だった。そんな中で1人やられたとしても、別に死が隣り合わせな彼らにとっては取るに足らないことだった。

 

 だがそれでもジェラルドは一つだけ確認しておきたかった。

 ティムルはあれでも使える部類ではあったからだ。

 

「予定に変更は?」

《ない》

 

 ドレイクは即答する。

 

『予定通り……我々の基地に戻れ。そこでアルタの矯正措置を行う』

「……了解しました」

 

 敗れた者に待ち受ける末路を見たジェラルドは、何とも言えない気持ちになった。これは決して他人事じゃない。いつ自分の番になるかわからない以上、油断は決して出来ない。

 

 哀れな結末を迎えたくなければ、出来ることをひたすらにこなすしかない。

 

《それと――》

 

 通信の向こうで、ドレイクが低く続けた。

 

《行動開始の許可はいつでも出せる。ナハトアには準備出来次第……実行しろと伝えておけ》

「了解しました」

《奴ならしばらく時間稼ぎをしてくれる筈だからな》

 

 そう……全ては上手く事が運んでいる。

 この目標が果たされれば、エリュシオンは新しく手札を手に入れる事が出来る。

 

《この仕事が上手くいった暁には、本部もきっと認めてくれる筈だ》

「だといいのですが……」

《不安にならなくていい、いつも通り……任務を真っ当しろ》

「……承知しました」

 

 通信が切れる。

 

 ジェラルドは通信端末を仕舞い、もう一度アルタの顔を見下ろした。

 

 彼は今、何を見ているのだろうか。

 夢の中で、何を思っているのだろうか。

 

「難儀なものだ」

 

 だが、ジェラルドはそんなことを考えても仕方がないとすぐに意識を切り替える。アルタに求められているのは、ただ「勝利を齎す事」だけだ。

 

 最終的な目標はまだ明かされていない。

 だが、そのための駒として、アルタは確実に動かされていくことになる。

 

 ジェラルドは飛行艇の操縦士に指示を出した。

 

「トップスピードを出してすぐに向かえ」

「は」

 

 飛行艇のエンジンが再び唸りを上げる。

 機体は雲を切り裂きながら、静かに夜の空へと消えていった。




1章も佳境です。
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