人類が機械に負けた世界に転生したけど、記憶喪失の美少女アンドロイドを世話したらめちゃくちゃ懐いてきた   作:アスピラント

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立ち止まってる場合じゃない

 アルタが攫われてから、すでに三日が経過していた。

 それでも、何の手がかりも掴めていない。

 

 ユアンを始めとしたハンターたちが捜索に乗り出したが、広大なサングラール王国の周辺には無数の遺跡が点在している。そのどこかに敵が潜伏しているかもしれないが、それが遺跡とは限らない。地下施設、隠された研究所、さらには一般の都市に紛れ込んでいる可能性もある。

 

 しらみつぶしに捜索しようにも、人手が足りない。

 

 スジュラやタナク、フラウといったユアンの直属の機人たちも、焦りを募らせながら情報収集を進めていた。しかし、今のところ収穫はゼロ。敵の痕跡すら掴めていない。

 

 ――だがその中でたった一人、異様なほど執拗に捜索を続ける者がいた。

 

 言わずもがな、ベガである。

 

 彼女は機人としてのアドバンテージを活かし、サングラール王国へ戻ることもなく、休むことさえ許さないかのように走り続けていた。

 

 燃料補給も最小限。自己修復システムが限界に達しようとも気にしない。疲労という概念を持たない機人とはいえ、それでも運動機能を過剰に酷使した中で発生さた負荷は避けられない。だが彼女はそれすらも気にする事なく、ひたすらアルタの痕跡を求めていた。

 

「くそ……どこだ……どこにいるんだよ……!」

 

 通信機越しに、義勇団の者たちが声をかける。

 

「ベガ、もう一度整理しよう。焦っても仕方がない、一度拠点に戻って――」

《ごめん》

 

 彼女は通信を一方的に切ると、荒れ果てた砂地を蹴って加速する。

 

 この三日間、彼女はまともに休息すらしていなかった。着ている装備のあちこちには汚れが付着し、傷が入っている。側から見ても限界に近いが、それでもベガの動きは止まらなかった。

 

「……っ!!」

 

 空気を切り裂くような疾走。

 眼前に広がるのは、終わりの見えない荒野。

 息が詰まるような静寂の中、彼女の視界には常にアルタの姿が浮かんでいた。

 

 血まみれになったアルタの姿。

 それを奪い去ったあの男。

 

 (また、守れなかった)

 

 また、大切なものを奪われた。

 それだけは許せなかった。

 

「アルタ……どこにいるの……っ!」

 

 彼女の悲壮な呟きは風に消えていく。

 思考は焦燥と怒りで塗り潰され、冷静な判断ができなくなっていた。

 

 それでも彼女はただ走る事しか出来ない。

 その果てに何があるのかも分からぬまま、暴走するかのように。

 

 

        *   *   *

 

 

 

「――はっ、拠点の場所なんか教える訳ねぇだろ、バカか? お前」

「……捕まってる奴とは思えないセリフだな」

 

 グラン・カステル――懲罰房にて、拘束具によって椅子に縛られたティムルは、眼前にいる義勇団の団長レジールと、副団長ニンバスを睨みつけながら言った。 

 

「お前は敵だ、こっちはどうとでも出来る。辛い目には遭いたくないだろ?」

 

 拷問という手段だって取れると暗に仄めかすレジール。

 実際の所、彼は拷問なんかやりたくはないが民のためなら手を汚す覚悟はあった。仮に必要なら、心を押し殺してティムルを痛めつける事だって構わないと。

 

「ははっ」

 

 しかしティムルは嘲るように鼻を鳴らした。

 

「……拷問なんざしても無駄だ。私らの肉体は対策済みだからな」

 

 レジールとニンバスは互いに目を見合わせた。

 

 対策済み──それは単なる精神的な強靭さや覚悟の話ではない。ティムルの言葉には、それ以上の意味が込められている。

 

 レジールは無言で懲罰房の端に置かれた端末を操作し、彼女の身体をスキャンした際の解析データを呼び出した。すでに簡易な検査は済んでいる。

 

「……異常だな」

 

 ニンバスがデータを見ながら、眉をひそめる。

 

「血液サンプルも、筋組織の解析も、すべての組成データが通常の人間とは異なっている。いや、むしろこれは──」

「人間の形をしているだけの別物だな」

 

 レジールが低く呟く。

 ティムルは椅子に縛られたまま、肩をすくめた。

 

「そりゃそうだろ。私たちは“生身の兵士”なんかじゃない。エリュシオンの戦士は、戦うために最適化されている」

 

 その肉体は、単なる強化人間の域を超えていた。

 エリュシオンの戦士たちは、情報漏洩を防ぐために、特殊な生体改造を施されている。

 

 たとえば、彼女の脳は通常の人間と異なり、情報の分散処理を行う特殊な構造を持っていた。生体ナノコンピューティング技術により、記憶データは脳全体に散らされ、一箇所を破壊されたとしても、完全なデータの復元が不可能になっている。さらに、特定の電磁波や化学的刺激を受けると、自動的に特定の記憶領域を消去する仕組みが備わっていた。

 

「拷問をしたところで、痛みで記憶を引きずり出せるなんて思うなよ?」

 

 ティムルは自信たっぷりに笑った。

 

「仮に私が話そうとしても、一定以上の機密情報を口にした瞬間、自動で()()()()()()仕組みになってる。言語出力すら制限されてるからな」

 

 それだけではない。彼女の神経系統には、高周波信号をキャッチすると即座に自壊する機能が仕込まれていた。尋問の際によく用いられる催眠や電気刺激による情報抽出を無効化するためのものだ。

 

 さらに、筋肉組織は通常の人間よりも強靭で、構造そのものが異なっていた。通常の人間の筋肉は、筋繊維の収縮によって力を発揮するが、彼女の筋肉はナノスケールの人工筋繊維を組み込まれたハイブリッド構造であり、収縮速度も出力も桁違いだった。これは、機人と互角以上に戦うための設計だった。

 

「おまけに、私たちは自律神経すら改造されてる。痛覚の調整も自在だし、ストレスで精神が崩壊することもない」

 

 余裕の表情を浮かべる理由はこれだ。

 精神的にも肉体的にも、彼女たちは“壊れない”ように作られている。

 

 拷問という手段は通じない。肉体の限界を超えた改造を施された彼女たちは、エリュシオンの戦士として、どんな状況でも情報を漏らさないように設計されていた。

 

「……随分とえげつない作りだな」

 

 ニンバスが苦々しげに呟く。

 

「そりゃそうさ。私たちは、“戦うために生まれた”んだから」

 

 ティムルは薄く笑った。

 その肉体は、人間であることを捨てた存在。

 ただ戦い、守るべきものを守るためだけに、作り変えられた戦士だった。

 

 しかしその歪な価値観は、ティムルにとっては最悪の結末を齎すものになっていた。

 

「そんな私たちは……単なる消耗品でしかない。()ならともかく……ごまんといる単なる兵士である私は、交渉の材料にもなり得ない」

 

 彼女は悟っていた。

 例え生きていたとしても、向こうに戻る事は出来ない。

 とりわけスカイダンサーは使えないと判断された者を切り捨てる考えを持つ人物が、全体を取り仕切っているからだ。

 

「……虚しくならないのか、見捨てられるなんて」

 

 堪らずニンバスがティムルに問うと、彼女は長い金髪を振り乱しながら言った。

 

「機人がそうしたんだろ」

 

 その言葉にニンバスは何も言えなかった。

 

 

 

         *   *   *

 

 

 

「やっぱり手掛かりは無しか……」

「すまない……スジュラ」

「いや団長さんのせいじゃない、アタシが不甲斐なかっただけだ」

 

 レジールから報告を受けたスジュラは、タナクと共に難しい顔をしながら唸った。ダメ元でティムルから拠点を聞けると考えたのだが、流石はエリュシオンの兵士というべきか……収穫は望めそうになかったからだ。

 

「奴ら……最初からアルタを狙っていたんだ、施設まで誘き寄せたのは殺す為じゃない。攫う為だ」

「……アルタは元エリュシオンの戦士か何かだったのか?」

「詳しいことはわからねぇけど……無関係じゃねえだろうな」

 

 関係無ければ殺せばいい話だ。

 わざわざ攫うというのは生かす理由がある。ただアルタが攫われた事によって、新たな弊害が出ている。

 

「ベガも捜索に出て行って全然戻って来てない、連絡が取れてる分まだマシとは言え、街の守りが手薄になってるのは良くない」

 

 タナクはため息を吐きつつ、オムニバンドに記録された連絡履歴を確認する。端的にベガからは返事が来たりするが、戻ってきちんと体勢を立て直そうと言っても無視される始末。

 

「……アルタに依存してるから冷静な判断が出来ていない。焦る気持ちはわかるが」

「こっちだって別にほったらかしてるわけじゃないし、何なら最優先で探しているんだがなぁ……」

 

 それもきっと大切な人を無くす痛みと恐怖、そして悲しみを知っているからだろう。スジュラも似た経験はしてきたし、気持ちは100%同じという訳じゃないかもしれないが、ある程度共感はしている。

 

 だからこそ……冷静にならないといけない事も、スジュラは知っていた。

 

(何とかしなきゃな……)

「ただいま」

 

 そう考えていた矢先――貴賓室の扉が開き、アイラとノラの2人が戻ってきた。

 

「ベガは?」

「……ダメ、私たちの話も聞いてくれない」

 

 アイラはがっくりと項垂れる。

 スジュラは古い付き合いであるアイラとノラなら、多少は話を聞くと考えて差し向けたが、効果はなかったようだ。

 

「昔からベガは……感情的になりやすかった。とりわけアルタがらみの事は」

「……アガトにいた時から、アルタにベッタリな事で有名だったから」

 

 2人の脳裏には、鮮明に幼い頃のベガの姿が映し出されていた。仲睦まじいのは良い事だが、この場合には仇となっていた。

 

「勝手な行動すんなって……ったく」

「致し方あるまい、ベガ抜きでも進めるしか――」

《お困りのようだね、皆の衆》

「――! ユアンかよ……」

《そんな嫌なものを見たような反応しないでよ、スジュラ》

 

 タナクが話を進めようとして――いきなり端末からユアンの声が聞こえてきた。またいきなりかと皆は呆れつつも、しっかり耳を傾ける体勢に移っていた。

 

《事情は粗方聞いてはいるが、ベガは相変わらず反応無しで間違いないかい?》

「ああ、もう全然言う事を聞かない。このままじゃアルカディストの対応もグダグダなままだ」

 

 悩みを吐露したスジュラの言葉を聞き、ユアンは静かに頷くと言った。

 

《おーけー……現状アイラとノラの言葉も聞かないとなると普通に声をかけても聞く耳は持たないだろうね》

「ああ……」

《こうなったら彼女には悪いが、少し引っ掛けてやるしかない。この任務を果たす上でアルタとベガの力は不可欠になる。何としても上手くいかせるためには多少……気を衒わないとね》

 

 まぁ下手を打てばベガの牙がこっちに向くかもしれないけど――と凄まじく不安なことをボソリと言い、その場にいる全員が顔を引き攣らせていると、ユアンはアイラとノラにだけ声をかける。

 

〈2人にも少し協力して欲しいかな〉

「アタシたちに……?」

「一体何をさせようと……」

《別に大した用じゃないさ》

 

 するとユアンのホログラムは後ろを振り返ると、意味ありげな笑みを浮かべた。

 

《ただ……今のベガに気づきを与えられるのは君たちだけじゃないという事さ》

「……?」

《ま、その内わかる。んでスジュラ……タナク》

 

 不思議そうな顔をするアイラとノラを見てユアンはほくそ笑むと、今度はスジュラの方へと話を振る。

 

「なんだユアン」

《レクスの所へ寄ってくれる? 彼から話があるそうだ》

「……レクスが?」

《そうさ、どうやらそれなりに込み入った内容だ。取り扱いには注意してくれ》

 

 あまりにも物々しい内容にスジュラは思わずタナクと顔を見合わせる。

 

《じゃあそれぞれ役割を与えられた所で……仕事に取り掛かろう。何せ大事な仲間を早く助けなきゃいけない。ワタシ達は立ち止まっている場合じゃないんだからね》

 

 

         *   *   *

 

 

「……アルタ……」

 

 あれからどれぐらいの間……荒野を彷徨ったのだろうか。

 ボクはただひたすらに飛行艇が飛んだ先へと進んでいた。本当はこれが意味のないことだと気づいていても、動いていないと不安でどうにかなりそうだった。

 

(もし……手遅れだったら)

 

 想像すらしたくないが、それでもやはり頭の中を最悪の結末が過ぎる。もう3日が経つ……生存していれば万事大丈夫というわけでもない。もし取り返しのつかない状況になっていたら、ボクはどうしたらいい。

 

(やだよ、1人にしないで)

 

 ずっといて当たり前だったアルタがいない。

 それだけで広大な世界に1人取り残されたような気分になる。大切な半身を……何かを無くしたボクは、すっかり暗くなった荒野を歩く。

 

「……次の場所は」

 

 ボクはそんな喪失感から逃げるようにマップを確認する。事前にユアンからもらったマップには、遺跡があるとされる場所が示されている。手掛かりがない以上はこうするしかない。

 

 今はとにかく動いていたい――少なくとも無力感は誤魔化せると思っていると、近場にちょうど遺跡があることがわかった。

 

「いかなきゃ……」

 

 そうとわかれば向かわないわけにはいかない。

 ティムルとの戦いを経てボクはフォトンの使い方が上手くなった。足だけにエネルギーを集めて、ナノ粒子によって即席のスラスターを作ってから、一気に解き放つ。

 

 そうするだけでボクは風になれる。

 全身に当たる強い風圧を無視して、一瞬で到着したのは良かったが……。

 

「――ユアンの言った通りね、近場の遺跡からベガは寄るって」

「……アイラ……」

 

 夜の荒野、ゴツゴツとした岩場の影からアイラと目つきを鋭くしたノラが現れた。ああ……こんな事になるから、オムニバンドの電源を切っておけばよかった。

 

 

「闇雲に探しても意味がないのはわかってるでしょ? これ以上……勝手な動きはしないでベガ」

「ベガさん、気持ちは分かる。でも1人じゃ無理だ、皆と一緒に探さないと!」

 

 アガトのかわいい後輩2人は、心配のあまりわざわざ来てくれたようだ。でも……どうすれば良い、攫われてしまってから時間が経った今、アルタが五体満足である保証はないというのに。

 

「……また探偵ごっこして地道な捜索していたら、間に合わなくなる。今のボクなら力技で探せる。ほっといてよ」

「そのやり方が間違ってるのよ、そんなんで見つかったら……今頃ローグさんも見つけられてるでしょ」

 

 その言い分にボクの苛立ちは頂点に達した。

 

「アルタはローグと違ってまだ近くにいる……こんな事してるのも時間の無駄。ほっといて……」

 

 ボクは冷たく言い放つ。

 何を言っても無駄だとわかってもらうためだった。

 だけどこの言葉に反応したのは、ボクが全く予想していなかった人物だった。

 

「ちょっと見ない間に……昔みたいに心を閉ざしちゃったのかな? ベガは」

 

 浅黒い肌に、ドレッドにまとめた髪。

 勇ましい雰囲気を纏う女の機人――ケリーがそこにいた。

 

「け、ケリー……!? どうしてここに」

「ユアンが連れてきてくれたのさ、貴女ならベガに必要な言葉をかけてあげられるって」

「っ!」

 

 ケリーはすこし悲しそうな目をボクにむけた。

 ケリーはアイラ達より先にボクの友達になってくれた大人の機人だし、頼れる相談相手でもあった。武器や戦い方だけじゃなく、人間関係に至るまで話を聞いてもらっていた。

 

 ある意味……家族みたいな存在だった。

 だからボクは居た堪れなくなってケリーから目を逸らす。

 

「……ケリー……ボクは――」

「ベガ、今貴女がしている事が逆効果になっている自覚はあるでしょ?」

「……」

 

 ケリーはボクを見てすぐに察したようだ。

 

「きっとベガの事だから、自分がもっと色々出来たらアルタは攫われずに済んだと思っている。だから1人で解決しようとしているのはわかっているよ」

「……それは……」

 

 だって事実だから……そう思うしかない。

 

「アガトが滅んだ時もそう言ってたもんね……」

 

 自分が何か特別な事情を抱えた機人という自覚はあった。並々ならぬ力と最高峰のスペックを持っていると言われたら、そりゃ嫌でもそう思う。

 

 なのに……ボクはずっと役に立っていない。

 

「……だってボクは力があるって言われてるくせに、大切な人を失ったんだよ?」

 

 特別な力があるなら何故最初から使えないのだろう。

 早い内に覚醒でもすれば……アガトが滅ぶ事だってなかったかもしれない。

 

「もう二度と失いたくないのに! ボクはずっとから回ってばかり! 今回だって奴らにアルタを攫われて……ボクは何も出来ていない!」

 

 もっと力があれば助けられたはずだ。

 どれもこれも……ボクの責任だ。

 

「ボクが全てこなせれば……良かった! もうボクは失敗したくない!」

「……ベガ……あんたそんな事を……」

 

 アイラは悲しそうに呟いた。

 こんな顔をする彼女を見たのは初めてだった。

 

「ベガ、一言言わせて」

 

 そんな中でケリーはキリッと気を引き締めると、ボクに向かって言った。

 

「全部自分の責任だって思い込みすぎ、もっと周りを頼ることを意識しなさい」

「……でも……」

「どんなに強くても、どんなにスペックが高くてもね。私たちは誰かと一緒に支え合っていかないと生きていけないんだよ」

 

 ケリーの言葉がボクの心にスッと入ってくる。

 

「私自身は戦えない、せいぜい損傷したら直してあげる事とか、無事を祈る事だけ。とっても歯痒いけど……絶対ベガを1人にはしない」

「アタシもだよ」

 

 続いてアイラも近寄ってきて、ボクの手を握ってきた。

 

「前さ……勝手に出て行ったアタシをベガは助けてくれたじゃん?」

「……うん」

「あの時のアタシみたいに、ベガは迷子になっている。だから今度はアタシが助ける番」

 

 今になってボクはアイラの気持ちがわかった気がした。

 きっと今みたいに心底安堵したに違いない。手を握って……進むべき道を示してくれる存在がいるってだけで、心が救われていく。

 

「皆でアルタを助けよう、全部ベガに背負わせたりはしない」

「アルタさんなら大丈夫ですよベガさん、攫ったということは……生かしておく理由があるという事。生きていればどうとでもなります」

 

 それにあの人が易々とくたばるなんて想像つきませんと、ノラは苦笑する。確かに……アルタなら何かどうにかしてしまいそうな気がする。

 

「皆で……探せば大丈夫です……! 手掛かりは絶対にあります」

「悲観的になる必要はないよ、ベガ」

「……ありがとう」

 

 まだ解決したわけではないけれど、ケリーとアイラ、そしてノラの3人に言われただけで、幾らか気分はマシになってきた。

 

「1人じゃないんだから、皆を頼ってね」

「……うん、ごめん……皆を翻弄させて」

「いいって、気持ちは分かるから」

 

 ボクは3人に優しく抱き留められると、同じように抱き返す。

 1人じゃない――そう言われただけで、ボクは何だか救われたような気持ちになった。

 

 

 

         *   *   *

 

 

 アイラとノラがベガを探しに向かう少し前――スジュラとタナクはレクスの工房の前にいた。

 

「レクス、入るぞ」

「……おう」

 

 スジュラとタナクが重い鉄の扉を押し開くと、工房の中はいつもと変わらない光景だった。あちこちに無造作に機械部品が転がり、壁には設計図や未完成の武器が掛けられている。普段ならレクスが黙々と作業をしているはずの空間だが――。

 

 そこに、見慣れない男がいた。

 いや、見慣れないというより忘れようにも忘れられない男。

 

「来たか」

「……っ!?」

 

 スジュラは思わず立ち止まった。

 無骨な軍服を纏い、屈強な体躯を持つ老将。

 髪を短く刈り込み、鋭い眼光を宿すその男――リグラン3世と対立していたアンドロス将軍がそこにいた。

 

「アンドロス将軍……!? 何故、お前がここにいる?」

 

 驚愕と警戒を滲ませながらスジュラは身構える。

 何せアンドロスは、反機人派の筆頭であり、サングラール王国の将軍という高い地位にいる人物。わざわざやって来る理由として考えられるのは、敵対的な行動を開始したからとスジュラは勘違いしていた。

 

「おいレクス……こいつがここにいる理由、説明してもらおうか」

 

 スジュラが低い声で詰め寄ると、作業机の向こう側にいたレクスが渋い顔をしながら溜息をついた。

 

「落ち着けよ、スジュラ。こいつがここにいるのは、俺が呼んだからだ」

「……は? どういうことだ?」

「そう構える必要はない」

 

 レクスが説明しようとするよりも先に、アンドロス将軍自身が口を開いた。

 彼はゆっくりとスジュラたちの方へ歩み寄り、その鋭い目を向ける。

 

「……随分と険しい顔をするな。まあ、当然か」

「当然だろうよ。アンタは機人の存在を否定し、アタシたちと対立してきた張本人だ。何を企んでる?」

「企んでいる、か」

 

 アンドロスは少しだけ口元を歪め、静かに首を振った。

 

「確かに……俺は機人に対しては忌避感を抱いていた。信頼できないと」

「……」

「だがその意識がアルカディストに付け入る隙を与えていた。あのような獣たちに与する部下が現れてしまった」

 

 とアンドロスは険しい表情で言った事で、スジュラとタナクは意外そうに目を丸くする。

 

「あんたはアルカディストと立場変わらないって思っていたが……」

「無差別に人を殺す連中と一緒にするな、俺は機人と一緒にいるからという理由で街を焼き払ったりはしない」

 

 心底忌々しそうに語るアンドロスに、嘘をついている様子はない。すると今度はレクスが口を開く。

 

「アンドロス将軍はな、あの一件で深く反省したんだとよ。自分がいるせいで奴らがつけ上がったと」

「……機人を攫ったアルカディストが身内にいた件か」

「そう、んで王様の命令で将軍は今停職食らってる。ほぼ失脚みたいなもんだ」

 

 レクスはふんぞり返りながら言うと、アンドロスは力無く頷いた。アルカディストの悪逆っぷりを見てきた国王派は、これを理由に一気にアンドロス将軍の勢力を弱らせた。

 他にも反逆者がいるのではと義勇団と軍も動き出し、今や彼の身分は地に落ちたのも同然だった。

 

「ただ、考えをすぐ変えたわけじゃない。根底には常に機人への疑いはある。でも俺は身内に狂信者を出した以上は、捜査に協力する事にしたのだ」

「ケジメという事か」

 

 タナクは少し興味が湧いてきたのか、姿勢を正した。

 

「そうだ、知ってる事や……機人を嫌悪するきっかけも話した。その過程で……エクスマキナの頭にも話したのだが、これがどうやら重要になりそうだと言われた」

「……む」

 

 アンドロス達が取り調べを受けている事は、スジュラもタナクも聞いていた。義勇団が中心となって繋がりを明らかにし、アルカディストの中枢へと迫るために、必死にになって尽力していた事もだ。

 

「きっかけはどんな内容だ」

「……10年前に、アルカディストに拉致されたとある機人を救出した事がきっかけだ」

 

 そしてアンドロスは語り出した。

 

「昔は今ほど機人に嫌悪感を抱いてはなかった。というより……物心ついた時から機人は当たり前にいる存在だと認識していたから、好きも嫌いもない。人がいるのと同じように世界の住人としてそこにいるのだと」

 

 意外にもアンドロスは根っからの差別主義者というわけじゃなかった。この世界の現状を理解し、機人と人がいる世界を当たり前と思っていた無辜の民だった。

 

「そんな中で軍を率いていた俺は、アルカディストの蛮行を食い止めようと躍起になっていた。彼らの手にかかった者を……助けたはずだった」

「……はずだった」

「ああ……」

 

 含みのある言い方に、スジュラは眉を顰めた。

 

「救出してからそんな時間も経ってないある日、巡回パトロールをしていた部下がキメラに襲われた」

 

 ギリッとアンドロスは歯噛みした。

 

「キメラは複数体待ち伏せしていたのか、統率の取れた動きだった。報せを受けた俺は現場へと急行して……あの忌々しい惨状をこの目で見た」

 

 本来ならキメラから積極的に人を排除しに行く事はない。彼らはあくまでも惑星環境の整備のために配置された機械生命体であり、野生動物と一緒だ。

 

 しかしアンドロスの部下はそんなキメラから襲撃を受けた。

 まるで()()が操っているかの如く、非常に連携の取れた動きをしたキメラによって。

 

(それって……まさに今アタシらが担当しているような……)

 

 スジュラは嫌な胸騒ぎを覚えた。

 

「おかげで部下のほとんどは死に、俺も重傷を負った。だが俺は……あの時にキメラを操る存在を見た」

 

 アンドロスは憎しみを堪えるようにして、小さく声を絞り出す。

 

「あの時助けた機人が……キメラを操る様を……な」

「……!」

 

 アンドロスがきっかけを語り終えると、あたりには重苦しい空気が流れる。悲惨な過去を憂いたからじゃない、スジュラとタナクはその機人の正体そのものに、嫌な胸騒ぎを覚えていた。

 

「その機人の名は――」

 

 将軍が教えた名前を聞いたスジュラとタナクは、衝撃から目を大きく見開いた。

 

 

         *   *   *

 

 

 

 夜の闇が荒野を覆い尽くし、空には雲一つない満天の星が瞬いていた。サングラール王国領の外、砂礫の舞う荒れ地の上に、赤い民族衣装のような装束に身を包んだアルカディストの狂信者たちが立ち並んでいた。

 

「異端者の都……」

「罰せねば……」

「機械に死と苦しみを……」

 

 狂信者たちは、燃える松明を掲げながら低く祈りの言葉を唱えている。その視線の先、高台からは王都ヘリスの壮麗な街並みが見下ろせた。城壁に囲まれた都は、夜の灯りに照らされ、静寂の中に佇んでいる。しかしこの夜は静かに終わることはない。

 

「指導者様……」

「ナハトア様……!」

 

 狂信者たちの列の後方がざわめいた。人々が道を開けるように退き、そこをゆっくりと歩いてくる人物が1人。

 

 白い仮面をつけ、赤いローブを纏った指導者――ナハトアだ。ナハトアが一歩踏み出すごとに、狂信者たちはその場に跪き、頭を垂れた。

 

「お待たせいたしました、我が信徒たちよ」

 

 ナハトアの声は穏やかでありながら、凍てつくような威圧感を放っていた。仮面の下から響くその声音は、異様なほどに冷静で、狂信者たちの熱狂とは対照的だった。

 

「今宵、我らが悲願が遂げられます」

 

 ナハトアは高台の端まで歩み寄り、王都ヘリスを見下ろした。城壁の向こう、貴族の屋敷や商館、神殿、そして市井の灯りが広がっている。そのすべてが、今夜を境に変わる――否、変えられねばならない。

 

「長きにわたり、我らは迫害を受けてまいりました。異端と呼ばれ、弾圧され、辺境へと追いやられた日々――しかし、それも今宵をもって終わるのです」

 

 狂信者たちはざわめき、低く歓声を上げる。キメラたちも主の興奮に呼応するかのように、牙を剥き、呻き声を漏らした。

 

「真の救済は破壊の先にこそ訪れるのです。我らは神の代行者。我らの手で秩序を覆し、腐りきった王国を浄化しなければなりません」

 

 ナハトアは静かに右手を上げた。すると、狂信者たちの祈りの声が一層高まり、次第に狂気を孕んでいく。

 

「同志たちよ、今こそ誓いを果たす時です。血の儀式が終わるまで、決して手を緩めてはなりません。我らが理想の世界のために――」

 

 その言葉と同時に、キメラたちが一斉に咆哮を上げた。狂信者たちは地に膝をつき、額を砂礫に押し付け、ナハトアへと忠誠を誓う。

 

「ゆけ、我が信徒たちよ」

 

 ナハトアの手が振り下ろされた。

 

 その瞬間、狂信者たちは松明を掲げ、王都ヘリスへ向かって駆け出した。闇の中を疾走する彼らの後を、キメラたちが獣じみた足取りで追いかける。

 

 そんな行進を見てナハトアは言った。

 

「さて……エクスマキナはどう動く?」

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