人類が機械に負けた世界に転生したけど、記憶喪失の美少女アンドロイドを世話したらめちゃくちゃ懐いてきた   作:アスピラント

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化けの皮

 夜風が王都ヘリスの外壁をなでるように吹き抜け、門番たちはそれに肩をすくめながら地平線の彼方を見ていた。今宵も不審な影は見えない。王都ヘリスの規模を考えれば、襲撃なんぞ仕掛けても多数の衛兵の前では、並のならず者なんざ脅威にはならない。

 

「夜番なんて暇なもんだよなぁ」

 

 一人の兵士がブラスターライフルを肩にかけ、欠伸を噛み殺しながら呟く。慣れた仕事ではあるが、退屈なのは変わらない。

 

「まったくだ。酒でも飲めりゃ少しはマシなんだがな」

 

 もう一人の兵士が冗談めかして言い、周囲の者たちがくすくすと笑う。無論……酒なんて飲むわけない。こうして冗談でも言わないと、ただひたすらに静かな時間が流れるだけになってしまう。

 

「見回りに行ってる間に勝手に飲んでたら、隊長にぶん殴られるぞ」

「ハハ、確かにな」

 

 そんな他愛もない会話が交わされる中、誰もが「今夜も静かに終わる」と信じて疑わなかった。

 

 ――だが、その静寂は突如として破られた。

 

 「――ッ!?」

 

 鈍い衝撃音が響き、すぐに何かが崩れ落ちる音が続く。兵士の一人が正門の外へと視線をやると、そこには地面に倒れ伏した仲間の姿があった。

 

「おい……?」

 

 呼びかけようとした瞬間――また銃撃音が鳴った。

 激しい破裂音とともに、倒れた兵士の頭部が赤黒い霧を撒き散らしながら吹き飛んだ。

 

「――!?」

 

 状況を理解する間もなく、別の兵士が何かに撃ち抜かれ、喉を押さえて悶絶する。

 

「敵襲だ!!」

 

 叫び声が響く。しかし、次の瞬間には別の兵士の胸が弾け飛び、短い悲鳴と共に地面に崩れ落ちた。

 

 敵は見えない――暗闇に紛れ、どこから撃ってきているのかも分からない。パニックに陥った兵士たちは慌てて武器を構えるが、その瞬間、闇の中から無数の小さな赤い光が灯った。

 

「な、何だ……?」

 

 焚き火の明かりが届かぬ闇の向こうから、四つ足の獣のような影が現れる。

 

 しかし、それは獣ではなかった。

 

 金属質の身体、鋭利な爪、虫のように複眼が光る機械の怪物――小型のキメラが、這い寄るように兵士たちを取り囲んでいた。

 

「キ、キメラ……!? 何でこんな所に……!」

 

 その言葉が口をついた瞬間、機械獣が一斉に跳躍した。

 

「うわぁぁぁっ!!」

 

 最も近くにいた兵士の喉元に、鋭い爪が突き立てられる。鮮血が夜の闇に飛び散り、絶叫と共にその男は地面に倒れた。

 

「くそっ、迎撃しろ!!」

「無理だ! 多すぎる!!」

 

 指揮官らしき兵士が叫ぶ。しかし、兵士たちは統制を失い、次々に散り散りになっていく。

 

 一人の兵士が引き金を引き、目の前のキメラの頭を撃ち抜く。だが、別のキメラがすぐに仲間の屍を踏み越えると鋼鉄の顎を開き、兵士の顔を捕らえた。

 

「ぎゃあぁぁぁぁ!!」

 

 男の絶叫が響き渡る。次の瞬間、血飛沫とともに彼の頭部が引き裂かれ、残骸が地面に転がった。

 

「化け物め……!」

 

 別の兵士がブラスターを構え、キメラに向けて引き金を引く。銃弾がキメラの身体に着弾し、火花が散る。しかし、それだけだった。致命傷には至らず、獣は猛然と飛びかかる。

 

「う、うわあぁ――!」

 

 兵士の喉が裂かれる。悲鳴が途切れ、血まみれの遺体が地面に倒れた。

 

 次々と仲間が倒れる光景を目の当たりにし、生き残った兵士たちは恐怖に駆られ、門の内側へと駆け込もうとする。

 

 「撤退だ! 門を閉め――」

 

 その言葉が終わる前に、門の上部に設置された監視塔が爆発した。

 

 「な……!?」

 

 火の粉と瓦礫が降り注ぎ、混乱の中で最後の兵士が息を呑む。

 

 背後から、何かが迫る気配を感じた。

 振り向いた瞬間――金属の爪が、彼の胸を貫いた。

 

 「……あ……」

 

 そのまま力なく倒れる。

 王都ヘリスの門番たちは、わずか数分で壊滅した。

 夜風が吹き抜ける中、機械獣たちは冷たい瞳を瞬かせながら、門の内側へと足を踏み入れていくとアルカディスト達が暗闇から現れた。

 

「さて……思う存分暴れなさい。我が信徒よ」

「「「人の世に繁栄あれ」」」

 

 

         *   *   *

 

 

「――スジュラ!!」

「レジール?」

 

 作戦会議室にてタナクとレクス、そしてフラウ()()()作戦の内容を詰めていたスジュラは、いきなり部屋に入ってきた義勇団の長であるレジールを見て、表情を固くする。

 

「アルカディストが攻めてきた……軍団を率いている!!」

「……このタイミングか……!」

 

 忌々しそうにタナクが呟いた瞬間――警報が鳴り響く。

 

〈非常事態宣言を発令します、サングラール王国市民に全員に速やかな避難を――〉

 

 警報は市民達の保護シェルターや砦内への避難を呼びかける内容だった。そして遠くの方で爆発が起きたのか、轟音がここまで届いてきた。

 

「スジュラ……! この後の動きだが……()()()()()()?」

「ああ、将軍にも連絡しておけ。アタシは避難誘導を、フラウは王様を……んでタナクは――」

「わかっている」

 

 タナクの強い眼差しがスジュラを真っ直ぐ射抜く。

 

「……なら任せたよ」

「ああ」

「2人とも……死ぬなよ」

「「応ッ!!」」

 

 ()()()事前に決めたかのようにテキパキと準備をするスジュラ。彼女は自分の装備を確認するついでにレクスに視線を移す。

 

「レクス……手筈通りにな」

「あいよ、わかってる。俺はお前らとは違って腕っぷしは強くない。状況だけは共有する」

「……助かる」

 

 スジュラは義勇団と共に向かいながら思う。

 この事態は何も予測してなかったわけじゃない。機人の誘拐から今に至るまでの流れで、アルカディストはサングラール王国に根付きながら活動していた。そして自分たちは敵にずっと動向を見られていた事も理解していた。

 

(だが……もうこの面倒な腹の探り合いは終わりだ)

 

 何かと翻弄されがちは自分たちだったが、今は違う。

 奴らは間違いなく本腰を入れてこっちにやって来ている。決着を付けるなら……この夜の内しかない。

 

「――――――!!!」

「助けてくれ!!」

「狂信者たちが――」

 

 助けを求める悲痛な声をセンサーで感知したスジュラはすぐに方向転換する。それを見た義勇団の団員は追従していく。

 

「――ッ!」

 

 スジュラは勢いよく路地を駆け抜け、次の瞬間には戦場へと飛び込んでいた。

 

 市民たちは怯えながら背を丸め、壁際に身を寄せ合っている。その前に立ち塞がるのは、赤い民族衣装をまとったアルカディストの兵士たち。彼らは手に刃を持ち、今まさに罪なき者たちへと振り下ろそうとしていた。

 

 「させるかよ」

 

 スジュラの祭司の槍が稲妻のごとく閃く。

 

「が――!」

「ぎゃ――」

 

 槍が一閃すると、最前列にいた兵士の首が軽々と跳ね飛んだ。鮮血が暗闇を裂き、他の兵士たちが一瞬怯む。

 

「はあああッ!!」

 

 槍の穂先が蒼白い光を帯び、回転しながら敵の腹を裂いていく。悲鳴が響くと同時に、スジュラはすかさず槍を投げつけた。

 

「ぎゃあああ!!」

 

 槍は敵の胸を貫き、その衝撃で三人まとめて吹き飛ばす。

 

「くっ……!」

「機人だ……! 一旦退け!!」

 

 怯えた狂信者たちが後退する。しかし、スジュラは一切の隙を与えなかった。

 

「まだ実力差を認識できる頭はあるか」

 

 すぐさま槍を回収すると、踏み込みざまに一気に振り下ろす。

 

「そこだッ!!」

 

 雷鳴のような轟音と共に、大地が抉れ、衝撃波が周囲の兵士たちを飲み込む。吹き飛ばされた者たちは壁に叩きつけられ、そのまま動かなくなった。

 

 最後に残った一人が震える手で剣を構えたが――スジュラの槍が彼の喉元を貫く。

 

「う……げ……」

「……お前が最後か」

 

 彼女の冷たい声に、男は顔を青ざめさせながら絶命する。ひとまずこの場で屯していた連中を片付けられた事に、スジュラは一息つくと、市民たちへ振り向いた。

 

「今のうちに早く避難しろ」

「は……はい!」

「ありがとうございます……!」

 

 その言葉に、人々は安堵の表情を浮かべながら、急いで避難所へと駆けていった。

 

(ここにはいないか――頭が)

 

 この大規模な襲撃を率いる指導者はここにはいなさそうだ。となると……必然的に部隊が向かっていった場所は限られてくる。

 

(まぁ……いい、向こうにはフラウが向かった。あとは表舞台に出てくる瞬間を見計らうだけだ)

 

 スジュラは槍を軽く振り、血を払いながら呟く。

 

「……正念場だぞ」

 

 

          *   *   *

 

 

 

 燃え盛る炎の揺らめきが、暗闇に沈んだ王都を不吉に照らし出していた。

 

 広場には、避難を急ぐ市民たちが溢れ返っている。泣き叫ぶ子供を必死に抱えながら走る母親、戸惑いながらも群衆に押される老人、そんな彼らを必死に誘導する義勇団と衛兵たち。

 

 狂信者の暴虐から市民を守るべく、義勇団の兵士たちは銃を手に戦い、衛兵たちはバリケードを敷いたりなどして防衛線を築いていた。

 

 しかし、それでも戦況は決して楽観できるものではなかった。何せキメラまで投入されており、アルカディストは今いる全ての兵士を使って攻撃を仕掛けていた。今までの小競り合いとは違い、戦争そのものを始めた彼らは死すら恐れずに激しく攻め立てる。

 

 城下町の方角から響いてくる爆発音、金属がぶつかり合う甲高い音、そして死にゆく者たちの断末魔の叫び。

 

 まさに王都全体が地獄と化していた。

 

「グラン・カステルの避難通路を開放しろ! 女性と子供を優先して運べ!」

 

 鋭い声が響き渡る。

 

 王宮の前に立つ一人の男――サングラール王国国王リグラン三世。彼は豪奢な王服の上に簡易の戦闘鎧を身にまとい、自ら指揮を執っていた。貴族然とした柔和な顔立ちとは裏腹に、その瞳には揺るぎない決意の光が宿っていた。

 

「国王陛下、お守りしながら市民の避難を完遂いたします!」

「貴様らも無理はするな! 一人でも多く助けることが最優先だ!」

 

 リグランの指示のもと、義勇団の兵士たちは迅速に動き出した。彼らの統率は見事で、市民を次々と避難所へと送り込んでいく。

 

 しかし――その時だった。

 

「失礼いたします、陛下――」

 

 低く響く声が、混乱の広場にさらなる緊張をもたらした。

 そこに立っていたのは、一人の壮年の男だった。

 

 黒鉄の鎧に身を包み、腰には巨大な大剣を佩いている。二メートル近い長身と鍛え抜かれた筋肉の塊のような体躯。

 

 そして、何よりその冷たい瞳が放つ圧倒的な威圧感。

 義勇団の兵士たちは瞬時に彼の正体を悟り、反射的に武器に手をかけた。

 

「アンドロス将軍!」

 

 サングラール王国軍の最高司令官にして、頑なな反機人主義者として知られる男――アンドロスが現れた。彼の登場により、義勇団の兵士たちの間に緊迫した空気が広がる。

 

「……将軍」

「ここに何の用だ?」

 

 義勇団の兵士たちは自然とリグランの前に立ち、アンドロスを睨みつける。

 

 機人の存在を快く思わない将軍が、なぜこの場に現れたのか――疑念が頭をよぎる。

 

 しかし、アンドロスは微動だにせず、重々しく口を開いた。

 

「……勘違いするな。俺は貴様らを拘束しに来たわけでも、邪魔しに来たわけでもない」

 

 その言葉に、義勇団の兵士たちはわずかに目を細める。なら一体何の用で来たのだろうかと。

 

「俺は陛下と共に、この国を守る為に手を貸しに来ただけだ」

「……何」

 

 彼は当然と言わんばかりに答えた。

 義勇団たちに少ない衝撃が走ったが、彼はそもそも手段や考えが違うだけで、国を憂う気持ちは同じだった。

 

 ただそれでも問わずにはいられない。

 

「……信用していいのか?」

「将軍が機人を嫌っているのは、俺たちも知っている。その上で聞く――お前はアルカディストの仲間じゃないんだな?」

 

 アンドロスはその言葉を聞いて淡々と答えた。

 

「無理に信用する必要はない。だが……今この時ばかりは仲間だと思ってくれていい。アルカディストは俺にとっても敵だ」

 

 故に――と将軍は区切ってから声を張り上げた。

 

「国の危機に際して自らの思想を押し付けるほど愚かではない。戦うべき時に戦わぬ者こそ、最も軽蔑すべき存在だ」

 

 その言葉が響き渡ると、義勇団の兵士たちは思わず息を呑む。サングラール王国軍と義勇団の間には確かに確執があった。だがアンドロスはそれを超えて今は国を守ることが最優先だと宣言した。

 

 それは暗に……国王リグラン3世との対立を終わりするようなものだった。

 

「……言葉通りに受け取っていいんだな?」

 

 レジールが問いかける。

 

「無論だ。我ら王国軍は王都防衛のために動く。義勇団ともにな……それとも、この場で無駄な衝突をするか?」

「は……そんな気はない」

 

 レジールは参ったと言わんばかりに両手を上げると、薄く笑いながら言った。

 

「王国のためなら、どんな協力も惜しまない。頼む……手を貸してほしい」

 

 その様子を見守っていたリグラン王が、ふっと微笑む。

 

「……ありがとう、アンドロス」

「こちらこそ……数々の無礼を……申し訳ございません。この過ちは我が命でもって都を守り抜く事で償います」

 

 アンドロスは軽く一礼し、即座に軍へ指示を出した。

 

「王都東門が突破されかけている。そちらの防衛に人員を回す。義勇団も来て欲しい」

 

 こうして、王国軍と義勇団は手を組み、王都の防衛に向かうこととなった。戦場はなおも混迷を極めていたが、王国の存続のためにと立ち上がった彼らはより団結を強めていた。

 

「どうやら余計な心配はいらなかったな」

 

 そんな中で何かあれば仲裁に割って入ろうとしたフラウは、フルフェイスマスクの下でホッと安堵する。流石にこんな状況で立場をめぐる争いを起こそうとする愚か者はいなかっなようだ。

 

 ただまだアルカディストの攻撃は続いている。

 現に――フラウの視線の先には、この場で一番存在感を放つ人物がいた。

 

「おぉ……異端者を統べる愚かな王と……醜い機械共……!」

 

 両手を広げ、敵を見つけ出した事に喜びを露わにする白いマスクをつけた人物――アルカディストの指導者ナハトアが、赤い塗料で装飾を施されたスティールレックスの上に跨ぎながら、狂信者の兵隊を連れて来ていた。

 

「あいつが……アルカディストの!」

「わざわざ大将自らやってくるとは……」

 

 リグラン3世は初めて肉眼でナハトアを捉えた。

 一言で言い表すなら――異質。

 独特の狂気を纏った奴を見て、こっちまで呑まれそうになる。

 

「陛下は後ろの方へ」

「貴方は……確かユアン殿から派遣された――」

「フラウです、奴は私が引き受けます」

 

 顔を隠した機人であるフラウは、両手に刀を握りしめてリグラン3世の前に立つ。アイラとノラの師匠と言っても過言ではない彼は、ナハトアの操るキメラが一般兵の手に負えるものじゃない事を瞬時に理解した。

 

「後の部隊は私の援護を」

「……任せていいんだな」

「無論です」

 

 フラウは刀の鋒をナハトアに向けて言った。

 

「ああいう奴らを狩るのが、私たち機人の戦士の役割ですから」

 

 

           *   *   *

 

 

 そして一方――王都ヘリスの中心街はまさに混沌の渦中にあった。崩れ落ちた建物の残骸が石畳に転がり、道端には逃げ遅れた人々の呻き声が響いている。そんな市民を追い回していた狂信者たちは好き放題に暴れ回っていた。あちこちから銃声と爆発音が途切れることなく鳴り響く中、パニックに陥った市民たちが蜘蛛の子を散らすように逃げ惑っていた。

 

 しかしそんな誰もがパニックに陥っている中で、たった1人……異質な雰囲気を纏う者がいた。

 

 そいつは漆黒のローブに身を包み、深くフードを被って顔を隠していた。戦火に照らされてもなお、その姿は影のように輪郭が曖昧で、周囲の喧騒から隔絶されているようだった。

 

 その者は混乱する人々の間を縫うように進んでいく。悲鳴を上げる者がぶつかりそうになっても、まるで何かに弾かれるように自然と距離を取る。まるで現実から切り離された幻影であるかのように、音もなく人々の間をすり抜けていった。

 

 やがて、その人物は大通りを抜けると、細い路地裏へと足を踏み入れた。

 

 ここは戦火の喧騒からわずかに遠ざかった場所だった。石壁の間にひっそりと続く裏道には、焼け焦げた木箱や壊れた荷車が無造作に転がっていた。空を見上げれば、黒煙がうねるように舞い上がり、血のような赤い月が薄暗い雲間に浮かんでいる。

 

 その足取りは迷いなく、まるで何かに導かれるように進んでいく。

 

 その先にあったのはレクスの工房だった。

 

 ローブの人物は路地の奥にある、一見何の変哲もない石造りの建物の前で立ち止まった。入り口には鉄製の扉が据え付けられ、頑丈な錠が掛けられている。だが、彼は鍵を探す素振りもなく、ただゆっくりと手を伸ばした。

 

 次の瞬間、鉄の錠前が一瞬で砕け散った。

 

 何の武器も使わず、まるで紙細工を潰すかのように呆気なく破壊された錠前を無感動に見つめながら、謎の人物は工房の中へ侵入する。

 

 扉がギィィ……と軋む音を立てて開くと中はひんやりとした静寂に包まれていた。

 

 石造りの壁に囲まれた工房の内部は、ほとんど手つかずのままだった。細々とした工具や未完成の機械部品が作業台に並び、壁には設計図の紙が無造作に貼られている。床には僅かに埃が積もっていた。

 

 だが目的は別のものだった。

 工房の奥へ進むとそこには台座が据えられている。

 

 その上に、冷たく一体の機人が横たわっていた。

 

 ジェミナ――かつてコーラス・アコンプリに所属し、アルカディストに囚われた後に、意識データだけをキメラに移植されたことによって死んだ哀れな機人だ。

 

 ジェミナの亡骸を見ていたその者は、一言も発することなく彼女へと歩み寄ると両腕を伸ばし、ゆっくりと彼女の躯を抱き上げた。

 

 金属と金属が擦れる微かな音。

 ただ黙々とジェミナの亡骸を抱えると、まるでその存在の意味を噛みしめるように抱きしめた後、いきなり踵を返して再び扉へと向かうと、速やかに出て行った。

 

 

 

        *   *   *

 

 

 

「――すぐに救いを与えましょう」

 

 ナハトアは両手を広げ、狂気じみた笑みを浮かべると、周囲に控えていた小型のキメラに乗るアルカディストの狂信者たちが一斉に突撃を開始した。

 

「行きなさい……我が信徒よ、異端なる者に救済の光を齎しなさい……」

「「「指導者様に勝利を!!」」」

 

 狂乱する指導者の声が響き渡ると、義勇団とアンドロス率いる王国軍の兵士たちは即座に反応し、ブラスターライフルの引き金を引いた。

 

「何もさせるな!! 撃て!!」

 

 赤熱する銃口から連続して発射される光弾が、突撃してくる敵兵たちを次々と貫いていく。狂信者のうち何人かはその場に倒れ込み、小型キメラも絶命して転倒した。しかし、それでも前進を止めない者たちがいた。

 

 EXOスーツを身にまとった狂信者たちだ。

 彼らのスーツは高エネルギーの光弾を弾き、衝撃をものともせずに突破してくる。そして、彼らは懐から何かを取り出し、猛然と義勇団の兵士たちへと駆け込むと悍ましい声で叫んだ。

 

「裁きの光だ!!」

 

 次の瞬間――激しい爆発が起こる。

 彼らは自爆したのだ。

 

「ぐあああっ!」

「ひ、ひいいッ!」

 

 あらかじめ爆薬を仕込んだEXOスーツの強化筋力を活かして飛び込み、至近距離で自爆することで、複数の兵士を巻き込んで殺傷していく。爆風と熱波が広場に吹き荒れ、避難を終えた市民の悲鳴が遠巻きに響く。

 

「まずいな……!」

 

 このままでは敵の自爆戦術によって防衛線が崩壊する。王国軍の兵士たちも必死に応戦するが、通常のブラスターライフルではEXOスーツを貫くのは容易ではない。

 それに加えて自爆は最も精神をすり減らしてくる戦法の1つだ。恐慌状態に陥ってしまえば立て直せなくなる。

 

「誰か、奴らの突撃を止められる者は──」

 

 アンドロスが言いかけたその瞬間、一筋の風が駆け抜けた。

 

「下がってください」

 

 音すらも置き去りにする超高速の疾走。

 

 フラウが動いたのだ。

 

 戦場の荒廃した街を駆けていくその姿は、まるで霞のように揺らめいていて、あらゆるセンサーを駆使しても捉えきれなかった。

 

 アルカディストは急いでブラスターを向けるも、すでにフラウは其処におらず――次の瞬間には敵の最前線へと飛び込んでいた。

 

「シィ!!!」

 

 目にも止まらぬ速さで刀が閃く。

 フラウの刀はEXOスーツに取り付けられた爆薬を切り裂き、狂信者だけを確実に仕留めていく。

 

「な、に……!?」

 

 狂信者が驚愕の声を上げる間もなく、フラウはすでに次の敵へと移動していた。

 

 踏み込んだ足元が爆発するかのような加速。

 彼の姿は敵兵の間を縫うように駆け、全ての自爆兵を一撃で沈めていく。

 

 血が舞い、戦場に一陣の風が吹いていた。

 

「……本当に機人というのは……厄介ですねぇ……」

 

 ナハトアがスティールレックスの上からフラウを見下ろし、狂気じみた声色をマスクの奥から垂れ流していた。

 

「騎兵たちよ、あの機人を仕留めなさい」

「「「はっ!!!」」」

 

 ナハトアが手を振り上げると、周囲にいた小型キメラの騎兵たちが一斉に突撃してきた。

 

 フラウは特に慌てる様子もなくそれを見据え、深く息を吐く。

 

(思った通り……アルカディストの大部分がここに集まっているようだ)

 

 側からは王様を殺すことで国を瓦解させようとしているように見える。確かにリグラン3世が死ねば、国にとって甚大なダメージだ。

 

 だけど本当の目的がこれじゃないとわかっている。

 彼は軽く刀を構えた。

 

「狂信者のくせに……中々狡い連中だ――なッ!!」

 

 次の瞬間、衝撃波とともにキメラが襲いかかった。

 狂信者たちは手にした長槍を突き出し、獣の如き奇声を上げながらフラウへと向かってきた。通常の兵士であれば、一度にこれだけの数の突撃を受ければひとたまりもないが、フラウは違った。

 

 瞬時に地を蹴り、左へと跳ぶと槍が空を切る。

 フラウは回避と同時に刀を振るい、最前列の騎兵の首を跳ね飛ばす。

 

「遅いな……!!」

 

 血しぶきを浴びながらも、彼は一瞬も止まらない。次の敵が突進してくると同時に、今度は右へと跳び、低空で滑るように移動しながら、キメラの足を断ち切った。

 

「死ねええええッ!! 鉄屑!!」

 

 狂信者が手にした短槍を投擲する。

 フラウは一瞬だけ振り返ると、まるで見えていたかのように、刀の鋒をそちらに向けて槍を弾き返した。

 

「なっ……!?」

「見えているぞ」

 

 驚愕する狂信者の顔に向かって、フラウは駆け抜けながら無慈悲に一刀を振り下ろす。斬撃が狂信者の胴を貫き、彼は血を噴き出しながら地に崩れた。

 

 だが、戦いはまだ終わらない。

 フラウが次の標的を探そうとした瞬間、異様な気配を感じた。

 

「ギャオオオオオオ!!!」

 

 まるで大地が唸るような轟音が響き渡る。

 彼の視線の先には、巨大な異形が立っていた。

 

「……スティールレックスを操っているようだな」

 

 ナハトアが乗る獣──スティールレックスが、フラウを見据えていた。鋼鉄の装甲に覆われたその巨体は、通常のブラスターでは傷一つ付かないだろう。

 

 ナハトアはその上で不敵に笑いながら言った。

 

「人の知恵は機械の獣すら意のままに操ります。それを……貴方達は見て来たでしょう?」

「……報告を介してだが」

「ふふふ、今日は新たな世界を作り出す第一歩になります。我が信徒が散らしてきた命は無駄にはなりません」

 

 フラウの後方では、義勇団と王国軍が体勢を崩したアルカディスト達を次々狩っている。側から見たら完全に此方が優勢に傾いているのだが、ナハトアに焦りの色はない。

 

「踏み潰しなさい」

「ァァアアア!!!」

 

 スティールレックスの鋼鉄の巨体が、ゆっくりとその四肢を動かした。地面が震え、周囲の瓦礫がわずかに跳ねる。

 

「……少しだけ厄介だな」

 

 フラウは刀を構えたまま、冷静に敵を観察する。

 スティールレックスは種類によるが、通常のキメラとは一線を画す存在だ。高度な疑似神経回路を持ち、自己修復機能まで備えている。攻撃を受けても容易に崩れることはない。

 

 体格を活かした攻撃は勿論のこと、身体に備わった多彩な光学兵器と銃火器はそこら辺を彷徨くプーパの比じゃない。少なくともこの辺境の荒野では強力な機械だろう。

 

 だが、それでも「倒せない」わけではない。

 現に今よりも若く、未熟だったアルタとベガは倒している。

 

「ァァアアア!!!」

 

 次の瞬間、スティールレックスが巨体を揺らしながら突進してきた。

 

 まるで戦車のような重量感のある動き。

 だが、それでいて無駄のない、計算された軌道だった。

 轟音とともに鋼の四肢が地面を砕き、巨体がフラウへと迫る。

 

「……図体は確かにデカく、避けにくい」

 

 フラウは寸前で跳躍し、空中で姿勢を制御しながら回避した。

 

 ──だが、スティールレックスの攻撃はそれだけでは終わらない。背部に備え付けられたビーム砲が明滅し、フォトンの熱線が襲いかかる。

 

「多彩な兵器も……心底鬱陶しい」

 

 隙のない波状攻撃がフラウの動きを妨げる。

 確かな「知性」があり、戦闘の流れを読み、適切な攻撃を仕掛けてくる巨獣を前にしてフラウは、撃破に至る道を見つけていた。

 

「でも……それだけだ」

 

 フラウは、一気に足に力を込めた。

 瞬間、彼の姿が一瞬にして掻き消えるとスティールレックスの巨体の周囲に残像が生まれる。

 

「これは……」

 

 ナハトアは初めて困惑している様子だった。

 スティールレックスのセンサーは全ての残像に対して本物であると誤認しており、攻撃の優先度を決められずにいた。

 

 それが後方に展開した義勇団と王国軍への攻撃の合図になった。

 

「撃てぇぇぇぇ!!!」

 

 突如、戦場の向こう側から轟くアンドロスの怒声。

 それと同時に、強烈な光がスティールレックスに降り注いだ。

 

「ギャァァァアアア!!!」

「く……」

 

 スティールレックスの背部装甲が爆発し、火花が飛び散る。

 ナハトアがよろめいた刹那――

 

「落ちろ」

「……!!!」

 

 すでにフラウはその懐に入り込んでいた。

 

「ハァ!!!」

 

 ナハトアの視界が、刀の煌めきで埋め尽くされる。

 そしてフラウの一閃がスティールレックスの左脚関節を斬り裂いた。

 

「――!!」

 

 巨体がバランスを崩す。

 制御不能となったスティールレックスは、その場で大きく体勢を崩し轟音とともに、地面へと沈んだ。

 

「……終わりだ」

 

 フラウは、倒れ込んだナハトアの胸元に刀を突きつける。

 その目は、冷たく、何の情も宿していなかった。

 

「……そうでしょうか??」

 

  ナハトアの指が、ゆっくり懐に忍ばせた何かに触れようとする。

 

「甘い」

 

 だが、それよりも先に。

 フラウの刀が、一閃した。

 閃光のような速さで、ナハトアの手首が斬り落とされる。

 

「おや……」

「……フッ!!」

 

 反応の薄いナハトアを他所に、フラウはそのまま迷うことなく刀をナハトアの胸に突き立てた。その光景を見ていたレジールは気色を孕んだ笑みを浮かべる。

 

 悪夢は終わりを告げたと思っているのだろう。

 

「ついに……ッ!」

「……いや」

 

 だがフラウは未だにピリついた雰囲気を解いていない。

 ナハトアはドシャリと倒れ込むが、様子がおかしい。

 

「青い……血……?」

 

 レジールはナハトアから流れ出る血を見て驚愕する。

 赤い血ではない――という事は。

 

「チッ……」

 

 フラウはナハトアの白い仮面を剥ぎ取る。

 すると現れたのは首元から頭にかけてコードが埋め込まれた女の機人だった。

 

「どういうことだ……!? 指導者は機人だと……!?」

「……予想は当たりだったか……」

 

 フラウは舌打ちしつつ、赤く燃え盛る街の向こうにある一点を見る。

 

「タナク……予想通りだ」

 

 

         *   *   *

 

 

「――出来れば嘘であって欲しかったな」

 

 タナクは通信機を耳元から外し、静かに息を吐く。

 ここは王都ヘリスを出てすぐ近くにある荒野だ。

 地平線の彼方ではまだ戦火の余韻がくすぶっている王都が見えており空に舞う煙の色が、夜闇に溶け込んでいくのが見えた。

 

 タナクの視線の先には、一人の人物が立っていた。

 漆黒のローブをまとい、その腕には静かに横たわる亡骸――ジェミナの遺体が抱えられている。

 

「どなたですか?」

 

 風に翻るフードの奥から、ひどく落ち着いた声が響いた。

 あくまでもシラを切るつもりらしいが、もう無駄なやり取りにしかならない。

 

  タナクは目を細め、ゆっくりと一歩前に出る。

 

「もうすっとぼけるのはやめろ――アリスタ」

 

 その名を口にした瞬間、荒野の静寂がわずかに張り詰めた。

 コーラス・アコンプリのアルファ・マインドにして、同じコレクティヴに所属していた仲間をアルカディストの手によって失くした被害者である彼女の名前が、ここで出てきた。

 

 名前を呼ばれた彼女は、フードを取り払うと銀色の髪を肩まで伸ばした美しい相貌を露わにする。

 

「……戦闘に巻き込まれて……ジェミナの亡骸が破損される訳には行きませんから」

「違うな」

 

 タナクは容赦なく言葉を続けた。

 

「ジェミナを機械の胎(ミトラ)に取り込ませるつもりだな」

「……」

「その遺体は……レクスでさえ解析出来なかったマルウェアが仕込まれていた。ミトラをクラッキングして……何をするつもりだった……アリスタ――いや……」

 

 そしてタナクは核心をつく。

 

「指導者……ナハトア」




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