人類が機械に負けた世界に転生したけど、記憶喪失の美少女アンドロイドを世話したらめちゃくちゃ懐いてきた 作:アスピラント
(間に合ってよかった)
ボクは
彼女がナハトアだと言うのは、すでに知っている。
タナクやスジュラ、そしてユアンから聞いた情報では彼女は脳の中身を入れ替えられた人間という事。
(奴ら……ここまでいかれていたなんて)
自らの肉体を捨て、新しい機械の身体を手に入れるなんて、言葉にするとあっさりだが実際はかなり悍ましい所業だ。
「……まさか追いつくとはな」
アリスタは意外そうに言ったが、全く予想外な様子はなかった。ボクが間に合うからというより……むしろ――
「だが恐れるほどではない」
負けないという自信があるからだろう。
ボクは息を整え、地を蹴った。
「潰させてもらうよ」
アリスタが左手を掲げると、足元の機械構造が脈動した。次々と装甲板が開き、そこから半生物半機械のキメラが這い出してくる。青い液体をぶちまけ、咆哮を上げる機械の異形達は並みの人なら耐えられない恐怖を与えるに違いない。
「まとめて斬る!」
ボクの光刃が唸りを上げた。
放たれた斬撃は光の帯となり、先頭の獣を真っ二つに裂いた。破裂する金属音、爆ぜる火花。二体目が飛びかかる前に、光の刃を横薙ぎに振り抜く。蒸気を吹き上げながら、頭部が吹き飛んだ。
「シィ!」
アリスタが短い詠唱のように声を発すると、残りのキメラたちが一斉に突進してくる。
ボクは冷静だった。数は多いが、動きは単調だ。
複雑な動きを取らせるのが難しいのか、機械的な制御でしか動いていない。それにさっきからアリスタ自身が動かないという事は、彼女自身の戦闘技術は低い証拠だ。
(なら、距離を詰める……ここで一気に決める!)
跳躍してアリスタの懐へ飛び込む。周囲のキメラが反応するよりも早く、ボクは彼女の喉元に剣先を突きつけた。
「キヒ」
だが――アリスタは動じない。
むしろ、わずかに唇を吊り上げて笑うだけ。
「ようやく試す時が来た……!」
剣を振り下ろそうとしたその瞬間――アリスタが自ら前へ踏み出した。
「……ッ!?」
避ける暇もなく、彼女の右手がボクの胸に触れる。ほんの一瞬。指先が装甲を撫でるだけの接触――だが、背筋を貫くような冷たい感覚が走った。
「な、にを……」
視界が歪む。
一瞬、意識が引き裂かれるような感覚を覚えた。
そして思考回路に異物が侵入し、頭の奥がゾワリとする。
「驚きましたか?」
アリスタは冷たい声で囁く。
その目が愉悦に染まり、まるで自分の勝利を確信しているようだった。
「アルファ・プライムの真骨頂はね、戦闘力ではないんですよ」
「……何を言って……」
「機械を支配すること。それがこいつらの本質。身体が馴染んだおかげで……やっと試せる!」
アリスタの笑みが広がる。
指先が淡く光り、その輝きがボクの胸部装甲に沿って走る。内部の回路が一瞬、ざらつくようなノイズを発した。
(まさか――直接、アクセスを!? どうやって!?)
脳裏に警告が点滅する。意識の奥底に、誰かが侵入してくるような不快な感覚。
ボクは慌ててシステム遮断を試みるが、反応が鈍い。まるで思考と体の間に膜が張られたようだ。
「ふふ……今、あなたに“贈り物”をしたのですよ」
「……何を……」
「使徒から預かったコンピューターウィルスですよ」
その言葉と同時に、脚が重くなる。
全身を鉛が流れるような感覚が広がり、視界がふらつく。
「あなたは貴重な個体ですから。壊すのは惜しい」
アリスタがゆっくりと後退しながら笑う。
「地球にはカテゴリー10クラスの機人は存在しない、貴女の機能を全て解放し、それをモノにすれば我々の勝利は確実!」
ボクの膝が地に落ちる。
まずいまずいと焦る中で、今まで経験したことない出来事がいきなり頭の中に流れた。
――ベガ、愛しい子よ――
その言葉が脳裏に流れた瞬間に意識が途切れ、知らない映像が流れた。
* * *
視界が白に塗り潰されていた。
音も匂いも存在しない。ただ機械的な空間が無限に広がっていた。そんなよくわからない場所の中央で、ボクはぽつんと立ち尽くしていた。
(これは……何?)
床も壁もなかった。
あるのは、規則正しいパターンで明滅している装甲板のような構造物だ。形は六角形で、隙間なく敷き詰められているようだ。
(まず……ここは……どこ……?)
つい先ほどまで確かにアリスタと交戦していたはずだ。ウィルスを仕込まれ、意識が崩れかけ――その瞬間に、この景色が映り出された。
これは果たして幻覚なのか、それとも回想なのか……わからなかった。
「……ベガ」
ふいに、柔らかな声が響いた。
反射的に顔を上げる。そこに立っていたのは、ボクよりも遥かに大きな女性の姿だった。
(誰だろう……でもすごく綺麗)
彼女は光でできているような姿だった。
多分ホログラムか何かだろう。輪郭は淡い銀色の粒子が絶え間なく流れ、まるで星々の海のように揺らめいている。
瞳は透き通る青で、奥には永い時間を生きた者の静かな慈しみがあったように見えた。
「誰……?」
ボクは思わず呟き、彼女を見上げる。
女性は穏やかに微笑んだ。
「貴女は……最後に覚醒させました」
澄んだ声が響く。言葉の一つひとつが胸の奥に沁み込んでいくようだ。でも会話が絶妙に噛み合っていない辺り、これは多分回想か何かだと思った。
「他の兄妹たちが命をかけて、貴女に意思を託したのです」
「……兄妹……」
まさか家族がいたとは。
でもそんな記憶はない。
なのに――ボクは懐かしい気分になった。
「愛しい――よ」
彼女は光の腕をそっと広げた。その仕草に母のような優しさを感じた。
「貴女は、意志を継ぐ者……終わりゆく世界に生まれた最後の希望。貴女が人と機械を繋ぐ」
女性は微笑みを深めた。
「貴女は自分がこうすべきと思った事に従って動きなさい。誰の命令でもなく、貴女自身の心に従って」
その言葉に、胸の奥が熱くなった。
多分この人は間違いなくボクにとって……とても大切な人。
「……あなたは……誰なんですか」
答えが返ってこないとわかってボクは問う。
これが幻だとしても、ボクは聞かずにいられなかった。
「どうか……生きて」
声が遠ざかる。
ボクはその手を伸ばしたが、届くより早く、光が爆ぜた。
――次に映ったのは、炎だった。
目の前に広がるのは、崩壊した施設。鉄骨がねじれ、ガスが爆ぜ、火花が壁を舐める。空気は焦げ、赤い炎が天井まで伸びている。
(今度は何……!?)
焼け焦げた機械の残骸を踏みしめながら、ボクは走り抜ける。ただ過去の自分だからか、身体だけが誰かに操られているような感覚だった。
「急げ……!」
焦燥に駆られた声が口から漏れる。
施設全体が揺れて遠くで爆発音が断続的に鳴ると、天井から瓦礫が降り注ぐ。
ボクは懸命に出口を探し、火炎の海を駆け抜ける。
すると――
「――!」
天井の一角が崩れ落ち、上方から眩しい光が差し込んだ。
その光の中に、何かがゆっくりと降りてくる。
「何だ……?」
それは人影だった。
だけど逆光のせいで輪郭しか見えない。
正体を見極めようとボクは立ち止まり、その姿を見上げた。
動力炉が早鐘のように鳴り、何か恐ろしい予感がしていたにも関わらず、ボクは全く目を離すことが出来た。
「――――」
その人影が、ゆっくりと顔を上げる。
口元だけが見えた――そう認識すると、そいつは笑った。
「何だあいつは」
口の端が、裂けるように吊り上がったのをみて、ボクはそいつが邪悪だと気づいた。ティムルとか言う、強化人間と相対した時に感じた悪意とは比較にならない。本当の意味で……次元の違う悪意をボクは感じ取る。
「会いたかったよ、ベガ」
その声が響いた瞬間、周囲の光景が一気に反転する。
火炎も瓦礫も、全てが黒いデータの塊に変わり、渦を巻くようにボクを呑み込んでいった。
(ぐ――――ぁぁぁ!?)
体が引きずられる。
あの笑みが近づいてくる。
次の瞬間、暗闇の奥から、無数の手のような影がボクに伸びてきた。
「やめろッ!!」
叫ぶ間もなく、意識が飛び――
「ブッコワシテヤル」
故郷が無くなった時に感じた制御不能な怒りが、再び覚醒した。
* * *
アリスタは、動かなくなったベガを見下ろしていた。
彼女の身体は膝をつき、青白い火花を散らしながら沈黙している。瞳の光は消え、ただの抜け殻のようだ。
「ふふ……ドレイク様の言った通りだ。上位カテゴリーの機体でも、しばらくは動けなくなるなんて」
アリスタは満足げに息をついた。
ウィルスが完全に機能しているのを確認すると、あの時ドレイクから手渡された黒いチップのことを思い出す。
――このプログラムを使えば、どんな機械でも一時的に沈黙させられる――
あの時は信じきれなかったが、どうやら本物だったようだ。
アリスタは薄く笑い、ゆっくりとベガに近づいていく。
「さて……ここからが本番……」
しゃがみ込み、ベガの頭部に手を伸ばす。
電子頭脳――それこそが、機人を支配するための要だ。
少し行動規範を弄り、キメラたちに施したようなプログラムを埋め込めば、たとえこのスペックの機人でも従順な兵士にできるはずだった。
指先がベガの額に触れた瞬間――凄まじい悪寒がアリスタの背中を這っていく。
「……ッ!?」
ビリ、と空気が震えた。
アリスタの全身に、灼けるような熱が伝わる。反射的に手を離すが遅かった。
ベガの体表から、白い炎が吹き出したのだ。
「な、何……これは……!」
光は一瞬で強まり、空間を灼き尽くす。
機械の胎の中枢――青白い照明が支配していた空間は、今や純白の光に包まれていた。
ベガの身体はまるで糸に操られたようにゆっくりと立ち上がる。彼女の全身を覆う白炎は、まるで生き物のように蠢き、装甲の隙間を滑った。
「破壊スル」
「――!!」
アリスタの脳裏に過ったのは山脈を蒸散させた彼女のレールガンだった。カテゴリー10という太陽系最強のスペックを誇る機人の、兵器としての一面が現れたあの瞬間を見て、人類が機械に力で勝てない絶対的な理由を痛感した。
(使徒様は言っていた――あれでも全力の1割も出してない、それがカテゴリー10クラスの機人だと)
アリスタは後ずさった。
ベガの瞳が開かれるとそこにはもはや感情がなかった。怒りも、悲しみも、理性すらも消えていた。
ただ破壊しないといけないという、簡単なプログラムだけが彼女の中にある状態だった。
「ま、まずい……これは……!」
アリスタは咄嗟に指を弾く。
その号令と同時に、周囲の通路や天井から無数のキメラが出現する。蛇、獣、虫、鳥、あらゆる形をした混成体が唸り声を上げ、白炎を纏ったベガを包囲した。
「やれ!!」
キメラたちが一斉に襲いかかる。
だがベガは一歩も動かなかった。
「何をして……」
しかし次の瞬間には白光が弾けていた。
轟音と共に、先頭のキメラが爆散する。
拳を軽く振るっただけで、爆炎と衝撃波が空間を駆け巡り、キメラを破壊していく。まるで虫をはらうに簡単に処理したベガを見て、アリスタの目が見開かれる。
「……ば、化け物……!」
ベガはすかさず動いた。
その速さは、目視で追えない。白炎の尾を残しながら、彼女はキメラの群れの中を駆け抜ける。通過した軌跡が一瞬遅れて爆ぜ、機械の残骸が雨のように降り注ぐ。
「ギャアアアア!!!」
叫びにも似たノイズが響く。
ベガはキメラの腕を掴み、ねじり上げ、そのまま握り潰した。内部のエネルギーセルが破裂し、光の奔流が広がる。
まるで燃料気化爆弾のように衝撃と熱が辺りを飲み込み、構造物を溶かしていく。
アリスタは息を呑んだ。
どんな防御障壁も、どんな信号命令も、この存在の前では意味をなさない。逃げなければならないと。
「ガァアアアア!!!」
ベガが吼え――さらにキメラがバラバラになる。
獣のような叫びは、もはやベガという人格そのものがなくなっている事を示している。
機械の胎の中枢も耐えきれなくなり、壁が崩落していた。
残ったキメラたちが絶叫しながら突撃するが、白炎の渦が一瞬でそれを飲み込んだ。
装甲が焼け、金属が液状化し、瞬きする間に灰となる。
「ヒッ……!!」
アリスタは恐怖に駆られ、後退を始めた。
こんなものは制御不能だ、ふざけるな……うまくいくと言ってくれたじゃないかと使徒を責めた。
「やめろッ……! 来るなッ!!」
叫んでも、ベガは止まらなかった。
彼女の視線は冷たく、命令も情もない。
そこにあるのは――ただ“排除”という機械的な意志だけ。
アリスタの足が滑り、背中がコアの台座にぶつかる。逃げ場はなかった。
「やめて……! お願いだから――」
ベガの手がゆっくりと伸びる。
白炎を纏ったその手が、アリスタの胸部装甲に触れた瞬間――。
ジュウ、と音がした。
金属が溶ける。装甲が泡立ち、内部の配線が焼き切れる。
アリスタは悲鳴を上げた。
「アアァアAaagiGAaa――――――ギィ――――ギギギギ――」
ベガは答えなかった。
そのまま力を込めると指がめり込み、内部構造にまで届いた。
「やめ――うああああああッ!!」
アリスタの身体が引き裂かれ、鋼鉄が悲鳴を上げ、油と血が混じった液体が飛び散る。ベガの瞳には、何の感情も宿っていなかったが、アリスタの目には苦痛と絶望だけがあった。
まるで壊すことこそが存在理由であるかのように、彼女は無表情のまま引き裂く、アリスタのコアが砕ける音が、響き渡るとか細い声が聞こえてきた。
「……か……み……さま……」
その呟きを最後に、アリスタ=ナハトアの意識は消えた。
白炎が爆ぜ、残骸すら残さず彼女を飲み込む。
ベガはしばらくその場に立ち尽くしていた。
「コワ……ス」
ベガはゆっくりとミトラの中枢に向かう。
暴走状態は継続中で、このままだとミトラを破壊してしまう状態にあった。
ベガの歩みが止まった。
ミトラの中枢――青白く光る巨大なコアの前で、白炎を纏ったままの彼女は、何のためらいもなく右腕を振り上げる。
だが、その刹那――ベガに誰かが話しかけた。
「やぁやぁ、随分と派手にやってくれたねぇ」
随分とこの場に似つかわしくない軽い声が響いた。
炎と轟音に満ちた空間の中で、その声音だけは異様に落ち着いている。
「……」
ベガはゆっくりと振り返る。
そこにいたのは、紫陽花色の髪をした機人――ユアンだった。彼は淡い灰色のコートを翻し、まるで散歩でもしているかのような足取りで歩み寄ってくる。
しかしその瞳だけは、いつになく鋭かった。
「これは早く止めないと、まずいねぇ」
呟いた瞬間、ユアンの姿が掻き消えた。
羊飼いのような外見をした動きにくそうな服を着ているのに、彼の動きはベガの不意をつく程度には早かった。
「よっと」
ベガが白炎を振りかざす前に、ユアンはその懐に潜り込んでいた。彼の指先が、ベガの頭部――電子制御核の付近にそっと触れる。
「……ごめんね、ちょっとだけ眠ってて」
低く、穏やかな声。
だが同時に、ユアンの中から膨大な演算信号が走った。
アルファ・マインド権限のプロトコル。戦闘用システムの遮断命令。そして緊急停止コード――アリスタのものより、遥かに優れたものが彼女の中に流れ込む。
「――!」
ベガの身体が一瞬びくりと跳ねた。
白炎が乱れ、次いで音もなく消える。
「……大丈夫、もう動かなくていい」
ユアンはそのまま、ベガの意識中枢に直接アクセスする。
ウィルスの痕跡を洗い出し、記憶回路の再同期を行う。処理速度は凄まじく、彼の指先から微細な青い光が流れ込んだ。
「兵器運用、停止。記憶回路、再構築」
ユアンがブツブツ呟いた後に、ベガの瞳がふっと揺らぐ。
そして彼女は糸が切れたように力を失い、崩れ落ちた。
「よしよし、間に合った」
ユアンはすぐに腕を伸ばし、彼女の頭が床に打ち付けられる前に抱きとめる。まだ微かに白い光を帯びた彼女の装甲をそっと撫で、優しく息を吐いた。
「ワタシが来るのがあと十秒遅かったら……この街は終わってたねぇ」
その口調はいつものように飄々としていたが、瞳の奥には冷たい光が宿っていた。
通信端末が微かに震える。
ユアンは片手で応答する。
『こちら地上班。アルカディスト部隊、撤退を開始! 敵の指揮系統が崩壊した模様です!』
「……そっか、ご苦労様」
ユアンは小さく笑みを漏らす。
ベガをそっと抱き寄せたまま、燃え残るコアを見上げた。
「ひとまずは、落ち着いたようだねぇ……」
コアの光が、彼の横顔を淡く照らす。
微笑の奥に、誰も知らないほどの静かな疲労が滲んでいた。
* * *
静寂の中に、誰かの声が響いて――ベガは意識を取り戻す。
「……ベガ、聞こえる? 起きて」
優しい声に応えるべく、ベガはまぶたを震わせながらゆっくりと目を開けた。視界が霞み、ぼやけた光が差し込んでいる。しばらく焦点が合わず、天井の白い模様だけが揺れて見えた。
「……あれ……ここは……」
「医療区画だよ」
傍らにいて声をかけていたのはアイラだった。
髪をひとつに束ね、白衣の袖を少し捲り上げている。彼女は微笑みながらも、どこか安堵と緊張を同時に抱えた表情だった。
「急に身体を動かさないの。ユアンが応急処置してくれたけど、まだ安定してないんだから」
「……戦いは!? アルカディストは!?」
ベガは慌てて上体を起こそうとするが、全身に鈍い痛みが走る。アイラはすぐに肩に手を置き、静かに押し戻した。
「もう大丈夫。奴らは撤退したよ」
「撤退……?」
「ええ。あなたが暴走したのを止めた後、ユアンが参戦してくれて……戦闘はその時点で終わったの。あなたは1日だけ眠っていたわ」
「1日……」
ベガはぼんやりと天井を見上げる。
たった一日なのに、まるで永遠のように長く感じた。
「でも……戦いには勝ったんだよね……?」
まるで縋るようにベガが呟くと、アイラは少しだけ眉を寄せて、曖昧な笑みを浮かべた。
「一応は、ね」
「……?」
「サングラール王国の被害はそれなりに大きいわ。街の一部は焼け落ちたし、インフラの再構築には時間がかかる。復興が完了するまでには……数ヶ月は必要かも」
ベガは唇を噛んだ。
被害が予想以上なのもそうだが、自分達がきっかけでこうなったと思ってしまった。
「……ごめん」
「ベガのせいじゃない」
アイラは首を振った。
「全部、ナハトアとエリュシオンとか言う気取った奴らのせい。ベガはよくやってくれてるから」
「……でも……」
まさか暴走するとは思わなかったが、それでもアルタに繋がりそうなアリスタは自らの手で破壊してしまった。手掛かりになるはずだった。
「……アリスタ……」
その名を口にした瞬間、ベガの脳裏にあの光景が蘇った。
白炎。悲鳴。金属が裂ける音。
そして、自分の手で引き裂いたアリスタの姿――。
「アルタを助けるために、あの人を……生かしておけば……」
言葉が震え、喉の奥で詰まる。
その時、アイラが静かに言った。
「多分……無理だったわよ」
「え……」
「ベガが地下の施設で倒した使徒いたでしょ? 尋問したけど……あの連中、答えられない仕様になってる。記憶領域を開く前に、自壊信号が走るのよ」
「……ナハトアも同じ仕掛けがあったかもしれないと?」
「多分ね……」
アイラはそう言って、小さくため息をついた。
その声が、やけに遠く感じられた。
「……そう」
ベガは俯いた。
思考の片隅で、アリスタの最期の言葉――“かみさま”というか細い呟き――が再生される。無慈悲に悪党を殺して、他の人は褒め称えるかもしれないが、ベガ自身はますます自分が得体の知れない怪物なんじゃないかと思っていた。
(……にしても、あの女の人は誰なんだろ)
回想で見たあのホログラムの女は一体自分にとってどんな存在なのだろうか。謎が増えた気がして、ベガが悩ましげに俯くと、ドアがノックもなく開いた。
「お、起きてたのか」
入ってきたのはスジュラだった。
顔には薄い傷がいくつもあり、昨夜の戦闘の激しさを物語っていた。
「……スジュラ?」
「おう。気分は大丈夫か?」
「うん、今は大丈夫」
スジュラは部屋の入口に立ち、腕を組んで口角を上げた。
だがその笑みはいつもの皮肉混じりではなく、どこか慎重な色を帯びていた。
「で、何の用?」
「ユアンが呼んでる」
「ユアンが?」
「ああ。ミトラの中まで来てくれ、だとさ。お前に話があるらしい」
ベガは眉をひそめた。
ユアンが自分を呼ぶ――それだけで、胸の奥がざわついた。
まさか、自分の暴走のことを――。
「ユアン曰く……いい知らせらしい。そんな顔して落ち込まなくていいぞ」
「え」
しかし彼女の返答は予想外のもの。
ベガとアイラが顔を見合わせると、スジュラは淡々と言った。
「やっと……奴らの尻尾を掴めた――らしい」
* * *
ミトラの中心部は、変わらず淡い青光に満ちていた。
金属の柱が何本も伸び、中央には巨大な球体――ミトラの中枢コアが静かに脈動している。まるで生きているように、低い音を立てて鼓動していた。
ベガが足を踏み入れると、すでに数名の姿があった。
サングラール王国の代表であるリグラン三世と、傍らには軍服姿のアンドロス将軍がいる。
そして、ユアンの部下である機人――フラウ、タナク。彼らもそれぞれ無言のまま立ち尽くしていた。
その中央に、ユアンがいた。
いつものように中性的な笑みを浮かべ、掌でミトラの中枢を示している。
「やぁ、来たねベガ。目が覚めて良かった」
ひらひらと手を振るユアンの姿に、ベガはわずかにジト目を向ける。その笑顔がどうにも信用できない。あの飄々とした態度の裏に、何か別の意図を感じてしまうのだ。
「……一応、ね……。んで話を聞かせて」
ベガが腕を組むと、ユアンは「さてと」と口を開いた。
「このミトラには周辺のキメラや機人を統制する制御装置もあってね。周囲数百キロにわたる独自のネットワークを持っていて、心臓部と言ってもいい。ワタシはこの機能を失うわけにはいかなかったんだ。だから、わざわざ現地に出向いて破壊されないよう動いた、というわけ」
その説明に、リグラン三世が頷いた。
「我ら王国側も確認するために来た。ユアン殿が中枢に触れる際、過剰な干渉をしないことを確認するためでもある。そして、ベガ殿――君にもさっきまで何が行われていたか、しっかり共有してもらいたい」
「ええ、もちろん」
ユアンは軽く微笑み、背後の端末に手を翳した。
ミトラの中枢コアが反応し、空中に映像が浮かび上がる。
「端的に言えば――アルタが攫われた場所がわかった」
ベガは目を見開く。
「……ほんとに!?」
「うん。かつて町があった場所に作られた遺跡だ。そこに、残ったアルカディストと使徒たちが集まっている。アルタは今、そこにいる」
ユアンの声は穏やかだったが、言葉の中身は重い。
フラウが驚いたように息を呑み、タナクは静かに拳を握った。
「どうやって突き止めたの?」
ベガの問いに、ユアンは得意げに指を立てた。
「ミトラの制御機能さ。この施設は、周囲を徘徊するキメラたちの“視覚データ”と“行動ログ”を記録してる。アルタを攫った輸送船がどこに向かったか、途中でどんな信号を発していたか――それらを解析すれば、自然と行き先が見えてくる」
「そんなことができるなら……もっと早い段階で――」
言いかけたところで、ベガはハッとした。
そもそもそんなことが出来るなら何故言わなかったのか。
ユアンはわざわざベガとアルタを動かし、そしてエリュシオンの戦士と接触させたのは何故か。考えすぎかもしれないが、ユアンの油断ならない思考回路を考えたら不思議じゃない。
自分達はエサに使われた――と。
「……まさか、ユアン。アルタをわざと捕まえさせたの?」
周囲の空気が一気に張り詰める。
ユアンは肩をすくめ、悪びれる様子もなく答えた。
「そうさ」
あまりにも平然とした口調だった。
「アルタを追う連中のアジトを割り出すためには、彼か君が必要だったんだよ。だから、ワタシは状況を少しだけ操作した」
その瞬間、ベガの体が動いた。
ユアンの襟を掴み、強く引き寄せる。
「ふざけるな!」
怒りの声がミトラの中枢に響いた。
周囲の空気が振動し、光の粒がざわめく。
「アルタはあんたの駒じゃない!!」
ユアンは一切怯まず、いつもの微笑を崩さなかった。
「駒なんて思ってないさ。必要な手を打っただけだよ」
「結果的に誰かが死んだらどうする気だったんだ!」
「奴らは君らを殺さない」
「ボク達じゃない! この戦いだって本来なら起きなかったかもしれない! もっと上手く立ち回れたんじゃないの!? 違う!?」
その声には、激情と悲哀が混じっていた。
ユアンは少しだけ目を細めると、静かにベガの手を外した。
「……怒るのも、当然だと思うよ。でもベガ、君が守りたいものを守るために、ワタシは色々考えている、戦いが起きた理由だけど……アルカディストは厄介だ、エリュシオンの戦士達と一緒に戦う事は出来ない。だからこうやって先にナハトアを動かす必要があった」
ユアンは犠牲が出てしまっても、その作戦が出来るだけ被害が少なくて、かつ最も作り出しやすい状況をシミュレーションして人を操作する。だからあくまでも彼にとっては、最善を尽くしているだけに過ぎなかった。
ただ今後の
「ベガ、ワタシを信頼出来ないかもしれないが、君の味方である事は信用していい。絶対に寝返らないし、最善を尽くす」
「……その過程でボクやアルタが傷ついても?」
「死なないなら大丈夫さ」
その言葉に、ベガは何も返せなかった。
彼の笑みは相変わらず穏やかだった。
「……まぁアタシらのリーダーが相変わらずなのは、もうわかりきっていたが――」
するとスジュラが口を開いた。
「アタシら機人も、人も、感情がある。ユアンは機械の側面が強いのは知ってるが……これからはより感情も考慮した上で動け」
「善処するよ」
「必ずやれ、じゃなきゃ……人と機械の間にある壁が無くなることはないぞ」
スジュラの言葉が空気を震わせた。
しばらくの沈黙の後、金属を叩く杖の音が静寂を裂く。
「……ふむ。彼女の意見はもっともだ」
低く響いたのは、リグラン三世の声だった。
「ユアン殿。貴殿の判断が良かれと思ってのものは分かる。しかし……不和を招きかねない行動は控えて欲しい」
ユアンは黙ってその言葉を受け止めた。
リグランは続ける。
「王として、そして人として……命を道具として扱うやり方には賛同できぬ。人の命も、機人の命も、同じく尊い。犠牲を前提とした計画に、未来はない」
その厳しい声音に、ユアンはわずかに目を細めた。
しかし反論はしない。ただ静かに頷くだけだった。
「……ご忠告、感謝します。陛下」
ベガはその様子を見つめながら、胸の奥に複雑な感情が渦巻いていた。
ユアンは一呼吸置き、視線を全員に向ける。
「さて……これ以上の議論は後にしよう。ワタシたちには次の行動がある」
彼が指を鳴らすと、ミトラのコアが再び光を放った。
空中に立体映像が浮かび上がる。そこには、荒廃した大地と崩れた建造物群――ひび割れた塔と、砂に埋もれた都市の残骸が映し出されていた。
「アルタが連れて行かれた場所は――ここだ」
全員の視線が一点に集中する。
ベガが目を凝らすと、映像の下部に文字が浮かび上がった。
《廃墟都市リュドラ》
「かつてサングラールの西端にあった町だよ。数十年前に崩壊して以来、誰も近づかなかった。けれど、今は違う。そこに彼がいる」
「生きてる……よね」
「生きてる」
その言葉に、ベガの胸が強く脈打つ。
安堵と緊張、そして焦燥が入り混じった鼓動だった。
ユアンは続ける。
「ミトラの解析によると、リュドラにはまだ稼働中の施設がある。どうやら使徒たちが本拠地として利用しているようだ。防衛システムも複数稼働中で、下手に突入すれば全滅する危険がある」
アンドロス将軍が腕を組み、険しい顔で問う。
「つまり、我々は慎重に作戦を立てねばならぬということだな」
「ええ。敵はアルカディストの残党と使徒の複合勢力。単なる信仰者の群れじゃない。奴らの目的はまだ完全には読めないけど……アルタを利用して何かを起こそうとしている」
「何かを……?」
ベガの声が震える。
「それは本当にわからない、ただ早く向かわねばならないのは事実」
ユアンの言葉を聞いたリグラン三世は静かに息を吐き、重々しく頷いた。
「……ならば、準備を整えよう。アルタを救い出し、あの忌まわしい機械の脅威を断つ。そのための同盟を、ここに再び結ぶ」
ユアンは微笑を浮かべ、わずかに頭を下げた。
「異論はない。ミトラの制御下にある全戦力を、君たちの作戦に提供するよ」
ベガは拳を握りしめる。
アルタが無事である事を祈りながら。