人類が機械に負けた世界に転生したけど、記憶喪失の美少女アンドロイドを世話したらめちゃくちゃ懐いてきた   作:アスピラント

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決戦前

 目を開けると白い光が視界を焼いた。

 天井も床も壁も、どこまでも続く無機質な白。だがそれは、ただの光ではなかった。無数の情報線が空間を走り、電子的な粒子が静かに漂っている。

 

(……ここは……どこだ?)

 

 そう思った途端、口が勝手に動いた。

 

「……おはよう。今日も早いね」

 

 聞き覚えのない自分の声――まるで別人のようだった。

 隣に座っていた女性がこちらを向き、笑った。

 

「あなたこそ、もう少し休みなさいって言ったでしょ、■■■■」

 

 その瞬間、彼女の口の動きに合わせてノイズが走った。

 まるで映像が壊れたように、音が掻き消え、名前だけが聞き取れない。

 

(現実世界じゃねぇ、けど……多分これは俺の記憶、前世の……記憶か?)

 

 俺はとりあえずこの記憶を見守る事にした。

 彼女は白衣を纏い、長い髪を後ろで束ねていた。表情は穏やかで、どこか懐かしい――けれど、その顔の輪郭も波打つように歪んでいる。ノイズの下で、笑っているはずなのに、瞳の形すら曖昧だった。

 

「また徹夜してたの? データの解析ばかりしてると、ほんと身体壊すよ」

「……そうだな。もう少し、効率化を考えるよ」

 

 自分の声が、勝手に応える。

 脳が追いつく前に、口が動き、言葉を紡いでいる――。

 

 机の上には複数の端末があった。円筒状のガラス容器が並び、その中では青白い液体が循環していた。時折泡が弾け、発光している。中には形の定まらない黒い影が沈んでいる。

 

 その時、ドアの開く音がした。

 

「おはよう」

 

 ゆっくりと入ってきたのは、もう一人の女。

 高いヒールの音を響かせ、凛とした立ち姿。おそらく“上司”なのだろう。空気が変わった。彼女が発する気配は、優しさではなく、権威のある静寂だった。

 

「……進捗を聞かせてもらえる?」

 

 再び勝手に、俺の口が開く。

 

「はい。AIの人格形成に関しては、特に問題はありません」

 

 上司は一歩近づき、モニターに視線を落とす。

 

「なるほど……問題なし、ね」

 

 隣の女性――先ほどの同僚が、少し不安げに口を開いた。

 

「……ただ、成長速度が尋常じゃありません。自己学習の範囲を超えてます。見ていると……不安になるくらいで」

「そう」

 

 上司は静かに頷く。その声にも微弱なノイズが混じり、部分的に欠けていた。

 

「進化が早すぎること自体は悪いことじゃないわ。こちらが“導ける”のなら、恐れる必要はない」

 

 その言葉は冷静で、しかしどこか陶酔めいていた。

 彼女は手を上げ、ガラス容器の中の影を指差す。

 

「けれど、制御の問題は残る。……一体に任せきりなのは危うい」

 

 沈黙が落ちる。

 隣の女性――■■■■が、小さく息を呑んだ。

 

「それってつまり――」

 

 上司はゆっくりと振り返り、微笑んだ。

 その瞬間、顔全体が激しくノイズに包まれる。

 だが、その輪郭だけははっきりと分かった。冷たい笑みだった。

 

「これを制御する副次機能として、新たなAIを作るの――貴女たち2人が学生時代に作ったものを基盤にして」

 

 俺と彼女は顔を見合わせた。

 

「万が一の暴走を防ぐためによ。互いを監視し、均衡を保たせる……そのように設計すればいい」

 

 ――カチリ、と音がした。

 

 何かが動き出す。

 部屋全体が、赤い警告光に染まっていく。

 目の前の世界が、砂のように崩れ落ちた。

 

 

            *   *   *

 

 そして俺は目を覚まして、すぐ違和感を感じた。

 まず身体が思うように動かない。見渡せば、金属の天井に白い蛍光灯があって、どこからか換気扇が静かに鳴り続けている。腕を動かそうとしたが、がっちりと固定されていた。冷たい金属の拘束具が手首と足首を締め上げ、椅子と一体化しているようだった。

 

(……誰か来る)

 

 視界の端に人影が動いた。鋭い足音がなって俺の前に現れた。白髪を後ろに撫でつけ、ツーブロックに刈り上げた男がこちらを見下ろしていた。端整な顔立ちに、深く刻まれた皺、軍人みたいだなと俺は思った。

 

「目が覚めたかね」

 

 声は低く、よく通る。

 アルタは歯を食いしばり、睨み返した。

 

「……てめぇは……誰だ……」

 

 男は薄く笑い、軍服の襟を整えた。

 

「ドレイク。エリュシオンのスカイ・リーパー部隊を率いている者だ」

 

 その口調には軍人らしい威圧と、どこか芝居がかった余裕があった。アルタは反射的に腕を動かそうとするが、拘束具がギシリと鳴るだけ。

 

「無駄だ。今のお前には筋肉反応を制御するナノリミッターをかけてある」

「……くそっ……」

 

 ドレイクは笑みを浮かべたまま、テーブルの上に資料のようなものを投げ置いた。そこにはアルタの顔写真と、複数の数値データが並んでいる。

 

「ローグの野郎が勝手に持ち出した子供が、まさかこんな辺境で生き延びていたとはな。いや、実に皮肉だ」

「親父に何しやがったてめぇ……!」

「俺の方こそ知りたい、奴は今どこで何をしてるのか」

 

 ドレイクは殺気を滲ませながら睨みつける。

 

「奴とファナ、2人の居場所を……貴様は知っているか」

「知らねぇし、知ってても教えない」

 

 粗方……裏切り者は殺すとかそんなノリだろう。

 そんな真似はさせないし、こいつの思い通りになんかさせるつもりはない。

 

(ただ問題はどうやって出るかだ……)

 

 かなり癪だが、隙を見つけるまでは大人しくするしかないのが実情だった。

 

「勿体無いな、お前には才能があるというのに」

 

 ドレイクは背筋を伸ばし、淡々と語る。

 

「本来なら、お前の肉体にアセンション・システム” を施す予定だった。神経と魂を再構築し、聖戦士として再誕させる計画だ」

 

 聖戦士――その響きはどこか狂気じみていた。

 俺を倒した(ジェラルド)とかいう奴が身につけていた、あのアーマーのことだろう。

 

「だが今のお前の身体は……随分と改造されている。機人共が施したナノマシンのせいで、人でありながら機械になりつつある。こんな汚れた肉体では受け付けないだろう」

 

 そう言うとドレイクは俺の首筋を指先でなぞる。

 男からこんな触れ方されて俺はマジで嫌悪感が増した。

 

「触んじゃねぇ!! きもいんだよ!!」

「はっ……威勢はいいな、たがまずはそれを取り除かねばならん。ナノマシンの除去――そして人としての純粋な肉体を取り戻す。それが我々の贖罪の第一歩だ」

「……冗談じゃねぇぞ」

 

 この力は特別だ。

 確かに人を捨てることになるが、俺はそれでも良かった。

 ベガと同じになれた気がしたこいつを、俺は手放したくはない。

 

「理解できなくて当然だ。君はまだ“下界”の理でしかものを見ていない。だがすぐにわかるさ――君は神に選ばれた器だ」

「うるせぇッ! 勝手なこと言ってんじゃねぇ!!」

 

 叫びは空しく反響した。

 ドレイクは肩を竦め、背を向けた。

 

「まもなく上から迎えが来る。君は我々の下へ帰るのだ。……もっとも、今の君の人格はそのまま残せないがね」

 

 振り返りざま、コイツは薄く笑った。

 

「機人の影響を受けすぎている。純粋な魂を取り戻すには、汚れた意識を一度剥がす必要があるからな」

 

 その言葉に、俺は怒りを覚えた。

 人格を――剥ぎ取る?

 そうなったら前世の手掛かりも……繋がりも失われてしまう。

 絶対に許すわけにはいかない行為だった。

 

「ふざけんな……俺の中身を、消す気か……!」

「消す? 違う……正すのだよ」

 

 それだけ告げると、ドレイクは踵を返し、無機質なドアの向こうへ消えていった。

 

 扉が閉まる音だけが、異様に長く響いた。

 残されたのは、冷たい光と、息苦しい静寂。

 俺は歯を食いしばり、拘束具を何度も揺さぶった。だが動かない。

 

「クソッ……!」

 

 額から汗が落ちる。

 胸の奥に、ベガの顔が浮かんだ。

 

(……俺のせいだ。ヘマしたから、あいつに……)

 

 ジェラルドに倒されて情け無く捕まったのは俺自身の責任だ。全ては俺が弱かったからだ。俺が強ければこんな事態にはなっていない。

 

「はぁ……」

 

 静かに息を吐き、瞳を閉じた。

 再び囚われた暗闇の中で、ただ一つの願いだけを胸に抱く。

 

(……絶対に、戻ってやる。ベガのもとへ)

 

 こんな場所で終わる訳には行かない――俺自身のためにも。

 

 

             *   *   *

 

 

 グラン・カステルの作戦室――

 

 そこにはベガを筆頭にアンドロス将軍、リグラン3世の兵士、ユアンやスジュラなどの機人達が一同に介していた。集った理由は言うまでもなく、アルタの救出作戦を計画するためだ。

 部屋の中は幾重にも重なるホログラムのスクリーンによって青白く染まっていた。

 

「さて……一旦整理しようか」

 

 ユアンの指先が宙をなぞるたび、情報の束が展開されては消えていった。その中心に浮かんでいたのは、かつて栄え、今は瓦礫と化した巨大都市――廃墟都市リュドラだった。

 

 都市の外郭は崩壊し、中心部には巨大な穴が穿たれている。だが、ユアンが拡大した映像には、まだ活動している機械群の姿があった。

 

「……これが、エリュシオンの連中がアルタを連れ去った先だ」

「ふむ……」

 

 ベガは腕を組んで、浮かび上がる映像を睨みつける。

 スクリーンには、白い装甲の歩行兵器が数十体、周囲を巡回している姿が映っていた。おまけに研究所で見た6本腕を持つ鋭利な牙を生え揃えた謎の生き物――スコーンもそこにいた。

 

「連中が作った生物兵器も一緒か、かなりの戦力を集中させてるな」

 

 スジュラは眉を顰めながら言った。

 

「エリュシオン製の生物兵器加えてアルカディストの残党も混ざっている。見たところ、少なくともまだ1000人ぐらいはいるね。かなり激しくやり合うことにはなる」

 

 ユアンは軽く肩を竦める。

 

「しかも面倒なことに、アセンション・システムが組み込まれた奴がまだいる」

 

 その名が出た瞬間、部屋の空気が重くなった。

 ベガは無意識に拳を握る。ティムルが纏っていた装甲――人の身でありながら機人と真正面からやり合える機動兵器。ベガだけじゃなく、この場にいる誰もが1番警戒すべき存在だ。

 

「……ナハトアの遺体から解析したデータで分かった。システムを起動出来るのは全部で四人いる。ドレイク、ジェラルド、そして他に二人。全員がアセンション・システムの適合者だ」

 

「四人……?」

 

 タナクの声が低く響く。

 

「一人でも面倒だったのに、四人相手か」

 

 スジュラは腕を組み、思考を巡らせていた。

 

「……アセンション・システムに弱点があれば……少しはマシなんだがな」

 

 ユアンは、ニヤリと笑った。

 

「あるにはあるさ。というより、これから見つけるんだよ」

 

 そして、手を叩いた。

 部屋の奥の扉が開く音がする。

 そこから現れたのは――かつてベガが戦場で撃破した、エリュシオンの戦士ティムルだった。

 

 彼女の金属質の義肢は外され、簡素な拘束服を着ている。肌には無数の小さな傷跡。瞳は暗く沈み、頬には疲弊の色が濃かった。

 

「お前……」

「なんでこいつがここに……」

 

 ベガとスジュラが揃って呟いた。

 コイツは許せない敵だ、なぜ連れてきた――そう視線で訴えたが、ユアンは笑顔のまま答えた。

 

「彼女には協力してもらうんだよ。アセンション・システムを解析するためにね」

 

 ティムルは冷たい視線をユアンに向ける。

 

「……協力? 寝言は寝てから言え。てめぇ、何する気だ」

 

 ユアンは軽く指を鳴らすと、彼女の背後から立体構造が浮かび上がる。

 

「さ、さっさと装備を展開してもらうよ」

 

 ティムルの表情が一瞬だけ凍りつく。

 そして本人の意思に関係なく、口が勝手に動き出す。

 

「……起動――サンクティ・ヴェスティス」

 

 瞬間、眩い光が迸った。

 ベガは思わず目を細める。スジュラは咄嗟に後ろへ下がった。

 

 だが次の瞬間――彼女たちは息を呑む。

 

 光の中に浮かび上がったアーマーは、ティムルの身体を包み込まなかった。まるで持ち主を失った亡霊のように、鎧そのものが空中で静止していたのだ。

 

 純白の装甲片が幾重にも重なり、中心部には心臓のように脈打つ光核。それは威厳と美しさを併せ持ちながらも、どこか虚ろな存在感を放っていた。

 

「……これは……?」

 

 ベガが呟くとユアンはニタリと笑った。

 

「彼女のアーマーの管理権限はね、もうワタシに譲渡された。だから、こうやって安全に展開できるんだよ。もちろん、分解も自由にできる」

 

 そう言った瞬間にティムルの瞳に怒りの炎が宿った。

 

「ふざけんな……ッ!! よくも……よくも私から存在意義を奪ったな!!!」

 

 ティムルがユアンに飛びかかろうとしたが、衛兵複数人にあっさりと組み敷かれてしまう。それでも彼女は血走った目をユアンに向けた。

 

「呪ってやる! 貴様に凄惨な死をくれてやる!!」

 

 ベガは思わず一歩踏み出しかけたが、ユアンは平然と手を上げて制した。

 

「まぁまぁ、落ち着きなさい。君はもう無力なただの人間の女だよ」

「ッ……」

 

 ティムルの顔が歪む。

 屈辱と絶望が入り混じった表情だった。

 ユアンは穏やかな声で続ける。

 

「でもね、ティムル。君には“新しい役割”が与えられたんだよ」

「……新しい役割?」

「そう。これからは、その目で見届けるんだ――機人と人間がどう生きるかを。憎んでいた相手と、君が生きてきた理想がどう交わるのかをね」

 

 ティムルはあきれたように、乾いた笑いを漏らす。

 

「はぁ? そんな茶番に付き合えるかよ。あたしは……エリュシオンの――」

「本当に?」

 

 ユアンが静かに割り込んだ。

 その声には、不思議な圧があった。

 ティムルの口が止まる。

 ユアンの瞳が、まるで心の奥底を覗くように細められる。

 

「君はエリュシオンのやり方に――本当に“完全に”賛成していたのかな?」

 

 ティムルは何かを言おうとして、言葉を失った。

 ベガはその様子を見て、思わず眉を寄せた。

 ベガの視線に気づいたユアンは、素知らぬ顔でさらに続ける。

 

「君は命令に従って戦っていた。信念があったわけじゃない。だが、見てごらん……君が倒してきた機人たちは、人のように生きて、笑っている。しかも共生までしてる」

「……何が言いてぇ」

 

 ティムルの拳が震えた。

 目の奥には、怒りと困惑が入り混じった光。

 

「ワタシは君を壊すつもりはない。利用するのでもない。ただ、君の中にある疑念を、確かめてみたいんだ」

 

 ベガは小さく息を吐く。

 ユアンの言葉が正しいかどうかはわからない。

 だがティムルの心に何かが刺さったのは確かだった。

 

「さて――」

 

 ユアンはその空気を切るように、軽く笑って締めくくった。

 

「準備を進めよう。リュドラへの潜入計画をね」

 

 青白い光が再び拡がり、リュドラの全景がホログラムに投影された。ベガはチラリと展開されたアーマーを見て、ふと思う。

 

(……この力は何かに使えないかな)

 

 アセンション・システムが更なる可能性を秘めてるのではないかと。

 

 

         *   *   *

 

 

 夕暮れのヘリスは、石畳を黄金色に染めていた。

 尖塔の並ぶ街並みを、行商人の声が響いている。

 そんな喧噪から少し離れた一角に、ケリーの家はあった。

 古い石造りの壁に、錬鉄の窓枠。けれど中は明かりで柔らかく照らされ、壁には工具と分解中の銃器がずらりと並ぶ。

 木の床には薬莢やネジが転がり、香ばしい油の匂いが漂っていた。奥には、湯気を立てる紅茶のポットと、小さなパンの皿が置かれている。

 

「ケリー、また台所を作業場にしてる……」

 

 アイラが腰に手を当て、半ば呆れたように言う。

 彼女の赤髪が灯りに反射して、暖かい琥珀色に光った。

 

「いいじゃない。家なんて、落ち着けりゃそれでいいの」

 

 ケリーは指先を器用に動かし、銃身を分解しながら言う。そんな彼女の側にいたノラもテーブルの上で弾倉を磨きながら、苦笑する。

 

「まぁ、俺もこの匂い好きっすけどね。油と金属の混じったやつ、落ち着くっていうか」

「ノラは完全に職業病ね」

 

 アイラが茶化し、ベガは笑いながら紅茶を一口啜った。

 温かさが喉を通り抜けると、少しだけ胸の重さが軽くなった気がした。

 

「……ねえ」

 

 ぽつりとベガが言う。

 

「アルタ、無事かな」

 

 空気が一瞬だけ静かになる。

 窓の外で、風鈴のような音がチリンと鳴った。

 アイラは視線をベガに戻すと、にっこりと笑った。

 

「大丈夫よ。あの子、死なないって」

「根拠が雑すぎる」

「でも本当よ。だってさ、あんな死ぬような目に何回も遭っても、生きて帰ってきたし、身体を機械化させてまで現場に戻る根性もある。なら全然大丈夫よ」

 

 ベガは思わず吹き出した。

 

「……そういう言い方、慰めになってるのか微妙だな」

 

 ノラが笑いながら付け加える。

 

「いや、アイラの言う通りっすよ。アルタさんって、死にそうになっても“いや、まだ大丈夫です”って顔してるタイプですもん」

「それ、余計に怖くない?」

 

 ケリーは肩をすくめつつ、工具を置いた。

 

「殺すつもりなら、わざわざ捕まえたりしないわよ。彼らの目的は別にあるはず。だから生かしてる。むしろ利用してるんでしょうね」

 

 彼女の冷静な言葉に、ベガは目を細めた。

 

「……利用、か」

 

 ケリーは頷く。

 

「でも安心して。あんたの力があれば、取り戻せるわ。最強の機人に怖いものなんてないでしょ?」

 

 その言葉に、ベガはわずかに笑みを浮かべた。

 

「……ははっ」

 

 暖かな灯りと、仲間たちの声。

 戦場では決して感じられない安らぎの時間が、そこにはあった。

 

「ありがと、みんな。……少し元気出た」

 

ベガの声に、アイラが片目を瞑って微笑んだ。

 

「当然よ。あたしらはアガトにいた頃からの付き合いだもの。落ち込んだ仲間を立たせるくらい、朝飯前」

 

 ノラも笑う。

 

「明日、アルタさんを取り戻して、ついでにあのエリュシオンの連中もぶっ飛ばしてやりましょう」

 

 ケリーが笑いながら工具を片付けたその時――

 

「ベガ!」

 

 ドアが勢いよく開き、スジュラが入ってきた。

 外気を纏った彼女の表情は真剣そのもの。

 「……どうしたの?」とベガが立ち上がる。

 

 スジュラは短く息を整え、低く言った。

 

 「アセンション・システムの弱点が分かった。今すぐ集合だ」

 

 その言葉が落ちると同時に、室内の空気が一変した。

 温かい時間は終わりを告げ、再び戦場の気配が忍び寄る。

 ベガは銃を腰に収め、立ち上がる。

 その瞳に宿るのは――もう迷いではなかった。

 

「わかった。すぐ行く」

 

 王城グラン・カステルの天蓋下、広間の空気は静謐と戦意が混じり合っていた。燭台の光が石造りのアーチを淡く照らし、外の喧噪が遠い鼓動のように伝わってくる。中央には宙に浮かぶティムルのアーマーが、薄い青白い光を放って静かに回転していた。ナノマシンが作る外殻は透けるように精密で、まるで生き物の皮膜が浮かんでいるかのようだ。

 

 ユアンはその前に立ち、軽く手を上げた。いつもの──ふざけた口調は抑えられ、眼差しはまじめに研ぎ澄まされている。

 

「やっと全員揃ったね。よし、説明するよ」

 

 ベガはスジュラの隣で膝に手を乗せ、集中して耳を傾ける。アイラやノラの呼吸も一斉に静かになった。ユアンはふっと息を吐き、手を振るとティムルのアーマーの表面にホログラムが投影される。装甲の断面、ナノマシン群の配列、エネルギーフローの可視化図がぐるりと回転した。

 

「まず結論から言う。アセンション・システムの装甲はナノマシンの集合体で、構造維持はフォトン結晶格子――フォトンを媒介にした位相整列で成り立っている。簡単に言えば、ナノ単位の粒子が光の位相で同期して被膜を形成しているんだよ」

 

ユアンの声は淡々としているが、言葉の輪郭は明瞭だ。スジュラが頷き、タナクの握るトマホークがわずかに振れる。

 

「この方式のメリットは、自己修復と高い機動性。欠損が出来ても結晶位相を再編成して即座に埋める。でも逆に言えば位相が崩れたら、結晶そのものが崩壊する」

 

 ユアンは投影を操作し、格子の一部に赤いノイズが走るアニメーションを見せる。赤い部分が連鎖的に広がり、被膜が粉塵のように崩れていく。

 

「弱点は二つある。第一に位相ロックを維持するためのローカルオシレータ(局所発振器)が必要で、これは特定周波数帯で位相を安定化させている。ここに逆位相を注入してデコヒーレンスを起こせば、結晶は瞬時に崩落する。第二に……ナノマシンの結合エネルギーは温度依存性が高い。高出力の熱衝撃を短時間に与えると、融合状態が崩れて自己修復に長時間を要する。要するに位相と温度を同時に攻めれば機能停止に追い込める」

 

 つまり何らかの装備や武器を使ってナノマシンが同期を無せば自己修復が止まり、構造がバラバラになるという訳だ。

 

「なるほど……」スジュラが低く呟いた。

 タナクは短く歯切れよく「具体的な兵器は?」と問うた。

 

「まぁ待ちなよ……」

 

 ユアンは小指でホログラムに線をひくだけで、別の図面を呼び出す。そこには長い砲身と複数の共振チャンバー、そして小さな発振素子が描かれていた。

 

「武器は二段構えだ。第一がフォトン・デコヒーレーター。略称はデコリッパー。これは高エネルギーフォトンの逆位相パルスを放ち、局所オシレータの位相を瞬時に乱す。直撃を当てれば装甲の結晶同調が崩れ、維持不能になる。対装甲弾ではなく位相破壊が目的だ」

 

 ユアンは手元で小さなモデルを回し、ベガの視線と重ねる。

 

「第二がフェーズ・サーモバースター。局所的に短時間で高熱を押し込む。たとえばフォトンパルスを超高密度に集中して、ナノマシンの結合エネルギーを越えさせる。これで自己修復サイクルを破綻させる。両者を同時に、あるいは連続で掛ければ、アーマーは再結合する時間を与えられない」

 

アイラが眉を寄せる。

 

「そんなものをどうやって運ぶの?」と問えば、ユアンは微笑んだ。

 

「だから作ったんだよ、試作を。小型化したデコリッパーを複数の投射器に組み込んで、機人の武装に取り付けられる形にした。ベガ、お前の光刃(ルキオス)にはある種のフォトン放出制御があるだろ? それをトリガーにしてデコヒーレンスを組み合わせる。要はお前が刃を振るう時、同時に位相の“穴”を穿つ。刃が切り裂けば、結晶は戻らない」

 

 ベガの手が自然とルキオスの柄に触れる。

 考えなくても分かる、彼女の得意な間合いに合った武器だ。ユアンは更に続ける。

 

「実戦はこうだ。アンドロス将軍の部隊が真正面から押す。王国軍と義勇団が正面の注意を引き付ける間に、我々の機人部隊が侵入経路から地下の老水道・保守トンネルを通って内部に入り込む。トンネルは検知されにくい。そこから都市の心臓部に潜行し、秘密裏にアルタを回収する。ベガ、お前が先鋒だ。お前の機動力で第一防御線の要所を切り開いてくれ」

 

 アンドロス将軍がうなずく。

 

「リュドラは廃墟化して久しいが、エリュシオンは自律歩行兵器を配備している。巡回アルゴリズムは高度で、外縁のセンサ網は強固だ。ただし地下インフラは忘れ去られた区画が多い。そこを通るしかない。だが警備は増築で補強されており、予期せぬ切り札を彼らが持っている可能性は排除できん。用心するのだ」

 

 ユアンが再びホログラムを閉じ、ベガの顔を見た。

 

「特に君の役目は重要だ。アルタに何かあっても、お前なら対応できる。ベガ……頼むよ」

 

 ベガは沈黙したままユアンの視線を受け止める。胸の芯に固い決意が沈むのを感じた。スジュラが言葉を割ろうとした瞬間、ベガが鋭く前を向いて口を開いた。

 

「必ず、アルタを助ける。絶対にね」

 

 その言葉には震えも迷いもなかった。ユアンは一瞬だけ驚いた顔をし、すぐにいつもの微笑を取り戻す。

 

「ふふ……頼もしいね。じゃあ明日、出発しよう。夜にリュドラに着くように調整する。準備は各自で整えておくように」

 

 アイラがベガの背をポンと叩き、ノラが拳を握って軽く唸る。タナクは無言で頷いた。スジュラは鋭い目で皆を見回し、最後に低く言う。

 

「油断はするな。奴らは汚い手を色々と用意してる。だが今夜は休める者は休め。本当に戦いは明日だ」

 

 その指示が出ると、広間に静かな合図が落ちた。外では軍団が夜闇に潜み、命運が天秤にかけられようとしている。ベガは深く息を吸い、ルキオスの柄を握り締めた。

 

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