人類が機械に負けた世界に転生したけど、記憶喪失の美少女アンドロイドを世話したらめちゃくちゃ懐いてきた 作:アスピラント
夜のリュドラは、息を潜めたまま冷え切っていた。
崩れた高層建造物の谷間を、風が抜けるたびに粉塵が舞い上がる。その隙間を縫うように、アルカディストの巡回隊が歩いていた。
彼らは光学照準器で廃墟の奥を淡く照らすと、一斉にため息を吐いた。
「異常なし、南ブロックのセンサーも安定だ」
「了解。……しかし、妙に静かだな。昨日まで野良のキメラが何体かいたはずだろ」
一人がそう呟くと、通信回線の奥で別の声が返った。
「掃討済みって報告があった。でも確かに静かすぎるのは確かだな」
彼らは警戒を強め、周囲の赤外線反応を確認する。だが反応はない。頭上には崩壊した送電塔の影、遠くの空には雲一つない。
異変はない――そう思った瞬間だった。
「……おい、セクターD-12、ノイズ拾ってるぞ」
「気のせいじゃないのか?」
「いや、波形が一定だ。人工信号の……おい、これは――」
その瞬間、彼の言葉は爆音にかき消された。
「ギャアアアア……!!」
大地が弾け、空気が裂ける。
廃墟の中心部に、巨大な閃光が落ちて、遅れて轟音が響く。爆風が瓦礫を吹き飛ばし、警戒中の兵士たちは咄嗟に防御姿勢を取る。
次の瞬間には、第二波の砲撃が着弾した。
「っぐ、何だ!? どこからだ!?」
視界の端を、真紅の光弾が横切る。
上空のビル群の影から、王国軍の照準ドローンが飛来していた。そしてドローンは無慈悲にも連続射撃を行うと、光弾が流星のように降り注ぎ、アルカディストの前線を焼き尽くす。装甲が溶け、通信が悲鳴で満たされる。
「敵襲だ! 全員配置につけ! 防衛システムを――ぐあっ!」
司令の声が途切れた。
爆風で吹き飛んだ兵士の残骸が、地面を滑る。
炎が立ち上がり、夜が紅く染まる。
廃墟の街並みは一瞬で地獄と化した。
ビルの間を光弾が走り、地上の残骸を照らす。
自律兵器が反応して起動し、無差別に発砲を開始。
機械同士の戦いが、都市全体に火を点けた。
「遮断ライン突破! 敵陣、混乱中!」
無線の声が、夜の中で跳ねる。
サングラール王国軍の突撃部隊――その先頭に立つのはアンドロス将軍だった。彼の眼前で、リュドラの戦端が今まさに開かれようとしていた。
「全砲門、開けッ!」
将軍の号令とともに、砲撃音が夜空を裂いた。光弾が軌跡を描き、崩壊した街路を照らす。前線のアルカディストたちが慌てて遮蔽物に身を隠すが、容赦なく爆炎がその身を飲み込んだ。銃火器の閃光が交錯し、弾丸がコンクリート片を削り取る。まるで星屑のように散る火花の中を、王国軍の白い外骨格部隊が進撃した。
「遮断ライン突破! 敵陣、混乱中!」
無線が弾むが、将軍は微動だにせず、冷静に戦況を見つめていた。リュドラの中心部へ突入する囮作戦――それが彼の任務だ。真の目的は、この喧噪の裏で進行する侵入部隊にあった。
* * *
地下水道――老朽化した配管群の奥深く。
地上の轟音がわずかに響く中、湿った空気が通路を流れる。
ここはかつて都市の循環システムを担っていた巨大なメンテナンス・トンネルである。今は誰も使っていない、沈黙の迷宮と化していた。
その暗闇を、四つの影が静かに進む。
「敵は今のところいない……」
先頭はベガ。彼女の装甲が微かに青い光を放ち、周囲の赤外線センサーをジャミングしている。
その後ろをスジュラ、タナク、そしてフラウが続く。全員の通信回線は暗号化され、感知出来ないようになっている。装備してるブーツは消音処置されており、足音すら吸い込むように消えていく。
「こっちはまだ感知なし。前方のノード、切断済み」
フラウが囁くように報告した。彼女の指先からはナノワイヤが伸び、老朽化した端末のポートを一瞬で掌握する。
「センサー群は旧型だ。制御は単純、外部リンクも死んでる」
「つまり、突破できるってことね」
スジュラが低く笑い、槍を構える。
対するベガは黙って進みながら意識を研ぎ澄ませた。水滴の音、遠くの機械ノイズ、仲間の呼吸までしっかりと感知出来ている。
「ベガ、ルート確認」
スジュラがそう言うとベガは手首の投影ディスプレイを開いた。マッピングされたトンネル構造の中で、青いラインが脈動している。
「現在位置、地下第3階層。目的地まであと900メートル」
「いい感じね。地上の連中が目一杯騒いでる間に、こっちは心臓部を突く」
「にしても静かすぎるな」
タナクの低い声が続く。
「こんな大都市跡で、センサー一つ作動しないのは不自然だ」
「罠の可能性はあるかな?」
「高いと思うぞ」
その瞬間――
「っ……待って!」
ベガが片手を上げた。通路の先に、異質な反応を感知した。視覚センサーにわずかな空間の歪みが映っていたのだ。
「確かめる……」
ベガはルキオスを構え、指先からフォトン波を送信する。
瞬間、光の揺らぎが走り、透明な防壁の輪郭が浮かび上がった。
「やっぱり。量子迷彩フィールド」
フラウが舌打ちする。
「解除コード、分からない?」
「無理。独立型。自己循環式のシールドね……」
「なら、壊すしかないな」
タナクが前に出ると彼の腕部ユニットが変形し、圧縮衝撃砲が露出する。だがベガが制止した。
「待って、タナク。撃つと熱反応で位置がバレる」
「じゃあどうする」
「任せて」
ベガは一歩前に出ると、腰のルキオスを構えると青白い刃が生まれ、その表面に微細なパルスが走った。
(フォトン・デコヒーレーターモードをお試しで使わせてもらう)
ユアンから渡された新機能が、静かに唸りを上げる。
「スゥ……ハァ……!」
彼女は息を止め、一閃――音すらなく、空気が裂ける。
次の瞬間には透明な防壁の表面がほどけるように消失した。
量子位相が乱され、ナノフォトン結晶が自壊し、霧のように消える残滓を見届け、ベガは刃を収めた。
「……通れる。急ごう」
「やるね」
仲間たちが頷き、再び前進する。
足元の鉄板が軋み、遠くで水の流れる音がする。
湿った空気が頬を撫で、ベガは目を細めた。頭上では、まだ地上の戦闘が続いている。轟音が低く響くたびに、天井の埃が舞った。
(アルタ……待ってて)
ベガは心の奥で呟き、そのまま進むと通路の先に、古いエレベーターシャフトが現れた。錆びついた扉をフラウが開け、内側の縦坑を覗き込む。
「ここを上がれば、リュドラの中央区画――心臓部の地下だ」
「行こう。……ここからが本番よ」
スジュラが短く言う。
「うん」
ベガは頷き、ルキオスを背中に固定すると足場を蹴り、上昇用ワイヤーを伸ばす。全員が無言で、暗い縦穴を登っていく。上空の光が徐々に近づくにつれ、緊張が肌に滲む。彼らの背後で、静寂が再び沈み込むように閉じた。
* * *
ドレイクは淡々と工具を置き、油で光るワークベンチの端で手を拭った。周囲は冷たい人工光に包まれ、配線とパイプが迷路のように這っている。彼の横には、巨大な拘束具に繋がれ、無力に横たわるアルタがいた。拘束のクランプは関節をしっかり捕らえ、複合的な電極が彼の脳後部と胸郭に密着している。アルタの呼吸は浅く、意識は薄いままだ。
そんな時――アルカディストの兵士が部屋に飛び込んできた。
「使徒様!!」
「……」
ドレイクは答えない。
「サングラール王国の連中が攻めてきました!! 激しい攻撃を受けてます!! どうか……どうか!! 使徒様の力を!!」
一向に顔を向けないドレイクに不安を抱いた男が叫ぶ。
「使徒様のお力を……」
巡回から戻ってきたアルカディスト兵の一人が、震える声で頭を下げながら言った。背後の暗がりには、赤いローブの一群が整然とした列を成している。だが彼の祈りに対する答えは、慈悲ではなかった。
「黙れ」
ジェラルドは無表情のまま、掌を軽くかざす。そこからほとばしる光球が空気を裂き、兵の胸元を正確に貫いた。爆発は刹那、血と塵の飛沫を上げて兵を木っ端微塵にする。残響の中で、血の匂いが濃く立ちこめた。
「……隊長」
一瞬の沈黙の後、ジェラルドは冷たく続けた。
「戦力的にはかなりギリギリです、退避するなら早い内に……」
「アルタは動かせる。だが今はダウンロードが終わるまで保護が必要だ。フェルナンド、オーレン。来い」
ジェラルドの言葉を断ち切ってドレイクは部下を呼びつけた。すると壁の影からぬっと二人の姿が現れる。青と白を基調とした装甲が、地下空間の光を受けて鈍く反射する。彼らはエリュシオンの精鋭であり、その立ち居振る舞いだけで場の空気が変わる。フェルナンドは肩幅が広く、鋭い目をしていた。オーレンは細身だが、目つきは冷たく、戦場で磨かれた自信が滲んでいる。
「退避しようにもアルタを元のままでは連れていけない。ここで処置せねばどこに持ち運ばれるかバレてしまう」
「エクスマキナではない存在にですか」
「ああ、彼らの上層部……の方が正しいだろう。奴らはエクスマキナとは違って、本物が勢揃いだ。付け入る隙を与えたくない」
ドレイクはさらに無造作に指を動かし、床に広がるパネルに接続された小さなデバイスの蓋を開けた。そこから取り出されたのは、宇宙船から運んできたとされる携行型の兵器モジュールだ。円筒形のハウジングには精密なコネクタが並び、コアからは低い青い光が漏れている。彼はモジュールを中央の端末に差し込み、起動シーケンスを始めた。
「すぐに行け。こちらで時間を稼いでやる」
ドレイクの声は静かだが、重みがあった。彼はジェラルドに向き直ると、短く告げる。
「アルタのダウンロード、完了まで護衛を頼む。時間は正確に計るんだ。フェルナンド、オーレン、2人は王国軍を足止めしろ」
ジェラルドは無言で頷き、バンド型端末を手首に装着する。その端末は小型のホルダーから外されると、液晶が瞬時に光り、タイマーの表示が始まった。数字が冷たく刻まれていく。ジェラルドの指先が端末の表面を滑ると、音もなく複合化装置が微細な調整を受ける。
「聞いたな? アルカディストの連中は使い捨てだ、好きに使って王国軍を翻弄しろ、フェルナンド。オーレン」
「「了解」」
「……忘れるな、例えどこが最期の場所になろうとも、我々の魂は祝福される」
フェルナンドは剣のように尖った装甲の袖を軽く弾くと、冷然とした表情で部下を引き連れながら退出する。オーレンも同じく静かにその後を追った。二人の背中に灯るライトが、トンネルの闇に吸い込まれていった。
部屋に残されたのは、ドレイク、ジェラルド、拘束されたアルタ、そしていくつかの機材だけ。ドレイクは最後に端末から目を離し、低く呟くように指示を付け加えた。
「ジェラルド、アルタの意識データが完全に吸い上げられるまでは、ここで動くな。万一の時は、コアを吹き飛ばしてでもダウンロードを阻止しろ。解ったな?」
「分かっています」
ドレイクはアルタの拘束の周縁を一瞥すると、手元のインスツルメントで微細な調整を加えはじめる。電極の接触角度を少し変え、電流の流れを微調整する。これでダウンロードのプロファイルが最適化される——彼の中で、これがどれほど重要かは計算済みだ。
ジェラルドはバンド型端末のカウントダウンを確認し、満足げに唇の端を吊り上げる。
「お前の力を見せてもらうぞ」
彼は呟いた。
その声はアルタへ向けられたものでもあり、同時に自分自身の好奇心へ向けられた挑発でもあった。
アルタの胸郭に接続されたケーブルからは、細い光が一本ずつ送られていく。データ列が滑り込み、メモリバッファが満たされていく音が、微かに聞こえるような気がする。ジェラルドはそれを見下ろしながら、腕を組んで待ち構えた。
(もうじきやってくる)
奴らは地下を通って来ているに違いない。
わざわざ堂々と攻めて来たのは雑魚を地上に集中させるため。だからこそジェラルドは待つ。
(ここで奴らを撃滅し、聖戦士としての役割を果たす)
聖戦士は常に命を捨てる覚悟がある。
この役割が殿でも――ジェラルドは構わなかった。
* * *
地上では、戦場がすでに炎の渦と化していた。
サングラール王国軍の部隊は、廃墟都市リュドラの外縁でアルカディストと交戦していた。瓦礫の上を光弾が飛び交い、砲撃音が夜を裂く。装甲歩兵たちが散開し、外骨格のサーボ音が交錯する中、空を裂くような衝撃波が走った。
「な、なんだ……?」
先陣を張っていた兵士が顔を上げた。
その瞬間、廃ビル群の隙間から二つの閃光が降下する。
轟音とともに、粉塵を吹き飛ばしながら立つ2つの影。
青い光の装甲がフェルナンドを包み、白銀の輝きがオーレンを覆っていた。
「……来たな、エリュシオンの化け物ども」
誰かが呟くが、その声は次の瞬間、爆風に飲まれた。
フェルナンドが腕の端末に触れ、短く言葉を発する。
「起動――カエレスティス・ヴィンデクス」
蒼い光が咆哮を上げ、彼の装甲が完全に展開される。
翼のように広がるフォトン・プレートが背部から伸び、脚部のスラスターが大地を割った。
その姿はまるで空から降りた処刑者のようだった。
続いてオーレンが同様に腕をかざす。
「起動――アルブス・ユーディキウム」
白銀の装甲が展開し、肩部から光の刃が形成される。
内部で稼働するフォトンリアクターが鼓動のように脈動し、彼の身体を覆う金属が生体のようにうねった。
「進撃を開始する」
フェルナンドの無機質の声が呟かれた瞬間――殲滅が始まった。
「ハァ!!!」
フェルナンドの拳が地面を叩く。瞬間、衝撃波が地を走り、数十メートル先の兵士ごと障壁を粉砕する。
オーレンは滑るように突進し、白光の刃で外骨格兵を両断した。フォトンの閃光が血と装甲片を同時に焼き尽くす。
王国軍のラインが一瞬で崩れた。
「くそっ、対フォトン兵装を展開しろ!」
「間に合いません! 防御層が焼き切られて――!」
叫びが爆炎に呑まれる。
フェルナンドは腕部のエネルギー砲を展開し、無数の光弾を連射した。地上の兵士たちが光の雨に晒され、灰と化していく。更にオーレンは跳躍し、崩れた輸送車の上に着地すると、冷ややかに周囲を見渡した。
「これが王国軍か。脆いものだな」
「所詮はただの人間、戦いにはならない」
フェルナンドの応答に、オーレンが頷く。
その時、アンドロス将軍の通信が各部隊に走った。
『全軍、後退せよ! あれは……通常兵装で対処できる敵ではない!』
「しかし将軍、まだ防衛ラインが――」
『構わん! あれは我々の戦域を超えている。退け! 被害を最小限に抑えるんだ!』
将軍の声が途切れる直前、遠方の戦車部隊が光線に貫かれて爆散する光が見えた。夜空を焦がすほどの閃光。リュドラ全域が戦火に飲み込まれようとしていた。
退却命令が飛び交う中、フェルナンドとオーレンは静かに進軍を続けた。
周囲には、炎上する戦車、燃え尽きた外骨格兵、そして光弾に焼かれた地面だけが広がっていた。
夜風に灰が舞い上がる。
それでも二人は、表情一つ変えずに進む。戦場は彼らにとって、ただの儀式のようなものだった。
「進行ルート、障害なし」
オーレンが無感情に報告する。
「全滅させるまで動きを止めるなよ」
フェルナンドが肩を鳴らしたその瞬間、
乾いた破裂音が夜を裂いた。
(――銃声だ)
高出力スナイパーライフルによる一撃が、フェルナンドの胸部装甲を正確に撃ち抜いた。火花が散り、青白い粒子が弾ける。
「っ……ほう?」
フェルナンドはわずかに身をよろめかせたが、すぐに笑みを浮かべ、撃ち抜かれた箇所に手を当てた。
装甲が焦げただけ――そう言いたげに、ゆっくりと顔を上げる。
「こんな一撃で倒せるとでも――」
言いかけた瞬間、異変が起きた。
彼の胸部装甲が、波紋のように揺らめいたのだ。
青いフォトン装甲の構造体が微細に崩れ、表面の光が乱れ出す。
「……何だ、これは?」
フェルナンドの声がわずかに震えた。内部システムが錯乱し、HUDが警告を吐き出す。
《警告:フォトン構造体、位相崩壊進行中》
《アセンション・システム安定性 42%……38%……》
オーレンが即座に反応し警戒態勢を取る――その瞬間、二発目の狙撃音が鳴ると、白光の軌跡がオーレンの肩口を撃ち抜いた。
「……チッ!」
オーレンが反射的に光刃を構えるが、間に合わない。
肩部装甲が粉々に砕け、そこから光が漏れ出す。
装甲が剥離し、まるで金属が砂になって崩れるように分解を始めていた。
「フェルナンド、アーマーが……!」
「わかっている! だが、これは……フォトン干渉か!?」
視界の中で、フェルナンドの蒼光も崩れていく。
金属の軋み、粒子の閃光。
二人のアーマーが、まるで誰かに“剥がされていく”ように壊れていった。
「これは一体……!」
狼狽えるフェルナンド達、その一方で――
「よし、うまく引きつけたな」
「2人ともちゃんとデコリッパーが効いてる」
廃墟群の崩れたビルの屋上で、スナイパーライフルを構える一人の女性とサポーターに回っている青年がいた。アルタとベガの幼馴染であるアイラとノラである。
フォトン装甲やアセンション・システムなど、量子位相制御を基盤とする装備に致命的な位相崩壊を引き起こす特殊弾頭を詰め込み、ユアンが義勇団に託した聖戦士対策が、見事に効果を発揮した瞬間だった。
「データリンク、安定。第二射準備完了」
「いいえ、もう十分。あとは――」
アイラはライフルを下ろし、スコープ越しに崩れかける二人を見つめた。
「さぁ……こっちに来なさい、神の兵士さんたち」
* * *
フェルナンドとオーレンは、崩れ落ちる装甲の中で怒りを滲ませた。蒼と白のアーマーは、今やひび割れたガラスのように不安定だ。
「……小癪な真似を」
「狙撃地点、ここから……北東、距離三百二十……行くぞ」
二人が地面を蹴る。
フォトンジェットが爆ぜ、瓦礫が吹き飛ぶ。
狙撃位置へと一直線に突進しようとした――その瞬間。
「ぐっ、!?」
空気を裂く轟音。
義勇団の支援班が放ったランチャー弾が着弾し、爆炎が二人を包んだ。フェルナンドの防御シールドが悲鳴を上げ、警告音が響く。
《警告:アーマー表層損傷率73%》
「くっ……!?」
初めての明確なダメージに、フェルナンドが歯噛みした。
オーレンも膝をつき、スモークの中で呻く。
灰と火花が舞い上がる中、地面を震わせる足音が響いた。
煙の向こうから、重厚な外骨格を纏った人影が現れる。
義勇団の紋章を掲げた戦士たちだ。
先頭に立つのは、灰褐色のコートを羽織った壮年の男。
片腕に重機関槍を抱えた義勇団団長レジールと、その隣に艶やかな銀の装甲を身にまとった女機人――ニンバスがいた。
しなやかな肢体にフィールドジェネレーターを走らせ、腕部からは青白いエネルギーブレードが展開していた。
彼女の瞳は冷ややかで、敵を見据えながらも恐れを微塵も見せていない。
「エリュシオンの戦士ども!」
レジールが怒号を上げる。
「ここは貴様らの聖域じゃねえ――義勇団の誇りにかけて、通すわけにはいかん!」
彼の声に呼応するように、背後の部隊が一斉に武器を構えた。ランチャー、ガトリング、ハンドキャノン――それぞれの銃口が、蒼と白の戦士に狙いを定める。
ニンバスが一歩前へ出て、金属的な響きで告げる。
「神の名を借りて好き勝手に殺戮を繰り返す。その代償、今ここで払ってもらうわ」
爆炎の残滓が風に散る中、フェルナンドとオーレンは立ち上がる。アーマーは崩れかけ、光は不安定に揺らめいている。
だが、その瞳にはなお燃える闘志があった。
「調子に乗るなよ……!!! 下劣な鉄屑共!!」
「鉄屑に味方する人も、全てまとめて肉塊にしてやる!!!」
夜のリュドラに、再び火花が走る。
聖戦士と義勇団――二つの意志が、廃墟の中心で正面衝突しようとしていた。
* * *
湿った空気の中、金属と苔の匂いが混ざり合っていた。
長く続く暗い通路を抜け、ベガたちはようやく少し開けた空間に辿り着く。そこは古い地下水道の一部らしく、崩れかけた支柱や朽ちたパイプが縦横に走っていた。だが奥には不自然なほど新しい構造物が見える――鋼鉄製の扉と、微かに灯る白い光。
「……ここ、ただの保守区域じゃないな」
スジュラが呟く。
「うん。たぶん、研究施設に繋がってる」
ベガは周囲の壁面を見上げる。どこか人工的な冷たさがあった。耳を澄ませば、上層からわずかに爆発音が響いてくる。戦闘がまだ続いている証拠だ。
(……アイラ、ノラ。頼む、持ちこたえて)
心の奥でそう呟きながら、ベガは仲間とともに前進した。
扉を開けると、広がっていたのは金属の床と無数のホログラフ装置が並ぶ研究室のような空間。
壁一面に並ぶ端末、積み上げられた資料の束。
中には古い記録媒体や、見たこともない設計図のようなものもあった。
タナクがそれを手に取り、目を見開く。
「これは……機人の神経構造図か? しかも旧型じゃない、現行型の改良データだ」
「使えるデータが多い。後で回収しよう」
フラウが端末をスキャンし、バックアップを取る。
だがベガは落ち着かない様子で室内を見回した。
――何かが、いる。
空気が、違う。
ただの湿気ではない。強烈なフォトンの波動が、奥の通路から押し寄せてきていた。ベガはルキオスを構え、警戒態勢に入る。
「感じる……強いフォトン反応。行くよ」
スジュラたちも頷き、慎重に奥へ進む。
冷たい金属の床を踏むたび、靴音が反響する。
そして通路を抜けた先――そこは巨大な球形のフィールドだった。天井まで届く高い壁。中央には制御柱が立ち、青白い光が脈動している。
そしてその光を背に、仁王立ちする一人の男がいた。
「遅かったな」
アルタを連れ去った張本人――ジェラルドだった。
「機人共が4体、ふん……相手にとって不足なしだな」
その声は静かで、低く響いた。
挑発も怒りもない。ただ、揺るがぬ覚悟の響きがあった。
ベガたちは反射的に武器を構える。
スジュラは槍を構え、フラウの背部ユニットが光を帯びた。
タナクが前に出て防御フィールドを展開しつつ、トマホークを構えた。
だがジェラルドは微動だにせず、じっくりと見定める。
「俺の役割はここで貴様らを止めることだ。……たとえ死ぬことになってもな」
その言葉に、ベガの眉が動いた。
「お前……アルタをどこにやった」
「お前たちが助けたがっている男は、もう隊長の手の中にある。諦めろ。お前たちでは届かない」
ベガは舌打ちし、鋭く言い放った。
「邪魔をするなら殺してでも通るから」
ジェラルドの口元がわずかに吊り上がる。
「その方が俺向きだ」
彼は左腕の装置に手を当て、低く呟いた。
「起動――ルーメン・キャヴァリエール」
眩い光が迸り、装甲が展開する。
白銀と青のカラーリングに染まる騎士甲冑をモチーフにしたアーマーを装備した瞬間、莫大なフォトンが溢れ出る。
「機人4体相手は初めてだが、相手にとって不足なしだな」
言葉が終わるより早く、ジェラルドの姿が掻き消えた。
次の瞬間、タナクの前に青白い衝撃波が走る。
防御フィールドが火花を散らし、タナクの体が吹き飛ばされた。
「ぐっ……こいつ、速い!」
スジュラが即座に反撃し、連射を浴びせるが、ジェラルドは光の残像を残して回避する。
彼の剣が弧を描き、スジュラの銃身を一撃で弾き飛ばした。
続く蹴りがフラウの腹部を打ち抜き、機体が壁に叩きつけられる。
圧倒的な機動、精密な攻撃。
まるで一撃ごとが計算され尽くされていた。
「俺はこの部隊のエースだ。戦闘用機人など、これまで何体も破壊してきた」
低い声と共に、ジェラルドの剣が光を放つ。
ベガはそれを避けきれず、衝撃波に吹き飛ばされた。
体が床を滑り、壁に叩きつけられる。
「くっ……!」
立ち上がろうとするも、ルキオスを構える腕がわずかに震えた。
(想像以上に強い……!)
このままでは時間を稼がれてしまう。
ベガは僅かな焦りを見せると、スジュラが息を荒げながら叫ぶ。
「ベガ! アタシら三人がこいつを食い止める! その隙に奥へ行け!」
「何言ってんの、無茶だよ!」
「無茶でもやるしかない! アルタが手の届かない場所に行く前に、あんたが行かなきゃ意味がないでしょ!」
フラウも頷きながら叫ぶ。
「ベガ、今は信じて! 私たちがここで足止めする!」
タナクがシールドを再構築し、壁際に立ち上がる。
「行け、ベガ! 俺たちの事も信じろ……!」
ジェラルドの瞳が鋭く細まる。
「逃がすと思うか?」
ジェラルドの装甲が唸りを上げる。床を踏みしめた瞬間、地面が微かに沈み、空気が震えた。次の一撃で決める――そう言わんばかりに、彼はルーメン・キャヴァリエールの剣を構える。
「ベガ、早く行け!」
スジュラの声が響いた瞬間、フラウが動いた。
彼女の瞳が光り、周囲の空間が歪む。
「ホロ・ファントム展開」
無数の残像が空間に出現した。ジェラルドの周囲を、十数体のフラウが取り囲む。その全てが実体のように動き、音を発し、呼吸をしていた。
仮想空間投影による多層ホログラム――彼女の得意とする戦術だ。
「……幻影か」
ジェラルドが呟いた瞬間、正面のフラウが踏み込み、ビームランスを突き出した。咄嗟に剣で受け止めるが、後方からも別の攻撃が迫る。残像と実体の区別がつかない。ジェラルドの動きがわずかに鈍った。
「今だ、スジュラ!」
「任せな!」
スジュラの脚部スラスターが光を帯び、一直線に突進する。
ジェラルドの側面を狙って放たれた蹴りがアーマーを直撃し、衝撃波が走った。
火花が散り、床がひび割れる。
タナクも同時に動き、腕部シールドユニットを拳に変形させて殴りつけた。
「オオオオッ!!!」
低い咆哮と共に、ジェラルドの体が壁に叩きつけられる。
金属の音が響き、壁面に深い亀裂が走った。
「……ふむ」
ジェラルドは口の端を吊り上げ、かすかに笑った。
痛みを感じているはずなのに、その笑みは挑発的だった。
「なかなかやるな。だが甘い」
言葉と同時に、彼の背部から光が爆ぜた。
瞬時にフィールドエネルギーが逆流し、スジュラとタナクを吹き飛ばす。
二人が床を転がり、息を詰まらせた。
だが、彼らはすぐに立ち上がる。
「まだだ……まだ終わらない!」
スジュラが銃を構え、連射を浴びせる。
ジェラルドは光の翼を広げて突進。弾丸がすべて掠めるほどの速さだった。
「防げねえってのかよ……!」
スジュラが歯を食いしばると、タナクが前に出て再び盾を展開する。その隙にジェラルドの剣が一閃――フォトンシールドが軋みを上げ、光が弾けた。
衝撃でタナクが膝をつく――その瞬間だった。
「行け!」
フラウの幻影が一斉に再展開した。
ジェラルドの背後、側面、頭上。全方向からの偽装攻撃。
その中に紛れて、実体のフラウが接近する。
彼女の右手が光り、パルス・ナイフが閃く。
「――――!!!」
放たれた一閃がジェラルドの側頭部を掠め、アーマーの表層が裂けた。内部のケーブルが火花を散らし、ジェラルドの表情がわずかに歪む。
「……やるな」
「今よ、ベガ!」
スジュラが叫ぶ。
「行け! アルタを助けて――終わらせろ!!」
その言葉に、ベガの胸が熱くなった。
振り返れば、三人の仲間がボロボロの状態で立っている。
それでも誰一人、退く気配はない。
その姿を見て、ベガは強く頷いた。
「必ず戻るから!!」
彼女はルキオスを背に固定し、通路の奥へと走り出した。
足音が響くたびに、胸の奥の鼓動が速くなる。
(皆の行動を無駄にはしない……!!)
背後では再び衝撃音が響く。
スジュラが銃を撃ち、タナクが叫び、フラウが幻影を展開する。その戦闘の音が、まるで「行け」と背中を押しているようだった。
「……逃がすか!!」
ジェラルドの怒号が響き、光が爆ぜた。
スジュラたちがそれを全力で受け止める。
「くははは!!! てめぇの思い通りにはさせねぇよ!! 人間!!!」
スジュラの叫びがこだまする中で、ベガは暗闇を切り裂くように前へと駆け出した。
どれぐらいの方が読んでるかわかりませんが、引き続きよろしくお願いします