人類が機械に負けた世界に転生したけど、記憶喪失の美少女アンドロイドを世話したらめちゃくちゃ懐いてきた 作:アスピラント
親父から無茶振りされた翌日から俺はとりあえず名前だけでも知ろうと、コミュニケーションを図った。しかしそのどれもが撃沈。
会話する間もなく拒絶してくるし、隙なんか絶対に見せようとしなかった。このままじゃ埒があかないと考えた俺は、アガトに暮らす機人の手も借りたが、何と機人すら拒絶してきた。
挙げ句の果てには早く自分を解放した方がいいよ、じゃなきゃ痛い目に合わすと脅し気味で言う始末。これは拙い、多分エネルギーが戻ったら暴れると思った俺は作戦を切り替えた。
もうありのままの自分を曝け出して、真正面から彼女とゆっくり対話しようと決めたのだ。
「これさ、シチューなんだけど……食べる?? 機人も……人間のご飯食べられるはずだから……どうかなって」
少女を拾ってから4日が経った。
その間……彼女は何も口にしておらず、顔色も頗る悪かった。側から見ればもう病人にしか見えなかった。このままじゃ彼女は死んでしまう。俺はもう無理やり食わせるつもりでここに来ていた。
俺はアガトの街で働くお母様方が作った、シチューを空色の髪をした少女の下へ持っていった。ケリーのような機人達も味覚センサーが当たり前のようにあるのだが、そんな彼女達でさえ「めちゃくちゃ美味い」と褒めちぎる一品だ。
当然俺も食ったことがあるし、めちゃくちゃ美味い。
どうかいい匂いに釣られてくれと願ったが――
「……いらない、何が入ってるか……わからないし」
案の定……またもや拒絶された。
頑張って作ってくれた大人たちの事を思うと、俺はかなり心苦しくなった。
「危ないものは入っていないよ」
「あっちいって……」
聞く耳全く持たない。
その表情は凄まじく虚なもので、拾う前の彼女はかなり人間に対して酷いことをされたかもと俺は推測した。だから彼女は人間を信じない、拒絶して自分を守ろうとしているのだと。俺には想像つかない絶望を味わっているのだろう。
それには深く同情する。
だけど全てを拒絶したままじゃ、彼女はこの先を生きていけない。俺はまた殴られるのも承知で彼女に近寄る。
「お前……」
殺気が彼女から発せられ、俺は怯む。
だけど負けちゃダメだと自らに言い聞かせた。
「ごめん、だけどいくら機人だからと言ってもエネルギーがなきゃ死んじゃう。俺は君をこの手で死なせたくて拾った訳じゃないんだ」
「……」
彼女はすごく難しい顔をしていた。多分頭では何となくわかってはいると思う。殺す気なら倒れていた隙に破壊すれば良いし、わざわざ生かす理由なんてないから。でも彼女は殺さずとも残虐な事をされる可能性を考えているんだろう。
「頼む、俺のことは嫌っててもいいけど……せめて命は大事にしてくれ」
いきなり仲良くなんて出来やしないとわかっている俺は、ひとまず少し離れた場所にあった机の上にシチューを乗せたトレーを置く。最初はこれでいい、何せ時間はたっぷりあるのだから。
「……用が済んだら出て行って」
その前にここは俺の家だ――なんて野暮なツッコミを飲み込んで俺は部屋を後にすると、リビングには親父とお袋が心配そうに見ていた。
「あの子は飯を食ったか?」
「まだ、だけど……今日は多分食べると思う」
食事を置いていっても何も言わなかったのだ。多分食べはするだろう。それだけでも進歩はあったと喜ぶべきだと思った。
「何があったのでしょうね、あの子に」
お袋は心底気がかかりなのか、ずっと彼女が寝ている部屋に目をやる。何度かお袋も接触を図ってはいるが、手をあげられるといった事態にはなっていない。言葉では強く言ってくるが、それ以上をしてこない辺り暴力で全てを解決しようとするタイプじゃなさそうだ。
俺は殴られたが。
「人間を極度に嫌がっていた辺り、機械を排斥する奴らに攻撃されたのかもな」
「……そうだとしたら、信頼してもらうの難しいな」
「時間をかかるが、毎日ちょっとでも良いから話せ。あくまでも主導は彼女側に寄せろ。決して無理やり踏み込もうとするなよ」
「わかった」
宛ら本当の恋愛の駆け引きみたいだ。
こういった時、女性の扱いに慣れていればまた変わったかもしれないが、無い物ねだりしても仕方がない。
「あとお前自身の事になるが、俺はこれからお前をキメラの狩りへ連れていく。戦う力を早い段階で身に付けてもらうためだ」
「キメラを……」
「キメラのフォトン内蔵パックは、他の機人達のご馳走になる。今回は何人か仲間を連れて狩りにいって、実戦で教える。彼女を完全復活させられるエネルギーも確保出来るし、お前は強くなる、一石二鳥だ」
ギラリと親父の目が光り、お袋は頑張ってねと力無く手を振る。家に帰っても外に行っても忙しい毎日が、今日この日から始まってしまったのだ。
それは即ち、俺が本格的に自分から機械兵器たちと直接戦うようになった日でもある。
「アルタ!! レーザー砲が来る!! 避けろ!!」
「うぉ……!!」
まず俺はいきなり何人かの大人たちと、整備された銃を手に取ってひたすらキメラを狩り続けた。機械兵器は組まれたプログラムがすごく単純だから動きが読みやすいが、キメラはそうじゃない。搭載されたAIは
「うわぁ……!!!」
中でも結構うざかったのは、見た目はステゴザウルスのような姿形をしたキメラ――グラディスだ。互い違いに立ち並んでいる背中の鉄板は、太陽光を集めてフォトンに変換することが出来るのだが、緊急時には無数のホーミングレーザー砲へと変える。
視界に入った脅威と見做した存在に対し、グラディスはやりすぎなぐらいピンク色に染まるレーザー砲を上から降らせてくるのだ。
そして俺は撃たれてる真っ只中にいた。
「アルタ! ずっと動き続けろ!!」
「無理ぃ!!」
そんな親父の無茶振りに何とか答えつつ、俺はアガト近くにある山岳地帯や、かつて人類が栄華の限りを尽くした都市の廃墟、はたまた森林まで何人かの大人たちと命懸けの社会科見学を繰り広げた。何度も死にかけたが、今となっちゃ良い財産になった。
もっとも生きてるからこそ言えるのだが……この際は目を瞑っておく。
「――順調に慣れてきたな」
「っつ! 怪我したけどな……」
「動かないでください、アルタくん」
「すんません……」
狩りを終え、俺と親父は医療知識のある見た目優男な機人の下にいた。俺は側で黙々と肩に刻まれた切創を、見事な腕前で縫っていく。
「ローグも実の息子を死地に送りすぎです」
「この世界を生き抜くのに、必要な事を教えてるだけだ」
「この子は貴方の無茶振りに答えて怪我したんですよ?」
彼の名前はカリウス、アガト随一の医師である。茶髪の癖っ毛にメタリックな手、更には伊達メガネをかけている男だ。
機人に眼鏡といったものは必要じゃないのに、おしゃれをしたいという実用性皆無な理由でかけているのだが、そこがまた人間臭くて良いなと俺は思っていた。
「無茶してなんぼだ、カリウス。コイツは強くならなくちゃいけない――絶対にな」
「皆強くなる必要があります。ですが時には身体を労わらないと。じゃなきゃすぐに死にます」
「相変わらず口うるさい奴だ」
ああ言えばこう言うといった感じで、厳つい見た目をした人間と優しい見た目をした機人が言い争う。犬猿の仲に見えるやり取りだが、俺は2人が意外にも仲良いことを知っている。多分ヨルマイよりかは好ましく思ってるはずだ。
「もう慣れましたよ、カリウスさん。俺はまだ身体頑丈ですから大丈夫です。それに――」
「……それに傷の治りも異常に早い。ですか?」
訝しむような視線に晒され、俺は「うっ」と言葉に詰まった。カリウスさんは何か妙な圧力がある。親父がブチギレた時より、よっぽど怖い怒り方をする。
「確かにアルタ君は傷の再生が異常に早い。骨折すら君は1週間で治ってしまう。だからと言って無茶させていい理由にはならないぞ……ローグ」
「……」
「はぁ……ったく」
親父の目が細まり、カリウスさんの視線と交差する。この力は俺自身の
「アルタ君、君が普通とは違うのは知っています。ですが……人も機械も無敵ではありません。傷つき過ぎれば普通に死にます」
「はい……」
「ローグの言うこと全てに耳を貸さなくていいですからね」
「おい、息子に何を吹き込んでやがる」
やっぱり仲悪いかもしれない……。
とまぁ、俺はほとんど毎日機械と戦っていた。来る日も来る日も、幼くて小さな身体を引きずって戦場に向かっては、怪我しまくった状態で家に帰る。普通の人間ならとっくの昔に折れてもおかしくない日々を、俺は文句を言いながら続けていった。
だが家にいても決して安息地などではなく、むしろこっからが本番だったりする。
何を隠そう拾ったマキナスの美少女だ。
「はい、今日の――」
「本当……飽きないね」
初めて彼女を拾ってから1か月経った。
彼女は飯をちゃんと食うようになった、そこはまだいい。問題は態度にある。彼女は依然としてこちらを信用していない。最初の頃にあった殺気は無くなってきたが、表面的にはあまり変わっていなかった。
だけど全く進歩が無かったわけじゃない。
「食事は毎日摂った方がいいからね」
「そう言う意味で言ったわけじゃない」
「1か月欠かさず来ている事?」
「わかってるなら……何故? ボクなんかと話しても仕方ないだろ」
いやーやっと「来るな」とか「消えて」が無くなって何よりである。だって会話が出来ているもの、これはめちゃくちゃな進歩だ。そう思わなきゃやってられない気持ちもあったが……。
「俺は君の事を知りたいから」
「ボクは興味ない。救ってくれた事は……感謝する。だけど馴れ合う気はないから。元気になったらすぐ街から出ていく」
意外、感謝してたのか。
「出ていくって……行く宛あるのか?」
「ないわ、というか……世界の……どこにもないから」
彼女は眉をキュッとした後、悲しげに俯いた。そうだよな……行く宛はない。彼女はずっと自分が何者かわからない不安から、毎日毎日うなされている。俺は夜な夜な彼女が眠りながら啜り泣いているのを聞いている。
俺も……そんな時期があった。
彼女と全く同質とまでは思わないが、似たような悩みを持っているから痛みは理解できるつもりだ。
「……行く宛ないなら、暫くここにいなよ」
「断る」
「このアガトに……君を傷つける奴はいない」
はん――と彼女は嘲笑を向けてきた。
「知っているから、アガトの長はボクを捨ててこいって言ったんだろ」
「……誰から聞いた」
「ボクさ、耳がいいんだよ。ちょっと集中すれば聞こえるよ……家の外の会話とかね」
クソ、コイツの性能を舐めていた。
俺と親父の会話も聞かれてると見ていいだろう。やはりこの少女は何から何までアガトにいる機人より、遥かに高いスペックをしている。
「長が歓迎してないなら、早く出ていく」
「……それは長だけだ、君は気にしなくていい」
「街のリーダーでしょ? そんなこと言っていいの?」
「俺は君の居場所になるって、お偉いさん方に宣言したからな。文句なんか言わせない」
その一言を聞いた彼女は大きく目を見開いた。
「何で、みず知らずのボクにそこまでしてくれるの」
「何で……だろうな、本当に」
俺自身、何でこの子に執着しているのか上手く説明出来なかった。何でコイツの力になりたいと思うのか、何で初めて会ったはずの弱った彼女を見て、自分のことのように胸を締め付けられたのか全然わからない。俺はもっとドライかと思ったのに、この子だけは何か違うと思ってしまうのだ。
「敢えて言うなら……俺と君が似ているからかな」
「似てる……? ボクとお前が?」
「うん」
「ふざけるな」
突如、少女から凄まじいプレッシャーが放たれた。
「お前にボクの何が分かる。気がついたらボクは荒野に打ち捨てられていて、頭の中には生きてと誰かが言ってくる。分かるのは自分の名前だけ」
彼女は捲し立てるように、己の境遇を語った。
「最初からよくわからなかったよ。何故ここにいるのかもわからないし、外を歩けば虫みたいなロボットに銃で撃たれる。死んだと思ったら、何発か食らっても死なない。ボクはただパニックになって洞窟に駆け込んで――自分が人間じゃないと知った」
彼女は自らの腕を見せつける。
白くて細い腕が見せつけられるが、所々引っ掻いたような傷が見える。皮膚を深く抉るようにして刻まれた傷だ。人ならばきっと激痛を感じてもおかしくなかった。
しかしよく見ると皮膚の下に白く光沢を帯びた金属のようなものが見えた。
「ボク、人間じゃないんだって。全身機械で出来た……人を真似して出来た何かなんだって思い知った」
彼女の瞳は今にもこぼれ落ちそうなぐらい、グラグラとゆらめいている。俺はそんな姿を見て唇を噛みしめるしかなかった。
「この世界がどんなものか知らなかったから、ボクは自分は怪物か何かだと思った……思ってしまった! そして知ったんだ、人類は機械によって滅ぼされて、今ではほとんどの人は隠れながら生きてるって」
頭を抱えて……蹲ったまま少女は涙をポタポタと流す。溢れ出す感情の奔流が俺にも襲いかかって、目の奥がツンとしてきた。
「苦しかった、ボクは怪物かもしれないって。それでも頭の中に響く生きろという声に従って、無理矢理生きた。でも……現実は甘くなかった。ボクは生き残りの人間に助けを求めた――」
「人間……」
「……そしたら何してきたと思う?」
泣き笑いのような歪な顔を向けた彼女に対して、俺は絞り出すようにして言った。
「人間は襲ってきた……」
「そう、人はボクを怪物と呼び、引き金をひいた。しかも同じ機械でさえボクを攻撃してきた。もうボクに居場所はない。世界全てがボクの敵……ボクを受け入れてくれる人はいない……」
彼女は身体をブルブルと震わせて、ベッドから起き上がると力無くへたり込む。流石に倒れてはいけないと思った俺は、彼女の両肩付近を掴んで支えた。
「ね、ぇ……ボクっていちゃ……いけないのかなぁ……?」
「……っ」
「生きるのがこんなに苦しいなら、生まれたくなんかなかった……」
そう言われた時に、俺は無意識のうちに彼女を抱きしめてしまっていた。何やってるんだと冷静な自分が心の中で喧しく叫ぶが、本能がそれを拒否した。
「君が味わってきた苦しみは、君にしかわからないと思う。人からも……機械からも攻撃されてきた君の苦しみは、俺に理解出来るものじゃないと思う」
「……っ」
「でもね、俺もさ……自分が一体何なのか……わからないんだ」
「……ぇ」
今度は彼女が驚く番だった。
「俺には……身に覚えのない人格と……昔の記憶がある。この時代じゃない、もっともっと想像つかないぐらい昔の記憶だ。一体これは何だって親父にも聞いた事がある」
「……なんて答えたの……?」
「何も言えない――それだけだ、おかげでどれが本当の俺か今もわからないし、親父は知らない方がいいとさえ言った。もう……俺は自分が何なのか分からなくなる」
「そう……なんだ」
転生しているかもしれないという内容は伏せつつ、俺は親父にさえはっきり言わなかった不安と恐怖をぶちまけた。両親はすごく不器用な優しさを持っている人だ。何かを知っていても、俺を守るために何も言わない選択肢を取る人だ。
そんな人達に俺の不安まで伝えたら、きっと罪悪感を感じてしまう。だから俺は直接は言わなかった――いや言えなかった。
「俺はたまたま両親とアガトの人達がいたから、何とか今も正気を保っていられた。でも……君は違う、俺と似たようなスタートラインにはいるけど、そこから受けてきた仕打ちが違う」
「……っ」
「きついよな、自分がわからないだけでも……俺はこんなに辛いのに、味方さえいなかったら」
マキナスの少女はますます表情を暗くして俯く。この子に必要なのは理解者だ。側で支えてくれる味方が絶対に必要なのだ。ならば俺のすべきことは決まっている。
「だから……俺が君の味方に……居場所になる」
「ぇ……」
「俺が君を1人にしない、俺だけは君の絶対的な味方になる」
何があっても俺はこの子の味方でいる事。
彼女を救うには、一緒に引っ張ってあげる人が必要なのだ。ならば俺がそれになろう。いつか君が俺を必要としなくなるか、この命が尽きて身体が錆びつくその日まで俺が側にいよう。
それが拾った者の定めであり、彼女にしてやれる全てだと俺は思ったのだ。
「もしかしたら……ボクは最悪の機械かもしれないよ?」
「そうだったとしても、俺は君を捨てない。絶対に君を救って今の君みたいに優しい子にしてやる」
「ふ……っ、何……それ」
そう言うと初めて彼女がちょっと笑った。
素直に白状するが、めちゃくちゃ可憐で見惚れてしまっていた。
「どうやって……するのさ。不可能かもしれないよ?」
「わからない、頑張って考えて方法を生み出す。無理だと言われても絶対に1人にしない!」
俺はもう殴られても良いやと思いながら力強く彼女を抱きしめた。機械と言われても信じられないぐらい、彼女は温かくて心地良かった。
「ボクといたら地獄に落ちるかもしれない」
「なら一緒に落ちて、君を天国まで引っ張りあげてやる」
「……誰かが不幸になるかも……」
「ならその誰かと、君もまとめて幸せにしてやる」
我ながらびっくりするぐらいキザなセリフがポンポン出てくる。顔が赤くなっていく自覚はあったが、決して彼女から離れる気はなかった。
「……物好きだね、君は」
彼女は顔を背けると力無く呟く。
「ベガ……」
「え?」
「ボクの名前、ベガって言うから。いつまでも君呼ばわりは嫌だ」
俺はこの時初めてベガの名を知った。初めて聞いた名前だが、不思議と「ああ、やっぱりそうなんだ」と妙な納得感を感じた。どうしてそう思ったのかは、今でも謎のままだが。
「俺はアルタ、改めて……よろしく」
「アルタ、アルタ、うん……覚えた」
「やっと……名前を――「言っとくけど」ん?」
やっとここまで来たかと安堵していると、ベガはいきなり俺の顔を真っ正面にとらえて力強く宣言する。まだほんのりと赤い頬を見て、ベガは本当にマキナスなのかと疑問に思ってしまった。
「まだ、ボクは全部気を許してないから!」
「う、うん」
「味方なるって約束破ったら、思いっきり殴るからっ」
可愛らしく言ってきたが、ベガの全力パンチは腹に穴が空く恐れがある。前に殴られた経験のある俺は一瞬で青ざめた。
「わかったよ、約束は破らない。俺は君の味方だ」
「ふん……調子に乗りすぎないようにね」
わかりやすいツンデレみたいなセリフだなと言う言葉を飲み込みつつ、俺はベガの横顔を見る。まだまだ完全に彼女の苦しみを取り除いたわけじゃないが、つい数時間前と比べたら随分とマシになっていた。元から頗る美人だったが、今の方が倍以上輝いて見えていた。
「あ……ねぇ」
「ん?」
「……何でボクを拾って助けてくれたの?」
最後にベガは意を決したように聞いてきた。
俺は迷わず答えた。
「泣いてたから、助けた」
「……そっか……」
すぐに俺から顔を背けたベガは、しばらく顔を俯かせた。
あまりいい答えじゃなかったかもしれない……。
(にしても……ベガ……か)
アルタとベガ――何か因縁すら感じる名前の組み合わせに、俺はよく出来すぎているなと薄く笑った。日本で言い伝えられてきた織姫と彦星のモデルになった星々の名前だ。単なる偶然か、それとも必然か。まだわからないことだらけだが……俺は運命だと信じたかった。
(いつか……君の心に触れて、初めて君の理解者になれたら――)
それは間違いなく運命だったと言っても良いだろう――中々痛いポエムだなと自嘲した俺は、その後ベガにいつまでひっついているのと言われるまで、ずっとこのままだった。
* * *
「ベガ……だと」
アルタとベガは知らない。
2人のやり取りを、ずっと静かに聞いていた者がいた事を。その人物はアルタの養父であり、アルタの情報について一定以上の理解がある者――ローグと。
「……本当に偶然なの?」
彼の心の支えである妻――ファナがいた事を。
2人はベガに気取られないよう、音を吸収する素材で出来た靴を履き、呼吸音すら制御して聞いていた。最初は息子アルタが意を決して歩み寄る姿を見たいがためにした事だった。
正体不明の機人の女の子を救い、いつか彼を待ち受ける困難に対して共に立ち向かってくれる人が出来たらなと、淡い期待を込めてローグとファナは、アルタとベガを頻繁に接触させていた。
その目論見は見事に成功したと言っても良いだろう。
ベガという名前を聞くまでは。
「どうする? ローグ」
「……今まで俺はアルタが平穏に暮らせれば良いと、必要以上に情報を聞かせないようにした」
「だけど……彼は苦しんでいたわ。いいの? あの子に伝えられる事は伝えないで」
ファナの言葉にローグは顔を顰めた。
彼とてアルタを苦しめたくて何も教えなかった訳じゃない。過去のしがらみに囚われず、争いとは無縁の地で仲間たちと日常を過ごして欲しいのだ。彼から反発を喰らい、恨まれることも覚悟の上でやってきた。
だけど彼は初めてベガの前だけで本音を話した。付き合いの長い両親ではなく、拾った機人のみに心を開いたのだ。
「……俺は父親として最悪だ、教えてやれるのは身を守る術と銃やナイフ、機械と人を殺す方法だけ。俺はアルタに何もしてやれていない」
「それを言ったら私だって……そうだわ」
2人は己の至らなさを呪う。
この世界はアルタやベガが思っている以上に非情で、理不尽な力が存在する。如何にその理不尽と接点を少なくするかが、彼らの取れる最善だった。
「予定を少し変える」
「それは……つまり?」
「アルタとベガ、2人の絆をより深めて強くする。俺たちがいなくても大丈夫なぐらいに」
ローグとファナの決意は固かった。
きっと自分達には天罰が下る。そしてアルタからは見放されて、憎しみすら抱かれてしまうかもしれない。だけどそれでも良かった。アルタが生きてさえいれば自分達の命は安いものだと割り切っていたからだ。
「アルタがベガと親しくなった後、然るべきタイミングで実戦に参加させる。目標は2年以内……本当ならアルタが酒を飲める年までは居たかったが……無理だろう」
「……わかったわ」
「最後まで……ついてきてくれるか? ファナ」
ローグの問いに対してファナは静かに頷くと、目に涙を溜めながら言った。
「ええ……勿論。地獄に行っても私が一緒に落ちていくから」
かくしてアルタとベガの2人が歩み始めた中で、アルタの両親は子の為にと、深い深い暗闇へと足を踏み入れていく。だがローグ達は知らない。この決意がアルタとベガの道筋を定めてしまうきっかけを与える事になってしまうとは。