人類が機械に負けた世界に転生したけど、記憶喪失の美少女アンドロイドを世話したらめちゃくちゃ懐いてきた   作:アスピラント

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次回で戦いに決着つきます


最後に愛が勝つ

 嘘だ――ボクはアルタの姿を見て、挫けそうになった。

 光のない瞳と取り付けられたアセンション・システムのアーマーを見て、間に合わなかったと思ってしまったからだ。

 

「アルタ……特別指揮権のある私が司令部に変わって命ずる」

 

 すると息も絶え絶えなドレイクがアルタに命令する。

 

「カテゴリー10の機人(マキナス)であるベガを、その手で破壊しろ……!」

「了解」

 

 無機質な解答をしたアルタは紫色の電光を一瞬出して、ボクの前に現れた。

 

「アル――」

「破壊する」

 

 その瞬間――ドレイクのよりも強烈な拳が腹に突き刺さり、ボクはものすごい勢いで吹き飛ばされた。

 

「ガァ……!!」

 

 アルタの拳を受けて吹き飛ばされたボクは、背中を打ちつけた瓦礫の中で息を整えようとした。

 

「う……ぐ……」

 

 息が詰まった。

 体内のセンサーが痛みのデータを処理しきれず、ノイズが走る。でもそれ以上に、胸の奥を締めつける別の痛みの方が強かった。

 

(アルタに、攻撃された)

 

 信じたくなかった。

 たとえドレイクの命令でも、あの優しいアルタがボクを「破壊対象」と呼ぶなんて。愛してやまなかった彼の声が、今は無機質な命令音声に変わっているのが苦しい。

 

「……ア、アルタ、ボクだよ。ベガだよ。君の相棒の――」

 

 声が震える。

 アルタは立ったまま、冷たい黒い瞳でボクを見下ろしている。

 

「お前は破壊対象。俺の任務はお前を破壊する事。それが第一だ」

 

 その言葉に、胸がざくりと裂かれたような気がした。

 アルタの手が動く。

 手の甲が変形し、黒いダガーが滑り出すように形成されていくと紫のエネルギーが刃を這い、金属音が空気を切り裂いた。

 

「アルタ、やめて……!」

 

 叫びは届かない。

 アルタは無言のまま歩み寄ってくる。

 その姿は、まるでプログラムに従う兵器のようだった。

 光のない瞳、静かに構えた刃――それが今、ボクに向けられている。

 

(ダメ……このままじゃ、戦わなきゃ……でも――)

 

 膝が震える。

 刃を交えることすら、怖くて出来ない。

 ボクはアルタを傷つけたくなくて戦ってるのに。

 ボクの目的は、彼を取り戻すことなのに。

 

「アルタ……ボク、もうヤダよ……」

 

 気づけば、涙がこぼれていた。

 冷たい床に落ちるしずくの音がやけに大きく響く。

 ボクはダガーを突き立てようとするアルタの腕を見つめながら、かすれた声で呟いた。

 

「君を……傷つけたくないから、ボクは戦ってるのに……」

 

 その瞬間――アルタの腕が、ぴたりと止まった。

 刃先が、ボクの胸の装甲すれすれで静止する。

 アルタの瞳が微かに揺らいだ。

 その動作は、明らかにプログラムされた行動ではなかった。

 

「……ッ……?」

 

 アルタが困惑したようにわずかに身を引く。

 冷たい無表情のまま、何かを必死に思い出そうとしているようだった。

 

「アルタ……?」

 

 ボクは思わず手を伸ばした。

 指先がアルタの頬に触れかけた、その瞬間だった。

 

 ――ダァン!! と発砲音。

 

 空気を裂く鋭い音が、戦場に響き渡った。

 アルタの身体が瞬時に跳ねるように後退する。

 爆ぜた光弾が床を抉り、煙が立ちこめた。

 

「――!?」

 

 ボクは反射的に振り向いた。

 そこには、二つの影が立っていた。

 

「全く……最後の最後に、空気読めなくなったのかしら? アルタ」

 

 助けに来たのはアイラとノラだった。

 二人とも息を荒げ、銃口をアルタに向けている。

 アイラの頬には汗と埃、ノラの肩はすでに焦げ跡で黒ずんでいた。

 

「……アイラ、ノラ……!」

 

 胸の奥が熱くなる。

 それでも、ボクは声を詰まらせた。

 だって、彼らの視線の先――そこには、かつての仲間だったアルタがいる。

 

「アルタ!!」

 

 アイラの声が、戦場に響く。

 その声は怒りと悲しみの入り混じった、痛切な叫びだった。

 

「何してるの!? 何大事なパートナーに手をあげてんのよ!!」

 

 アイラが一歩前に出る。

 ノラは構えを崩さず、いつでも撃てるように銃を握り直している。

 

「いい加減に目を覚ましなさい!! 私たちは家族でしょ!!」

 

 アイラの声が震えた。

 その言葉には、怒りよりも、ずっと深い“願い”がこもっていた。彼女の目の奥に浮かぶ涙が、爆煙の光を受けてきらめく。

 

「……」

 

 アルタは――動かない。

 まるで二つの世界の狭間で立ち尽くしているように、表情一つ変えずに三人を見ていた。

 黒い瞳の奥で、何かが小さく軋む音がした。

 まるで、心の奥に閉ざされた扉が、ゆっくりと開こうとしているようにボクには見えた。

 

 

          *  *  *

 

「ハァ……ハァ……」

 

 その一方でドレイクは現場から逃げていた。

 身体からは、青白い煙が立ちのぼっている。

 胸部装甲は抉られ、右腕は欠損。出力ゲージも限界に近い。

 それでも彼は歩き続けていた。血を垂れ流しながら地を引きずるように。

 

 目的地は、リュドラ郊外に停泊しているエリュシオンの輸送艦――エクソドスだ。彼らがこの惑星に降り立つ際に使った宇宙船だった。

 

「……侵食が70%のままでは、アルタでも押し切る事は出来ない」

 

 彼は自嘲するように呟く。

 アルタを完全に掌握できなかった。それはドレイクにとって痛恨だった。70%では途中に不具合が生じると彼は見ていた。だからこそダメ押しが必要になる――そう考えたドレイクは、あまり取りたくなかった戦法を取る事にした。

 

(……奴ら如きに使うとは、情け無い)

 

 彼は再び自分に言い聞かせるように呟きながら、格納庫のシャッターを開いた。内部には、銀と青の光沢を持つ巨大な人型兵器が鎮座していた。

 

 全高十二メートル、アストレイア・ヘリオクスの拡張機体――ドレイク専用機動兵装アークブリンガーだ。

 

 ドレイクのような部隊長以上の聖戦士は、皆拡張機体を持っている。アセンション・システムの扱いに長け、かつ戦果を出してきた者には、より強大な機体を持てる。

 

「……貴様を使う時が来たか」

 

 呻くように呟き、ドレイクはアーマーのリンクケーブルを接続する。制御データが同期を始め、艦内が低く唸りを上げた。

 これで、あのダメ押しすれば――と思った瞬間だった。

 

「――っ!?」

 

 天井を突き破って、巨大な影が降り注いだ。

 金属の塊。牙と鋭い爪を持つ獣型キメラが、格納庫の床を粉砕する。ドレイクは咄嗟に身を翻して衝撃を避けたが、傷の痛みが再び全身を走った。

 

「……何者だ……!」

 

 ドレイクはアークブリンガーを自動操縦モードに切り替えて、この場から一旦退避させると襲撃者を睨んだ。

 

「直接対面は初めてかな?」

 

 と悠然とした態度で語るのは、穏やかな笑みを浮かべたユアンだった。

 

「スカイ・リーパーとかいう、聖戦士の一部隊の隊長さんっ♪」

 

 彼の声は軽やかだったが、瞳には冷たい光が宿っていた。

 

「貴様……アルファ・マインドか」

 

 ドレイクが低く唸るとユアンは頷き、静かに笑んだ。

 

「そうだよ。ワタシからしたら意外と長い付き合いだからね。君らがちょっと前からアルカディストとかいうならず者をけしかけてきたのは知ってたし」

「その割には随分と好き勝手させてくれたな」

「仕方ないさ、()()()()()エクスマキナの世話をしてくれるコレクティヴは動かないから」

 

 とユアンは挑発すると、ドレイクは目に見えて苛立ちを露わにする。

 

「ならこの結果も見通していたと?? 犠牲者は出てるのにか?」

「戦争に犠牲は付きものさ、それに……アルタとベガという切り札が現れて、ワタシはホッとした。これで君たちを駆除できるって」

 

 ユアンは相変わらずヘラヘラ笑いながら更に言った。

 

「君が改良したアルタは、今ワタシが連れてきた彼の幼馴染たちが何とかしてくれるよ。残念だったね」

 

 その言葉を聞いて、ついにドレイクの表情が怒りに染まった。

 

「あの小さな集落のか? くだらん! せいぜいカテゴリー1か2の下級機人どもに何が出来る? 轢殺されて終わりだ!」

 

 吐き捨てるように言うドレイクの声に、ユアンは首を傾げる。その瞳はまるで、子供を諭す教師のように穏やかだった。

 

「君は人なのに、感情がもたらす力を正しく知らないんだね」

「何を……」

「ワタシたちは長い年月、人と共に生きてきた。彼らの愚かさも、残酷さも、何度も見てきた。でも同時に、彼らが見せる光も知っている。人が見せる優しさ、希望、そして誰かを想う力を」

 

 ユアンの声が低く響く。

 紫色の光がその身体の周囲に淡く浮かび上がる。

 まるで言葉そのものがフォトンの波動として空気を震わせていた。

 

「時には、それが計算を狂わせるんだ。理解や理屈をねじ伏せて最良の結果を呼び込む。その狂わせる何かこそが、ワタシたち機人には決して再現できなかった領域なんだ」

「くだらん理想論だ!」

 

 ドレイクが怒号を上げた。

 エネルギーブレードが展開され、周囲の空気が一気に焼け焦げる。アーマーが悲鳴を上げるたびに、床が軋み、金属が溶けていく。

 

「機人は人間を模倣したに過ぎん。上辺だけを真似た模造品だ! 感情など再現できないし理解もできない!」

 

 ドレイクが飛びかかる。

 その動きは、重傷の身とは思えぬ速さだった。

 エネルギーブレードが振り下ろされ、ユアンの頭上を薙ぐ。

 

 しかし――ユアンの姿は、そこで霧のように消えた。

 

「……同じ人なのに、こうも出来が悪いとはねー……」

「!」

 

 ユアンの声が至近距離で響き、ドレイクは飛び退く。

 いつのまにか背後にユアンは移動していた。

 

「君らは人の悪い面を凝縮している。歪んだ考えと思想によって計算された未来で、人類の救済なんか出来るわけない。そしてそれを正義と呼び変えて、間違いを指摘する声を無視して全員を叩き殺すなんて、バカとしか言いようがないでしょ」

 

 ドレイクが振り返り、腕を薙ぐ。

 ブレードが空を裂くが、ユアンは滑るように距離を取っていた。

 

「そんな歪んだ計算だけで明るい未来を描こうとする君たちに最良の結果は得られない。明るい未来というのは、誰かのために戦うという、非効率的で非合理的、それでいて青臭いけど何よりも美しい動機を掲げる者たちにこそ訪れる結果なんだ」

 

 ユアンが杖を構える。

 穂先から淡い光が溢れ、空間が振動する。

 キメラが唸り声を上げ、ドレイクを囲むように回り込んだ。

 

「……っ!」

 

 ドレイクの額に汗が滲む。

 怒りとも焦燥ともつかぬ感情が混じり、表情が歪む。

 

「……バカげた考えで、この太陽系を救えるものか!」

「救えるよ、絶対に」

 

 ユアンは光の中で、静かに微笑む。

 

「知ってるかい? 最後に勝つのは愛なんだよ、大昔の人もそう言ってる」

 

 

           *  *  *

 

 

 アルタは動かないままボクたちを見ている。

 まるで心の奥まで見透かされるようで、息が詰まる。

 彼の表情には何の感情も浮かんでいない。

 まるで命令待ちの兵器みたいだった。

 

「……アルタ……」

 

 ボクは小さく名前を呼ぶ。けれど、その声にも反応はない。

 少し離れた場所で、アイラとノラが息を整えながら様子を窺っていた。二人の視線が一瞬交わり、アイラがため息をつく。

 

「……さすがに、今のアルタを前に殴り合いなんて無理よね」

「だよな……」

 

 ノラも低く返す。

 短く切った金髪が光を反射し、顔についた煤が戦場の疲労を物語っていた。

 

「ベガ、お願い。あんたしか抑えられないわ」

「……取り押さえろってこと?」

「そう。なるべく傷つけずにね」

 

 ボクは無言で頷いた。

 傷つけない、か……そんな当たり前のこと、わざわざ言われなくてもわかってる。

 

 でも今の彼を前にしてそれが難しい事はわかる。

 チャンスは一回きり、長引くのはダメだ。

 

「アイラはどうする気なの?」

 

 ボクが問うと、アイラは背中のポーチから小型の装置を取り出した。

 

「これがまだあるから、ありったけを使うわ」

 

 それはユアンが渡してくれたデコリッパー、5発分だ。

 

「これをアルタのアーマーに貼りつけて、装甲を一気に溶かす。で……ベガが何とか声かけて目ぇ覚まさせるのよ」

「……それだけ?」

 

 ボクは思わず聞き返す。

 アイラは真顔で頷いた。

 

「そう。それだけ」

「ちょ、ちょっと待ってよ……そんな単純な作戦で――」

「大丈夫だって! さっき、ベガの声でアルタ止まってたじゃない! あれ見て確信したの! いけるでしょ、たぶん!」

 

 たぶんって言うなよ……。

 ボクは頭を抱えたくなったが、今はそんな余裕すらない。

 

(皆を信じなきゃ)

 

 アイラは無茶ばかり言うけど、いつだって本気で仲間を助けようとしてきた。だからボクは、彼女の言葉に賭けることにした。

 

「……ノラはどう思う?」

 

 振り向くと、ノラは少し考えるように目を伏せ、それから静かに答えた。

 

「正直、俺も半信半疑です。でも……ベガさんの声が一番効くと思います」

「ノラ……」

「さっきも、アルタさん……止まったじゃないですか。きっとベガさんの声に何かを感じてた。感情をぶつければ、きっと届きますよ」

 

 ボクはしばらく沈黙した。

 感情をぶつける、か。今考えたら1番伝えたい言葉を伝えずに、なんだかんだで一緒にいたらわかるでしょって感じのままだった。

 

 でも――逃げてばかりじゃ、アルタは戻らない。

 結局……感情というのは言葉にしないと伝わらない。

 

 だから、ボクはゆっくり息を吐いてから言った。

 

「……わかった。やってみる。ちょっとバカバカしいけど、多分アルタが聴きたかった言葉を伝えるよ」

「聴きたかった言葉?」

 

 アイラとノラが同時に首を傾げる。

 

「うん。多分……それが一番聞こえるはず」

 

 二人は顔を見合わせ、苦笑いを浮かべる。

 

「まあ……ベガに任せるわ」

「俺も、信じます」

 

 その声を背に受けながら、ボクはゆっくりと一歩前へ踏み出した。

 

「……不具合は……処理した」

 

 アルタが動き出した。

 その距離――わずか数メートル。

 時が止まったような静寂の後でアルタの目が、わずかに動く。フォトンの光が彼の背の翼を照らし、灰色の装甲が冷たく輝いた。

 

「アルタ……」

 

 ボクは小さく呼ぶとアルタがこっちを見た。

 

(来る……!)

 

 次の瞬間、アルタの機体が地面を踏み砕いた。

 圧縮された空気が爆ぜ、砂塵が舞う。

 瞬間加速――視界から消えたかと思えば、もう目の前に迫っている。

 

「来るぞっ!!」

 アイラが叫び、ノラが反射的に銃を構える。

 

(まっすぐ来る……!)

 

 冷たい無表情のまま、かつて仲間だった僕たちに向かって。

 

(絶対ここでは逃げない!)

 

 胸の奥でそう誓い、突進してきたアルタの身体をボクは正面から抱きしめるように受け止めた。

 

「ぐぅぅぅ……!!」

 

 衝撃で脚が地面にめり込み、粉塵が舞い上がる。

 それでも、腕を離さなかった。アルタの両腕を拘束し、そのまま地面へと押し倒す。

 

「……今だっ!!」

 

 アイラは迷いなくデコリッパーをアルタの背部装甲に撃ち込んだ。すると赤い光が弾け、アーマー表面が溶解していく。

 

「ぐぁぁぁあああああッ!!」

 

 アルタが叫んだ。

 それは金属を軋ませる悲鳴と、人間の痛みが混ざったような、耐えがたい音だった。暴れ狂う力がボクの腕の中で炸裂し、押さえ込むのがやっとだった。

 

「くっ……アルタ、やめて……!」

 

 左腕の装甲が展開し、そこから灰色に染まる光球が生まれ始めた。もしこいつが爆発すれば、ボクたち全員が吹き飛ぶ。

 

「ノラ!!」

「任せろッ!」

 

 ノラが即座に反応し、銃を構えた。

 引き金を引くと、弾丸が光球の中心を撃ち抜いた。

 刹那、閃光が弾け、灰色のエネルギーは霧散する。

 

「よしっ……!」

「待って、まだだ!」

 

 ボクは叫んだ。

 このままだと、アルタがアイラもノラの2人を巻き込んで暴れ回るかもしれない。

 

(ここで止めなきゃ……!)

 

 ボクは光の翼を展開した。

 フォトンの粒子が噴出し、白い炎のように背から溢れ出す。

 そのままアルタを抱きしめたまま、空へと舞い上がった。

 

「ベガっ!? 待って!」

「どこまで行くんだ!!」

 

 アイラとノラの叫びが遠ざかる。

 上昇する風が二人の声をかき消していく。

 ボクはアルタをしっかりと抱きしめたまま、どこまでも高く、空の彼方へ。

 

「アアアア!! 離せ!!!」

 

 アルタの身体は激しく暴れ続けている。

 それでも、ボクは離さない。

 彼の拳が何度もボクの背を打つ。アーマーが軋み、センサーがノイズを上げた。

 

「離せ……敵は……必ず倒す……俺は……っ!」

 

 その声は、命令のようで、どこか苦しげだった。

 ボクは少しだけ悲しく笑った。

 涙が浮かんで、視界がぼやける。

 

「アルタ……ボクのせいで、苦しい思いをさせてごめんね……」

 

 空気の薄い高空。

 白い光の粒が二人を包む。

 ボクはゆっくりと言葉を紡いでいく。

 

「今思えば、出会ってから今に至るまで……アルタには、ずっと助けられてばかりだった。ボクが不安で、怖くて、誰も寄せ付けようとしなかった時も君だけは離れなかった」

 

 アルタの瞳がわずかに揺らいだ。

 ボクはそれに気づいて、少しだけ笑う。

 

「それなのに……ボクは何度も君を傷つけた。殴ったり、ひどいこと言ったり……ほんと、最低だったよね。でも……君は見捨てなかった。ずっと側にいてくれた」

 

 空を吹き抜ける風が、二人の間を流れていく。

 その静寂の中で、アルタの暴れる力が少しずつ弱まっていった。

 

「このまま一生、側にいられるって思ってた。言葉になんかしなくても、伝わるって思ってた。でもそれが間違いだったって気づいた」

 

 ボクの胸に苦しい気持ちが蘇る。

 アルカディストによって壊滅したアガト。

 アルタが連れ去られた瞬間の、あの胸の痛みが。

 

 

息が詰まる。

 ボクはその時、永遠に続くものなんてないって、初めて思い知らされた。

 

 だからこそ、今度こそ伝えなきゃいけない。

 後悔のないように。

 

「……アルタ」

 

 ボクはそっと彼の顔を両手で包んだ。

 灰色の装甲の隙間から覗く、その顔。

 無機質な瞳の奥に、ほんのわずかな光が揺らいでいる。

 

「だから今、はっきりと言うね」

 

 ボクは一度、目を閉じて息を吸い込む。

 胸の奥に詰まっていたものを、全て言葉に変える。

 

「――好きだよ」

 

 たった一言だけど全てを込めて、ボクはアルタの唇に軽く口づけた。

 

「……っ」

「だからさ……また旅をしよう、このまま別れるのは嫌だよ」

 

 

            *  *  *

 

 

 光が弾けた。

 刹那、頭の中を何かが駆け抜ける。

 まるで高熱を帯びた電流が脳の奥を焼き付けるように、激しい閃光とともに映像が流れ込んできた。

 

(……ここは……?)

 

 気づけば俺は別の場所にいた。

 地面は柔らかな芝生で、淡い橙色の夕陽が長く影を伸ばしている。

 風が頬を撫で、遠くで子供たちの笑い声が響いた。

 どこまでも平和で、静かで――懐かしい匂いのする風景。

 

 広い公園だった。

 木々が金色に染まり、並木道の向こうに街のビル群が見える。どこかで見たことがあるような、でも思い出せない場所。

 

(……俺の記憶、か)

 

 さっきまで戦っていた、何か大切な人を傷つけた気がして――いつのまにか変な場所にいる。

 

(……?)

 

 そう思った瞬間、右手に温もりを感じた。

 誰かと手を繋いでいる。

 驚いて隣を見た俺は――息を呑んだ。

 

「――!」

 

 隣にいたのは、栗色の髪をした女性だった。

 年の頃は俺と同じくらい、二十代あたりだろう。

 柔らかな表情と、どこか人懐っこい笑みを浮かべていて……何より、その顔がベガに酷似していた。

 

(……ベガ……?)

 

 いや、違う。

 服装も、雰囲気もまるで違う。

 彼女は人間だった。

 温かい体温、柔らかな指、生きてる人の感覚だ。

 

「新田、よかったね!」

 

 ベガに似た彼女が嬉しそうに言った。

 どこかで何度も聞いたような声に心の奥底がざわめく。

 

「私たちの作った自己学習型の人工知能、ティナ博士に認められたんだよ!」

 

 新田という名前を聞いた瞬間、世界が軋んだ。

 脳裏に無数のデータが走る。研究室の光景、白衣の感触、モニターに流れる数式。

 

 (ああ、これは俺の前世だ)

 

 アルタになる前、俺は新田という名の人間だったんだ。

 信じられないほど自然に、その記憶を受け入れている自分がいた。

 

(新田って、なんだその言葉遊びみたいに、アルタって名前になったんだよ)

 

 そう思ってると――

 

「アンナのおかげだよ」

 

 新田の口が勝手に動いた。

 俺の意識はそれをただ見ている。

 この身体は俺のものなのに、別人のようだった。

 しかしそれ以上に、彼女の名前がアンナとわかった瞬間、しっくりするような感情が湧き出た。

 

「お前がいなかったら、俺はここにいない。アメリカまで連れてきてくれた上に、やりたかったことまでさせてもらってる。全部、お前のおかげだ」

 

「えへへ……」

 

 アンナは照れたように笑う。

 その笑顔に、ベガの面影が重なる。

 太陽を背に受けて、光の粒が髪に宿るとますます彼女にしか見えなくなる。

 

(髪色とかも違うのにな、顔が似てるだけじゃ済まない何かがある)

「ねぇ、新田」

 

 アンナは小さく息を吸い込み、こちらを見上げた。

 その瞳の揺らぎは、まるで今のベガが見せた涙と同じだった。

 

「私たち、付き合ってからもう八年以上経つよね」

「……ああ。もうそんなになるのか」

 

 新田は少し遠くを見て答える。

 アンナが高校生の頃から一緒にいて、大学、そして今も。

 ずっと支え合い、夢を追い続けてきた二人――そんな記憶が頭を過ぎる。

 

「高校の時からずっと一緒だったね。まさかこんなに長く続くなんて思ってなかったよ」

「おい、早く別れると思ってたのか」

「ごめんごめん、そういう意味じゃなくて!」

 

 アンナが慌てて笑いながら手を振る。

 その仕草も、やっぱりベガにそっくりだった。

 新田はそんな彼女の横顔を見つめ、思わず頬を緩めた。

 

「でもほんとに、変わらないな……」

「え?」

「ずっと昔から、その笑顔変わらないなって」

 

 アンナは顔を赤くして、照れくさそうに視線を逸らした。

 だが、次の瞬間、彼女の表情が少し真剣なものに変わった。

 そして、繋いでいた手をぎゅっと握りしめる。

 

「……あのね」

「ん?」

「え、と……」

 

 言葉を詰まらせて、口ごもる。

 頬がどんどん赤くなっていく。

 夕陽の光に染まって、その姿が本当に綺麗だった。

 そして、意を決したように顔を上げ、はっきりと言った。

 

「新田、私と結婚して……いつまでも、一緒にいたいんだよね」

 

 その瞬間、胸が大きく波打った。

 新田――つまり俺は、完全に不意を突かれて目を見開く。

 顔が熱くなる。頭の中が真っ白になった。

 

「……は、えっ!? 結婚って、お前……普通は男から言うもんだろ!? タイミングとか見計らってたんだぜ!? 一応!」

「なんかもう我慢できなかったの! それに付き合いたいって言ってくれたのはそっちだから、今度はこっちが言いたかったの!」

 

 アンナが嬉しそうに笑う。

 その笑顔が眩しすぎて、涙が滲むほどだった。

 新田――俺の心が高鳴る。

 

(今……わかった気がするよ、ベガ)

 

 俺がなぜ……大雨が降り頻る荒野にて、1人倒れたお前を助けなきゃって思ったのか、今になって漸くはっきりした気がする。

 

(俺は前世の時から、ベガを知っていたんだ)

 

 ベガに前世の記憶はないと思う。

 今までそんな素振りはしてないし、何の話だと思うだろう。

 でも俺は確信を持って言える。

 

(ベガ……俺は数千年前からずっと好きだったんだ)

 

 そして――今度はベガの綺麗な顔が目の前に写る。

 泣いているのか、目から涙が溢れている。

 

新田(アルタ)、生まれ変わっても、貴方を愛してる」

 

 その瞬間、世界が崩れた。

 全ての光が収束し、再び今へと引き戻される。

 

「――ああ、俺もだよ……ベガ」

 

 そう答えた瞬間――俺を抱きしめていたベガの顔に笑顔が戻った。

 

「アルタぁ……!」

「……本当に、ごめん。心配かけた……」

 

 俺はベガを抱きしめ返す。

 捕まった俺を助けるために、全力で戦って――傷ついて。

 

「……っ」

 

 ベガを守るって思っておきながら、こんな無様を晒した。

 当然自分が悪いが、傷つけた張本人たるエリュシオンに怒りが湧く。

 

「――よっ……と」

 

 ベガが俺をそっと地面に降ろし、体から離れた。

 柔らかな感触が離れていくのが、少しだけ寂しかった。

 

「アルタ!!」

「アルタさん!!」

「うぉっと!?」

「わわっ!?」

 

 駆け寄ってきたのは、アイラとノラだった。

 二人とも、顔中ぐしゃぐしゃにして泣いていた。

 そのまま俺とベガに勢いよく抱きついてくる。

 

「よかったぁ……! 本当に……!」

「生きててくれて……よかったです! 本当に……良かった……!」

 

 俺は少し呆気に取られたが、すぐに微笑んだ。

 彼女たちの温もりが、現実に引き戻してくれる。

 ようやく……帰ってこられたんだと実感した。

 

「……ありがとう、みんな」

 

 そう呟いた瞬間――地面が揺れた。

 轟音。空気を裂く爆風。

 次の瞬間、視界の端で眩い閃光が弾けた。

 

「っ!? 何だ!?」

 

 俺たちは揃って爆発の方向を見た。

 空に巨大な影が浮かんでいる。

 金属質の巨体――まるで人型のロボットのようなシルエットだった。その背からは青白い推進光が吹き出していた。

 

「なんだ、ありゃ……」

 

 とノラが呟く。

 その時、ベガたちの通信機から声が響いた。

 

『――おぉ、聞こえてるか? いやぁ、よかったよかった! ベガ、アルタ、アイラ、ノラ、全員無事みたいだね!』

 

 ユアンの声だ。

 軽い調子だが、どこか安堵の色が混じっている。

 

『喜んでるのが無線からでも伝わってくるよ。ほんと、おめでとう。で……だ、悪いんだけどさ……アルタ、復帰早々で申し訳ないんだけど、今あの空飛んでる鉄の塊、撃ち落としてくれない?』

 

 ケラケラと笑う声。

 状況が状況なのに、この余裕。

 まったく相変わらずすぎて呆れてしまう。

 

「おいユアン、復帰直後に無茶振りすんなよ」

 

 思わずツッコミを入れると、無線の向こうでさらに笑い声が弾けた。

 

『いやぁ~頼れる男が戻ってきたからさ。期待してるよ……ベガの英雄さん』

「……ったく」

 

 苦笑する俺の横で、ベガが心配そうに見上げてくる。

 

「アルタ、大丈夫? 動けるの?」

「……どうだろうな」

 

 自分の身体を見下ろす。

 装甲は剥がれ、かつてのアセンション・システムの拘束跡がまだ残っている。

 

 けれど不思議と身体が軽い上に、内部のナノマシンがざわめいているのが分かる。

 まるで何かを学習しているのか、様々な情報が頭の奥に流れ込んできた。

 

(これは……?)

 

 多分これはアセンション・システムのアーマーだ。俺の体に強制的に接続された機構をナノマシンがそれを解析し、再構成している。

 

 それが、脳へ直接情報を送り込んでいる。

 

(なるほど……学んだってわけか)

 

 無理やりつけられたものを、逆に吸収してしまう。

 まるで皮肉な話だが、今の俺には都合がいい。

 

 俺は軽く腕を構えてみせた。

 内部機構が反応し、光の粒が走る。

 かつてのアーマーと似た輝き――でも、今は自由だ。誰の制御にも縛られない。

 

「……動ける所か、むしろ今の方が調子がいいかもしれない」

 

 ベガが目を見開く。

 その瞳の奥に、安心と信頼の色が宿る。

 

「それでこそ……だね」

「ベガ、今なら……お前とちゃんと肩を並べられる気がする」

「!」

 

 静かに言うと、ベガが微笑んだ。

 涙の跡を拭いながら、それでもどこか誇らしげに。

 

「じゃあ、行こうか」

「ああ。二人で、アイツを倒すぞ」

 

 空を見上げる。

 巨大な機体がこちらを見下ろしていた。

 

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