人類が機械に負けた世界に転生したけど、記憶喪失の美少女アンドロイドを世話したらめちゃくちゃ懐いてきた 作:アスピラント
「――君も知らないと?」
「しらねぇ……名前はわかるぜ? エリュシオンのお偉いさんが……やたら語ってた。でも極秘事項だと言われた」
薄暗い部屋の中で、ユアンはティムルと向かいあって座りながら質問をしていた。内容はデミウルゴスのことについてだ。
「でもジェラルドは結構知ってそうだったよ?」
「あいつは……人一倍戦果をあげる事にこだわって、命令違反だとわかっておきながら、色々と調べていた節がある。私は懲罰されるのが嫌だったから、触りしか知らない。これ以上は何も言えん」
「……なるほど、目の動き、汗、体の震えもない、本当の事らしいね」
軽く話し終えて、ユアンは決定付けた。
(ティムルはデミウルゴスについて知らない)
この存在に関して言えば、ユアンは自分よりパノプテスが知っていると見ていた。だけど彼女が素直に教えるとは思えない。教える必要が
「じゃあ次の質問だね、アルタの父親と母親の行方に関して、いくつか候補を挙げていたね。なぜこちらの地域を優先した?」
「……答えられない」
「なるほど、つまり君らを送った奴がアルカディストの件を優先したんだね? つまり……それこそが君らの本来の仕事、その過程でアルタを知り、上と話した結果……彼を利用することに決めた――という事かな?」
(くそ……何でこいつはこんなに鋭いんだよ……!)
ティムルの顔は焦ってないが、内心は違う。
体に備わった機能で見た目にストレス反応は出ないが、ユアンは何もかもお見通しと言った様子だった。
「なぜ……アルファ・マインドなんだろうね、わかる?」
「……さぁな」
「だよねぇ、下っ端にはわからないか」
「むかつくなぁ! 私の仲間を殺してよく言う!」
ティムルは食ってかかるが、ユアンは涼しい顔のままだった。
「そんな仲間意識なかったのはわかってるよ、ティムル」
「……」
「だからワタシは君を生かしてる」
ユアンは深く椅子に腰掛けた。
「君は……今はまだサングラールにとって敵でしかないだろう。当たり前だ、アルカディストをけしかけたんだからね」
「じゃあなぜ……」
「ワタシはそもそも人との共存を掲げるコレクティヴの長だよ? ワタシの役目は敵を全員殺してまわる事じゃない。もし敵の中に、我々の言葉が通じる者がいたらすかさず引き込む。それがエリュシオンの戦士でもね」
ユアンはじっとティムルを見ると、彼女は何か困った様子で顔を伏せる。
「私なんかに利用価値はないぞ」
「あるよ、君は人と機械が共存出来る事を学び、その上で前向きな未来を形作れる。それで罪を償うんだよ――一生」
ユアンは何がなんでもティムルを側に置く気だった。
ただ間違いなく利用価値があるからというのは、ティムル自身も察していた。でも今更エリュシオンに戻れる訳もない。生きるならユアンの提案に乗るしかなかった。
「……何すりゃいい」
「そうだねー、まぁ色々頼みたい事はあるけど、まずは彼女とちょっと話してくれる?」
「彼女?」
「入ってきていいよ」
ユアンがそういうと、部屋に入ってきたのは――
「っ!? てめぇ……ベガか」
「……それ以外にいないでしょ」
冷たい目をしたベガだった。
これにはティムルもユアンに非難の眼差しを送る。
「違うよ、ベガが彼女と一回話をさせろって言ったんだよ」
「何……?」
「信じられないと思うけど、本当だよ。まぁ憎い敵という認識は変わらないけど」
ベガはユアンの隣に座り、ずいっと顔を向かい側にいるティムルへと顔を寄せた。
「お前……今度はここで生きることにしたんだってね」
「……そうだな、死にたくはないからな」
「ボクの故郷にいた人たちもそう思ってたよ、でもお前らが奪った」
「アタシに罪悪感でも感じて欲しいわけかぁ!? バカか! 戦争だぞ!! そんなくだらない事をいうために来たのかぁ!?」
「今のお前ならわかるんじゃないの。行き場をなくした奴の気持ちが」
そう言われて――ティムルの動きは止まった。
「もうお前に選択肢はない、失態犯した奴がエリュシオンには戻れない。でも外に出ても敵だらけ、今になって苦しみがわかったんじゃないの」
「……」
ティムルは何も答えなかった。
ベガはその反応を見て図星だと思った。
「本当ならボクはお前も始末してやりたい、でもユアンの言う通り……殺戮して全てを解決するなんて手段はあまり取りたくない。だから――」
ベガは深く息を吸って、吐くように言った。
「2度と……そのエリュシオンの歪んだ考えに駆られた行動をするな」
「……てめぇに言われなくてもしねぇよ」
「したら君をぶっ倒すために舞い戻ってやる」
ベガはもう大丈夫ですとユアンに言って去っていく。
ユアンはそんな彼女の姿を見て、こう思った。
これで少しは気持ちをすっきりさせたのかな――と。
* * *
レクスの診療室は、いつも通り無機質だった。白い光が天井から落ち、壁面に走る医療用のホログラムが淡く瞬いている。
俺は金属製の簡易ベッドに座って、静かに息をついた。
「――やはり体のほとんどは機械化してるな」
「やっぱりか」
「あんまり驚いてなさそうだな」
レクスは呆れたように笑いながら、端末に表示された俺の内部構造データをスクロールしていた。
すでに心臓や神経系の一部、筋繊維の半分がマシンに置き換わっている。つまり俺は、もはや人間とは言えない存在になりつつある。
「アルタの肉体を循環するナノマシン……こいつは俺も見たことない代物だ。ミトラ由来の技術なんだろ?」
「ああ。ミトラの管理AIいわく、ダメージを受けるたびに自己修復を行う過程で機械に置き換えるらしい。肉が減るって考えたらおっかないがな」
淡々と口にしたが、レクスの眉はわずかに寄った。
何か言いたそうに見えたが、しばらく黙って俺の目を見てきた。
「……悔いはないのか」
「悔い?」
「人間でなくなっていくんだぞ。怖くないのか?」
そう言われて、俺は少しだけ笑ってしまった。
「別に構わねぇよ」
「……」
「むしろ、ベガと同じようになれるなら――それでいい」
正直、これが正しいかどうかなんてわからない。
でも、あの戦場で感じたのはただ一つ。
ベガと並んで戦えるなら、機械にだってなってやるっていうだけだ。
「それに機械になれば俺は人じゃ手が届かない場所まで強くなれる。ちゃんとこの手でベガを守れるようになれるなら、迷う理由なんてない」
「……本当大した奴だよ、お前は」
レクスが小さく笑い、データ端末を閉じた。
その音とほぼ同時に、診療室のドアが開く。
―アルタ」
振り向くと、そこにはベガが立っていた。
薄いシャツに黒の上着を羽織っただけの姿。だが、その瞳はどこか穏やかだった。
「ベガ、捕虜と話したって聞いたけど」
「うん、さっきまではね」
彼女は小さく頷いた。
ユアンが言っていた話し合い――あのティムルのことだろう。
「……自分の中で、ケリはついたのか?」
そう尋ねると、ベガは少しだけ考えるように目を伏せ、ゆっくりと口を開いた。
「許すことは、ないよ」
「……そうか」
「でもね、ユアンがあの子を正しく導くって信じてる。いつか人と機械が本当にわかり合うためには、こういうこともきっと必要なんだと思う」
その言葉には迷いがなかった。
憎しみを超えたところにある希望を彼女は見据えていた。
彼女の声を聞いていると、胸の奥に熱いものが込み上げた。
「そっか……」
俺はそう呟いて、自然と微笑んでいた。
「で……お2人さんよ、次はどこへ行くんだ?」
レクスの問いに、俺はユアンから言われたことを思い出してから答えた。
「まだこれからだな。ユアンが面白いものを見つけたらしくてさ。それが何かわかったら連絡するって言ってた」
「面白いもの、ねぇ。あいつの面白いってのは、大抵ろくでもないぞ」
レクスが肩をすくめる。
確かに、ユアンの性格を考えればそう思うのは普通だ。
それでもあいつは力になる。
「ま……あんまり頼りにすんな。肝心な時にふざけるからな、あの男」
「知ってるよ。でも……あいつがいなきゃ、ここまで来られなかった」
「確かにな」
そう言ってレクスは立ち上がり、診療端末の画面を閉じた。
「検査は終わりだ。異常なし――というか、もう異常しかねぇけどな。命に関わる事はないぞ」
「はは、ありがとな」
立ち上がると、背筋に金属の駆動音が微かに響いた。
俺は着替えてレクスの工房を出て、これからベガと何して過ごすかと考えてると――。
「よっすアルタ」
「ベガさん、アルタさん!」
その出口の前で、アイラとノラがこちらを待っていた。
二人とも肩からスナイパーライフルをかけ、腰にはブラスターピストルやナイフを携えている。まるで今から戦いにいくみたいな見た目だ。
俺は手を振る二人に近づいて聞いた。
「どうしたんだ? そんな装備して」
アイラは明るい様子で答えた。
「えっとね……これからちょっとプーパの処理に行くんだけど、一緒に来てくれないかな?」
「プーパ? 結構強い個体か?」
プーパと聞いて一瞬わからなかったが、すぐに機械兵器だと思い出す。アガトの時にも何度も戦ってる慣れ親しんだ奴だ。
「数体しかいないみたいだけど、近郊の採掘跡地に残ってて。せっかくだし、久しぶりにみんなで行きたいなーってアイラが」
「ノラもでしょ……」
ノラが元気に補足するとアイラがバシッと肩を叩く。
「どうする?」
ベガが俺の方をちらりと見る。
俺も同じタイミングで彼女を見る。
二人の視線が重なり、わずかに笑みがこぼれた。
「……まぁ、構わないけど。軽い散歩がてらってことでな」
「了解。それじゃあ準備して出発だね!」
アイラが嬉しそうに頷き、ノラも「やった!」と声を上げた。俺とベガは並んで歩き出す。
ただ何かいつもと様子が違ったように俺は見えた。
* * *
荒野の風が、金属の匂いを運んできていた。
地平線の向こうには、砂と廃墟しか見えない。
その中を俺たちは四人で進んでいた――アイラ、ノラ、ベガ、そして俺だ。
目的は、旧採掘跡地に残っているというプーパ……いや、正確にはその防衛システムの一部――自律歩行兵器《アラフニ》の殲滅だ。戦場の残骸を食うように活動する厄介な連中で、見つけ次第破壊するのが通例になっている。
何度も戦ったし、100体以上は壊してる。
「よし……じゃいつも通りに――」
「ちょっと待って!」
俺とベガが前へ出ようとしたその時、アイラが手を上げて言った。
「今日は私たちだけでやってみたいからさ、見ててよ」
「え?」
ノラもにかっと笑って続く。
「そうそう! 今日のとこは出番を譲ってくださいよ」
短い金髪が風で揺れ、少年のような笑みを浮かべていた。
その明るさに一瞬苦笑しつつも、俺は頷いた。
「まぁ……好きにやってみろ。ただし、無理はするなよ?」
「わかってますよ」
ノラが冗談めかして敬礼し、アイラがくすりと笑った。
俺とベガは少し離れた岩陰に退避し、二人の背中を見つめる。
(一体何だ……急に)
俺は2人の振る舞いに若干の違和感を感じるが、とりあえず何も言わないでおいた。
「ん……来たみたい」
数分後、アイラの索敵レーダーが反応を示した。
砂煙の向こうに、黒光りする鋼の巨体が姿を現す。
八本脚の蜘蛛のような機械、頭部にはセンサーアイがぎらりと光る。その背後には、小型アラフニの群れが蠢いていた。
「……デカいな」
ノラが息を呑みながらも、グレネードランチャーを構える。
アイラはもう地面に腹をつけ、スナイパーライフルを展開していた。
「まずは私がでかいのを落とす。ノラ、合図したらすぐ小型を掃除して」
「おーけー」
そのやり取りに、ベガが隣で小さく微笑む。
「最初に狩りに慣れたボク達みたいだね」
「だな……」
俺も自然と笑みを漏らした。
「……」
アイラは照準が定まったのか無言になる。
風速、距離、熱源反応、すべてを読み取って、アイラは静かにタイミングを待つ。
「……スリー……ツー……ワン――」
銃声が、空気を裂いた。
大口径の弾丸が砂を切り裂き、一直線にアラフニの頭部を貫いた。黒い巨体が硬直し、センサーが明滅する間もなく、爆発。金属片が火花を散らしながら空中に飛び散った。
「命中確認!」
アイラがライフルを引き抜き、素早く再装填する。
だがその直後、周囲の小型アラフニたちが甲高いノイズを発して散開した。
「ノラ、今!」
「任せて!」
ノラの声が響く。
回転式チャンバーが回り、グレネードランチャーが連続して火を噴いた。
轟音。爆炎。炸裂。
小型アラフニたちは逃げる暇もなく、次々と火球に飲まれていった。
彼は狙い撃ちが得意なタイプではない。
彼の持ち味はリズムと勘だった。
撃つ、転がる、装填、撃つ――その流れが淀みなく続く。
まるで爆風の中で踊っているような、軽やかで力強い動き。
「おお……」
俺は思わず感心していた。
あのノラが、ここまで戦いを自分のものにしているとは。
「一掃完了!」
ノラがランチャーを担ぎ、空へ拳を突き上げた。
アイラは笑いながら彼に親指を立てる。
「完璧だったよ、ノラ」
「アイラもな!」
その掛け合いに、ベガが少し目を細めて言った。
「ほんと……強くなったね、二人とも」
「ああ……俺たちが手を出すまでもなかったな」
立ち上がりながら呟く。
風が吹き抜け、戦場に残る煙が静かに流れていった。
爆炎の残光の中で、二人の後輩が並んで立っている。
その背中が、頼もしくて仕方なかった。
だけど疑問が残った。
「にしても……2人で出来るならどうしてボク達を誘ったの?」
俺もそれは気になった。
するとアイラは寂しそうに笑った。
「ベガとアルタはさ……これから先も旅を続ける訳じゃない?」
「うん」
「……本当なら、私らも力になりたい。家族の力になりたいから、アルカディストとも戦えた」
けど――とアイラは顔を俯かせた。
「最後の戦いでさ、2人が一緒にドレイクを倒すのを見て、私とノラは……これから先の戦いで力になれないって気づいた」
「そんなこと――!」
ベガは否定しようとしたが、アイラがすぐに遮るように言った。
「あるよ、だって私とノラじゃ……あんな強さは得られない。私はスペックで……そしてノラは人間だから」
ノラも同じように俯いた。
そうか……2人の言いたいことが何となくわかった。
「だからベガ、アルタ。私とノラは……イリオポリに残ることにしたの」
アイラとノラは別れを告げに来たのだ。
「……一緒にはいけないの? 外の世界を見に行こうよ……アイラ……」
「私もそうしたいけど、外は今回以上に危険な旅になるんでしょ? そんな場所だとただ2人の足を引っ張ることになる。私は……それだけは嫌だった。この旅は遊びじゃない、私の予感だけど……2人の旅はきっと何か大きな事を成し遂げるものになると思う!」
アイラはベガの肩を掴み、悲しみに歪むベガの目をしっかり見ていた。
「ベガ、アルタ、私たちの事は気にしなくていい! 2人でプーパは簡単に倒せるし、スジュラたちもいる! それにアガト出身の人たちもいる!」
「俺も寂しいですが、これはちゃんと2人で話して決めた事です。今日狩りに誘ったのも……もう自分達で戦えるという証明をする為です」
ノラは俺を見ながら更に言った。
「アガトじゃ途中になりましたけど、試験は合格ですか? アルタさん」
「……充分過ぎる、お前たちは立派な狩人だ」
アガト最後の日に出来なかった試験を、漸くここで果たしたかったのだ。だから2人で成し遂げたのだ。もう俺たちがいなくても大丈夫だと証明する為に。
「アイラ……」
「ベガ、とにかく私たちなんか気にせず、先に行って。アルタの両親を見つけて、ベガがちゃんと自分がどういう存在か知って、全てにけりをつけて! だからそれまでは……しばらくお別れになる」
アイラの目には涙が浮かんでいた。
「本当に……2人には感謝してる。だから……だから、絶対生きてまた会おうね」
「アイラ!」
ベガはアイラを抱きしめると、俺も近寄ってベガに寄り添う。
「アイラのことは俺が守ります。だからベガさんも、アルタさんも安心してください」
「ああ……、しっかりと守ってやれよ」
俺はノラの頭をガシガシと撫でて肩を組み、4人で固まって別れを惜しんだ。旅が終わるまでどんぐらいかかるかは分からない。それでもこいつらとまた会うという、絶対に生きなきゃいけない理由が出来た。
(寂しく……なるなぁ)
ジンと目頭が熱くなったが、俺は何とか抑えた。
この日の夜は、本当に星空が綺麗だった。
* * *
二日後の朝――俺はベガと一緒に王城へ向かった。
ユアンからの連絡にはこう書かれていた。
君らが探してる人物の手掛かりになるかもしれないものが見つかった――と。
それだけで十分だった。
朝食もそこそこに済ませ、王都の中心部に王城へ向かった。
今は戦後処理の真っ最中で、王も軍も慌ただしく動いている。その一角、通信と解析を統括する司令室にユアンがいた。
「お〜、来たかね〜」
相変わらず、飄々とした顔で。
でもその目の奥は、何かを掴んだ時の光を放っていた。
「おはよう、大英雄のお2人さん」
「……そういう呼び方やめてくれない? 何かゾワゾワするー……」
ベガが呆れたように言うと、ユアンはニヤリと笑った。
「じゃあ2つの星でどう?」
「普通でいい!」
「おいユアン、本題に入れー……」
俺が軽く睨むと、ユアンは「はーい」と気の抜けた声を上げて、手元のホログラムを起動した。
司令卓の上に、リュドラの地図が浮かぶ。
その下層に、さらに複雑な構造体――人工のトンネル網と、巨大な格納庫のようなものが表示された。
「リュドラの地下か……」
「そう。あそこには、かつてエリュシオンの聖戦士たちが一時的に築いた拠点があった。君らが戦ってた場所の、さらに下層部にね。封鎖されてて誰も気づかなかったけど、最近になってアクセスできるようになったんだ。本当厄介なシステムだったよ」
俺とベガは画面を覗き込む。
そこには、見たこともない兵器群の設計図、断片的な研究ログが映し出されていた。ユアンは指を弾いて、次のデータを呼び出す。
「彼らが何を調べていたか。どうやら、“信号の追跡”だ」
「信号?」
「ああ。これはドレイクたちが行っていた任務のひとつでもある。複数の場所から断続的に発信される、特定のパターンが君の父親、ローグの使っていた信号と一致しているらしい」
俺はそれを聞いて光明が差したように感じた。
「……それで、場所はわかったのか?」
「いくつか候補があったらしい、その一つがアガトだった」
「――!」
ベガが息を呑んだ。
ユアンは頷く。
「ドレイクたちは、アガトに信号が存在することを突き止めて、ジェラルドとティムルを差し向けていた。君たちが遭遇したのはその一環だったってわけだ。ただし、ドレイク自身は別の場所を調べてた」
「別の場所?」
俺が問い返すと、ユアンはにやりと笑う。
「さて問題です、アルタくん。どこだと思う?」
「はぁ? 知らねぇよ……別の大陸とかか?」
「ぶっぶー、残念。違うんだなぁこれが」
人差し指を交差してバッテンを作る。
このふざけた仕草に、軽く苛立つ。
本当に殴っちゃうかもしれないぞ。
「どこだよ!」
「ちょっとエンタメが必要と思ったんだよ〜……。まぁ正解は
そう言って、ユアンはゆっくりと天井を指さした。
「この空の上には、何がある?」
「……空の上?」
首をかしげる俺の横で、ベガが小さく呟いた。
「もしかして……空に浮かぶ、あの巨大な宇宙ステーション?」
その答えにユアンは満面の笑みを浮かべて指を鳴らした。
「正解~。ナイスだね、ベガ」
「宇宙ステーション……って、あれか!」
その言葉を聞いた瞬間、胸がざわめいた。
転生してから、空を見たときにクソデカい宇宙ステーションの廃墟みたいなのがあって、初めて今いる場所が俺が知ってる世界じゃないと気づいたきっかけでもある。
「正式名称はナグルファル。人類が最も繁栄していた時代に建設された軌道居住区のひとつさ。今は誰もいない、空を漂う墓標みたいな場所だ」
ユアンの指が宙に線を描くと、古びた巨大構造物の映像が浮かび上がる。金属の外殻は腐食し、内部は無数の破損個所があったが全容がわからないため、ホログラム自体にボカシが入っていた。
「ドレイクは、そこに行こうとしていたらしい」
「していた、ってことは……結局行ってないのか?」
「そう。記録によれば出発直前に計画を中止しているみたい」
ユアンは椅子をくるりと回し、俺の方を見た。
その顔はいつになく真剣だった。
「……理由は、完全にはわからない。けど意図的に記録を消してる節がある。断片的に読み取れた内容からしても、かなり厄介な事が起きてたみたいだ」
「厄介?」
「ああ」
ユアンの声が低くなる。
身体が無意識に強張った。
「あそこには、我々じゃどうにもできない怪物がいる――そう書かれてた」
「……怪物、だと?」
司令室の空気が一瞬で変わった。
モニターの光が冷たく感じる。
俺は息を詰め、ベガの方を見る。
彼女も唇を固く結んでいた。
「ドレイクたちはあくまで先遣隊だったし、万全の準備があったわけじゃない。でも、彼らの実力は君たちがよく知ってるだろ?」
「ああ……十分にな」
「つまりあそこには、俺たちがこれまで戦ったどんな敵よりも――」
「圧倒的に強い何かがいる、ということだね」
ユアンの声が静かに落ちた。
司令室の壁面に映る映像――ナグルファルの姿が、まるでこちらを見下ろしているように見えた。
「なるほど……」
俺は深く息を吸い込んだ。
ローグの痕跡。父の手掛かり。
その先に待っているのは、未知の怪物。
「なら尚更早く確かめなきゃな」
「そうだね、それに宇宙に行くって事でしょ? むしろワクワクしてきたかな!」
俺たち2人はむしろ高揚していた。
何が待ち受けてるのだろうか、大昔のスペースコロニーを探索なんて、ロマンでしかなかった。
「頼もしいね……ったく」
ユアンは少し驚きつつも、どこか嬉しそうに俺たちのことを見ていた。
「まぁ次向かう場所はわかったけどよ、問題はどう行くんだ。サングラールかイリオポリに宇宙船あるか?」
「ないよー、でもあてはある」
ユアンは顎に手を当て、端末を軽く操作した。ホログラム地図の上に、北方の一点が淡く光を放つ。
そこはサングラール王国の北方、氷原と山脈を越えた遥か彼方だった。
「多分宇宙船のありかを知っていると思う。君らなら紹介したら会ってくれるとは思うけど、彼は我々――エクスマキナ人機共和連盟を長年支援してくれている機人だ。場所はここから北へ八十キロ、国の名前はプトレオス」
表示された映像は、巨大な金属の花のような都市だった。
幾重にも重なった環状構造が空に向かって伸び、外壁のあちこちで光が脈動している。
サングラールやイリオポリの都市とは桁違い――文明の残滓というより、もはや新しい世界そのものだ。
「……すごい発展してない? こんなの見たことない」
ベガが呟くと、ユアンが満足げに頷いた。
「そう。多分地球で最も進化した機械都市のひとつだよ。技術も情報も、他の都市とは比べものにならない。人類が滅びた後に……彼らは生き残りと共に独自に築き上げたんだ」
「そいつが、宇宙船を持ってるのか?」
「正直宇宙船自体を持ってるかはわからない。だけどこの国を統治している機人――オルフェウスは、地球に存在する機人の中でも最高峰のカテゴリーに属していてね。多分知ってるとは思う。あと説明聞いたら分かると思うけどワタシなんかよりずっと上の存在だよ。知識も、力も、全てにおいて上回ってる」
ユアンの声には珍しく敬意が滲んでいた。
彼がそう言うほどの相手――それだけで、ただ者じゃないとわかる。
「オムニバンドに一通り情報は送っておくよ」
ユアンは端末を閉じ、軽く椅子の背に体を預けた。
そこにはもう、いつもの軽口を叩く余裕はない。
「とにかく出発は早くても明後日までに済ませな。プトレオスまでは距離があるし、道も荒れてる。装備の新調、それから仲間への別れの挨拶は済ませておきなよ」
そう言って笑った彼の目は、どこか寂しげでもあった。
たぶん、これが一つの区切りになることを、ユアンもわかっていたのだろう。
「了解。準備はしっかりやっとく」
「うん、任せる。あ、ベガ! 君の装備は少し調整しといたから後で工房に取りにおいで」
「ありがとう、ユアン」
ベガが微笑み、俺は軽く息をついた。
(……宇宙か……)
親父とお袋は……果たしてどこまで行ってしまったのだろうか。仮に宇宙に行ったとして、何が起きて行くことになったのだろうか。
俺はそんな漠然とした不安も抱えて、出発の日まで準備を進めることにした。
* * *
出発の日は、雲ひとつない朝だった。
空は透き通るように青く、どこまでも広がっていた。まるで俺たちがこれから向かう空の上を、先に見せてやると言わんばかりに。
ベガと俺はレクスの工房前にいた。
ユアンから預かった指令データをオムニバンドで確認しつつ、最後の整備を終えたばかりの新型バイクを眺めていた。
「どうだ、アルタ! こいつは俺の最高傑作だぞ!」
レクスが興奮気味に声を上げた。
鉄灰色の装甲、滑らかなフォルムの下には複合フォトンエンジンが埋め込まれ、ホイールには磁気制御式のサスペンション。ハンドル部には兵装制御ユニットまで搭載されている――とのこと。
「こいつの名はルキファス。どんな悪路でも問題なし。重力制御で岩場も砂漠も楽々走破! しかもフォトン兵装付き! 前方には三連ビームキャノン、後方にはミサイルランチャー! つまり、これはバイクであり――」
「――小さな戦車か?」
思わずため息混じりに口を挟むと、レクスは満足げに親指を立てた。
「その通り! わかってきたじゃねぇか!」
「ぷふっ」
隣でベガが吹き出す。
「アルタ、完全に引いてるじゃん」
「いや……ちょっと想像以上に暑苦しく熱弁されたからな……」
それでも、頼もしさは感じていた。
プトレオスまでは荒れた地形が続くという。これなら多少の衝突があっても問題なさそうだ。
ベガ用に用意された機体は俺と同じものだが、色が白く染まっており、軽量化と加速性能を重視した設計らしい。
「いいね、似合ってるぞ」
「いつか車両に乗って、ブイブイしたかったんだよねー」
互いに見合って、自然と笑みがこぼれた。
その時だった。
工房の奥から、ケリーが走ってきた。白衣の裾を翻しながら、少し息を切らしている。
「アルタ! ベガ!」
「ケリー?」
名前を呼ぶと、彼女はそのまま俺たちの前まで来て、二人まとめて抱きしめた。俺たちが旅に出るまでサングラールに滞在し続けてくれたようだ。
「どうか……気をつけてね」
そう言って、俺とベガの頭を優しく撫でた。
その指先が少し震えているのがわかった。
「危ない場所に行くんでしょ? 宇宙だなんて……本当に、帰ってこれるの?」
「もちろんだ」
そう答えると、ケリーは苦笑した。
「今更言っても止められないのはわかってるけど、本当に無茶はしないでね」
「大丈夫だよ、ケリー」
ベガも抱きしめ返しながら微笑む。
「ボクらはちゃんと戻ってくる。ローグとファナを見つけて……ボク自身の問題も片付けてから戻る。約束する」
「……っ」
ケリーは目を潤ませながら頷いた。
「……うん。あと……いつでも連絡していいから。もし辛くなったら、イリオポリに来てもいいから」
「ありがとう、ケリー。……たまには顔見せに行くよ」
「約束よ?」
「うん!」
「ああ……」
俺たちが頷くと、彼女はようやく手を離した。
その笑顔は少し寂しげで、それでもどこか誇らしげだった。
ふと視線を向けると、少し離れた場所にアイラとノラの姿が見えた。二人とも軽装で、腰に小型のツールバッグを提げている。もう別れの挨拶は済ませていたからか、何も言わず、ただ手をあげた。
アイラは「任せな」と唇を動かし、ノラは親指を立てて笑った。
(本当に、立派になったな……)
あいつらならもう大丈夫だ。
俺たちがいなくても、この地上を守っていける。
ベガも同じことを思っていたのか、隣で小さく頷いていた。
「アルタ、ベガ」
最後に、工房の向こうから重い足音が響いた。
スジュラ、タナク、そしてフラウの3人だ。
彼らはいつものように無骨な姿で現れ、俺たちを見て笑った。
「行くのか、アルタ」
「ああ」
スジュラの声は低くて温かい。
「宇宙か……また随分と遠いなぁ、おい」
「こっちのことは任せてくれ、アイラとノラの世話もしっかりしておく」
タナクは薄く笑って分厚い手を差し出した。
俺はその手をしっかりと握り返した。
続いてフラウも俺の手を包み込むように握った。
「ここは、お前たちの居場所でもあるからな」
「……ああ、ありがとう」
その言葉が胸に沁みた。
ベガもそれぞれと固く握手を交わし、微笑み合う。
別れの言葉はいらなかった。
みんな、それぞれの場所で、次の時代を作っていく。
「こいつで設定か……」
「中々便利だねー……ごっついけど」
俺とベガは並んで車両にまたがった。
ナビを起動し、目的地をプトレオスに設定し、バイザーを被ると北へのルートが光の線で浮かび上がる。
「よし……行くか」
「うん」
エンジンを起動すると、低い唸りが地面を震わせた。
フォトンリアクターの光が淡く尾を引き、タイヤの磁気駆動が唸りを上げる。
「元気でなー!!」
「必ず生きて帰ってくるんだぞ!」
ケリーが手を振り、アイラとノラがエールを送る。
スジュラたちはただ静かに見送るのが見えた。
「すぅ……はぁ……」
俺は深呼吸して、アクセルを軽く捻る。
風が頬を切るように吹き抜けた。
「じゃあね! 皆ー!」
「皆! 行ってくる!」
荒野の地平線に向かって、二台のバイクが一斉に走り出した。砂埃が舞い上がり、背後の仲間たちの姿が霞んでいく。
それでも、心は少しも揺らがなかった。
あの空の向こうに、答えがある。
父と母が残したものが、必ず。
俺は地平線の彼方を見つめながら、静かに呟いた。
「必ず……生きてまたあいつらに会う為に、この旅を成し遂げるぞ――ベガ」
「うん……勿論だよ――アルタ」
フォトンエンジンの光が線を引き、二人の影が朝焼けの地平を駆け抜けていく。
地上の風を背に、俺たちは空へと続く道を走り出したのだった。
次は幕間が入ります。