今回は壊れたある少年のお話です。
全てを失った少年は、何を思うのでしょうね。
「...では、先生の管理下で彼を退院させ、精神ケアを?」
ナギサはかなり青ざめており、隈も濃くなっている。
「うん、ナギサも忙しいだろうし、今彼に親しい人が会ってもおそらく逆効果だろう、とミネが言ってたからね」
その点私は好都合だ。彼はどうやら私のことが好きではないようだし...、と心の中で付け足す。
「...しかし、心配です。先生やミネさんから伺っている情報を総括すると、彼の命は薄氷の上にあるようなものとしか考えられず...」
「大丈夫。そのためのシャーレだよ。約束する、彼を絶対に元に戻してみせる」
「...では、どうかよろしくお願いいたします、先生」
ナギサは立って深々と頭を下げる。
「頭を上げて、ナギサ。私は私の責任を果たしているだけだから」
「やあミネ、おはよう。シンもおはよう」
「おはようございます、先生。ナギサ様と話し合われたようですね」
「ああ、退院についても合意できたよ。今日からシン、君は自由の身だ...最も、トリニティ外に出る時は私が同伴することが必要だけどね」
「...そうですか」
相変わらず淡々と返事をしてくる。仕方ないことだ。彼は大人の毒牙にかかってしまったのだから。
「言ってた通り、毎日私と一回面談をしてもらうことになるよ。あなたに危害を加える気はないから安心していいよ」
「...疑問です」
彼は初めてこちらを向く。
「僕はあなたを殺そうとしました。その結果ミカ様は塞ぎ込まれ、ナギサ様は業務に忙殺され、そしてあなたはただでさえ忙しいのにさらに業務量を増やす結果となった」
「なぜです?理解できません。そのような子供など、放っておけばいいではありませんか」
彼は黒い瞳でこちらをまっすぐと見つめる。
私を見定めようとしている。直感でそう感じた。
「それが大人の責務「"大人"には聞いていません。あなたという人間に聞いているのですよ、先生」...」
「...託されたからさ。未来を」
「...そうですか」
彼はベッドから降りる。
「...団長、お世話になりました。」
「ええ。もう私たちの世話にならないことを祈っていますよ」
「案外1週間後には世話になるかも知れません」
「...全く。そうならないよう心がけてくさい」
「...正直、君が応じてくれるとは思わなかったよ」
大人が歩きながら声をかける。
はっきり言って、邪魔だ。僕は大人なんかと関わりたくないし、これからも関わるつもりはないのに。
「私自身も驚いています。自分がなぜこのようなことに応じたのか」
「...まだ死にたいかい?」
「ええ、逆になぜ回復したと?」
馬鹿な大人だ。こんなクソガキ一人死んでも何にもならないというのに。
ああ、でも先生の評価が下がって収入が減ったら大変だろうな。
「僕が死んでも社会は回るし、誰にも迷惑はかけません。やるなら体は分解されるようにやりますから、先生が心配することはありません」
「...そっか。だけど、私は君に死んでほしくないな」
「なぜです?」
「君は私の生徒だからさ」
「...やはりあなたは理解できません」
よくわからない。なぜ「先生」という役になるだけでこれだけなれるのか。
「...そうですか」
彼には理解してもらえただろうか。
彼は元に戻れるのだろうか。いや、信じるしかない。
彼が理解してくれた、と。
「ここがお部屋?」
「ええ、殺風景でしょう。何かを集めておく趣味もありませんし」
「...お、しっかりものが飾れそうな棚があるじゃん」
何を物色してるんだ、この大人は。
「何するつもりですか?何をしようが追い出しますけど」
「いやいや、ちょっとした生徒へのプレゼントだよ。プラモデル一式がシャーレにあるんだけど」
「誘拐犯ですか、貴方は...ほら、早く出てってください」
この邪魔な大人を...いや、大人は全て邪魔だ。排除しないと。
「会話には答えました。自由なのでしょう?早く出ていってください」
無理やり押し出して鍵を閉める。ああ、疲れた。
「...どう思う、アロナ」
私はシッテムの箱を取り出す。
『おそらく長い時間がかかるでしょうね...聖園ミカさんに会わせても治ることなく歪な形で存在するようになるだけだと思います』
「そうだよねえ...しかも」
窓の外を覗き込む。
「魔女たる聖園ミカ、煽動者たる上原シンを排除しろ!」
「ミカ様を誑かし反乱を強制した上原シンを殺せ!」
二人に対する大規模なデモが発生している。しかも両者ともにシンの排除、という点で一致してしまっている。
片方はパテル分派が、もう片方はサンクトゥス分派が。
「...こんなのが寮の前であるものだから、ねえ」
『どうします、先生?』
「...正義実現委員会に頼んで穏便に返してもらう。彼女らの存在は誰のためにもならないし、彼女らはおそらくただスケープゴートを求めているだけだ」
『..ええ、それがいいですね。私からハスミさんに連絡しておきます』
「...イチカ。マシロ。先生からの連絡です。あの目障りなデモ他意を排除する許可が出ました。行きますよ」
「「了解っす(です)」」
無実のシンを苛むデモ隊にストレスを募らせたのは私だけではなかったようで。後輩二人...特にイチカがドスの聞いた声で答える。
「破滅させてやるっすよ、榴弾砲ってあります?準備させておいてください」
「実力を行使しても構いませんか?」
「応じない場合のみです。ですが、その場合は盛大に。恐怖を植え付けてやります」
あっという間に私たちは準備を完了させる。備蓄の榴弾砲も部員たちに準備させる。
「そこのデモ隊たち!今すぐ他者を害するような内容のデモをやめ、解散しなさい!我々は武力行使も厭いません」
「正義実現委員会...我々は権力に屈しない!」
「さっさと上原シンを処刑しろ!」
騒ぎ続ける。
「...こいつら、地獄に送っても?」
「ほどほどに、許可します」
パリィン!!
その時、窓ガラスが割れる音がする。意識外の音に全員がそちらへ集中する。
ヘイローのない男子生徒が2階から飛び降りる。
「シン!?」
「...騒がしい」
ヘイローのない男子生徒-上原シンは、銃を投げ捨てる。
Starting overとペイントされた銃は音を立てて落ちる。
「僕は無抵抗です。ヘイローもありませんから、この通り簡単に傷がつきます」
自身の腕に刃を入れ、軽く引く。血が流れる。
「さあ、殺せばいいではないですか?僕に死んで欲しいのでしょう?パテル分派の皆さん、ミカ様の罪を晴らすチャンスですよ?サンクトゥス分派の皆さんも、僕に恨みがあるのでしょう?」
生徒たちは混乱する。
まさかこんなに簡単に命を差し出すとは。いや、手を汚してしまいたくない。
中には悲鳴をあげる者までいる。
「どうした、殺すんじゃなかったのか、排除するんじゃなかったのか」
近づいてくる上原シンに恐怖を覚える。
「殺せよ!」
その一言が切っ掛けとなって、デモ隊は霧散した。
「...シン」
「シンさん...」
ハスミ先輩とイチカ先輩はワンテンポ遅れて声をかける。
「ああ、ハスミ先輩、イチカ先輩。ご無沙汰してます。それでは...」
「ま、待つっす!」
「...?」
なんで僕に用事が?
「まずは謝らせてください、私たちが見つけられなかったせいで、シンさんは」
「なんでイチカ先輩が謝るのです?悪いのは抵抗しなかった僕ですのに」
「ですから僕は正義実現委員会の部員である資格もありません」
「その銃はお返しします。もう僕が持っていてはならない。所詮僕はやり直しなどできないのですよ」
そう言って僕は寮から離れる。
もう、会うことはないでしょう。
ご閲読ありがとうございました!
あーあ、壊れちゃったね。先生の努力も無駄だったね。
正義実現委員会も意味なかったね。
この次の展開も考えてあるので許してください。毎日投稿はしません。
次は...多分ちょっと救いあるかも?
評価・お気に入り登録・感想いつもありがとうございます!モチベになっております。今回もよければお願いします!
次回は土曜投稿予定です。