繁殖行為。実に興味深い   作:記憶破損

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すきなきもち

 

 これは北部の酒場に出向いた時の話だ。あの女から逃げて数日後の出来事だ。

 

 

 

 

 

 人の感情を理解する行為は面倒なパズルゲームをしている感覚である。喜怒哀楽。人間の感情は大まかに4つに分けられる。喜び、怒り、哀しみ、楽しみ、その他にも悩み、恥ずかしい等あるが、日常的な会話内で使用される分類はこの4つが主だ。

 

 魔族も嬉しい、楽しいと人間のように理解できる感情は持ち合わせている。主な違いは、言葉にするなら後悔、殺害に対する不安、その行為に対する悪意という感情の欠落。いや、元から無いなら欠落は言葉として違うのだろうか。生物に対する外敵行為への感情が湧かないのだ。言葉にするなら自らは捕食者であり、捕食対象の感情を理解する気管がない。そうとしか思えない程、他の同族より人間と接してきたであろう私がわからないならそうなのかもしれない。

 

 彼女との知識、人間との会話、文章などから得た言葉の羅列。それらを経験してきた会話のパターンに当てはめて、どの言葉を繋げればいいを繰り返す。それはどの感情なのか、どの感情に当てはまるのか、その積み重ねが最終的に愛、繁殖行為に繋がると思い行動している。だが、知識は得るが理解ができないのが現状だ。正直、このまま続けても目的に辿り着くのか思い悩んでいた。

 

「嬢ちゃんは酒を飲めるのか?ははは!飲むなら一緒に飲もうぜ」

 

「よろしくね、お兄さん。私もお話したいの」

 

「へへへ、こんな可愛いボインちゃんならいつでも歓迎するぜ!」

 

『幻覚を魅せる魔法』

 

 私の見た目を偽る際に使う魔法である。問題は魔法使い相手だと魔力の有無で簡単にバレる事だ。主に酒場など入りずらい場所で使う魔法として開発したので、滅多に問題は出ていない。今、男の目にはその者の理想的な姿をした女性が映っているだろう。

 

「胸が好きなの?」

 

「胸が大きい女を嫌う奴はいねぇだろ!何だ、誘ってんのか」

 

 男性は尻が好き。胸が好き。顔が良い女性が好き。最初は聞いていて不思議な感覚だった言葉だが、同じパターンが続けば飽きも来る。それに伴う言葉も何度も発していれば猶更だ。相手がどういった言葉を繋げるかも決まっている、だが今回は違った。

 

「止めたまえ。彼女に失礼だろう」

 

「あぁん、何だお前」

 

「見るからに幼子に酒を飲まそうとしているのでね。割って入らせてもらった」

 

「この嬢ちゃんのどこが幼いんだよ」

 

「君の目は節穴かね?まだ10…いや、それよりも…」

 

 私は割って入って来た男を警戒した。魔力を感じず、私の幻覚を見破ったのは眼力、いわば勘であろうと予想を付けた、身のこなしは剣士のように鋭く、腰に下げている刀身が短い刀剣が揺れていた。

 

「…ごめんねお兄さん。この人と少しお話を」

 

「ちょ、待てよ」

 

 納得いかなかったのだろう。私の腕を掴もうと隣の男が動いた…その時だった。

 

「紳士として見逃せんな」

 

「何だよさっきから!意味わからない事をッ!?」

 

 手を伸ばしてきた男は投げ飛ばされた。手首から回転したように宙に浮き、そのまま床に落とされる。どうやら気絶したようだ。変わった武術だが、実力はあるとわかった。

 

「すまないマスター。これは詫びだ」

 

「…まいど。二度と来るな」 

 

 多めの金を出した男は、私をエスコートするように前に出る。私は警戒しながら男と外に出た。その男も私を警戒しているのか、直接的に触れない距離を置いている。警戒する者特有の感覚を感じず、付かず離れずを維持され、私はその者の動きを見逃さないように注視していた。

 

「すまない。怖いものを見せたね、先ほどの方は知り合いだっただろうか?」

 

「いいえ、偶然席が隣だった人ですよ」

 

「…女性に歳を聞くのは紳士として申し訳ないが、聞いてもよろしいかな」

 

「何歳に見えますか?」

 

「申し訳ないが、16よりは下だと思うが」

 

 やはり私の幻覚を見破っている。だがまだ魔族とは思っていないのだろう、歳を発する顔がどこか悩んでいるように見える。ここは人間であると強く伝えた方がいいだろう。

 

「実は魔法で大人の人に見える様にしてたの。本当は12歳です」

 

「…なるほど、なら彼に酷いことをしたか。それにしても素晴らしい才能だ」

 

 なぜそのようなと理由は聞かれなかった。ただ私を褒め、それだけである。会話が続かないので、私から言葉を発した。

 

「何で私に構ったんですか?」

 

「幼子を守るのは紳士として当然だからだよ」

 

「あの、もしかして貴族様でしょうか?」

 

 この男は紳士に拘りを持っているようだ。見た目は冒険者、旅人、とても貴族の服装とは程遠い。だが立ち回り、一つ一つの動作から気品が見え隠れしている。

 

「ほう…いかにも、私は子爵の位を頂いているしがない紳士だよ。魔族も魔物も、民にとっては害となる者達を間引いている」

 

「実力はあるのだと思いますが、危険では」

 

「貴族たるもの、民を思い行動することが何より優先すべき事柄だと思ってね。それに、良い出会いに巡り合える機会が増えるのは、私にとって一番の楽しみだ。特に君のような未来ある者と出会う事がね」

 

 微笑みかけてくる男。警戒なのか?謎の熱を感じる視線を受け、私を全体的に観察しているように眺めている。

 

 北部に来てから実力者が増えたと感じる。そこらにいる商人も、住民も、日々命の危機が近いためであろうか、行動力という活力が高いようだ。本格的に警戒される前に別な話題に切り替えた方がいいだろう。

 

「好きな女性はいますか?」

 

「君だよ」

 

「…私?」

 

「おっと…君のように可愛げのある女性が好きかな」

 

「具体的には?」

 

「女性は皆、美しいさ」

 

 駄目だ。こういった選ばない答えを人が話す場合、この話題を言いたくない状態だ。

 

「…本音は?」

 

『欲望を言葉にする魔法』

 

 繁殖行為後、男女は互いに行った性行為について話し合う場合がある。その際、互いに仲が良い状態を確認するらしい。自らの相手に対する性認識を話す行為が、夫婦中の向上、つまり感情へ繋がると学んだために作った魔法である。

 

 

「ふむ。まず幼くも女性とわかるやや丸みのある体系。見ただけで心が揺さぶられる匂いを想像させる。幼子特有の艶のある肌に映る僅かな汗、それが滴り落ちた時全身を舐め回しながら・・・・・」

 

 男の全身から汗が吹き出し始めた。顔は無表情を維持しているが、目は混乱している様子だ。

 

 この男は幼い体形、私のような見た目が繁殖行為の相手として求めているようだ。

 

「…いや、違うんだよ。私は紳士であってね?実際に手を出す事はないんだ」

 

「どうして?」

 

「紳士だからだよ!」

 

 男性が繫殖行為の話題で声を荒上げる時は意地を張っている時だと知っている。

 

『欲望を開放する魔法』

 

 自らの繁殖行為に対する思いはあっても行動に移せない者はいる。その場合の糧となるであろうと開発した魔法だ。

 

「なッ!?」

 

 男に魔法がかかった瞬間。その男は動いた、私を組み伏せようと腕を掴まれた。だがまだ魔法が浸透していないのか、そこで動きが止まった。息を大きく吐きながら、最初に見せた笑みより熱を感じる笑みで口を開いた。

 

「いけない子だ…本当に、魔法をかけたね私に…」

 

 私がかけた魔法は隠密に特化させている。会話中にかけることで違和感なく感情を引き出せるように調整していた。魔法を詠唱する必要もない、当たった衝撃も、魔法独特の色も発生しないのだ。にも関わらず魔力を感じない男に見破られたのは、純粋に驚いた。

 

「ああ…私の名前を伝えていなかったね。私はロリ・コーン・ドストライド」

 

「ドストライド…あの伝説の勇者と同じ名前」

 

「そう、私はその家系の者だ。私は先祖の名に恥じぬよう日々過ごしている」

 

 ロリ・コーン・ドストライド伝説。それは、この大陸において一度は耳にするおとぎ話のような勇者の英雄譚。ありとあらゆる場所に突如として現れ、人を愛し女子供を守る為にあらゆる悪と戦い続けたとされる謎多き勇者。救われた者達がその勇者の名を広め、今もなお戦い続けているとされている。だが、その人物は人間とされている。とっくに寿命で死んでいるはずだ。

 

「…あの勇者が家系を持っていたかどうかはわからないはずです」

 

「そうだね。だから私の先祖は名乗ったのだよ、ドストライドと、伝説になると」

 

「つまり、本物の家系ではない」

 

「本物を超えればいいだけであろう?ふむ…普段は言わないのだが。やる気が満ちている気がするな。やはり君の魔法は素晴らしい!」

 

 喜びを表現しながら私に熱のある視線を向けてくる。家系がどうであれ、目の前の男は隠密に特化した魔法を看破しながらあえて魔法にかかり平然と会話を続けていられる精神を持った戦士。私は攻撃に特化した魔法は人を殺す魔法ぐらいで、他は繁殖行為の感情を知る為に開発した副産物の魔法しかない。快楽に関わる魔法なら男女問わず効くだろうが、この男の精神性を見るに耐えられる可能性が高い。

 

 隙をつくしかない。考えろ、この男は紳士と言っていた。私のような体形に欲情を向けるが、直接的な手出しはしないと決めているようだ。欲望を開放しているにも関わらず、見るだけでそれ以上してこない。それこそが、この男の感情という繋ぎであり、隙をつく弱点であろう。

 

「ロリ・コーンさん?」

 

「何だね?麗しの乙女よ」

 

 麗し…やはり、私に対する繁殖行為を想定した言葉だ。人間は好きという言葉に複数の感情を思いながら発するらしい、欲望を開放した者が発する言葉は基本として性行為に関わる言葉をそのまま発する。この男はその精神で耐えているからこそ、直接的な言葉を使わない。

 

「えへへ…」

 

 人間の男性が女性に求める事。それは決まっている。しかし、女性の方から言葉にするときは、恥じらいという感情が必要になるらしい。やり方として、言葉を発しようとするが言えないような表情を作り、媚びを売るように声を上げ、最初は少しの笑顔と赤みを浮かべた口元を見せながら喋る。そして、男性に二人しか聞こえないように近づかせ、本命の言葉を呟くのだ。

 

 

 

 

 

大好きだよ

 

 

 

 

 

「………」

 

 

 

 

 おかしな反応だ。直接的な言葉を女性はしない方が男性は気に入ると聞いていたのだが、だが隙はできた。

 

 

『見えない壁を作る魔法』

 

 

 これで私を見失うだろう。彼の目には私が突然消えたように見えているはずだ。あまり使いたくなかったが、空を飛ぶ。

 

「なっ!き、消えっあ、ま、待ってくれ!我が妻よ!!」

 

「さようなら、勇者様」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「殺し合え。生き残った方を見逃してやる」

 

 

 大勢の人を殺した。だがなんの感情もわいてこない。

 

 

『…そうか…わからないのか…なんということだ…可哀そうに…』

 

 

 悪意、罪悪感…人が持っていて、魔族にはない感情。恐怖、怒り、悲しみ、わかる感情もある。だが、悪意や罪悪感、後悔という感情がわからない。だから知りたい。それが魔族と人間の共存に繋がると思ったから。

 

 

 人間が好きだ

 

 

 人に興味を持つ。好意を持てたのなら、共存はできるはずだ。だから、わからない感情を知りたい。友がくれた理想は共存とは違った。あれは家畜という言葉だ、捕食する為だけの空間だった。人間が食べる動物を育てるのと似ている空間だ。人間の感情に作用する魔法は興味深かったが、それだけだった。

 

 

『だって私達は人類の言う所の人食いの化物なんだから』

 

 

 人類を研究しているソリテールに言われた。今の魔族とは人を捕食するために進化した形だと、別の生物なのだから理解できなくて当たり前だと。では逸脱した存在もまた進化の形なのだろうか。

 

 

 人の感情に興味を持った魔族がいる

 

 

 我が友が魔法を作った切っ掛けの魔族。血の匂いを一切感じず、魔族らしくない魔法に対する執着が薄く、魔力量が上の魔族に対し攻撃の意思を示した。魔族らしくない魔族、人間のように感情を、強い意思を持って行動に移した。

 

 魔族も人間を理解できると思った。友は否定していた。人の感情は理解できないと、だが生物は進化して今があるのなら、我々魔族も感情を理解するために進化できるのではないか。

 

 

 

 

 

「趣味の悪い魔族だ…青少年と麗しい少女を殺し合わせるなど許せん…」

 

 

 

 そいつは突然現れた。まるで光の中から作り出されたかのように…殺し合わせた子供を止め、逃げさせた。その間、俺に殺気をぶつけていた。

 

 

「…女神の魔法か?」

 

「女神?ああ、我が妻は女神の如く飛んで行ったきりだった。だから探したさ!だが見つからなかった…だが、あの石板があった」

 

「何の話だ」

 

「だから探しているのだ。過去も未来も全てを、彼女に相応しい勇者となる為に…我が名はロリ・コーン・ドストライドである!!」

 

 

 人間の歳で言うなら50は過ぎたであろう、シワの目立つ顔、やや掠れた声。しかし、その者の雰囲気はただの人間というには違っていた。どこか、同族のような人でない在り方をしているかのように感じた。

 

「お前に興味がわいた。人の感情を知るにはどうすればいい」

 

「愛だ!相手を愛し、自分で愛を伝えるのだ!私はそれができなかった!!?クソっ」

 

「愛か…今、お前が感じているのは悪意か?罪悪感か?」

 

 

 そんなもの決まっている!

 

 

 男は短い刀剣を前に出し、人知を超えた速度で振るった。それは魔力のこもっていない衝撃波。人を超えた力に驚きを感じながら、持っていた剣で受け止める。あまりの威力に後退してしまうが、それ以上にその男の言葉が耳に残った。

 

 

 

 

性欲だ!!

 

 

 

 

 これは一人の魔族が少し変わった人間との出会い。それに意味があったのかはわからない。

 

 

「…消えたか。何だったんだ」

 

 

 だが、その出会いによって運命が変わった者達がいる。

 

 

 

 

 

「なるほど。悪意や罪悪感か…あと愛と性欲か」

 

 始まりは変わらないかもしれない。魔族としての在り方のまま出会い、共に過ごすだろう。

 

 

 

 

 マハト。私はここの領主だ。

 

 

 

 …仰せのままに…

 

 

 

 人間と魔族は時に笑い、時に話、時に過ごす。魔族は理解できないだろう、その時を過ごす意味を、だがそれ故にわかろうとしてしまう。魔族は人を欺く為に進化した形なのだから。

 

 

 

 わかるまで付き合うさ。地獄の底までな。

 

 

 

 逃れられぬ破滅を抱えた定めを見据え、運命に翻弄される人間と魔族。人間の悪意を触れていく魔族の中で、耳に残った言葉が加熱されていく。

 

 

 

 悪意という行為はわかった。愛と性欲の感情の方を教えてくれ、グリュック。

 

 

 …ああ、まずおしべとめしべの違いからだな…

 

 

 

 魔族という欲望しか知らぬ魔物が、人間の感情を知ろうと知識を溜め込みだした時、蓄積した知識がついに危険な領域に突入する。

 

 

 

 

 

 

「楽しかったよ。マハト」

 

 

「ええ。私もです。グリュック様」

 

 

 





 10話目は好きな人物を中心に書きたかった。
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