俺の戦闘力は53万らしい   作:センチメンタル小室

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第13話

気が付くと、ぼうっと青空を眺めていた。

雲ひとつ存在しない晴天。

荒波なんて一切ない海原にプカプカと浮いている。

ふと、なぜこんなことをしているのかと思ったが考えることすら億劫だ。

妙にスッキリとした気分というかモヤモヤしたものが全て吹っ飛んだような感覚がする。

どうしてこんなことをしているのだろうか……

色々と謎だが、そんな気持ちすらどうでもいい。

ただ、揺蕩う波に飲まれて消えてしまいたい。

そんな気分だ。

どこかの誰かが生まれ変わったら私は貝になりたいと言っていたが何となくわかる気がする。

こんな気持ちでいられるのならば貝になるのもいいかもしれない。

思えばひどい人生だった。

いや吸血鬼だから"人"生というのはおかしいか?

まあそんなことはどうでもいい。

本当にひどい生涯だった。

吸血鬼にされ、魔女として追われ、復讐者として生きた人生。

そんなさなかやっと見つけた『福音』すらも先日亡くなったと聞いた。

何も残らない本当に空虚な人生だった。

ならばこのまま終わってしまってもいいだろう?と漠然と考えている時だった。

急に波が荒々しくなった。

なんだろうか?

ここはダイオラマ球の中で天候など自分がいじらなければこうならないはず。

疑問が浮かぶが次第に波は荒くなっていく。

さっきまでの妙な浮遊感が台無しだ。

続いて爆音のような音が聞こえて来る。

何だと思い上体を起こす。

その音のする方角には奇妙な物体が見えた。

何かが羽ばたいている。

鳥だろうか?

いや鳥はあんなにでかくない。

と言うか鳥は爆音を鳴らしながら飛ばない。

そうしてしばらくそれを眺めているとぼんやりと輪郭が見えてきた。

人……だろうか?

物理法則を完全に無視して羽ばたきながら飛んでいる人間がいる。

そこでようやく先ほどまでの出来事を思い出した。

確か、奴に攻撃してそれで……

どうやら私は奴の攻撃で吹き飛ばされたらしい。

油断していなかったとは言えないが奴は私の想像をはるかに超えた化物のようだ。

今度こそは油断しない。

全力でやつを潰す。そう、最初からクライマックスだ。

そう決意し、呪文を唱える。

自分の中の最上位魔法、世界すら終わらせるその魔法を。

 

「リク・ラク・ララック・ライラック。全ての命ある者に(パーサイス・ゾーサイス・トン)等しき死を。(イソン・タナトン)其は、安らぎ也。(ホス・アタラクシア)おわるせかい(コズミケー・カタストロフェー)

 

瞬間、魔法が奴に降り注ぎ、そして、世界が凍る(終わる)

海は固まり、見るもの全てに死とは、地獄の底とはこういうものなのかと思わせる冷気が漂う。

目の前には奴が凍りついた氷塊がある。

これで終わりか、意外とあっけなかったなと、そんな冷気吹きすさぶ、氷原に一人立つ。

八つ当たりでもすれば何か気分が晴れるとでも思ったが別にそんなことはなかった。

ただ虚しい感情が心の中を吹き抜ける。

奴には悪いことをしてしまったな。

そういう感情も浮かぶがそれだけだ。

本当にそれだけなのだ。

普通に平穏を生きてきたであろう少年に対し、極寒の煉獄を思わせる冷気を叩きつけ、命を奪おうと思うことはそれだけだ。

だとすれば、私は本当に吸血鬼に、『化物』になってしまったのだろう。

誰かが言った。人は泣いて、涙が枯れて果てるから鬼になり化け物になるのだと。

ともすれば、きっと私は『化物』になってしまったのだろう。

ふと笑みが溢れる。

この数百年、やってきたことが、私が化物として完成するためのものだったことに自嘲の笑みが溢れる。

―――私は、今までこんなことのために生きてきたわけじゃない。

私の中の私が叫ぶ。

でも全ては終わってしまった。

そんな諦観が頭をよぎる。

きっとあいつが死んだと聞いた時に私の中の人間は死んだのだ。

だからこんなにも世界に対して無感情で、無感動で、無慈悲なのだ。

きっとそうなのだともう一人の私が同意する。

だったら、本当に化物として闇の中を闊歩するのも悪くない。

そう頷きかけた瞬間、眼前の氷塊がはじけた。

ガラガラと氷が崩れ落ち、冷気が立ち昇る。

そしてその中から寒そうに自らを抱えながら少年が出てくる。

 

「さっぶ……」

 

そう奴はつぶやいた。

それを見て私は固まる。

私の切り札を受けてなお一切ダメージらしいダメージは受けていない。

せいぜい鳥肌が立っているくらいだろう。

そんな様子を見て私は呆然となる。

そうして彼は私の直ぐ前で立ち止まった。

 

「えっとさ、俺、お前に何かしたのかな?」

 

「……」

 

声が出ない。

だが問われている以上答えねばなるまい。

さきほど、そうあると、化物として生きると決めたのだから。

不遜に、傲慢にそう答えなければ。

だが、その意志に反し、声は出なかった。

 

「あーっと何か返事をしてくれるといいんだけど……」

 

「……」

 

これではまるで幼子だ。

なにか喋らなければ。

そう考えるも声は出ない。

そんな様子を見て困った様子で奴は頭を書く。

しばらくそこでお互いに突っ立っていると、奴はその場に座り込んだ。

 

「んー、なんか混乱してるみたいだし、落ち着いたら話しかけてくれよ」

 

そう言って奴はそこに座り込んだ。

 

 

―――お前は誰だ?なぜ助けた?

 

―――さあな喰うか?うまいぞ。

 

不意にその姿が思い出の中のアイツに重なる。

ポタリと、何かが落ちる音がする。

雨?

顔が濡れていく。

空を見上げる。快晴だ。

だったらこれは?

いや、これは知っている。

でも認識してはいけない。

認識したらきっと私は……

だが、それは止まらない。

だってこれは……

それが、私の最後の抵抗だった。

でもそれはたやすく打ち破られ、決壊する。

そうして私はそのまま涙が枯れるまで泣き続けた。

まるでただの少女のように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――そろそろ、落ち着いたか?」

 

そう優しげに彼は問いかける。

 

「ああ……」

 

恥ずかしい、穴があったら入りたいような衝動に駆られる。

 

「で、なんであんなことしたんだ?」

 

「……八つ当たりだ」

 

「は?今なんて?」

 

「……八つ当たりだ」

 

きっと顔から火が出そうな程に赤くなっているだろう。

 

「何?俺ただの八つ当たりであんなん打たれたわけ?」

 

うるさい。何も思い浮かばなかったんだ。

閉じ込められて確かめる手段もなく。相談できるものもなく。一人だったから。

それに、過去に一度もあれほどの激情なんて抱いたことは無かったから。

 

「別になんだっていいだろう!」

 

そう恥ずかしい気持ちを押し殺し、話を終わらせようとする。

 

「ふーん。で、何があったん?お兄さんに話してみ?」

 

そう、先ほどの私の痴態を見たせいかにやけながらこちらをイジるように問う。

にやけた顔が気に入らない。

と言うかお兄さんって、お前小学生だろ!

 

「お、お前には関係のない話だ!」

 

「いやいやー。あんなん打たれたわけだし慰謝料ってのが必要だと思うんだよ。いいから話してみ。笑わないから」

 

……にやけながら言われても全然説得力がない。

というかああいう顔押した奴が笑わないことは絶対にない。

あの表情あのババアを思い出す。

 

「絶対に言わないからな!」

 

「アイタタタタタ。お前にやられた魔法のせいで身体が……」

 

「ひ、卑怯だぞ!と言うかお前全然無傷だろうが!」

 

「いやお前が―――。」

 

「だから―――。」

 

そうして彼は私をおちょくるような発言をしては私が顔を真赤にして否定するということがしばらく続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――そして。

 

「なあ、なんでこんなことになったんだと思う?」

 

そう彼はなにか諦めたような声で問いかける。

 

「き、貴様のせいだろう!お前があんなものぶっ飛ばすから!」

 

「いや、お前があんなん打ってくるから反射的にやってしまったというかなんというか……」

 

「お前が聞かなければこうはならなかっただろう!」

 

そう言い争う二人の前にはヒビの入った巨大なフラスコ球があった。

彼は彼女の沸点を見誤ったらしい。

羞恥が怒りへと変化するのを読み取れなかった。

故に争い。結果は想像のとおりだ。

膨大な量の気にダイオラマ球は耐え切れず空間を制御する部分が一部壊れ、彼らは外にはじき出された。

ひび割れたフラスコを見ると中には『何もない』。

そう『何もない』のだ。

そして言い争っているとキィと扉を開けるような音が聞こえた。

 

「あ、エヴァ?ちょっとまた修業でダイオラマ球を借り……」

 

そう言いかけたところで現れた白髪の青年は言葉を止める。

目の前で言い争う二人の姿に絶句したためだ。

さてここで一つ質問をしよう。

ダイオラマ球の中を更地に変えるような攻撃を受けて服は無事なのだろうか?

答えは……、まあここでは語らないとしよう。

ただ、一人の吸血鬼と一人の少年にとてつもない黒歴史ができたとだけ言っておこう。


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