ARMORED CORE ASSEMBLE   作:ドクター・ヴィオラ

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アーキバスグループ強化人間部隊 ヴェスパーの第6隊長 第8世代であるメーテルリンクは 旧世代型強化人間を完全に無価値化したと評される「ニューエイジ」のひとりである
彼女は社命に対しても忠実であり 慎重な性格も手伝って安定した戦績を残しつづけている


25/E メーテルリンク

 

 

 

 

 ヴェスパーの第六隊長、メーテルリンクは自室のベッドに座りながら、深々と溜息を吐いていた。

 帰還後のインフェクションのありさまを思いだす。取れかけの右腕や傷だらけのコアパーツ。脚部のスタビライザーはそのあちこちが剥がれおちていた。

 本当に予想外の損耗であった。まさか解放戦線の四脚MTごときに後れを取ってしまうとは自分でも信じられなかった。勝ちを拾うことでギリギリで面目を保ったとは言え、あの損傷ではとてもヴェスパーの隊長を声高に誇れないだろう。実際にスネイルからもそのような叱責を受けてもいた。

 

 原因は分かっていた。部隊のMTが予想外に撃破されすぎていたこと。物陰の四脚MTに急襲で先手を打たれたことなどが理由になる。

 しかし何よりも深刻な原因は、ルビコンに来てからのあまりの激務であると、メーテルリンクは確信していた。

 惑星封鎖の影響で人員が不足し、あきらかに人手がたりていないのだ。必然的にヴェスパーが多くの任務に出るわけであるが、その殺人的な仕事量に体がどうにも追いついていない。そのうえヴェスパーは事務も兼ねている。戦績に影響が出るのも当然であった。

 

 しかし、そんなことを考えて何になると言うのだろうか? アーキバスは成果主義である。そのような言いわけは通用しない。ヴェスパーのエリートは任務を完璧に遂行しなければならないのだ。実際に同僚のホーキンスは飄々と任務と事務を両立しているではないか。

 ……メーテルリンクは不意に立ちあがり。

 

「已めよう」

 

 と呟いた。

 こんな思考には意味がないと思った。何を考えようと失敗は々々なのである。機体の修理が終われば、次の任務が待っている。挽回のチャンスはいくらでもあるのだ。

 随分と考えこんでいたらしく、時計を見ると夕食の時間が近かった。レーションの味を急に連想してしまい、また憂鬱になりかけながら、メーテルリンクは食堂に向かった。

 

 

 

「空いてるか?」

 

 とフロイトは返事を待たずにメーテルリンクの前の席に座った。

 

「勝手に座るのなら、聞かないでください」

「そうだな」

 

 と生返事をされた。どうでもよいらしかった。

 メーテルリンクと同じようにフロイトもレーションをもそもそと食べはじめた。

 

「用があるのですか」

「ふん?」

「わたしの前に座るなんて」

 

 メーテルリンクはフロイトのことが個人的に苦手だった。ヴェスパーのエリートらしからぬ、不躾で軽薄な性格。スネイルへの横柄な態度。事務仕事に積極的でないこと。理由を挙げるとキリがない。

 しかし何よりもメーテルリンクがフロイトを苦手とたらしめるのは……。

 

本当に普通の男だな

 

 とメーテルリンクは考えた。

 もちろんルックスが実力に反映されるわけではない。そんなことはメーテルリンクも理解している。彼女は“風格”のことを考えているのだ。一流の兵士ともなると、その風格は顔に表れる。と言うのが彼女の意見だった。

 

 ヴェスパーでは新参者のラスティが好例である。爽やかな二枚目を演出しているあの男が何かを隠しているのは、メーテルリンクも察しているところだった。

 あの叩きあげの現地民。穏やかな口元には騙されそうになるけれども、さすがに目の鋭さはごまかしきれない。あれは狼の目だ。物陰で飢えを感じながら、それでも虎視眈々と獲物を待つ。

 

 あの目こそはメーテルリンクが思うところの風格だ。どんな強者でもにじみだすそれを完全に隠すことなどできはしない。ホーキンスのような人格者でさえも笑顔の仮面の下に兵士の風格を漂わせている。

  しかしフロイトはちがった。彼は風格と言うやつが完全に存在しなかったのである。この男にヴェスパーワンとしての実力があるとは一見すると信じられない。フロイトの容姿も体格も性格も、そのすべてが普段はあまりに平凡すぎるのだ。地球圏でそれなりの職場でそれなりの仕事をしていると言われたら、誰もがすぐにそれを信じる。彼はそんな雰囲気の人間だった

 

 メーテルリンクはその実力と風格の落差がいつも不気味に思えてならなかった。

 そして知りたいとも思う。

 ヴェスパーのエリートとして。

 そしてひとりの兵士として。

 どうすれば、それほどの力を……。

 どうすれば、それほどの技術を…………。

 どうすれば、それほどの精神を………………。 

 

「そんなに睨んでも何も出ないぞ」

 

 肩が跳ねあがる。どうやら無意識にフロイトのことをまじまじと見てしまっていたらしい。

 

「あの、その」

「ガレージのインフェクションを見た」

 

 メーテルリンクが何かを言うまえにフロイトは言葉をつなげた。

 

「らしくないじゃないか。あんなふうに痛めつけられるなんて。壁への侵攻を前に気合でも入れすぎたか」

「……それを言うために座ったんですか?」

「後輩の心配くらいはするさ」

 

 意外な一面だった。

 

「まあ……おまえたちは優秀だからな、普段はその必然もないが」

 

 意外と思ったのが顔に出てしまったらしい。

 

「それで? 実際はどうなんだ。調子でもわるいのか」

「……」

「よくないんだろう、目の下の隈で分かるさ。ルビコンに来てからは激務ばかりだ。本調子で戦えるわけがない」

 

 フロイトは呆れたように続ける。

 

「ヴェスパーは健康を軽視しすぎだと思うね」

 

 それはヴェスパーへの皮肉と言うよりもアーキバスへの当てこすりであるとメーテルリンクは感じた。

 

「あなたはどうなんですか」

「おれは九時間は眠るようにしているが……」

「九時間!?」

「最大限のパフォーマンスを発揮するための最低限の睡眠時間だ」

 

 最もな意見ではあった。しかし、とても自分がそんな時間を捻出できるとは思えない。ヴェスパーの隊長は誰しも山ほどの仕事をしているのだ。もちろん目の前の男を除いて。

 

「そんなのあなたは事務をしないから」

 

 いらだちでメーテルリンクの言葉は奇妙に前後した。それにフロイトは待ってましたと言わんばかりの笑顔をする。

 

「それだよ。おまえたちはなんで平然と事務を兼任しているんだ」

「なんで……仕事だからです」

「おれが思うに前線の人間に会計責任者をやらせるなんてあきらかに異常だ。明日にでも死んでいるかもしれないんだぞ」

 

 メーテルリンクは反論しようとしたけれども、言葉が腹の中でぐるぐると空転して、うまくそれを紡ぐことがでかなかった。

 

「……仕方がありません。それが閣下の方針なのですから」

「あいつは下役を信用しないからな」

 

 ヴェスパーが事務を兼任しているのはひとえにスネイルがほかの人員を信用していないと言うところが大きい。尤も自分たちが完全に信頼されているかはあやしいところだった。

 

「警戒と不信はあいつの欠点のひとつだ。だからおまえたちに御鉢が回ってくる。それにあいつは自分ができることは他人もできないと許せないと言うような顔をしているからな」

「エリートはすべてを完璧にこなさなければありません。それがアーキバスのエリートです」

「本心で言っているのか?」

「あなたが事務をしてくれたら、すこしは楽になるんですけどね」

「無茶を言うな」

 

 とフロイトは急に真顔になった。その表情は“事務をしたくない”と言うよりは“事務はできない”と語るような感じだった。

 

「無茶? 何がです」

「本気か?」

「だから、何がよ」

「おれは強化人間じゃないんだぞ。戦闘と事務を両立できるわけがないだろう」

 

 それが埒外の指摘だったのでメーテルリンクは呆然とした。

 そうだ。この男は強化人間ではないのだ。とメーテルリンクは周知の事実を今さらのように反芻した。

 

「手術は総合的な体力面にも影響を与える。おれの体力では戦闘だけで精一杯なんだよ。そこのところは勘弁してほしいと思っている」

「手術を受けないからじゃないですか。昨今は成功率も……」

「適性がない。手術に不利な脳の構造と言うのがあるんだ。肉体のみの強化も考えたが、それでは脳が体に追いつかないらしいんだな」

「……」

「まあ……良いさ。おれはおれなんだ。おれはアーマードコアが好きで、だからアーマードコアで戦う。おれにはそれで沢山だ」

「ACが好きなんですか」

「おまえは好きじゃないのか?」

 

 もはや質問を々々で返されたのも気にならなかった。

 

「インフェクションは……」

 

 インフェクション。

 自分の機体。

 自分の中であれはどんな存在だと言えるのだろう?

 

「仕事……の道具です」

 

 メーテルリンクはそんなふうに答えをにごした。

 

「それだけか?」

「それだけですよ。ほかに何があるんです」

「別に……勿体ないと思って」

「勿体ないとは」

「仕事はたのしいほうが良いだろう」

 

 それは、そうだ。仕事はたのしいほうが良い。そんなことは頭では理解している。しかしメーテルリンクは仕事と言うのは“必然的な真面目さ”が必要であると信じていた。それは冷酷や冷徹に通じていて、それこそが作戦の遂行を可能にするのだと思っていた。

 しかし、目の前には逆の事実がある。軽薄なスタンスのこの男こそが、完璧な兵士であると言うことは、作戦の遂行率に示されているのだ。

 メーテルリンクは黙りこんだ。そして俯くしかなかった。

 

「どうにも頑固だな」

 

 それから急にフロイトはこんなことを提案する。

 

「シミュレーションをやろう」

「はい?」

「おまえは作戦を完璧に遂行したいんだろう? だから教えてやろうと思ってな。ヴェスパーワンがじきじきにさ」

 

 こんなときにヴェスパーワンの称号を振りかざすのがいかにもフロイトだった。

 

「拒否権はないんですか」

「上官の命令だ」

 

 フロイトが時計を見た。

 

「ギターの練習はできそうにないな」

 

 フロイトの趣味がギターであることは、ヴェスパーでは有名な話だった。

 

 

 

「解放戦線の街区は好きだな。障害物での駆けひきがあってさ」

 

 今度の襲撃を意識しているらしく、フロイトは“壁”をステージに選択した。妙なところで気が回ると思った。

 解放戦線の情報戦が杜撰なためにアーキバスは壁の建築配置をデータに入力していたのだ。簡単に手にはいりすぎているとスネイルがあやしんでいたけれども、メーテルリンクとしては特に疑問に思うことはなかった。

 

 勝てるのか。とメーテルリンクは考える。

 シミュレーションだと言うのに体がこわばる。

 フロイトとシミュレーションをしたことがないわけではない。しかし、そのときの試合はとても誰かに話せるような内容ではなかった。

 メーテルリンクだけではない。フロイトとやると誰でもそうなるのである。それなりの敗北をできるのはスネイルとホーキンスくらいだろう。最近では新参者も味を見せているらしい。

 自分がヴェスパーワンに負けるのは当然だ。とメーテルリンクは割りきれるような性格ではなかった。彼女にもエリートとしてのプライドがあるのだ。

 

「いつでもやれるぞ」

「こちらも」

 

 意識がシミュレーターに持っていかれ、気がつくとインフェクションに乗りこんでいる。

 スピーカーを通して、敵の声がする。

 

「学んでいけ」

 

 

 

 その言葉のあとに機体の集音器が爆音を拾った。街区の東側でアサルトブーストを吹かしたらしい。

 

「最初から……」

 

 元気な男だなとメーテルリンクは呆れた。彼女のほうはABを吹かさない。西側のビルに逗まりながら、彼女はレーダーをさぐった。

 前回のようにはやらせない。ロックスミスの構成はすでに理解しているのだ。建築物の周囲で立ちまわることでレーザーブレードとレーザードローンのポテンシャルを殺すと言うのがメーテルリンクの作戦だった。

 

 ABの音が中央の広場の方角で止まった。肌がけばだつ。シュミレーションだ。錯覚だ。メーテルリンクは自分をあやすように心中で言いきかせる。

 こない。こない。こない。こない。

 まだこない。こい。こい。こい。こい。

 四度目の“こい”を念じたあとだった。

 レーダーに感がある。これは。

 

「上!」

 

 カメラアイを上に向けた。しかし、そこにいるのはドローンだけだった。ビルの上でドローンを撃ち逃げしていったらしく、敵機はすでにレーダーの範囲を離脱していた。

 これならドローンをビルに引っかけられることもない。さすがに武器の弱点を熟知しているようだ。チャージを使っていないらしく、小蝿のようにレーザーが射出され、それが逆に厄介だと感じた。

 ひとまずビルの合間を縫うことでドローンを防いだ。先手を打たれた。しかし、この展開はわるくない。あのヴェスパーワンの先手を防ぐことができたのだから……。

 

 その直後だった。機体に猛烈な衝撃が走った。架空の衝撃。昨今の高性能なシミュレーションはそれをメーテルリンクに“なま”で伝える。

 いつの間にか。本当にいつの間にかだ。ロックスミスが真横で肩のバズーカを射出していた。ドローンに気を取られすぎていたのだ。

 そしてメーテルリンクは察するに至る。上空からのドローンの急襲。あれは攻撃だけが目的ではなかった。レーダーを目線からはずさせたかったのだ。

 しかし、どうして? どうして自分が目線を外部へ向ける、そのタイミングが分かったのだ?

 

「拙いぞ」

 

 うるさい。機体を広場のほうへ走らせる。速度は勝っているはずなのに、右手のライフルでスタッガーを意地されてしまう。パルスガンでの応戦が滑稽に思えた。

 フロイトはさらにドローンを展開することで状況の複雑化をしかけてくる。

 ……いや! それだけではない。アラートが鳴る。ロックスミスの武装でアラートが鳴るのはバズーカだけだ。今度は冷静にクイックブーストを吹かした。セオリーに従った、妥当な行動だった。

 ……音がしない。音がこない。

 ロックスミスがQBでバズーカを強制的にキャンセルしていた。

 

「学べ」

 

 今度は本当にバズーカが火を吹いた。

 衝撃。スタッガー。ブレードの光。

 ロックスミスが踊るように二回転した。

 

 

 

 何度目の敗北になるだろう。頭が痛い。めまいもする。シミュレーターが二十回目の敗北を教えてくれていた。

 何も無抵抗に敗北していたわけではない。後半の勝負では押しきれそうな場面もあった。しかし、それでも最後は負けてしまう。

 焦燥。不安。渇望。フロイトの感性は相手のそのような感情を狩るのに長けているらしい。勝利をちらつかされたときの一種の甘えを彼は簡単に突いてくるのだ。

 

学べ

 

 メーテルリンクはインターバルの時間でフロイトの言葉を反芻していた。

 フロイトは強化人間ではない。彼はコツコツと積みかさねてきたのだ。肉体のトレーニングとケアを怠らず、シミュレーションを誰よりもやり、ブリーフィングには充分な時間を設け、そのうえで作戦を遂行する。メーテルリンクはそれを知っていた。

 学べ。

 その言葉は、重かった。

 

「最初よりはわるくない。しかし空中にいるときの動きに修正を……」

 

 何度目かのフロイトの指導がくる。メーテルリンクをそれを聞きながらもあることに気がついた。あきらかに彼の息が荒くなってきていたのだ。

 どうして? とメーテルリンクは考える……必要さえなかった。それもフロイトが強化人間ではないからだろう。昨今のシュミレーションの感覚は実戦と遜色がない。そのリアルな感覚は彼の体力や集中力に多大な負荷を与えていたのだ。

 それはフロイトが見せた、唯一の隙のように感じた。

 

「フロイト!」

 

 とメーテルリンクは上官の指導を遮る。

 

「やりましょう。すぐにやりましょう」

 

 卑劣なやりかたなのは自分でも分かっていた。しかし、なんとしても勝ってみたかった。今この瞬間だけが最後の勝筋だと思えたのだ。

 フロイトが沈黙したあとわずかに笑い、それからシミュレーションを開始した。

 

「そうだ。それで良いんだ」

 

 メーテルリンクは強化人間だ。その体力も集中力も動体視力も反射神経もフロイトの上をゆく。そのうえで負けている。

 どうして負けてしまうのか。おそらくフロイトが別の部分でメーテルリンクの強みに勝っているのだ。

 経験からの判断力。機体を操作するための感性。戦いをたのしむための精神。アーマードコアへの解釈。そのような部分でフロイトは自分の上を言っているのだ。しかし、その強みも疲労でついに弱まりはじめた。

 

 体力には余裕があった。合理では勝てない。あとは根性を出すだけだ。

 ついにメーテルリンクは理屈ではなく、精神力に頼ることにした。エリートの理論を捨て、それに“頼ることが”できた。

 

 ふたりは中央の広場で対面した。互いが機体を左右に揺らし、突撃のタイミングを図りだす。

 メーテルリンクがプラズマキャノンのチャージをしたとき、フロイトがABでの突撃を開始した。

 こんな場面は何度もあった。だから素直にキャノンは撃ってやらない。簡単に躱されるのがオチだからだ。メーテルリンクはキャノンのチャージをキャンセルする。

 

「なるほど」

 

 そして交差するように真上を抜けたあと、パルスガンを一斉に発熱限界ぎりぎりまで掃射した。

 しかし、フロイトもやられっぱなしでは終わらない。パルスガンが互いの視界に溢れたことを利用して、ロックスミスが急にバズーカを飛ばしてくる。

 大丈夫。わずかに距離がある。無理に躱すな。機体を守れ。

 インフェクションはバズーカをイニシャルガードで完璧に防いだ。

 

「やるな」

 

 シミュレーターの場合は特定のルールに於いて、その勝敗には実践とは別の駆けひきが絡みあう。

 それはアーマーポイントの駆けひきである。相手を破壊することが根本的な目的ではなく、APの割合が勝敗に直結してくるのだ。相手のAPをゼロにすることはただの結果にすぎない。

 パルスガンの掃射でメーテルリンクはAPの有利をもぎとっていた。彼女はロックスミスの周囲を円をえがくように後退しはじめる。

 

 焦ってはならない。パルスガンの弾は集弾性が低いが、相手が突撃してくるかぎり、その短所は補えるはずだった。

 ジェネレーターの性能にも優位がある。

 互いの忍耐力が試されようとしていた。

 

 

 

 動悸がする。汗が噴きだす。

 もはや何度目の交差だろうか。

 パルスガンとキャノンの放射エネルギーはたしかにロックスミスのAPをあとすこしのところまで追いつめていた。しかしインフェクションのほうもAPに余裕があるわけではない。

 ライフルやドローンの削りもさることながら、フロイトのバズーカを“引っかける”ような技術がすさまじく、直撃こそしていないが着実にダメージを与えてくる。

 

 次でケリをつけてやる。とメーテルリンクは思考する。

 キャノンのチャージを開始する。いかにフロイトでもチャージで範囲の広がった、巨大な放射エネルギーを完全に回避することはむずかしいはずだった。

 もちろんフロイトはそれを悠長に眺めるような男ではない。彼もケリをつけようと即座にABを吹かしてくる。

 

 これだ。これまでの試合もこう言うときの焦燥につけこまれてきた。

 焦ってはならない。今この瞬間にこそ、冷静さが試されるのだ。

 

 インフェクションを後退させる。スタッガーの寸前だったが、ライフルに押しまけるほどではない。ロックスミスのエネルギーを尽きさせて、そこにキャノンを撃ちこめばそれで勝てるかもしれないのだ。

 

「勝つ」

 

メーテルリンクは呟く。

 

「勝つんだ!」

 

 喉が割れるほどの叫びが出た。こんなふうに叫んだことがこれまでの人生であったことはなかった。

 しかし──衝撃。そこで衝撃を機体の背後に感じた。メーテルリンクの勝利を拒むようにそれは起こった。

 

 気がついたときには遅かった。うしろに街区のビルがあった。このタイミングでフロイトはメーテルリンクを広場からビルのほうへ巧みに誘導していたのだ。これまでよりも冷静に引くべきタイミングだからこそ、彼はその意識の隙間を突くことを選んだ。

 

「どうする」

 

 フロイトの声がする。それはスローに聞こえた。ロックスミスのABまでもスローに──終わりを告げるかのように。

 耐えられないと言うようにキャノンがプラズマの光を増幅する。それを放つべきだ、機体を守るために。

 これまでならそうしていたはずだった。

 

 

 

「インフェクション!」

 

 機体に意志が伝わる。機体の声が聞こえる。

 どう言いふうに動かしてほしいか、それを肌で感じたのだ。

 

 架空の慣性で体がきしむような感じがした。

 キャノンはその紫の矢を放っていなかった。メーテルリンクはQBで砲撃をキャンセルしたのである。あたかもフロイトがバズーカでそうするように、彼女の感性はそれを選択することができた。

 

 ロックスミスと擦れちがう。互いが機体をクイックターンで急展開させるが、それはインフェクションのほうがわずかに速かった。

 フロイトはパルスアーマーを貼ることを余儀なくされた。緑の光が機体を覆う。

 

「関係ない!」

 

 パルスガンを一斉に掃射する。愛用の武器は光の防壁を苦にしない。アーマーを剥がしたあとは銃口が焼けつくまでパルスを放ちきる。

 ロックスミスの全身が焼けてゆく。

 しかし、それでも──あと一歩。あと一歩のところでロックスミスをパルスの嵐を耐えぬいていた。つまり次はフロイトの番だ。

 いきおいABで急接近。バズーカの砲身が容赦なく、インフェクションの方へ向く。

 

「よくやった」

 

 フロイトの心からのねぎらいがメーテルリンクの耳に届いた。それは──その言葉は彼の一瞬の油断だった。

 バズーカがインフェクションに着弾した。その轟音はたしかに試合の終わりを告げるはずだった。

 

 

 

 しかし次の一刹那! インフェクションが先ほどのロックスミスのように、猛烈な緑の光をほとばしらせた。

 メーテルリンクは普段なんの理由もなく、エクスパンションをはずしているわけでない。愛用のパルスガンは実験でひそかにエクスパンションとの干渉を懸念されていた。だからいつもはつけなかったのだ。エリートらしくリスクを回避するために。

 しかし、この場所はシミュレーション。そのリスクは気にしなくてもよい。そして何よりも勝ちへの衝動が、メーテルリンクにその裏芸を選択させた。

 

「なるほど」

 

 とフロイトの嘆息が聞こえた。

 使ったのはターミナルアーマー。

 そしてキャノンのチャージはすでに済ませてある──。

 

 

 

 終了のブザーが鳴ってすぐ、シミュレーターの機材上に、メーテルリンクは崩れおちた。

 息を整える。指の震えが止まらない。だから両手を指が喰いこまんばかりに握りしめた。

 

「やった……」

 

 やったんだ。と陳腐な感想が頭に浮かんだ。

 理想的な勝利とは言えなかった。フロイトの極度の疲労。何よりもターミナルアーマーでの奇襲があってこその勝利だった。

 しかし、それでも勝ちは々ちだ。あのフロイトに、あの頂点に。メーテルリンクは報いてやったのである。シミュレーションに彼が負けたと言うデータはない。つまり彼女は曲がりなりにも彼を最初に倒したパイロットだと言うことだ。

 

「ターミナルアーマーとは驚いたな」

 

 スピーカーがフロイトの声を伝えてきた。

 

「……申しわけありません」

「どうして謝る」

「卑怯な戦術でした。数十回目の最後に突然……」

「戦いに卑怯も何もあるか、おれが予想しなかったのがわるい」

「同じような状況なら……閣下やホーキンスのほうがスマートに勝てたと思います」

「そうかもな。だが……奴等はおまえのように粘ることはできないだろう、そう言うやりかたが骨の髄まで染みついているのさ。それが歳を取ると言うことだ。まあ……それゆえの強さは存在するのだろうがな」

 

 フロイトは続ける。

 

「今の感覚を大事にしろよ」

 

 メーテルリンクは沈黙した。たしかに大切な感覚を覚えたように思う。特にキャノンをキャンセルできたとき、あの瞬間だけはフロイトを超えたような気がした。

 しかし、それはアーキバスのエリートらしくないような感覚でもあった。緻密な計画や冷酷な規則が“売り”のアーキバスでは、あの瞬間に実を委ねるのはあまりに刹那的すぎている。

 いくら強くてもフロイトが問題児なのは事実なのだ。いずれ自分は彼のように戦うべきなのか、それを自分は望んでいるのか、それがメーテルリンクには分からなかった。

 

 それから急にシミュレーターの外で物音がした。

不審に思ってメーテルリンクがシミュレーターの外に出ると、フロイトが向こうのシミュレーターから、倒れるように転がりおちてきた。彼は床に背中を叩きつけられる。

 メーテルリンクは慌ててフロイトに駆けよった。汗がすさまじい。彼はすでに体力の限界だったのだ。

 あたふたとフロイトを揺さぶった。別にシミュレーションのやりすぎで死にはしないだろうが、ヴェスパーワンを過労で倒れさせては一大事である。再教育センターにぶちこまれても文句は言えない。

 

「フロイト! 第一隊長! 大丈夫ですか!」

「なあ……第六隊長殿」

 

 しかしフロイトは床に倒れたことを気にもしない。彼はいつものようにマイペースに、そして平凡な笑顔で言葉を繋げる。

 

 

 

「やるじゃん」

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