ARMORED CORE ASSEMBLE   作:ドクター・ヴィオラ

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ベイラムグループ専属AC部隊 レッドガンの6番手
木星戦争における総長ミシガンの鬼神の如き勇猛は 報道映像を目にしたレッド少年に人生を変える衝撃を与えた
貧しい兄妹を養いつつ血の滲むような訓練を重ね そして迎えた入隊試験当日 彼は直立不動で放った挨拶ひとつで合格を勝ち取ったという


27/E レッド

 

 

 

 

 四脚型のアーマードコアが部隊を引きつれ、次々と敵の部隊を破壊している。

 敵を掃射するガトリングの嵐。ミサイルは吸いこまれるように獲物を捉える。グレネードと左手の妙な武装の爆風は、清々しいほどに戦場にきらめきをもたらしている。

 木星戦争。そこでのミシガンの活躍を賛美するように報道は伝えていた。

 

 少年は兄妹たちが怖ろしそうに映像を見ているのを不思議に思った。

 特に妹がこわがったのはカメラアイの光だった。白色の複眼。その頭のいでたちは蜘蛛の相である。

 睨みつけるような眼光。それが敵のほうを向いたとき、次の瞬間に敵は死んでいる。

 

 少年は妹のようにそれを怖れたりはしなかった。むしろ彼は惹かれていたのだ。

 ミシガンの圧倒的な実力に。

 自由自在なその兵器に。

 映像を見ていると加速度的に憧れが増してゆく。

 

 少年は思った。

 自分もアーマードコアに乗ってみたい。

 

 

 

 

 

 

「どうしたレッド! 遅れているぞ!」

「はい!」

「レッドガンにはいりたいと言うのは嘘だったのか!」

「はい!」

 

 言葉と裏腹にレッドの返事は“イエス”ではなく“ノー”の文脈に位置していた。

 もちろん教官はそれを察している。訓練生にはよくあることだ。疲労のあまりに名前を呼ばれると機械的な返事をする。

 

 この傾向はわるくない。大切なのは上下関係を染みこませ、逆らわないようにすることだからだ。

 ある意味でレッドの本能的な返答は従順な証とも言えた。

 

 レッドは必死に走る。汗が散る。

 貴重な青春を地獄の訓練に費やしている。すべてはレッドガンのナンバーを得るために。

 レッドガンの候補生。その一日は過酷なマラソンからはじまるのである。

 

 また教官がレッドに何かを言っていたが、もはや彼の耳にはまともに言葉が届かない。自分の名前を呼ばれていることだけは理解する。

 倒れそうな体を心の中で必死に鼓舞し、彼は叫ぶように返事をするのだ。

 

「はい!」

 

 この星はベイラムの支配圏。レッドがいるのは街中の、レッドガンの訓練校である。

 

 

 

 

 

 

 一日の訓練が終わると夕方である。

 レッドは訓練校の寮を使っておらず、訓練のあとはいつも自宅に帰っていた。本音を言うと寮生活をしてみたかったが、彼にも色々と事情があったのである。

 

 気分転換にいつもと別のルートを歩く。夕方は人のにぎわいで騒がしい。労働者たちが仕事を終えたのか、周囲の飲食店へ惹かれている。

 

 ベイラムの支配圏は地球の──特にアジアの影響が濃い。この区画は中華料理の店が沢山ある。

 刺激的な芳香が鼻を刺激する。レッドは通りのどこかで立ちどまり、目の前の店内の様子を見る。

 

 拉麺。炒飯。餃子。唐揚。

 成長期の人間の大好物が並んでいる。

 レッドは唾を飲みこむ。食べたいと本能がベルを鳴らす。

 訓練で疲れきったレッドの体は貪欲に料理を吸収するだろう。

 しかし、それはできない。レッドはそれを“してはならない”のだ。

 

 それから──しばらくレッドが漫然と料理を眺めているときだった。

 急に何かにぶつかった。正確にはぶつかられたのだったが、倒れゆくレッドにそんなことは理解できない。

 咄嗟に受身を取ったので怪我はなかった。日頃の訓練の賜物である。

 

「ガキ! 道の真中でぼさっとするな!」

「イグアス……ガキを睨んでやるなよ。大丈夫か?」

 

 レッドに大柄な男が手を差しだした。彼は手を取ると男の顔を見る。

 そこには憧れの人物たちがいた。

 

 

 

 

 

 

「ヴォ、ヴォ、ヴォ、ヴォ……ヴォルタさん!?」

「おう? おれはヴォルタだが……なるほど。その制服はレッドガンの候補生か?」

「こんな服装だったか?」

「忘れたのかよ。まあ……おれたちは半年で訓練校を出たからな」

 

 本当なんだ! とレッドは思った。

 ヴォルタ訓練生とイグアス訓練生が半年でレッドガンのナンバーを得たのは有名な逸話だ。

 ふたりはミシガンに訓練校に押しこまれたあと、半年で体術とACの基本的な操作を覚え、そして教官と級友を完璧に叩きのめすと、すぐにレッドガンのナンバーを得たと言う。

 レッドはヴォルタの手を取らなかった。

 

この大先輩に立ちあがらせてもらうなんて、そんな失礼なことができるものか!

 

 レッドはこれまでの人生で最も機敏に立ちあがる。そして即座に敬礼。畏敬の念に押されることなく、彼は道の真中で声高に言う。

 

「失礼しました! 訓練生のレッドです! 憧れの先輩方に会うことができて、わたしは感動のきわみであります!」

「喧しい!」

 

 とイグアスは叫ぶ。彼はレッドガンの人間なのに軍隊風の“ノリ”がきらいなのである。

 

「申しわけありません!」

「だから喧しいんだよ!」

「おまえもな」

「なんだと!?」

 

 イグアスに叱責されてもレッドは萎縮しなかった。彼の中で憧れが先行しすぎていたのだ。

 私服のイグアスの風体はチンピラのそれだったが、盲目的なレッドはそんなことを気にしない。

 

「レッドね」 ヴォルタが顎を撫でる 「それならウチに来たら……レッドガンのレッドってことか?」

「ふん。マヌケだな」

「ハハハハ、ハハ。おもしろいな! レッドとレッドで揃ってやがる!」

 

 何がツボなのかヴォルタが爆笑し、イグアスのほうは舌を打った。

 そして話題のレッドはと言うと──二人に名前をネタにされたのに、目をきらきらと輝かせていた。

 

 そんな会話の中でヴォルタだけが、レッドの観察を欠かさなかった。

 ガタイはよくないが威勢は良い。すくなくとも自分の体格に萎縮することはないようだ。倒れたときの受身も見事で、真剣に訓練を受けているのが分かる。

 

 そして何よりも素直に自分たちを尊敬しているのがよかった。訓練生のすべてがレッドのような人間ではない。

 レッドガンにはいるために訓練生も必死だ。気にいられようと媚びへつらわれたことは一度や二度ではない。

 しかしレッドにはそんな打算がないらしかった。純粋な憧れを向けている。それは彼の目を見るだけであきらかだった。

 

「腹が減ったのか?」

「……はい?」

 

 ヴォルタの急な質問にレッドは生返事が出た。

 

「こんな場所で立ちどまっているから、そうじゃないかと思ってよ」

「はい、でも……」

 

 急にレッドの表情が曇る。

 それだけでヴォルタはレッドの懐事情を察することができた。そして彼の表情を回復させるためにやるべきことも。

 

「イグアス。こいつと飯を食べようぜ」

「何?」

「良いだろう? おれたちも店を探しているところだったわけだしな」 

「こんなガキと相席しろってか?」

「いやなら別に良いぜ。おれたちはふたりで食べる。おまえは惨めにひとりで居酒屋にでも行くこったな」

 

 話が勝手に進んでいたので、ついレッドは言葉を挟んだ。

 

「そんな! わるいですよ!」

 

 この先輩たちに奢ってもらうなんて、レッドには考えられないことだった。

 

「言うと思ったよ」

 

 しかしヴォルタはそんな返事を予想していた。彼はレッドの体を軽々と左手で持ちあげる。

 

「覚えておけ……先輩に奢ってもらうってことは、先輩の顔を立てるってことだ。遠慮が正解ってわけでもないんだぜ」

 

 ヴォルタは右手でポケットをさぐり、そして通話機を持つと電話をした。

 

「おう。おれだ……レッドガンのヴォルタだ。これから三人で店に行く……おう、おう……万席? ……ほかの客はレッドガンのナンバーを持ってるやつよりも偉いのか? ……どうなんだ?」

 

 電話の向こうで店員の悲鳴が聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 目の前に次々と運ばれてくる、普段は食べられないような料理の数々。

 どの料理もきらびやかで迂闊に手をつけるのも憚られる。レッドは値段を想像すると目眩がする。

 ヴォルタに連れてこられたのは超高級中華料理店だった。

 

「食べろよ」

 

 すでにヴォルタは麻婆豆腐に手をつけていた。その麻婆豆腐も市井の品とは比べものにならないはずだが、彼はそれを当然の権利とでも言うように口へ運ぶ。

 意を決してレッドが餃子を口にすると、歯のあいだで肉がとろけた。

 その食感だけで理解できる。食べたこともないような高級肉だった。

 

 そこからは止まらない。一心不乱に料理を掻きこみ、それが失礼だとかは考えない。人間の本能は時に礼儀を凌駕するのだ。

 

「……大袈裟なんだよ」

 

 イグアスの悪態もレッドの耳には届かない。

 

「そう言うな。おれたちもこんな時期があった」

「ふん。ないね」

「ナイルに“青龍亭”に連れていってもらったときは?」

「おい! それだけは言うな!」

 

 さすがにイグアスの大声でレッドの手も止まる。純情な彼は素直に疑問を投げかける。

 

「青龍亭?」

「それがよ」

「言うな!」

 

 イグアスが猛然と箸を投げつけたが、ヴォルタは簡単にそれを受けとめる。

 

「こいつは青龍亭……この店と似たような高級料理店なんだが……ナイルの野郎に連れていかれたときにな。食べすぎで、々べすぎで……あまりの食べすぎで机にゲロを巻きちらしたんだぜ!」

 

 ヴォルタはついに爆笑し、イグアスは顔を真赤にした。後輩の前でこんな逸話を話されるのは最悪だ。

 対してレッドはと言うとイグアスの過去ではなく、ヴォルタがナイルを“野郎”と呼べることに驚愕していた。

 

 ナイルはレッドガンの副長である。

 もちろんヴォルタとイグアスも尊敬しているが、もはやナイルほどの立場の人間は雲の上の存在だ。

 レッドも子供のころとはちがう。天上人への尊敬心を具体化するには、相応に立場が近くなければならないのだ。

 ヴォルタはそのナイルを野郎と呼んでいる。呼べるほどの関係を築いている。呼べるほどに対等でいる。

 

 レッドは沈黙している。

 ヴォルタがにやついている。

 イグアスだけが暴露のためにブツクサと文句を垂れ、ヤケクソぎみに料理をかっくらっていた。

 

 

 

 

 

 

「今日は本当にありがとうございます」

 

 デザートの杏仁豆腐を三人が食べているとき、レッドは急に手を止めると礼を言った。

 レッドの声に当初の威勢はなかった。満腹になると誰でも気が弱まるものである。

 

「おう」

 

 とヴォルタが返事をする。そのぶっきらぼうさは暗に“この程度で恩に着るな”と言っていた。訓練校の所属年数が上なだけの先輩とはワケがちがった。

 レッドは思う。まことに偉大な男は偉ぶらず、その身だけでそれを表現するのだと。

 

「どうする? このあとは」

 

 先に完食したイグアスが足を机に乗せ、爪楊枝で歯のあいだをいじりはじめた。

 

「そうだな」 ヴォルタが時計を見て 「レッド」

「はい」

「時間はあるか?」

「申しわけありません……じつはこのあとアルバイトがありまして」

「アルバイトだと?」

 

 ヴォルタもイグアスも目を丸くした。それから両方が 「マジかよ」 と呟いた。

 

「申しわけありません!」

「待て……別に誘いを蹴られてキレてるわけじゃない」

 

 ふたりは簡単に卒業したが、訓練校の訓練は過酷である。レッドよりも屈強な少年が逃げだすなどよくあることだ。

 食べる。訓練する。寝る。

 食べる。訓練する。寝る。

 候補生がやるべきことはこれだけである。と言うよりも体力が尽きるのでこれしかできない。

 それなのに目の前のボウヤはアルバイトとの二足の草鞋をしていると言うのだ。

 

「そんなに懐が寒いのかよ?」

「……」

 

 レッドはわずかに頬を赤くした。彼は貧乏を恥だと思っていたのだ。しかし彼には大先輩の質問に答えないと言う、消極的な選択肢は存在しなかった。

 レッドはポツポツと身の上を語る。

 

「親には幼いころに捨てられました。今は兄がわたしと妹を助けてくれていますが、それだけでは生活費と学費の両立ができません」

「……だから飯屋の前で眺めてたってわけか」

「兄の金で無用な贅沢はできませんから」

 

 訓練校も無償ではない。アルバイトの給料は自分と妹の学費に使わなければならなかった。

 

「おい」

 

 俯いているレッドにイグアスが威圧的に言う。

 

「どこでやってる」

「えっ」

「アルバイトのことだ、何度も言わせるな」

「この近くの居酒屋ですが……」

「店名は」

 

 店名を言うとイグアスが携帯機器をさわりだした。レッドからは見えなかったが、彼は店のホームページを見ていた。

 

「ゴミだな」

「はい?」

「時給だよ……最低賃金だ。電話番号は……あるな」

 

 イグアスは携帯機器をポケットに入れた。

 

「行けよ。ヴォルタが引きとめてわるかったな」

「……ありがとうございます!」

 

 レッドは立ちあがる。そして深々と頭をさげた。

 イグアスは舌を打ったが、それは本心ではないだろう。チンピラの照れかくしだ。

 レッドは振りかえるとその場を去ろうとした。

 

「おい!」

 

 しかしヴォルタがそれを引きとめ、彼は大声でレッドに言った。

 

「次に奢るのは風俗だからな!」

 

 思春期のレッドは照れと期待を胸に全力で走りだしていた。

 

 

 

 なぜかアルバイトの時給が二倍になっているのを知ったのは、次の給料日が来たあとのことだった。

 その御蔭でアルバイトの時間を減らし、逆に訓練や座学や睡眠の時間を増やすことで、レッドは成績を大幅に上昇させることができた。

 

 

 

 

 

 

「受かるかね」

 

 店長の祈りも虚しく──レッドが去ったあとも二人は茶をしばいていた。

 

「要るかよ。あんなガキ」

「おれは欲しいけどな。レッドガンの連中はかわいげがなさすぎる。女のオールバニーでアレなんだぜ」

「オールバニーが女とは知らなかった」

「あいつ……昔のおまえと似てるよ」

「どこがだよ!」

「そうだな……必死なところとか」

「まったく、まったく……妙な休暇になっちまったな」

 

 

 

 

 

 

 走る、々る。

 アルバイトのために最短ルートで路地を抜ける。

 体が軽い。訓練の疲れがどこかに消えたような気がした。

 

「やるんだ」

 

 レッドは走りながらに呟いた。

 体術の訓練してもらったわけでもない。ACのシミュレーションをしてもらったわけでもない。それでもレッドは感じたような気がしていた。

 レッドガンの隊員。その男たちの偉大さを。

 レッドは思った。

 自分も彼等のとなりに立ちたい。

 自分も──アーマードコアに乗りたい。

 

 過酷な青春を街の光が照らしだしていた。

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