タクティカル祓魔師二次創作 森塚梢の事件簿   作:泉 とも

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・奪えないもの

 怪異から問いを投げかけられて、自分という像をそこに示すことができなければ、投映することができなければ、あなたはそこに存在できない。

 

 自分の心の光などというものを、元来多くの人はそう持ち併せてはいない。生きてはいるものの、その実存は真っ暗なのだ。自ら闇に光を示せる者など、滅多にいない。

 

 だからこそ、暗闇の中でも自分が分からねばならない。例え自分とは何者かを答えられなくとも。他人に示せる根拠など無くても。

 

 忘れてはいけない。あなたがあなたであることに、誰の許しも、証明も、必要ないのだから。

 

「アナタ、ダアレ」

「森塚梢」

 

 迫る界異に対し、彼女は答えた。

 

「高校に通う十八歳。一人暮らし、祖母は死に親は蒸発した。私は霊能業者の真似事して就職のために勉強をしてる最中。祓魔師の予備軍。千春の飼い主」

 

 拒むことなく与えられた情報を吸い取り、千春のときよりも早く影法師が姿を変えていく。

 

「血液型はA型で星座は天秤座。実家のアパートは今じゃカルトの売春宿。お前みたいな界異もたまに出る、穢れた場所に住んでるの」

 

 臭みのある自己紹介をし始めると、泥が彼女の体に纏わり付く。

 

「私の家はこの国の不義に悩まされ、何の救済も無いままバラバラになってしまった。正しい報いが何時か来るのを待ってた。でもそんなことは無かった」

 

影と泥が梢の形に近付く毎に、梢の目が憎悪に揺らめく。

 

「ここは世界でも恵まれた国なのに、今じゃ生活のために女を斡旋し自分も体を売ってる。他の女ほど人気も無いし、それなのに自分の賞味期限を延ばすために、JDになるために受験勉強も就職活動と並行して頑張ってる」

 

 ほとんど瓜二つになったドッペルゲンガーの顔に、梢は自分から顔を近付けて行く。

 

「ゴミみたいな人生だ。お前、私になれ」

 

 ドッペルゲンガーが彼女の顔を奪うべく、まだ出来ていない頭部を押し付けた。

 

 それがしばらくして離れると、遂に偽物の森塚梢が完成する。

 

「終わったみたいね」

 

 一方で本物はと言えば、傷一つ追わず真顔で界異を睨んでいた。

 

「今からお前は私だ。森塚梢だ。人間だ」

「私、森塚梢……人間に……なった……」

「そうだ。だから」

 

 梢は懐から黒い革手袋を取り出すと、両手に嵌めてからぽつりと零した。

 

「死ねよ。私」

 

 そして彼女は振り被った拳を、自分の顔を目掛けて振り降ろした。

 

「あぐっ!」

 

 悲鳴が上がった。女の悲鳴が。

 

「死ねっ死ねっ死ねっ死ねっ死ねっ死ねっ死ねっ死ね!」

 

「あう、やめ、やめて。痛い、止めて!」

 

 突如として始まった滅多打ちに、界異が怯む。人間としての解像度が上がり、そのせいで人間染みた反応をしてしまう。

 

「あなたは、誰。あなたは」

 

「お前は森塚梢! 影法師でもドッペルゲンガーでもない! この場にいるのはお前と私だけ! お前は人間で! 今から殺されて死ぬ!」

 

 憎悪と憤怒によって闘気が、霊気が、妖気が爆発し、黒い長髪がざわざわと脈打つ。

 

 既に気炎が燃える度に、肉が腐るような臭気が上がる。その拳が怪異から実存を奪っていく。

 

「お前に殺されて死ぬ私はね、もうお前なんだよ!」

 

「あなたは、ぐふ、だあれ」

 

「私はお前だ。お前に殺されるはずだったけど、それもお前の物。だからお前は死ぬ。これから死ぬのが私だからだ! 私になったお前はこれから、お前の代わりに私に殺されるんだよ!」

 

 ドッペルゲンガーという怪異に、或いはその都市伝説に不備があったとするなら、それは相手が自分の存在を、自分から差し出して来た場合だろう。

 

 自分の分身と遭遇すると本物は死に、ドッペルゲンガーも消滅するか、或いは成り代わる。

 

 だからこそ自分の全てを、先の物語の結末や立ち位置まで、丸ごと渡されたとき、界異と被害者の立場が混線する。

 

「ここは異界じゃない。ここは現実! だってお前は人間で、私で、森塚梢なんだ! ただの人間!」

 

 遠くの街の音が徐々に近付いて来る。押し付けられた人間と現実という情報に、ドッペルゲンガーが溺れつつあった。

 

 奪うが故に与えられたものを拒めず、捨てることができない。

 

「がふっあなた、誰」

 

 死すらも明け渡す狂人の責め。影法師の一縷の望みは梢が問答に対し、自分の有利になるよう口を滑らすことだけだった。

 

「私は私だ! お前はもう人間だけどな!」

 

 奪われた存在を絶対に戻させようとしない。大勢の人間が自らを何者であるか示せず、幾度も境界の向こうへ飲み込まれて行った。

 

 それなのに。

 

 この人間だけは、自分の全てを剥ぎ取ったにも関わらず、自分自身が何一つ揺らがない。

 

「違うなら言って見ろ! 私が私じゃないっていうなら、私が誰か言ってみろ!」

 

「!」

 

 千載一遇、起死回生の好機。

 

「あなたは梢、森塚梢……!」

 

 生と死と手放し、再び界異に戻ろうとする影法師だったが、最期に相手の目を見てしまった。

 

「そう……また私が梢なの。じゃあ……」

 

 崩れかけた女の怯えた顔が、その目には映っていた。

 

「あなた、だあれ?」

「あ、ああ、あっ」

 

 喜悦に歪んだ笑みが、影と泥の中に突き込まれた。

 

『ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!』

 

 界異だったものが断末魔を上げる。

 

 最初に『森塚梢』を明け渡され、相手に存在を返したことで、この界異は自分を失っていたのだ。

 

 梢が何者なのか、それは自分自身が知っている以上、相手の存在の空白に付け入ることなどできない。

 

『やめてやめてやめて! やめてやめてやめてやめて!』

 

 影が吸われ、泥を肌に塗り込まれ、存在を食われて行くことを、ドッペルゲンガーは感じた。

 

 むしろ自分の空白を強調するような形になり、今度は自分の虚無までも奪われつつあった。

 

「あなた、だあれ? 私は梢よ」

『私も、私も梢! げっ!』

 

 腹部に叩き込まれた爪先が、人間に逃げようとした影法師の体を折る。

 

「じゃあ私になって死ぬのね」

『違う、私、そんなのじゃ、あぐ!』

 

 ドッペルゲンガーの進退は窮まった。

 

 梢になれば梢に殺され、界異に戻ろうにも同じ手口で自分が奪われてしまう。

 

 影法師はもう死ぬしかなかった。

 

『……千春』

 

 苦し紛れにさっきまでの獲物を選ぶ。そのこと自体に最早界異としての意味は無かった。

 

 ただ目の前の脅威から逃れるために、面影を盾にするという意味しか。

 

「そう。じゃあ千春、あなたに一つ言うことがあるわね」

 

『ナに、こズえちゃン』

 

 ひび割れた泥が最後の力を振り絞り、少女の顔を象る。

 

 媚びを売るような笑みが痛々しく、それが彼女の逆鱗に触れた。

 

「死になさい」

 

 

 ――そして夜が訪れ、梢は一人になった。

 

 

「ん……あれ」

 

 桜之千春は目を覚ました。体は動かしていないのに、何かに運ばれているような感覚を覚える。

 

「起きた?」

 

 聞き慣れた声がした。梢の声だった。

 

「動いちゃダメよ、今のあんたは無理矢理体を荷台に乗せてる状態なんだから。下手すると落ちるわ」

 

 段々と意識がはっきりとして行く中、千春は自分の下半身が自転車の荷台に入れられているのを理解した。

 

 ご丁寧にもはみ出した部分が紐で縛られている。

 

「あんたのお尻が小さくて助かったわ」

 

 ドッペルゲンガーが消滅した後、街の外れに戻って来た梢は、自転車に千春を乗せて帰路に着いた。

 

「梢ちゃん、あの怪物、どうなったの」

 

「あんたに化けたからぶっ殺したよ。あんたが私でもそうするでしょ」

 

 気にしていないような口ぶりで梢は言った。冷静に見えて高止まりした怒りが、触れてもいないのに千春に伝わる。

 

「うん。そうだね」

 

 その怒りが千春には嬉しかった。

 

「取り敢えず、今日はもう千春を家に帰して、私は対策課に通報して、明日調書を作ることになると思う」

 

「うん、分かった」

 

 まばらな街灯の光に浮かぶ夜景は寒々しく、視界に入らない梢の存在が、何より温かい。

 

「ねえ梢ちゃん」

「何よ千春」

 

「さっきの話なんだけど、私の言ってたこと、聞こえた?」

 

 界異に己を問われて叫んだ、情けない本心。求めずにおれない依存と愛着。

 

 今になって千春はそれが恥ずかしくなったのだ。

 

「聞いてた。嬉しかったよ」

 

 足を止めずに梢は答えた。県境の夜は、遮る者のない静けさ。

「だからもう少しだけ、私の物でいて」

「梢ちゃん、ありがとう」

 

 一台の自転車が、夜を駆ける。

 

 自分にとっての自分など何も大事ではないが、そんな自分を求める相手がいる。

 

 ただその意味だけを噛みしめて。

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