デク-1.0   作:今日は晴れ

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第四話 ヒーロー社会:仮初め

 オールマイトの登場は、日本に、世界に大きな変革をもたらした。このことに異論を唱える者はいない。

 その変革はヴィランの検挙率の増加と、それに伴う犯罪率の低下という直接的効果と間接的効果が大きく言われている。

 だが、識者の中にはそれこそも副次的な効果に過ぎないと言う者もいる。

 

 オールマイトのもたらした最大の功績は、“ヒーロー体制のあり方そのものの変革”だとするのだ。

 

 オールマイト登場以前と以後では、ヒーローへの職業のあり方が変わった、と論じているのだ。

 オールマイトが登場して40年が経過しようとしている現代は考えられないことだが、オールマイトが登場する以前、ヒーローは人気職業ではあったが、現代ほど、人気ではなかった。そもそも、そのあり方が全く違った。現代はヒーローの活動と同じ警邏や犯罪者の検挙、また災害対応は変わらずだが、そのあり方、例えば、ヒーロー独自の個性のイメージからのCMやそのイメージソングなど、ヒーローをキャラクターとして捉えている。だが、以前では、ヒーローをキャラクターとして捉えていなかったのだ。

 否、ある意味ではキャラクターではあった、それは、物語の登場人物のような報道がされていた。

 ヒーローはそれまでの自分の生活を、愛する者を奪ったヴィランに対しての復讐者(アヴェンジャー)として、ヒーローは悲劇の主人公であり、復讐劇の一部として捉えられていたのだ。

 

 ヒーローは危険な職業だ、災害対応でも、警護でも、ヴィランや犯罪者の検挙でも、命を落とす危険と常に隣り合わせだ。

 

 現状でも一ヶ月に何人か、殉職者が発生している。

 

 だが、それは40年前と比較すれば、圧倒的な少数。

 

 ヒーローの組織的活動や、ヒーロー事務所ごとの範囲の設定など、多くの要因があるが、最大の要因は、オールマイトがもたらした、検挙率の増加と犯罪率の低下だ。ヒーローの死亡率が低下し、逆に、ヒーローは飽和社会と言われている。しかし、裏を返せば、オールマイトの登場以前はヒーローが不足していたことに他ならない。

 それはひとえに、強大で多人数とヴィランと真っ向から戦う道しかヒーローにはなく、そして、ヒーローたちは戦えば戦うほどに疲弊し人数は少なくなる。さらに、悪いことに治安悪化という人心の荒廃はさらなるヴィラン発生を招く。ヒーローを志す若者もいないわけではないが、ヴィランになる者に比較すれば多くはない。そのうえ、大多数は死ぬ。遅かれ早かれ、やがてはヒーローはヴィランに殺される社会であった。

 

 ヒーローはある種の生け贄であった。民衆がヒーローに求めるのは安心や安全ではない。いかに、ヒーローがヴィランを退治できるか、そのスパイスに、ヴィランに殺された遺族や遺児がヒーローとなってヴィランに復讐を行うドラマがあるとまた格段に良い、それが民衆の娯楽となっていた。

 

 人はパンのみに生きるにあらず、とはなんであったのか。人心の荒廃がここに極まり、であろう。

 

 そんな情勢に、オールマイトは現れた。

 

 それまでのヒーロー像からすれば、オールマイトは民衆の、大衆の求めるヒーローからは求められていなかったヒーローだった。

 しかし、彼の見せつけたヒーローのあり方は、人々を熱狂に巻き込んだ。

 

 罪を憎んで、罪人を憎まない。

 

 どれほどの悪行を重ねたヴィランでも、彼は決して私刑の類いをしなかった。

 例えナンバーワンとなったあとでも、謙虚で、誠実で、ただただ、救いを求める手を拒むことはなかった。

 

 ひたむきな、ヒーローであった。

 

 そのあり方は、多くのヒーローたちに自制と自浄を促した。

 

 例え両親をヴィランに殺されたヒーローもヴィランを許し、暴力のためにヒーロー(個性使用権限)になった者も人々の救いの手を掴んだ。

 

 そのうち、オールマイトの陽光はヴィランを照らし、やがて、ヴィランは減り、ヒーローたちは増えた。それは、ヒーローたちの殉職者が減り、やがて、ヒーローたちが溢れる、ヒーロー飽和社会(安全な社会)となったのだ。

 

 民衆が望んだヒーローの復讐劇も次第に報道されなくなり、また、そういったショービジネスも嫌厭されるようになる。

 

 まさしく、超常能力社会の救世主と呼んでいい男だった、オールマイトは。

 

 しかし、光が強くなれば、その分、闇も色濃くなる。

 

 これから語られる話は、そういった部類の話だった。

 

 

 

 ただただ、人を助けたい、助ける手を求める人の手を握り返したい、純粋でひたむきな少年の願いは、ヒーロー制度の社会ではただの犯罪者(ヴィジランテ)であるという、絶望、ただし、それでも、ならば、と、少女が差し伸べた手によって、夢に向かって歩けるようになった。それが、穢れて、より深い絶望につながっていた救いのない話が、緑谷出久(主人公)の、これから語られる物語だ。

 

 

 ☆

 

 

 火伊那は酒を呷る。

 

 「アンタも、飲むかい? オールマイト」

 

 火伊那はグラスを見せるが、オールマイトは首を横に振った。

 

 「結構です、気持ちだけ頂戴します」

 

 火伊那はため息をつく。飲めないって話だね、とただ一言、述べた。

 その意味を、この場にいる者たちは理解していた。

 

 「……噂は本当みたいだね、アンタがオール・フォー・ワンを打倒したのって話は……」

 

 オールマイトは目を見開く。

 

 「安心しなよ、私も出久もやつを知ってる。私は現役時代にやつを追ってた身だ。出久もそうだよ」

 

 火伊那はグラスを置き、ゆっくりと額がテーブルにつくほどに深々と頭を下げた。

 

 「おめでとうございます。アンタは喜ばないと思うけど、でも、言っておきたいンだよ」

 

 顔を上げ、へらへらと笑う火伊那だが、その目は笑っていなかった。

 

 「そういえば、少年、君は公安に所属しているという話は――」

 

 出久は目を伏せる。

 

 「はい、この町に引っ越してきたのは、貴方をサポートするのが僕たちの任務です」

 

 公安から、喋ってもいいと言われていた。どのみち、オールマイトなら知ることになるだろう、そんな判断だとわかっていた。

 

 「近々、オールマイトが雄英高校に赴任する可能性があり、この町にくれば、オールマイトはヴィランへの対応が多くなる。貴方を倒して名をあげたい、とするヴィランもいますから……」

 

 ゆっくりと、出久は壁に掛かった十字架――珠雨華の白い装甲()を撫でた。

 そして、オールマイトの現在・・・・・・トゥルーフォームと呼ばれる姿を見た。

 痩せ細った、枯れ木のようなオールマイトを。

 

 「僕と珠雨華ちゃんの二人で、貴方の負担を減らすこと、その姿が露見しないように命じられています。具体的には、ヴィランの検挙もしくは、排除、ですね」

 

 排除、の響きが冷徹な、どのような意味であるか、オールマイトは知らないわけがない。片眉が上がってしまう。

 

 「貴方が、オールマイトが安心して引退できるまで、サポートするのが僕たちの仕事(任務)です」

 

 出久は笑った。

 力なく、とても、少年が浮かべるような笑みではなく、疲れ切った老人のような笑みと声だった。

 火伊那は無言でグラスを呷る。

 

 オールマイトは最初、人並みのヒーローよろしく、彼を、出久を咎めるつもりで少年を見た。

 しかし、気がつく。

 

 出久の目はうつろだった。よくよく見れば、その手には多くの傷跡があり、また、目の下には化粧がされているが、くまがあることに、それほど、彼は追い詰められていた。

 

 オールマイトには、再び自責の念が湧き上がる。

 この肉体を世間に公表するにはまだ早い。だが、それはこの少年と少女を地獄に落としてなお、露見を防ぐほどのものか、いや、あるだろう。

 

 自惚れるな、オールマイトは自分に言い聞かせた。

 この姿は抑止力なのだ、それがわかっているからこそ、後継者を探しているのだろう、そう言い聞かせた。

 

 なら、やるべきことは一つだった。

 

 「緑谷しょうね、いや、緑谷出久くん、私を守ろうとしてくれてありがとう」

 

 オールマイトは立ち上がる。

 立ち上がって、出久のそばに立ち、ゆっくりとその手を取ると、頭を下げた。

 

 「お、オールマイト!?」

 

 慌てたのは、出久だった。

 今まで、正規のヒーローたちが出久を知ると、ある者は激高し、ある者は憐憫し、またある者は泣いて抱きしめた。

 

 だが、感謝されるのは、はじめてだった。

 それが、憧れのヒーローであり、自分の原初であるからこそ、なおさら、うろたえた。

 

 「ただ、一つだけ教えて欲しい」

 

 オールマイトは真剣な表情で、ただ、対等な一人の人間として、出久を見る。

 この姿の状態では、眉が盛り上がっているから、ひさしのように影ができ、暗い目をしていたが、それでも目を見開き、尋ねる。

 

 「君は、本物のヒーローになってみる気はないかい?」

 

 まるで、いまの行動は偽物だと言われたようで、僅かに出久の顔が曇ったが、

 

 「これから、私は雄英高校の教師になる。来年からだ。そこで、本物の、君が望むヒーローを目指してみないか? 任せなさい! 私はナンバーワンだ! 贔屓はできないけど、君はヒーローになれる!」

 

 それは、出久がオールマイトからかけられた最大の賛辞だった。

 オールマイトは見抜いていた、この少年がヒーローになりたいと願っているのも、思いも本物だと。だからこそ、公安のヒーローではなく、正規のヒーローにならないか、そう尋ねたのだ。

 

 この少年の、願いを叶えるために、力になる。オールマイトはそういったのだ。

 

 出久にとって、これほど、嬉しい言葉があるだろうか。

 

 出久の両目から涙がこぼれる。

 

 「あれ? おかしいな、ごめんなさい」

 

 感情を殺す訓練は受けていた。でも、涙が止まらないのだ。

 

 しばらく泣けてしまった。

 

 そうして、

 

 「ごめんなさい、オールマイト、でも、今のままでも僕は確実にヒーローになれるから」

 

 「そんなに泣いてるのに?」

 

 出久は俯く。俯くしかなかった。

 

 「珠雨華ちゃんの呪いを解くには、僕がヒーローになること、確実にヒーローになるには、僅かでも、落ちる可能性のある雄英には、一般のヒーロー科高校には進学できないんです」

 

 オールマイトは顔をみた。

 

 「――詳しく、教えてくれるかな?」

 

 

 ある少年と、その少年を救おうとする少女の、二人の(呪い)の話を出久は語る。

 愛ほど歪んだ呪いはないが、その呪いを解くために、ヒーローにならざる得ない少年の話を。

 








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