デク-1.0   作:今日は晴れ

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第五話 オールマイト:私が来た

 

 「……最初にお会いしたとき、話したように、僕は……無個性です」

 

 ぽつりと、呟くように、独り言のように出久は話し始めた。

 それは、オールマイトに向けての言葉ではなく、まるで、神に罪の告白をするかのように。否、その通りなのだろう。

 緑谷出久にとっての神――オールマイトに、これから、己の罪を懺悔するのだから。

 

 「僕は、貴方に、オールマイト、貴方のような、困っている人に手を差し向けるヒーローになりたかった」

 

 それは、誰もが抱く憧憬と、そして、挫折。

 

 「でも、僕は個性が宿っていない無個性、誰も、僕がヒーローになれるとは言わなかった……いいえ、言えなかった」

 

 無個性であると分かったとき、母である引子は謝罪し、幼なじみである爆豪勝己はヒーローに憧れる出久を全否定した。

 

 爆豪は単なる暴言の類いだろうが、幼心に、幼子すら、分かっていたのだ。無個性にヒーローは務まらない、と。

 それは、事実だった。

 他でもない、ヒーローとして活動して、出久は身に染みた経験則。その勉強の代価として、緑谷出久の体には多くの傷が刻まれていた。現に、袖の先からの手や首などにすら、古傷があった。

 

 「でも、四歳の時、珠雨華ちゃんが、僕に個性を授けてくれました」

 

 恥ずかしげに、照れるように話す出久だが、オールマイトに緊張が走る。

 珠雨華が個性を授けた――それは、オールマイトの力や、オールマイトの宿敵に類する個性ではないか、その個性の危険性を知るからこそ、顔を強ばらせた。

 

 彼らの個性について、記載がなかった。

 書類の個性の欄は、黒塗りで消されていたからだ。

 

 もしも、彼女に宿る個性は力を授けるものであれば、公安委員会が隠したのも納得できる。そうオールマイトは考えを巡らせるが、出久の口から出てきたのは、異なるモノだった。後悔をにじませ、俯いて、涙と共に絞り出す。

 

 「僕は、珠雨華ちゃんの未来を代償に、個性を得たんです」

 

 ☆

 

 出久はしばらく、涙を流していた。

 

 これは、宿敵のような代償無しの個性ではない、何かしらの、少なくとも、彼女の現状と出久の様子をみれば、代償系の個性だとわかるだろう。

 

 個性には、様々な代償を必要とするモノがある。

 何も使わずに超常の力が振るわれている個性が多いが、中には超人的な力を使う代わりに、使用する毎に命の危機に陥る者もいる。

 

 異形になる者、も、代償系の個性とも言われている。

 

 珠雨華の個性は、代償を必要としたのだろう。ただ、もう少しだけ説明が欲しかった。出久に個性を与える代わりに、珠雨華の未来が犠牲になった、とはどういう意味なのか、また、彼女が銃火器となっていることと関係があるのか。

 

 その疑問に答えたのは、出久ではなく、火伊那だった。

 

 「あたしから、説明させてくれ」

 

 ウィスキーが注がれたコップを傾けながら、火伊那は、

 

 「珠雨華の個性は、『約束』だ」

 

 約束――オールマイトは反芻して呟く。

 

 「珠雨華は、誰かの願いを叶える代わり、自分の願いをその契約した相手に叶えてもらう……例えば、無個性が個性()を願えば、自分が将来、手にするはずの力……筋力や体力、精神力を、二人分の成長を与える、そんな個性だ……」

 

 火伊那のグラスは傾き過ぎて、少しばかりウィスキーがこぼれ、火伊那の手に掛かった。しかし、それに気にするそぶりは見せない。疲れた表情で、壁に掛かった十字架――珠雨華を見た。つられて、オールマイトも珠雨華を見る。

 

 強力な個性だろう。

 二人分の成長を与える個性、個人を倍加できる個性なのだから。

 

 そして、出久が未来を奪った、との言葉も合点がいった。

 未来――彼女が成長して得られるはずの力を、出久は得たのだ。

 

 十字架になっている珠雨華は、オールマイトのこの姿(トゥルーフォーム)では持ち上げられないほどの重量があると推測できた。

 だが、出久はヘドロヴィランに襲いかかったとき、軽々と珠雨華を持ち上げ、また、周りが、プロヒーローですら制止できない速度で現場に侵入を果たした。

 

 全てがつながった。

 

 「良い個性、だと思っただろ?」

 

 苦笑しながら、火伊那は問いかける。

 そんなことは、とデメリットが発覚したから、口先では否定するが、オールマイトも、長くヒーロー業界、それもトップヒーローであったからこそ、その強さを理解できる。

 私情と感情を抜きにすれば、確かに良い個性だ。

 

 「けどね、この個性はいくつか制約がある。無個性としか契約ができない、なんてこともある、現代だと少数派しか契約ができない。それに、代償があり過ぎる。私の旦那がやらかした」

 

 嗚咽とも、笑い声とも判別がつかない声をあげ、火伊那は、話す。

 

 「旦那は、沙慈は、いつでも、公安が襲撃してきても、手元に武器がある幸運を願った。

 少しばかり、珠雨華の幸運を借りたつもりだったんだろうが・・・・・・。

 確かに、武器は手元にあった。けど、公安が襲撃したとき、()()()()()()()()()()()()()()。そして、珠雨華が武器に、あたしのような、武器人間、武器化しちまった。

 

 確かに、『約束』の通りだ。公安が襲撃したとき、沙慈の手元には武器があったさ、珠雨華がいつも居て、その珠雨華が武器になるンだから、ね……

 私の個性因子が、半端に出ちまったンだ……」

 

 火伊那は笑った。楽しそうに、心底、こみ上げてくる笑い声を発して。ただ、オールマイトには分かっていた。

 多くのヴィランを捕縛したとき、そのヴィランが浮かべていることが多い笑み――もう、己の感情を理解できない、把握できなくなった、人間の(笑い)だった。

 

 個性の発現には、両親の個性が合わさった複合型や、両親の個性を受け継がない突然変異型がある。

 

 その点、珠雨華は優秀だった。

 もしも、生まれた家族が家族だったら、子供を道具にしか見ない家だったら、大歓迎されていただろう。

 

 両親の個性では発現しない個性を持ち、また、母親からの個性因子も受け継ぎに成功していたのだから。

 

 ただ、火伊那たちは表に出ることはできない逃亡生活で生まれたのが珠雨華だった。

 

 そのときの、火伊那と沙慈の心情は如何ほどだっただろうか?

 

 己の娘を異形(モノ)に変えたのは、他ならぬ母親(火伊那)の遺伝子、それを、自分たちが逃げるために使う、子を道具にして。

 

 手酌で、ウィスキーをコップに注ぎ、再び火伊那は一口に呷る。

 

 「でも、珠雨華はそのときだけは武器で、それ以外はただの子供だった。

 あたしたちの、娘のままだった。

 

 旦那が、沙慈が死んでから、あの姿になった」

 

 ただ、火伊那は手元のウィスキーをみる。

 己の、顔が琥珀色の液体に写る。

 

 皺が増えた、と、火伊那は自分の顔を他人のように思えた。

 加齢という、当たり前の生理現象だ。しかし、珠雨華には、それすらもできなくなった。

 

 「それと、この個性の厄介なところだ、一度、契約を結んだら、その約束が果たされるまで決して解除できない。

 

 あとは、わかるだろ?

 契約した旦那は死んだ。

 

 ――……沙慈が死んだあの瞬間から、珠雨華はあのままだ。沙慈が珠雨華を手にして戦って死んだときから、ずっと……だ。ずっと、ずっと、あのまま――!!」

 

 語尾を荒げた火伊那を、出久が肩に手を置いた。

 ただ、静かに火伊那を出久がみた。

 

 「……すまん、取り乱した」

 

 くたりと、力なく、火伊那の手が下がる。

 

 「沙慈と珠雨華の約束の内容を、沙慈の条件しか、あたしたちは知らない。でも、珠雨華を元に戻す方法は考えられるだけ、全部試した。……もう、本当に手が無い。だから、もう一つの約束が果たされれば、もしかすれば……」

 

 もう一つの約束、として、オールマイトは出久を見る。

 

 「『僕がヒーローになる』こと……」

 

 火伊那の言葉の先を、俯いたまま、出久は語り継いだ。

 

 「僕が、ヒーロー活動をすると、そのあと、珠雨華ちゃんは、元の姿に戻ります

 僅かな時間ですが、これは、ヒーロー活動は、珠雨華ちゃんの力を借りた支払い、僕の時間を珠雨華ちゃんに払っている、と公安では教えてもらいました」

 

 オールマイトは思い出す。

 ヘドロの敵を倒した後、あとを追ってみれば、そこには出久と、一人の少女がいたことを。彼女こそが、珠雨華なのだろう。

 

 「僕がヒーロー活動をしないと、珠雨華ちゃんは、人にすら戻れない」

 

 出久は話す。

 それは、決意だった。

 

 一人の、少年が抱いた決意。

 

 「僕は、公安と契約をしました」

 

 それは、公安に火伊那と珠雨華が捕まったあと、同じく捕らえられた出久が公安と結んだ条件。

 

 

 公安の犬に出久は成った。どんな仕事もこなす猟犬として教育を受け、実際に手を汚した。それは、報酬のため。出久に支払われる報酬は二つ。

 

 一つは、脳死状態にある母、引子を治癒できる個性が表れた時、優先的に治療をすること。

 

 そして、もう一つは、

 

 「僕は、ヒーローになれます。例え、ヒーロー科に入学しない、正規の手段でなくても、公安が認めた特例のヒーローに」

 

 高等教育学校のヒーロー科に入っても、終わりではない。

 ヒーロー科に入学しても、ヒーローとして、卒業できる者は多くはないのだ。

 

 その現実を、オールマイトは知っている。

 

 だからこそ、ヒーローになるしか道がない出久は、その僅かな可能性に首を振れなかった。

 

 「僕が、ヒーローになって、ヒーローにならないと、珠雨華ちゃんとの契約は終わらない、彼女は一生、あのままなんです!

 

 僕は、ヒーローになるしかない! だから、どんな方法であっても、どんな非道を行っても! どんなに手が汚れても、僕は、珠雨華ちゃんを助けたい!

 

 公安で仕事を続ければ、公安の、プランに沿ったままであれば、僕たちはヒーローになれます。確実に、ヒーローに……。 

 だから、僕は、雄英高校には、いけません……ごめんなさい」

 

 椅子から立ち上がった出久は頭を下げる。

 

 何に対しての謝罪だろうか、頭を下げながら、出久は考える。

 

 オールマイトの期待を裏切ったことだろうか、それとも、誰に対しての謝罪なのか。

 

 そんな出久に対して、オールマイトは、

 

 「顔をあげて、緑谷少年」

 

 オールマイトは、出久の両肩を掴んだ。

 

 「私が、きた」

 

 それは、緑谷出久が憧れた一言だった。

 

 まっすぐに目をみて、オールマイトは、静かに少年に語りかける。

 

 「少年、君がなりたいヒーローは、その方法で成れるものかい?」

 

 出久は、その問いかけを聞いたとき、内心、オールマイトに若干の失望を抱く。

 

 なりたいとかではない、ならなくてはいけないと話したのに、理解してくれないのか、と。

 

 そんな出久の機微に気づいたオールマイトは話しかけた。

 

 「私は、君が、緑谷出久という少年が、無理をしているようにしかみえない。

 少年、君がヒーローになれることと、どんなヒーローになりたいかは別だ。

 

 君は、君が理想とするヒーローにこのままで、成れるのかい?」

 

 オールマイトの質問に、出久は、ただただ、無言だった。

 

 「…………僕だって」

 

 緑谷出久は、オールマイトをしっかりとみる。両目から大粒の涙をこぼしながら、

 

 「貴方のような、困っている人を助けられるヒーローに、なりたい」

 

 かつて、個性がないと診断された夜、ヒーローを医師から諦めるように言われた晩、母に成れるかと尋ねた時に見せた涙と同じように、出久は泣いた。

 

 声もなく、ただ、涙を流して。

 

 「もう、いいだろ! オールマイト」

 

 それを止めたのは、火伊那だった。

 火伊那は出久を、幼子のように抱きしめた。

 

 火伊那にとって、出久は、息子(家族)だった。

 

 自分が、自分たちが出久とその家族を巻き込み、全てを奪っておきながら、都合のいい話だと分かっている。

 

 しかし、もう、火伊那には、出久しかいなかった。火伊那を前にすると、珠雨華はただの十字架になる。否、出久以外の誰かがいると、珠雨華はただの十字架に戻るのだ。

 

 それは、母親の火伊那の前ですら。

 

 9年間、火伊那は珠雨華に会っていない。

 

 出久は、そんな火伊那を支えてくれた、息子だった。

 共に、公安の、超常社会の闇を見せつけられ、後始末をさせられ続けた同輩にして、後釜。

 そして、娘を助けられる可能性のある、唯一の光明。

 

 「アンタからすれば、アンタのナンバーワンの座は並大抵の努力じゃないことはわかる!

 

 だから、きれい事が言えることも!」

 

 

 今まで、出久が、この親子に関わったプロヒーローは何人もいた。

 出久を救おうとした者もいた。何度も、出久たちは希望を抱いた。

 

 しかし、出久の現状をみれば、その行為は徒労だった。

 

 時には、引子と珠雨華を救うどころか、出久が少年院に入れられそうになったときもあった。

 

 オールマイトでも同じ、だと火伊那はわかっていた。

 むしろ、No.1ヒーローであるため、悪化する可能性がある、と。

 

 「この子を惑わせないでくれ……この子に、出久に、無駄な希望を抱かせないでくれ……あたしたちは、もう戻れないところまで来ちまってるンだよ……。

 

 

 

 ……………………もう、手遅れなンだよ」

 

 

 

 

 火伊那に抱きしめられながら、出久は思い出す。

 はじめて、拳銃で人を撃ったときの、引き金の感触を。

 

 その晩、眠れなかった。

 

 ただ、ヒーロー活動として認められたから、十字架から人に戻った珠雨華は、出久の手を握って一緒にいてくれた。

 

 今まで、公安に来るまでの一年間、困った人に道案内してあげたり、落とし物を交番に届けた時、珠雨華と共に過ごす時間が増えた。

 

 それは、珠雨華との『約束』で、ヒーロー活動と認められたのだろう。

 誰もが笑顔になる行為だった。

 

 しかし、それまでと違って、明確に人を殺したというのに、人を、害したのに、ヒーロー活動と認められたのだ。

 

 その罪深さに、自分の憧れを汚し、罪を背負った出久は眠れなかった。

 

 ああ、そうだ、僕は所詮――

 

 「――わかった」

 

 そんな二人に、オールマイトは話す。

 

 「私が、私が背負わせてくれ」

 

 オールマイトの、それが絞り出された、一言だった。

 

 絶望などせず、ただ、まっすぐに前を見ていた。

 枯れ木のような指に力を込め、掌を握り絞めるあまり、血が滴りながら、それでも、拳を握りしめた。

 オールマイトの決意だった。

 





    出久「……誰かが、ほんの少し優しければ僕たちは──

       学校に通い、友達を作って、幸せに暮らしただろう。

       でも、そうはならなかった。ならなかったんだよ、オールマイト。

       だから──この話はここでお終いなんだ」

























































































































































 オールマイト「私が来た」

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