ダンジョンもし   作:ばばばばば

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もしもライオスとマルシルが恋人になったのなら番外編

 

 

 お見合いの料理の為に魔物の素材が必要という話になった時、俺の脳内に電撃的な発想が浮かぶ。

 

 以前聞いた領内にダンジョンが自然発生し、その被害が出ているという話

 

 まさにこれは天恵、この機を逃してはいけないとすぐさま準備をして向かおうとするが、なぜか我が忠臣ヤアドとカブルーはそうはさせまいと引き留めた。

 

 

「王よ! いい加減、己の立場と言うものをご自覚してください!!」

 

「王にいま何かあったらどうするんですか!?」

 

「いいや、民に何かあったらどうする。ここは俺自ら行くべきじゃないか!」

 

「アンタがそんな殊勝なこと考えてるわけないでしょ! しかも後数日で見合いなんだぞ!?」

 

「だからこそ最高の食材を……!!」

 

 

 二人をふりきらんと進む俺と行かせまいと組み付く二人

 

 結果長い話し合いの末、俺がダンジョンへ行くことは認めるが、安全を確保してからでなければ入ってはならず、俺はダンジョン内の魔力を散らすためだけのみ入ることを許すという、俺にとっては非常に不本意な提案を突き付けてくる。

 

 

「分かりました……、ダンジョンでとれた物なら持って帰ってもいいですから、ただし危険な真似は本当に止めてください」

 

 

 不満はあるが、これ以上の譲歩は引き出せないだろう、そう諦めた俺は彼らの提案を飲んだ。

 

 

「くそっ、王になって少し交渉術を身に着けたと思ったらこれか……」

 

 

 そして俺は見合い前日、久しぶりにダンジョンへと向かったのだった。

 

 

 

 

 

 朝早くに馬車に揺られながら運ばれる俺は、村へと向かう道すがら、そわそわとしながらカブルーに事の概略を再度聞いた。

 

 

「報告では、夜のうちに家畜や畑の野菜に被害を受けているそうで、不審に思った村人があたりを探ると自然発生した迷宮を発見、報告があったとの話です」

 

「被害とは具体的には?」

 

「牛と馬が一頭ずつ忽然と居なくなり、野菜は一反分のジャガイモがごっそり取られたそうです」

 

「ううん、それは全部同時に起きたのか? 家畜が暴れた形跡は? 畑はどのように荒らされた? 他に壊されていたものとかないのか?」

 

「家畜はそれぞれ別の日に忽然といなくなって、最近では畑が掘り返される被害が出ていたそうですが……、その他については……すみませんそこまでは」

 

「いや、かまわない、実際に見て考えた方が楽しみだ」

 

 

 俺はワクワクしながら待った。

 

 

「はぁ、やっぱりそっちの方が目的なんじゃない……」

 

「ったく、なんで王様にまでなってやることがダンジョン攻略なんだよ」

 

「諦めろナマリ、稼ぎのいい仕事と割り切ったほうがいい」

 

 

 俺、マルシル、ナマリ、チルチャック、なんだか昔組んだパーティーを思い出す。

 

 まぁあの時と違い、シュローとファリンはいないが、その代わりカブルーと警備隊のオーク達、さらに魔術師も数名同行している。

 

 

「別に小さな自然発生の迷宮なんて、穴を塞ぐなりすれば終わりだろ? 私らを雇わなくても、一緒に来たやつらで駆除すればいいじゃねぇかよ」

 

「まぁ、乱暴な方法ですが一理あります。初期に発生した迷宮なら入り口をふさぐだけでも対処は可能ですし、そもそも部下を使ってもらった方が安全なのは僕も同意見です。実際迷宮の規模はかなり小さいようなので許可したんですからね」

 

「ライオス、お前も王様なんだから、あんまり我儘ばっかり言うと内に敵を作ることになるぞ……、きついこと言うが、昔組んだパーティーでダンジョンに潜りたいってだけの思い出作りだけなら、俺はもうこの手の依頼は受けない、立場ってものをもうちょい考えた方がいいぜ」

 

「いいや、俺はこのダンジョンの攻略に必要なメンバーを集めただけだよチルチャック」

 

「……ふぅん?」

 

 

 皆俺に対して厳しい意見が飛び出す……、しかし、このダンジョンの話を聞いた時、俺は少し違和感を感じていた。

 

 誰もそれを指摘しないで、適当に入り口を塞ぎ魔力の循環を封じて迷宮を崩壊させればいい、人をやって中の魔物を散らしてしまえばいいだろう、という話で終わってしまいそうだった。

 

 俺は案外、このダンジョンは放置しない方が良いと思っている。

 

 周りを見回せば少し何かを考えこんでいるマルシルが見えたので、俺は彼女も同じ違和感を感じているのではないかと質問してみた。

 

 

「マルシルはどう思う?」

 

「えっ、まぁみんなと同じ意見だけど、ちょっと気になることがあるかなぁ……」

 

「というと?」

 

 

 マルシルの言葉に意外そうな顔をする皆、俺はそのまま彼女がなぜ疑問に思っているか話すように促した。

 

 

「自然発生型の迷宮の初期段階って、基本的に魔力が上手く循環できる環境があって発生するものだから、そこから村を襲う魔物がいきなり出てくるって結構珍しいなって」

 

「そうなのか?」

 

「あっ、ない訳じゃないんだよ? そういう環境を好んで外から来た魔物が巣として住み着く場合とかもあったり、強力な魔物が生まれてそのダンジョン内で賄い切れないから外に飛び出すってこともあるし……」

 

「……言われてみればちょっと妙ですね」

 

 

 マルシルの言葉にカブルーが少し考え込む様子を見せた後にこちらを見る。

 

 

「調査したダンジョンは本当に短いんです。入り口も一か所で一本道、魔物も大したものはいない、洞窟の奥にオオコウモリとスライムがいるだけの場所だったそうです」

 

「えっ……もう探索してたのか?」

 

「……危険性を考えれば当然です」

 

 

 だったらもっと詳しく話を聞いたのに……

 

 

「あぁ……、自然界でよくみるタイプね、オオコウモリが外の餌を食べて、その糞をスライムが分解して魔力が溜まっていくみたいなの」

 

「そうなんです。自分もマルシルさんの話で気づいたんですが、スライムやオオコウモリが馬や牛を暴れられず盗むようなマネってできるんでしょうか?」

 

「ううん……、小動物ぐらいなら? 大きな家畜を忽然と盗むのは難しいかも……」

 

「さっきのマルシルが言ったみたいに、居着いた魔物がいて、調査の時はたまたま居なかったんじゃないのかい?」

 

「……盗人が魔物のふりをして家畜を盗んだとかいうオチじゃないだろうな?」

 

 

 皆の意見が活発に出てきた。

 

 そうだろう、一体何が出るかワクワクするだろう。

 

 俺はそんな風にその光景を眺めていると、皆がこちらを向いていることに気づいた。

 

 

「ん?」

 

「いや、どうせお前のことだ、なんか見当はあるんだろ?」

 

「そうよ黙ってこっちをニヤニヤみて、どうせ何の魔物か分かってるんでしょ?」

 

「い、いやー、まだわからなくてなぁ……」

 

「もったいぶらないでください」

 

「コイツなんか隠してやがるぞ!」

 

 

 俺は皆の白い目線を受け、時折仲間より罵倒を受けながらも村に着くまで予想については沈黙を保った。

 

 

 そうして実際に村に行って被害を見てみればより多くのことが分かった。

 

 まず家畜について、月もなく風のない静かな夜が明け、家畜小屋の方を見ると馬が消えており、盗まれたものと思ったら、似たような夜に今度は牛が忽然と消えていたため、今度は錠をかけるなどの対策を取ったが、その次は畑を荒らされたのだと、被害にあった村人は話す。

 

 

「あの日も風が吹かない不気味な夜でしたねぇ……、いや、畑の被害にあった日は夜中からちょっと風が吹いたような気もしましたが……、そういや丁度同じような間隔で盗まれてまして……、次もそろそろだろうと今度、寝ずの番でも立てようかって話をしてましてね」

 

 

 家畜小屋は簡素な作りだがしっかりとした扉が付けられており、畑の方をみれば焼けて壊れた柵越しに丸ごと綺麗に掘り返された畑が見れる。

 

 

「……こりゃ、やっぱり魔物より人の仕業じゃねぇのか……?」

 

「えぇ、明らかに荒らし方に知性を感じます」

 

「まぁ、確かに人に盗まれたという訴えより、魔物の被害を受けたと言った方が、保障やダンジョンの駆除に話を持っていきやすいのでしょうが……」

 

 

 俺は壊された柵に近づくと、地面に顔を寄せて観察する。

 

 

「人の足跡しか残ってないな……」

 

 

 畑の柵を壊されてから雨は降っていないらしいが、既に村人によって柵は補修され、人の足あとしか残っておらず、特別な痕跡は分からない

 

 

「王……、マントが地面についてます」

 

 

  俺はそのまま柵の内側へ跨いで入っていき、あたりを探すと焦げた木片がいくつか散らばっているのが見える。

 

 焦げて壊された柵、衝撃で吹き飛んでいる……。

 

 

「これは……、マルシル、この柵になにか魔法の痕跡は感じるか?」

 

「えっ魔法……? ちょっとまってね……、あれ、ほんとだこれ魔法で壊されてるわ」

 

「なんの魔法か分かるかい?」

 

「ごめん……、そこまでは、あっでも普通の火球みたいなのじゃないかも……」

 

 

 その言葉に皆が微妙な顔をする。

 

 

「やっぱり人の仕業では? 魔法が使われてますし……」

 

「魔法が使えるんならもっとマシな仕事あるだろうに……」

 

「それはまだ分からない」

 

 

 俺は唸りながらヒョイと柵をまたぐ。

 

 

「さぁ肝心のダンジョンに行こうか!」

 

 

 

 俺たちが村人に案内され、ダンジョンに到着すると、そこは森と一体化した小高い丘、その麓に小さな洞窟の入り口があった。

 

 

「すでにオーク達を先行させましたが……、もう終わってるようですね」

 

 

 この村に着いた時、二手に分かれたが大した時間もたってない、オーク達のつまらなそうな表情からも本当に何もなかったことが窺える。

 

 

「ロクな魔物一匹居なかったですぜ、オオコオモリどころか、スライムすらいないなんて、本当にここがダンジョンなんで? ただの洞穴じゃ……」

 

「そうか、少しまずいかもな……」

 

 

 俺は少しだけ考え込むと、ナマリとチルチャックの方を向く

 

 

「チルチャック、中の洞窟で風を感じるか見てくれないか? ナマリ、オーク達と丘を少し上って見回ってきてくれ、これから入る洞窟の内部と照らし合わせたいのと、丘の方に不自然な地形がないか調べてもらいたい」

 

「王? わざわざそこまで慎重にならなくても……」

 

「あいよ、ちょっと覗いてくるぞ」

 

「わかった。けど不自然な地形って具体的になんだよ?」 

 

「ううん、植物が生えてないとか……、意図的に作られた地面と言った方が良いのか……」

 

「まぁ、探して見るよ。ちょっと待ってくれ、……おい、アンタらオークの中で勘の良いヤツを二人出してくれ 」

 

 

 俺の言葉にチルチャックは直ぐに洞窟の中へ、ナマリはオークの数人に声をかけ、丘へ登る準備を始めた。

 

 

「あの、皆さんここはそんな大したダンジョンじゃ……」

 

「私もそう思うよ……、だがこいつがこういうことを言い出した時は信用した方がいい」

 

「まぁ、まず理由を言えって話だがな、調べてきたぜ、どこにつながってる感じでもない、なんつーか空気の流れがひどいぐらいに澱んでる。長居したい場所じゃねぇな」

 

「そうだな、まだ確定ではないが、もしも俺の予想した魔物であるなら、その証拠を見つけた時点で取り逃す場合がある」

 

「どういうことですか?」

 

「まず、俺が気になったのは牛や馬を襲う魔物という話を聞いて興味をひかれたんだ。たいていそういう魔物は大型なのでぜひ見たくてね、まぁそれを言うと止められるだろうから黙っていたんだが……」

 

 

 おい、とカブルーが敬語を忘れて脅しかけるが俺はあえて聞こえないふりをする。

 

 

「だがどうやら畑の作物も食べると聞いて、雑食、きれいに畑の一部を掘り返したり、気づかれないように家畜を盗むことを考えると、知性的過ぎる。皆の言う通り残念ながら人間あたりじゃないかと思ったんだが……」

 

「いや、そこは残念でもなんでもないでしょ」

 

「だけどわざわざ俺が跨げる程度の高さの柵を魔法で壊されているのを見つけた時は疑問に思ってね、家畜小屋の扉も開けられるだろう知性はあるのに不自然じゃないか?」

 

「まぁ、確かにそれは矛盾……、って程ではないけど違和感はあるな」

 

「イモ抱えて柵を超えるのが面倒だったんじゃないのか?」

 

「それぞれが別の魔物の被害だったんじゃ?」

 

「それにしては襲撃の期間が一定だ。やっぱり襲撃犯は同一の存在で、腹が減ったら来てるって感じじゃないかな?」

 

「うぅん、まぁ……、そうかもしれないけど……」

 

 

 まぁ、違和感程度の推論であることは指摘されても反論できない、だが問題というのは最悪を想定すべきだという点だ。

 

 

「正直これのおかげで幾つかの候補に絞れた。これ以上の可能性を絞るには迷宮の中に入ればいいのだが……、もし俺の考える中でもっとも厄介な魔物であった場合、入った時点で俺から逃げる可能性がある」

 

 

 皆が俺の言葉を苛立ちながら待っているので、これ以上は焦らさずに素直に一番可能性が高い魔物の名をあげた。

 

 

 

「ビホルダーだよ」

 

 

 

 俺がその魔物の名を言って、皆の反応は薄い、ピンと来ている者はマルシルぐらいだろうか。

 

 

「しらないか? ……一部地域では恐れられすぎて名前を言ってはいけないほど厄介な魔物で知られてるんだが……別名でゲイザー、邪視……、東方ではスドゥッキ?確かそんな感じで呼ばれてるらしい」

 

「いや、別名で言われても私は知らねぇし……」

 

「そいつはどんな魔物なんだ……?」

 

 

 チルチャックは腕を組みながら俺に聞く、結構名前通りの魔物なんだがなと思いながら、俺は皆にもわかりやすいように、自分の体を大きく広げながらその形を伝えた。

 

 

「大の大人ぐらいの直径を持つ巨大な浮遊する目玉って感じらしい、そしてそこから多くて10本ほどの触手が生え、その触手の先端にはさらに小さな目玉がついているんだ。それぞれの触手から強力な魔法を放つ、こいつは知能も人ほどあると言われるほど頭が……、いや目……? まぁとにかく賢くてね」

 

 

 俺も実際に見た時はないが、凶悪な魔物で目撃数とその恐ろしい遭遇談の数が合わないのは、奴と目が合って無事に生還した者が少ないからだろう。

 

 かなり希少な魔物であるため、まさか、こんなところで会えるかもしれないとは驚きだ……!

 

 

「特に厄介なのは奴の一番巨大な目玉からこちらの魔法を打ち消す魔法が放たれていることでね!まともに相対すれば魔法は完全に封じられるし、奴の放つ必殺の分解の魔法は灰すら残さず物体を分解するんだ! 口があって噛みついてもくる! 分厚い皮膚は並みの攻撃をはじく! まさに遠近すべてに目を光らす万能選手!!」

 

 

 そうだ。ここまで完璧に相手を殺すためだけに生まれたような悪意の塊、それがビホルダー、名前を呼ぶことさえ恐れられるのも頷ける。

 

 

「もちろんそれ以外にも魅了、熱線、睡眠、念動、即死、石化、恐怖、減速、魔法は何でもござれで搦手だって行ける! おそらく家畜も魅了して誘導したんじゃないかなぁ……! ジャガイモを念動力ですっぱ抜いたりしたかもしれないなぁ……!! 柵だって熱線でバラバラだ!」

 

「ふざけんなよ!? なんだその悪魔がヤケクソで作ったみてぇな化け物は……!」

 

「話が違う! 私は楽なダンジョンを見回るだけだって聞いてたんだぞ!?」

 

「えっ、それはカブルー達が勝手に言ってただけじゃないか、見てみないと分かんないと俺は何度も言ってたし……」

 

「その危険性を初めに伝えなさいよ! 魔法使いの天敵みたいな魔物じゃない!? 」

 

 

 だって言ったら絶対ここにこれなかったし……、そう言おうとするが周りに掴みかかられ頭を振られて答えられない。

 

 ようやく解放された俺はもみくちゃにされて首が痛いので座り込む。

 

 

「そもそも本当にそのビホルダーって魔物がここにいるんですか?」

 

「うーん……、まぁ、だって柵を熱系の魔法で破って、家畜を何の抵抗もなく連れ去って、畑は綺麗なまま野菜を丁寧に引き抜ける魔物なんているか?」

 

「ゴブリンとかじゃダメ……?」

 

「彼らに牛や馬が引けると思うかい?」

 

「たしかに難しいとは思いますけど」

 

「無抵抗に家畜を連れ出したり、綺麗に作物を盗んだり、柵を魔法で壊したり、ビホルダーの魅了や念動力とか熱線の魔法を使えば簡単じゃないか?」

 

「そんな無茶苦茶な……」

 

「そうなんだ、無茶苦茶なんだよ、こんな無茶苦茶なことができる魔物を一体上げろと言われたら俺はビホルダーしか思いつかなかった」

 

 

 そうはいっても、皆が言う通り、そんな魔法を扱える食い詰めた人間の魔術師という線も否定はできないが、そちらの方が無理筋ではないだろうか?

 

 

「それに、ビホルダーなら洞窟に入ればすぐ分かるし、丘の上にあるもの次第では上手くやれるかもしれない」

 

 

 俺の力説を聞くのが面倒になったのかチルチャックは両手を上げる

 

 

「あー、まぁもう何でもいいけどよ、お前がそう言い切るならそのビホルダーって魔物の可能性が高いんだろ、……で、その口ぶりだと肝心の倒し方は分かってるんだろうな」

 

「記録では大人数の傭兵を雇って射殺したらしい、あとは真偽は不明だが上手く餌に毒を仕込めた例もあるらしいな」

 

「……前は無理だが、毒は試せないのか?」

 

「毒を持ってる奴がいるのか?」

 

「……ただ追い払うなら王がいるじゃないですか」

 

「うぅん……、そうなんだが、ビホルダーは人並みに頭がいい、もし俺が適当に追い払ったとしても、奴は今の住処に時を見て戻ってくるかもしれない」

 

 

 うーん……、考えれば考えるほど厄介な魔物だと思う。

 

 

「それほどに強大な敵なら、人を集めるべきです。毒にしても射殺すにしても準備がいる。何もいまここで……」

 

「それもなぁ……、アリと言えばアリだが……、ダンジョンのオオコオモリやスライムが居ないのはおそらく全てビホルダーに食べられたからだと思うんだ。奴の好物は馬と牛……、それに人だ。同じ期間を空けて村が襲われている所を見ると近い内に人の被害も出るだろう」

 

 

 俺の言葉にカブルーが表情を歪める。

 

 

「それに大人数の討伐隊でくれば奴は逃げだす可能性がある。ビホルダーは不利を悟れば住処から逃げることもいとわない知性もある。本当に厄介な魔物なんだ。ここはメリニでも端の方だし……」

 

「それは……、ですが、あなたが危険にさらされる必要は……」

 

「カブルー」

 

 

 なんとなく、彼が俺を心配しているのだと分かり、俺は少し照れながら話す。

 

 

「確かに俺は魔物好きだ。この状況でもほんの少し好奇心が出てしまっている」

 

「少し……?」

 

 

 チルチャックの余計な合いの手が入るが、俺だって優先順位くらいは分かる。

 

 

「だが、民の命より優先されるものじゃないよ、俺がこんなことを言うのは変だが……、君は魔物に人が蹂躙される光景が絶対に許せないと思っているだろ? 君がそう望むなら俺はそういう王でいたいんだ」

 

 

 民のためと大それたことを言ったが、目の前の彼がそういうことが嫌だろうから、俺も彼のためにしてあげたいと思ってしまうのだ。

 

 

「このっ……、アンタはそうやって……! 」

 

「えっ、な、なんか、ごめん」

 

「あぁもう!!」

 

 

 なぜか、いつもの理知的な顔をするカブルーは見たことのない顔をして怒っている。

 

 

「はぁ……、もうこうなっちゃったら仕方がないわ、結局ライオスがダンジョンに関わるとこういうことになるのね」

 

 

 マルシルは呆れながらも付いて来てくれるようだ。

 

 

「すまないマルシル、皆も民の生活を守るため力を貸してくれ、報酬は……、おれがヤアドに何が何でも貰えるように頼み込んでみる。できなくても絶対に借りは返すよ」

 

「当たり前。そりゃ賃金の追加ぐらいしてもらわないと困るよ」

 

「前金は貰ってるが、振られる仕事次第だな……、でお前は俺たちに何をさせる気だ?」

 

 

 皆もため息の後に俺の話にのってくれた。

 

 

「まず、ビホルダーの生態についてなんだが……」

 

 

 そうして俺は、皆とどうやって抜け目ない魔物の隙を食い破るかを相談しはじめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よしっ、じゃあ、逃げられない内に始めようか」

 

 

 全員で作戦を共有して準備を終えた俺たちはダンジョンへ挑む。

 

 メンバーは俺、チルチャック、ナマリ、マルシル、カブルーに俺の護衛のために来てくれた魔術師たちだ。

 

 オーク達には一応、このダンジョンの()()を見張ってもらっている。

 

 

「ひどい匂いだ。予想通りオオコウモリの糞が石化するほど堆積してるな……」

 

 

 一応オーク達から下見の話は聞いていたが、その時と変わらず洞窟の中は全く空気が動いていない、歩けば纏わりつくほどに澱んでいる。

 

 

「くそっ……、馬鹿なのか……? ここで全滅したらメリニはどうなる? 冷静に考えてこんなリスクを天秤にかける必要もなく帰るべきなのに……、残酷だが民にある程度の犠牲は覚悟しても……」

 

「うーん……、良く分からないが、君はそのある程度の犠牲が許せない人だろう?」

 

「うるさいッ ライオス!!」

 

「えっ、ごめん……」

 

「今のはお前が悪い、本当に悪いからな」

 

 

 チルチャックがそう言わずとも、彼がここまで怒るのは間違いなく自分のせいなのだろう……。

 

 そうしょぼくれながら歩いても、この小さなダンジョンは直ぐに奥へとたどり着いてしまう。

 

 オオコオモリどころかスライムすら見かけない、あるのは大量の蝙蝠の糞が、見渡す限りに敷き詰められているだけだ。

 

 

「行き止まり?」

 

「いや、ビホルダーは常に浮遊しての移動が可能だ。彼の住処は俺たちに合わせる必要がないのだから、飛べなければいけないような構造になる場合が多いそうだ。分解の魔法で拡張を行い作られた住処はトンネルのような通路が縦にも横にも伸びてるらしい」

 

「……ということはあれか、妙な反響音してるとは思ったが」

 

 

 チルチャックは最奥の広間の中心、蝙蝠の巣、今は一匹もいない殺風景な天井の一部を指さした。

 

 彼に言われて、改めて注意深く観察すれば、下に垂れる岩の氷柱のような天井に隠れ、明らかに丸い穴が見える。

 

 それと同時に、これで、本当にここにいる魔物がビホルダーであることの証拠がまた一つ積みあがる。

 

 

「これは見逃すのも無理はないわね……」

 

「わざわざあんなところまで見ないし、行けないからな……、それで? いったいどうやって私たちはあそこに行けばいい?」

 

「魔法だよ、浮遊の魔法、マルシルが言うには高度な魔術で負荷が高いらしいから、ついてきてくれた魔術師たちの手を借りてまずチルチャックに縄を持たせて上に上げる。そこから一人ずつ登ろう」

 

「はぁ……、もし途中で俺が襲われたらどうすんだ?」

 

「浮遊の魔法は落下制御も兼ねてるらしい、飛び降りて戻ってきてくれ、基本的に作戦外のことが起きたら作戦は失敗だ。ビホルダーの浮遊での移動自体は緩慢らしいので逃げ切れることにかけて全力疾走するしかないな……」

 

「まったく大した作戦だぜ……」

 

 

 そう言いつつも、チルチャックはすぐに身軽になってからロープを抱える。

 

 

「たくっ……、この縦穴だって何か所かあればそれだけでロープが足りるか分かんねぇんだぞ……、ほらっ、頼むぜ」

 

 

 俺は同行していた魔法使い達の魔法でチルチャックの体が地面から離れ、上から引っ張られるように上昇していく。

 

 

「うっ……、これすげぇ気持ちわりぃ……、内臓が持ち上がってるのがわかるぞ……」

 

 

 そんなことを言いながら天井の穴に吸い込まれていくチルチャック……、皆が不安そうに見守る中、暗い天井からロープが一筋垂れてきた。

 

 

 上は既に敵の住処だ。

 

 途中で見つかれば俺たちの勝ち目は薄い、ここからはあまり大きな声を出さない方が良いだろう。

 

 同行してくれた魔法使い達に感謝し、入り口に戻っていくのを確認した後、鎧を脱ぐ。

 

 垂れたロープをたどって一人ずつ登っていく、まずは俺とカブルーが昇り、一気に登りきる自信がないというナマリは奇妙な輪の結びで途中途中休みを入れてから上へ、マルシルはロープを体に括り付けた状態で引き上げ、申し訳ないが最後にもう一度荷物の回収のためにカブルーに降りて貰った後に荷物を彼が引き上げてくれた。

 

 

「流石はカブルー、手だけでスイスイと軽業師みたいだな」

 

「いえ、手首の握りにコツがあるんですよ」

 

 

 こうして登り切った通路は一本道のトンネルがなだらかな坂の様に上へと続いている。

 

 

「……一説ではトンネルの直径の大きさはビホルダーの大きさによるらしい」

 

 

 一番背の高い俺が余裕で通れる高さの通路を目の前にして小さくささやいた。

 

 

「進もう、たのむチルチャック」

 

 

 俺は彼の荷物を担ぎ、身軽になったチルチャックは細い棒で、地面を軽く引っかきながら慎重に進む。

 

 

「あったぞ。ここからそこまで、下に空洞がある。薄いから踏み抜くなよ」

 

 

 

 細い棒の反対の先はチョークを挟む金具があり、罠の範囲を分かりやすく俺たちに教えてくれた。

 

 ビホルダーは頭がいい、この普通なら迷い込まない場所に立ち入るものは例外なく敵だと分かっているのだ。

 

 だからこそ彼らは魔物としては孤立を好み、その通路は少なく、最奥部の居室にいる。そして俺達はビホルダーが想定した侵入ルートを通らないといけないということだ。

 

 

「言ってた落とし穴ですか?」

 

「あぁ、常に浮く自身が引っかかる事のない落とし穴だ。……ここまでの知能、ほぼ人と変わらないな……」

 

 

 こうして、慎重に進んでいく俺たち、幸運なことに縦穴は一つだけで、俺たちは開けた場所と思われる空間に出ようとしている。

 

 その直前で俺たちは小休止を取っていた。

 

 

「ナマリ、位置的にはどうだ?」

 

「山肌の下、見立ての場所に間違いない」

 

 

 ドワーフは位置感覚に非常に優れている。

 

 彼女に下調べをしてもらった関係から考えて、ここが地表のすぐ近くであることが分かった。

 

 恐らく目の前の通路の奥が広間になっており、そこにビホルダーはいる。

 

 もちろん頭の良いビホルダーはもしも敵が攻め込んできたとしても、こちらを迎え撃てるような作りになっているのだろう。

 

 その作りで多いのは天井の高い大広間である場合だという、その理由については大きく二つある。

 

 一つは視線による一方的な攻撃が行えること、まぁ空に浮かぶ魔法砲台など、どう足掻いても倒せないだろう、頭が良いことを超えていっそ性格の悪さすら感じてしまう。

 

 そのことは二つ目の理由でもわかる。

 

 それは……

 

 

「ふぅ……、ね、ねぇ、もう、ちょっと熱いし、息苦しくない……? もしかして何かの間違いで……」

 

 

 考え事の途中で、息を切らしたマルシルがバテ気味の表情で呟く

 

 

「そうか、皆はどうだ?」

 

「私は平気だ」

 

「僕もです」

 

「俺もまだ平気だ。合図もしてないし、マルシルの体力がないだけだろ」

 

 

 大広間に突入するタイミングは重要だ。

 

 この作戦はタイミングが勝敗を握っていると言ってもよいだろう。

 

 

「よし、じゃあ作戦を確認しよう、まずマルシルの準備が終わり次第俺が飛び出す。相手が逃げ出すならそれでよし、相手が逃げないなら俺が隙を作ってマルシルが標的を爆破する」

 

「……何度聞いても馬鹿みたいな作戦ですね」

 

「それもダメだった場合は逃げ一択だな、敵が高所から降りてくる前に、狭いこの通路に仕込んだ魔法で壁を作りながら全力で逃げる」

 

「死ぬほど真っすぐで視線が通りまくりのこの通路で逃げ切れるか……? まぁ頑張れよ」

 

「あぁ、助かったよチルチャック、ナマリ、ここはいるだけで危険だ。急いで戻った方が良い、カブルーも別に戻っていいぞ、後は俺とマルシルが居ればいいから」

 

 

 二人は協力者であって、十分仕事をこなしてくれた。

 

 俺が感謝を伝えると二人は荷物をまとめて腰を上げる。

 

 

「お前、こんな生き方してたら本当にすぐ死ぬからな、その無鉄砲さ、早く直した方が良いぞ」

 

「うーん……、今回はたまたま出会ってしまったからしょうがないんじゃないか? 俺が見て見ぬふりをして人が死ぬのも寝覚めが悪いだろ、俺王様だし」

 

「いつからそんな殊勝な男になったんだお前は……」

 

「だってチルが王様になってみればいいって言ってたんだろ? イヅツミから聞いたぞ」

 

「いや、おまえ、それは……」

 

 

 チルチャックは閉口して俺を呆れたように見上げる。

 

 

「アンタねぇそういう善意の押し売り、シュローが止めろって言ってたんだろ?」

 

「うっ……、その話は良いだろ……!」

 

「まぁ、あたしは金がもらえればそれでいいさ、アンタはどうする?」

 

 

 ナマリは俺の隣にいるカブルーに話しかけた。

 

 

「……まぁ、こんな人でも一応王で、僕は部下なんで」

 

「正直、私も一緒に帰りたいんだけど……、流石にほっとけないし……」

 

「そうか、じゃあ3人でやろう」

 

 

 そんな俺たちを見て二人は同時にため息をつく。

 

 

「下手すればこれでメリニの中枢が吹き飛ぶわけか……」

 

「はぁ……、アンタなんてマシだよ、店がカーカブルードにあるんだろ?私なんてせっかくの安定した仕事もパァになるかもしれないんだよ?」

 

「だから生きて帰れよ」

 

「あぁ、是非ともこれからも私を稼がせてほしいからね」

 

 

 こうして俺たちは二人と別れ、部屋の前で機をうかがった。

 

 

 そうしてしばらくするとマルシルがふと、懐から取り出した小さなお守りのような物がわずかに光るのを見て、顔を上げる。

 

 

「きた、合図、二人とも戻ったみたい」

 

 

 その一言に俺は立ち上がって、剣を抜く、後は突入のタイミングをはかるだけだ。

 

 

「あの、ふと思ったんですが、もしもここにたどり着く前に、向こうからビホルダーが来てたらどうするつもりだったんですか?」

 

「逃げるしかなかったな」

 

「逃げ切れるんですか?」

 

「やってみないことには分からないさ、幸運にも上手くここまでこれたわけだしね」

 

「私、頭が痛くなってきた……」

 

「僕もです……」

 

 

 二人の様子を見て、俺は作戦が上手く行ってることを確認した。

 

 

「そうか、俺も実は少し頭が痛い、よしここらへんで良いだろう、行こう、二人とも」

 

 

 まず、俺が大広間に駆け込む。

 

 

 そこは思った通り、縦に広い空間であった。

 

 ここまで来るまでの通路でも見ていたが、つるつるとした壁面が、美しい曲線を描きながら縦に伸びている。

 

 その卵のような空間の中ほどからせり出したテラスのような場所、卵の丁度黄身にあたる部分に浮かぶ黒い球。

 

 巨大な単眼に芋の芽の様に周りに生えた触手

 

 俺はその光景に一瞬だけ目を奪われるが、直ぐに我を取り戻し、ただ、大声で威嚇する。

 

 俺の声は、湾曲したこの空間に跳ね返り、ひたすらに増幅した。

 

 

 願わくばそのまま逃げてほしいと思いながら、相手と目があった時、それは不可能だということに気づいた。

 

 

 高い知性を持つ者と言うものには高度な精神が備わっていると考えられる。

 

 その感情が特に表れやすい所というのはつまり、目である。

 

 

「やはりそう上手くはいかないか……!」

 

 

 目の前のビホルダーから読み取れる表情がはっきりと分かる。

 

 強烈な嫌悪と怖気

 

 魔物に嫌われている俺ではあるが、あそこまで露骨であると流石に傷ついてしまう、……が最初の作戦が失敗した時点で敵の目を引き付けなければいけない、なのでその点で言えば完璧だ。

 

 相手の嫌悪に染まった目線、同時に飛び出したカブルーに一切目を向けずにこちらを殺そうと血走っている。

 

 巨大な目はこちらを明らかに睨み、その目玉付きの触手から灰色の光線を放った。

 

 

 俺は呪いにより魔物に嫌われている。

 

 きっと相手には俺がひどくおぞましいものに見えるのだろう、普通の魔物なら俺から逃げ、知性あるものは元より寄り付かない。

 

 しかし、このビホルダーに関しては、俺に向かってどの魔法で攻撃するかは分かっていた。

 

 

 俺はすぐさま、背中に羽織っていた高そうなマントを壁の様に覆った。

 

 水に浮かべた薄氷の様に溶けていく外套は、それだけでも俺がビホルダーの真下、死角になる空間へと滑り込む時間を作り出してくれる。

 

 灰色という光を感じさせない色のついた光線、それは矛盾するようでありながら、ビホルダーのテラスのような場所の真下に潜り込んだ俺のすぐ傍を照らす。

 

 恐ろしくも不思議な光景

 

 照らされた地面はまるで煙すら見せずに虚空に溶けていく、まるで水に浸した砂糖菓子の様に物体の角は解けて霧散していき、大きな大穴と化していた。

 

 

 そうだろう、君は俺がどこかに消えて欲しいんだ。

 

 だからきっと君が俺に最初に使う魔法は“分解の魔法”一択だ。

 

 高い知性だからこそ、君はそういう手段を取ることしかできない、さっきの魔法が単純な熱線であったら俺はそこで終わっていただろう。

 

 ……だが、そうはいっても俺の命は風前の灯

 

 死の光線を防ぐ屋根はどんどん小さくなり、俺の僅かな生存期間を予言するその影もどんどんと小さくなっていた。

 

 ……いや、これは分解の光線であって、ビホルダーは別に即死の魔法を持ってるので、死の光線という表現は違うな

 

 

「ライオス!」

 

 

 それに、俺がここで死ぬことだって違う。

 

 英雄気取りとかではなく、俺は彼女の一撃があれば勝てると思ったから、この戦いに挑んだだけだ。

 

 

 杖を頭上に向けるマルシル

 

 

 そしてそれを煩わしそうに無視するビホルダー

 

 

 当然だ、君にとって魔法などなんの痛痒もあたえないのだから無視するだろう。

 

 

 そう、ビホルダー、確かに君は頭の良い魔物だ。

 

 ともすれば君は俺より頭が良く、抜け目がない。

 

 

 自身の特性を理解し、居城を構え、万全の態勢で敵を迎え撃っている。

 

 

 君たちの作るこの巣はその最たるものだろう。

 

 

 一つは視線による一方的な攻撃が行えること、まぁ空に浮かぶ魔法砲台など、どう足掻いても倒せない、頭が良いことを超えていっそ性格の悪さを感じる。

 

 そして二つ目、

 

 君たちはそれだけの力を持ちながら、自身が負ける可能性も考え、最後の一掘りで開通する隠し通路、()()()を作る癖、いや習性がある。

 

 ここに入る前、ナマリとオーク達がしっかりと見つけてくれた。

 

 

 マルシルの魔法はビホルダーを素通りし、天井に大穴を開ける。

 

 

 崩落する天板、それすらも力強い君は驚きながらも他の触手の魔法で対処できる。

 

 ……だがそれでもベストは分解の魔法であったはずだ。

 

 いくつかの瓦礫はビホルダーを撃つ礫となり、わずかな隙となる。

 

 

「皆! 穴に飛び込め!!」

 

 

 俺たちはいっせいにビホルダーの分解の魔法で作られた大穴へと飛び込む。

 

 ビホルダーは既に姿勢の安定を取り戻しかけていた。

 

 もはやこれで俺たち全員がビホルダーの標的となったのだろう、まとめて俺たちを殺そうと、幾つもの目を向けるため穴をのぞき込むように近づいてくる。

 

 俺はせめてもの時間を稼ぐため、二人を背に覆いかぶさった。

 

 

「いや、なんとか間に合ったな」

 

 

 ビホルダーが目をむいている。

 

 感情表現が豊かで、非常に面白い

 

 どうやらこちらに近づこうとしても近づけないことに驚きを隠せていない様子だ。

 

 いや、それどころか上へ上へと引っ張られているビホルダーは目玉の触手を愛らしくバタバタと動かし始めてさえいた。

 

 

 そして次の瞬間、ビホルダーはものすごい勢いで真上に吹き飛んでゆく

 

 

 吹き荒ぶ突風、穴の底にいる自分たちさえ真面に目を開けられない嵐の中で、燃えた灰が俺たちの通った通路からビホルダー目掛けて吹雪の様に吹き付ける。

 

 

 ビホルダーの習性を知り、このダンジョンの構造を聞いた時、俺は幼いころに実家に置いてあった暖炉を思い出していた。

 

 火をくべられた暖炉をじっと見ながら、煙突の方へと巻き上げられた灰を不思議そうに、ファリンと眺めていると、その仕組みを父が偉ぶりながら淡々と説明してきた記憶があった。

 

 

 そのまま天井に吸い込まれていくビホルダー

 

 

 そしてその出入口にはスパイク付きの網が張ってある。

 

 直ぐに響き渡る。ビホルダーの目を覆わんばかりの苦悶と悲鳴が洞窟内に反響する。

 

 もがくビホルダーは、しかし吹き抜ける風に翻弄され、身動きすら取れない。

 

 

「矢を射掛けろ!! 目線には入るな!! 目印に向かって曲射で殺せ!!」

 

 

 風で聞こえることはないが、ビホルダーのさらなる悲鳴を聞くに、オーク達の追撃は効いているようである。

 

 

 

「マルシル、じきに煙が来る。ブリージングの魔法を頼む」

 

「えっ、あぁ、うん……」

 

 

 しばらくして時が経ち

 

 ビホルダーの悲鳴さえも暴風の中に消えた時、俺たちはようやく互いに目を見合わせる。

 

 

「……なんとか上手く行った、二人ともありがとう」

 

「これっきり……、もう絶対ライオスとはダンジョンに潜らないわ……」

 

「同感ですね……、蘇生もないダンジョンでどうかしてる……」

 

 

 今だ衰えぬ風の勢いが暫くたち、ようやく落ち着いたころ合いで、上空からチルチャック達の声が響いた。

 

 

「おーい、生きてるか!?」

 

 

 

 

 ビホルダーの逃げ道から引き揚げられた俺たちは、疲れから倒れ込むように地面に大の字になった。

 

 

 

「いや、あんたら良く生きてたな!」

 

「もう最悪……、全身煤だらけなんだけど……」

 

「生きてりゃいいんだよ、正直俺とナマリはライオスが出した手形をヤアドが素直に換金するかで相談してたぞ」

 

「……そっちの首尾はどうだった?被害はあったか?」

 

 

 チルチャックは親指を後方に向けると、遠くで網にかけられ、矢玉と化しているビホルダーとそれを槍で突くオーク達の姿が見えた。

 

 

「みんな無事だ。あぁ、お前の言ってた隠し通路に張った網に綺麗に引っかかってた。身動きも取れないまま、上の山肌の陰に隠れたオークと魔術師が曲射で射殺してやったぞ」

 

「あぁ、安心したよ」

 

 

 俺は何とか持ち上げていた頭を地面に倒す。

 

 

「作戦を聞いた時、やっぱりお前は狂ってると俺は確信したね、洞窟を見て急に”なぁオークの話を聞いて思ったんだがこの洞窟カマドに似てないか?”と言いだした時は本当に帰りたかったよ」

 

「でも、マルシルのお墨付きはいただいたぞ、オオコオモリの糞はいい燃料になるからよく燃えるって……」

 

「私が同意したのはビホルダーの習性だけ!! 他のあれこれはライオスが考えただけじゃない!!」

 

「つうか蝙蝠のクソを燃やした後、隠し通路を開けるだけじゃダメだったのか?」

 

「それはもう説明しただろう? ビホルダーが余裕をもって自身から逃げたら罠の網を破る可能性があるって」

 

 

 

 ビホルダーに弱点という弱点はない、だけどそれはビホルダーが決して己の不利になる場所で戦わない知性があるからだ。

 

 ビホルダーの体の中心には恒久的浮力を生み出す魔法の器官があり、これによりビホルダーは中空に陣を張り、侵入者をなぶり殺しにすることができる。

 

 しかしその反面、ビホルダーは強い風圧に抗えず、だからこそ風のない地下の空洞や遮蔽物の多い荒れ地を好んで生息している。

 

 恐らく風のない夜に家畜や畑が襲われたのもそのせいであろう。

 

 だから俺は相手が得意とする場所ではなく、こちらが得意とする場所に引き出したわけである。

 

 

「まぁこれで、見合いの目玉料理は手に入れたわけだな!」

 

 

 俺は何とか立ち上がり、皆の方を向く。

 

 

「なぁみんな! 試しに……」

 

「絶対に食べない」

 

「ビ、ビホルダーの触手は一本で金貨50枚はくだらない高級食材で……」

 

「絶対に食べない」

 

 

 恐ろしく揃った声に、俺は一人、肩を落とすのであった。

 

 

 




折角なら番外編でマルシルとライオスがいちゃつくような物を書こうと思ったのですが、こうなりました。
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