ぜんぶ、あげました。 作:釘パンチ
✕✕月◯◯日午後十時半。
先生はプライベート用のデスクの前でノンアルコールの缶を片手にカレンダーに目をやる。
「明日は休みか……」
シャーレの先生とは週に四十時間程度しか睡眠時間を取れない激務である。
たまの休みは大体何もやる気が起きず、遅めの朝食と遅めの昼食と遅めの夕食を摂るだけで終わる。
(……明日は会長も居ないし、夜更かしし放題か……早めに寝て朝から映画を見に行くのもアリだな。そろそろフィナーレ上映も終わる映画もあるし……)
中々に濃い生徒達の趣味に感化されて色んな方面に詳しくなりつつはあるものの、結局気になったことがあっても趣味になるだけの時間すらない先生に休みに何かしら体力を使おうとするだけの余力はない。
映画館に行くという選択肢も、それなりに休日っぽいことをしているという事実を刻むためのもので、趣味という程ではない。
(そういえば、サブスクに生徒達が話題にしてた作品が見放題になってたし、見とくか……少しくらい寝るのが遅くなっても明日休みだもんな)
思い立った先生はテレビのリモコンを操作して、目当ての作品を再生する。
再生時間は二時間半。終わる頃にはそこそこ良い時間だろう。
✕✕月◯✕日午前一時。
先生は未だに寝るどころかベッドで横にすらなっていなかった。
(明日のゴミ出しの準備し忘れてた。アラームもセットしてギリギリにならないようにしないと……)
普段シャーレのビルの宿直室で仮眠をしているせいでゴミの日を気にする必要はないのだが、休みの日に宿直室に居ると生徒が遊びに来て休みどころではなくなるので、先生個人の家も必要だった。
そのため家のことは自分でやる必要があり、ゴミ出しもその一つである。
(……あ、ソシャゲのデイリー……)
嗜む程度にプレイしているソーシャルゲームのデイリー消化を忘れていた先生は、玄関にゴミ袋を置いてベッドの上で端末を操作してデイリーの消化を始めた。
✕✕月◯✕日午前三時四十三分。
「……おわった」
気が付いた頃には先生は憂鬱な気分で天井を見上げていた。
デイリー消化中にうっかりイベントのフラグを踏んでしまい、かなり時間を食ってしまった結果がこれである。
(ねよねよ……お腹空いたけど眠い……)
全てを諦めたそのまま良くないコンディションで眠りについた。
✕✕月◯✕日午後四時二十八分。
「……殺してくれ」
先生はベッドの上で虚無顔で寝そべっていた。
朝、ゴミ捨てに間に合ったのは良いものの、その後戻った数秒後には眠気に負けて二度寝してしまい、今に至る。
幸い、何も予定を立てていなかったおかげで何か損をした訳ではないのだが、この時間に起きてしまうのは虚しい気持ちで胸が一杯になる。
(何か建設的な趣味作った方がいい気がしてきた……)
もぞもぞと枕元の端末に手を伸ばして、『休み 過ごし方 有意義』と検索しても差し当たりのないことしかヒットせず、そもそも普段仕事詰めで疲れてるのに休みに何かやる気力などないことに気づいて諦めた。
(……いつも振り回されてるけど、なんだかんだ居ないと暇なんだよなぁ)
小一時間ほど先生が何もせずボーッとしていると、玄関から鍵を開ける音が聞こえてきた。
先生宅の住所を知っていてかつ合鍵を持っている存在はこの世でただ一人しか居ない。
「先生元気して……はなさそうですね」
上からスキャット帽子、伊達眼鏡、白のブラウスに合わせたスカートという変装を施した会長が半分ぐらい死に体の先生の前でしゃがんで頬をつつく。
「会長……ダメなおじさんを殺してくれ……俺はホシノみたいなファッションおじさんじゃなくて、ホンモノのおじさんだ……殺してくれ……」
「うーん。社会的に必要な存在なので、ミレニアムの生徒に頼んでただ業務をこなすサイボーグとかになってもらった方が良さそうですね。死ぬより社会の奴隷になりましょう先生」
かなり鬼畜なことを笑顔で言い放つ会長の言うことを確かにマシかもしれないと思いながらも、何とか人前なので起き上がって壁に寄りかかる。
隣り合うように壁に背を向けてベッドの上に会長も座るが、重心は先生の方に向けてそちらに寄りかかる。
「休みの日に何も出来なかった……違う。何もしなかった。ゴミ捨て以外何もしなかった……ずっと寝てた……!」
「……思いの外しっかりダメなおじさんでしたね。でも、大丈夫ですよ。先生は向こう五十年は死なせる予定はありません」
珍しく萎れている先生を見るのは初めてではない。
何とか騙し騙し先生が大人を保っているが、休暇を与えると途端にダメになる。
そういう所を見れるのも知っているのも会長一人だけであることに、優越感を持ってないと言えば嘘になる。
「のんびりで良いんですよ。たまにはだらしなくても良いくらいには先生はちゃんと大人をやってくれてますから……」
✕✕月◯△日午前一時。
乱雑に衣服が脱ぎ捨てられたベッドの上で会長はミネラルウォーターの入ったペットボトルを片手に先に眠ってしまった先生の前髪に変装用で付けていた自分のヘアピンをザクザクと刺して遊ぶ。
「先生、今月もお疲れ様でした」
想像しろ(加藤機関)